It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第22話 Our Love.
 冬から夏へと季節が着実に移ろいつつある9月半ば。  午後から休暇を取ってるから、仕事が終わればすぐに帰ってこい。  行ってきますのキスを、今までのように玄関先ではなく、ガレージの愛車の中で交わした慶一朗が、名残惜しそうに頬から手を離した後、にやりと笑みを浮かべながら告げる。 「今日は何をしてるんだ?」 「ヒ・ミ・ツ」  リアムの尤もな問いかけに慶一朗が笑みの質を変えるが、それを見た愛嬌のある顔に一抹の不安が浮かんだ事に気付き、楽しみにしていろと言い放ち、そろそろ出る事を教えるキスを人差し指に載せてリアムにそっと送り届ける。  やれやれと言葉にしない感情を溜息に乗せるが、うん、行ってこいと慶一朗の人差し指から届けられるキスを受け取り、そっと手を握る。 「Hab an guadn Tog, Liaba.」 「I fahr dann.」  二人が世界中の何処にいても当たり前に使う、リアムの生まれ故郷の方言のドイツ語。  それを今も自然と口に出し、午後の休暇も含めて良い一日を過ごしてくれ、愛する人と告げる。  リアムの見送りの言葉に、行ってくると素っ気なく返す慶一朗だったが、眼鏡の下の目が柔らかく細められている事から、お互い同じ所に同じ気持ちがあることに気付く。  シャッターが上がり、赤いスポーツセダンが出て行くのを見送ったリアムは、シャッターが完全に降りたのを確かめると、背後のドアを開けて飛び出してくる小さな黒い影をひょいと抱き上げる。  仔犬特有の鳴き声を上げるマイロをじっと見つめ、まだまだ飛び出すから危ないなと嘆息したリアムは、部屋で大人しく待っているデュークの前にそっとマイロを下ろす。 「さ、俺も準備をするか」  玄関前のソファ横で丸まっていたデュークだったが、リアムのその言葉を聞いた瞬間、両耳と身体が勢いよく立ち上がる。 「……クゥン」  甘えるような声を上げながら足に頭を擦り寄せられ、申し訳なさをグッと押し殺したリアムが飛び跳ねているマイロを落ち着かせるように膝を着くと、二匹がリアムをじっと見つめる。 「今日はケイさんがいつもより早く帰ってくる。だからそれまでの間留守番を頼む」  お前達なら出来ると信じている。  言葉通りの気持ちを伝えるようにデュークを撫で、次いでマイロも撫でると、何かを振り切るように立ち上がり、出勤の準備の為に洗面所へ駆け込むのだった。  リアムに告げたように、慶一朗が帰宅したのは、午後を少し回った頃だった。  出勤するときには茶化すようにヒミツだと告げた、この後の予定を思い出すと、出来るだろうかという不安と、自分になら出来ると、いつもリアムが言葉で、態度で教えてくれる安心が綯い交ぜになって胸を埋め尽くす。  出来るかどうかなど、やってみなければ分からない。  失敗したとしても、己の夫なのだ、一緒に笑い飛ばしてくれるだろうし、フォローをしてくれるだろう。  そう気付くと、失敗しても命を取られる訳でもなければ、大切な人がいなくなる訳でもないと、浮ついた感情が落ち着くべき場所へと落ち着いてくる。  いつもより早く帰宅した慶一朗を、尻尾をピコピコと振り、宙に浮いているのではないかと思う浮かれた様子で出迎えるマイロと、それよりは遙かに落ち着いているが、それでも歓喜を尻尾に伝達してブンブンと振っているデュークを撫で、二匹の前で膝を着く。 「デューク、マーロ、今日はあいつが帰ってくるまでにしなきゃいけないことがある、だから大人しくしていてくれ」  しっかりと目を見て話をすれば、デュークもマイロもあなたの言うことを聞くから、あいつらを信じてくれ。  二匹を迎え入れたものの、自分に世話が出来るのかという不安が襲いかかったとき、リアムが告げた言葉を思い出し、よしと気合いを入れた慶一朗は、午後から帰宅することを伝えていたため冷蔵庫に用意されているランチを、キッチンで立ったまま食べ始める。  今日はドイツで良く食べられているゼンメルに、スパイスが程よく効いたスライスハムとレタスのサンドと、同じくゼンメルにソーセージをスライスしたものとチーズを挟んだサンドを作り置きしてくれていて、どちらもあっという間に食べ終えると、入念に手を洗い壁の時計を見る。  今からの時間を想像するだけで、緊張に足が震えそうになる。  それを堪えながら本棚の前に向かい、大切なレシピノートから目当てのものが書かれているページを発見すると、懐かしさに目元を緩めてしまう。  それは、その瞬間の空気すら写しているような一際鮮やかな写真と、そこにも写っているケーキのレシピだった。  リアムの精神的支柱だった祖母クララが遺したレシピの中、去年ドイツを訪れたときにクララが慶一朗の為に作ってくれた誕生日ケーキがあったのだ。  他の料理のレシピは見たところで慶一朗にとっては言葉の羅列にしか思えないが、そのケーキのレシピを見ると、まるで昨日の事のように味が思い出されてくる。  慶一朗の為に作ってくれたことと、添付されている家族揃って写した――この時は誰も最後の写真になるなど思いもよらなかった――笑顔の写真を見れば、ありありとその時の光景が思い浮かんでくる。  リアムの誕生日である今日、自分に出来るかどうかは不安だったが、去年の感動を少しでも再現できればとの思いから、午後から休みを取ってケーキ作りをしようと決めたのだ。  手慣れたものならばわざわざ休暇を取る必要も無いだろうが、何しろやっと最近卵を割れるようになった慶一朗なのだ、人の二倍も三倍も時間が必要だった。  ドイツにいるリアムの両親の助けを密かに借りながら、何とか今日までバレないように準備してきたことの成果を今こそ発揮する時だと気合いを入れてノートを片手にキッチンに戻る。  リアムが普段使っているエプロンを着けると、丈も身幅も全てが大きかったが、その余白がよりリアムを感じさせる事に気付き、小さく笑みを浮かべながら腰ひもを腹の前で結んでスマホとレシピノートを並べる。  自分達にとって掛け替えのない愛すべき祖母クララが、昨年慶一朗の為に作ってくれたのは、薄焼きしたプファンクーヘンとホイップクリームを交互に積み重ねた、ミルクレープのようなケーキだった。  クララのレシピは、料理を作り慣れている人向け――端的に言えばリアムに向けて書かれている為、基礎となる事の説明は書かれていなかった。  その為、スプーン一杯がティースプーンなのかディナースプーンなのか、それとも料理にだけ使うスプーンがあるのかすら判断できず、その度に自分が最もすんなりと理解出来、レシピの書かれた言語であるドイツ語のサイトで調べるしかなかった。  リアムであれば難なくこなせる作業を、試行錯誤しながら慶一朗が行う様子を、カウンターからキッチン側へは絶対に入ってこないデュークと、そんな兄の行動を真似している弟が不思議そうに見つめているのだった。  リアムからの帰宅メッセージを慶一朗が受け取ったのは、ルカに頼んで紹介して貰ったケータリングサービスの配達人が、風も穏やかだからとの判断で庭にテーブルをセットし、料理も並べ終えた頃だった。  リアムのように料理が出来ない上に主役に料理を作らせる訳にもいかず、親友のルカに相談したところ、自分達も良く使うケータリングサービスがあること、比較的リーズナブルな料金だしサービスも悪くないと教えられ、連絡を取ってみたのだ。  今までケータリングサービスを受けたことはあっても、自分が主体になって利用したことが無いため、上手く行くかの不安はあったが、ルカの名前を出せとラシードからアドバイスを受けていた為、そっとその名を告げた途端、慶一朗が受けるサービスが最上級のものに変化をしたのだ。  その変わりように呆気に取られ、また少しの底意地の悪さを覚えてしまうが、今日のためにとそんな思いを封印し、ルカと友人であることの幸運を享受する事にしたのだ。  その結果が庭のテーブルに並ぶ様は壮観だったが、メインディッシュだけはどうしてもリアムに仕上げて貰わなければならなかった。  リアムの帰宅に合わせてシェフに仕上げて貰っても良かったが、今夜はどうしても家族だけで祝いたい思いが強く、シェフには丁重に礼を言い、感謝の気持ちを通常よりも多いチップで表した後、ルカにもよろしく伝えてくれと言い残して帰ってくれたのだ。  デュークとマイロが庭に出してしまうと、せっかくの料理に万が一のことがあれば目も当てられない為、リビングでロープの引っ張り合いをしたり、二匹が好きなぬいぐるみを使って遊んでいたが、ガレージのシャッターが上がる音にデュークの耳とマイロの尻尾がピンと立つ。 「帰ってきたな」  いつものように、だがいつもとは違う姿で出迎えるかと呟き、今日という記念日を過ごす準備を整えた二匹と慶一朗が玄関前に向かい、定位置のソファの肘置きに慶一朗が腰を下ろし、その左右に二匹が待ての姿勢でドアを見つめる。 「ただいま」  ドアノブがゆっくりと回転し、リアムの大きな身体が声と共に入ってきた瞬間、慶一朗がハニーブロンド目掛けて手にしたクラッカーの紐を引っ張る。  パンパンと、滅多に聞くことの無い音に驚いたリアムがドアノブに手を掛けたまま固まる様に、ハッピーバースデーと歌うように告げた慶一朗は、二匹に待ての解除を命じると、マイロがぴょんぴょんと跳ね、その動きに合わせてハート型のバルーンが軽快に上下する。 「え? ケイさん……?」 「Hee hee hee, Mein Prinz, 自分の誕生日を忘れたのか?」  鳩が豆鉄砲を食ったようなと称される顔で見つめてくるリアムににやりと笑いかけ、リアムの足下に寄っていくデュークの首輪に繋がっている二つのバルーンを指先で弾いた慶一朗は、呆然としたままのリアムに小首を傾げる。  だが、その直後、リアムが口元を手で覆い隠した事に気付き、様子を見守っていると、思わず眼鏡の下の目を丸くしてしまう。  幸せを表情にすると、きっとこれだろう。  そんな笑みを浮かべたリアムが、デュークと同じように首輪にバルーンを結んだまま飛び跳ねているマイロを片手で抱き上げ、足下で伸び上がるデュークの頭をわしゃわしゃと撫でるが、何故か呆然としているように見える慶一朗と視線がぶつかった瞬間、破顔一笑。 「ダンケ、ケイさん!」  誕生日おめでとうと祝われる、ただそれだけと言えばそれだけの事が、こんなにも嬉しいなんてと綻んだ顔のまま慶一朗の前に一歩を踏み出したリアムは、マイロをソファに下ろすと同時に慶一朗を軽々と横抱きにする。 「……っ!」  いつもなら下ろせだの恥ずかしいだのと叫ぶ慶一朗だったが、それをする暇も無く、ダンケともう一度囁かれてそっとキスされてしまえば、羞恥の言葉を口にするのも馬鹿らしくなってくる。  だから、リアムの首に片手を回し、誕生日おめでとうともう一度囁くと、うんという嬉しそうな返事が耳元に落ちる。 「今日はケータリングサービスを使ってディナーの用意をして貰った」 「マジ!?」  リアムの率直な感想にクスクスと笑い、庭に用意をしてあるが、一つだけお前にして貰いたいことがあると告げると、デュークとマイロが同じように抱き上げろと鳴き声を上げたため、慶一朗をそっと下ろしてその腰に腕を回したリアムが、何をすれば良いと問いかける。 「メインディッシュのステーキを焼いて欲しい」  慶一朗の望みなら何でも叶えるつもりだし、また実行してきていたが、ステーキを焼くぐらいいつでも出来ると返そうとリアムが口を開くが、少し下にある端正な顔に赤味が差したことに気付き、続きの言葉を待ってみる。 「本当はシェフがメインディッシュを仕上げてから帰る予定だったけど……」  今日はどうしても家族だけで過ごしたかったこと、シェフに肉の焼き加減を聞かれても俺には答えられないからと、リアムが想像していたものとは嬉しい相違の言葉が流れ出し、思わず動きを止めてしまう。 「……俺の好きな焼き加減は、お前が一番良く知ってるだろう?」  肉の種類が最近ようやく少しだけ分かるようになったレベルなのだ、その肉をおいしく食べる調理方法など俺にわかるはずがない。  それよりも何よりも、いつも料理を作ってくれているお前のほうが、俺の好みを良く知ってくれているだろう。  前髪を掻き上げ、照れたような顔で笑う慶一朗を呆然と見つめたリアムだったが、無言のまま何度か首を縦に振ると、端正な顔に安堵の笑みが浮かぶ。 「だから肉を焼いて欲しい」 「……うん」  慶一朗の全幅の信頼を置いていることを教える言葉に、リアムが口数少なく頷いた後、キッチンに二人で入る。  コンロ横で出番を待っている肉を見たリアムが、これならばと少し考えた後、期待に満ちた目で見つめてくる慶一朗の頬にキスをし、俺の好みで焼いてもいいかと片眼を閉じる。 「シェフに任せる」  俺の身体を作り上げているお前に任せると笑い、オードブルやサラダ、スープなども準備が出来ていると庭を見ると、リアムの顔が更に明るくなる。 「良し、じゃあ肉の準備をしようか」 「今日はワインの気分だな」  そういって笑う慶一朗の視線の先には、お気に入りのワインがワインクーラーに入れられてテーブル横で出番を待っていた。 「最高の誕生日だな」   リアムの言葉に今度は慶一朗が片目を閉じ、お気に召していただけて光栄ですと大仰に一礼する。  そんな己の夫にリアムも満足そうに頷いた後、食後のフラットホワイトがいつも以上に楽しみだと笑い、慶一朗が今日のためにスペシャルブレンドを用意したと笑う。  だが、その心の中では、冷蔵庫で出番を待っているケーキを見せればもっと喜んでくれるだろうかという不安があり、一瞬だけそれを顔に浮かべてしまうが、二人で庭に出る時にデュークとマイロの首輪に結んだバルーンに触れ、大丈夫と言われたような気持ちになるのだった。  ケータリングサービスは二人とも満足出来る味で、ルカの紹介だと慶一朗が種明かしをすると、きっとシドニー市内の国内産の素材を使うレストランのものだろうとリアムが予測し、慶一朗が驚きつつビンゴと笑う。  スマホの画面を見せると、ああ、ここかぁと、知っている顔でリアムが頷いた後、さすがにシャトーブリアンは美味いなと子どものような顔で笑い、それに釣られた慶一朗も同じような顔になる。  シェフに無理を言って帰って貰ったが、この顔を見れるのなら無理強いをして良かったと安堵していると、料理に舌鼓を打ったリアムが、食後のコーヒーを飲みたいと頬杖を突く。 「用意をしてくる」  その言葉を待っていたかのように立ち上がった慶一朗だったが、フラットホワイトとドリップコーヒーのどちらが良いと問いかけ、少し考えた後のフラットホワイトという言葉に素っ気なく頷く。  ここまではすべて上手くいっている。  あとは、見た目は悪いかもしれないが、頑張った成果であるミルクレープの誕生日ケーキと、いつも以上に気合を入れたフラットホワイトを出すだけだった。  いつもより少し丁寧にフラットホワイトの準備をし、もこもこの泡をコーヒーにそっと浮かべると、これもまた密かに練習していた成果を発揮するように小刻みに手を動かしていく。  二人が愛用する大ぶりのマグカップに描き出される、クリームのハート。それが崩れてしまわないように気を付けながらトレイに載せ、同じトレイに冷蔵庫から出した、不安と期待を具現化したミルクレープのケーキを載せる。  去年、クララが作ってくれたものと比べれば、所々段差が出来ていたりクリームがはみ出していたりした。  形は不格好だが、誕生日プレートはピスタチオ入りのチョコプレートで、ホイップクリームをクッションにして凭れ掛かっていた。  リアムと付き合うことを決めたときでもここまで緊張しなかったと自嘲し、トレイのケーキとフラットホワイトを慎重に庭に運んだ慶一朗は、テーブルにそれを下ろした瞬間に息を呑む音を聞き、胸を撫で下ろす。 「ケイさん、これ……」 「去年俺の誕生日にばあちゃんが作ってくれたケーキがあっただろう?」  あれのレシピがノートにあったから、頑張って作ってみた。  マグカップをリアムの前に置き、ハートが崩れていない事に安堵しつつ目を細めると、いきなり腰にしがみつかれてしまい、何とか両足に力を込めて倒れないように踏みとどまる。 「リアム?」 「……ケイさんがケーキを焼いてくれた……? マジか……?」  目の前の現実が信じられない。そう言いたげに呟くリアムの頭を見下ろした慶一朗は、嘘じゃないと苦笑し、俺が作った何よりの証拠だと笑いながらケーキを指さす。 「え?」 「こんなガタガタなケーキが売ってると思うか?」  ああ、誕生日プレートだけはお前が好きなチョコレート店に頼み、特別にピスタチオ入りのものを作ってもらった。  片目を閉じてネタばらしをした慶一朗は、腰に回されていた腕が離れたかと思うと、両腕をしっかりと掴まれて目を瞬かせる。  リアム、そう呼びかけようとした瞬間、俯いていた顔が勢いよく上がり、目じりに一粒の涙を、口元には笑みを浮かべた複雑な表情で見つめられたことに気付く。 「ばあちゃんと一緒にプファンクーヘンを焼いてくれた事があったよな?」 「……あの時よりは上達してると思いたいな」  それに今回はばあちゃんの代わりにダッドとマムに助けてもらった。  告白する慶一朗を呆然と見上げたリアムだったが、顔をくしゃくしゃにし、見たものの胸をジワリと温めるような笑みを浮かべる。 「ダンケ、慶一朗」  俺のためにケータリングで極上のディナーを用意してくれ、誕生日ケーキも作ってくれた、そして俺が好きなフラットホワイトにもラテアートをしてくれて本当にありがとう。  心の底から感謝していることが伝わるその言葉に、聞いていた慶一朗が気恥ずかしさから視線を二度三度泳がせてしまうが、合図を送って両手を自由にしてもらうと、リアムにだけ向ける笑顔を浮かべて両手を広げる。  その手に赤く残る、ケーキ作りの奮闘の証。ワセリンを塗っただけの応急手当を済ませているらしいが、痛々しさよりも過ごしてきた時間が楽しかったのではと想像させてくれる。  愛する夫のそんな手に誘われて断れる程リアムは枯れてもいなければ冷めてもいないため、その手を広げるように体を押し込むと、背中をそっと抱きしめられる。 「ガタガタになって悪い」 「俺がデュークと二人旅から帰ってきたときはエッグノッグを作ってくれたし、すごい進歩だな、ケイさん」  過去に慶一朗が料理でやらかした出来事の大半を知っているリアムからすれば、ケーキの形が崩れていることぐらい何の問題もなかった。  そして、それ以上に、自分のために火傷を負ってでも作ってくれたことが嬉しかった。  だから、今すぐ食べたい気持ちを抑えながら芝生に胡坐をかいて座ると、足の上に慶一朗を横抱きにし、デュークとマイロを読んで駆け寄ってくる二匹を片手で抱き寄せる。  ケータリングサービスのシェフを帰してまでも家族だけで祝いたかった。  その言葉はリアムの想像外のもので、言われた時は理解できなかったが、慶一朗が作ってくれたケーキとフラットホワイトを前にした今、言葉が齎す重みと温かさを伴って心の中に静かに落ちていく。  この重さと温もりを忘れないようにしよう。  決して重荷になどならない、させないように、これからもしっかりと支えていこう。そして、心が弱った時には今までのように支えられながら、これからも前を向いていこう。  その決意を自然としたリアムは、慶一朗に頭を抱き寄せられて顔を寄せ、髭に覆われている頬を指の背で撫でられて口づけられ、くすぐったさに首を竦める。  そんな二人を見ていたデュークがあおーんと遠吠えをしたかと思うと、リアムの背中にべたりと張り付き、マイロも真似をして遠吠えをするが、短い手足を必死に動かしながら慶一朗の体を登坂する。  足の上ではマイロを抱いた慶一朗を、背中ではデュークを支えながらにやりと笑ったリアムは、最高の誕生日プレゼントだと笑うが、心底意外そうな顔で慶一朗がリアムの笑顔を見上げる。 「何を言ってるんだ? 誕生日プレゼントは別に用意しているぞ」 「え、これでも十分だけど……?」  そう返したリアムだったが、慶一朗の顔を見た瞬間に嫌な予感が背筋を駆け上り、思わず体を震わせた結果、デュークが背中から滑り落ちてしまう。 「キャウン!」  背中から上がる不満の声に悪いと詫びながら頭を撫でたリアムは、腕の中で悪魔のような笑みを浮かべる慶一朗の端正な顔を見下ろし、思わずジーザスと呟き星空を仰いでしまう。 「今週末を期待していろ」  お前の誕生日を祝いたい奴らは俺以外にもいる、そいつらからのプレゼントに期待していろ。  楽しそうに肩を揺らしながら告げる慶一朗だったが、その言葉と表情から怖いなぁとリアムが嘆息し、他の奴らが誰であるかを聞き出した後、盛大な溜息を吐いて無言で首を左右に振るのだった。       慶一朗が作った誕生日ケーキをリアムが切り分け、フラットホワイトのハートを崩すのが勿体ないと渋りながらも、スペシャルブレンドの豆で淹れてくれたそれに、リアムの目尻が下がりっぱなしになる。  そんなに嬉しいかと、少しの呆れを滲ませながら慶一朗が頬杖をつくが、形は不格好ながらも味は良いケーキを今日は慶一朗がリアムに食べさせ、嬉しそうに食いつく様子を見ながら、超大型犬だと改めて感じていた。  そんな二人の周りを、バルーンを首輪に結んだままデュークとマイロが走り回る。  その動きに合わせてハートのバルーンが上下するのを楽し気に見守っていたリアムが、慶一朗の頬に小さな音を立ててキスをし、メガネの下からどうしたと視線で問われ、うんと小さく頷く。  後で仲良くしたい。  その短い言葉が表す意味をしっかりと理解している慶一朗が一瞬考えこむが、夜目にも綺麗に見えるヘイゼルの双眸に流し目を送る。  視線で返事を受け取ったリアムが後片付けは頑張ると鼻息荒く返し、欲望に素直なハニィも嫌いじゃないと慶一朗がくすくすと笑う。  楽しそうにしている慶一朗を見るリアムも楽し気で、そんな二人の周りをそれ以上に嬉しそうにデュークとマイロが飛び跳ね駆け回る。  そうして、今年のリアムの誕生日が穏やかな楽しいものとなるが、いつでもこの空気を思い出せるようにと、リアムがテーブルの脚を利用してスマホをセットし、慶一朗がリビングからクッションを運び出してきた為、いつものようにそこに凭れ掛かり、寄りかかってくる慶一朗を受け止める。  そして、今年はデュークが左にマイロが右に並ぶ形を作ると、慶一朗がスマホを操作し、空気ごと映してくれと願いながら何枚も写真を撮る。  家族の形を撮影するのに満足した後、デュークとマイロの首輪に結んだバルーンを外し、中のガスが無くなるまでベッドルームに浮かせておこうと笑いあう。  リビングだとデュークとマイロにオモチャにされたバルーンが、それはそれは見るも無残な姿を曝け出す事を確信した二人は、楽しかった時間の後片付けを手分けして行い、二匹には特別なおやつを与えてそれぞれのベッドがあるケージに入れると、毎日のこととはいえ少しだけ浮かれた気分で慶一朗をリアムが抱き上げる。  階段を上る動きに合わせて慶一朗が手にしたバルーンも上下し、ベッドルームに入ると同時に手を放し、この後の仲良しタイムに胸を躍らせるリアムに、慶一朗も楽しみにしていることを教えるキスを残してバスルームに向かうのだった。  その後、いつも以上に濃密な時を過ごした二人だったが、己の腕の中で満足げな顔で眠る慶一朗をリアムが愛おし気に見守る。  やがて、やってきた睡魔に負けたように欠伸をしながら、今年の誕生日は決して忘れられないものになったと呟き、眠る慶一朗の額にお休みのキスをし、リアムも目を閉じる。  そんな二人を、慶一朗が持って来たバルーンが、ハッピーバースデーの文字を時折きらりと光らせながら、部屋の隅でふわふわと浮きながら見下ろしているのだった。      
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  俺たちからの愛だ、受け取れ!
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