It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第21話 A Pawprint in the Light.
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 ベッドで互いの目に顔を映しながら意味もなく笑い合った後、自然と重なる唇の感触をもっと味わいたくなる。  まだ互いの口の中に留まっている舌を誘うように、慶一朗がリアムの舌をノックすると、遠慮がちに迎え入れてくれ、頭の片隅でいつ以来だろうかという疑問が湧き起こってくる。  それがぼんやりと全身に広がると同時に、もう飽きられた訳ではなかったと実感し、リアムの首の後ろで交差させていた腕を解き、少し痩せた気がする背中の筋肉を指先で辿っていく。  その間、リアムの口内で舌を突いて誘って遊んでいたが、軽く引くと追いかけるようについてきた舌を迎え入れ、その勢いを借りて合図を送ると、リビングのソファと同じようにリアムを下敷きにするように寝返りを打つ。  離れると同時に吐息と唾液がリアムの口の端に落ちてしまい、にやりと笑うと同じ顔で笑い返され、久し振りのその先に進んで良いかと目で問いかける。  リアムがこのままでは自他共に認めるリアムではなくなる、その危惧から旅に送り出すことを決めた時、ホーキンスやホワイトらに相談をした時の言葉が脳裏に蘇る。  キス以上のことをしてこなくなった。  リアムと己の間にそんな瞬間が来る事など、今まで考えた事もなかった。  クローゼットがダークカラーに支配されつつある理由も、一人と一匹とで気ままに旅をしてこいと送り出した理由も全ては、祖母クララの死が切っ掛けだった。  あのままでは己が最も恐れている、リアムというある種の奇跡のような男の根幹が喪われるのではという恐怖があったが、数日間という短期間で帰宅したリアムが教えてくれたのは、己の傍にいてこそ自分らしさを取り戻せるという事実だった。  ソロキャンプが好きで、ストレスが蓄積されると一人でキャンプに出掛けていた事は何度も聞かされていたが、付き合い始めてから二人でキャンプに行く事はあっても、以前のようにソロキャンプに出掛けることは無くなっていた。  慶一朗にはそれが無理をしているのではないかとの思いが存在し、それ故に一人で行って来いと送り出したのだ。  だが、リアムには全く違う思いがあったようで、それを改めて教えられた今、その言葉を素直に信じてみようという気持ちになる。  その気持ちから見下ろすヘイゼルの双眸にキスをし、くすぐったそうな小さな笑い声が流れ出す。  そんな些細な事すら嬉しくて、何度かキスを落としていると、腰をしっかりと両手で抱きしめられたことに気付く。  期待に胸を躍らせていると、何かを確かめるようにその手がそっと下がっていき、尻を撫でられ掴まれてわざと小さな声を上げると、ビクリとその手が止まってしまう。  それが寂しくて、同じ事をしろと伝える代わりに、己の手をリアムの腹の筋肉を確かめるように這わせ、そのまま太腿へと移動し、内側に手を滑らせる。  慶一朗の手の動きの先を読んだのか、リアムの口から期待に充ちた吐息がひとつ零れ落ち、それに応えるように形を変えつつあるリアムのペニスに手を添える。  掌に伝わる熱と脈に無意識に笑みを浮かべた慶一朗は、鼻の頭に音を立ててキスをし、頬の高い場所、顎髭にもキスをすると、次いで胸で立ち上がりつつある乳首とその横の分厚い胸板にもキスをする。  徐々に下がっていくキスにリアムの口から熱の籠もった吐息が何度か零れ落ち、慶一朗の尻を握っていた手が内腿へと滑ってくると、同じお湯に手の中に握り込まれて腰が軽く揺れる。  この先の快感を期待して自然と上がる熱と息だったが、慶一朗が臍にキスをした後、さっきまで手の中にあったものに到着した事を教えるキスをすると、そのまま口に迎え入れる。  途端、頭上で聞こえる小さな呼気に気を良くした慶一朗が、いずれ凶悪な程の太さになったものに中を埋められる瞬間を想像すると、背筋を堪えきれない期待が駆け上り、無意識に片手を自らの股間に伸ばしてしまう。  だが、その動きをリアムが察知したようで、手首をそっと握られて手を引き寄せられ、与えるだけではなく自分も快感を得たいと上目遣いに見つめると、髭の下で太い笑みを浮かべたリアムが一つ頷いて立てた指をくるりと回転させる。  それから何を望んでいるのかに気付き、同じ笑みを浮かべた慶一朗が体勢を入れ替えると、望んでいた快感が腹の奥底に熱を生み出して体中に広がっていく。  同じ事を同じようにしてやると、そんな笑み混じりの囁きが聞こえた気がし、それなら好きなようにすると振り返った先で笑うリアムに宣戦布告のように強気に宣言する。  そんな宣言などあっという間に覆され、もう許してくれと泣きたくなる瞬間が来る事は簡単に予想出来るが、それすらも心待ちにしている事に気付き、さすがに少し覚えた悔しさをぶつけるようにきつく吸い上げると、慌てたようなくぐもった声が聞こえてきて、それが思いのほか楽しくて、同じ場所を同じように吸うと、イタズラばかりすると言いたげに同じ事をされてしまう。 「……っ!」  強い刺激にビクンと腰が跳ね、咄嗟に手を付いて身体を支えた慶一朗だったが、その刺激がそれだけで終わるはずもなく、いずれリアムを迎える尻をグッと広げられたかと思うと、いつの間にか用意したらしいジェルの滑りを借りた指が遠慮がちに入ってくる。 「!」  前と後ろの同時の刺激に、それはずるいと声を上げようと顔を上げた慶一朗だったが、疎かになっていると再度くぐもった声で笑われた後、リアムが腰を軽く持ち上げ、危うく喉の奥を突かれそうになって目を白黒させる。  口と前だけではなく後ろも刺激を与えてくるのは反則だと叫びたかったが、それをさせてくれないほどリアムの手やペニスに弄ばれ、口内のそれに不満をぶつけるようにくぐもった声を上げるが、宥めるような言葉が聞こえてきた為、先端に窄めた舌先を押し込むと、面白いようにリアムの腰が跳ねる。  好き勝手に弄ばれている仕返しだと笑う慶一朗だったが、中を広げる指がいつの間にか二本になったことに気付き、一瞬で余裕など霧散してしまう事に気付く。  このままではまずいと考えた事がリアムにも伝わってるとしか思えないタイミングで再度腰を持ち上げられ、どちらの刺激に意識を向ければ良いのかが分からなくなってしまう。  自然と零れる吐息に熱が混ざり、いつもとは違ってリアムの顔が見えない姿勢で愛撫される現実に、慶一朗の脳味噌が考える事を放棄し始める。  与えられる快感はいつになく過敏で、己のメンタルのせいだと理解していても、それをいつも以上に受け止めてしまう事実に気恥ずかしさを覚えるが、今はそれを表す余裕がなく、リアムのものを咥える余裕も無くなってくる。 「……は……っ……」  中を押し広げたり慶一朗の腰が跳ねる場所をイタズラっぽく突かれると、目の前ですっかり形を変えたものに軽く手を添えるぐらいしか出来なくなってしまう。  慶一朗が閉じることが出来なくなった口からは熱っぽい呼気と唾液が流れ出し、リアムの腿に縋るように顔を伏せてしまう。  もう良い、良いからと言いたかったが、その言葉を途切れ途切れに伝えると、もっと味わいたかったと言いたげにリアムの指がゆっくりと抜かれ、ビクンと腰を揺らすと、喉の奥近くまで咥え込まれて吸われ、手を握りしめてしまう。  止めてくれと願う心ともっとと強請る身体の反発が慶一朗の腰を小刻みに揺らし、このままでは本当にまずいと思った瞬間、熱い口から解放された温度差に身体を揺らすが、リアムの口と同じだけの熱い掌に包まれて扱かれ、一瞬の亡失の後に手の中に熱を吐き出してしまう。  慶一朗が肩で息を繰り返す様子を頭を持ち上げて見ていたリアムだったが、振り返った顔が快感の赤と、今は意味が分からない感情が双眸に揺蕩っている事に気付き、気遣いつつ身体を起こして慶一朗の背中をベッドに沈めさせる。  見上げてくる顔は、今まで何度も目にした事があるような、初めて見るような快感に染まりながらも、決して喪うことのない情を滲ませていて、自身でも意味の分からない、ああという呟きを顔の傍に落としてしまう。 「……どうした?」 「……ケイ、さん……っ」  不思議そうに首を傾げて名を呼ばれたリアムは、それに答えることが出来ずに震える声で名を呼び、慶一朗の顔の傍に両手を突いて鼻の頭が触れ合う距離にまで顔を寄せる。  そんなリアムの行動に特に不満をいうでもなく、リアムの両肩に手を置いた後、そっとその手を伸ばして首の後ろで交差させ、甘えるように顔を寄せてくる慶一朗が苦しいと零すほどの力で抱きしめる。 「……リアム……本当に、帰ってきてくれたんだな」  その囁きを額面通りに受け取ることなどリアムは出来ず、黙ったまま頷きながら慶一朗を一人にしないと誓っておきながら数日間一人にした事を詫び、頬や唇に何度もキスをすると、宥めるように背中を撫でられる。  その手の温もりから、こうして素肌を触れ合わせ、キス以上の事で互いに快感とそれ以上の情を感じられるようになった事に気付き、リアムがきつく唇を噛みしめる。  自分達が人生のどん底にいるときに助けてくれた祖母の死。  それはリアムの中では言葉では表せない悲哀となって沈殿し、慶一朗が危惧したように自分らしさを喪う事にも繋がっていたが、それを取り戻す旅から帰宅し、出迎えてくれた慶一朗が穏やかな顔でデュークのブラッシングをしている姿を見て、傍にいる事こそが己らしさだと自覚したのだ。  それを思い出させるだけではなく、家族とともに祖母を見送ることが出来なかった涙を流していないことにも気付き、優しく促してくれたのだ。  自分はバカだからその時にならなければ分からない。  それは慶一朗が良く口にする自嘲だったが、それは俺も同じだと気付いたリアムだったが、噛みしめた唇に優しく何度もキスをされ、そっと目を開くと、誰よりも間近で己を見守り支えてくれる、愛する男の優しい顔が見える。  ああ、この人を好きになって本当に良かった。  付き合い始めてから幾度となく感じたそれが胸に広がり、暖かな何かが血流に乗って全身に広がっていく。 「リアム?」  仕事以外では何も出来ないと揶揄われ、また実際その通りな所もあるが、それが慶一朗が見せる一面であることをリアムは誰よりも知っていた。  リアムが甲斐甲斐しく世話を焼くため、リアムがいなければ何も出来ないと友人達からは思われているが、本当に何も出来なくなるのは俺だと呟くと、その言葉の意味が理解出来ない顔で慶一朗が眉を寄せるが、健全な依存だなと小さく肩を揺らした事にリアムが目を見張る。 「共依存と言われてもおかしくないな」  でも、そんな関係のお前が、お前を、愛している。  慶一朗からの告白に大きくなった目が更に大きくなるが、そこから一粒の滴が慶一朗の頬に落ちた事に気付き、目尻を指の腹でそっと撫でられる。 「お前の涙は嫌いじゃない。でも、やっぱりお前には笑って欲しい」  いつも言っているが、お前に似付かわしいのはやはり笑顔だ。  リアムの頬を両手で挟んで鼻の頭に慶一朗がキスをし、それを受けたリアムが瞬きをしてもう一つ滴を落とす。 「今は泣くな、王子様」  今、私に必要なのは宝石のような綺麗な涙ではなく、夜を過ごすための熱です。  色艶をふんだんに含んだ視線でリアムを見上げた慶一朗は、見上げる顔に同じ笑みが浮かび、喉が上下に動いたことに気付くと、三度肩に両手を引っかけて艶然と見上げる。 「ヘイ、王子様――踊るぞ」  今日のダンスフロアはここ、ベッドの上だと笑う慶一朗にリアムも小さく笑って頷くと、ダンスの誘いを受け入れたことを教えるように慶一朗に覆い被さる。  そんなリアムの腰を立てた両足で挟んだ慶一朗は、ジェルの滑りを尻に感じ、リアムの手の次にやって来る熱と太さを予感し、鼓動を早めてしまう。  慶一朗の予感は当然ながら的中し、押し広げて進んでくるリアムのペニスを受け入れながら、手の甲で口を覆うが、その手を優しく掴まれてしまい、声を聞かせろと教えられて希望通りに享受している快感を声に出す。  その声に煽られたのか、中を埋め尽くしたものが大きくなり、熱い息を吐くとリアムがゆるゆると動き出す。  その動きが次第に速く大きくなり、振り落とされないように呼吸を合わせる慶一朗だったが、その頃にはひっきりなしに声を上げ続け、それが嬉しいのかリアムの動きが更に激しくなる。  獰猛な熱に中を埋め尽くされ、蹂躙されて声を上げ続けていると、慶一朗の形を変えたペニスにリアムが手を添えるが、そのまま動きに合わせて扱き始めてしまう。 「……っア、ァア……っ!!」  さっきとは比べられない強い刺激に慶一朗が咄嗟にリアムの手首を掴み、縋るように引き寄せる。  そして、互いに訪れた絶頂の瞬間、リアムの熱が最奥に弾けた衝撃に慶一朗の腰が震え、程なくしてリアムの手の中に再度熱が吐き出される。  快感を互いに増幅させて訪れた絶頂の後、リアムが慶一朗に再度覆い被さると、その背中を当然のように慶一朗が抱きしめる。  いくつもの意味で本当に帰ってきた。  その実感を覚えた慶一朗が、何度も背中を撫でてお帰りと告げると、返事の代わりのキスが頬に届けられる。  それを繰り返しているうちに、たった今熱を吐き出した身体の奥に熾火が生まれ、気が付けば制御出来ない大きさに膨れ上がってしまう。  互いにそれを感じ取り、セックスを覚えたばかりのティーンエイジャーかと慶一朗が呆れたように笑い、うんとリアムも同じ顔で頷くが、どちらも離れることが出来なかった。  今日は長い夜になる、その言葉をどちらからともなく呟くと、大歓迎だとリアムが言葉で、慶一朗が表情で告げ、吸い寄せられるようにキスをし、その角度を深くしていくのだった。 「アウ……っ!」  その悲鳴が夢の世界に響き、何事だと眠い目を開けた慶一朗の目に飛び込んできたのは、フンスフンスと鼻息荒く上段から見下ろしているデュークと、そんなデュークに踏みつけられながら頭を押さえているリアムの姿だった。 「リアム……?」  恐る恐るリアムの名を呼んだ慶一朗だったが、デュークがひと吠えしたかと思うと、身体を起こした慶一朗に飛びかかり、支えきれずに背後に倒れてしまう。  遠慮容赦なくデュークに顔中を舐め回され、擽ったさと朝一番のそれに止めろと叫んだ慶一朗だったが、デュークが慶一朗の制止の言葉を聞き入れるはずもなく、閉ざしている口をこじ開けるように舐められ、さすがにそれは止めろと叫ぶと、デュークに唯一命令ができる鋭い声が飛んでくる。 「デューク、ストップ!」  その声に漸く舐められる攻撃にすら思えるスキンシップから解放され、ベッドの上を這うように移動した慶一朗だったが、呆れたように腕を組むリアムの手に握られているものに気付き、小首を傾げてしまう。  リアムが手にしているもの、それはデュークが水を飲むために使っているステンレスのボウルだった。  何故それがベッドルームにあるんだと問いかけようとするが、先程の悲鳴とそれが繋がった瞬間、まさかと呟いてしまう。 「リアム、まさかと思うけど……」 「うん……デュークがこれを俺の頭に落としてきた」  ステンレスのボウルをデュークに見せつけるように振ると、それが悪いことだと分かっているのか、デュークの耳が前後左右と忙しく動き回る。  今までそんなイタズラをしたことはないのにと、何をやっているんだとの思いからデュークを見た慶一朗だったが、ふと時計に目が向き、目にしたそれが俄には信じられずに激しく瞬きをする。 「……寝過ごしてデュークの朝飯の用意が出来なかった」  だからその抗議でボウルを顔の上に落としてくれたと、リアムが頭を掻きながら嘆息混じりに呟くと、そうだそうだ、僕は悪くないんだと言いたげにデュークが抗議の声を上げる。 「分かった分かった。今から用意をするから許してくれ、デューク」  許せと上段から謝罪をするのではなく、デュークの目を見て頭を撫でて許してくれと告げるリアムのらしさが現れ、本当に戻ってきたのだと実感した慶一朗が思わずリアムに飛びかかって抱きついてしまう。  デュークに意識が向いている為か、慶一朗を支えきれずに先程のように今度はリアムがベッドに倒れ込み、驚愕の声が盛大に天井にぶつかって弾ける。 「俺も腹が減った」 「Ja,ja,ja. 分かった分かった。二人纏めて用意するから待ってくれ!」 「二人?」 「ん? ケイさんとデュークの分だけど?」  当たり前の顔でリアムが呟く言葉に自然と慶一朗の顔に笑みが浮かぶが、鼻の頭をツンツンと突いた慶一朗が、忘れているぞと口の端を持ち上げる。 「忘れている?」 「ああ。……お前自身だ、リアム」  お前は料理を作るだけの人じゃない、俺たちと一緒に食べる事が楽しいものだと教えてくれる人だろう。  その言葉にリアムが一瞬目を丸くするが、程なくして昨夜慶一朗が望んでいると伝えた満面の笑みが顔を彩る。 「うん、そうだな」 「よし。――デューク、リアムが美味いメシを用意してくれるから、その間にイケメンになるぞ」  だからいつまでもホットヘッドになるなと笑うと、その言葉にデュークが嬉しそうに遠吠えをし、二人同時にうるさいと耳を塞ぐのだった。    ブランチにしても遅い時間にリアムの手作り料理を堪能した慶一朗とデュークは、満足した腹を天井に向けながら、リビングのソファではなくフロアに寝そべっていた。  それを見たリアムが呆れたように笑うが、気持ち良いかと問いかけると、慶一朗が無言で手招きをする。  その手の誘いをリアムが断るはずもなく、誘われたからと慶一朗の横に同じように寝転がると、当たり前のようにリアムの腕を枕にするために慶一朗が引き寄せ、最も落ち着ける場所に頭を収めた満足の息を吐く。 「なあ、リアム」 「ん?」  どうしたと続ける先を塞ぐように慶一朗が顔を向け、結果的に不必要だったかも知れないが、お前を旅に行かせた俺にご褒美をくれと目を平らにし、伸ばした指でリアムの髭に覆われた顎を持ち上げると、降参と言わんばかりにリアムの片手が肩の高さに持ち上げられる。 「うん。何が良いかな」  何でも叶えるから教えてくれと眉尻を下げた顔でリアムが慶一朗を見つめ、そうだなぁと思案する様に呟く顔に唾を飲み込む。  そんなに緊張するような事は言わないと笑った慶一朗の口から流れ出したのは、俺にでも世話ができる小さな犬が欲しいとの言葉だった。 「小さな、犬……?」 「そう。デュークの弟を作らないかと前に言っていただろう?」  俺たちは、何をどう頑張ったとしても、俺たちの血を受け継ぐ子どもを作ることは出来ない。  その言葉に籠もる感情に気付けないリアムではないため、持ち上げていた腕を慶一朗の腹に回すと、安堵の吐息が二人の間に落ちる。 「ゲイカップルや子どもがいない夫婦の間で、ペットを子ども代わりにするという話は良く聞く」 「うん」 「……俺もお前も、血の繋がりなど無いし人種も違えば生まれ育った国も違う」  でもそれでも、こうして家族として一緒に暮らしていると、己の右手をリアムに見せるように持ち上げた慶一朗は、薬指で光るリングにキスをされて目を細める。 「デュークも今じゃ家族のようになっている」  俺たちの家族は世間一般とは少し違うが、全ての感情を共有している。そちらの方が大切だと、珍しく素直に己の思いを口にする慶一朗を黙って見守っていたリアムだったが、己の思いが全て伝わるだけではなく、受け止めた後にきちんと居場所を与えてくれている事に気付くと、鼻の奥が痛みを訴えてくる。 「何もかも違うそこに、デュークの弟になる小さな犬を迎えないか?」 「……小型犬が良いか?」 「前にも言ったけど、俺には大型犬の世話など出来ない。でも、小型犬なら、お前の手助けがあれば、きっと世話をすることができる」  仕事柄どうしても日常のことはお前に頼りっぱなしになるが、デュークの弟は俺がメインで世話をしたいと告げると、 リアムが嬉しそうにうんと頷き慶一朗を抱きしめる。 「尻尾が本体みたいな犬が良い」  慶一朗が呟く言葉を理解するにはさすがに時間を必要としたのか、少し考え込んだ後、嬉しいときにピコピコと尻尾が動くのが良いと教えられ、ああと納得の声を零す。  デュークの尻尾のようにふさふさとしているのではなく、小型犬でショートテイルと呼ばれる尻尾を持つ犬ならばいくらでもいる、そんな子を探そうかと慶一朗の顔を覗き込むように距離を取ると、うんと嬉しそうに綻ぶ顔が見え、ブリーダーを紹介して貰うのも良いし、保護団体にお願いをして譲って貰うのも良いなとリアムも同じ顔で笑う。  そして、その笑いが収まった頃、今まで先延ばしになっていた事を解決しようと決め、慶一朗の顔を囲うように腕を突く。 「ケイさん、デュークの去勢の手術をローズに頼もう」  来週いっぱい休みを貰うからその間にかかりつけの動物病院で手術をお願いしようか。そうリアムが告げると、慶一朗の目が一度左右に揺れるが、信頼している事を伝えるように広い背中に腕が回され、うんという短い返事が吐息と一緒に流れ出す。 「……最期まで、俺たちで見守ろう」 「そうだな」  リアムが以前話した、デュークに対する責任の取り方に賛同するように頷いた慶一朗は、何事だと顔を寄せてくるデュークの頭を撫で、お前の弟を近いうちに迎え入れようと笑みを浮かべる。 「次はどんな子が来てくれるだろうな」 「デュークみたいにクレバーなのが良い」 「どうだろうなぁ」  リビングのフロアに寝転がりながら次に迎える小型犬の事で話していると、慶一朗が立て続けにくしゃみをし、身体が冷えるからソファに移動しようとリアムが立ち上がって慶一朗の腕を掴んで立ち上がらせる。 「今日のディナーはシチューが良い」 「シチューか……父さんのグラーシュでも良いか?」 「あ、良いな、それ」  ダッドが作ってくれたグラーシュは本当に美味かった、マーサのバケットと一緒にそれを食べようと、この家での熱源の一つであるリアムに抱きつきながら笑う慶一朗の足下にデュークが擦り寄り、二人からの熱を分け与えられる安心感に自然と笑みを浮かべるのだった。  そんな二人と一匹が穏やかに笑う家の上、冬からそろそろ夏に向けて色を変え始めた雲が悠然と流れているのだった。  
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  いつまでもホットヘッドになるな。
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