It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第19話 Wish upon a star.
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 さすがに体力には自信のあるリアムも、細身だが医者という職業柄、長時間のオペにも耐えうるだけの体力を持っている慶一朗も、ニュージーランドから帰国した夜にアポフィスに出向くことは無理だった。  一晩自宅ベッドでぐっすりと眠った証の朗らかな笑みを浮かべ、日曜日の日も高く上った頃にアポフィスを訪れた二人だったが、出迎えてくれるルカとラシードをハグし、キスして互いの背中を撫でる。  昨日は空港に迎えに来てくれてありがとう、お前たちの為だから何も問題はないと笑うルカと同じ顔で頷くラシードに笑顔で頷くと、彼もお前達を待っていたよとルカに教えられ、カウンターで素知らぬ風を装っている背中に小さく笑みを浮かべる。  その背中が誰であるかは一目瞭然で、どうして自分達の会話に振り返らないのだろうと内心リアムが苦笑するが、きっと己から動くことに対して不慣れなのだろうと結論づけると、ハイ、と呼びかけながらその隣に向かう。 「やあ、ハネムーンはどうだった?」  その顔を見れば楽しんできたことは分かるが楽しかったかと、リアムの呼びかけに今気付いた風を装いながらスツールを回転させるケネスにひとつ肩を竦めると、失礼と断りを入れた後に一点ものと思われるジャケットを羽織った背中を抱きしめる。 「……」 「楽しかった。その話を皆にしたいし土産も買ってきた」  だからルカやラシード、そこでドリンクの用意をしてくれているシャルルやアンディも含めて話をしようと誰も逆らえない笑顔でリアムが誘うと、こほんと咳払いをした後にケネスが君の誘いだから仕方がないと肩を竦めつつ立ち上がる。  立ち上がったケネスを意外そうに見つめていた慶一朗が、己の夫が過去の男を認め受け入れている様子に感嘆の息を吐いてしまうものの、こちらにやって来るケネスに無言で頷きリアムと同じように背中を抱きしめる。 「ハネムーンは楽しかったようだな」 「ああ、楽しかった」  お前にも土産を買ってきたからそれを渡したいと笑う慶一朗にケネスが頷き、ここで立ち話をするのかと一同の顔を見回す。 「いつもの部屋に行こう」  その部屋はケネスが店に来たときに使うVIPルームで、ルカの言葉に皆がそちらへと歩き出すが、ケネスが失礼と断りを入れてスマホを取り出して耳に当てたため、自然な気遣いで一足先にVIPルームのドアを開けて皆が中に入る。  広いソファのコーナー部分の背もたれに慶一朗が腰を下ろし、その隣にリアムが片足を組んで座ると、反対側のソファにルカとラシードが腰を下ろす。  シャルルが飲み物を運んできた後、何やら談笑しながらアンディと一緒にケネスが入ってきたため、慶一朗が代表する様に貴族然とした男の顔を見つめて小首を傾げる。 「どうした?」 「準備が整ったらしい」  その言葉に慶一朗が眼鏡の下で目を細め対照的にルカが目を見張った後、隣のラシードに耳打ちをする。  それを見たシャルルとアンディが入って来たばかりの部屋から出ていき、皆がまとっている空気が変化したことを敏感に察したリアムが、一段高い場所に座っている慶一朗の腿に手を乗せてそっと名を呼ぶ。 「ケイさん」  その声に細い肩をピクリと揺らした慶一朗だったが、ケネスが無言で頷いたのを視界の端で捉え、意味ありげに見上げてくる愛嬌のある顔に頷き返し、髭に覆われている頬を両手で挟む。 「お前に渡したいものがある」  だから先にそれを受け取ってくれないか。  慶一朗の声に緊張が滲んでいることに周囲を見回すと、皆似たり寄ったりの表情で自分たちを見つめている事にリアムが気付き、何なんだと不安を覚えたように眉根を寄せる。 「悪いことじゃないし出来れば喜んでほしいことだな」  さあ、そんな顔をしていないで行くぞと笑って立ち上がるケネスに慶一朗も頷き立ち上がるが、リアムの顔に浮かんだ不信感は拭いきれず、ただそれはケネスに対するものではないと教えるように一つ頷き、り添うように腰に腕を回してくる慶一朗の髪に無意識にキスをする。 「喜んでくれると思うけど、少し自信がないな」 「ケイさん?」  本当にどういうことだと訝る声を上げつつ慶一朗の歩みに合わせるように足を動かすリアムだったが、安心しろと言うようにラシードに肩をルカに背中を叩かれてしまう。  本当に何なんだと疑問を顔中に広げるリアムが連れていかれたのは、アポフィスのスタッフ専用の駐車場ー今日もリアムの愛車を停めさせてもらっているそこーだった。  店はまだ閉店のためにそこにある車は皆見覚えがあったが、その中に一台、目を奪うように白いボディを陽光に煌めかせている真新しい車があり、それはリアムの年季が入った愛車の横に停められている為か真新しさが際立っていた。  リアムがずっと乗ってる鋼鉄の荒馬は、医者として働き出した時に一念発起して購入した中古車だったが、自動車整備工場を家族で経営している友人、ラルフのおかげで、足回りにもエンジン回りにも不具合が起きることもなく今までリアムが行きたい場所へと運んでくれていた。  その隣に並んでいるのは、リアムの愛車と同じ車種の最新モデルのようで、長年己の足になってくれた愛車に愛着があるリアムですら目を奪われてしまうものだった。  この駐車場にその新車を購入出来る経済力を持つ人はいるかと周囲を見回すが、そんな事は考える必要もないと微苦笑してしまう。  リアム自身は経済的に余裕があっても贅沢をする方ではないが、世間一般的には高給取りと言われる職種で、伴侶である慶一朗も専門医としての地位に相応しい給料を得ていた。  ルカとラシードは一本何万ドルもするような時計をポンと購入出来るだけの収入があり、少し離れた場所で様子を見守っているシャルルとアンディもそれなりに収入があるはずだった。  そして、涼しい顔でリアムを見つめているケネスは、ここにいる人間全ての収入を合算しても有り余る財産を所有し、己自身も実業家として十分すぎるほどの収入を得ているはずだった。  だからこの、おそらく10万ドル近くする新車を買ったのがケネスで、それを披露したいのだろうと己の中で納得したリアムは、さすがに新車と並べられてしまうと俺の車の古さが目立ってしまうなと素直に笑い、その言葉に慶一朗がケネスに目で合図を送りながらリアムの愛車の前に向かい、フロントグリルのロゴを愛おしむように撫でる。  その手をぼんやりと見ていたリアムだったが、慶一朗がくるりと振り返り、ボンネットに手を付いて名を呼んだ事に気付いて瞬きを一つ。 「リアム」 「ん?」 「この車に乗っていると本当に安心出来る」  持ち主であるお前にハグされているときと同じように本当に安心出来る。  慶一朗が伏し目がちに呟く言葉の意味は理解できるが真意が分からず、それでもその言葉が嬉しくてうんと頷いたリアムだったが、友人達ですら車に乗せることがなかったのに、慶一朗を乗せたと知ったあいつらに怒られたこともあったと肩を揺らす。 「例外的に俺やラシードが運転したことはあったが、それでも運転席はお前専用だっただろう?」 「うん」  自分の車の助手席に乗ることが想像できないからと笑ったリアムだったが、体を起こした慶一朗が隣の真新しいボディを白く光らせている車のボンネットをそっと撫でたことに目を瞬かせる。 「……この車でも運転席にはお前だけが座ってくれ」  そして、隣の愛車と同じように大切にしてやってくれくれと笑った慶一朗の言葉が届いたはずだが、リアムが無言で眉を寄せ、今何と言ったと思わずドイツ語で聞き返すと同じくドイツ語で慶一朗が返す。 「この車もお前の愛車にしてやってくれ、リアム」 「は……は!?」  リアムの驚愕の声が駐車場に響き、隣のビルの壁で反響する。  その反響が収まった頃を見計らい、ルカが呆然としているリアムの背中にしがみつくように腕を回し、ラシードが反対側からその肩を抱きしめ、やっと黙っていたことを話せる安堵からか太い腕をバシバシと叩く。 「な、なんだって、ケイさん!?」  もう一度言ってくれと、ルカとラシードの手荒い歓喜をその体で受け止めながらも驚愕の顔で慶一朗に言い募ったリアムだったが、こほんと咳払いをした後に一歩踏み出しリアムの前にやって来たケネスが片目を閉じる。 「先日の詫びだ」 「!?」  ケネスの言葉の意味が本当に理解できず、俺は新車を貰わなければならないような迷惑を掛けられていないし、詫びを言ってもらうこともないはずだと向き直るリアムだったが、落ち着けというようにケネスの美しい手に胸を撫でられてびくりと肩を揺らし、深呼吸を繰り返す。 「先日は本当に君に迷惑をかけた」  そのお詫びに受け取ってくれと慶一朗の隣に肩を並べたケネスが笑みを浮かべ、二人が並んだのを見たルカとラシードも同じような顔でその隣に向かう。  目の前に整列する四人を呆然と見つめたリアムは、事情を知っているであろう残る二人を振り返るが無言で肩を竦められてしまい、意を決したように息を吐いて教えてくれと掌を向ける。 「ケネスが言ってる迷惑って、もしかしてケイさんとケンカしたあの事か?」 「ああ」  あれは私が引き起こしたようなものだし、何よりも友人が心の底から大事にしている人を侮蔑した事は詫びの対象になるだろうと教えられ、そんなことは空港で見送ったときにすべて昇華されたんだけどなぁと、額に手を当てながら呆然と呟くリアムにケネスが目を細める。 「……君は本当に良い男だな」  そんな心の広さを持っている男は義兄以外では知らないと笑うケネスに何も言えなかったリアムは、何もそれだけじゃないぞと続けられてヘイゼルの目を見張る。 「きみとケイの誕生日プレゼント、結婚祝いも兼ねている」  そしてそれらを遥かに凌駕する最大にして最高の理由は、この車でキャンプに連れて行ってもらうことだと笑う貴族然とした男の言葉に何も返せなくなったリアムは、隣でにやりと笑みを浮かべる慶一朗を見た後、ルカとラシードを見つめ、同じ顔で見つめ返されてしまう。  まいったなぁ。  そう小さく呟く声が風に乗って四人の耳に届くが、声の主を見た瞬間、目を奪われてしまうような極上の笑みを浮かべたリアムがハニーブロンドに手を当てる。 「サンクス、ケネス。でも……気持ちだけで十分だ」  こんな高級車を貰う訳にはいかないと目の前の愛車の最新モデルを見つめ、羨望も独占欲も何もかもを引っくるめた上で突き抜けるような笑みを浮かべるリアムだったが、慶一朗の顔が目の前に迫ったことに気付き、思わず仰け反ってしまう。 「ケイさん?」 「受け取ってやれ、リアム」  これがあいつなりの詫びの方法なんだと囁き、でもと尚も言い募るリアムの口を封じる様に人差し指を唇に宛がうと、俺の車もあいつに買ってもらったものだと続けてリアムの目を見開かせる。 「そうなのか?」 「ああ」  無理矢理ピアスを開けた事件の次の来訪時、好きな車を買えとディーラーに連れていかれたこと、その時買ってもらったのがあの赤いスポーツセダンだと教えると、リアムの口の端に堪え切れない歓喜が滲みだす。  あと一押しだと気づいた慶一朗がルカとラシードを振り返り、それにケネス一人が買った訳じゃないと片目を閉じると、さっきは指で封じた唇に小さな音を立ててキスをする。 「この車にはルカとラシードに俺も金を出している」  あの件でお前に迷惑をかけた俺たち全員からお前へのプレゼントだと笑うと、リアムの大きな手が己の口を塞ぐが、何某かの考えから答えを導きだしたのか、小さな吐息が指の隙間から零れ落ちる。  そして、破顔一笑。  四人だけではなく、少し離れた場所から見守っているアンディとシャルルの視線も奪うような笑みを浮かべ、大きく手を広げたリアムが慶一朗の細い背中を抱きしめる。 「ダンケ、ケイさん」  本当に貰っても良いのかと最後の確認をするような声に歓喜に揺れる広い背中を撫でた慶一朗は、お前が受け取らなければ無駄になると囁くと、額に額を重ねて次いで鼻の頭を擦り合わせた後、そっと唇にキスをする。 「……嬉しいな」  今まで生きてきた中で一、二を争う程嬉しいことだと素直に笑うリアムの頬を手の甲で撫でた慶一朗だったが、その横からケネスがリモコンを顔の前にちらつかせたことに気付き、乗ってみろと笑みを浮かべる。 「サンクス」  リモコンを受け取ったその手を広げ、慶一朗と同じようにケネスを抱きしめたリアムは、遠慮がちに背中をポンと叩かれて嬉しそうに息を吐き、次は先程己の腕や肩をバシバシと叩いてきたルカとラシードも同じように抱きしめ、最後にもう一度慶一朗をそっと抱きしめる。 「……うん」  緊張に顔を紅潮させながらドアを開けて乗り込もうとしたリアムだったが、何故かワークブーツを脱ぎ始めたため、これから先も靴を脱いで乗るつもりかと笑われてしまう。  その笑いで一気に緊張が解れたのか、運転席のドアを開けて迫り出してくるステップに足を乗せて乗り込むと、座り心地を確かめるようにシートの上で尻をもぞもぞとさせ、安定できる位置が決まったらしく次いでステアリングをそっと握る。  今までリアムの足になってくれた鋼鉄の白馬の後継車は、リアムの大きな身体も包み込む安定感があり、ステアリングは今までずっと乗ってきたと錯覚するように手に馴染んでいた。  アクセルとブレーキの位置を確かめ、緊張に震える指でエンジンを始動させる。  今まで馴染んだそれとよく似ているが力強さが少し違う振動を体全体で受け止めシートに深くもたれかかると、慶一朗が上半身を突っ込んできてどうだと言いたげに見上げてくる。 「うん、最高だ」  本当に俺のものになるのか信じられないとステアリングを撫で呟くと、慶一朗がリアムの腿で頬杖を突くように上体を乗り上げてくる。 「お前のための車だ」  その言葉を心の中に留めるように目を閉じたリアムは、頬を包む掌の温もりに気付いてそっと目を開け、己以上に嬉しそうに顔を輝かせている慶一朗を見つけると薄く開く唇に口づける。 「ダンケ、ケイさん」 「ああ」 「なあ、ケイさん、この車でどこに行こうか」  前の愛車は年季が入っていたがそれでもドライブを楽しめた、新しい愛車はオンオフのどちらを走ることも得意だろう。  己の頬を手の甲で撫でながら目を細めたリアムの言葉に少し考え込んだ慶一朗だったが、ちらりと背後を振り返り、再度見上げたヘイゼルの双眸に同じように目を細め、お前が行きたいところはどこだと問いかける。 「そうだなぁ……ケイさんと一緒ならどこに行っても楽しめそうだ」  でもまずは皆と一緒にデイキャンプだなと笑うと慶一朗も同じ顔で頷き、リアムの手がエンジンを止めたことに気付いて体を起こす。  ドアを閉じてボンネットをそっと撫でたリアムだったが、これから俺たちを乗せて何処までもいつまでも走ってくれ、先代のように長く付き合ってくれと胸の内で友人に語り掛ける様に新しい車に囁くと、隣で静かに止まっている愛車の前に向かい、慶一朗と同じようにフロントグリルのロゴを愛おしむ様に撫でる。  今まで本当に世話になった、今ここにいる人たちと出会う前から一緒にいたが、初めて購入した車がお前でよかったと笑いかけた時、じっと見つめられる羞恥から肩を竦めて慶一朗の肩に腕を回して顔を押し付ける。 「別れは済んだか?」 「……うん」 「この車はどうするんだ?」  素朴な疑問だと言いながらルカが首を傾げるが、二台、三台と所有する人もいるしお前がそれをしても不思議はないとケネスがルカの疑問に答える様に掌を向けると、少し考え込んだリアムが残念ながらガレージが手狭だと肩を竦める。 「ラルフに聞いてみればどうだ?」  そんなリアムの腰に腕を回して身を寄せた慶一朗がリアムの旧友の名を上げ、皆の視線を受けて彼の両親は自動車修理工場を経営しているはずだと答えを示すと、確かにそうだとリアムが安堵を滲ませた顔を上下させる。 「聞いてみようかな」 「ああ、そうしてみればどうだ」  お前の親友達ならばお前を悲しませるようなことを言わないだろうと笑う慶一朗に頷いたリアムは、ナイスアイデアだと慶一朗の髪にキスをし、その腰を抱きながら見守ってくれている友人たちに笑いかける。 「デイキャンプに行こうか」 「キャンプでお前の料理を食いたい!」 「……良いな」 「来週帰国しないといけないから次に来る時にしてくれ」  三者三様の言葉にくすくすとリアムが笑い隣にいる慶一朗の頬にキスをすると、書類にサインをしてもらわなければならないものがある、中に入ろうとケネスがリアムの広い背中をポンと叩き、その言葉を合図にさっき入ってすぐに出たVIPルームに戻るのだった。  ケネスがケータリングサービスを頼んでくれていたため、アポフィスのVIPルームが即席のパーティー会場のようになり、シャルルやアンディを交えて乾杯をし、リアムと慶一朗のハネムーンについての話題で盛り上がる。  初めてオーロラを見た事、その時オーロラを切り裂くように流れ星がひとつ、夜空を横切る銀河鉄道のように列をなして進む人工衛星も見れたことをリアムが少し顔を紅潮させながら告げ、慶一朗が天井から下ろしたスクリーンに写真を映し出す。  その写真は大半をノアが撮影し、二人用にと編集してくれた動画もあったため、ルカに頼んで機材を借りた慶一朗がそれをスクリーンに投影していたのだが、オーロラの光で夜空が赤く染まり、次いでイエローグリーンの光が伸び上がってくる光景に皆言葉を無くしてしまう。 「オーロラってもっとカーテンみたいに見えるのかと思った」  オーロラの映像を見ながらルカがぽつりと零し、ニュージーランドは低緯度だから赤い光のオーロラが見えるらしいとリアムが返し、ルカが言うオーロラは北欧やアラスカなどで見えるものだと頷くと納得したように頷く。 「流れ星が予想以上に早く流れるから願い事なんて出来なかった。でも人工衛星も星だってケイさんが言うから、それに願い事をしたんだ」  流れ星に願いをなんて随分と感傷的な行為だったが、それをしても許される雰囲気だったとリアムが笑い、隣に座っている慶一朗の腰に腕を回して軽く引き寄せる。 「人工衛星に願い事をしても叶わないだろう?」  ケネスがそんな二人を見つめつつ皮肉を口にするが、慶一朗が細めた目で見つめたかと思うと、そもそも流れ星は宇宙を漂っていた塵や汚れた氷の塊だと聞いた、そんなゴミに願い事をして叶うと思うのかと返すとケネスが軽く目を見張った後、一つ肩を竦めて口を閉ざす。  一瞬で室内の空気が険悪なものへと変化をしそうになったその瞬間、リアムが慶一朗の頬にキスをし、ケネスに向けて笑みを見せる。 「神だろうが星だろうが、それを願った人が動かない限りは叶うはずが無い」  なあ、そうだろうと笑うリアムの言葉に慶一朗が目を見張り、ケネスも同じように驚きを表すが、確かにそうだよなぁとルカがにやりと同意の笑みを浮かべつつラシードの肩に寄り掛かる。 「俺が何を願ったかは秘密だけど、でも一つは叶ったな、うん」 「そうなのか?」 「うん、そう」  慶一朗とケネスの驚愕の視線を真正面と横顔で受け止めたリアムは、スターリンクが思ってるよりもゆっくりと進んでくれたから幾つか願い事をしたと悪戯が成功した子どものような顔で笑い、慶一朗の頬を掌で包んで目を細める。 「ケイさんが願い事をしている時の顔、すごく綺麗だったな」  実は盗み見をしていたと笑うリアムに呆気に取られた慶一朗だったが、込み上げる笑いに肩を揺らした後、何と言うことだ、俺のハニィはピーピング・トムだったのかと前髪を掻き上げ、にやりと笑う愛嬌のある顔を軽く睨み付ける。 「バレたか」  あなたの一挙手一投足を盗み見するのが趣味なんだと、言葉が連想させる仄暗い後ろめたさとは対極にいる男の言葉で室内の空気が変化をしたことに気付き、コツンと額を重ねた慶一朗がダンケと吐息で礼を言うとリアムの手が腰をそっと撫でる。 「ああ、そうだ、この写真を撮影したノアがウルルの撮影に来るって言ってた」  その時にはシドニーを案内すると言っておいたから店に連れてきても良いかと慶一朗の問いに皆が一斉に頷き、会えるのが楽しみだとルカが笑う。 「ハネムーンが楽しかったのはノアとテッドのお陰でもあるなぁ」 「テッドってお土産のキーホルダーを選んでくれた人?」 「そう」  マオリの血を引く人らしく、デザインの意味を教えてくれたと笑うリアムに慶一朗が皆に買ってきた土産だと告げると、二人から贈られた小袋をほぼ同時に皆が開ける。 「キーホルダーにしても良いし何処かに置いてくれてもいい」  スパイラル状に絡みながら繋がっているデザインのものは、人と人の絆や愛情を意味すると教えられ、皆に渡したかったとリアムが笑うと、さっきは星に願うことに皮肉をぶつけたケネスも今度は何も言わずに素直にありがとうと礼を言う。 「俺は新車のキーに着けようかな」 「良いな、それ」  自分達にも同じものを買ってきたと笑うリアムの腰に腕を回した慶一朗だったが、何かが違うと思ったのか、リアムの背中とソファの座面の間にクッションを積み重ね、そこに寝転がれと合図を送ると、素直に従うリアムをクッション代わりに寝転がり、良しと満足げに息を吐いてスクリーンを見上げる。  その体勢が自宅でテレビを見るときや寛いでいるときのものだとルカやラシードは知っていて、特に今更何も言わなかったが、初めて目の当たりにしたケネスとシャルルやアンディが呆然と何かを呟いた後、三者三様の表情を浮かべてしまう。 「これで良い」 「うん、そうだな」  これが一番落ち着く体勢だと笑うリアムにケネスが甘やかしすぎるなよと忠告するが、その顔には呆れとそれを遙かに上回る安堵の表情が浮かんでいる事にリアムがそっと頷く。 「ああ、そうだ、ダニーデンという街に連れて行ってもらった」  そこのフォトスポットにもなっている駅舎の雰囲気が良くて、土産に売っていたジオラマを買ってきたと慶一朗が笑いながら機材を操作し、星空の写真から街中のそれへと写し出される景色を変えていく。 「何だか懐かしい気がするな」 「そういえばダニーデンはスコットランドからの移民が作った街だって聞いたな」 「そうなのか」  もしかすると友人知人の誰かが移住しているかもしれないなとフルートグラスを片手にケネスが笑い、確かにそうかも知れないと皆が頷きながらテーブルに並ぶ料理を摘まんだりビールのボトルを傾けたりと、二人が旅行先での出来事を楽しそうに話す姿に相槌を打ったり質問を投げかけたりしながら穏やかな時間が過ぎるのだった。  久しぶりの再会だったがあっという間に別れの時を迎えるものになり、惜別に顔を少し曇らせたリアムが手を差し出すと、その手を無視したケネスがリアムの広い背中を抱きしめる。  軽く驚きつつも素直にそれを受け入れたリアムは、次に来る時にはキャンプに行くから予定が分かったら教えてくれと告げ、勿論だ、キャンプで何をしたいかも下調べしておくから楽しませてくれと穏やかな笑みを浮かべる友人に頷き、一歩下がると微苦笑しつつ慶一朗がケネスをハグし、頬に別れのキスをする。 「ケネス」 「何だ?」 「車、ありがとう」  お前のアイデアでリアムが喜んでくれた、本当にありがとうと二人にとっては記念日になる程素直に礼を言い、気にするなとこちらも素直に返したケネスだったが、キャンプに行くときには助手席に座らせろと笑うと、二人が顔を見合わせた後に即座に否定されてしまう。 「悪い、助手席はケイさん専用なんだ」 「お前は後ろに座ってルカとラシードの相手をしろ」  二人の言葉にやれやれと肩を竦めたケネスだったが、そんな事は百も承知だと言いたげに頷き、そろそろロビーに向かう事にすると告げ、再度二人の肩を抱きしめる。 「じゃあ行くことにする」 「ああ」  何度経験しても友人との別離は寂寥感を抑えることが出来ず、それでも隣の慶一朗を見習うように笑みを浮かべたリアムが真っ直ぐに伸びる背中を見送り、見えなくなると同時に湿り気を帯びた息を吐く。 「帰るか」 「うん」  空港ロビーでスコットランドに帰るケネスを見送り、満足そうに息を吐いた二人は、駐車場に停めた愛車の元に向かうが、ポケットから取り出したリモコンにはニュージーランドで買ってきた皆とお揃いのキーホルダーが揺れていて、二人同時にそれに目を向けると、ここでノアを迎えるのはいつになるだろうなぁと期待に満ちた声を上げる。 「いつだろうな」  早くノアを、もしも可能ならテッドも一緒に迎えられたら良いなと慶一朗が笑い、助手席のドアを開けて乗り込むと、同じように隣に座るリアムの頬を手の甲で撫でてシドニー市内のお気に入りのカフェに寄ろうと提案をする。  その店に行くと必ず雨が降る事を思い出したリアムが車を洗わないとなぁと呟き、新車だから綺麗にしておきたいだろうが汚れたら洗車すれば良いと笑い、確かにそうだと頷いたリアムが冬の弱い太陽にボディを光らせる車を目的地のカフェに向けて走らせるのだった。  
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  受け取ってやってくれ
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