It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第19話 Wish upon a star.
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 今回の旅行のメインイベントであるオーロラを見る目的を無事に達成しテッドとノアの家に帰ってきたが、いくら興奮していて目も冴えているとはいえ、不慣れな道を深夜に走るのは危険だから泊って帰ってくれとノアに引き留められ、その言葉に二人は翌朝の食事は自分たちに作らせてくれと伝え、ありがたくノアたちの好意を受け入れた。  翌朝、リアムの言葉通りに腕を振るった朝食ーどちらかと言えばほぼほぼブランチだったーを、欠食児童の顔になった三人にお披露目し、どうぞ召し上がれとリアムが掌を向けたのを合図にテーブル一杯の料理をあっという間に平らげたのだ。  食後のコーヒーは任せてくれと慶一朗が張り切り、昨夜同様フラットホワイトの為に腕を振るった成果を見せられ、リアムを筆頭にテッドとノアも顔を綻ばせ、慶一朗も満更ではない顔で頷いていた。  ノアが撮影した写真や動画をテッドが好きだと教えてくれたリビングのテレビでスライドショーの用に流し、フラットホワイトを飲みながら鑑賞する時間はいつまでも続いてほしいと思えるものだったが、時を止めることが出来ない人の身の為、二人が世話になった家を後にする時間が訪れ、昨夜のハイライトであるオーロラがテレビ画面一杯に静かに広がる頃には誰も口を開く事は無かった。  既に十年来の友人のような気持ちすら覚えていた為か、玄関先で見送ってくれるノアの顔を直視するとその姿がぼやけてしまいそうになり、そんな気持ちを隠すように車に荷物を載せたリアムだったが、その横で慶一朗がノアから贈られた小振りのブックレットに目を通していた。  それはノアが仕事の成果を纏めたものらしく、新しく仕事をする相手に提示したり、ひとつの仕事が終わった記念に保管するために少部数作成しているものらしかった。  それを受け取り成果に感嘆の息を吐き、星のことや写真のことは分からないがパネルに入れて飾りたいと素直な感想を伝えると、ノアの顔にはにかみつつも自信も滲ませた笑みが浮かび、シドニーの本屋でも手に取ってもらえるように頑張ろうかなと小さく笑う。  シドニーどころかハワイにいる双子の兄の目にもきっと届くと慶一朗が笑うと双子の兄とノアが呟き、ハワイの大学で研究していると肩を竦める。  そもそもここに来る切っ掛けをくれたのはその兄だと笑うと、お兄さんに宜しくとノアが照れたように笑い、そちらの兄にも宜しくと二人同時に笑いあう。  そんな二人の様子に話は終わったかと、忘れ物が無いかをチェックしていたテッドが苦笑しつつ呼びかける。 「ホテルまで少し時間が掛かるからそろそろ出た方が良い」  テッドのその言葉に荷物を全て車に積んでいつでも出発できる準備を終えたリアムが慶一朗の横に並び、本当に世話になった、二人がいたからオーロラを見る事も出来たと愛嬌のある顔に笑みを浮かべる。 「リオンとウーヴェにもよろしく伝えておいてくれないか」  ドイツで世話になったことの礼を直接言えたが、あちらに帰省した時には会いたいと笑うリアムにノアが頷き、二人に会えて良かったとハグしてくれる。  その人の好さや素直さに改めて感動した二人も互いの背中を叩いて別れを惜しむが、何かを思い出したように慶一朗がメガネの下で目を大きくする。 「そうだ。ニュージーランドの土産と言えば何がある?」  いろいろな特産品はあるだろうが何かおススメはないかと問いかけ、テッドとノアが顔を見合わせた後にノアが家に戻ると、翡翠で出来ているらしいペンダントトップを片手に戻ってくる。 「これは?」 「マオリの意匠のペンダントトップ」  これはテディに貰ったものだけど、この辺りが喜ばれると思うと笑うノアに慶一朗が断りを入れてそれを掌に載せると、うん、ペンダントトップも良いなと笑顔でそれを顔の高さに持ち上げる。 「キーウィも有名だぞ」  ノアと慶一朗のやり取りを見ていたテッドがぼそりと呟きキーウィと二人が異口同音に呟くが、リアムにフルーツかと問いかけられてにやりと笑う。 「飛べない鳥だ」 「ああ、そっちか」  そう言えばニュージーランドの国鳥だったかと笑うリアムにテッドが頷き、キーウィのぬいぐるみなどはどこにでも売っているから土産になると口の端を持ち上げた時、慶一朗の顔に不気味としか表しようのない笑みが浮かび、その心境が手に取るように理解できたリアムが曇り始めた空を見上げて小さくジーザスと呟いてしまう。 「ケイ?」 「……良い話を聞いた」  Ta,ノアと、きょとんとするノアに笑いかけた慶一朗だったが、名残惜しいが土曜朝のフライトでクライストチャーチから帰国するため金曜日の午後には空港近くのホテルに移動することを伝えると、ホテルの管理人に連絡を入れておくとノアが手を上げる。  それを合図に運転席にリアムが助手席に慶一朗が乗り込むと、窓を開けて名残惜しさを表してしまう。 「ああ、そうだ、昨日の写真と動画、良かったらデータで送るよ」 「嬉しいな」  自分たちだけで楽しむつもりだがハワイにいる研究者の兄に送っても良いかと慶一朗が問いかけると、撮影者が誰であるかを伝えてくれるのなら大丈夫と頷かれて安堵に顔を綻ばせる。 「一雨来そうだ、気をつけて帰れ」  いつまでたっても動き出さない車に苦笑したテッドが名残惜しさを覚えつつそれぞれの日常に戻ろうと二人に伝えると、その気持ちを受け取った二人が顔を見合わせて頷き、ありがとうと残してようやくリアムがシフトレバーを操作しアクセルをゆっくりと踏み始める。  レンタカーのSUVが見えなくなるまで家の前で見送ったテッドとノアだったが、一緒にいると気持ちがいい二人だったなと笑いあい、戸締りをしてリビングに戻る。  二人きりに戻った自宅はほんの少しの寂寥感が漂っていたが、ソファに寄りかかりながら床に座ってリモコンを片手に何やら操作するテッドの背後にノアが座り込み、短く刈った髪をさりさりと気持ちよさそうな音を立てながら撫で始める。 「どうした?」  それがノアが考え事をするときの癖だと今では十分理解しているテッドが上目遣いに背後のノアに問いかけるが、考え事をしている時特有の意味のない間延びした声だけが返ってきたため、やれやれと溜息を吐いて己の恋人の為に己の頭を差し出す覚悟を決め、リモコンを操作して昨日ノアが撮影した写真や動画を再度見るために再生するのだった。  一生の記念になるような天体ショーを満喫し、それをいつでも思い出せるようにとノアが加工してくれた動画をもらう約束をした二人は、テッドの言葉通りにホテルに戻る途中で雨が降り出したことに気付き、フロントガラスに溜息を吐く。  鈍色の空は低く窮屈さを感じさせるもので、助手席でシートを倒した慶一朗がリアムに身体ごと向き合うように横臥し、シフトレバーの上で退屈そうに乗っている大きな手を無造作に掴んだかと思うと、指を折り曲げたり伸ばしたり、手の甲の皮を摘まんだりしてリアムに時々小さく悲鳴を上げさせ始める。  己の手を文字通りおもちゃにしている慶一朗の様子をチラリと窺ったリアムだったが、これは退屈もあるがきっとノア達との別れに寂しさを感じているのを誤魔化そうとしているのだと気付き、このままでは己の手の皮が伸びきって戻らなくなる可能性に気付くと、小さく咳払いをして注意を引きつける。 「ケイさん」 「何だ?」  今いい所なのに邪魔をするなと言いたげに眼鏡の下から睨まれ、俺の手の皮を引っ張る事のどこにいいところがあるんだと言いたいのをグッと堪える顔でもう一度リアムが咳払いをする。 「うん。イチローに感謝だな」  リアムの唐突な言葉の意味が理解出来なかったのか、シートを少し戻してリアムの顔に物理的に顔を近づけてどうしてと問いかけ、あの写真集を送ってきてくれたからと返されて目を瞬かせる。  あの日、ハワイ在住の総一朗から送られた写真集を二人で見たときにオーロラを見たいと慶一朗が呟いた結果、天体の写真撮影を専門にしているノアとも出会い、昨日無事その念願を果たすことが出来たのだ。  それどころか、ドイツで世話になったリオンとウーヴェに礼を言うことも出来たのだ。  今回の旅行で果たしたいと思っていたこと全てが叶ったのは、総一朗が写真集を送ってきてくれたからだと繰り返されて確かにそうだと頷いた慶一朗は、リアムの手を手放すことはせずにひっくり返すと、全ての感情を受け止め握りしめてくれる優しく分厚い掌に己の貧弱な掌を重ねる。  この手が今まで受け止めた感情はそれこそ数多とあり、その中でも歓喜より悲嘆が多いのでは無いかと、リアムと付き合い始め、思い出すことも辛い事件を乗り越えた今なら簡単に想像出来てしまい、そっと引き寄せて先程好き放題に引っ張っていた手の甲に口付ける。  どうかこの先、この手が受け止める感情が悲嘆に暮れるものよりも、歓喜が沸き起こるものでありますようにと、付き合うまでは考えることも無かったリアムの為にそっと祈りを捧げると、何やら口元をもごもごさせる愛嬌のある顔が視界に入り、どうしたと問えば運転に支障のない範囲で視線が左右に泳いだ後、何度見てもやはり目を奪われてしまう笑みが顔に広がっていく様を目撃してしまう。  それ程嬉しいのかと問いかけたいのを堪え、それでも嬉しいと感じてくれている様子を目の当たりにすると、慶一朗の心もふわりと軽くなり、そっと伸びあがって髭に覆われている頬にキスをする。 「ケイさん?」 「リオンとウーヴェに礼を言えて良かったな」  話題を少しだけ変えるように口にした名前にリアムが大きく頷き、ドイツに帰省した時の楽しみが一つ増えたと笑うと、リオンがバルツァーというドイツだけではなくユーロ圏でも名前が知られている企業の会長秘書であり、その伴侶のウーヴェが市庁舎前のアパートで開業していると聞かされたことを思い出し、セレブだなぁと自分たちの職業を棚に上げて呟いてしまう。  自分達も専門は違うが医者であり、それぞれ医者としてはそれなりに、平均的なオフィスワーカーに比べれば十二分に給料を貰っているが、人は我が身を振り返ることがむつかしいのか、バルツァーの会長秘書はどんな感じなんだろうなと、タブレットの画面越しに言葉を交わしたリオンの仕事中の様子を思い浮かべるものの、秘書という職業に就いている知人がいないために具体的に想像できないで頭を小さく振ってしまう。 「昨日のビデオ通話では随分と賑やかだったな」  あの調子で仕事をしているのだろうかとリアムが苦笑する横、慶一朗が後部シートの荷物の中からタブレットを取り出して何やら検索し始める。 「仕事中はちゃんとした感じだな」 「ん?」  運転しているリアムが画面を見ることはできない為、ドイツの新聞社のアーカイブ記事で調べたら出てきたと教えられるが、数年前の映画祭で女優が狙撃されて負傷した事件を覚えているかと慶一朗が記事を読みながら問いかける。 「映画祭で狙撃……ああ、頭を撃たれたか何かだった女優がいたなぁ」 「その女優、ハイディ・クルーガーというらしい」  慶一朗の言葉にリアムが晴れ舞台で狙撃されるなんて気の毒に思ったと呟くが、クルーガーと彼女の姓を口に出して眉を寄せてしまう。 「……彼女の夫はヴィルヘルム・クルーガー。彼はもう引退したけど息子も若手の中では有望株のフォトグラファーだったらしい」 「へえ、息子がいたんだ」 「……息子の名前はノア。ノア・クルーガー」  助手席から聞こえてくる見たことも聞いたこともないフォトグラファーのプロフィールにリアムの目が見開かれ、素っ頓狂な声が車内に響き渡る。 「ノア!?」 「Ja. ウィーンで活動した後ドイツのあの街に拠点を移し、何年か経ってからニュージーランドに移住したと書かれているな」 「そうだったのか……」  つい先ほど別れを告げたノアが、実はリアムの故郷の街で活躍していたフォトグラファーだったなんてと、何やら言葉では表しきれない繋がりがあるんだなと感心したようにリアムが呟くが、その後聞こえてきた言葉に意味が分からないと言いたげに眉をさらに寄せてしまう。 「ヴィルヘルム・クルーガー、ハイディ・クルーガーの子どもはノア一人らしい」 「……は?」  一つの記事から次の記事へとネットの海を泳ぐ慶一朗が辿り着いたのは、嬉しそうに息子の腕に手を絡めて笑う女と、そんな彼女に負けず劣らずの笑みを浮かべるノアを撮影している男の背中の写真だったが、二人の背後に鏡があるために結果的に三人の顔が一枚の写真に納まっているものだった。  その写真からこの三人に血縁関係があることは一目で理解できるほどだった。  だが、それを見ている慶一朗と横から伝えられる情報に接しているリアムにとって、どうしても理解できないことが脳裏に浮かび、リアムが恐る恐るそれを口に出す。 「どうしてリオンがいないんだ?」  しかもクルーガー夫妻の子どもはノア一人と書かれているのはどういう意味だと、経験から理解できる言葉を口に出せば何かが崩れ去りそうな恐怖に一瞬沈黙したリアムだったが、好奇心には勝てないのかそっと疑問を口に出すと、慶一朗からの返事はなかった。  だが、助手席から伝わる気配に背筋が自然と震えて沈黙の中車を走らせてしまうが、見えてきた待避所のようなスペースに車を乗り入れてハザードボタンを押す。 「ケイさん?」 「……リオンのFamilennameは何か覚えているか?」 「ファミリエンナーメ……ああ、ケーニヒだったな」  Familenname.、つまりファミリーネームは何だと問いかける慶一朗にリアムが昨日の記憶の中からそっと引っ張り出すが、口にした途端、その口を閉じられなくなってしまう。  画面越しに見たリオンとノア兄弟はそれぞれを形作るパーツーそれは声や雰囲気といった目には見えないものまでー似通っていたが、だれがどう見ても兄弟だと分かる二人のファミリーネームが違うのか。  何故ノアの両親のプロフィールに子供はノア一人と書かれているのだろうか。  そこまで思考が到達するとリアムは助手席の慶一朗の顔を思わずまじまじと見つめ、助手席でシートベルトを外した慶一朗が両腕を己に向けて広げたことに気付いて自分もベルトを外し、細い背中を抱きしめる。  純朴な人を疑うことなど知らないのではないかと思う程の人の好さを感じさせるノアが、複雑な家庭事情を抱えていたなど想像も出来ずにいたリアムは、抱きしめた背中から安堵の気配が伝わったことに気付いて柔らかな髪に頬を当てる。 「……人は本当に見かけによらないし、それぞれの家族は外から見ているだけじゃ何も分からない」  一見家族仲が良さそうな人たちでも中に入って家族の関係をつぶさに見てしまえば見えてくるものも変わってくるはずだと、リアムの肩に顔を押し当てながら慶一朗が聞き取りにくい声で呟き、うん、そうだなとしか返すことができずに背中を抱く腕に力を籠める。  リアムも慶一朗も家庭環境は複雑で、家族の愚痴を零しながらもその根底には互いに対する愛情がある友人たちと同じ気持ちで家族を語ることはできなかった。  思わず大丈夫かと心配してしまうほど純朴なノアも、ただ表に出さなかっただけで家族間の葛藤なども乗り越えてきたのだろうか。  思考がそちらに向かいそうになった時、慶一朗がリアムの頬にキスをしどのくらいでホテルに着くと問いかけ、リアムが腕時計で時間を確かめる。 「今半分ぐらいだから、あと1時間ちょっとぐらいかな」  なるべく急いで帰るつもりだからもう少し我慢してくれと囁く代わりに柔らかな髪を撫でて額にキスをすると、今はそれで堪えてやると鼻息荒く言い放たれて瞬間絶句するが、それが精一杯の感情表現だと気づいているため、うん、堪えてくれと笑ってベルトを引っ張ると、交通量がさほど多くない本線へと車を合流させるのだった。  ホテルがある湖へのロードサインが見え、何となく郷愁にも似た思いを抱きつつ車をホテルに向けて進めるが、雨の中にキッチンカーが佇んでいる事に気付き、助手席で相変わらずリアムの手をおもちゃにしていた慶一朗に寄り道をしていいかと問いかける。 「何かあったのか?」 「うん、キッチンカーがある」  何を売っているか見てみないかと笑うリアムの声に少しだけ考え込んだ慶一朗だったが、ドライバーのお好きなようにと笑みを浮かべ、ダンケと礼を言ったリアムがホテルへ向かう交差点を左折せずに直進させ、湖の近くにまで車を進める。  そのキッチンカーは一般的な広さのもので、売っているものはフィッシュアンドチップスやそれに合わせられるサラダにビールなどだった。  この後ホテルで料理を作る気力が湧き起こらず、キッチンカーのそばに車を止めたリアムは、フィッシュアンドチップスのテイクアウェイでも良いかと問いかけると、頬を両手で挟まれて目を瞬かせる。 「ケイさん?」 「それを一緒に食って美味かったらレシピを再現してくれ」 「うん」  その言葉はリアムの沈みそうな心を浮上させてくれるもので、手に手を重ねて一度目を閉じた後、もう大丈夫だと伝える代わりに笑みを浮かべる。 「魚の種類は何があるんだろうな」 「そうだなぁ」  家で時々買って帰るものはその時々の気分で変えていたが、この店ではどんな魚を扱っているのかと笑いながら小降りになった雨空の下に二人で出ると、キッチンカーの中から若い男女が目を丸くしながら出迎えてくれる。 「ハイ、すごい雨が降ってるのに来てくれてありがとう」  今日はもうだめかと思っていたと笑う女性の後ろではオーダーに合わせてすぐに動けるようにか、こちらに顔を向けつつフライヤーの前に立つ男性がいて、メニューは何があるかと問いかけるリアムの声にメニュー表が差し出される。 「イカリングもある?」 「うん、あるみたいだ。食うか?」  二人でメニュー表を覗き込んでいると、今日は新鮮なスナッパーが入ったけどこの天気じゃねぇと、頬杖をついた女性が二人に秘かにおススメを紹介してくれたため、じゃあそれにしようと決め、ポテトの形はくし形、ソースはタルタルソースでオーダーをすると、イカリングと一緒にオニオンリングもと慶一朗が追加で注文をし、ビールも二本注文する。 「出来上がったら車に持っていくから待っていて」  その言葉に礼を言って二人で車に戻ると、二人が並んでいたためか興味を持った観光客らしき男女が入れ替わるようにメニューを見ては何やら注文を始める。  雨はそろそろ上がりそうな空模様だが、夜ロフトのベッドで寝るときに天窓から星空が見えると良いのにとリアムが呟くと、見えるんじゃないかと慶一朗が小さく笑みを浮かべる。 「オーロラがきれいだったな」 「うん、驚いたな」  あんなにも静かにオーロラが立ち上ってくるとは思わなかったと、昨夜の鮮明な記憶を引っ張り出してきたリアムが目を細めると、ノアがくれたブックレットを見てみたが自宅の庭から撮影したらしいサザンクロスとミルキーウェイの写真が気に入ったと笑い、後で見ようとリアムが頷くと窓をノックされたことに気付き、慌てて窓を開けて湯気が立つために開けられている袋を受け取る。 「ありがとう。あなたたちが来てくれたから他のお客さんも来てくれたわ」  そのおかげで今日のノルマは達成できたと笑った後、嫌いじゃなかったらこれを食べてと、程よいサイズのキャンディかチョコのような包みを二つ手渡され、ありがとうと礼を言った後にキッチンカーに戻っていく。  フィッシュアンドチップスとその他のものがホカホカと湯気を立て、これは絶対に今すぐ食った方が美味いだろうと二人が顔を見合わせ、キッチンカーの周囲で待っている人に気を配りつつホテルに戻る道へと車を走らせるのだった。  ホテルについて湯気が立つフィッシュアンドチップスが入っている袋を慶一朗が破り、今日はこのまま食っても良いかなと、リアムが片付けをする気力が無いことを素直に告白し、リアムほど拘らない慶一朗が何も問題は無いと頷いた結果、カウンターの横並びのスツールに腰を下ろした二人の前にフィッシュアンドチップスとイカとオニオンリングのフライが並び、リアムが手でビールの王冠を開ける。 「どうぞ召し上がれ」 「ダンケ」  自宅と変わらない言葉を交わし、これまた自宅と同じように慶一朗の口の前に一口目を差し出すと、慶一朗が大口を開けてかぶりつく。 「……あちっ!」 「ケイさん、ビール!」  湯気が立つフライはさすがに熱く、熱い熱いと不明瞭な言葉で慌てる慶一朗に同じく慌てたリアムがビールを差し出し、それを受け取って熱を冷ますように喉を鳴らす。 「……熱かった」 「悪い、大丈夫か?」  目に見えて落ちこむリアムに一瞬驚いた慶一朗だったが、ふ、と笑った後にその顔を縁取る髭を指先で軽く撫でる。 「そんなに心配するな」 「うん」  ほら、お前も食えと、リアムの口元に同じ物を差し出した慶一朗の言葉に素直に従ったリアムが一口かぶりつき、確かにこれは熱いと笑う。  その顔が子供のようで、自然と笑みを深くしながら慶一朗がチップスをつまみ、リアムも同じ物を手に取る。  初めて訪れた国で初めての店で食べるフィッシュアンドチップスは二人の気持ちを穏やかに変化させ、帰ってきても引きずっていたような車内の空気も霧散していく。 「クライストチャーチのホテルに移動するのは明後日の午後か?」  湯気を立てるフライを指でつまむのは熱く、フォークを使いながら慶一朗が確かめるように問いかけ、リアムも天井を見上げながら頷く。 「ここのチェックアウトが11時だから、昼前にはクライストチャーチに向かうことになるかな」  管理人がその頃に来るはずだからチェックアウトを済ませて何処かでランチを食べてから向かおうかと、先週の土曜日に進んだ道を逆に辿るドライブだと笑うが、隣からいつも見惚れる手がそっと伸びてきた事に気付いたリアムが小首を傾げる。 「ケイさん?」 「じゃあ明日は今の所予定はなしだな?」 「う、うん」  明日何をするつもりだとリアムが問い掛けようとするのに気付いた慶一朗が唇をペロリと舐め、その表情にリアムの喉が食べ物ではない他の物を飲み込んだように動く。 「明日はハネムーンの醍醐味を味わうぞ」 「醍醐味……」  慶一朗の声に潜む色に気付いたリアムが驚いたように目を見張るが、次いで嬉しそうに細められ、カウンターの端に置いてあるキャンディに目を向ける。 「チョコレートゲームにするには小さいけど、遊ぶか?」 「それも悪くないな。でも……」  せっかく雨も上がって星も見えてきているようだし、お前がプロポーズをしてくれたあの時のイースターのように踊らないかとスツールごと向き直られたリアムが息を呑む。 「イースターは過ぎたけど、踊るぞ、リアム」 「ああ」  慶一朗の宣言に驚きつつも、またひとつ永遠に記憶しておきたい光景を目の当たりにしたリアムは、この後の時間の過ごし方について想像するだけで身体が熱を帯びそうになり、それを抑え込みながらも瞳にだけ素直な思いを宿らせる。  そんなリアムの様子にこの後の時間を満喫するために今は見て見ぬふりをしようと決めた慶一朗は、ただ一言楽しみだと嘯き、オニオンリングを顔の高さに摘まみ上げると、大きく口を開けるのだった。  ホテルに入る直前まで降っていた雨はいつしか止んでおり、二人が食べ終える頃には雲の切れ間から星が地上を見下ろしているのだった。       
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  一生の思い出が出来たな。
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