It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第19話 Wish upon a star.
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 意外なところで意外な人と繋がっている、世界は本当は狭いのかもしれないというスモールワールド現象を体感してしまった二人は、その感激からか食が進み、ベンチテーブルの上に並んだ料理をすべて平らげてしまう。  珍しい事に慶一朗もサラダ以外はほぼすべてを食べ、事情が分からないテッドとノアは良く食ってくれたと感心し、唯一事情が分かるリアムがただ嬉しそうに顔を綻ばせていた。  まるで自宅にいるような居心地の良さを覚えていたらしいリアムが、ケイさんのコーヒーが飲みたいとぽつりと零し、それをすかさず掬い上げたノアが興味深そうに首を傾げる。 「ケイはコーヒーを淹れるのが上手いのか?」 「そうなんだ。今じゃ俺はケイさんのコーヒー以外飲めなくなった」  それほどにまで美味いと手放しで褒めるリアムの脇腹に羞恥から肘鉄を食らわせた慶一朗だったが、ベンチテーブルに額をぶつけて鼻を啜るリアムの様子に呆れたように息を吐いた後、コーヒー豆はあるだろうかとノアにそっと問いかけ、テッドが顎でキッチンを示す。 「ヘイ、ハニィ、ここで飲むことのできる極上のコーヒーを用意するから泣き止め」  この庭の居心地が良かったのか、それとも恩を覚えている人と繋がったという俄かには信じられない現実に心が浮足立っているからか、慶一朗がまるで親友達の前にいるかのようににやりと口の端を持ち上げ、ベンチテーブルから勢いよく上がる愛嬌のある顔を細目で見ると、少し待っていろと告げて髭に覆われている頬にキスをする。 「楽しみにしてる」  慶一朗の言葉とキスはリアムにとっては何よりも効き目のある特効薬なのか、顔を笑み崩れさせながらテーブルの上を片付けるのなら手伝うとテッドに申し出ると、慣れた手つきで人の家のキッチンと庭を往復し始める。  自宅では滅多に見ることのできない己の伴侶の浮かれた様子に何とも言えなかった慶一朗だったが、ちらりとノアを見れば微笑ましいと言いたげに見つめていることに気付き、良かったら二人も飲まないかと声をかけ、四人分のカフェオレの準備をするためにキッチンへと向かうのだった。  自宅とは違い馴染みのない豆といつもとは違うミルクを使ったものの、最近は使っていないからと棚の奥から引っ張り出してきたマキネッタでエスプレッソを作り、フォーマーがなければ人力でやるまでと腕まくりをした慶一朗がミルクを温めながら全力で混ぜた結果、トレイに乗せたマグカップをテーブルに置くと、慶一朗がリアムのことを超大型犬と揶揄う由来を示すように飛びつき、渾身の力で踏ん張る顔にキスの雨を降らせてしまう。 「こら、止めろ、リアム!」  テッドとノアが呆れているだろうと、大型犬の扱いには慣れてきたが超大型犬の扱いはまだまだ不慣れな慶一朗がリアムの腕を引き剝がそうとするが、筋肉量の違いからそれができるはずもなく、浮かれるのもいい加減にしろと咳払いの後に低い声で囁くと、あなたの命令は絶対だと言いたげにリアムが離れて目に見えない尻尾をだらりと垂らしてしまう。 「……調子に乗った」 「よし」  反省している様子に満足そうに頷いた慶一朗だったが、小さく噴き出す声の後に夜空に広がるように笑い声が上がったことに気づき、そちらに二人揃って顔を向けて思わず赤面してしまう。 「ケイがフラットホワイトを作ってくれたからそれを飲もう」  笑いながらノアが二人に座ろうと促し、自分のカップに口をつけたテッドが美味いと一言呟き、それが何よりも嬉しいと言いたげにリアムが腰を下ろし、その隣に慶一朗もやれやれと言いたげに腰を下ろす。  秋の夜は寒さが厳しくなり、先日ノアと一緒に星空を見上げた時と比べればまだましだがそれでも寒さを覚えた慶一朗が盛大にくしゃみをし、二人からドイツ語で、一人からは英語でお大事にと労われてひとまとめにTa.と返すと三人が軽く驚いた後に納得の笑みで頷く。 「この間ほどじゃないけど、ここでも星がよく見えるよ」  そう笑ったノアにリアムが頷きつつパーカを脱いで先日のように慶一朗の肩にそれを被せ、自らはシャツ一枚になっても平然とした顔でノアの言葉を確かめるように空を見上げて軽く目を見張る。 「さっきも言ったけど」  視線を空から手元のフラットホワイトへと戻したリアムがリオンとウーヴェに直接礼を言いたい、連絡を取ってもらえないかとノアをまっすぐに見つめると、慶一朗がリアムの肘を軽く引っ張る。 「お前が礼を言いたいのは分かる」  でも今それをしなくても良いんじゃないか、それこそノアから連絡先を聞いて帰国後に連絡すればどうだと慶一朗が声を潜め、己の浮かれ具合に気付いたようにリアムの顔が赤く染まる。 「うん、そうだな……確かにそうだ」  悪いノアと慶一朗の忠告を素直に受け止め謝罪するリアムを感心したように見つめたノアだったが、あの二人はそんな事を気にしないと思うと笑い、大急ぎでリビングからタブレット片手に戻ってくると皆の視線を受けながら連絡先をタップする。  スピーカーから流れ出す呼び出し音が途切れ通話が繋がった事を示すように画面が変わり、おはよう、ノア、どうかしたかという不思議と心の中にするりと入り込む声が流れ出す。 「おはよう、ウーヴェ。今話をしても大丈夫かな」 『ああ、大丈夫だ』  ウーヴェと呼ばれた相手の声は朝一番に聞いても深夜に聞いても真摯に向き合ってくれ、その声に促されればきっと心の奥底に秘めている悩みも口にしてしまうのではないかと思える穏やかさを持つものだった。 「実はリオンとウーヴェに礼を言いたいって人達と今一緒にいるんだ」 『俺たちに礼?』 「そう。リアムとケイ」  ノアと関係のある人達で俺たちに礼を言いたい人がそこにいるのか、その名前に聞き覚えは無いけれどとウーヴェに苦笑され、そうだよなぁとノアも同意するように笑ったとき、ウーヴェの声の後ろから陽気な声が響いてくる。 『オーヴェぇ、ネクタイの準備が出来た……って電話中か?』  その声はノアのものと似通っているが、呼びかけた相手に心底甘えているような色を滲ませていて、それを聞いたノアが呆れと微笑ましそうな色を綯い交ぜにした顔で頷き、おはようリオンと呼びかける。 『ん? ノア? おー、おはよう。どうした?』  早朝から電話なんて何かあったのかと問われたノアが再度電話の主旨を説明すると、素っ頓狂な声が返ってくる。 『俺たちに礼だぁ!?』 「うん、そう。ビデオ通話にして欲しいんだけど、大丈夫か?」  ノアがテーブルを挟んだ向かい側で顔を少し紅潮させているリアムと慶一朗に頷いた後、こちら側に来てくれと手招きをし、それを見たテッドが二人と入れ替わるように席を移動する。 「突然申し訳ない、ヘル・ケーニヒ、ヘル・バルツァー」  ノアから聞いた二人の名前を思い出し、礼を失しないようにと丁寧に呼びかけると、タブレットの中で先程ノアに見せて貰った写真の二人が驚いたように顔を見合わせた後、オーヴェの知り合いか、いや、お前じゃ無いのかと短く言い合う姿が見える。 『悪ぃ、俺、あんたの事思い出せないんだけど、何かしたか?』 『初対面の人をあんたと呼ぶなと何度言えば分かる!』  リオンが斜め上を何度か見た後に礼を言われる覚えがないんだけどと肩を竦めるが、礼を持って話し掛けてくれている相手に失礼な物言いをするなと、何度言っても直らない悪癖を発揮するリオンの耳をウーヴェが引っ張り、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいお願い許してオーヴェという、二人と二人を良く知るノア達にとっては聞き慣れている謝罪の声がタブレットから夜空に響く。  慶一朗と口論をしたり感情のすれ違いから沈黙した後の仲直りは慶一朗が両手を広げその中にリアムが飛び込むことだったが、タブレットの向こうでは自分達とは全く違う謝罪方法が繰り広げられていて、それに思わず慶一朗が吹き出すと、リアムも何とも言えない顔ながら小さく笑ってしまう。 『朝からうるさくて申し訳ない』  ひとまず気が済んだ様子でウーヴェが二人に謝罪をし、リオンも今言ったように自分達には礼を言われるような記憶が無いが、どこで会ったか教えてもらえないかと丁寧に問われ、咳払いをしたリアムがここにいる皆が知る店の名を出す。 「ゲートルートで予約を忘れた俺たちにテーブルを譲ってくれたんだ」  今から2年前の11月のことだとリアムが緊張気味に伝えると、引っ張られた耳を片手で押さえたリオンが天井を見上げた後、思わず皆が耳を塞ぐような大音量が再度夜空に響き渡る。 『あー! 思い出した! 大切な記念日なのに予約を忘れてたって泣きそうな顔してた人だ!』 「ビンゴ」  泣きそうでは無かったと思うけどと自己弁護の言葉を続けたリアムが頷き、あの時は本当に助かった、ありがとうと漸く言えた言葉を口にすると、画面の向こうで二人が顔を見合わせるが、どちらも記憶の底から引っ張り出してきたリアムと慶一朗の顔を確かめるように見つめ、リオンの顔には満面の、ウーヴェには穏やかな笑みが浮かぶ。 『律儀な人だなぁ。俺たちは毎日でも通ってるから良いって言わなかったか?』 「そんな事を言われた覚えがある。でも本当に嬉しかったから」  あの時、友人関係で色々あって気持ちが沈んでいたのに更に輪を掛けてミスをした為にかなり落ち込んでいたんだとリアムが笑い、慶一朗がそんな俺たちを助けてくれてありがとうと穏やかに笑みを浮かべてリアムの肩に寄り掛かる。 『えーと、リアムとケイだっけ? そもそもさ、どうしてノアの家にいるんだ?』  リオンが耳を押さえながら問いかけた疑問は当然のもので、実はと切り出そうとするリアムを遮った慶一朗が俺たちの事はリアムとケイで良いと告げると、リオンの顔に我が意を得たりと言いたげな笑みが浮かぶ。 『ダンケ、ケイ。じゃあ俺とオーヴェの事も名前で良いぜ』 「ダンケ」  リオンがにやにやしながら告げる言葉の意味を皆が理解し、その横で頭痛を堪えるような顔になるウーヴェに内心気の毒にと同情したリアムだったが、リオンの疑問に答えるように口を開く。 「実はケイさんとハネムーンでニュージーランドに来ているんだ」 『ハネムーン? そりゃあおめでとう!』  あの時のカップルが結婚というゴールテープを切って新たな日常を始めたんだなと、つい今し方名を知ったばかりなのに十年来の友人の結婚を祝う顔でリオンが笑い、その横ではウーヴェも同じように笑みを浮かべ、おめでとうと祝いの言葉を伝えてくれる。  それが意外な程二人の心の中にするりと入り込み、照れながらもホテルの管理人である友人から依頼されたノアが代理で二人が予約をしたホテルにやって来た事、その時にここに来る切っ掛けになった写真集の表紙をノアが撮影したことを知りコンタクトを取って一緒に星を見たことを告げると、画面の向こうの二人の顔に穏やかさと自慢が絶妙に入り交じった笑みが浮かぶ。 『そうだったのか』 「そうなんだ。ノアを初めて見たときに自然とリオンを思い出した」 『……素直なリオンを見ているみたいだと良く言われていたからな』  リアムの言葉にウーヴェが苦笑し己の夫とその弟のそっくり具合に肩を揺らすが、思い出したくないことを思い出したと呟き、ノアがノアの母親と一緒にいるのを俺が女と一緒にいるって勘違いして嫉妬から大げんかしたよなぁと、不気味としか言いようのない笑みを浮かべたリオンがウーヴェに笑いかけると、ウーヴェの手がそっと上がり、リオンの良く伸びるらしい頬を摘まんで引っ張る。 『いでー!!』 『う る さ い』  画面の向こうで繰り広げられるそれは自分達にとってもいつかどこかで見たことがある光景で、リオンの頬が戻らなくなる危惧から止めてやればどうだとリアムが制止の声を掛ける。 『オーヴェの意地悪、トイフェル、悪魔』  今度は頬を押さえながら涙目になるリオンを冷めた目で見つめるウーヴェだったが、こちらで呆気に取られたように見つめられている事に気付き、目尻を赤く染めて咳払いをする。 『……リアム、ケイ、これからもノアと良い関係を続けてくれないか』  俺たちはドイツにいてすぐに飛んで行くことが難しいとウーヴェが続けると、つい今し方までウーヴェを非難していたリオンが表情を切り替えてウーヴェの髪にキスをし、肩を抱きながらそうそうと笑みを浮かべる。 『そーいや二人ともどこに住んでるんだ?』 「シドニーだ」 『シドニーなら飛行機で3時間ぐらいか……こっちから行くより断然近いな』  知り合ったばかりだけどあんた達なら信頼できるだろう、だからもしもノアとテッドに何かあったら力になってやってくれないかと、この時ばかりは表情を改めながらリオンが二人に告げ、言葉と表情からノアに対する思いの一端を感じ取ったリアムがこちらこそと軽く頭を下げる。 「毎年11月にはドイツにいる祖母と両親に会いに行くから今度ドイツに帰省したら会いたいな」 『おー、良いな、それ。俺も二人にまた会いたい。なー、オーヴェ、今年の秋の楽しみが出来たな』  リアムの言葉にリオンの顔に嬉しそうな笑みが浮かび、隣のウーヴェに半年先の予定が出来た、嬉しいと笑いかけて同じ顔で頷かれる。 『そろそろ仕事の準備があるから切るけど、話できて良かった』  意外な繋がりを齎してくれたノアに感謝だとウーヴェがノアに礼を言い、うんと照れたように頷くノアを慶一朗が何か言いたげな顔で見つめるが、本当に話が出来て良かったと二人に告げて通話を終える。  賑やかな音が途切れて波の音だけが世界のすべてだったことを思い出せというように沈黙が流れる中で三人が満足げに息を吐くと、一人蚊帳の外だがそれを気にすることも無かったテッドがそろそろ出掛ける準備をするかと告げて立ち上がる。 「ああ、そうだった」  久し振りにリオンとウーヴェと話をした余韻に浸りそうになっていたノアがその言葉に弾かれたように顔を上げ、さっきはおいしいフラットホワイトを飲ませてくれたから次はミルクティーなんてどうだと笑いかけ、次の予定を思い出せない様子の二人に笑いかける。 「オーロラを見に行くんだろう?」  今日確実に見られるかは分からないが、ここにいるよりももっと良い場所があるからそこに移動しよう、寒さが厳しくなると思うからブランケットに上着、そして熱々のミルクティーを持って行こうと笑われ、思わず顔を見合わせて赤面してしまう。 「そうだった」  リオンとウーヴェに礼を言えた事ですっかり全てをやりきった気がしていたと笑うリアムに慶一朗も心なしか呆然とした顔で頷き、オーロラと小さく呟いて我に返る。 「見えると良いね」  そんな二人の様子にリオンそっくりな顔にノア特有の人懐こい笑みを浮かべ、準備をするために中に入ったテッドを追いかけるように家に入り、二人も慌てて家に入って次の予定のために準備を整えるのだった。  ゆらゆらと上下する波に合わせ、遠くに見える街明かりを明滅させるように小さな船が上下する。  その波に揺られながら出ないかな、出て欲しいのにと歌うように呟くのはファインダーを覗いているノアで、その横では慶一朗がライフジャケットを着た上にアウターを羽織ってもこもこになりながら先日と同じように双眼鏡を使って星々を見上げていた。  そんな慶一朗をしっかりと後ろから抱きしめながらリアムがあの星はどうだと指さし、その声に慶一朗が双眼鏡を向けて目に飛び込んでくる星の情報を楽しげに口にする。  そんな二人の仲の良さを微笑ましそうな顔でノアが時折見つめるが、小さくくしゃみをすると三人から労いの言葉を投げかけられて慶一朗のようにTa.と一括で返事をする。 「ノア、これを飲め」  操縦席のシートを半回転させて三人を少し離れた場所から見守っていたテッドがノアの横に来ると、湯気が立つブリキのカップをそっと差し出す。 「サンクス、テディ」 「ああ」  二人も良かったら飲まないかと声を掛け、ありがとうと異口同音に礼を言われて小さく笑い、波に合わせて揺れる船の上を意に介すること無く二人分のカップを手に戻ってくると、熱いから気を付けろとの言葉と共にカップを差し出す。 「温まるな」 「うん。ミルクティーも良いな」  職場でのティーブレイクではこれからミルクティーを飲むのも悪くないと笑うリアムに良いなと頷いた慶一朗は、オーロラが出てくれないかなと呟き、うん、本当に出て欲しいとリアムも白い息を吐く。 「なあ、ノア、ここで見るオーロラは赤色なのか?」  写真集の表紙のオーロラは赤かった気がするが、オーロラと言えばグリーンからパープルといった色じゃ無いのかと慶一朗が素朴な疑問を口にすると、低緯度だからとミルクティーを飲んでホッと息を吐いたノアが返す。 「低緯度?」 「そう。良く映像とかで見るオーロラは北欧とかカナダとかだから緯度が高い。だからグリーンやパープルなど色々な色が見える」  でもここは北欧などに比べれば緯度が低いために色も赤が多いと笑い、ほら、あんな感じと遠くにぽつりぽつりと見える陸の明かりの上に浮かび上がる赤い空を指さす。 「あんな色が……」  見えるんだと続けるノアの言葉が尻すぼみになり、二人が何事だとノアの指先へと視線を集中させると、濃紺の世界が徐々に赤く染まり、絵の具を垂らしたような青や白い星々が赤い背景の中で浮かび上がる。 「嘘だろ……!?」 「……見れたな」  ノアの驚きの声にテッドが口笛を吹いて文字通りの僥倖を喜ぶと、先日と同じように言葉を無くした顔で二人が突然赤く輝きだした夜空を呆然と見つめてしまう。  仕事で疲れた慶一朗を出迎えたのは、ハワイ在住の兄からの郵便物と記憶の奥底に封印している男からの定期便だった。  それを思い出すと同時に思わず己を後ろから抱きしめているリアムの腕に手を重ねて力を込めてしまうが、心の奥底から浮上してくる顔を、その時一緒に届いた写真集の表紙とあの日、友人達と飲みに行っていたのに己の我儘を聞き入れてくれて予定よりも早く帰ってきてくれたリアムの顔へと意識をスライドさせて封じ込める。  あの夜、見てみたいと呟いた言葉を覚えていて、こうして本当に叶えてくれるなんてと内心呟いたとき、リアムの微かに震えているような声が背後から流れ込む。 「ケイさん……すごい……」 「……うん」  空の高い方へと広がっていく赤い光の下に黄緑に見える帯が浮かび始め、赤を押し上げるように緑の帯も伸び上がってくる。  写真集の表紙に触発されてオーロラを見てみたいと思い、まだ行っていなかったハネムーンの行き先を決めたが、まさか本当に見られるとは思わなかった二人は、目の前で繰り広げられる天体ショーに言葉を無くし、呆然と見つめることしか出来なかった。  赤と緑のオーロラが音も無く広がる空に吸い込まれそうになったその時、二人の耳にシャッターが切られるような音が立て続けに流れ込み、忘れていた呼吸を取り戻した人間のように胸を喘がせてしまう。  それは、今まで見てきた穏やかさや純朴さを封じて対象物へとカメラを向けてシャッターを切るノアが立てている音で、声を掛けることも憚られるような集中力で己が思うものを一心不乱に撮影している姿に二人が思わず顔を見合わせてしまう。  何故か分からないが大丈夫という理由で初めて会った自分達を自宅に招待し、ディナーまでごちそうしてくれる親切さは利用しようと思うものからすればつけ込みやすいものだろう。  だが今ノアの横顔からはその親切や純朴さなど想像することも難しく、フォトグラファーの横顔をまざまざと見せつけられて感嘆の息を吐くと、こうなったらしばらくはこちらに気付かないとテッドが笑いながら二人の向かい側の立体物に腰を下ろす。 「すごい集中力だな」 「そうだな……家に戻って撮影した写真をテレビで映してくれるが、それを見るのが楽しみだ」  今撮影しているものも見せてくれるだろうから一緒に見れば良いと誘われ、一も二もなく頷いた二人だったが、テッドの肩越しに広がる赤と緑のオーロラに目が奪われ、テッドの口数が少ないのを良いことに沈黙してしまう。  その沈黙は嫌なものでは無かったので三人で黙って上空で音も無く繰り広げられる天体ショーに魅入っていると、リアムと慶一朗の口から驚愕の声が短く上がる。 「あれ!」  その声にテッドが指さす空を振り仰ぐと、細く長い軌跡を残して星がひとつ、音も無く流れ落ちる。  流れ星に願いをと良く言うが、文字通りあっという間に消えてしまうそれに願う暇などなく、見間違いか幻かと眼鏡の下の目を擦った慶一朗だったが、満足そうに息を吐く音が聞こえてそちらに顔を向けると、ノアがカメラを足下に下ろしながら俯いていた。 「ノア?」 「……何て夜なんだろうな」  晴れ渡った夜空にオーロラが出たかと思うと跡を残すような流れ星も見れるなんてと、船の小さな明かりでも分かる程紅潮させた顔を二人に向けたノアだったが、ゆっくりと立ち上がったかと思うと、じっと見つめてくるテッドにお前が船を出してくれたからだと言いながら抱きしめる。 「サンクス、テディ」  二人が滞在しているホテルでも見えたかも知れないが、俺が撮影したいもの全てを一枚に収めることが出来た、本当に感謝しているとテッドの手が背中を抱きしめる温もりに嬉しそうに笑みを浮かべたノアが告白し、お前の役に立てたのなら良かったとテッドも小さく笑う。 「……テッド、ノア、ここに連れてきてくれてありがとう」  二人の様子を見守っていたリアムがそっと呼びかけて礼を言うとノアが我に返ったのか、勢いよくテッドから離れて両手をばたつかせ、その動きで船が左右に揺れてしまう。 「うわっ!」 「ノア!」  自らの振動でバランスを崩したノアをテッドがしっかりと抱き留め、危うく海への転落を回避させると、ノアの口から安堵の息が流れ落ちる。 「暴れるな」 「うん、ごめん」  テッドの𠮟責に素直に謝罪をし、隣に腰を下ろして照れ笑いをするノアに再度礼を言ったリアムだったが、二人の背後に顔を向け、信じられないと言いたげに目を見張る。 「どうした?」 「あれ……!」  何だあれと素っ頓狂な声を上げるリアムなど珍しいために慶一朗も釣られてリアムの指の先を辿ると、一定間隔に並んだ光が夜空に浮かぶのを発見してぽかんと口を開けてしまう。 「UFO?」  未確認飛行物体など信じてはいないがいても不思議は無いと双子の兄と話していたことや己が愛してやまないSFドラマを思い出して呟くと、事情を知っているノアがああと小さく笑う。 「残念ながらあれはUFOの船団じゃないよ」  スターリンク衛生だと笑うと、スターリンクと異口同音に返される。 「そう。人工衛星。少し前に打ち上げられたからまだ見える」  生活には欠かせなくなってきた衛星だけど星の撮影時には少し邪魔になると肩を竦めるノアにリアムがそうかと返すと、慶一朗が指を鳴らしてあれが見えている間に願い事をすれば良いと声を弾ませる。 「ケイさん?」 「人工衛星も星だろう?」  流れているから流れ星だ、だったらあれが見えている間に願い事を言えば良いと、珍しく顔を紅潮させて子どものように夜空を渡る点を指さす慶一朗に呆気に取られるリアムだったが、じわじわとボディーブローのようにその言葉が効いてきたのか、慶一朗をハグしながらうんと何度も頷く。 「何を願う? ケイさんは星に何を叶えて欲しい?」 「秘密だ」  願い事を言えば叶わないだろうと目の前で仔犬のようにじゃれ合う二人を呆気に取られながら見ていたテッドとノアだったが、スターリンクが行ってしまうと笑いながら伝えると、大急ぎで胸の前で手を組んで目を閉じる。  今日半日一緒に行動をしてリアムの人の好さや誠実さ、慶一朗の子供じみているがリアムを心の底から愛しているのだとわかる言動を思い出したノアがテッドの肩に頭を預け、どうしたと問われて何でもないと小さく笑う。 「本当に仲がいい二人だよな」 「そうだな」  あの仲の良さはお前の兄達みたいだなとテッドに笑われ、うん、そうだなと返すと、心の内にある思いを人工衛星に願うことができたのか、 満足げに笑みを浮かべた二人がテッドとノアに向き直り、本当に今日はありがとうとしか言えないと礼を言う。 「二人の役に立てて良かった」  オーロラもそろそろ終わりそうだし、満足できる枚数の撮影を出来た、そろそろ寒くなってきたから家に帰ろうとノアが笑い、テッドが操縦席に戻る。  足の裏に響く振動が船を揺らし、危険だからとブランケットを敷いた床にリアムと慶一朗が腰を下ろし、副操縦席にノアが座ったのを確かめたテッドがゆっくりとエンジンの出力を上げていく。  海上を疾走する小さな船だったが、自宅に帰りつくまで誰も口を開くことはなく、それぞれが目にした天体ショーを反芻しているのか、時々リアムが慶一朗に何かを話しかけ、慶一朗もそれに答えながらリアムの肩に頭を預けて満足そうに眼を閉じているのだった。  二人の願いを受け取ったのか、スターリンクが光りながら夜空を渡っていくのだった。        
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  あれは何だ? UFOだ!
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