It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第19話 Wish upon a star.
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 あの星空はきっと永遠に瞼の裏に映し出すことができるだろう。  そんなことを考えてしまうほどの星空を見上げた翌々日、一昨日とは打って変わって秋の清々しい青空の下、レンタカーを南東に向けて伸びる高速を走らせているのは、ドライブ用のサングラスを掛けて今にも踊り出せそうな曲をスマホから流しながらステアリングを握っている慶一朗で、その横の助手席ではリアムが長い足を持て余し気味にダッシュボードへ乗せてリズムに合わせてるように爪先を左右に揺らしていた。  ここに到着した日から昨日まではリアムが運転をしてくれていたので今日からは俺だと慶一朗が何でもないことのように告げ、リアムもその言葉に素直に頷いて安全運転の為の賄賂だと笑いながらチキンを差し出したのは、ニュージーランドに来て以来モーニングの時間に起きることができないため、今日もブランチを食べている時だった。  その結果のドライバーの交代だったが、慶一朗のドライビングテクニックに全幅の信頼を置いている為か、リアムが珍しく鼻歌を歌いだし、楽しそうだなと目を細めた慶一朗の言葉に楽しいという素直な言葉を返す。 「一昨日の星空を忘れられない」  もしかすると今夜はそれ以上の経験ができるかもしれないだろうと、己のスマホを取り出したリアムが交換したばかりのノアから受信したメッセージを開き、髭に覆われている顔半分を笑み崩れさせる。 『もしかすると今夜オーロラを見ることができるかもしれない』  そんな一言がリアムのスマホに届いたのはブランチを食べ終えて今日の午後はこの近辺の観光に行こうかと相談している時だったが、いくつかメッセージをやり取りした後、もしも良かったら海際に来ないかと誘われたのだ。  二人が滞在する標高の高い場所にある湖でも見ることはできるかもしれないが、観光客の数を思えばこちらの方が圧倒的に人が少なく静かに観察できること、条件が合えば自宅で酒を飲みながら見ることができるかもしれないと続けられ、自宅に行ってもいいのかと問いかけたリアムに返ってきたのは、もちろんという短い一言だった。  連絡先を交換して二日目の自分たちを自宅に招くという、二人にとっては考えることもできない行為をあっさりと取れるノアにただ驚いてしまうが、リアムにしては珍しく積極的にその言葉に乗ったことを教えるような返事をし、サムズアップのイラストを受け取ったのだ。  人を警戒していないのではないかと思えるほどの純朴さと、何故か疑うこと無く素直にこちらもそれを受け入れそうになっている事に驚いてしまうが、星空を見るために到着した場所でノアが発した言葉とその時の表情を思い出すと、生まれ故郷のウィーンからドイツ南部の大都市へ、そして赤道を超えたニュージーランドに移住した青年の足跡にはきっと目には見えないものが刻み込まれているのだろうとも気づき、ノアの言葉に甘えようと慶一朗に伝えたのだった。  その結果の今日のドライブは高く澄んだ青空の下を走る爽快な経験であり、ああ、気持ちいいと思わず二人が呟いてしまうほどのものになったのだ。  ステアリングを指先でノックしながら慶一朗が後どのくらいだろうかと呟くと、スマホからカーナビへと視線を移動させたリアムが後1時間ほどじゃないかなと画面を操作しながら呟き、慶一朗が細い肩を上下させる。  いくら晴天の下を飛ぶように走らせていても疲労を感じてしまうのか、アイスと呟き、その言葉一つから何事にもよく気が付くリアムがスマホで近辺の店を検索し始める。 「あと3キロ先にカフェがある……あ、ケイさん、ジェラート屋もあるみたいだ」 「3キロだな」 「うん」  この速度だと後どのくらいで俺はジェラートにありつけるんだと笑う慶一朗に、さあ、どのくらいだとリアムが返しつつジェラート屋の情報を仕入れ、ああ、ピスタチオがあると顔を綻ばせる。 「ヘイ、ミスター・ピスタチオ」 「まーた変な呼び方をする!」  ピスタチオマニアだのなんだのと言っていたがついにミスター・ピスタチオになってしまったかと、己の呼ばれ方に一つ息を吐いたリアムだったが、ブラッドオレンジはあるかと問われてあるけれどホーキー・ポーキーというアイスが有名らしいと続けると、何だってとドイツ語で返ってくる。 「ホーキー・ポーキー。キャラメルベースに粒キャラメルが入ってるって」  ニュージーランドでは定番のアイスみたいだとリアムが返すと、運転席からはもごもごと何かを呟く声が上がるが、それを食ってみたいという好奇心が滲んだ声が続く。  この先のジェラート屋で今まで食べたことのないそのフレーバーをはじめ、どんな味に出会えるのかを楽しみに慶一朗がアクセルを踏み、リアムが更に興味を引きそうな味についてネットで得た情報を口にし、二人が乗ったレンタカーは長閑なニュージーランドの青空の下を軽快に疾走するのだった。  オタゴ地方の中心都市であるダニーデンにまでやって来た二人だったが、待ち合わせ場所に指定されたのは、観光スポットであり街のランドマークにもなっているオクタゴンと呼ばれるナビ上でもはっきりとわかる八角形の地区だった。  コインパーキングに車を止めて降り立った二人は、ほぼ同時に伸びをしておよそ三時間のドライブの疲労を抜こうとするが、リアムが慶一朗を呼び、その声に顔を上げた慶一朗にあの教会と二人の前方に聳える教会を指し示す。 「どうした?」 「あの階段、ロケとかで使われそうだな」  リアムが指摘したのは立派な教会の前方に広がる大階段で、そこに面するように置かれたベンチには観光客らしき人が腰を休めていた。  どちらかというと教会をはじめとした宗教とは一定の距離を保っている二人だからか、目の前の教会が何様式で建てられているどの宗派の教会なのかまでは理解できず、この街の歴史に詳しい人がいれば教えてくれたのにと笑うが、昨夜ノアが呟いた言葉を思い出して二人同時に顔を見合わせる。 「……スコットランド系の人が多いと言ってたな」 「うん、そう言ってたな」  俺たちがよく知るスコッツは今頃どうしているんだろうか、イースターは親族勢揃いをするために家を離れられないと、本当ならばこちらで皆一緒にエッグハントを楽しみたかったという恨みすら籠ったようなメッセージを受け取っていたことを思い出し、帰国したら真っ先に連絡を取ろう、それで気分も晴れてくれるかもしれないとリアムが人の好さを発揮し、そんなリアムの長所を呆れたような顔で慶一朗が見守っていたが、スコットランドに所縁の街にやってくるとやはり自然とあの端正な顔を思い出してしまう。 「ああ、そういえば昨日あいつからメッセージが届いていたな」  とある出来事から二人の友人へと関係を変化させたスコッツ、ケネスからメッセージを受け取ったと慶一朗が思い出したように呟き、何を言ってきたんだとリアムが問い返すと、内容を確かめていないから知らないとあっけらかんと言葉を返してサングラスの下で見開かれる双眸に目を細める。 「ケイさん」 「あいつの言うことだ、重要なことなんて何もない」  だから気にするなと言い放つ慶一朗に何とも言えないと頭を左右に振ったリアムだったが、初めて訪れた街ではなかなか経験しないだろう名を呼ばれるという現象に出くわして声の方へと顔を向ける。 「リアム!」  その声の主は大きく腕を上げてこちらにも分かるようにぶんぶんと手を振り、周囲の人たちからの視線を気にすることもなく笑みを浮かべていて、本当に彼は素直な人なんだなと感心したように呟いてしまう。 「ノア!」  待ち合わせ場所に何とか無事に辿り着けたと笑ったリアムは、道路を横断してくるノアを車のそばで出迎え、ようこそダニーデンへと笑顔で歓迎されて同じような顔になる。 「もうどこか観光に行ったか?」  リアムと慶一朗とそれぞれ握手をした後に観光はしたのかと問われ、昨日はホテル周辺の国立公園を少し散策をしたがここには先ほどついたばかりでまだ何処にも行っていないと慶一朗が肩を竦めると、ノアが晴れた空を見上げながら少し観光をするかと呟き、二人に行きたいところはないかと問いかける。 「色々調べたけど、駅舎が有名だって?」  鉄道模型が好きで自宅でジオラマを作っているから一度行ってみたいと慶一朗がノアに告げると、今まで人の好さそうな笑みが浮かんでいた顔から表情が消えるが、二人が目を瞬かせたタイミングで少しだけぎこちない笑みが浮かぶ。 「……大丈夫、うん、もう大丈夫だ」  その小さな小さな呟きはリアムにも慶一朗にも身に覚えのあるものだった為、もしそこに行くことで不調が引き起こされるのなら無理に行く必要はないとリアムがそっと告げると、その気遣いが嬉しいと言いたげにノアが顔をくしゃくしゃにする。 「ちょっと嫌なことを思い出してしまったけど……うん、もう大丈夫だ」  あいつはいないし俺は一人じゃないからと続けられ、二人がそっと目配せをした後にノアがそんな二人に気付いていないのか、ちょっとだけ待ってくれと断りを入れてスマホを取り出し誰かへと電話を掛ける。  出会ってまだ間もない、碌に互いを知らないのに自宅に招待してくれるノアの人の好さが心配になるほどだったが、先ほどの表情やまるで自分に言い聞かせるような言葉から二人が読み取ったのは、ノアにも顔には出さないだけで心の中に深い傷があるのではないかというものだった。  誰しも心の中に傷の一つや二つを抱えているだろうが、ノアの場合も慶一朗が経験したような命に関わるものが由来で、それを連想させるのが駅舎なのだとすればと気付いた慶一朗がリアムの肘を掴んで合図を送り、寄せられる顔に今思いついたことを伝えると、同じことを考えていたと小さな声で返される。 「大丈夫か?」 「……あの顔を見ていれば大丈夫だと思うけどな」  親しい相手に電話をしていることが分かる表情で通話しているノアを見たリアムが目を細め、ケイさんがイチローに電話をしている時と同じような顔をしていると頷くと軽く驚いたように慶一朗の目が見開かれるが、あんな顔をしているのかと少しだけ悄然とした顔で零すと宥める様に指の背で頬を撫でられる。 「それだけノアが信頼している相手と話をしているんじゃないか?」  機嫌を直せというように笑うリアムにつられて彼の顔を見た慶一朗は、ノアの横顔にさっき読み取った不安や恐怖といった感情ではない穏やかな笑みが浮かんでいることに気付き、無意識に息を吐く。 「お待たせ。じゃあ駅舎に行こうか」  ちなみにその駅舎はここからも見えていると笑うノアが指し示した道の先、レンガ作りのような建物が見え、今まであのタイプの駅舎を作ったことはないから作ってみようかなと慶一朗がより興味を示す。 「鉄道模型を集めるのが趣味なのか?」 「そうなんだ。最近は時間がないから作れないけど、興味のある鉄道が走ってるジオラマを作るのも好きだな」 「へー。じゃああの駅舎はきっと気に入るんじゃないかな」  ビクトリア朝の建物らしいしと笑うノアに慶一朗がスマホで自宅のジオラマ部屋と呼ばれる部屋の写真を見せるが、覗き込む顔には先ほどのような陰りなどなく、初めての観光客を案内する親切なガイドのような顔で二人に説明をし、駅舎に向けて歩いていくのだった。  リアムと慶一朗が感激に言葉を失った星空に近い夜空の下、乾杯という声に合わせて4本のボトルがベンチテーブルの中央でガチャンと音を立ててぶつかり、小さく歓声が上がる。  それぞれの手に握られているボトルはこの後の予定を考えてノンアルコールビールだったが、テーブルには繊細さよりもボリュームを感じさせる料理が並んでいた。  ラム肉のグリルやムール貝を刻んだガーリックと白ワインで蒸したもの、国内でも天然物として名高いオイスターなどが皿に並び、色とりどりの野菜とリンゴが入ったサラダが文字通りボウルに山盛りになっていた。  フルーツを使ったサラダが新鮮で、それを作ったとは思えない無骨な手の持ち主でありこの家の主であり、そしてここに招待してくれたノアの同棲中の恋人、テッドに料理のアシスタントをしながらリアムが色々と聞いていたのだが、目の前のサラダボウルを慶一朗がそっとリアムの前に押しやったのを誰もが見なかったフリをしていた。 「今日は招待してくれてありがとう」 「いや、構わない」  ノアが先日の撮影から帰宅後嬉しそうに話していたから家に呼べばどうだと声を掛けたと、ボトルを傾けた後にサラダボウルからサラダやラム肉のグリルを取り分けながらテッドが小さく笑みを浮かべ、食えとばかりにノアの前に皿を置く。  見た目はリアムですらも負けそうな鍛え方をしている上に初対面では間違いなく怖いと思われる容貌のテッドだったが、ノアの分を自らのものよりも先に取り分ける仕草を見てしまうと、ただ単に無骨なのは見た目だけだと気付き、いつものようにリアムが慶一朗の口元にムール貝を差し出し、一瞬だけ躊躇った後にいつものようにそれが口の中に消えたことに自然と笑みを浮かべてしまう。  二人にとっては息をするよりも自然なそれにテッドとノアの手が止まってしまうが、な、本当にリオンとウーヴェみたいだろうとノアが隣のテッドに囁きかけ、確かに良く似ているなと二人で激しく頷き合う。 「この間もその名前を言ってたな、ノア」 「うん、そうだな」  リアムの問いに微苦笑したノアだったが、実はと切り出したのはドイツ南部の大都市に己の兄とそのパートナーが暮らしていると告げ、兄と二人がオウム返しに呟く。  これは今まで関わってきた人達との関係を思い出した時に気付いた事だが、ノアのように純朴というか人を疑うことを知らないような素直さを持つ人間で天涯孤独という人を見たことがなかったリアムが家族がいて当たり前だと微苦笑し、リオンが兄でウーヴェがそのパートナーだと教えられて自分達のように同性のカップルだと気付くと、あの街では祖父母と両親がレストランをやっていて、リアムが10歳の時に今の場所に引っ越しをしたこと、だから今でも付き合いのある幼馴染み一家が経営している薬局があると笑う。 「市庁舎裏のデリカテッセンで惣菜を買ってほしいってじいちゃんに強請ったら、じいちゃんが作るものを食えって良く言われてた」  リアムの幼い頃の話は中々聞く機会が無い慶一朗を筆頭に、二人も興味を覚えたように料理よりも話に集中し始め、そんなに集中されると気恥ずかしいとリアムが頭に手を宛てる。 「そのデリカテッセンってさ、コーヒーも売ってる店か?」 「どちらかと言えばコーヒーがメインかも」  その店の名前をリアムが口にすると店を知っているらしいノアが盛大に目を見張るが、何故か慶一朗も同じような顔になってリアムを見つめ、ただ一人知らないテッドが眉を寄せてしまう。 「……その店、ウーヴェが好きでいつもそこでコーヒー豆を買ってたはず」 「……ソウがドイツに行ったときには買ってきてくれって頼んでた店だぞ、そこ」  リアムにとっては幼い頃の微笑ましい思い出だが、ノアと慶一朗にとっては意外な身近に存在している事のようで、あの店の惣菜と呆気に取られたようにノアが呟き、テッドがそんなノアに顔を寄せて驚きの理由を聞き出すとノアと同じような顔になる。 「……あの店が行き付けのコーヒーショップってことは、ノアの兄はお金に不自由していないんだな」  その店は老舗としても名を馳せていて、売られている商品はお手頃価格なものでは無かったはずだと思い出したリアムが上目遣いに呟くと、ノアが微苦笑しつつウーヴェは医者なんだと返す。 「医者?」 「そう。精神科医。市庁舎が見えるアパートで開業してる」  ノアの何気ない一言にリアムが肌感覚で、慶一朗も薄ぼんやりとした感覚でそれがどれ程のことかを理解し、二人同時に夜空を見上げて溜息を吐く。 「リオン自身も今は比較的自由にお金を使えるようになったけど、うん……まあ余裕はある方かな」  今まで明快だったノアの言葉が不明瞭になり、何か口籠もりたくなる事を聞いたかとリアムがそっと問いかけると、首の後ろで結んだくすんだ金髪色の尻尾が激しく左右に揺れる。 「いや、大丈夫。……バルツァー会長の秘書をしてる」  だから当然だけどそこいらのオフィスワーカーよりは稼いでいるんじゃ無いのかなと、今度はノアが頭に手を宛てて何故か照れたように笑うと、リアムと慶一朗が顔を見合わせた後にバルツァーと同時に叫ぶ。 「うん。元々は刑事をしていたけど、ウーヴェを支えたいからって刑事を辞めてバルツァーの会長秘書になった」  ドイツ出身のリアムにとっては毎日目にしていた企業名に驚くのは理解出来るが、慶一朗もその名前を知っていて同じようにただ驚愕し、刑事から会長秘書という転職は珍しいのでは無いかと思案した時、ノアの言葉をヒントに何かを閃く。  医者を支えるために刑事を辞めて会長秘書へと転職したその理由を知りたかったが、昨日知り合ったばかりの人に根掘り葉掘り聞くことでは無いと自省すると、ノアがひとつ肩を竦めてムール貝を口に運ぶ。 「ウーヴェが事故に巻き込まれて足を負傷したんだ」  その際に杖か最悪車椅子での生活を余儀なくされると分かったため、それを支えたいとリオンが天職だと自他共に認めていた刑事を辞めたと教えられ、リアムと慶一朗が失礼にならない程度の短時間視線を合わせて頷き合う。  ノアの兄、リオンとそのパートナーのウーヴェを名前でしか知らない二人だが、愛する人を支えるために今の地位を擲てるだけの強靱さをその兄が持ち合わせている事に気付き、強い人だなと慶一朗が素直に零すとリアムの腿にそっと手を載せる。  俺にとっては誰よりも何よりも強い男はここにいると内心で呟きながらノアを見ると、うん、本当に強い男だと続けるが、普段はただただ煩いだけなのにと肩を揺らし、その言葉を実感しているようにテッドも重々しく頷く。 「賑やかな人なのか?」 「うーん、賑やかというか……何だろう、これはウーヴェが良く言ってるんだけど、いてもいなくてもうるさいって」  ウーヴェが己の人生の伴走者であるリオンを称してよく言う言葉だとノアが笑うが、その意味を咄嗟に理解できなかった二人が今度はしっかりと顔を見合わせると、ああと何かに気づいたようにリアムが声を上げる。 「エキセントリックなケイさんみたいってことか」 「……おい」  リアムにとっての慶一朗は言動のすべてがエキセントリックで、一挙手一投足に注目してしまうほどの存在だったが、もしかするとウーヴェにとってのリオンもそんな存在かと問いかけると、ノアがボトルを持つ手の指をリアムに向ける。 「ビンゴ」  いつも何をしているのかを気にしている為か、不在の時ぐらいは静かに過ごせるはずなのに不安になってしまう、そんな気持ちをひっくるめてうるさいと言っていると笑うノアにリアムが激しく同意をしてしまう。 「その気持ち、わかる」  目の届く場所にいれば冷や冷やしてしまうし、目の届かない場所では何かしていないかと不安になると腕を組むと、そんな太い腕を慶一朗の手がぎゅっと抓り、ケイさん、痛いとリアムが悲鳴を上げる。 「うるさい」  痛くないくせに噓を言うなと口を曲げると、機嫌を直してくれと伝える代わりにリアムが慶一朗の不機嫌に膨らむ頬に小さな音を立ててキスをする。  人前でのスキンシップだったがそれについて更に不機嫌になることもなく、そっとリアムの前の皿からオイスターを摘まみ上げると、テッドとノアが驚く前でぺろりとそれを食べてしまうだけではなく、サラダボウルから取り分けられていたサラダの中からキュウリだけを抜き取ってリアムのボウルに投入していく。 「あ!」  その子供じみた行動にリアムの目が見開かれた後にジーザスと呟き夜空を見上げるが、それを向かい側から見ていた二人が異口同音にそんなところも二人にそっくりだと呟き、己の行動を振り返った慶一朗がサッと目じりを赤く染めてしまう。 「ウーヴェが酒を飲みたいときには今みたいにリオンの皿に料理を入れていたなぁ」  いくら食べても食べても減らないのはどうしてだ、嬉しいけれどこれは魔法の皿かとリオンが顔を輝かせた直後に事情を察してがっくりと肩を落としていた姿を思い出したノアが肩を揺らして笑い、ゲートルートでもそんなやり取りを良くしていたと続けると、リアムと慶一朗の顔に遠くの町で見知った店の名前を出された安堵に顔が綻ぶ。 「ゲートルートはケイさんの誕生日ディナーで何度か行ったなぁ」  ああ、そういえば初めて訪れた時に俺がうっかり予約を忘れてしまったとリアムが述懐した時、今まで笑っていた顔から表情が消えたかと思うと、慶一朗でもあまり見ない真剣な顔でノアを見つめ、見つめられたノアも今までの和気あいあいとした空気が一変した居心地の悪さに思わずベンチの上でテッドへと身を寄せる。 「リアム?」 「なあ、ケイさん、俺がノアを見て何かを考えこんでいたようだったって言ったよな?」 「あ、ああ、そうだな」  ホテルの管理人代理として挨拶をしたノアを見たリアムの顔に不可解な表情が浮かんでいたのを見逃さなかった慶一朗がその夜に問いかけたが、リアム自身は無意識にそんな顔をしていたようで、本当に何もないと返事をしたのだが、もしかするとと呟いた後、ノアの顔に不安が浮かんでいることを読み取って我に返る。 「驚かせて悪い、ノア」 「い、いや、うん、大丈夫だけど、どうした……?」  リアムの表情の変遷についていけない三人がそれぞれの顔で髭に覆われた愛嬌のある顔を見つめるが、もしも良かったらリオンとウーヴェの写真を見せてくれないかと鄭重にノアに告げ、写真と返されて大きく頷く。 「うん、ちょっと気になることがある」  無理強いはしないと続けながら待ち構えているリアムの前、ノアがそっと立ち上がったかと思うとリビングに出入りできる窓から家に入り、パネルを片手に戻ってくる。  そのパネルは一面のひまわり畑を前に、白いセダンらしき車のボンネットに尻を乗せて肩を寄せ合いながらひまわり畑を見ている二人の背中を写したもので、これはと視線で問いかけると、ブロンドがリオンで白髪がウーヴェだとノアが写真を指差したあと、スマホに二人のバックショットではない正面からの写真を見せる。 「ジーザス!」 「!?」  その写真を見た瞬間、リアムが滅多に出さない大声で叫び、それに驚いた慶一朗が思わず顔を顰めるが、スマホの向こうから撮影者のノアに向けて笑いかけているウーヴェの顔を凝視し、メガネの下で目を限界まで見開いてしまう。 「ど、どうした……?」  突如繰り広げられる二人の百面相にノアが恐る恐る声をかけ、テッドが思わずノアの肩を抱きしめてしまうが、嘘だろう、でも間違いないよなぁとリアムが呟き、慶一朗もまさかと呆然と呟いてしまう。 「Small world,だな」 「本当にな」  世界は広いようで狭いなと感嘆したように呟くリアムにノアが首を傾げると、咳払いをした二人が同時に口を開く。 「ゲートルートで二人にテーブルを譲ってもらったかも知れないんだ」 「Wie bitte!?」  二人の呟きの後、言葉の意味をノアが理解するまで少しの間があるが、理解した瞬間、ノアが立ち上がりながら盛大にドイツ語で何だってと聞き返してしまう。 「嘘だろう!?」 「いや……間違いないと思う。……ああ、そうか、何処かで見たことがあると思っていたんだ」  ノアを初めて見たときに無意識でリオンを思い出していたんだろうと、己が無意識に浮かべた表情の理由に納得したリアムが頷き、慶一朗もそういう事情ならあの顔も理解できると頷くが、ドイツ南部のあの街のゲートルートという店で偶然二人が出会ったリオンの弟とまさかニュージーランドで出会い、こうして自宅に招待されているなんてという、俄かには信じられない現実に誰もが絶句してしまう。 「スモールワールド現象というのを聞いたことはあるか?」  沈黙が風と共に流れた後、慶一朗が何かを思い出したように呟き、その言葉に三人が視線を集中させると、一つ肩を竦めつつスモールワールド現象について説明をする。 「大雑把な説明になるが、6人の人間を介せば人は人とつながるらしい」 「どういうことだ?」 「面識のない人でも間に6人ぐらい挟めば共通の知人に繋がるらしい。アメリカかどこかで社会実験をしたんじゃなかったかな」  慶一朗がうろ覚えで申し訳ないと苦笑するが、ウーヴェからそんな話を聞いたことがあるとノアが呟き、まさかその現象が自分たちに当てはまるとはと息を吐いてしまう。 「俺たちに関して言えば間には6人もいないぞ」  驚きから絶句した三人だったが、ぼそりとテッドが呟いた言葉に三人が弾かれた様に顔を上げ、本当だと呟いた後、何がおかしいのか三人同時に笑い出してしまう。  三人の笑い声が星空に吸い込まれた後、ノアが目じりの涙を指で拭いながらでもたった一度のそれをよく覚えていたとリアムに感心した顔で告げると、何か忘れられない顔だったと頭に手を当てる。 「実はあの時のお礼を言いたかったんだ」  もし良かったらノアから伝えてくれないかとリアムが提案をするが、あちらは俺たちを覚えているだろうかと慶一朗が一抹の不安を覚えている顔でリアムを見つめ、それもそうかぁと愛嬌のある顔に残念そうな色が浮かぶのを見ていたテッドが何やらノアに囁き、悪くないと頷いたノアがスマホを操作したあと、ほとんど手を付けていない料理を食べてしまおうと二人に掌を向ける。  料理の存在を思い出したように二人もその誘いに頷き、この後の今日のメインイベントの時間までにノアと出会ってから以降無意識に抱いていた疑問を解消できた安堵に四人とも腹を減らしたティーンエイジャーのように目の前の料理を食べ始めるのだった。  そんな四人の頭上を、この後皆が期待している天体ショーの前座のような顔で音もなく星が一つ流れ落ちるのだった。           
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  世界は小さいな。
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