It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第19話 Wish upon a star.
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 観光地としても有名な湖の近くのホテルで迎えた朝は、残念ながら嵐の只中のような天候だった。  屋根も斜めの窓も見える視界のすべてを雨で覆いつくしてやろう、それならば風も吹けば良いとばかりに雨が降り風も吹きつける空を寝起きで霞む視界で見つめたのは、抱きしめられていることに気付いたリアムだった。  一般的な成人男性より筋肉量の多いリアムにとってこの気温は暑くも寒くもないものだったが、己を抱きしめている夫にとっては寒いものだったようで、体が震えたかと思うと夢の中でも暖を求めるように抱き着いていることを教えるように腕に力が籠もる。  自宅でも時々ある行為だったために一つの欠伸でそれを受け止めたリアムは、斜めの天窓を見上げてリズムを刻むように叩き付けられては流れ落ちていく雨粒を見るとは無しに見ているが、小さなくしゃみの音が聞こえたことから己の身体を覆っている掛布団を隣の痩躯に二重になるように被せて見えている髪にキスをする。  こうして二人寄り添っていると、荒れ狂うサイクロンの中心は意外と穏やかだと教えてくれるような凪いだ世界のただ中にいるような不思議な気持ちになる。  自宅では無い屋根を見上げながら風雨の音を聞くことは幾度も経験しているし、また一人で出向くキャンプではスコールに見舞われたことも何度もあった。  そんな経験を幾度もしてきたために今もそれに類似するものだと理解出来るが、過去と現在の最小にして最大の違いである存在へと顔を向けると、自宅以外では決して見る事の出来ない穏やかな顔で眠る慶一朗がいて。  毎日感じている筈だが実感として薄れていた、愛する人が隣で、己の腕の中で眠っているという幸福を思い出し、そっと額に口付けると、どうかこの人の願いであるオーロラが見えるように天候が回復してくれますようにと誰にともなく祈ってしまう。  日頃とんでもない言動を取ることがある慶一朗だが、心底欲していることは中々口に出すことが無く、こちらが気付いて促して漸くそれを伝えてくれる程だった。  そんな彼がオーロラを見たいとぽつりと零したのだ、何があっても叶えたくて当然だった。  だが相手は大自然のため、いくら慶一朗の為ならば文字通り火の中水の中を実行できる気力体力を持つリアムでもこればかりは祈ることしか出来なかった。  そんな事を考えつつ嵐の洗礼を安全な屋内から見上げているとすぐ傍から不明瞭な声が上がり、目が覚めたかと笑いながらおはようのキスを鼻先にすると盛大な欠伸をした後、リアムが持つ言葉でも言い表せない、文字通り幸せを具現化したような顔で慶一朗が笑みを浮かべ、おはようと小さく返す。  その瞬間、今まで二人で歩んできた道が、その時々に悩み苦しんだことが何一つ間違いでは無かったと不意に思い至り、微かに震える手で痩躯を抱きしめる。  ともに暮らす日々、実は無意識に実感しているであろうそれを、数えるほどしか見たことがない穏やかな笑みを目の当たりにして実感し、抱きしめる腕の力を抜くことが出来なくなってしまう。  起き抜けに全力で抱きしめられる苦痛に寝起きが悪い慶一朗でもさすがに一瞬で目を覚まし、どうしたと僅かに狼狽えながら問いかけつつ広い背中をそっと抱きしめると、少しの沈黙の後に照れたような声音でその理由を教えられる。 「……うん。ケイさんがすげぇ嬉しそうに笑ってた」  それが嬉しかったと笑った後、見ている慶一朗の息の根を止めるつもりかと言いたくなるような表情を浮かべ、鼻の頭を触れ合わせてくるリアムに何も言い返せなかったが、悔し紛れに背中を一つ殴ると痛いという全く思っていない言葉が流れ出す。 「寝起きに絞め殺す気か」 「ごめんごめん」 「思って無いだろ?」 「思ってるって」  互いに背中を抱きながらくすくすと笑み交じりに謝罪をしあうが、そのおかしさにすぐに気付いたように笑いだけを天井に届けると、リアムが慶一朗を己の上に乗せるように寝返りを打つ。 「……今日は一日雨か?」  リアムの上に乗り上げながら欠伸をする慶一朗が頭上から聞こえてくる雨音に残念そうに吐息を零すと、そんな慶一朗の髪を撫でながらリアムがどうだろうと歌うように呟くが、昨日のカフェで耳にした一日に四季があるとの言葉を思い出し、だから夜には晴れるかも知れないと自然と慶一朗の心の軌道を修正する様な事を告げる。 「それもそうか」 「うん、そう」  だから今朝は天候が落ち着くまでここでこうしていようと誘うように口の端を持ち上げると、その誘いに乗ったと言いたげに慶一朗の目が光る。 「美味いモーニングを食いたい」 「うん」 「じゃあそのお礼にお前の口に合うコーヒーを淹れてやる」 「最高」  くすくすとにやりと二種類の笑いを零し合いながら囁く言葉に自然と目を伏せた二人だったが、どちらからともなく口付けると角度を変えてキスを深くしていく。  どちらも下着一枚で寝ているために必要最低限の手間で裸になると、あっという間に外の物音など耳に入らない世界に飛び込むのだった。  上がった息を整え、朝から何を盛っているんだと笑いながらキスを交わし、下着姿でロフトからキッチンへと移動した二人だったが、慶一朗がコーヒーの準備に取りかかる後ろ姿を見ていたリアムが視線を左右に流した後、そっと慶一朗を抱きしめる。  つい先ほどまで己の体の下で信じられないほどの姿態を見せ、今までならば押し殺されていた嬌声を上げていた慶一朗だが、付き合い始めた当初は羞恥心が勝って顔を見るなといつも叫ばれていた。  だがいつ頃からかその様が姿を消し、次いで見せられたのは快感に素直になっている様で、それを見るたびに煽られてしまったリアムは、先ほど見下ろしていた顔が過去に見てきたもののどれにも当てはまらないような気がし、見せる方と見せられる方のどちらの心境の変化だろうと思いつつ柔らかな髪に口を寄せキスをし、顎の下でそっと手を組む。 「どうした?」 「……好きだ、ケイさん」  突然のバックハグと告白に軽く驚きながら問いかけた慶一朗は、返ってきた言葉に咄嗟に返事ができずに身体を揺らしてしまうが、同じ気持ちを持っていることを伝えたい一心で鍛えられている腕をそっと撫でて頭を預ける。 「……突然告白されてもミルクは普通のものしかないぞ」  何しろ昨日慌てて駆け込んだスーパーに低脂肪乳の在庫がなかったのだから我慢しろと、リアムの告白の意味を理解した上で羞恥からはぐらかすように笑ってミルクのボトルを冷蔵庫から出してくれとも笑うが、背中にぴたりと張り付いた身体は離れることを拒否しているようで、やれやれと腕を叩いて合図を送ると器用に体を反転させる。 「ヘイ、王子様。さっきので足りなかったのか?」  今己の足に当たっているものから簡単に想起できる事態を口にすると、こつんと額がぶつけられて次いで鼻の頭を擦りあわされてしまう。  その様子からリアムが切羽詰まってる様子を感じ取り、さっきのものでは満足できなかったのかと半ば呆れたように呟くと、うん、今日は何故か我慢できない、このまま抱き潰したいという慶一朗にとっては恐ろしい言葉を至近で囁かれ耳朶を舐められて背筋を覚えのある震えが駆け抜ける。  リアムが作る絶品の料理と己が淹れるコーヒー――残念ながらマシンが無いためにカフェラテしか作れない――をモーニングにしようと思っていたが、リアムの様子からブランチになる事を予測した慶一朗が身体を駆け巡った震えを体外に排出するように息を零し、本当に仕方のない王子様だと笑みも零す。 「キッチンで立ちバックなんか嫌だぞ」  お前のその気持ちや熱を無視したりはしないが、さすがにここでお前の規格外のものを受け入れるのは辛いと口の端を持ち上げると、立ちバックも良いなと笑い返されて瞼を平らにした慶一朗だったが、不満を口にする前にリアムが膝の裏に腕を通した為に慌てて鍛えられた身体にしがみつくと、軽々と抱き上げられて髪に口付けられる。 「どこに行くんだ?」 「バスルーム」  その言葉から結局キッチンとバスルームの違いだけでやりたいのは立ちバックかと愛嬌のある顔を睨み付けると、許しを求めるようにキスをされて口を尖らせることで絆されそうになるのを堪えるが、イタズラのようなキスが顔中に降り注ぎ、その擽ったさに首を竦めて止めろと笑い声を立てる。 「止めろ、リアム!」  くすぐったいと笑い続ける慶一朗に、外が雨だからと言い訳にもなっていない事を告げつつキスの雨を降らせたリアムは、バスルームのドアを開けて洗面台に慶一朗を座らせると、身体を囲うように手を付いて目線の高さを合わせるように軽く身体を屈める。 「……ワガママ王子様、そんなにバックが良いのか?」  バックだとお前の好きな俺の顔を見れないんじゃ無いのかと煽るように笑みを浮かべると、同じ高さに揃えたヘイゼルの双眸がギラリと光り、鏡があると返された慶一朗が思わず振り返り短く舌打ちをしてしまう。 「ここだとケイさんの顔も見れるし気持ちイイ所も突けるだろ?」  だからハイ、後ろを向けと、さっきの余韻がまだ残っているような腰を掴まれて洗面台から引きずり下ろされた慶一朗は、ちょっと待てとさすがに制止の声を上げて片手をリアムの肩に、片手を形を変えつつあるものへと添える。 「ドイツ人のセックスがスポーツみたいなものだと揶揄われるからと言って、レディーゴーは止めろ」  そこに向かう気持ちをすっ飛ばしたような年下の夫を少し咎めるような顔で見つめる慶一朗だったが、己の手の中でリアムのものが大きくなった気がし、笑みを深めて肩に添えた手に力を込める。 「ヘイ、ハニィ。馬のように興奮するな」  お前は立派な人格に相応しい立派な理性があるだろう、それを吹き飛ばすのはもう少し後でも良いはずだし俺は逃げないと笑った慶一朗は、申し訳なさと今すぐ突っ走りたい思いの間で揺れる瞳に笑いかけながらその場で膝を着くと、リアムのパンツのゴムを伸ばす勢いで手を差し入れ膝下にまでずり下げ、既に形を変えているものにキスをし、さっき思う存分中で暴れたはずなのにまだ暴れたりないワガママ王子様と歌うように呟いた後に口に迎え入れる。 「……っ」  咄嗟のそれにリアムが洗面台に再度手を付いて身体を支えるが、鏡の中の己の顔が未だかつて見たことがないような欲に塗れた男の顔に思え、気恥ずかしさとそれを素直に出してもこうして受け入れてくれる慶一朗への思いに軽く唇を噛む。  さっきロフトのベッドで満足するまで抱き合った筈なのに、キッチンでコーヒーの準備をしている後ろ姿を見ただけで熱が再発してしまったのだ。  その理由など分からないが、無性にその身体を抱き、息も絶え絶えになる姿を見たいと思った瞬間、自身でも抑えきれない熱が腹の奥底に生まれたのだ。  それをより一層強くさせるような慶一朗の舌と口の動きに息を呑んだ後、もう少し先が良いなと呟くと、自分が思うようにしているのに注文を付けるなと睨まれてしまい、無言で肩を竦めるとリアムが希望した所まで口内に収めてくれる。  そのままぬるりと更に奥へと己を突き進めたい衝動に駆られるが、これ以上腰を進めると苦痛を生み出すことに気付いてそこで良いと伝えるように慶一朗の頭を両手でそっと挟んで合図を送る。 「……ん」  口を開けて舌先を覗かせながら鼻から抜けるような息を吐く慶一朗の顔はいつになく煽情的で、気持ち良くしてもらうのも嬉しいけれど、どちらかと言えば気持ち良くしたいと目じりを赤く染めた顔を見下ろし頬に手を滑らせると、手の甲で口元を拭った慶一朗が甘えるように両手を挙げ、それを掴んで勢い良く立ち上がらせて抱き上げる。 「ここでするんじゃないのか?」 「うん。それも良いと思ったけど」  でもやっぱりいつものように二人で気持ち良くなりたいと慶一朗の額にキスをしたリアムは、自宅とは違う角度で上りにくいがそれでも無理ではない階段を軽々と上り、つい先ほど抜け出したままのベッドに慶一朗を落とすと、その上に覆い被さる。 「落とすな!」 「高くないから大丈夫」  そんな問題じゃない、そんな問題だと言いあう二人の顔には笑みが浮かんでいるが、どちらも互いのモノへと手を伸ばし、形を変えたそれを手の中で更に育てるように上下させる。  立ちバックは嫌だと言ったが、極論を言えばリアムが望めば体に痕が残るような乱暴な抱き方でもない限りはたいていのことを許せるようになっていた。  だからわざわざベッドに戻ってこなくてもとの思いから片手でハニーブロンドを抱き寄せ、素直に引き寄せられる髭面にお返しとばかりに音を立ててキスを繰り返す。 「ケイさん、くすぐったい!」 「うるさい、さっきの仕返しだ!」  お前のキスは本当にくすぐったいんだぞと笑いながらもキスをするが、両手を掴まれ顔の傍で押さえつけられ、さすがにそれは少し嫌だと意思表示するように頭を左右に振るとすぐさま解放されて抱きしめられる。 「……良いか?」  耳に流れ込む声は熱や欲や本能がごった煮になっていたが、それすらも日頃から自分だけが聞いているものだった為に断ることもなかったが、返事をするのがやや気恥ずかしさを覚えたために逞しい腰に両足を絡めてにやりと笑みを浮かべる。 「絶品のモーニングがブランチになりそうだな」 「お望みであればディナーも張り切るし、この先もずっと張り切る」  首筋に顔を押し付けるリアムの頭を両手で抱きしめ、腰を両足で固定しながら笑う慶一朗にリアムが仰々しい声で今日一日だけとは言わずに今までのようにこれからも料理を作るからずっと一緒に食ってくれと囁くと、慶一朗の口から微かに震える呼気が零れ落ちる。 「……お前の料理を食べるようになってもう何年になると思う?」  リアムの希望に応えようとしてくれているのだろうが直截的なものではなく、その言葉の行く末を見届けるようにリアムが端正な顔を見下ろすと、人体の細胞は早ければひと月で、遅くても三年あればすべて入れ替わるだろうと続けられて頷くリアムの頬を両手で挟んだ慶一朗は、今の俺の体はお前が作ってくれた料理で出来ているぞと笑いかける。 「俺の体は俺が食べたもので出来ている。それを作ってくれているのはお前だ、リアム」  今更それを放棄するのは無理だからそんな自信のなさそうな顔で食ってくれというのではなく一緒に食おうと笑えと、無精に見えないように毎朝手入れを欠かさない髭を両手で覆って口の両端を持ち上げると、瞬時驚いたようにヘイゼルの双眸が見開かれるが、次いで慶一朗が呼吸を止めてしまうような満面の笑みという言葉が相応しい笑顔でリアムが額を重ね、次いで鼻の頭を擦り合わせた後に唇が重なってくる。 「ケイさん……Ich liebe dich, 慶一朗」  二人にとっては考えるよりも先に出てしまうドイツ語での告白を受けて慶一朗が深呼吸をした後に広い背中をそっと撫でるが、ふ、と息を吐くと、素っ裸で告白することかと笑い、つられるようにリアムも肩を揺らして笑いだす。 「本当だな」  裸でプロポーズをするなんてと笑うリアムの頭を再度抱きしめた慶一朗は、お前の口は話をするためだけに存在するのかと煽るように囁くと、ギラリと目を光らせたリアムにさっきより深い角度で口を塞がれて思わず目を白黒させてしまう。  穏やかさや和やかさを感じさせる顔が一瞬で獰猛さを滲ませるオスの顔になった事にきつく目を閉じた慶一朗は、足を抱えられて腰が浮くほど持ち上げられたことから次に来るものを予測し、無意識にシーツを握りしめる。  そして、さっきも迎え入れた太くて熱いものが中に進んでくる感覚に息を呑む。 「……っ!」  さっきも受け入れたそれなのに同じものとは思えない熱と質量に自然と声が零れシーツを握る手に力が籠もってしまうが、その手を広くて逞しく誰よりも頼りになる肩に導かれ、両手を広い背中に回してしがみつく。  全身で快感を享受している事を教えるようにいつの頃からか抑えることをしなくなった声を上げると、広い背中が嬉しそうに揺れる。  掌から抱え上げられた両足から身体の奥深くから伝わる歓喜に自然と身体が震え、それが伝わったのか波のように跳ね返ってくる。  他の誰に聞かせるものでも無いために声を上げ続け広い背中にしがみつくと、中を埋めるものが更に大きくなったように感じ、腰が震えてしまう。  さっきも似たような声を上げて快感を享受していたのに、比べられない強さに感じるそれに無意識に頭を左右に振ると、宥めるように頬にキスをされる。  早くこの快感から解放してくれと思う反面、どっぷりと溺れていたいという頽廃的な思いも芽生え、競い合うようにどちらかの気持ちが頭を擡げる。  いつも以上の強さと長い時間の快感に震える声でもう無理だと零してしまうと、うんというその声を聞き入れながらもあと少し我慢してくれと真逆の言葉が聞こえ、背中に爪を立てると痛みを堪える声が短く上がり、一瞬のような永遠のような時間の感覚を亡失したような時の後の白熱した瞬間を迎えて唇を震わせてしまうと、程なくして中に覚えのある感覚が生まれ、無意識に腰を震わせてしまう。  そして、覆い被さってくる身体を受け止めるようにさっきまでとは違ってそっと背中を抱きしめると、満足そうなキスが頬に一つ。  無意識に眠りに落ちそうになった時、抜けていく感覚が生まれて腰をぶるりと震わせた慶一朗は、腹が減ったとつい呟いてしまい、うん、シャワーをしたらブランチを作ろう、パンを焼いて卵はスクランブルでベーコンとソーセージも焼こう、昨日買ったミルクとジャガイモでポタージュを作ろうと、思わず腹の虫を刺激するような事を囁かれて気怠げに抱きしめていた背中に拳をトンとぶつける。 「コーヒー用のミルクを残しておいてくれ」 「うん」  何が楽しみだってそれが一番の楽しみだなと笑うリアムに慶一朗が欠伸をしながら頷くとリアムが頬にキスをし、先にシャワーをしてくるから適当に下りてきてくれと言い残し軽い足取りで階段を下りていく。  その音を聞きながら寝てはいけないと言い聞かせた慶一朗だったが、このままでは微睡んでしまいそうな事に気付いて気怠げに起き上がると、リアムとは違う重い足取りで階段を下りていくのだった。  リアムが作ったブランチは自宅で食べるものとは少し違っていたが、それでも作り手が同じだからか同じ美味しさを慶一朗に感じさせ、それと同じように慶一朗が淹れるコーヒーも同じ美味しさをリアムに与えていた。  そんなブランチを終えてリビングのソファでタブレットを開いたリアムの足を枕にした慶一朗が同じくタブレットを開き、今日は無理だけど明日以降は晴れるようだと天気予報を読み上げる。 「……なあケイさん、彼に連絡を取ってみないか?」  慶一朗の言葉に頷いたリアムがタブレットで欲しい情報を入手した時の笑みを浮かべながらどうかと問いかけ、慶一朗も手元のタブレットから顔を上げてリアムを見上げる。 「彼?」 「うん。あの写真集の表紙の写真を撮ったって言ってた彼だ」  昨日管理人の代理として手続きをしてくれたミスター・クルーガーだとリアムが告げると、慶一朗が上目遣いになった後に小さく頷く。 「オーロラが見える場所を教えてくれるかも知れないだろう?」 「それもそうだな」  確かSNSをやっていたはずと慶一朗がリアムのタブレットを指し示すと、我が意を得たりと言いたげな顔で慶一朗に見えるようにリアムがタブレットを回転させる。  リアムのタブレットにはSNSに掲載されている写真が映し出され、その横にはその写真を撮影したフォトグラファーの情報が羅列されていた。 「ノア・クルーガー。ウィーン出身だけどドイツ南部のあの街で活動して、少し前にニュージーランドに移住したみたいだな」 「へえ、ウィーン出身なんだな」  という事は英語よりもドイツ語の方が言葉のニュアンスは伝わりやすいかと慶一朗が呟き、そうかもしれないとリアムが返すと、もう一度タブレットをくるりと回転させてコンタクトを取ることの出来るSNSアカウントにメッセージを送る。  返事が来れば良いし、オーロラを見れる穴場を教えてくれるともっと嬉しいと笑うリアムに慶一朗が目を細め、己の希望をどこまでも真摯に叶えようとしてくれている事に内心で感謝の言葉を伝えると、昨日の一瞬の様子を思い出して顎の髭を指の背で撫で驚いたように見下ろされて口の端を持ち上げる。 「昨日彼を見た時に妙な表情になっていたな」  あの時一体何を考えたんだと問いかけ、何のことだか本当に理解していない顔で見つめ返されて溜息一つで起き上がると、思い出すように眉を寄せるリアムの前で首を傾げつつ返事を待つ。 「妙な顔になってたか?」 「ああ……嫌な感覚ではなかったけど、何だろうな、何かを思い出そうとしているような感じだった」  慶一朗の言葉にリアムが斜め上を見上げて考え込んでいるような声を上げるが、両手を肩の高さに掲げた後、本当に分からない、降参だと溜息を吐く。 「お前がそう言うのならそうなんだろうな」  本当に分からない程の感情の変化だったんだろうと苦笑する慶一朗にリアムが申し訳なさそうに頭に手を宛がうと、もしも思い出したら必ず話すと約束をし、全幅の信頼を込めた顔で頷かれた後に彼からの返事を待ってみようと再度慶一朗がソファに寝転がる。 「オーロラも楽しみだけど、天の川と南十字星をここで見てみたいな」  そういえば近くの湖に観光名所になっている教会か何かがあっただろう、夜に天気が良ければそこに行ってみないかと慶一朗が問いかけるとリアムの顔に嬉しそうな笑みが浮かび、それも楽しみだなぁと同じく嬉しそうな声が上がる。  その声が慶一朗の体内の睡魔を揺り起こしたのか、大きく欠伸をした後にリアムの手を掴んで抱え込むように横臥すると、何を求められているのかを理解したらしいリアムが愛おしそうに目を細める。 「少し寝るか?」 「寝る……何かあったら起こしてくれ」  欠伸混じりの言葉にリアムが慶一朗に抱き込まれた腕をそのままに逆の手でタブレットを器用に操作していると、程なくして穏やかな寝息が聞こえてくる。  そちらに顔を向けると、そこには想像していた通りの穏やかな顔で眠る慶一朗がいて。  今朝目を覚ました時と同じ感情を今も覚えたリアムは、穏やかに眠る慶一朗の額にそっとキスをすると、その微睡みを破らないように細心の注意を払いつつSNSでノアが撮影した写真を見ながら情報収集に励むのだった。  そんな二人を朝から少し弱まった雨が家を覗き込むように窓に打ち付けては流れ落ちていくのだった。         
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