11月に入ったシドニーは少し前までの冬の寒さを忘れてしまう程の暑さで、休日のショッピングモールは買い物と涼を求める人達が思い思いの場所でショッピングをしたり、人待ち顔で休憩をしていた。
そんな休憩を取る人の中に、鍛えた体をポロシャツとハーフパンツの中に何とか納め、サングラスを頭上に押し上げた姿でショッピングモールの裏手を流れる水面を背に、柵に凭れかかって目の前を行きかう人を見ているリアムがいた。
休日の昼下がりにリアムが一人でショッピングをしている事は近年では珍しく、もしも友人がいれば近くにリアムの伴侶である慶一朗の姿を探すだろうが、このショッピングモールに入っている店で買うかどうかを悩んでいる商品を発見したから買ってくると、つい先ほどまで思案していた慶一朗が店に駆け戻っていった為、リアムは少し先のカフェの前で待っていると告げて別れたのだ。
その為に一人でスマホを見るではなくヒューマンウォッチングを楽しんでいるリアムだったが、母親の少し前を走る小さな姿に気付き、自然とそちらへと顔を向けてしまう。
職業柄もあるがそれ以上に子供が好きなこともあり、ついつい目で追いかけてしまうリアムの前、走る事が楽しくて仕方がないと言った顔の子供が走っていくが、母親が追いつきそうになった時、何かに足を取られたのか顔から地面へと倒れ込みそうになる。
その光景に母親が目を見張り、同じように見ていたリアムも目を見張るが、母親よりも先に身体が自然と動き、少し乱暴になったが子供の服の背中を掴んで顔からの衝突を回避することに成功する。
突然のそれに意味が分からない顔で振り返る子供に安堵の息を吐いたリアムの横を名を呼びながら母親が駆け抜け、ありがとうございますと礼を言いながら小さな体を抱きしめる。
見知らぬ男に服を引っ張られたショックと母親のハグに安堵したのか、子供が盛大に泣き出し、大丈夫と宥める声に周囲の人達が何事だと視線を向けるが、そんな二人の横に膝を着いたリアムが、もう大丈夫だけどママの傍から離れると危ないからママと手を繋いでいるんだと苦笑し、泣きじゃくる我が子を抱きしめる母親に事情は分かるが出来るだけ手を繋いでいてやってくれ、でなければ次はないかも知れないと穏やかかだが少し厳しい事を告げると、母親が唇を噛む。
「……職業柄似たような年頃の子供が搬送されてくるのを見るが、見ていると辛くなる」
今も十分気を付けているだろうが、出来れば家にいる時より目を離さないでくれと苦笑し、そっと立ち上がると同時にしゃくり上げるまでに落ち着いた子供の柔らかな髪を撫で、きみもママから離れちゃだめだぞと片目を閉じる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
周囲の視線が集中している事に気付き、ではと手を挙げて立ち去ろうとしたリアムだったが、少し離れた場所でこちらを見て立ち尽くしている慶一朗に気付き、そちらに向けて手を挙げる。
「ケイさん!」
その声にびくりと肩を揺らした慶一朗の前に大股に駆け寄り、買い物は終わったかと笑いかけたリアムだったが、何かあったのかと緊張に震える声に問われて子供が顔からフロアに突っ込みそうになったのを助けた、母親に少しだけ説教をしたと肩を竦めると、慶一朗の手から割と大きなサイズの紙袋を受け取り、この後はどうすると問いかけるように端正な顔を覗き込む。
「ケイさん?」
リアムの問いも視線も気付いていないのか、呆然と母親と漸く泣き止んで抱き上げられる子供を見つめる慶一朗の様子にリアムが眉を寄せる。
「どうした?」
まさかあの親子は知り合いなのかと慶一朗の視線を辿るように己も顔を向けるが、知らないという微かな声が聞こえた為に再度その顔を覗き込む。
「……今日は……帰る」
「分かった」
ずっと買うかどうしようか悩んでいた模型を発見し、次にここに来た時にはもう売り切れているかもしれないと悩み、買ってくると漸く決意をして店に戻って行った時とは比べられない程顔が強張り声も掠れている事から店で何かあったのかと思案したリアムだったが、本能的にそうではない事を察していて、それならば帰ってから緊張の原因を聞き出そうと決めると、今はあえて何も聞かずに口を閉ざしたまま駐車場に戻る慶一朗の横を同じように静かに歩くのだった。
奇妙な沈黙に包まれたまま自宅に戻った二人だったが、二人の空気を読めないのか読んでいないのか、やっと帰ってきた、帰ってきたのだから遊ぶぞと言いたげに二人を出迎えたのは、二人が帰宅した歓喜に咥えていたぬいぐるみを背後に投げ飛ばしたデュークだった。
そんなデュークの頭を無言で撫でた後、リアムが慶一朗の荷物をソファに置き、洗面所に向かった後を慶一朗も追いかけるのだと思い込んでいるデュークが歩き出すが、慶一朗が着いてこないことに気付いて振り返り、二人の顔を交互に見つめる。
デュークの視線に気付いたリアムが微苦笑しつつ手招きをするとどうして慶一朗はここに来ないんだと問うように首が傾げられるが、その頭を後ろから撫でる手があることに気付き、そちらに顔を向けて嬉しそうに小さく吠える。
「……リアム」
「どうした?」
デュークの頭を撫でながら小さな声で名を呼んだ慶一朗に同じような声で返すと、リアムの分厚い胸板に額がぶつけられ、そっと細い背中を抱きしめる。
「……」
「何か言いたいことがあるのか?」
今までならば己の中で昇華するまでは伝えることも無かっただろうが、付き合いだしていくつもの喜怒哀楽を積み重ねてきた今、例え周囲からすればもどかしいほどのものであっても感情を口に、態度に出すようになってきていた為、それを信じて慶一朗から告げられる何かを待っていたリアムだったが、さすがに我慢出来ずに助け船になる言葉をそっと口にすると背中に回された手でぎゅっと抱きしめられる。
そのハグが心の中の感情を上手く出せないことを教えてくれていた為、掛け声一つで抱きしめていた痩躯を力任せに抱き上げると、眼鏡の下の目が驚きに見開かれ唇がきゅっと噛みしめられる。
そんな些細な感情表現から読み取れる莫大な思いから小さな子どものように抱き上げた痩躯を抱きしめると、安心したように肩に頭が預けられて全身から少し力が抜けたことに気付く。
「ケイさん、今日のディナーは何が良い?」
咄嗟に返事が出来ない事も理解出来ない事も十二分に分かった上で明るい声で問いかけると、己の想像通りの顔で見下ろされてしまい、鼻の頭に小さな音を立ててキスをして笑みを浮かべ、何が食いたいと尚も問いかけると肉という単語が返ってくる。
「……天気も良いし庭で肉を焼くか」
「バービーにするのか?」
「……オージーの気質は嫌いじゃ無いけど、エッグベネディクトをベティーと呼んだりバーベキューをバービーと呼ぶのは嫌いだな」
慶一朗の小さな声に憤慨するには明るい声で言い放ったリアムは声を掛けて慶一朗を軽く抱き直すと、デュークが後を付いてくるのを確かめながら洗面所を出てリビングのソファに慶一朗を下ろして肩を軽く回し、キッチンの冷蔵庫を開けつつドアの向こうから慶一朗へと呼びかける。
「何か飲むか?」
「……ビール」
今日はもう出掛ける予定がないから問題は無いと笑いつつビールのボトルを二本持って戻ってきたリアムに慶一朗も自然と笑みを浮かべ、栓が抜かれたそれを受け取って口を付ける。
ビールの苦みが心の中の苦さを打ち消してくれればと願いつつ飲むが、心の中のそれを消すにはピルスナーでは不足していたようで、IPAにすれば良かったと半ば飲み干した後に苦い顔で呟く慶一朗の横に腰を下ろしたリアムは、どうしたと笑いつつその頬を指の背で撫でて心を宥めろと言外に伝えると、様々な苦さが混ざり合った吐息が零れ落ちる。
「模型を買った店で何かあったのか?」
「いや、何もない」
このままではただビールが消費されるだけだと気付いたリアムがそっと問いかけながら向き直るようにソファで足を組むと、その視線に気付いた慶一朗もボトルをテーブルに置いてソファの背もたれに肩を預けるように座り直す。
「……戻ってきた時に子どもを助けていただろう?」
「うん、そうだったな」
唐突に語り始めることに驚きながらもそれを制止するつもりはリアムにはなく、相槌を打って先を促すとおずおずと伸ばされてくる手に気付いてそっとその手を握る。
手を繋いで安心するのならすれば良いしハグすることで気持ちを吐き出せるのならすれば良いと、口に出さずとも伝わっていることを確信している顔で慶一朗を見つめると、二度三度視線が左右に泳いだ後、近くにいた人の会話が耳に入ったと教えられて軽く目を見張ってしまう。
「何を言ってた?」
「……パパが目の前にいて良かったわねって」
あの時あの場所にいた人達のうちどれだけの人がリアムとその目前で転びそうになった子どもと、そんな子どもの少し後を歩いていた母親の関係を知っていたのだろうかという疑問が浮かぶが、慶一朗が硬直したように立ち尽くしていた理由にはまだ手が届いていない気がし、それを聞いて嫌な気持ちになったのかとそっと問いかけると、柔らかな明るい色の髪が左右に軽く揺れる。
「……俺と出会ってなければ……お前は誰かのパパになっていたんじゃないのかって……」
急にそう思ってしまったらその言葉を否定できなくなった、そうしたらお前の顔を見ることが出来なくなったと続けられ、そうかぁと嘆息しつつリアムが天井を見上げる。
同性同士の婚姻が認められるこの国で結婚し、この先生涯一緒に過ごす誓いを交わした二人だったが、当然ながら男女のカップルのように子どもの事について何度か話をしたことがあった。
だが、慶一朗が巻き込まれた事件の後遺症で自分達の子どもを育てるという夢を今は棚に上げておこうと、事件を夢に見て飛び起きた後に話をしたことを思い出したリアムは、視線を天井から隣で少し伏せられている顔に戻した後、その頬を両手で包んで顔を上げろと優しく促す。
その声におずおずと上げられる顔に、どうかこの先の言葉を素直に受け止めてくれますようにと願いつつ、うん、確かにそうだったかもしれないと笑みを浮かべると、眼鏡の下の目が何よりも恐ろしい言葉を聞いたと言いたげに見開かれ、唇が微かに震え出す。
「俺は誰かのパパになっていたかも知れないな」
「……っ!」
この世で最も残酷な言葉を聞いたと言いたげな顔を伏せようとする慶一朗の額にキスをし、その動きを制止させたリアムが続けたのは、でもそれは多分訪れる可能性が低い話だとの言葉だった。
「子どもが好きだから誰かのパパになれればそれは嬉しい。でもそれはあなたに出会う前に漠然と考えていた俺の未来で、今は考えることも無くなった未来だ」
だからそんなもしもの世界を想像して恐怖を覚えなくても良いと笑うと慶一朗の目が限界まで見開かれ、重ねた手に力が込められる。
「俺が今一番なりたいのは、いるかどうかも分からない誰かのパパじゃない、ただ一人のダーリンだ」
最もその願いはもう叶えられているけれどと少しの茶目っ気を込めて目を細めたリアムは、眼鏡の下の目を覗き込みながらダメかと問いかけて返事を待つ。
最愛の人、愛する人という思いを込めて伴侶であったりパートナーをダーリンと呼び、リアムも時々そう呼ぶ事があったが、この先の未来でなりたいものは慶一朗にとっての最愛の人だと笑うリアムの言葉を飲み込んだ慶一朗の目がそっと伏せられる。
ショッピングモールで耳にした言葉に硬直してしまい、その衝撃に最近では考えることが少なくなった暗い未来を想像し、その圧に負けたように顔を上げることも出来なくなってしまったことに気付いた慶一朗は、それを撥ね除けるように顔を上げて目の前の愛嬌のある顔を見つめ、微かに震える唇を笑みの形へと持ち上げる。
今、茶目っ気たっぷりの笑みを顔中に広げ、己の返事を待つリアムの言葉を全身へと広げた慶一朗は、空洞だった体内に響いた言葉が心に跳ね返ってきたことに気付き、己の頬を包む手に重ねた手でその手を握ると、望みを気付いたリアムが慶一朗の手に手を重ねて指をきゅっと折り曲げる。
同じ男なのに大きさも太さも違う指に手が包まれる安堵に自然と息を零し、この手が見ず知らずの子どもを抱き上げるよりも、今こうしている己の最愛の人でいたいと告白してくれた歓喜が空洞を満たすように広がっていく。
付き合いだして幾度も別れの道へと進みかけた己をショッピングモールの子どもを救った時と同じように引き留め、一緒に歩く道へと連れ戻してくれた大きな手に頬を宛てて小さく息を吐くと、笑みの質を変えてリアムの首を傾げさせる。
「ダーリン?」
「そう。ダメか?」
「ダメだ」
慶一朗の問いにリアムが何度も頷きながらダメかと返した瞬間、意地悪なものへと切り替えた笑みを見せつけるようにリアムを見つめダメだと言い放つ。
さっきの言葉の仕返しかとリアムが思わず上目遣いになるような笑顔でNeinとドイツ語で再度否定をした慶一朗は、拗ねた子どものように唇を尖らせるリアムに気付き、珍しくクスクス笑いながらその尖りを解消させる為に口を開く。
「お前はハニィなんだ。だからダーリンはダメだ」
「……ハニィは恥ずかしいから止めてくれって言ってるだろ」
慶一朗の言葉の真意を理解したリアムの目尻が赤く染まり、二人が一緒にいればきっと誰もがあなたをハニーと呼ぶのにどうして俺をそう呼びたいんだと再度上目遣いで見つめられた慶一朗がにやりと笑みを浮かべ、今度は髭に覆われているリアムの頬を慶一朗がそっと手で包む。
「どうしてって……可愛いからだろう?」
なあ、Süßerとドイツ語で可愛い人と呼びかけられて思わず言葉に詰まったリアムを真正面から見つめた慶一朗は、Süßer Bärchen.――可愛いクマちゃんと重ねて呼びかけリアムの頭をソファの背もたれにぶつけさせることに成功すると、手触りの良いハニーブロンドを撫でる。
「Der Liebling mein Prinz,顔を上げてくれ」
愛する俺の王子様、顔を上げてくれと穏やかな声で呼びかけると勢いよくリアムが顔を上げた為に軽く驚きながらもその頬を再度両手で包んだ慶一朗だったが、気恥ずかしさから尖っていた唇が綺麗な弧を描いたことに気付き、次にどんな言葉が飛び出すのかを身構えると、それに気付いた様にリアムが満面の笑みで両手を広げる。
「Hey darling, give me a hug, please.」
最愛の人でいたいというリアムの言葉を聞き、お前は既にそうなっていると伝えたかったが、言葉よりも態度で伝わっていることに気付いている慶一朗がその気持ちを言葉遊びへと昇華させ、それを受け止めたことを教えるリアムの言葉に笑みを浮かべて広げられている腕の間に倒れ込むと、楽しそうな笑い声を上げながらリアムが慶一朗を抱きしめて後ろに倒れる。
「あなたが呼びたいように呼んでくれれば良い」
だからこれからもあなたの最愛の人でいさせてくれと笑うリアムにそっと頷いた慶一朗は、鼻の頭、額、頬の高い場所へとキスをした後、唇にそっと思いを込めたキスをする。
「……子どものことはそのタイミングが来るまで神様に預けておこう」
きっと良いタイミングで自分達の間に降りてくるはずだからと笑うリアムに無言で頷き、分厚い胸板に頬を預けて目を閉じた慶一朗だったが、突如背中にずっしりとした力を感じてそちらに顔を向ける。
最近は突然飛びかかってくることは無くなったが、代わりに前足を背中に乗せて力を込めることを覚えたのか、デュークが慶一朗の背中にのし掛かり、自分達だけハグをするな自分を無視するなと言いたげに顔を押しつけてきたため、リアムの上で寝返りを打って背中でくぐもった悲鳴を受け止め、腹ではデュークの頭を受け止める。
「ヘイ、ダーリン、ストップストップ!」
さすがにいきなり寝返りを打たれたら苦しいと、それでも何が楽しいのか笑いながら制止の声を上げるリアムに気付いた慶一朗が慌てて起き上がると、デュークが薄い身体を挟んでリアムと睨み合いを始めてしまう。
「……何か言いたいのか、デューク?」
「ワフゥ〜?」
リアムが瞼を平らにしながら呟く言葉にデュークが鼻先を上げて別にと名前に相応しい高貴な態度で言い返していることが簡単に想像出来る鳴き声を上げ、それを聞いたリアムが信じられない瞬発力を発揮してソファから飛び降りると、野生の本能を喪失したようなデュークに飛びかかる。
「クゥゥン!」
キャウンと悲鳴を上げながらリアムから逃げ回るデュークだったが、ソファで呆然としている慶一朗の前に駆け寄ると、助けてくれと叫ぶ代わりに飛びかかってソファと慶一朗の背中の間に潜り込む。
「セーフティエリアに逃げ込むな!」
己の背中に隠れるデュークを引っ張り出そうと駆け寄ってきたリアムだったが、慶一朗が呆然と見上げてくる顔に我に返り赤面しつつ咳払いをすると、つい今まで敵対するように追いかけていたデュークに休戦だと告げて慶一朗の背後に顔を突っ込み、警戒するようなデュークの頬を撫でて顎の下を撫でると、リアムの思いが伝わったのかその手をデュークが優しく舐める。
「今日のディナーはケイさんがバーベキューをしたいって言ってるからお前も一緒に食うぞ、デューク」
「ワフ!」
リアムの笑顔に釣られて笑みを浮かべたデュークを抱きしめ、ほら、ケイさんにブラッシングをして貰えとリアムが笑い、我に返った慶一朗がテーブルの下からデューク専用のボックスを引っ張り出し、両手にスリッカーとブラシを構える。
「ヘイ、クレバーボーイ、イケメンになるか?」
「ワン!」
慶一朗のその言葉を合図に床にごろんと寝転がって腹を見せるデュークに二人が顔を見合わせると、一方は無言で肩を竦め、もう一方はやれやれと言いたげに溜息を吐きつつもそんなデュークの横に座り込んでスリッカーで毛並みを整えるために梳いていくのだった。
冬に比べれば遙かに遅くなった太陽が沈むのを、二人と一匹なのに何故か賑やかになるバーベキューを庭で終え、キャンプに持って行くハイバックチェアを二つ並べて見守っていると、二人の間にデュークがヌッと頭を突っ込んだためにそのスペースを確保してやれば嬉しそうに身体を押し込んでリアムが座っているチェアの肘置きに顎を載せて満足そうに一つ息を吐く。
仲間はずれにする訳がないのにと苦笑するリアムだったがその顔は限りなく優しいもので、大きな手でデュークの頭を撫でていると、慶一朗が横合いから手を伸ばして同じようにデュークの首の後ろを撫でたり耳の付け根を指の腹で撫で始める。
「ケイさん」
「何だ?」
星がうっすらと見え始めた空を見上げながらリアムが名を呼び、慶一朗も同じように空へと顔を向けたまま返事をすると、うん、本当に今の俺は誰かのパパになることなど考えていないとリアムが続け、慶一朗が小さな声でうんと返す。
「だから、もしまた今日みたいな気持ちになったら……」
もう前のように考え込んで黙り込んでしまうとは思っていないけれど、さっきのようにハグしてくれと笑顔を横に向けると、同じように慶一朗も小さな笑みを浮かべた顔をリアムに向ける。
「約束する」
「うん」
あなたの約束は何よりも堅いものだからと心の底からの信頼を笑みで表すリアムに頷いた慶一朗だったが、ここにも信頼している僕がいると言いたげにデュークが慶一朗の腕に顎を載せてくる。
種族を越えた最愛の存在によって己に向けられた感情を改めて確認した慶一朗は、背中を預けていたハイバックチェアから身体を起こすと、隣のリアムと間にいるデュークのそれぞれに腕を回して同時に抱きしめる。
「……ダンケ、二人とも」
本当に愛している。
その囁きにリアムの顔には極上の笑みが、言葉の意味は分かっていないだろうが抱きしめる腕から伝わる感情からデュークの顔が笑っているようになり、お返しとばかりに慶一朗の背中に人と犬という形は違うが同じ思いを持った腕が回されるのだった。
そんな誰にとっても幸せを表すようにハグをする二人と一匹を、姿を見せ始めた星達が何とも言えないと教えるように煌めいているのだった。