It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第15話 Chocolate Game. -Secret love potion.
1
 9月に入って少しずつ暖かい日が増えてきたが、それでも日が沈めばアウターを羽織らなければ寒さを覚える週末の夜、少し前にスコットランド生まれのサイクロンに巻き込まれた傷跡も少しずつ癒えてきた事を実感し、心置きなく親友が経営するナイトクラブに顔を出せる歓喜を自然と全身で表しているリアムが、今日は珍しく一般的な待ち合わせ場所である駅埠頭傍の芝生広場のベンチに腰を下ろして待ち合わせ相手を待っていた。  海を渡る風は夜になるとやはり冷え込んでいて、同じように待ち合わせをしている人はこの寒空の下にはぽつりぽつりといる程度で、他の人達は風を避けられる駅構内を待ち合わせ場所に決めているようだった。  風が吹くことも気に留めずにベンチで長い足を組んで夜空を見上げたリアムは、寒さを感じていない自分に呆れつつ少しだけ白い息を吐いて駅の構内から足早に出てくる乗客の中に己の夫がいないかと目で探してしまう。  そうして目で探っていると、どうやら他にも電車が到着したようで、人の波が途切れることなく改札を通って待ち合わせ相手の前や目的地に向かう為に駅構内から出てくるが、そんな中にいる女性達のうちの何人かがちらちらと斜め後ろを見るように視線を動かしたり、同行者とあからさまに人の容姿を褒める様な顔で笑いながら歩いていく姿が見えることに気付き、何事だと小首を傾げて女性達が視線を向けていた先へと目を向けて軽く目を見開いてしまう。  そこにいたのは、吹き付ける風から身体を守るためには少し薄いんじゃないかと思えるキルティングコートのポケットに手を突っ込み、まるで鼻歌でも歌っているような軽い足取りでこちらに向かってくる痩躯で、以前から人目を惹く見た目ではあったが、最近はそれが増しているのではないのかというここ数日の疑念が思い浮かび、その回答を周囲の男女の視線から得てしまう。  いつもならばそんな人目を惹く人が己の伴侶だという事実が胸を温め微かな自慢を覚えさせるが、今日はいつものそれに加えて言葉に出来ない感情が芽生えた事に気付き、何だと小首を傾げる。  己の中に名付けられない感情が芽生えた居心地の悪さを抱えつつも、足取り軽くやって来た慶一朗を座ったまま見上げたリアムは、眼鏡の奥の目から柔らかく見つめられている事に気付くと同時に気持ち悪さを与えた感情が何処かに霧散したことに気付く。  本当に何だと訝りつつハイと手を挙げるとその意味を図りかねたように端正な顔が不思議そうに傾げられるが、楽しさを見いだしたらしくリアムが立てた手に掌を重ね、本当にお前の手は大きいなと子どものような笑みを浮かべたため、唐突にさっき霧散した感情を理解する。  それは、リアム自身驚きながらも受け入れるしかない嫉妬だった。  俺だけの人ではない事など理解しているが、それでも俺だけの人だという矛盾した言葉が脳裏を巡り、ああと嘆息したリアムにどうしたと小首を傾げる慶一朗だったが、重ねた手に覆い被さるように指が曲げられて手が包まれ、眼鏡の下で瞬きをひとつ。 「……今日は……皆に見られたくない」  重なった手から伝わる熱と風に紛れそうな小さな声に瞬きをした目を見開いた慶一朗は、消えそうな声と俯き加減のリアムの様子から察した事を確かめようと前屈みになり、風が吹き付けて赤味を帯びている耳に口を寄せる。 「家に帰りたいか?」 「……」  明瞭な声ではない返事をしっかりと受け取った慶一朗が一度手を離してくれとそっと伝えて希望通りに離れていく手を見つめると、いつもより冷たく感じる頬にキスをし、間近で軽く驚いたように見開かれる目に笑いかける。 「ワガママ王子様、家に帰ることを反対しない」  ただその前にひとつだけやりたいことをさせてくれと続けると、何だと言うように見上げられて口の端を軽く持ち上げる。 「俺たちの親友の顔を見てから帰らないか?」  それも辛いかとそっと頬を撫でられてその手に手を重ねたリアムが目を閉じ、俺も帰ることを謝りたいと口にすると、生真面目な王子様だと小さな笑い声が降ってくる。 「じゃあ店に行くぞ」  店に着くまでの間にその悄気た顔を何とかしろと笑われて腰を浮かせて伸びをしたリアムだったが、良しと自らに発破を掛けるように呟いた後はいつもの穏やかな表情を浮かべていて、その切り替わりの速さに呆気に取られると同時に感心した慶一朗が店に行こうと頭を振ると、その隣に並んで歩き出す。  親友が経営するナイトクラブは最近ますます繁盛していて、週末になると入場制限をしなければならないときもあるほどだった。  だが、例え客が増えようが減ろうが二人は気にすることなく店に出掛け、二人のオーナーもリアムと慶一朗を満面の笑みで出迎えてくれるのだ。  その笑顔に申し訳ないなぁと呟くリアムの手を慶一朗がそっと繋ぎ、自宅以外でのスキンシップが最近は増えてきたとはいえ外で手を繋いでくれる歓喜に口の端を自然と持ち上げたリアムは、今日が寒くて良かったと笑み交じりに呟き、慶一朗がどういう意味だと問いかける代わりに見つめてくる目に目を細める。 「手を繋いでいても何も思われない」  それは嬉しいと笑う顔はいつものリアムだったが、その根底に何かがあると察した慶一朗は、いつもならば読む必要の無い言葉の裏を思わず読んでしまい、己の羞恥の強さに対するものだろうかと眉を寄せそうになるが、それ以上にリアムにそのような言葉を言わせた己を心の内で殴りつけ、重ねた手に力を込めて離さないと教えるように握りしめる。  少し前の悲しい口論から学んだことを実践しないでどうすると、あの時覚えたありとあらゆるマイナスの感情に囚われないようにするには自らが動かなければならないと静かに決意をし、驚いた顔のまま見つめてくる愛嬌のある顔ににやりと笑みを浮かべる。 「じゃあ夏になれば手を繋がないのか?」  それは残念だなと笑う慶一朗を呆然と見つめるリアムだったが、空いた手で口元を押さえた後、慶一朗や他の人ならばともかく、リアムの口から流れ出すには違和感すら覚えてしまう余り宜しくない単語が指の隙間から零れ落ち、眼鏡の下で目を瞬かせる慶一朗をチラリと見つめる。 「その言葉を使ったらお仕置きだったな?」  物分かりも物覚えも良い王子様、お仕置きは何が良いと歌うように問いかける慶一朗に思わずジーザスと呟き夜空を見上げたリアムだったが、その間も二人の間でしっかりと手は繋がれたままで、人の波を避けながらアポフィスの前にやって来ると、今日も店に相応しい客かどうかの選別をしているアンディが二人に気付いて軽く会釈してくる。 「Hiya, アンディ」  今日は挨拶だけなんだと慶一朗がリアムと繋いでいない掌を上に向けると、リアムも申し訳なさそうな顔になるが、次に来る時には何か作るから一緒にメシを食おうと笑ってアンディの腕をポンと叩く。 「……楽しみにしていますよ」 「Ta. ルカとラシードに挨拶だけしてくる」  繋いだ手を同時に挙げてドアを開け中に入る背中を見送ったアンディだったが、以前キックアウトした男女が二人に続いて入店しようとしていることに気付き、失礼と低い声で呼びかけて二人の足を止めさせると、キックアウト中だと思うので入店は遠慮してくれと淡々と己の職分を果たすのだった。  自宅に戻った二人をこんなに早く帰ってくるなんてと喜んで出迎えるデュークをわしゃわしゃと撫で回した慶一朗はリアムの様子を少し窺い、不可解な感情を霧散したことに気付くと、ヘイ、王子様と呼びかけて振り向かせる。 「どうした?」 「……電車でも言ったけど久し振りにゲームをしないか?」  週末だからか混み合う帰りの電車内で顔を寄せ合い、帰ったら踊ろうかと話していたが、慶一朗が気分を変えるぞと笑い、ゲームをしようと提案をしていたのだ。  その言葉にリアムがゲームと口の中で呟くと、慶一朗がヒントを与えるように唇を舐めてにやりと笑みを浮かべ、正確に解答に到達したリアムの顔にも同じく太い笑みが浮かぶ。 「随分久し振りだなぁ」 「だろう?」  だからゲームで遊びませんか王子様と掌を向ける慶一朗に頷いたリアムは、罰ゲームはとその手に手を重ねながら問いかけると慶一朗が考え込むように天井を見上げた後、ナイスアイデアと自画自賛の呟きを発する。 「コスプレ」 「……は……は?」 「そうだな……前はファイヤーファイターのコスプレをさせたからなぁ」  次は何にしようか、レンジャーなどどうだと笑う慶一朗を呆然と見つめたリアムは、じゃあ俺が勝ったときはケイさんもコスプレをしてくれるのかと問いかけると、お前が勝てばという結果が目に見えていると言いたげな態度で返されてしまい、あなたに負けることはやぶさかではないがと笑みを浮かべるが、こちらもナイスアイデアと満面の笑みを浮かべる。 「ナースのコスプレなんてどうだ?」 「……Scheiße.」  俺はお前の体格を生かしたコスプレを提案しているのにどうしてお前は女装させたいんだと一気に捲し立てる慶一朗をじろりと睨んだリアムは、ナースは嫌かと問いかけて即答されてじゃあバニーボーイと第二希望を伝えると、バニーボーイなら何とかと己の中の妥協点を口に出して思案し始める。  その様子が面白くてナースとバニーボーイだとどちらが良いと両掌にそれを載せている様に慶一朗の前で掌を掲げたリアムは、バニーボーイはどちらだと問われてリングが填まっている右手を軽く持ち上げると、小気味よい音を立てて掌が叩かれる。 「こっちだ!」  もっとも勝負は俺の勝ちだからバニーボーイになる事など無いと不敵な笑みを浮かべる慶一朗の足下を、楽しいことをするのかと問いかけるようにぐるぐると回り出すデュークがいたが、その前に膝を着いて顎の下を撫でながら今日はリアムと仲良くするから二階には上がってくるなと、端から見れば何を言っているんだと言いたくなるようなことを告げると、デュークの耳が一度右左へと動いた後に何かを確かめるようにリアムを見上げると、耳も尻尾も見るからに落ち込んでいる事が分かる程萎れてしまい、これで機嫌を直せと笑ったリアムがおやつのガムをデュークの前に置くと下がった尻尾が一気に跳ね上がり興奮気味に齧りつき始める。 「デュークにもおやつをあげたことだし」  俺たちもゲームの道具にもなるチョコを食うかと冷蔵庫から取り出した大粒のチョコを掌で弾ませながらリアムが笑い慶一朗もそうだなと頷いた後、水やらビールやら必要なものを手に誘うように腰を振りながら慶一朗が階段を上り、その姿に思わず期待から口笛を吹いたリアムが戸締まりを確かめてデュークにお休みのキスをすると、待たせないようにと一段飛ばしに階段を上って行くのだった。    
← 第14話 Prev | 第15話 Chocolate Game. -Secret love potion. | Next → 
  夏になれば手を繋がないのか?
Waveboxで感想を送る
コメントは↑からどうぞ。一言でも匿名でも嬉しいです。励みになります