It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第14話 Mein lieber Freund.【僕の親愛なる友人】
Prologue
 ライトアップされた古城が美しく夜の世界に聳え、それを窓の外に見ながら緊張気味の息を吐いたのは、少し白髪が混じっているが整えられている口髭を蓄えた紳士然とした初老の男で、落ち着かなさげに窓の外からテーブルへと視線を何往復もさせていた。  この後、古城を見る場所に立つ邸宅に招待されたのは初めてで、旧市街の中にこれだけの広さの邸宅を維持できている実力に嫉妬する気持ちすら起きなくなってしまう。  窓を左手に見ながら溜息を吐いた時、扉が静かに開き、執事が丁重に一礼をする。 「……失礼いたします、ロード・マッカラム」  執事の言葉に跳ね上がるように自然と顔が上がり、次いでとばかりに尻も浮いてしまうが、お待たせして申し訳ないとにこやかに笑みを浮かべた長身のシルエットが見え、その場に直立不動の勢いで立ち上がる。 「お招きありがとうございます、ロード・ジョンストン」  一礼する執事とマッカラムと呼ばれた初老の男に向けて同時に頷いたのは、この屋敷の主であり、マッカラムからすれば雲の上の存在とも思えるケネス・ジョンストン侯爵だった。  マッカラムからすれば20近く年下で肩書も所持している爵位も遥かに上の男に突然呼び出された事情を早く教えて欲しいその一心で、掌に汗を握りながらお話というのはと切り出し、文字通りナイフとフォーク以上の重いものを持ったことがない優美な手がソファを勧めてくれたため、緊張のあまりの不躾を発揮しないように気を付けつつ腰を下ろす。 「突然呼び出して申し訳なかったね」  来てくれてありがとうと、長い脚を組んでソファの肘置きで頬杖をつくその姿も自然と上に立つ者の威厳を滲ませていて、それに緊張しつつ何も問題はありませんと返すと、再度扉が開いてお茶の用意を家人が運んでくる。 「お気遣い無く」 「……今までパーティーなどでお目にかかることはあったが、二人きりで話をするのは初めてで緊張してしまうな」  その言葉は己のものだと言いたいのをグッと堪えて微苦笑で頷いたマッカラムは、出された紅茶を一口飲んで無意識の溜息を吐くが、次いで聞こえてきた言葉に咄嗟に対応出来ずに目を瞬かせてしまう。 「ロード・マッカラムは医療関係への援助に積極的だと伺って話を聞きたいと思ってね」 「は……は?」 「いや、今まで私もそれなりに援助をしてきていたつもりだったけど、医療関係に興味を持つようになってね」  マッカラム伯爵は国内外の病院への寄付を行っていると聞いているが、何処かオススメの医療機関は無いだろうかと、足を組み替え優雅な姿で紅茶のカップを手に取ったジョンストンに問われて一瞬考え込み、ああと何かに気付いた顔で大きく頷く。 「オーストラリアのNSW州にあるクリニックの援助は継続して行っておりますね」 「そうなのか」 「はい」  そのクリニックへの援助はかなりの長期間行っている事、主にどのような内容で援助しているのかを伝えるマッカラムの言葉に真摯な様子で何度も頷いて聞いていたジョンストンだったが、そのクリニックの情報を教えて欲しいと笑みを浮かべ、明日にでも資料をお届けいたしますとマッカラムが笑顔で頷くが、カップをテーブルに置いた手が顔の前で指の腹を重ね、その向こうから真っ直ぐに見つめられて何か気に障るようなことを言ったのだろうかと冷や汗が背筋を伝っていくのを覚えてしまう。 「……こんなことを言っても良いのか悩んでしまうのだが」  そう前置きをされて切り出された言葉の全てを聞き終えたマッカラムだったが、初めはまず何を言っているのだろうという理解出来ない言語を聞いた時の困惑を覚え、次いで今までの己の援助が不満なのかという怒りを覚えるが、相手が相手だけに下手な行動を取れないという危機感を覚えた後、それはどう言うことでしょうかと恐る恐る問いかけるものの、不意に目の前で足を組んでゆったりと座って顔の前で手を重ねている年下の貴族の身体から立ち上る雰囲気が変化したことに気付き、背中にもう一筋嫌な汗が流れ落ちる。 「……初めてそこを支援する私に花を持たせて貰えないだろうか」  にこりと笑みを浮かべてどうだろうかと提案を受け入れてくれないかと促してくる声は優しいものだったが、底知れない恐怖をそれから感じ取ったマッカラムは、額に浮く汗を拭いた後、カップの紅茶の味も分からないまま飲み干し、無言で頭を下げる。  今の時代では昔のような身分差は無いとされているが、それでも厳然たる現実として自分達の間に横たわっているのは、侯爵家と伯爵家という格の違いだった。  冷静に考えればその違いが暴挙とも越権とも思える言動を取る相手に対し、何故無言で頭を下げなければならないのかという反抗心が芽生えるが、王室とも繋がりがある侯爵家と掃いて捨てるほどいる一地方の伯爵家とでは比べることすら恐れ多いことだった。  だから今は冷徹に見える優しげな笑みを浮かべる己よりも遙かに年下の男に無言でもう一度頭を下げ、今日は失礼いたしますとだけ言い残し、寛大な心から退室を許されたことに安堵の息を吐き、扉の前でも一礼をし、己の常識が通用しない伏魔殿のような屋敷を足早に立ち去るのだった。  広大な屋敷から旧市街へと向かう車のヘッドライトを、ソファの肘置きに尻を乗せて見送ったジョンストン侯爵だったが、マッカラムには見せることの無かったーと本人は思っていたー怜悧な刃物を連想させる笑みを浮かべ、ロード・マッカラムが帰ったことを伝えに来た家人に頷き、彼が来るまでの間に用意させていた資料に目を通す。  それはプリントアウトされた資料で、角度と長さの違う三角屋根を持つ建物が印刷されていて、次のページには初老といっても差し支えのない女性が穏やかな顔で笑みを浮かべている写真と口と顎や頬を髭で覆った、見るからに患者を安心させられる笑みを浮かべる男の写真が並んでいて、その下には二人のドクターからのメッセージが丁寧な言葉で書き連ねられていた。  それを冷めた目で見下ろしたジョンストンは、ふんと吐き捨てた後、その資料を指先で弾いて毛足の長い絨毯の上にひらひらと舞い落ちるのを見守っているが、立ち上がると同時にそこには何もないと言いたげな顔で床に散った資料を高価な革靴で、取るに足らないものだと言いたげに踏みつけて扉を開ける。 「レスター」 「はい、ケネス様」  廊下に出て幼い頃から常に傍にいてくれる家人の名を呼ぶと、いかがなさいましたかと問いかけながらレスターが姿を見せる。 「さっき話をしたマッカラムのクリニックへの援助について、彼に念押しをしておいてくれ」 「……かしこまりました」  そのような我儘を仰有ってと言いたげにレスターの顔が一瞬呆れたような表情を浮かべるが、無言でじろりと睨むと慇懃に一礼される。 「アイリーン様には?」 「まだ言うな」  そこにはジョンストンが今回の事態に対して無自覚の罪の意識が存在していたのだが、当然ながら本人がそれに気付いておらず、上段から言い放たれたレスターが内心溜息を吐いた後、踵を返して自室に向かう主を見送り、完全に見えなくなったと同時にやれやれと溜息を吐き、応接室に入って床に散らばる資料に気付く。  靴跡が付いている資料を拾い上げてパラパラと目を通した彼は、主の不機嫌な理由と突然資料を集めろと言ったりマッカラムを家に呼べと言った理由を察し、窓の外へと顔を向けてもう一度今度は呆れたようにやれやれと声に出して呟くと、季節も時間も違う国で懸命に生きているのであろう主のある種の友人の顔を思い出し、もう一度溜息を吐いて気分を切り替えるように首を左右に振ると、どうか彼に厄災が降りかかりませんようにと、己の主との付き合いの殆どを知っている彼の身を案じてしまうのだった。  この夜のこの会談がどのような結果を齎したとしても、主の地位と名誉が貶められるようなことになるのであれば、黙っていろと言われた、ケネス・ジョンストンを制止できる唯一の存在である姉のアイリーンに話をしようと腹を括り、紅茶のカップなどを下げに来た女中にご苦労様と労いの言葉を掛けて自室へと向かうのだった。   
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  きみは、僕の、友達だ。
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