まだ日が昇り始めて間もない早朝の街を赤いスポーツセダンが軽快に駆け抜けていく。
その運転席には早朝にも関わらずに眠気を感じさせない顔の慶一朗がステアリングを握っていて、助手席では珍しく大きな欠伸をするリアムがいたが、どちらの口からも時折言葉が零れ落ちるぐらいで、会話らしい会話もなかった。
昨夜、慶一朗がようやく素直になり、ホワイトに背中を押された勢いでリアムに電話をかけた後、意外なことにホテルの近くで友人たちと飲んでいた為にあっという間に駆けつけたリアムと再会し、これまでのことを謝罪をしたのだが、言葉での謝罪など自分達らしくない、世の中にはごまんと謝罪方法が溢れているだろうが、自分達らしい謝罪方法で今までのことを謝ろうと笑顔で促され、互いの背中を抱きしめることで謝罪をしたのだ。
その後は素直に思いを伝えたかったが、リアムという優秀な男が不在の日々、日常生活不能男と揶揄われる慶一朗が自炊など出来るはずもなく、また夢見も悪いことから質の悪い睡眠時間を送らなければならなかった結果、身体が得た安心感から貧血を起こしてしまうという醜態を見せても、今助手席で眠そうに目を瞬かせる心身ともに大きな男は動じることなく今までのように支えてくれたのだ。
その男を早朝に起こす申し訳なさは今でも慶一朗の胸の中に溢れているが、昨日寝入りばなに伝えたーつもりになっていて結局リアムには明日の朝という言葉しか伝わっていなかったー事を実行するために早朝にホテルのチェックアウトを行い、荷物とリアムを愛車に積んで走り出したのだ。
「ケイさん」
早朝で交通量も少ない中を疾走する車内にリアムの欠伸交じりの声が流れ、何だと問いかける代わりにサングラスの下から視線を横に流すと、手を貸してくれと頼まれて瞬きを一つ。
「俺の手?」
「うん」
あなたの手が今必要なんだと少しのいたずらを込めた顔で囁かれ、何に必要なのかは分からないが左手で良ければどうぞと助手席へ 手を伸ばすと分厚く熱い掌に押し戴かれるように扱われ、くすぐったさに思わず肩が上がってしまう。
「……くすぐったいぞ」
「ケイさんが行き先を教えてくれないからな」
だから仕方がないと、日頃の己が言いそうな事を楽しそうに呟く言葉の上っ面すら全くわからないと慶一朗が思わず眉根を寄せながら呟きながら間もなく目的地だと教えるように車が住宅街の坂道を上り、シドニー湾を見下ろす公園の駐車場へと進んでいく。
その間、リアムに預けた左手は両手で包まれたり指の間に指を差し入れて組んだりと、甘えるような行為に付き合わされていたが、それから不快感を覚えることも勿論ないために好きにさせていた。
時折濡れた感触がしたことからキスをされたことに気づき、リアムの温もりを感じつつ寝入った昨日はここ数日間何があっても得られなかった熟睡したように思え、これ程までに心身が欲している存在を自ら遠ざけていた愚かさに改めて気づいてしまう。
己の左手で手遊びをするリアムに申し訳なさから頭が下がってしまいそうになるが、これからも一緒にいるためには自らが一歩を踏み出さなければと、ホワイトの言葉をしっかりと受け止めた事を無意識に教えるように顔を上げ、自分たち以外誰もいない公園の駐車場に愛車を止める。
「ここに来たかったのか?」
「ああ」
目的地に着いたから少し手を返してくれないかと苦笑する慶一朗にリアムが小首をかしげるが、今だけならと条件を付けて己の手が自由になったことから素早くシフトレバーを操作し、エンジンを止めて車内に静寂を取り戻す。
「降りるぞ」
何をするのかを待っているようなリアムの頬に小さな音を立ててキスをしてドアを開けると、リアムが一瞬驚いたような顔になるが、目じりを赤く染めながら同じく助手席のドアを開けて降り立ち、睡魔を追い出すように伸びをする。
そんなリアムと早朝の公園への道を肩を並べて歩いていると、そっと手が手に触れたことに気づき、今日は何があっても手を離すつもりがないのだと気付くと、微苦笑をただの笑みに切り替えてそっと手を繋ぐ。
以前ならば気恥ずかしさが勝って出来なかったが、この温もりが不在だった時を思えば何を恥ずかしがっていたんだという呆れが芽生え、手に力を籠めると同じ強さで握り返してくれる。
ただそれだけが嬉しくて、それでもまだどこかに羞恥があったために早く行こうと手を引っ張り目的地へと誘導する。
慶一朗の動きに大人しく合わせるリアムだったが、目的地だと示されたのが海に向かって設置されているベンチで、そこに腰を下ろせと教えられて静かに座ると、その横に慶一朗も腰を下ろす。
二人そろって早朝のシドニー湾を見下ろすが、視界の端に朝日に照らされるハーバーブリッジが見え、そちらに顔を向けると慶一朗の頭が肩に載せられる。
「……夕日もきれいだけど朝日に照らされるハーバーブリッジも良いな」
「俺もそう思った」
家を出た後にあのホテルにチェックインをした翌朝、何となくここにやってきて朝日が昇るのを見ていた時に気付いてからは毎朝仕事に行く前にここに立ち寄っていたと、今度は慶一朗がリアムの大きな手を取って両手で包むと、額に押し当てるように持ち上げて頬を摺り寄せ、最後にキスをする。
「……日本に帰りたくなったか……?」
その小さな問いかけが慶一朗の耳から胸の奥へと到達した途端、一人きりで早朝にハーバーブリッジを見下ろしていた光景が蘇り、一人になりたいときや仕事でやるせないことがあれば巨大な橋を支える巨大なパイロンの傍から見上げていたが、今回はここでずっと見下ろしていたとも思い出して軽く目を見張る。
以前ならばそんな精神状態に陥った時にハーバーブリッジを見れば、日本に帰りたい、双子の兄の元に帰って心身の安らぎを得たいと思っていたが、今回は考えることもなかったと気づいて隣の愛嬌のある顔を見つめる。
「いや……全く考えなかった」
「そうか」
短い言葉に雑多な感情が混ざっているが肩に回された腕に気づき、その腕に引き寄せられるように分厚い胸板に身を寄せると、こめかみや頬に何度もキスが降ってくる。
「どうして俺はここで一人なんだってずっと考えてた」
今思えばすべての原因は俺にあるのにそんな事を考えていたと優しく強く支えてくれる男の胸に寄りかかりながら自嘲の言葉を呟くと、あなただけのせいじゃないと昨日も聞いた言葉が返ってくる。
「今回のことはきっと俺たちに大切なことを忘れるなと神が与えた試練かも知れないなぁ」
日が昇り、オレンジに染まるハーバーブリッジを二人で見つめながらぽつりと零すリアムの言葉に慶一朗が何を忘れていたんだろうなと返すと、優しいキスが頬にひとつ。
「どんなことがあっても話し合おうって付き合うときに決めた約束だ」
今回はそれをどちらも忘れてしまった結果、無駄な別離の時間を過ごさなければならなかったと、己を罵る強さでリアムが呟き慶一朗の肩がそれに釣られるように揺れるが、ケイさんだけじゃない俺も反省しなきゃいけないと顔を覗き込まれて分厚い胸板に手をつき少しだけ距離を取ると愛嬌がある顔を見つめる。
「……うん」
「ちゃんと話していれば、聞いていればケイさんがホテルで一人になる必要もなかった」
昨日も言ったが本当にこれは俺が悪い、そしてあなたも約束を忘れてしまっていたと目を細めるリアムの言葉をしっかりと受け止めたことを教えるように目を閉じて頷いた慶一朗は、肩ではなく背中を抱きしめられたことに気づいてそっと目を開け、全身で感じられるリアムの存在を改めて確かめるように広い背中に腕を回す。
自分達らしい謝罪方法をと昨日は促されたが、それだけではやはり気持ちが収まらず、今ならばどんな言葉でも受け止めてくれると思い出した身体にいつになく素直な気持ちからごめんと伝えると、万感の思いがこもっているであろううんという言葉が返ってくる。
「……昨日も言ったけど、帰ったら話を聞いてくれるか……?」
受け止めてくれるとわかっていても覚えてしまう不安から声が小さくなるが、それすらも受け止めるだけの度量がある男が勿論と頷き、背中を撫でられて気持ちも宥められた気がして寄りかかるように体重を掛けると、おっとという掛け声とともに体が傾いでベンチから地面へと倒れこんでしまう。
「!」
地面にぶつかると気付いた瞬間、リアムの胸に乗り上げたことに気づいて瞬きをすると、頬を大きな掌で包まれてどこか痛いところはないかと問いかけられて唇を嚙みしめる。
今まで何度かこのような経験をしてきた二人だが、その度に慶一朗が傷を負わないようにリアムが守り、そのおかげで無傷だったことを思い出したのか、慶一朗が微かに震える息を吐いて心配そうに見上げてくる双眸に無言で頷く。
「……ケイさん」
その声に誘われるように慶一朗の目からひとつ、朝日を受けて光る水滴が眼鏡のレンズを滑りながらリアムの頬に落ち、眼鏡をそっと奪い取った手で滴が溜まっている目尻を撫でると、慶一朗の全身から力が抜けたように倒れこんでくる。
昨日のようにそれをしっかりと支え、今日も綺麗な滴を見ることが出来たが、出来ればあまり見たくないなぁ、あなたにはやっぱり好きなものを見て笑顔になってほしいと告白すると、リアムの腕の中で慶一朗が無言で頷く。
誰もいない公園のベンチの前で二人地面に寝転がりながら抱きしめ合っている可笑しさにどちらからともなく気づいて体を起こした慶一朗の手でリアムも起き上がると、互いの頬を撫でてキスをし、掛け声一つで起き上がる。
完全に登り切った太陽の光に眩しそうに目を細め、家に帰ろうかとリアムが己の腰に腕を回して身を寄せる慶一朗の髪にキスをし、うんという返事を受けてもう一度朝日に光る髪にキスをすると、さっきのように慶一朗がリアムの手を掴んで愛車へと歩き出すのだった。
久しぶりに自宅に戻った慶一朗をまず出迎えたのは、ガレージのドアの向こうから響いてくるデュークの鳴き声だった。
幼い頃に二人の親友候補として家にやってきたジャーマン・シェパードのデュークは、リアムが躾に力を入れたおかげで無駄吠えなど一切しない、リアムや慶一朗の命令のどちらに対しても従順に従う成犬に成長していた為、これだけ吠える声を家で聞いたことはなく、同じように車から降りてきたリアムの顔を困惑気味に見つめると、リアムが有らぬほうを見て鼻の頭を搔くという、フィクションなどでは大げさに表現される申し訳なさを表す仕草をした為、メガネの下で一つ目を瞬かせた慶一朗がドアを開ける。
今までの人生でデューク以外のペットを飼ったことがないため、今吠えている理由など慶一朗に理解できるはずもなく、ドアを開けると同時に飛び出してきて足に纏わりつき、後ろ足で立ち上がって慶一朗の腿を前足で引っ搔くデュークに驚きつつもその頭を撫でて顎の下を撫でると、自宅に来た頃には毎日のように聞いていた甘えるような鳴き声が聞こえてくる。
「……良かったらハグしてやってくれないか、ケイさん」
ケイさんがいなかった時は子供返りしたようにずっと鳴き続け、夜も自分のベッドで寝ることができなかったからベッドルームで一緒に寝ていたのだとリアムが意を決したようにぽつりと零し、その声にその通りだから早く抱き上げろ、ハグをしろ、そして留守にしていた間に出来なかったブラッシングをしろと強請るようにデュークが慶一朗のシャツの裾を軽く引っ張り、こら、止めろとさすがにリアムが注意をすると、不満を訴えるような声を上げつつもその場におとなしく尻を落とす。
「Good clever boy、デューク」
デュークにも心配をかけさせたことに気付いた慶一朗が、お前は本当に良い子で賢い男だと膝をついてその目を覗き込むと、嬉しそうに尻尾が左右に揺れて口からは甘えるような声が流れ出してくる。
「ただいま、デューク」
リアムに言われたようにデュークの首に腕を回して抱きしめると、太い尻尾がぶんぶんと音を立てて左右に揺れ、それを見たリアムの顔に安堵の笑みが浮かぶ。
「……ケイさん、皆で朝飯にしないか」
デュークもきっと喜ぶと思うと笑ってキッチンに向かうリアムが問いかけると、その声にデュークの期待に満ちた吠える声と慶一朗の腹の虫が盛大に返事をする。
「……!」
その物音にリアムと慶一朗が顔を見合わせた後にどちらからともなく吹き出し、慶一朗が立ち上がりながらデュークの頭を撫でてキッチンのカウンターに突っ伏して笑っているリアムの後ろに立つと、笑うなと憮然とした顔で呟きながらそっと腰に腕を回して抱きしめる。
「お前の飯を食ってなかったから……」
だから昨日は貧血を起こしたし今日は腹が素直に返事をしたんだと、笑いに揺れる背中に告白すると、腹の前の手にリアムの手が包囲を緩めてくれと伝えてきたためにその通りにすると、己の腕の中でくるりと振り返ったリアムが詫びるように慶一朗の頬にキスをし、ばあちゃんのプファンクーヘンを食べないかと片眼を閉じる。
「……ピーナツバターで食いたい」
「うん。そうしよう」
「ポメスも食いたい」
「ポメスはランチにしないか?」
今から準備するのは少し手間がかかると天井を見上げた後に提案をしてくるリアムの顎鬚にキスをしてお前の思うようにしてくれと笑うと、じゃあランチはハンバーガーを作ろう、その前に今から朝飯を食おうと笑うリアムに頷いた慶一朗は、俺ができることは何だと問いかけると、一瞬呆気にとられたように目を見張ったリアムが忘れたのかと人差し指でコンロの横に設置されている家庭用にしては立派すぎるエスプレッソマシーンを指さす。
「あ……」
あなたの真似をしてロングブラックを淹れてみたが不味くて飲めたものじゃなかった、だからやっぱり朝はあなたが淹れてくれるロングブラックを飲みたい、そしてランチの後や夜はフラットホワイトを飲ませてほしいとリアムにリクエストをされた慶一朗は、ふ、とひとつ息を吐いた後に頬の髭を撫でてそこにキスをすると、楽しみにしておいてくれと告げ、車から降ろした荷物をベッドルームのクローゼットに戻してくると残して階段を駆け上がっていくのだった。
それを見送ったリアムが恐る恐るといった様子でキッチンにやってくるデュークに気づき、以前のように怒るのではなく頭を撫でて目を細めると、今度はリアムに抱き上げろとねだるように前足を挙げてひっかいてくる。
「……ケイさんが帰ってきて良かったな、デューク」
飯を食って少し深刻な話をした後に思いっきりケイさんに甘えればいいと、軽々とデュークを抱き上げて少しごわついている黒と茶色の毛並みに顔を寄せ、期待に満ちた鼻息で返事をされて小さく笑みを浮かべるのだった。
リアムが自分たちの朝食を作っている間、デュークの食事の用意を慶一朗が行い、以前のようにカウンターに横一列に並んでの食事を終えた後、リアムが希望したようにロングブラックを少し丸みを帯びた濃紺のマグカップに満たし、リアムが待っているソファに向かった慶一朗は、礼を言った後にリアムが床に置いたクッションに胡坐をかいて腰を下ろしたことから何を望んでいるのかを察し、その思いに応えるようにリアムが座っていたそこに座り込み、久しぶりに青い電話ボックス型のぬいぐるみを抱き寄せる。
「リアム、俺からどう話せばいいか分からないから、知りたいことを教えてくれないか」
今回の件で様々な思惑や過去が絡みついているために何処からどう話せばいいのか分からないと目を伏せる慶一朗の言葉に天井を見上げたリアムは、慶一朗が家を出るときに残していった手紙の内容について教えてくれと告げつつ顔を向けると、視線が一度左右に揺れた後に意外なほどの冷静さでそれでもクッションを抱え込んだ後に口が開く。
「あの手紙に書いたことはあの日ケネスに会って聞き出したことだ」
「彼が視察に来たのは俺を直接見たかったから?」
「そう、だな……ケネスは認めないかも知れないが……」
俺と結婚したお前に対する嫉妬が今回の原動力だろうと苦笑し、癖のように右手薬指を触った慶一朗の目が見開かれて苦しそうに細められる。
家に連れて帰ってきたときに紛失してしまったことに気付いた誓いの指輪。
その指輪は慶一朗自らが外したものとは思えなかったが、失くしてしまったという現実に弱っていたリアムの心を更に弱めてしまい、あれから指輪を探すこともできずにいた二人が同時に沈黙し、慶一朗が跡だけが残る指を撫でる。
「じゃあディアナ達に対しては……」
「ああ、お前を困らせたかったんじゃないのか」
だから彼女たちやお前が働くクリニックに対して他意があるわけではないと苦笑する慶一朗の言葉に呆れたように溜息を吐いたリアムは、すべては俺に対する嫉妬かと呟きつつロングブラックに口をつけると、前には感じなかった苦みを覚えて慶一朗の腕が鈍ったとは思えないために己の精神状態が悪化しているからだろうと自己判断を下してそれを飲み込む。
「なあ、ケイさん。彼と付き合っている時から、その……」
彼はそこまで嫉妬深かったのかとリアムが苦みを堪えつつ問いかけると、慶一朗が何かを思い出すように視線を天井へと投げかけた後、ここまで酷くはなかったと思うが嫉妬深いというか執着が強いように思ったと返し、執着とリアムが口の中で呟く。
「ああ」
その答えが刻まれている右耳をそっと摘まんだ慶一朗の手の動きにリアムが目をやり、そのピアスの痕と呟くと、今では何でもないことのように一つ肩を竦めて当時の出来事を話し出す。
「いつだったか忘れたけど、寝ているときに無理矢理開けられた」
「寝ているときに無理矢理?」
信じられないが無理矢理にピアス穴を開けたのならばそれは立派なDVだと、掌に拳を打ち付けるリアムに目を細めた慶一朗は、駆け付けてくれた双子の兄も同じことを言っていたと当時を思い出して微苦笑する。
「……寝る前に当時いたセフレの話をしていた気がする」
「ケイさんのセフレ?」
「ああ」
あの当時は本当に倫理観など皆無だったために老若男女問わず一夜限りの相手をしてくれる人達といつも一緒にいたことを淡々と告げる端正な顔をじっと見つめたリアムは、彼はそんな中の一人ではなかったのかと問いかけ、すぐに頭が上下したことに軽く目を見張ってしまう。
ケネス・ジョンストン侯爵は慶一朗の中ではどうやら特別な存在だったようで、それは今でもそうではないのかという思わず目を背けたいような感情を纏った疑問が胸の中に芽生え、知らず知らずのうちに眉根を寄せてしまうリアムに気づいた慶一朗がぬいぐるみを横に置き、足の上で握りしめられているリアムの手をそっと掴んで拳を開かせると、指を組んできゅっと握りしめる。
「あいつは……友人として特別だ」
その特別な友人枠にはルカやラシード、そしてジャックがいるだけだと小さく笑うと、己の心を読まれたことに驚いたリアムがヘイゼルの双眸を一度左右に揺らすが、視線が重なったときに片眼を閉じた慶一朗がお前はそこにはいないととっておきの秘密を教える顔で口の前に立てた指をあてがう。
「お前は俺の世界のすべてにいる」
「ケイ、さん……」
「皆と一緒にいながらも実際はひとりだった俺に世界の広さや面白さ、二人だから楽しめることを教えてくれたのはお前だ」
それは他の誰にも為せることではなくお前だからこそ出来たことだと素直に感嘆の思いを口にすると、リアムが軽く手を引いて慶一朗の体を引き寄せて大人しく腕の中に納まる痩躯を抱きしめる。
「一人でジオラマを作っているときもドラマを見ているときも、お前がいればどんなに楽しいだろうかと考えるようになっていた」
でもひとりであのホテルにいた時はそんな気持ちを思い出すことも出来なかったと腕の中で呟く慶一朗の髪に口付け、うんとだけしか答えられなかったリアムの背中を慶一朗がポンと叩く。
「俺が何処で何をしていたとしてもお前と一緒だったらとまず考えてしまう。それぐらいお前は俺の世界にいる」
だから今でもあいつが俺の中で別の意味で特別なんじゃないかと疑うのは止めてくれ、お前以外俺にとって特別な存在などいないのだからとも続ける慶一朗に何度か頷いたリアムは、友人たちの中では特別なのかとまだ少しの疑念から問いかけてああと短く返される。
「お前と付き合うまではそうだったな」
「そうか……付き合いだしてからは彼も他のセフレにも会いに行っている様子はなかったもんな」
「ああ。……特別だと思っていたあいつですら思い出すことはなかった」
それほどお前との付き合いは濃密で他者が入り込む余地のないものだったと、付き合いだしてから喜怒哀楽の感情を総て見せ合わなければ乗り越えられなかった事件や事故を思い出し、それらのどのタイミングでもケネスの端正な顔を思い出すこともなかったとさすがに申し訳なさから小さく笑うと、その言葉に嘘はないことを確信したリアムが慶一朗の頬に唇を押し当てる。
「逆に、お前と付き合いだしてからはそれこそコーヒーを飲むだけでもお前のことを考えていた」
繰り返すがそれだけお前は自然に俺の中に溶け込んでいて、最早存在しないことなど考えられない程になっているんだとハニーブロンドの頭に手を回して引き寄せると、愛嬌のある顔に照れと自慢が綯い交ぜになった表情が浮かび、ふ、と息を吐いて自然と口角を持ち上げる。
「俺の王子様……本当にお前だけだ」
お前は王子なのだからたかが侯爵の言葉に惑わされずにドンと構えていろと笑うと、うん、そうだなという言葉の後に唇が重なり、その心地良さに思わず目を閉じてしまいそうになるのだった。
ただ抱き合う二人の傍、二人の様子に目を向けては本能で何かを感じ取っているのか、デュークが大きく欠伸をするのだった。
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