It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第14話 Mein lieber Freund.【僕の親愛なる友人】
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 ベッドの上で震える身体を丸めて薬の影響を何とかやり過ごそうとしている慶一朗をただ見つめることしか出来ないでいたリアムは、慶一朗を部屋から連れ出した時に両手を握りしめ必死に何かに耐えていたような様子のケネスを思い出し、あの手の中にどんな感情を握りしめていたのだろうかとぽつりと呟くと、その呟きに歯の根が合わない音をさせながら慶一朗が名を呼んだことに気付いてベッドに腰を下ろしてそっと手を伸ばす。  触れても大丈夫かと問いかける前に体が竦んだことから無闇に触らない方が良いと判断し、どうしたと問いかけると水が欲しいと答えられ、すぐに用意をする事を伝えてベッドルームを出ていき、キッチンに向かうと心配そうな鳴き声を小さく上げながらデュークが珍しく言いつけを破ってキッチンエリアにまでやってくる。 「お前も心配だよな」  お前に心配をかけてしまうなんて情けない友人だと寂し気に肩を竦めたリアムだったが、慶一朗が求めるものと必要になるかも知れないものを両手に階段を上ろうとし、もしかするとと思いながらじっと見上げてくるデュークの名を呼ぶ。 「デューク、一緒に来い」  いつもは禁じている二階へと一緒に来いと告げ、リアムの言葉を理解しているようにその後をついて階段を上ってくるデュークに本当にお前はクレバーだと褒めてベッドルームに入ると、掛布団がベッドから半ば落ちていて、そこに寝ていた筈の慶一朗の姿が無いことに気付く。 「ケイさん!?」  手にしていた水のボトルやタオルなどをベッドに投げ捨て慶一朗の名を呼びつつ部屋を見回したリアムは、ベッドルーム内のバスルームのドアが細く開いている事とそこから微かに水音が聞こえている事に気付いて安堵の息を吐く。  触れるだけでも過敏に反応してしまう身体とそれが齎す興奮を洗い流そうとしているのか、水音は止む気配が無く、心配から溜息を吐くリアムの前をデュークが右に左にと落ち着き無く歩き回る。  慶一朗を抱き上げた時に気付いた小さなボトルと、思い出すだけでも不愉快だがケネスが言い放った、慶一朗が好きだったの言葉から想像できるのは、彼と慶一朗がセックスをしていた時にそれらを使用することに抵抗が無いことだったが、それは当時の話であり、今の慶一朗はたとえそれが日常的に手軽に入手できる薬であっても使用することはなく、それどころか慶一朗を心身ともに壊しかけた事件以来薬に対する嫌悪感が強くなっている程だった。  そんな慶一朗に所謂セックスドラッグと呼ばれる小さなボトルを使用したケネスに対する怒りと、今ひとりでシャワーを浴びている慶一朗に対する心配が綯交ぜになり、重苦しい息を床に一つ落とす。  リアム自身過去に付き合ってきた女性や慶一朗と付き合い出してからもセックスをする際に快感を増幅させるようなドラッグを使った事など無く、はっきり言ってドラッグを使う人たちを冷めた目つきで見ていたのだ。  その冷たい視界の先にケネスと慶一朗がいたという事実はリアムの中で意外な大きさになって響き、もう一度足元に溜息を落とすと、心配そうにデュークがリアムの足に頭を摺り寄せてくる。 「……お前がいてくれて良かったなぁ」  当初は一人になる事への恐怖を打ち消せない慶一朗の為にと思って飼うことにしたが、今だけはお前に来て貰って正解だったと微苦笑し、心配そうに見上げてくる賢い犬の姿をした親友の頭を撫でる。  無意識に頭を撫でているとシャワーの音が止まっていることに気付き、少しの緊張を覚えた顔でドアが開くのを待っていると、スモークガラスの扉が開いて頭からずぶ濡れのままの慶一朗が姿を見せる。 「ケイさん」 「……っ!」  ただ名を呼んだだけでまるで一生涯刑務所から出てこれない罪を犯した被告のような顔で見つめられ、胃の辺りに悲痛な思いが蟠る。 「水を浴びてたのか?」 「……熱が、鬱陶しかった」  その熱が何を意味するのかは説明されなくても理解出来てしまい、そうかと溜息を吐いてクローゼットからバスタオルを引っ張り出したリアムは、己の足下に滴が落ちてカーペットの色を濃くしている様子を呆然と見つめている慶一朗にそっとそれを差し出す。 「話は出来るか?」  水を飲んで落ち着いたら少し話をしないか。  それは、例え背中合わせだろうがそれぞれの自室で苛立ちや不満を抱えたまま眠りに就いたとしても、思っている事を言葉に出して話そう、話せなくてもその努力は怠らないでおこうと、二人が付き合うときに決めた約束だったが、ここ数日はそれを忘れてしまっていた、その結果が今のこの状態だと苦虫を噛み潰したような顔でリアムが呟くと、慶一朗が唇を噛みしめた後に無言で頭を上下させる。 「髪を乾かそう」  だからベッドに座れとなるべくいつもの声を装って肩を竦めたリアムは、己と慶一朗の間を往復するデュークに少し落ち着けと笑いかけ、慶一朗が出てきたバスルームからドライヤーを持ってくると、まだ突っ立っている慶一朗の手をそっと取り、拒絶されないことに安堵の息を零しながらベッドに座らせると髪を乾かしていく。  今朝も出勤する慶一朗を世界一のイケメンに変身させるために髪をセットし、その満足に息を吐いていたのだが、今朝と同じことをしている筈なのに同じような気持ちになれない己に情けないと自嘲の笑みを溢すと、ドライヤーの風音の向こうにもそれが届いたのか、細い背中が揺れて言い表せない哀しさが再度胸に満ちてくる。  友人に会いに行くとのメッセージを残してアポフィスにー正確にはその裏稼業の店ーに出向いた慶一朗が、どうして己の一挙手一投足に怯える様な姿を見せなければならないのか。  リアムが豪奢な室内に半ば強引に押し入った時、ベッドの上で身体を強張らせて悲鳴を上げ続けていたが、そんな状態に追いやられてしまったのは慶一朗で、そこまで追いやったのはケネスのはずだった。  なのに彼は何かを守ろうとするように拳を握りしめて毅然とした態度で立っているだけで、どうして慶一朗だけがこんなにも苦しみ辛い思いをしなければならないのかという、レイプされた人達が警察の取り調べの中で言われない言葉を浴びせられたり、まるでこちらが悪いというような目で見つめてきてセカンドレイプを受けているような現状に舌打ちをし、本当に珍しいことにリアムの口から誰かを罵倒する言葉が流れ出す。 「……っ!」  その言葉をリアムが発した対象はケネスだったが、その中に己も含まれている為にいつも以上に険しい顔でそれを吐き捨てるが、慶一朗の手が上がって己の腕を奮えながらも抱きしめたことに気付き、寒いのかと気分を切り替えるように問いかけると、違うという小さな声が返ってくる。  ドライヤーを横に置き、俯いている顔を見ながら出なければ真意も本心も伝わらないと気付いたリアムがベッドを下りて慶一朗の前に座り込むと、前髪に隠された表情が見え、いつも白いと思っている顔が更に白くなっているように感じ、ベッドに投げ出していたボトルを差し出すと震える手がそれを受け取るが水を飲む様子はなかった。 「……ケネスは……」 「ケイさんを連れて帰って来るのに必死だったから彼がどうしたかは分からない」  ただあの場にはルカもラシードもいたからきっと彼らが何とかしてくれているだろうと、よくよく考えれば己の行動は親友の家業の妨害をしたのではないのか、ひいては特別な客だろうケネスとの関係を悪化させてしまったのではないかという不安が脳裏をよぎり、ハニーブロンドを音を立てながら掻きむしる。 「二人にも迷惑を掛けてしまったかもなぁ」  いくら心配で頭がいっぱいになったとはいえ客が利用している部屋に押し入ったのは拙かったと、こんな時でも己の言動を反省するリアムの言葉に慶一朗が勢いよく顔を上げて口を開くが、出てきたのはか細い呼気だけで、胸を苦しそうに喘がせた後、ボトルを握りつぶすように手に力を込める。 「……それを少し飲んだら話をしよう」  その震えがまだ薬の影響が抜けきっていないからかそれ以外からかは分からないが、心配しなくて良いと安堵させるように告げてボトルを握る手を撫でると白い手が開いてボトルがリアムの足の上に落ち、再度手に握らせようとした時、あるはずのものが無いことに気付く。 「ん? 指輪、どうした……?」  今朝出勤するときにはまだあったはずだと問いかけつつ右手薬指を指差すと、見られたくなかったと言いたげに顔が歪み、抜き取られてしまったがポケットに入れたはずと脳内でそのシーンを再現しているような顔で呟く慶一朗の言葉に床に散らばったままのシャツやズボンのポケットに手を突っ込んで小さな指輪を探すが指先に小さなそれが触れることはなく、ないみたいだと告げると端正な顔が蝋人形のような色になってしまう。 「ラシードに聞いてみよう」  もしかするとあの部屋に落ちているかもしれないし車に乗るまでの間に落ちたのかもしれないと少しの希望を込めてリアムが苦笑するが、そんな気遣いを無駄だと言うような哄笑が流れ出し、思わず瞼を平らにしながら笑い声をあげる慶一朗を見つめる。 「……やっぱりそうなんだな」  哄笑に混じる何かに納得したような言葉にリアムの眉がより、何がだとそっと問いかけると、指輪の跡が残る右手で顔を抑えながら震える唇で同じ言葉を繰り返す。  だから何に納得したんだとさすがのリアムも冷静さを欠いた声で先を促すと、やはり俺はお前に相応しくないんだ、だから指輪も外れているし無くなってしまったんだという、唐突だが実は心のどこかで予想していたある意味最悪の言葉が流れ出す。  その言葉は付き合いだした当初から何か問題が起きるたびに変化しながらも根幹を変えることなく慶一朗の口から流れ出し、そのたびにそんなことはないとリアムが否定してきた言葉だったため、今もまたそんなことはないと口を開こうとするが、すぐそばから響く調子はずれの笑い声と抑えた指の間から見え隠れする目に浮かぶ感情が裏腹であることに気付いて口を閉ざしてしまう。  本当はその言葉を否定してほしいし自分でも否定したいはずなのに、過去の経験が、恐怖が、今を理解することを拒んでしまう様をまざまざと見せつけられたリアムの口から流れ出したのは、自らも驚いてしまうほどの冷たさを持った声だった。 「……そうかも知れないな」 「……っ!」  その言葉に驚き何を言うつもりだと脳内で響く己の声を無視し、俺はそうは思っていないけれどケイさんがそう思うのならそうかもしれないと、こんな冷淡なーどちらかといえば無関心なものに対して発するような声が出せるのかと内心驚愕しつつも言葉を止めることができず、限界まで見開いた眼で見つめてくる色のない顔を無表情に見つめたリアムは、今まで何度もそう伝えてきたし行動でも示してきたつもりだったが、まったく伝わっていなかったようだし、人は信じたいものを信じるそうだからそう思うのならそうかも知れないと肩を竦め、すぐ傍で二人を交互に見つめていたデュークの頭をポンと叩いて気だるげに立ち上がる。 「……」  己の動きを呆然と目で追いかけてくる慶一朗に、自らが言い出したことなのにどうしてそこまで驚くんだと苦笑し、お互いに頭を冷やした方が良さそうだ、体がまだ辛いだろうからベッドで寝てくれと言い残すと、震える唇を開閉させる慶一朗の口から次の言葉が流れ出す前に背中を向けるが、ドアノブに手を掛けたまま不安そうに見上げてくるデュークに小さく笑いかける。 「デューク、ケイさんを頼む」  お前の親友の傍にいてやってくれと淋し気に笑った後、か細い声で名を呼ばれたことに気づいたが振り返ることが出来ずにベッドルームを出て階段をゆっくりと下っていくと、その背中に悲しそうに鳴くデュークの声とそれをはるかに凌駕する悲鳴じみた声がぶつかるが、そのどちらにも足を止めることをせず、帰宅後ソファに放り出していたスマホや財布と鍵を纏めているキーホルダーを手に取ると、静かに玄関のドアを開けて家を出ていくのだった。    何が起きたのかが理解できずにみっともないほど震える手を見下ろしていた慶一朗は、己の素肌の腿に前足を乗せて心配そうに小さく鳴き続けるデュークの声で我に返る。  何があったのかを思い出さなくても自然と脳内で再生されるが、数えるほども見たことがない冷淡よりは無関心な視線も再生され、抑えようとしても抑えることができない悲鳴が流れ出す。  一人にはしないと言葉でも態度でもいつも教えてくれていたリアムが家を出て行ってしまった。  俺は何を間違えた、何をしてはいけなかった、そして何をしなければならなかったのか。  混乱を極めているような疑問が脳裏をめぐるが、口からはか細い悲鳴のような声しか出せず、情けなさと後悔と、そしてそれらすべてを上回る、こんな自分を支えてくれていたリアムに対する申し訳なさから乾かしてくれた髪を握りしめてベッドから床に滑り落ちるように座り込んでしまう。  立てた膝の間に頭を突っ込み、情けない声を上げることもできずに背中を震わせていると、デュークが心配そうに手を舐めて頭を摺り寄せてくる。  こんな時でも一人にしないという言葉を守ってくれたリアムの優しさを今更ながらに実感し、震える手でデュークを抱きしめながらどうすればいいと誰にともなく問いかけ、当然ながら返事などないことから一人になってしまったという現実に直面し、今まで感じたことのない恐怖と絶望から無意識にデュークを抱きしめる腕に力を込めてしまうのだった。  慶一朗の悲鳴が脳裏で響き、つい心配のあまり踵を返して自宅に帰ろうとするが、今まで己を理解してくれていると思っていたがそうではないのかもしれないという恐怖を伴った言葉が蘇って足を止めさせてしまう。  過去、この性格のおかげで散々馬鹿にされたり呆れられたりしてきたが、リアムとしても好きでこうなった訳ではないとの思いが不意に芽生え、無意識に拳を握ってしまう。  馬鹿がつくほどのお人よし、人畜無害、誰かのために自らを擲てる心優しい人、そんな言葉がいつもリアムを取り巻いていたが、お人よしになれば、自らを犠牲にすれば過去の過ちを許してもらえる、世話をしてくれる人を振り向かせることができると思い込んでいたのだ。  無邪気にそう信じていた子供時代を振り返った今、それがどれほど無駄な思い込みだったのかを思い知らされ、もうそんな無駄なことはやめてしまえと自ら嘲り呆れながらも長年の習慣になっているそれを変えることなど出来なかった。  だからこそ、さっき慶一朗が口にしたやはりそうだとの言葉を否定したいと思いながらも心の奥底では納得してしまい、とっさに否定することが出来なかったのではないのか。  己の心の軌跡が足元に現れている訳ではないのに何故か月明かりで示されているかのように感じ、今の気持ちを表すような細い月を見上げて重い息を吐くと、月影に先導されるように週末の夜を過ごす人たちとすれ違いながら駅へと向かうのだった。  
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  そう思うのなら、そうなんだろうな。
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