今日もいつものように患者に向き合うかと呟きながらロッカールームを出たリアムを呼び止めたのは、何やら決意をしたような光を目に湛えたホーキンスだった。
「ディアナ?」
診察が間もなく始まる前に呼び止められることは珍しい事ではないが、ホーキンスが浮かべている表情が珍しいと内心軽く驚きつつもどうしたと足を止めたリアムは、今日のティーブレイクの時に話があると切り出されてヘイゼルの双眸を瞬かせるが、それ以上は何も問わずに了解と頷く。
「その時に会って欲しい方がいます」
「?」
ホーキンスの声に滲むものが何やら重大な意志のように感じて深く追求することなく了解と返したリアムだったが、急なお願いをしてしまうと詫びるように目を伏せるホーキンスが珍しくて、そんなに改まってどうしたと笑いかけると、意外そうに目を見張ったホーキンスが顔を上げてまっすぐに見つめてくる。
その顔に刻まれている年月は小さな皺という形で表されているが、それが遠く離れた母国にいる祖母を連想させ、無意識に笑ってくれと呟いたリアムの声に彼女がひとつ瞬きをする。
「ディアナにそんな顔をさせたとなれば、GGやケヴィンから殴られそうだな」
「……そ、うですね」
ええ、そうですねとリアムの軽口に付き合うようにひとつ頷いたホーキンスは、彼らが先生と呼ぶ所以を思い出させるような表情を浮かべてもう一度リアムにティーブレイクで大切なお話がありますと伝えると、分かりました先生と、珍しく戯けたようにリアムが片目を閉じる。
「ああ、それともう一つ……10日の視察ですが、私が対応します。あなたはいつも通り診察をお願いしますね」
「良いのか?」
「はい。その件についても後で話をしましょう」
クリニックの院長自らが視察団の案内を買って出る必要があるのかとの素朴な疑問を口にしたリアムにホーキンスが微苦笑するが、気持ちを切り替えたように私が出た方が何かと良い気がすると返し、それならば頼むとリアムが全幅の信頼を置いている顔で頷く。
「ではリアム、また後で」
「ああ」
互いの診察室に肩を並べて向かい、受付に近いドアをリアムが、その隣のドアをホーキンスが開けてそれぞれの診察室にいるニナとスーザンに会釈をすると、ホーキンス・ファミリー・メディカルセンターが本格的に始動する。
その様子を受付のカウンターの内側で見守っていたホワイトが安堵の息を吐いたのを、患者に対応していたヘンリーが見ていたが、何かあったのかという小さな疑問を覚えるだけで声に出してそれを問いかけることはなく、今日は患者が少ないと、昨日に比べれば朝の忙しさが緩和しているように感じ、それでも訪れる患者と言葉を交わし、診察の順番を待って貰うように告げるのだった。
「失礼します」
少しばかり緊張気味に院長室のドアをノックしたのは、ティーブレイクに参加出来ない事をスタッフらに伝えて了承を貰い、会議室の前を素通りして最奥のドアの前に立ったリアムだった。
「どうぞ」
入室の許可の声と同時にドアを開けたリアムは、数えるほどしか入った事の無い院長室へと視線を巡らせた後、ソファで半ば腰を浮かせてこちらを見つめている初老の男性に気付いて軽く会釈をし、彼とは向かい合うソファを勧められる。
「話とは何でしょうか、院長」
彼女に対しての最上の敬語などここに来ることが決まったとき以来だと思いつつも、客人の前でいつものような態度は取れないと咄嗟に判断をしたリアムの言葉にホーキンスが感心したようにひとつ頷くが、彼を紹介しましょうと笑顔で立ち上がり、紹介される初老の男ークレイグ・マッカラムに向き直り、彼はリアム・ユズリハ=フーバーといううちのホープだとリアムを紹介すると、そのような紹介を初めて受けたリアムの目尻が僅かに赤く染まる。
「ホープだなんて恥ずかしいな」
紹介されましたリアム・ユズリハ=フーバーですと名乗りつつ手を差し出すと、俺はクレイグ・マッカラムだと名乗った男がリアムの手をしっかりと握る。
初対面の印象が互いに悪いものではないことを読み取ったホーキンスが二人に着席を促し、自らは二人の顔が見える直角に置いた一人掛けのソファに座ると、さてと咳払いをして本題を切り出す。
「リアム、今まであなたには詳しく話をしていませんでしたが……彼、クレイグはここの支援を長年続けてくれている人で、私のいとこでもあります」
「支援者でいとこ!?」
「はい」
ホーキンスの出自についてそういえばネットなどでクリニックの情報として公表されているものや、彼女の元教え子達から聞かされる話以外ではあまり聞いたことが無いと思いだしたリアムが軽く驚きに声を上げると、初めてディアナの親戚を紹介されたと感心したように頷くが、私の親類の大半がスコットランドにいますと返されて今度は驚きから言葉を無くしてしまう。
「……スコットランド!?」
「はい。……あなたと同じで私も幼い頃にこの国に移住したのです」
今教えられるホーキンスの過去を呆然と聞いていたリアムにマッカラムが咳払いをすると我に返ったように肩が揺れた後、そうだったのかと先程までとは少し声色を変化させて短く刈った髪に手を宛がう。
「ディアナがスコットランド出身だったなんてなぁ」
「いけないかね?」
彼女の出自に驚くリアムにマッカラムが声に棘を含ませて問いかけると、その声にすぐさま反応したのは当のリアムではなくホーキンスで、小さく咳払いをしてクレイグとマッカラムの名を呼ぶ。
「大丈夫だ、ディアナ……スコットランド出身だと言うのは本当に知らなくて驚いたけど、それだけだ」
それ以上でもそれ以下でもないと、どれ程疑いの気持ちを持っていたとしてもその笑顔を見れば疑う気持ちが霧散してしまいそうな無敵のお人好しの笑を浮かべたリアムにマッカラムが呆気に取られてしまうが、いや、こちらこそ彼女に協力してくれているきみを疑うなど失礼なことをしたと素直に詫びた為、逆にリアムが慌てふためいてしまう。
「いや、大丈夫だ」
慌てつつ助けを求めるようにホーキンスを見たリアムにくすりと笑った彼女だったが、クレイグ、リアムの性格が少しだけでも分かったでしょうと諭すように告げると、マッカラムの頭が音を立てそうな勢いで上下する。
「ミスター・マッカラムもスコットランド在住?」
「ああ、そうだ。……クレイグで良い。リアムと呼んでも良いか?」
「勿論」
己より遙かに年下のリアムにファーストネームで呼んでも良いかと問いかける様子から、見た目は少し厳つく見えるマッカラムだが性根は悪いものではないと判断をしたリアムは、勿論と頷きながらスコットランドからこちらに来たのはバカンスか何かかと問いかけると、ホーキンスとマッカラムの周囲の空気が一瞬でヒリヒリとしたものに変化をし、何に対してなのかは不明だが、ああという小さな呟きで全てを理解したような錯覚に陥ってしまう。
ホーキンスがここ数日悩んでいたことをホワイトから聞かされてはいたが、彼女から相談を受けた訳ではないために待っている事しか出来ずにいた。
だからこれからの話がその相談についてだと予測をしたリアムは、その支援について何か問題が起きたのかと問いかけると、どうしてという小さな呟きが彼女の口から流れ出し、己の予想は間違いでは無い事を確信する。
「バカンスに来たのじゃなければ支援に関して何かあったのかとしか考えられないだろう?」
脳味噌まで鍛えられた筋肉が詰まっているのではないかと揶揄われる事があったが、それはあくまでも悪意を持つ人達が面白おかしく吹聴しているだけで、頭の回転は悪くないと教えるようにひとつ肩を竦めたリアムは、その通りだとマッカラムが重い息を吐いたことに気付いて彼の顔を伺うように見つめる。
「毎年支援をしているのだが、今年はそれを譲って欲しいと言われて困っている」
「支援を、譲る……?」
マッカラムの言葉にリアムが意味が分からないと言いたげに眉を寄せ、ホーキンスの顔に答えが書いていないかを探るように見つめるが、素朴な疑問だとつい癖で人差し指を立てて挙手をしてしまう。
「クリニックへの支援には上限というか人数制限があるのか?」
寄付や支援等という扶助のシステムに制限があるのかと問いかけ、ホーキンスとマッカラムが顔を見合わせた後、他ならばいざ知らずうちに関してはそのようなものはありませんと院長が断言する。
「だよなぁ……それなのに支援を遠慮して欲しいって、どう言うことだ?」
クレイグがどれ程の支援をしてくれていたのかは知らないが、その支援を止めさせて余りあるほどの支援をしてくれるのなら譲っても良いと思うとリアムが至極真っ当な意見を返すと、二人の頭がほぼ同時に上下する。
「初めての支援だから私に花を持たせて欲しいと言われてなぁ」
その時のことを思い出しているような顔を天井に向けたマッカラムが吐いた息を己の顔で受け止め、不愉快そうに頭をひとつ振るが、その謎の支援者は誰だとリアムがこれまた尤もな疑問を投げかけると、ジョンストン侯爵という名前と肩書きが重々しい声で伝えられて目を瞬かせてしまう。
「侯爵……?」
マーキスと、さすがに驚きを抑えきれない声と顔で二人を交互に見つめたリアムだったが、今まで行ってきた支援を止めさせたのが侯爵という地位を有する貴族だと知り、己の前言を守ってくれるなら構わない気もするがと続けるが、リアムのその言葉に握りしめた拳をソファの座面に叩き付けたマッカラムが認められないと小さく吐き捨て、ここの支援は何があっても行いたいんだと、厳つい顔に険しい表情を浮かべてリアムを睨むように見つめ、その必死さを感じ取ったリアムがマッカラムに落ち着いてくれと伝えるように両手を挙げる。
「その侯爵がクレイグに支援させないようにしたのか?」
「ああ……俺もどうしてと思って色々友人知人から情報を集めていたんだが、埒が明かなかった」
だから今回バカンスを利用して視察団と一緒に回るためにここに来たと、そもそもの来訪理由を教えられてホーキンスを見たリアムは、10日の視察にその侯爵も来るのかと問いかけて無言で頷かれる。
「スコットランドから来る視察団にジョンストン侯爵も入っている」
「……ジーザス」
知らされた事実に天を仰いで嘆息したリアムだったが、それでディアナが案内を買って出たのかと今朝の会話を思い出して顔を向けると、その通りと頷かれて溜息をひとつ。
「その視察団は午前中にヴィクトリア・ノースヒル・ホスピタルを視察し、午後からこちらに来るそうよ」
だからその視察にクレイグが無理を言って同行することになっているとも教えられてさっきは驚きの声を上げついで沈黙してしまったリアムだったが、視察は10日と何やら小さな声で言葉を口の中で転がし、何某かの確証を得たように大きく頷く。
「どうしたの、リアム?」
「え? ああ、いや、10日はケイさんは休暇を取っているはずと思って」
随分と昔にスコットランドかイングランドか忘れたが、そちらに侯爵というあだ名で呼んでいた友人がいることを教えられたと、記憶の底から引きずり出してきたそれを口にするとホーキンスの目にも驚愕の色が浮かぶ。
「ケイの友人に侯爵がいる?」
「まだ付き合う前だったかな、そんな事を聞いたような気がするけど確信が持てない」
もしかするとただ単に侯爵とあだ名で呼んでいるだけかも知れないと肩を竦めるリアムの言葉を本人が思う以上に真剣に受け取ったらしいホーキンスが顎に手を宛てるが、もしも良ければそれとなく確かめて貰えないかと喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
リアムの配偶者であり10日に先に視察に訪れる病院で働く慶一朗の友人に侯爵というあだ名を持つ友人がいたとして何の不思議があるだろうかと、己の胸に沸き起こった疑問を打ち消す強さで呟き、脳裏からそれを吹き飛ばすようにホーキンスが頭を左右に振る。
この時、慶一朗の友人の侯爵の氏名だけでも確かめておけば、今回の全ての発端をリアムもホーキンスも早々に知ることが出来るのだが、二人とも未来を見通す目を持っていないため、今目の前に広げられている情報を組み立て、二人にとっては未知の存在である侯爵の思惑の一端だけでも掴めないかと顔を寄せ合い知恵を出し合うことしか出来なかった。
「とにかく、その時に少しでも彼と話が出来るようにするつもりだ」
だから今年の支援についても何とかするから時間をくれと、ホーキンスに、ついでリアムにも軽く頭を下げるマッカラムにただ驚き声を無くしてしまうが、いとこのホーキンスを助けたい一心だと理解出来た為、頭を上げてくれと告げてその通りに彼が顔を上げると、例えリアムを快く思っていない人であってもこの非常時にそのような顔で頷かれてしまえば全てを委ねてしまいたくなると思うような力強い笑みを浮かべ、悪い方に考えるのは今は止めておこう、もしも最悪の状況に追いやられたとしてもきっと打開策はあるはずだと、単なる楽天家ではないと確信を持たせる強さを滲ませた声でマッカラムとホーキンスを交互に見たリアムは、髭に覆われている顎を手で撫でた後、誰もが安堵の息を吐いてしまえるような笑みを浮かべ、きっと大丈夫だと何度も頷く。
「そう、そうね……打開策はあるわ」
「そうだな……!」
数日前、二人がここで顔を突きつけていたときにはこの世の終わりが見えたような暗い空気が部屋中に充満していたが、そこにリアムという人間が加わるだけで部屋の空気どころかこの世の終わりなどやって来ないと教えてくれる光が差し込んだような気持ちになり、ホーキンスが無意識に感嘆の声を呟いてしまう。
「ああ……」
リアムがここで働くようになってから大小様々な出来事が沸き起こってきたが、その中でも本当に一時期どうなってしまうのかと、表面上は平静さを保っていたが内心不安で不安で仕方がなかった、リアムの伴侶であり最も良き理解者である慶一朗が巻き込まれた事件から日常へと復帰するリハビリが終わりの頃に聞かされた言葉を思い出してしまう。
『あいつは空気清浄機だ』
リアム・フーバーー当時はまだ旧姓だったーという男がそこにいる、ただそれだけの事で間違いなくその周辺の空気が変化をするんだと伏し目がちにだが自慢の色を滲ませた声で告白されたことを思い出し、あいつは奇跡のような男だとも続けた端正な横顔も思い出したホーキンスは、深呼吸をひとつしたあと二人の名を呼んで視線を己に集めさせる。
「侯爵の出方を確かめるわよ……何があったとしても大丈夫」
侯爵というある意味恐ろしい地位を持つ人がどのような横槍を入れてきたとしても、私が作ってあなた達と一緒に守ってきたこのクリニックに手出しはさせないわよ。
その顔は教師のものでも院長のものでも無い、マッカラムにとっては久し振りに見るいとこの顔で、リアムにとっては初めて見るディアナ・ホーキンスという祖母と大差ない年齢の女性の顔で、一瞬背筋を粟立てたリアムだったが、学生時代に連んでいた悪友達と不条理な怒りをいつもぶつけてくる教師に対して仕返しを考えている時のことを不意に思い出させるものだった為、髭の下で唇の両端を持ち上げる。
「クレイグ、リアム、一緒に戦ってちょうだい」
「勿論」
ホーキンスの教師然とした顔ではなく、彼女の素顔を見た気がしたリアムが珍しく興奮気味に頷き、マッカラムもそんなリアムに触発されたように頷くと、イザベラが待っているから今日は帰るがスコットランドに帰国する前に一緒に食事に行こうと固く握手を交わす。
「良いな、それ。クレイグが良ければ奥さんも一緒に食事をしたい」
そしてそこに俺も夫と一緒に同席したいと笑うと、一瞬夫という言葉にマッカラムが不思議そうな顔になるが、全てを理解したように何度も何度も頭を上下させ、勿論だ、その時には是非同席してくれとリアムを安心させるような笑みをこの時初めて浮かべる。
「今日は帰るよ、ダイ」
「ええ。気を付けて」
そして10日の視察の日、見たことのない侯爵とのバトルに勝利しましょうと頷き、ここに来たときとは真逆の表情を浮かべて部屋を出て行くマッカラムを二人で見送るが、ドアが閉まると同時にホーキンスがソファの背もたれに寄り掛かる様に身体を捻る。
「ディアナ、大丈夫か?」
「ええ……あなたをこんなことに巻き込んでも良いのか悩んだのだけれど……」
正直に言うわ、あなたがいてくれて本当に心強かった、ケイは毎日こんな安心感を得ているのねと、少しの茶目っ気を瞳に浮かべた彼女に笑われてリアムが顔を赤くしてしまう。
「……そうだったら良いんだけどなぁ」
「大丈夫よ」
その言葉を安堵の息とともに吐き出したホーキンスだったが、今日の診察がまだ残っている、あと少し頑張りましょうかと気持ちを切り替えたようにいつもの口調でリアムを見ると、見られた方も瞬間的に表情を切り替えて小さく頷く。
少し未来に戦いが確実に訪れるとしても今日苦痛を訴えてやって来る患者を無碍にする事などできず、院長と気分的にはすっかり副院長であるホーキンスとリアムが互いに顔を見合わせた後、今朝のように気分を切り替えてよしやるかと呟き、まずはリアムが、そして部屋の主であるホーキンスが院長室を出てそれぞれの診察室に向かう為に階段を下りていく。
それを、受付のカウンターの中から朝と同じようにホワイトが見つめていたが、彼女の視線に気付いたらしいリアムが小さくサムズアップを決め、それが何を意味するのかを察したホワイトが安堵の息を吐いてヘンリーの首を傾げさせるのだった。
マッカラムがホーキンス・ファミリー・メディカルセンターを訪れた数日後、スコットランドから遠路遙々やって来た一団がシドニーの空の玄関口である空港の到着ロビーに姿を見せる。
「ロード・ジョンストン、今日はこのままホテルに向かいます。明日は九時にホテルのロビーにお越し下さい」
「ああ、ありがとう。九時だね、遅刻しないように気を付けよう」
スコットランドから同行している今回の視察に関して事務などを取り仕切る男の言葉に笑顔で頷き、明日から宜しくと周囲で疲れただの初めて来たがこの季節は本当に寒いんだなとの呟きを発している同行者に声を掛けたケネス・ジョンストンは、ここに来た時にいつも使っているホテルから迎えが来ているから失礼すると、その言葉に誰ひとりとして逆らえない極上の笑みを浮かべて一同に先にホテルに向かうことを伝えると、今回の年長者である名前の通った男性が仕方がないと言いたげにひとつ頷く。
九時という時間厳守でお願いすると念押しをされて頷いたケネスは、いつやって来たのか、己の荷物を運ぶ為の家人に久し振りだと笑顔で挨拶をし、待たせている車に乗り込むために建物から外に出てスコットランドとは全く違う気候を肌で感じて身体をひとつ震わせ、早々に後部シートに乗り込んで足を組む。
「……久し振りにワガママ王子様に会えるが、ご機嫌はどうだろうね」
運転席に座るのがいつもボートの操縦を依頼しているキャプテンと呼ぶ男だと気付き、久し振りだねキャプテンと気さくに声を掛けると、お久しぶりですと海の男を感じさせる嗄れた太い声が返ってくる。
「いつものホテルに頼む」
「はい」
僭越ながらボートの準備も整っておりますと続けられてそれは嬉しいなと素直に返したケネスだったが、ホテルに着くまでは口を開くつもりはないと教えるように窓の外へと顔を向け、それに気付いたキャプテンも沈黙したまま今日はボートではなく車を運転するのだった。
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