視察最終日の土曜日、同行していた議員とNSWの議員の懇談会を欠席したヨンソンが向かったのは、シドニー湾に流れ込む川を内陸へと遡った街にあるクリニックだった。
長さの違う三角屋根が特徴のクリニックの正面玄関から入ったヨンソンが見たのは、そろそろ診察が終わりを迎える土曜日のクリニックにしては長閑な光景で、待合室で会計を待っているらしい患者やその家族らの様子を横目に、受付のカウンターに手を付いてハイとスタッフに呼びかける。
「?」
唐突に親しげに呼びかけられたヘンリーが眉を寄せるが、そんな不審者を見るような顔にならなくてもと苦笑され、いや、どう考えても不審者だろうと胸中で呟いた時、部屋の奥からホワイトが出てくる。
「どうしたの?」
「事務長、こちらの方が……」
「ああ、不審者だ」
ヘンリーの言葉にひらひらと手を振りながらヨンソンが笑みを浮かべ、自ら不審者と名乗る彼を胡乱な目で見つめたホワイトだったが、カウンターの外部からは見えない場所にある警察への通報ボタンを押すべきかどうかを逡巡してしまう。
「あ、そのボタンは押さないでくれ。今日リアムは休診だろう?」
カウンターを指さしつつ笑顔でヨンソンが問いかけ、その問いに二人が顔を見合わせた後、あなたのお名前はとホワイトがボードを胸に抱えながら問いかける。
「ああ、ケヴィンだ。ケヴィン・ヨンソン」
リアムの友人でもあるしGGとは高校からの付き合いだと笑うと二人の顔に身元が判明した安堵が浮かび、リアムは今日は休診だとホワイトが小さく笑みを浮かべて返すが、何かを思い出そうと天井を見上げる。
先日、一昨年前にケアンズに行ったときに知り合ったケヴィンが突然家に来たことをリアムが苦笑交じりに、それでも楽しそうに話していたのを思い出したホワイトは、目の前で何が楽しいのかにこにこしているヨンソンをじっと見つめるが、ホーキンス先生に面会したいと少しだけ表情を真面目なものに変えられて目を瞬かせてしまう。
「……あなたがケヴィン?」
「俺の話を何か聞いていたのか」
ああ、ケアンズでリアムが知り合ったケヴィンは俺だと笑ったヨンソンだったが、その背中にお久しぶりですねと、穏やかな中に厳しさも感じ取れる声が投げかけられ、声の方へと皆が顔を向ける。
「先生!」
「……視察はもう終わったのですか?」
「今日は議員先生同士の懇談会なので抜け出してきました」
ヨンソンの顔に今までとは全く違う表情が浮かんだことにヘンリーとホワイトが顔を見合わせるが、ホーキンスが何もかもを察した顔でひとつ頷いた為、ヨンソンの対応を任せようと再度見合わせた顔に思いを浮かべる。
「こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
恩師との久しぶりの再会にヨンソンの顔に安堵と歓喜が浮かび、教え子のその心情を肩越しに視線を投げかけつつ己の診察室へと向かったホーキンスは、今日は一人ですかと問いかけながら診察室のドアを開けてヨンソンを招き入れる。
「後でGGとランチを食べようと約束しています」
先生も良ければどうですかと後ろ手でドアを閉めて患者が横になる診察台に腰を下ろしたヨンソンは、それも良いですねと頷かれて咄嗟に己が聞いた言葉が信じられないと言いたげに眉を寄せる。
「どうしました?」
「あ、ああ、いえ、誘っておいてなんですが、まさか良いですねと言われるとは思わなかったので……」
驚いてしまいましたと素直に己の驚愕を言葉にするヨンソンに呆気に取られたホーキンスだったが、口元に手を宛がい何ですかそれはと笑みを浮かべると更にヨンソンの顔に驚愕が浮かび上がる。
「そんなに驚くことですか?」
「……怒られるのを覚悟で言います。はっきり言って天地がひっくり返った方が驚かない程驚きました」
己が記憶している先生はもっと厳しかったと頭に手を宛がうが、そんな厳しい先生を変えたのは時の流れかそれとも身体だけでは無く心も鍛えているのであろう若いドクターかと疑問を口にする。
その口ぶりが学生時代と何ら変わらないものであることにホーキンスが気付いてやれやれと息を吐き、ヨンソンも学生時代の気分に戻ったように肩を竦めるが、冗談はともかくこの近くにあるチャイニーズレストランがあり、そこのランチが美味いと聞いたのでそこに行くつもりだと続けると、ホーキンスの目が丸くなった後好意的に細められる。
「あの店ですね」
何度かリアムと一緒に行ったことがありますと教えられ、その言葉にもヨンソンの顔が驚愕に彩られてしまう。
「……先生」
「何ですか?」
ヨンソンが居住まいを正すように背筋を伸ばしてホーキンスを呼ぶと、呼ばれた方も往年の気持ちを思いだした顔で椅子を回転させてヨンソンと正対するように向き直る。
「リアムという男は本当に不思議な男ですね」
己の友人知人からリアムの話題が出る度に感じていたことだが、今まで己の周囲にはいなかったタイプの男だと続けるヨンソンにホーキンスが目を細めて先を促し、人畜無害、底抜けのお人好しなど取りようによれば小馬鹿にしているような形容詞があいつには付くことが多いが、それによってあいつは損をしていないのか、嫌気が差さないのかと続けるとホーキンスの目がキラリと光る。
「この間もディナー時に突然押しかけても笑顔で歓迎してくれました」
こちらは手土産も何も持たないのに追い返されるどころかディナーも一緒に食わせて貰いましたと、己の言動が振り返れば恥ずかしさを想起させるものだと反省しているヨンソンが上目遣いにホーキンスを見つめると、彼女の口から呆れとも感心とも付かない溜息が零れ落ちる。
「本当に、彼は不思議な人だと思います」
「先生もそう思いますか?」
「ええ。初めて出会った時、働き出してまだ日の浅い勤務先から個人経営のクリニックに出向することに戸惑っている感じはありました」
だがその後、握手をした時、ただ優しさを搾取されているだけでは無い、そこには己の意志が存在する強さを感じ取り、勤務初日に宜しくと言葉を交わした時にはその思いが増幅されていたと返すホーキンスにヨンソンが口を閉ざし、己の中のリアム・フーバー−今は姓が変わってユズ=フーバーになったそうだーという男の輪郭を脳裏に思い浮かべてしまう。
リアムという男を知らない者からすれば、そのお人好しさを利用されているのでは無いか、先程ホーキンスが言ったようにその優しさを利用され搾取されているのではないのかと苛立ちにも似た不安を覚えてしまうが、当の本人はそんな相手の思惑も理解した上で己がやりたいという一心で行動しているのだと教えられ、何度目かの溜息を吐いてしまう。
「ケアンズで会った時、正直な話、お人好しで馬鹿正直な男だと小馬鹿にしてしまいました」
「気持ちは分かりますよ、ケヴィン」
かくいう私も同じような気持ちになったが、一緒に働き、また昨年リアムと慶一朗を襲った事件から立ち直る姿を間近で見守ってきた今、小馬鹿にするような人達に対してあなた達は何も知らないのだと憐憫の情すら覚えてしまうと笑みを浮かべるホーキンスにヨンソンが目を見張るが、その顔が学生時代に他の教師から理不尽に叱られたときにホーキンスが思い知らせましょうと笑ったときと同じだと気付き、背筋を心地よい震えが駆け上がっていくことに気付く。
「あなたが心配のあまり皮肉を言ってしまうのも分かります」
ですがあなたが心配するよりも先に彼を案じ支える存在が今の彼にはいること、それはきっと何よりも心強いことだとホーキンスの諭すような言葉にヨンソンの口から肺を空にするような息が零れ落ち、確かにそうだと何かが吹っ切れたような顔を上げて恩師に学生時代毎日見せていた笑みを見せつける。
「周りから見れば俺はきっとお人好しで便利に利用できる男に思えるだろう、でもそんな存在が一人ぐらいいてもいいと思わないか、そう言われたことがあります」
ヨンソンの顔が納得した人特有の明るさに満ちたことに気付いたホーキンスが続けた言葉はリアムと働くようになり、彼を襲った不幸な事故の後に聞かされたものだったが、ヨンソンが本日何度目かの驚愕の顔で彼女をまじまじと見つめてしまう。
「そう思われても構わない、その覚悟はあるようですよ」
「……参ったな、俺が余計な心配をする必要は無かったって事か」
「あなたの気遣いは嬉しいと思いますよ」
そんな事を言える人なのだ、己を案じてくれる人の言葉も素直に受け止めて感謝できる強さがあるだろうと、元生徒達に恩師には何年経っても敵わないと思わせるようなことをさらりと告げたホーキンスは、今日の診察は午前中で終わりだ、そろそろ終わりだからランチに行く準備をしましょうかと顔を綻ばせながら立ち上がり、ヨンソンも一瞬で表情を切り替えて診察台から飛び降りる。
「院長、お客様です」
二人が診察室から出ようとしたとき、部屋の奥で隣と繋がっている廊下からヘンリーが顔を出し、お客様とホーキンスが小首を傾げるが、その顔が元に戻るか早いか診察室のドアがノックされて勢いよく開いてしまう。
「先生、診察は終わりましたか!?」
終わったのならケヴィンと一緒にチャイニーズレストランにランチに行こうとドアノブを掴んだまま子どものように顔を輝かせる、NSW州最高位のドクターに二人が思わず顔を見合わせたあと、ほぼ同時に呆れたような溜息を吐き、突然やって来たゴードンの顔に疑問符を盛大に浮かべさせてしまうのだった。
この店では定位置になっているカウンターの最も端のスツールに腰を下ろし、そこに手を付くのではなく背中を預けては音と光の渦の中に飛び込んでいく人達に顔を向けているのは、後ろ手でカウンターに肘を預けて宙に指先でリズムを刻んでいるリアムだった。
親友が経営しているナイトクラブ・アポフィスには毎週末遊びに来ているのだが、フロアで踊る人達の中にリアムが入ることは珍しく、いつもこの席で踊っている人達を納めた視界の中央で気持ちよさげに汗を流している伴侶の慶一朗を見守っていることが多かった。
今夜もいつものようにそれをしているが、いつもとの違いはリアムの隣とその隣に、許して貰えるのならば年上の友人と呼びたい同業者のゴードンとヨンソンがいることだった。
二人の前には二人の好みをよく表している飲み物があり、何気なく視線をそちらに向けたリアムが飲み物のお代わりは良いのかと気遣う声を掛けると、お前はと言った後ヨンソンが口籠もってしまう。
「?」
「前にも言ったがな、王子様というのは傅かれるものであって甲斐甲斐しく世話をするものでは無いだろう?」
「うん、そうだな」
でもどうにもこれは己の性分だから仕方がないと笑うリアムの顔にやらされているというマイナスの気持ちも己への自嘲などもなく、そんな気持ちは遙か昔に通り過ぎてしまった感情だと教えるような突き抜けた笑みが浮かんでいるだけで、その言葉に嘘はないのだろうと二人も気付くが、それにしてもなぁとリアムと同じようにスツールを回転させてフロアで踊っている慶一朗へと二人同時に顔を向ける。
「あいつこそ王子様じゃないか?」
「確かにケイさんの方が王子様みたいだな」
先日の仕事終わりの突然の訪問の際、ディナーの用意を主に行っているリアムを手伝っているのか邪魔をしているのか分からない動きをした挙げ句、自分が手伝えばリアムの仕事を増やすだけだからビールを飲んで大人しく待っていると言い放つだけではなく、実際にその通りに庭でキャンプで使っているハイバックチェアに腰を下ろした慶一朗を思い出したのか二人が呆れたように息を吐き、残り一人は笑みの質を変えること無くにこにことしていた。
「……本当にお前はあいつに甘い」
「激甘だな」
リアムのにこにこ顔とは対照的な苦々しい顔で二人が呟くが、同じようなシチュエーションが無かったかと脳内で目まぐるしく思案し、一年近く前、ケアンズのナイトクラブで今と同じような状況になったことを思い出す。
そして、その時も慶一朗に対して甘いと言われたことを思い出すが、あの時も今もリアムの中には何も変わらない思いが存在していて、それを誰にも壊されないようにする為の笑みへと表情を切り替えると、好きな人は出来るだけ甘やかしたいからと肩を竦めるが、二人はそれに納得出来なかったようで、何度でも言うが甘いとヨンソンが瞼を平らにする。
酒が回っている悪酔い状態になったのかと一瞬ひやりとしたリアムが甘いとダメかとだけ聞き返して返事を待つが、首筋に強い視線を受けた気がして顔を振り向け、強張りそうだった顔を無意識ににやけさせてしまう。
「ケヴィン」
「何だ?」
「うん……あまりそのことを言い続けていると……」
俺のダーリンが血相を変えて駆けつけてくるぞと笑ったリアムがシャルルに己の飲み物を注文し、二人にも同じもので良いかと問いかけながら口の端を持ち上げる。
「お前のダーリンはフロアで踊り狂っているんじゃないのか?」
そんなあいつが駆けつけてくるのかと小馬鹿にしたように笑いながらスツールを回転させたゴードンだったが、予想外の近さに少し上気した顔を突き出して笑みを浮かべる慶一朗を発見して絶句してしまう。
「ハイ、ハニー。ジジイ達に苛められているのか?」
何と言うことだ、よくも俺のハニーを苛めてくれたなと、カウンターの内側で三人の様子を見守っていたルカですら呆気に取られてしまうような表情を浮かべた慶一朗がリアムの肩に腕を回し、慶一朗の大仰な仕草に付き合うようにリアムが頭を慶一朗の肩に預けるとキスが降ってくる。
「マイガッ!」
二人のその様子にゴードンが悔しそうに叫び、ヨンソンが天井を見上げて何やらブツブツと呟くが、リアムの飲み物を運んできたシャルルに気付いた慶一朗が俺にも同じものをとオーダーをし、茶番に付き合ってくれてありがとうとの思いを込めて髭に覆われている頬に口付けると、リアムとゴードンの間にスツールを運んできてまるで防波堤になるかのように割り込む。
その行動が意味するところを皆理解出来た為、ゴードンが降参だというように両手を肩の高さに掲げ、ヨンソンも片手を挙げて許しを乞うと、リアムと慶一朗が顔を見合わせた後に嫌味気の無い笑みを浮かべてサムズアップを決め、慶一朗の頬にお礼のキスをしたリアムがひとつ手を打つ。
その音が小気味よく響き、我に返ったヨンソンやゴードンがシャルルに飲み物を改めて注文し、皆の前にグラスが勢揃いをしたのを見計らい、ヨンソンが乾杯とグラスを顔の高さに掲げて皆がそれに笑顔で唱和する。
「……それにしてもよく戻って来れたな」
背後のフロアでこちらのことなど気にすること無く踊っていたと思っていたが、何というタイミングの良さで戻ってくるんだと感嘆の声を上げるゴードンに慶一朗が何でも無いことのように肩を竦めて返す。
「あんたらがリアムを苛めるからだ」
声に少しの棘を含めながら笑う慶一朗にゴードンとヨンソンの二人が顔を見合わせて溜息を吐き、そんなマイナスの感情を孕んだ空気を和らげるような声が流れ出して三人が同時にその顔を見つめると、ヨンソンとゴードンが呆気に取られ、慶一朗が別の意味で呆然としてしまうような強い笑みを浮かべカウンターに頬杖をつくリアムがいて、慶一朗が眼鏡の下で目を一度瞬かせる。
「ケイさん」
「……俺のハニーが途轍もなく大きくて優しい男で良かったな、GG、ケヴィン」
「……悔しいが認めよう」
慶一朗が一瞬で臨戦態勢になったことに真っ先に気付いたリアムがいつもと同じようで違う声音で慶一朗を呼び、その音によってゴードンとヨンソンは敵では無いと思いだした慶一朗がリアムに寄り掛かりながら楽しそうに笑うと、ゴードンがお前の言葉の通りだと素直に認めてヨンソンも同意するように頷くが、お前がただの優しい男なだけでは無いことを確かめられて良かったと笑いながらリアムに向けて手を差し出し、軽く驚いたように目を丸めた後、その手をしっかりと握りしめる。
「今回の視察は本当は乗り気じゃ無かったが、来て良かった」
こちらに来たときにはやりたいと思っていたことが出来た、後は明日の野暮用だとヨンソンがリアムにも共通する突き抜けたような笑みを浮かべ、ゴードンが野暮用の内容を知っている為に控え目な笑みを浮かべるが、久し振りにお前達とも会えて良かったと二人の腕をそっと撫でる。
「明日帰るのか?」
「ああ。明日の午後のフライトだな」
ケアンズでは何やら問題が起きているようだが、俺がいないときの問題対処を経験する良い機会だと笑うヨンソンにゴードンもそうだと頷くと、お前の家で食べたバーベキューが本当に美味かった、あのソーセージが気に入ったから次の機会の時には食わせてくれと太い笑みを浮かべ、それを受けたリアムが嬉しそうに大きく頷く。
「じゃあ帰るまでの短い時間だけど楽しもう」
ケイさん、俺も一緒に踊っても良いかと、つい先程の臨戦態勢など素知らぬ顔でリアムと同じドリンクを飲んでいる慶一朗に笑顔で問いかけると、眼鏡の下の双眸が二度三度左右に揺れるが、勿論と頷かれて愛嬌のある顔が満面の笑みに彩られる。
その顔を横合いから見ていた年上の友人二人は、リアムに関しては自分達が心配などしなくても大丈夫だろうし、また何かがあったときには今のように慶一朗がリアムを守るために駆けつけることに気付いて安堵に胸を撫で下ろすが、それを素直に認めることなど出来るはずもなく、独身男に見せつけるなと二人同時に毒突くのだった。
ほろ酔いのヨンソンがゴードンの自宅に戻る為に席を立ち、そんな二人と同じようにリアムと慶一朗が立ち上がって自然と互いの腰に腕を回すと、名残惜しそうにリアムが眉尻を下げる。
「もう帰るのか」
「ああ、仕方がない」
ケアンズとシドニーは同じ国内だがそれでも飛行機で3時間ほどの時間を必要とする距離があり、それが残念だとリアムが素直な気持ちを口にすると、同じ気持ちである事を教えるようにヨンソンが鍛えられている腕を撫でて肩に手を乗せる。
「休暇が取れればケアンズに来い」
俺のボートで釣りに行こう、そして何もしないのんびりとした休暇を過ごそうとにやりと笑うヨンソンの顔にはリアムの優しさを心配するあまりの皮肉など一切無くゴードンに語りかけるときと同じような表情が浮かんでいて、きっと彼の中で何かが変化をしたのだと気付いたリアムがヨンソンの背中をそっと抱きしめ、同じ強さで背中を抱かれて安堵の息を零す。
「ケヴィン、リアムと仲良くするのは良いけれどハグ以上はするなよ」
そんな二人の様子を面白くなさそうな顔で見ていた慶一朗だったが、思わず本音を吐露してしまい、ヨンソンとゴードンの顔をにやけさせてしまったことに気付いて今の言葉は無しだと小さく叫ぶ。
「安心しろ、俺のタイプはお前達じゃ無い」
「……それ、喜んで良いのかなぁ」
ヨンソンの言葉にリアムが天井を見上げ、その横では慶一朗が何とも言えない顔になっているが、二人より付き合いの長いゴードンが全てを察している顔で頷き、さあ、そろそろ帰るぞと名残惜しさを押し隠して笑みを浮かべる。
「リアム、ホーキンス先生によろしくな」
「え? あ、ああ、うん」
今日の午前にクリニックを訪れたことをまだ知らないリアムの顔に疑問が浮かぶが、恩師に宜しくと伝えることは何も不思議では無いと納得したのか、二人に手を差し出してしっかりと握手をし、一年ぶりの再会が本当に楽しいものだったと言葉と笑顔で伝え、慶一朗もさすがにこの時ばかりは皮肉な顔を掻き消し、再会できて本当に嬉しかったと穏やかな笑みを浮かべる。
「またな、リアム、ケイ」
「気を付けて帰ってくれ」
俺たちも今日は家に帰ることにするからと笑うリアムにそっと身を寄せた慶一朗に気付いた二人だったが、特に何かをいうでも無く鷹揚に頷き、シャルルが手配してくれていたタクシーが到着したことを伝える為に店の中に入ってきたセキュリティスタッフのアンディの呼びかけに手を挙げる。
そうして店を出て行く友人達を見送った二人だったが、カウンターの内側でずっと見守っていたルカの前に戻ると、今日は家に帰ることを伝え、駐車場に停めさせて貰っている愛車に乗るため、カウンターの奥のドアをそっと潜って今日は奥で仕事をしていたラシードにまた来ると伝えて店の勝手口から出て行くのだった。
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