It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第11話 A Man Called Liam.
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 久しぶりに訪れた古巣の職場ーリアムにとっては雇用契約上の職場という感覚が拭えなかったーで、今朝行ってくると行ってこいのハグとキスを交わして送り出した伴侶との再会は己が思ってる以上にリアムの中に何らかの感慨を芽生えさせたのか、職場のクリニックに戻ってホーキンスに会議の内容、注意すべき事項等を伝えた後、あの病院で久しぶりに慶一朗に会ったことをぽつりと報告してしまうほどだった。  その横顔が珍しい類のものに感じたホーキンスが事情をそれとなく聴きだし、庭のベンチで話をしているときにクイーンズランド州から医師の視察が来ているが、それに遭遇しないように慶一朗が逃げていたことを肩を竦めて伝えるとホーキンスの目が丸くなる。 「ケイさんが何や嫌な感じがすると言っていたからなぁ」 「彼の感性は独特なものがありますからね」 「俺もそう思う」  嫌な感じがする、その言葉に込められているものが後日笑い話で済むようなものであれば良いと思うと、話題の主が巻き込まれた事件を二人同時に思い浮かべているような顔になり、互いの顔にそれを見出して微苦笑して首を左右に振る。  あのような凄惨な事件が再度起こる可能性は限りなく低いだろう、だから今日彼が覚えた嫌な感じはきっと笑えるものに違いない、そう強く願いつつほんの少しの不安をどうしても消せなかったリアムだったが、ホーキンスが顎に手を当てて思案する様子を見せたことに気付き、どうしたとさっきは左右に振った首を今度は傾ける。 「クイーンズランドのドクターの視察ですか……」 「ディアナ?」 「……思い過ごしだと良いのですが」  そのドクターたちの中にケヴィンがいるのではないかと問われて脳裏に思い浮かんだのは、到底優秀なドクターとは思えない表情と言動の男の顔で、何故かその顔の横にもう一人の優秀さを包み隠すこともしないがそれが鼻につく訳ではない不思議な魅力を持った男の顔も思い浮かぶ。 「……ケヴィンとGGが一緒にいる可能性はあると思うか、ディアナ」 「……視察の中に彼がいるのなら、間違いなく一緒にいると思いますよ」  何しろあの二人は同学年の生徒の中でもひときわ目立つ存在だったからと、その二人が今でも頭が上がらない存在であることを教える顔で彼女が零すが、まあ彼らが来たとしてもあの頃のままではないでしょうと、過去の記憶ときっと著名なドクターとして忙しく働く今では振る舞いも言動も違っているだろうそれを溜息に混ぜて吐き出す。 「それを願うな」 「そうですね」  そんな他愛もない話をしたあと、そろそろ季節性の病気も流行りだす頃だからワクチンの準備も行わなければならないと話題を切り替え、事務長のホワイトを含めて相談することを決定すると、今日も一日お疲れさまと挨拶を交わして職場のクリニックを出るのだった。  白ワインとオイスターが食べたいとのリクエストを叶えるために帰路スーパーに立ち寄ったリアムが纏め買いをしたために大量の荷物をそれでも軽々と抱えて愛車に戻るが、その時スマホが着信を教えてくれたために荷物を積んだ助手席のドアを閉めてスマホを耳に当てる。 「ハロー」 『……リアム?』 「ケイさん?」  回線の向こうの声は慶一朗のものだったが困惑に染まっている気がし、どうしたと問いかけつつ運転席に乗り込むと不明瞭な声が今から帰ると教えてくれる。 「あ、ああ、気を付けて」  俺も今スーパーで買い物を済ませた所だと返しエンジンをかけると、うん、お前も気を付けてと周囲を憚っているような声が返ってくる。  本当に今この通話が繋がっている向こうの世界で何が起きているんだと眉を寄せたリアムだったが、その気配を察したのか、とにかくすぐに帰るからと慌てたような声の後小さな濡れた音が聞こえ、通話終わりの合図のキスだと気づいたリアムが返す前に通話が切れてしまう。  いつもとは違うその焦り方に思わず険しい顔になったリアムだったが、とにかくこちらも家に帰ろうと息を吐き、慌てることなく車を家に向けて走らせる。  スーパーからほど近い自宅のガレージに愛車を止め、今日も一日よく動いてくれたとボディを撫でて労った後、買ってきた商品を同じように小脇に抱えてガレージのドアを開けると、すぐ前には床掃除をしてくれているのかと笑いたくなるほど左右に尻尾を振り舌を出して出迎えてくれている愛犬のデュークが待ち構えていて、ただいまデュークと声をかけつつソファに荷物を降ろして帰宅したことを教えるように頭をワシワシと撫でる。  それが嬉しいのかひときわ大きく尻尾が左右に揺れた後、頭をリアムの掌に押し付けるように伸びあがり、こらと笑いつつそれを受け止め耳の付け根のあたりを少し強めの力で撫で、もうすぐケイさんも帰ってくるからブラッシングをしてもらえと笑いかけ、ソファに置いた荷物を三度抱え上げてキッチンに向かうと、デュークがトコトコと後を追いかけてくる。  その光景もデュークと一緒に暮らすようになってからは当然のものになり、この後時間の短長はあれどももう一人の家族が帰宅すれば自分達の間に黒と茶色の毛に覆われた頭をぐりぐりと押し込んでくるのも当然のものになっていた。  少し前までは帰宅する慶一朗を待ちながらトレーニングをするか溜めていた家事に追われるだけだったが、自覚していなかった寂寥感をこうして埋めてくれる存在がいることに今更ながらに気付き、そっと頭を撫でると嬉しそうな鳴き声が上がる。  デュークを飼う前、昨今の風潮のようにペットを家族と呼ぶ事に違和感を覚えていたが、今当たり前のように家族の中に数えていることに気付いたリアムが微苦笑しつつデュークの前に座り込むと、目線の高さが近くなったことで尻尾がひとつ左右に揺れる。  己の中の気持ちをこんなにも自然に変化させた存在のデュークの頬を両手で挟んで鼻先に額を触れ合わせると、心配しているような甘えるような鳴き声が聞こえ、大丈夫だと笑って頬を撫でる。 「ケイさんも早く帰ってこないかな」  今ここにあの人がいれば最高だしお前ももっと嬉しいだろうと笑ってデュークが最も喜ぶ顔で耳の付け根を強めに撫でると、嬉しさを表すように尻尾が激しく左右に揺れる。  素直な歓喜の表現にリアムの心もふわりとなり、さあ、空腹を抱えてあの人が帰ってくる、それまでに準備をしようと立ち上がると、デュークの耳が何かを確かめるように左右にピクピクと揺れ、まだ帰ってこないぞと苦笑し、冷蔵庫を開けてスーパーで買ってきた食材等を入れていくのだった。  白ワインを冷蔵庫で冷やし購入したオイスターを食べるソースを何種類か用意を終えた頃、キッチンの己のお食事処近くでリアムの様子を見守っていたデュークの耳がピクリと動き、それに合わせて首を巡らせて音も無くガレージから出入り出来るドアの前に向かう。  デュークがドアの前に移動したことにしばらく経ってから気付いたリアムが本職のシェフのようにティータオルを肩に掛けつつそちらに顔を出すと同時、ガレージのシャッターが上がる音が聞こえてきて、デュークの尻尾と耳が期待に左右に揺れ始める。 「お、ケイさんが帰ってきたな」  人とは違う聴覚や嗅覚を持つデュークは暫く前から慶一朗の気配を感じ取っていたのだろうが、浮かれている気持ちをグッと押し殺しつつーそれでも隠しきれない感情は尻尾と耳に表れていたードアの前で四つ足を揃えている姿に、デュークも慶一朗の前では子犬の頃のように喜んで飛び跳ね回る姿を見せたくないのだろうと気付き、お前なりのプライドかと笑ってしまう。  好きな人には格好いい姿だけを見せたいと思うのは種を越えた雄の本能かと肩を揺らした時、車のエンジンが止まってシャッターが今度は地面に接した音が小さく響く。  いつもならばドアノブが回転し機嫌の善し悪しはあれども、今日も一日働いてきたと教えてくれる端正な顔が見えるのに中々見えないことにデュークが焦れたように尻を浮かせた時、何かを察したのかすぐさま威嚇の態勢を取る。 「デューク?」  自宅では滅多に見せることのないその姿から異変に気付いたリアムがデュークの横に向かうと同時にドアノブが回転し、いつもとは違って恐る恐るといった風にドアが開いていく。  その動きがデュークの日常との差異を刺激したらしく、思わずリアムでさえも飛び上がりそうな声量で吠えはじめ、ドアから入ってこようとする人影に今にも飛びかかりそうになる。  それにも素早く気付いたリアムがデュークの名を鋭い声で呼び、鳴き声が止んで己を見上げたタイミングで待てとお座りを命令すると、興奮していてもリアムの言葉はしっかり届いているのか、吠えていたことが嘘のように大人しくなりその場でお座りをする。 「良し。良い子だ、デューク」  良く我慢したと褒めて頭を撫で、こちらに来いとドアの前から離すようにリビングへと移動させると、そこでも待てと命じ、開いたドアから入ってきた慶一朗にお帰りと声を掛けようと顔を向けてそのままの姿勢で固まってしまう。 「犬と子どもの躾はドイツ人にさせるのが良いというのは本当だったんだな」 「それもそうだが、あの犬がきっと頭が良いんだ」  なんと行儀の良い犬だと口々にたった今目の当たりにした光景へ感心しきりの声を上げる二人の男の前、慶一朗がげっそりとした顔でただいまと呟くが、その言葉ではリアムの石化を解除できなかったようだった。  人間、目の当たりにした光景があまりにも予想外だったときは反応できなくなってしまう事もあるが、ちょうど今のリアムがそんな状況に陥ってしまったようで、どうしたどうした、そんなに再会を喜んでくれるのかと揶揄うような声に笑われてもすぐさま反応できないほどだった。 「……悪い。お前と別れた後に二人に捕まってしまった」  慶一朗がぼそぼそと呟く言葉に漸くリアムの石化が解除されて勢いよく顔を向けた後、その背後で互いの肩に腕を回してニヤニヤしている二人の男を見てその名を叫んでしまう。 「GGとケヴィン!?」 「おう、久し振りだな、リアム!」 「久し振り過ぎたからお前達の家に来たぞ!」  今顔を押さえて溜息を吐いている慶一朗が午後の再会後の出来事を掻い摘まんで説明をし、家に連れて行けと言われて断り切れなかったと申し訳なさを浮かべた顔でリアムを見つめ、慶一朗より遙かに人の心の機微を察することが可能なリアムが理解したことを教えるように頷いた後、驚きから歓迎の笑みに表情を切り替えて二人に向け手を差し出す。 「久し振り、GG、ケヴィン」 「元気そうだな」  同じシドニーに暮らしながらもさすがに多忙なゴードンとは中々会うことが出来ず、メディアを通して見かける度に元気そうだと慶一朗と話題にするぐらいだったが、ヨンソンとは約一年ぶりの再会で、固く握手を交わして再会の喜びを素直に表すと、二人の顔にリアムの背後で突然やって来た二人の男は誰だ、慶一朗やリアムに危害を加えないだろうなと警戒する気持ちを全身から発しながらもリアムの命令に従っているデュークへの興味が浮かび、あのシェパードの名前はと問いかける。 「ああ、デュークだ」 「公爵か。良い名前だな」 「何だ、この家には王族しかいないのか」  確かお前は王子様と呼ばれていたなと昨年の出会いの時に聞かされたことを思い出したヨンソンが肩を揺らし、そうなんだと朗らかに笑うリアムに呆気に取られるが、驚かせてしまったがデュークに触っても大丈夫かと、飼い主二人の許可を取るように顔を見ると、慶一朗が全幅の信頼を置いている顔でリアムを見つめ、見つめられたリアムも一瞬考え込むが、ヨンソンが自宅ではボクサーを、ゴードンが二頭犬を飼っていることを教えられ、それならば大丈夫だと頷いた後、デュークの前に向かった後一言二言何かを告げてどうぞと二人を手招きする。  突如現れた二人が己の大切な存在に害を与えるものではないことを二人の様子から察したデュークが好奇心を丸出しに近寄ってくるヨンソンとゴードンが差し出す手に鼻先を寄せて匂いから情報を集め始める。  その様子にひとつ安堵の息を吐いたリアムは、いつの間にか帰宅後のルーティーンを終えたらしい慶一朗に大切なことを確かめようと顔を寄せる。 「ディナーをどうする?」 「……何かあるか?」  あなたがリクエストをしたオイスターは食べる準備が出来ているが、さすがに四人で食べるには量が少なすぎるとリアムが思案気に呟き、慶一朗の目が眼鏡の下で申し訳なさに曇ってしまう。 「ああ、大丈夫だからそんな顔をするな、ケイさん」  これでも料理屋の息子だ、不測の事態に備えて色々打つ手はあると笑って慶一朗の頬にキスをしたリアムは、いつも通りキスではなく腰をぎゅっと抱きしめられる返事を受け取り、二人がいるからと気付いて微苦笑する。  今までの己ではダメだと自らに言い聞かせたドイツ帰省時から思えば、今日の午後のように自宅外でのスキンシップも図ってくれるようになったが、さすがに今は突然の出来事にその決意が薄らいでいるようだった。  人前でのスキンシップが苦手なら苦手でも特に気にすることのないリアムだったため、もう気にしなくて良いと二人の目がこちらを向いていないことを確かめた後、落ち込みから下がっている口の端を上げてくれと伝えるようにそこに素早くキスをする。 「……何か手伝えるか?」  日常生活不能男と揶揄われる己が手出しをすれば余計な手間が増える恐れから問いかけてくれる慶一朗に笑を浮かべ、天気も良いし二人が来てくれたから庭で食べよう、どうせならバーベキューをしようと片目を閉じ、食材は運良くさっき買ってきた肉などがあるし冷蔵庫にもストックがあるからそれを食べよう、火を熾すことはヨンソンが手慣れているはずだから彼に頼もうと囁き、突然の訪問だからそれぐらい頼んでも大丈夫だと茶目っ気を込めて続けると、漸く慶一朗の顔に小さな笑みが浮かぶ。 「それもそうだな」 「ああ。用意が出来るまでビールを飲んでオイスターを食べるのはどうだ?」  慶一朗の顔に浮かんだその小さな笑みを少しでも大きく深くしたかったためににやりと笑いつつ更に提案をするとそれに乗ったと慶一朗が口笛を吹いて笑みを浮かべて指を鳴らし、それに気付いた二人とデュークがこちらに顔を向けたことにも気付くと、ヘイ、不良親父達、ディナーの準備をリアムがやってくれるから手伝ってくれと、さっきまでの落ち込みが嘘のような尊大な態度で二人に言い放つ。 「お、何だ何だ、出来る事なら手伝うから言ってくれ」  慶一朗のそんな尊大な態度を気にも掛けずに何を手伝えば良いと問いかけつつ二人の前にやって来たヨンソンにバーベキューグリルを出すから火を熾して欲しい事、その間ビールとオイスターを摘まみにしてくれとリアムが返し、その間に食材の準備をする事を、慶一朗に倉庫から必要なものーリアムとキャンプに行くようになってからバーベキューをするときに何が必要かは理解出来る様になっていたーを出してくれと頼み、お前は食べないのかと短くゴードンに問われて全く意に介していない顔で頷く。 「オイスターを少し残しておいて欲しいな」  それで良いと笑うリアムに三人がほぼ同時に顔を見合わせて同じ思いを抱いたことを教えるように溜息を吐き、どうしたと急に同調し始めた三人の様子にリアムが首を傾げる。 「……ケイやジャックが究極のお人好しと今日お前のことを話していた理由が良く分かるな」 「本当にな」  普通、突然家に何の連絡も無く押しかけた時点でマナー違反だろうしアウトだろうとヨンソンが腕を組んで何処までお人好しなんだと溜息を吐き、その横ではゴードンも同意を示すように何度も頷くと、リアムがハニーブロンドの頭に手を当ててからからと笑う。 「それもそうだけどなぁ」  一年近くぶりの再会が嬉しいし喜んで貰えるのならと笑うリアムに二人が言葉を無くし、その性情を最も間近で見聞きし体感している唯一の男が諦めと自慢を綯い交ぜにした顔で溜息を吐いた後、腿の横でグッと拳をひとつ握り、その手を開いてリアムの髭に覆われている頬に添えると触れるだけのキスをする。 「……!」 「ケヴィンに火を熾して貰うから材料の用意をして欲しい」 「……うん、少しだけ時間をくれ」  慶一朗からのキスに軽く驚きつつも極力それを表に出さない努力をしたリアムがヨンソンへと顔を向けて苦笑すると、二人の不良オヤジ達が先程の己のように石化してしまっていることに気付いてニヤニヤと珍しい類いの笑みを浮かべる。 「驚いたか?」 「……年寄りを驚かせるな!」 「まったく!」  リアムの笑いかける顔に我に返って声を荒げる二人だったが、そんな二人に腹が減った、早く食いたいから用意を手伝ってくれと慶一朗が顎で二人に命じ、こいつは本当に年上を敬うということを知らないのかと二人が憤慨する振りをする。  その言動に肩を揺らしつつ三人を待たせるのも気の毒だと気付いたリアムが、自分達の様子を呆れたように見守っていたデュークに気付き、その頭にポンと手を乗せてあんなふざけきった大人になるんじゃないぞと言い聞かせ、庭先から振り返った三人に何を言ったと睨めつけられながら急遽四人分のディナーの準備に取りかかるのだった。  リアムが大急ぎとは思えない手際の良さで作ったーと言ってもグリルで肉や野菜やシーフードを焼いただけと、最も苦労を背負っているはずの男は意に介さない顔で笑っていたーディナーとワインやビールを満喫したと、心底喜んでいることを教えてくれる顔で二人の手を握ったヨンソンとゴードンが、シドニー市内のゴードンの家に帰る為に駅に向かうのを玄関前で見送った二人だったが、慶一朗が楽しかったと笑うリアムの横顔に目を細め、職場からの帰路に二人と話していた事を思い出してしまう。  本人達も言っていたが、突然の自宅への来訪、しかもディナー時のそれは余程の仲でもない限りは礼を失したものだが、それすらも笑顔で受け入れるだけではなく皆を満足させられる料理を手早く用意をすることが出来るのは、リアムという男の懐の深さと人としての大きさかと苦笑してしまう。  人畜無害、恐ろしいほどのお人好し。  そんな類いの、リアム・ユズーフーバーという男を形容する言葉では到底表しきれない性情は、良く知らない者からすれば小馬鹿にしてしまい、余計な心配をしてしまいたくなるものだろうが、そんな周囲の嘲りや心配も全て理解した上で、突然の来訪も嬉しいと笑える心の余裕は一体何処でどのように生まれるのだろうか。  我が身に置き換えると己の伴侶の心の広さがまるで異星人か何かのような得体の知れないものにすら思えてしまうが、じっと己の顔を見つめていることに気付いたのか、ヘイゼルの双眸を軽く見開きつつどうしたと顔を振り向けてくれる。  言葉でも態度でもこちらを向いていることを教えてくれる、心身ともに大きな男に出てくるのは己の小ささを見せつけられた溜息だが、負けず嫌いの己が出会った頃からこの男にならば負けても良いと思っていたのでは無いかと唐突に気付き、全ての感情をひっくるめた吐息をひとつ。 「ケイさん?」 「……リアム」 「ん?」  どうしたと問いかけようとする口を封じるように掠めるだけのキスをすると、愛すべき男の顔に驚きが浮かぶが、程なくして見るだけで幸せになれる笑みがじわじわと広がっていく。  この笑顔はきっと己にだけ向けられたものだと今では理解している為、腰に腕を回して肩に懐くように顔を寄せると、中に入ろうと髪に口付けられる。 「そうだな」 「デュークも可愛がって貰っていたし」 「そういえばGGは犬を二頭飼っているって言ってたな」 「ああ」  どんな犬がいるんだろうな、そんな明日には忘れてしまいそうな言葉を交わしつつ玄関から中に入ると、デュークが遅いと言いたげに一声吠えて二人を出迎える。 「リアム」 「うん、どうした?」 「ああ……今日は突然だったけど楽しかったな」 「うん、楽しかった」  あの二人はやはり一緒にいると楽しい、今週の金曜日のディナーも楽しみだと笑ったリアムの背中に飛び乗り、片付けも終わっている、風呂に入って仲良くしないかと背後から囁きかけた慶一朗は、良いなぁという心底嬉しそうな声に了承を貰い、お休み、デュークと就寝前のルーティーンをする為にリアムの背中から飛び降り、待ち構えているデュークをハグし、リアムがそれを終えるのを待っているのだった。  ヨンソンとゴードンの突然の来訪に驚きつつも受け入れた二人と一頭の上、雲の隙間から星が静かに地上を見下ろしているのだった。    
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  人畜無害のマッチョマン。
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