今更、このような手紙を出しても許して貰えるとも思えないが、自己満足で出す事にするよ。
その一文を今時では珍しい便箋に記入するだけで腕がだるく手から力が抜けそうになり、ペンを置いて背中を支えてくれているベッドに凭れ掛かる。
いつ頃からかこうして手を動かすことも酷く疲れる事になってしまい、いずれは話す事も疲れることになると自然と考えると、今が最後のチャンスかも知れないと気付いて薄くなった腹に力を込め、ベッドを跨ぐように置かれているテーブルに寄り掛かるように身体を起こす。
開け放たれている窓からは冬と春の入れ替わりのような風が入り、その風にレースのカーテンが揺れ、窓辺に飾ってある恋人が己の為に作ってくれた飾りがふわりと舞ってベッドの上に着地する。
「……時間が、無いな」
この手紙だけは書き上げないとと、たった今投げ出したペンを手に取り、一文で終わっている便箋を引き寄せ、震える手で今の思いを綴っていく。
書き出すまでは疎ましかったが、書き始めるとペンが止まらず、これほど言いたかったことがあったのかと今更ながらに後悔してしまうが、今後悔するぐらいならば最初から止めておけば良かったのにと皮肉に笑う声と、今からでも遅くないから素直になれとの言葉が胸の内で鬩ぎ合い、どちらもうるさいと笑いながら手を動かし続け、今の己が書き記せる事を全て書いた満足に再度ベッドに寄り掛かる。
その時静かにドアが開いてすらりとした長身の青年が入ってきて、風に揺れるカーテンとそれにふわりと舞い上がった飾りに気付いてベッドサイドに寄ってくる。
「……レスリー」
「どうしたの?」
掠れる声で名を呼べば、掛布団の上で風にゆらりと揺れている飾りを掌に載せた青年が振り向き、テーブルの上の書き上げられた手紙に気付いて軽く目を見張る。
「その手紙、捨ててくれ」
「え? せっかく書いたんだろ?」
誰に出すつもりなのかは分からないけれどせっかく書いたのだから出せばどうだと提案され、心優しいこの青年ならばそう言うだろうとの予想から一度頷くが、性に合わないとにやりと笑みを浮かべると、己の性格を良く知っているからかそれ以上は何も言わずにただ溜息を吐いて手紙を捨てる割には丁寧に折りたたむ。
「必ず、捨ててくれ」
「そうだね……それよりもパッションフルーツが売っていたから買ってきたよ」
「……ああ、食べたいな」
青年の手にある袋から取り出されるその果実を見るだけで、酸味と甘みのバランスが良いその味を思い出して自然と口の中が潤い出す。
テーブルでカットしているのを見守っていたがスプーンを握る力が無いと伝えると、それも分かっていると言いたげに頷く青年の頬に手を当て、いつもワガママを聞いてくれてありがとうと先の手紙よりも素直に気持ちを伝えると、果実を切り分けていた手が止まり、ナイフがそっと置かれて艶やかな黒髪がさらさらと左右に揺れる。
「……これ、美味しそうだから食べさせてあげる」
「サンクス」
一度鼻を啜るような音が聞こえた後に上げられた顔には笑みが浮かび、美味しそうだったから買ってきたから美味しかったら褒めてくれと知り合ってから変わることのない笑顔で強請られ、そうだなぁと少しの意地悪な気持ちを込めて目を細める。
「素直じゃないよね」
「……本当に、な」
もっと素直になっていれば今頃僕もあの子も違う未来があったのかも知れないと、最近見る事が増えた過去の夢を想起している顔でぽつりと零すと、でも素直じゃないからあなたに出会えたんだと震える声に告白され、さっきは頬を撫でた手で黒髪を撫でる。
「……早く食べよう」
「ああ」
どちらも感情を素直に出すのを堪えていることを知りながら口に出さずに笑みを浮かべて果実を食べようとスプーンで黄色い果実を掬い、そっと口元に差し出されて震えながらそれを食べる。
酸味が強い気がしたがそれでもまだその味を感じられる安堵に一口、もう一口と食べると半分を食べきったようで、僕の分も残しておいて欲しいなと悪戯っ気を込めて笑われる。
「ああ、好きなだけ食べてくれ」
もう十分だと笑ってベッドに寄り掛かると遠慮がちに横に座る恋人の髪を撫で、窓から入る風の心地良さに自然と吐息を零してしまう。
「……レスリー……手紙は、処分してくれ……」
「……」
久し振りに食べたフルーツに心身ともに満足したのか眠気が不意に訪れたために目を閉じると、肩に恋人の頭が載せられた重みを感じるが、その心地よい重さをあとどのくらい感じられるだろうか、こんなことならばもっと一緒にいれば良かったという淡い後悔と、それを一枚捲った下にある途轍もない恐怖を伴うようなそれの存在に目を閉じ、優しく髪を撫でられる感触に誘われるように眠りに落ちてしまうのだった。
己にもたれ掛かりながら浅い眠りに就いた恋人の、病で痩せ細った手をそっと取り、愛おしむように何度も撫でた青年、レスリーは、テーブルの上に丁寧に畳んで置いた手紙へと視線を向け、処分してくれと言われたものの、この言葉にだけは従ってはいけないような気がし、眠りを妨げないように気を付けつつ腕を伸ばしてその手紙を手に取る。
恋人特有の、謝罪しているようには見えない文言で始まる手紙に書かれているのは、己が聞きかじる事しか出来なかった恋人の過去で、しかも話題に出すだけで恐ろしい目で睨まれた人物に対する贖罪だと分かる文章が、力が入らずに震えて読みづらい文字ながらも綴られていた。
知り合ったときから自分勝手に生きている人だと思い、己にはないそれに惹かれていたが、その自分勝手な生き様の根底にはある人物への罪悪感が常に存在していたことをその手紙から読み取ると、知らず知らずのうちに青年の頬に涙が伝い落ちる。
その涙の理由が分からずに手の甲で拭うと、寄り掛かっていた恋人の口が動き、掠れた声で謝罪の言葉とその謝罪を受け取るべき人物の名前が零れ落ちる。
「……リ、ア……」
その声を心に刻んだレスリーは、手紙をシャツの胸ポケットにしまうと手の甲でぐいと涙を拭い、どうか今夜は夢も見ない眠りに就けますようにと恋人のために短く祈ると額にキスをしてベッドから抜け出し、そのまま部屋を後にするのだった。
開け放たれている窓から入る風に揺れていたカーテンが、レスリーが立ち去る事への名残惜しさを伝えるように一際大きく揺れた後、風が止んだことを教えるように動かなくなるのだった。
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