It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第10話 Life is Beautiful.
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 先月末までいたドイツとは違って夏の暑さの中迎えるクリスマス。  街は赤や緑のカラーに彩られ、信じる神の有無にかかわらずに人々は自然と心が浮かれていくのを覚えていた。  そんな週末の午後遅く、小さな花束を片手に丘の上にある墓地へと続くなだらかな坂道を歩いているのは、ドイツから帰国して少しだけ慌ただしい日々を送っていたが、漸く落ち着いた時間を持てるようになったリアムと、今日の訪問を伝えられて駆けつけたレスリーだった。  ドイツはどうだった、ああ、楽しかったし一生忘れられない帰省になったと、先月末まで滞在していたドイツでは寒い寒いと繰り返していた慶一朗の顔を脳裏に浮かべつつ笑みを浮かべたリアムが感慨深い思いを声に乗せると、それから何かを察したらしいレスリーが良い帰省だったんだと穏やかな笑みを浮かべる。 「ああ」  墓地を示す鉄の門を潜ってユーリが永遠の眠りに就いている事を示す墓石の前に向かうと、リアムが手にした花束をそっと置き、その横にポケットから取り出した小さなセピアに変色した写真を置く。 「それは?」 「ばあちゃんから預かってきた。……ユーリの母親の写真だ」  彼の最期の言葉にもあっただろうが、ドイツの彼の家族は彼の存在をきっと受け入れられないだろうからと、ユーリにとっては伯母に当たるクララから預かってきたと伝えたリアムは、預かったものはばあちゃんに預けたから安心してくれと小さく告げ、その言葉にレスリーが安堵に顔を染める。 「……リアム、シドニーを離れようと思うんだ」  夏の爽やかな風が吹く中、レスリーが意を決したように顔を上げて隣の髭に覆われている頬を見つめると、その言葉にリアムが顔だけでは無く身体全体で向き直り、何処に行くんだと残念さを隠さないで問いかける。 「ユーリの葬儀の時に知り合った人がパースに来ないかって声を掛けてくれたんだ」  この街には彼との思い出がありすぎて、一人で生きていく事は辛いからと、有るか無しかの風にすら倒れてしまいそうな儚い笑みを浮かべるレスリーの言葉に咄嗟に何も返せなかったリアムだったが、大丈夫、パースには行ったことが無いからこれから何があるのか楽しみにしていると笑う顔に陰りが無いことに気付き、そういうことならと、己にとって愛憎の感情全てが籠もっている男の死を切っ掛けに知り合った友人の旅立ちを素直に送り出せる気持ちになる。 「そうか。それは寂しいな」 「うん」 「俺もパースには行ったことが無いし知人もいない」  そんな見知らぬ土地に友人がいることは何よりも安心出来ると太い笑みを浮かべると、レスリーの目が驚きに見開かれた後、顔をくしゃくしゃにして何度も頷く。 「うん……うん、そうだな」 「ああ」  パースか、有名なビーチとか島があった記憶がある、長期休暇が取れればケイさんと一緒に遊びに行くからパースを案内してくれと告げつつ手を差し出すと、レスリーが手の甲で滲んだ涙を拭った後、その手をしっかりと握りしめる。 「パースで住むところや仕事が決まって落ち着いたら連絡する」 「ああ、楽しみだな」 「そう言ってもらえて……安心した」  ユーリの墓に参ることは出来なくなるけれどと少し未練の残る顔で告げたレスリーだったが、晴れ渡った空を見上げて眩しげに目を細めると、ユーリが最期に教えてくれた事を守ると告げてリアムの問いに同じように笑みを浮かべて答える。 「お前はお前の人生を生きろ、そう教えてくれた」  僕が愛した人はここに眠っているけれど、例え離れていても思っていた気持ちは忘れない限り消えないし僕が僕らしく生きていることがきっと彼の愛に応えることになると己の胸に手を当てるレスリーにまた何も返せなかったリアムだったが、そっと手を伸ばしてその身体を抱きしめると、あちらでも元気でと告げて旅立つ友人にエールを送るように背中をひとつ叩く。 「サンクス、リアム」  きみもケイと仲良くねと同じように背中を叩かれて笑みを浮かべたリアムは、はにかんだ、だが確実に力を取り戻したような笑顔で頷くレスリーに安心したように頷いた後、花束と写真を供えた墓標を見下ろし、あんたの最期の教えを胸にこれから俺は愛する人や俺を支えてくれる友人達、俺が支えたいと思う人達と生きていくと呟くと、皮肉気な声が空から降ってきたような気がし、先程のレスリーのように空を見上げる。 「あんたはあんたの好きなように生きた、俺も俺のやり方を受け入れてくれる人達に支えられながら生きていく」  最期の言葉を聞くことが出来て良かった、もう来る事も無いだろうがと空に向けて独白したリアムは、何もかも分かっているように頷くレスリーの痩躯を再度抱きしめた後、二人に背中を向けて歩き出す。  己が向けた背中にあるのは今まで胸の奥底に押し込めていた過去で、この先生きていく中でそこから取り出すのは淡い疼痛と二度と同じ轍は踏まないという教訓だけだと言うように真っ直ぐに前を見据えて歩くリアムの背中が小さくなるのを見届けたレスリーは、墓標を見下ろしてひとつ息を吐き、パースできみの友人やまだ見ぬ人達と一緒に生きていくと告げると、お前の思うようにしろとの言葉の代わりに風が吹き、リアムが置いた写真がふわりと舞い上がる。  その写真に手を伸ばす事もせずにただ行く先を見送ったレスリーの顔はリアムが見たものから更に穏やかな満足感に染まっていて、僕の人生を少しの間豊かにしてくれてありがとう、愛していたとの言葉を残し、同じように墓標に背中を向けてリアムとはまた違う道へと一歩を踏み出すのだった。  週末の決まり事になっているアポフィスにいつもとは違って一人と一匹でやって来たのは、仕事が終わり安堵と週末の休日を満喫する気満々の顔の慶一朗だった。  親友の店という気軽さからスタッフ達が主に使う駐車場に愛車を停め、今夜も兄弟犬と遊べることに気付いて嬉しそうに鳴き声を上げる愛犬のリードを片手に裏口のベルを鳴らした慶一朗は、いつものように無言で出迎えてくれるラシードにリードを預け、己は裏稼業の売春宿に遊びに来たのではないことを教えるようにセキュリティスタッフのアンディがいる正面へと回り、いつものようにそのポケットに50セント硬貨を落としていく。 「皆来ていますよ」 「サンクス、アンディ」  その情報に礼を言ってドアを開け、まだまだ夜も早いからか人の出足が少ないフロアを一段高い場所から見下ろした慶一朗だったが、カウンターの近くのテーブルから賑やかな声が上がっていることに気付いてそちらに顔を向けると、同じタイミングで慶一朗に気付いたらしいリアムがテーブルから立ち上がって手を挙げる。 「ケイさん!」  己に向けて手を挙げるリアムの顔は明るく、今日の午後に仕事を早く切り上げて心残りだった問題を無事に解決した満足感に彩られている事に気付き、安堵に目を細めつつ階段を下りていく。 「皆揃ってるのか?」 「ああ」  駆け寄るリアムの背中に腕を回して頬へのキスを受け止めた慶一朗は、己を見る視線が驚愕に満ちている理由を探りつつ、ハロゥ、ガイズと口の端を持ち上げる。 「髪を切ったんですか?」 「ドイツで急に思いついたんだ」  どうだ似合うかと問いかけつつぽかんとした顔で見つめてくるリアムの友人達を見回すと一斉に頭が上下し、満足そうに息を吐いてリアムの隣に自然と腰を下ろすと、結構長かったから短くするとまた新鮮だよねと笑いながらルカがビールを持って慶一朗の隣に立ち、一週間ぶりの再会のキスを頬にする。 「ルカ、ラシードは今忙しいか?」 「ん? ちょっと待ってて」  リアムの言葉にルカがちょっと待ってと言い残してカウンターの奥のドアに姿を消すが程なくして二人一緒に戻ってくると、リアムが二人分の椅子を用意し、テーブルにはこれから何が起きるのかと顔を見合わせるフレデリック、ネイサン、ラルフが己の友人の顔を見つめ、呼び出されたラシードもルカと慶一朗の顔を交互に見た後にリアムを見つめるが、 これから何が起きるのかを知っている慶一朗がどうぞと促すようにリアムの腿にそっと手を載せる。 「……今日、ユーリの墓に行ってきた」  そしてそこで別れを告げてきたとリアムが少し緊張を滲ませた声で今日の午後の出来事を掻い摘まんで説明をすると、その後俺の家に来たとラルフが微苦笑しつつ続ける。 「父さんと母さんが飛び上がって驚いていたぞ」 「ああ、連絡もせずにいきなり行ったからな」  驚かせて悪かったと、本当に悪いと思っているのかとジェイムズやエイミーが声を大きくしそうな顔で笑うリアムに皆が呆気に取られるが、ユーリの恋人のレスリーはパースに引っ越すことにしたそうだと続け、ユーリの友人がパースにいるそうだとも続けると慶一朗の手に手を重ねて一度目を伏せる。 「彼は彼の人生を生きるそうだ」 「……そうか」 「うん。それで良いと思う」  ユーリの事だからいつまでも自分に囚われたままというのは望んでいないだろうと、隣から上がる声に顔を上げて応えたリアムだったが、彼が残した言葉を大切にすると笑っていたことを皆に伝えると、それぞれが思う事があったらしく目を伏せたり満足そうに頷いたりと、リアムを通して知ったレスリーという青年のこの先の人生が明るいものでありますようにと自然と祈ってしまう。  その優しさにリアムが頷いた後、重ねていた手をしっかりと握り合わせて皆に見えるようにテーブルの上に載せると、皆の視線が二人の手の上に集中する。 「……次のイースターを目途に新しい家族としてスタートすることにした」 「どう言うことだ?」  リアムの言葉の真意が分からない皆がそれぞれと顔を見合わせた後、一同の気持ちを代表するようにフレデリックが問いかけ、その言葉にラシードも腕を組みつつ頷く。 「ケイさんと結婚したときにそれぞれの姓はそのままにしていた」 「そうだったな」 「ああ……ドイツに帰省したとき、ケイさんが複合姓を作らないかと提案してくれた」  冬の夜風が吹く橋の上での告白を脳裏に思い浮かべたリアムが夢見心地のような顔で新しい家族の歴史を始めるとの言葉の真意を伝えると、思いが伝わった事が明確に分かる程皆の顔が明るくなり、突然のその言葉に驚きながらも祝福してくれているのだと気付くと、しっかりと手を握りしめてひとりひとりの顔を見て頷いていく。 「俺とケイさんと二人の名前を使った姓を作ることにした」 「そうなのか?」 「ああ。まだ考えている途中だけど」  二人が付き合いだしたのもプロポーズをしたのもイースターだからそれまでに決めて役所に申請しようと思っている事を伝えると、いつもならば気恥ずかしさから顔を背けているかそもそもここにいないでフロアで音に合わせて踊っているであろう慶一朗がリアムの手を握り返し、そうなんだと当たり前の顔で頷くだけでは無く、その手を顔の前に引き寄せてキスをする。  慶一朗のその変化にフレデリック達が驚愕に目を丸くするが、帰国後いち早く変化に気付いたルカやラシードは驚きつつもそれを受け入れたように笑顔で頷き、二人の決断も受け入れたことを教えるように何度も頷く。 「今日はみんなにそれを話したかった」  だから急遽ここに集まって貰ったと、主にフレデリックやネイサンに向けて伝えたリアムに二人が大きく頷いた後、どんな姓にするんだと、自分達の興味が今は集まった事へのものから親友の姓が変わることへ移行したことを教えるように興味津々に問いかけてきて、まだ考えていると言っているだろうとリアムが苦笑してしまう。 「話は終わったか、リアム?」 「ああ、うん、終わった」 「じゃあ踊ってくる」  慶一朗がリアムの言葉に素早く立ち上がったかと思うとハニーブロンドにキスと踊ってくるの言葉を残してフロアに向かうのを呆然と見送った面々だったが、ラシードがあと少しの我慢も出来ないのかと吐き捨てると、あれがきっと限界だったんだろうとルカが微苦笑し、リアムが微笑ましそうに目を細める。 「フレッド、ラルフ、ネイサン、そしてルカとラシード」 「どうした?」  一人ひとりの顔を見ながらリアムが名前を呼んでそれぞれ色の違う双眸を見つめた後、ただただ呆気に取られてしまいそうな力強く太い笑みを浮かべて軽く頭を下げる。 「サンクス、みんな」  今回の事では本当に皆に助けられたし支えて貰った、本当にありがとうと重ねて礼を言うリアムに皆が反応できなかったが、真っ先に反応したのはラシードで、黙ったままリアムの肩を抱いて腕をひとつ叩き、もう良いと告げて立ち上がる。  ラシードの動きにルカが顔を上げた後、リアムの頬に唇を押しつけてお前はヒルかとラシードに引き剥がされるまでキスをして言葉では言い表せないリアムへの労いにすると、今日は店が終わるまで遊んで帰ってくれ、そして好きな酒を飲んでくれ、僕が皆に奢るからと片目を閉じてラシードと一緒にカウンターの内側に戻っていく。  テーブルに残ったのがリアムの友人だけになった為、フレデリックがひとつ咳払いをしたかと思うと、慶一朗とは違ってハニーブロンドに大きな掌を乗せるとその強さのままガシガシと頭を撫でる。 「フレッド、痛い!」 「うるさいっ!」  ドイツ帰省から戻ったかと思うと嬉しそうに報告をしやがってと、親友の決断を認め受け入れつつも何か悔しいと感じた事を言葉にすると、ラルフもネイサンもそうだそうだと同調する。 「色々あったけど……まあ、終わった今だから良い経験になったと思えるかな」 「そうなのか?」 「うん、そう思えるようになった」  本当に悲喜交々の人生だが、支えてくれる人達がいることは捨てたものではないと笑うリアムに皆の顔に明るい笑みが浮かぶ。  この気の良い友人達にもきっとそれぞれ言葉に出せないやるせない出来事や、腹に収めなければならない怒りなどもあるだろうが、それらをひとつひとつ乗り越え時にはやり過ごしてきたからこそ今こうして笑っていられるのだとふと気付いたリアムは、慶一朗がドイツのホテルで囁いた、素晴らしきかな、人生との言葉の意味を実感してしまう。  楽しいことだけを経験し笑って過ごせるだけの人生は楽しいかもしれないが、己はそんな人生を送ることなど出来ないと今のリアムはもう知っている為、ならば怒りや悲しみも全てを見せてもこうして一緒に笑ってくれる友人や、今は一足先にフロアで踊っているが、こちらの様子をしっかりと見ているだろう慶一朗と一緒ならば己の人生も捨てたものではないと改めて気付き、せめて己の手が目が届く範囲の人達だけでも怒りや悲しみよりも笑顔が多くありますようにと胸の奥で強く願い、もう一度三人の顔を見たあと満足そうに息を吐く。 「……まあでも、吹っ切れたのなら良かった」 「ああ。そうだな」  今日はルカが奢ってくれるそうだから店が終わるまで踊ろうと立ち上がり、ラルフやネイサンも今夜は遊ぶぞと互いの肩に腕を回すと、そんな二人を笑顔で見守っていたリアムもフレデリックの肩に腕を回して踊るぞと笑みの質を変えたことに気付く。 「ケイさんに怒られるんじゃ無いのか?」 「ん? ほら見ろよ」  フレデリックの言葉にリアムが親指でフロアの中央を指し示すと三人がその指先を辿っていき、リアムの指先で一部の人間には魅惑的に見える笑みを浮かべた慶一朗が手招きしていることに気付き、俺はゲイではないがあの顔には少し惹き付けられてしまうなとネイサンが呟き、ラルフやフレデリックの頭が壊れた人形のように何度も上下する。 「ケイさんも嬉しいんだろうな」 「……だったら良い」  あの人が許してくれているのならお前も一緒に踊るぞとフレデリックが音頭を取り、三人が学生時代と全く変わらない顔で声を上げると、手招きしている慶一朗の前に誰が一番早くたどり着けるかを競うように大股で歩き出し、突然四人が駆け寄ってきたことに驚きフロアの奥へと逃げていく慶一朗をリアムがハグして抱き留める光景をカウンターの内側から見ていたルカとラシードは、呆れるべきか感心するべきかとの同じ思いを互いの顔に見いだし、少し踊った後に戻ってくる彼らのための飲み物の用意をシャルルに頼んでおくのだった。  リアムが過去と否が応でも向き合わざるを得なくなったユーリとの再会、そして永遠の別れの後にドイツで己の家族の優しさや強さを実感し、そもそもの発端になったサシャとの和解を経験したドイツ帰省から日が経ち、二人が付き合いだし恋人から家族になろうと互いにプロポーズをした記念日でもあるイースターを迎え、今年もアポフィスで踊り明かした後にお決まりになっているホテルで贅沢な時間を過ごし、これから先も可能な限りこの部屋でこの記念日を過ごそうと笑い合うのだった。    そしてイースター休暇が終わりを迎え世間が日常へと戻った時、二人のラストネームが新たなものになったことを慶一朗の職場では限られた人が、リアムの職場ではスタッフ一同が知ることになり、前もって聞かされていたそれぞれの上司は今日から新たな名前で宜しくと大仰に握手を求め、テイラーに対しては今更なんだと言いたげながらも、ホーキンスには少しの照れを浮かべた顔でそれぞれ握手をし、今までとは少し違って名前が長くなっただけでそれ以外に変化はないことを教えるような態度で宜しくと笑みを浮かべるのだった。  その日以降、Yuzuriha - Huberーユズリハ・フーバーという、一度聞いても覚えられないであろう長いスペルを省略した、ユズ - フーバーのラストネームが二人を示すネームプレートに記入され、それを見る度に二人もそれぞれの家族から受け継いだ家族の歴史に自分達から始まる新たなスタートが追加されたことを実感するのだった。    ドイツとハワイと遠く離れたそれぞれの名を持つ家族がオーストラリアでひとつになる不思議を覚えつつも、少しでも早くその名に慣れようとする二人と、そんな二人を微笑ましい顔で見守る周囲の人達の上、青い空と白い雲が悠然と流れながら見下ろしているのだった。   
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  これで、名前を見ただけで家族だと分かるようになれたな。
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