It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第10話 Life is Beautiful.
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 一年ぶりに訪れた橋の上での告白からホテルでの今まで経験したことのない多幸感に包まれたまま眠りに落ちた翌日、二人が目を覚ましたのは冬の太陽が精いっぱい高い位置に昇って地上を見下ろしている頃だった。  いつもより寝過ごしたことへ我ながら呆れていたリアムと、このぐらいまだ早いほうだとベッドの上で開き直っている慶一朗だったが、今日はランチ営業が終われば店を閉めるからゆっくりと家に帰って来いと父からのメッセージを受け取り、寝過ごしてしまって正解だったと笑いあっていた。  ひとまず実家にたどり着けるだけの最低限の腹拵えをしてからそちらに帰ることを伝えたリアムだったが、ベッドから抜け出しクローゼットに入れてあったスーツケースを引っ張り出してきたかと思うと、その存在を忘れたわけではないが意識して思い出すこともしていなかった見た目よりも重く感じる小さな袋を取り出し、スーツケースの前に座り込む。 「……ユーリの遺品か?」 「そう。……レスリーから預かってた」  なるべく思い出さないようにしていたのはきっとまだ彼に対する思いが昇華しきれていなかったからだと苦笑しながら掌に乗る袋を見下ろしたリアムの背中に覆いかぶさった慶一朗は、それを取り出したということは昇華されたのかと問いかけ、顎の下で組んでいた手を撫でられる。 「……昇華されたのかどうかは分からないけど、ケイさんも変わろうとしてる」  そんなあなたが自慢だし、俺もその隣に立つのに相応しい男になりたいと顔だけを振り向けるリアムの頬に慶一朗が無言で頬を寄せると、頬や顎を覆っている髭のくすぐったさに首を竦めてしまう。 「それは俺の言葉だ」  人の言葉を奪うなと笑いながら頬にキスをするとくすぐったそうな小さな笑い声が上がり、家に行く準備をしようと腕を叩いて合図を送られた慶一朗がもう一度頬にキスをして伸びをした後、ダッドが作ってくれるグラーシュが楽しみだと歌うように呟く。 「きっと美味いだろうけど、レシピを聞いて家でも作ってくれ」  出掛ける前の準備としてバスルームのドアを開ける慶一朗の楽しげな声にリアムが立ち上がり、俺が作るものだと不満かとにやりと笑いながら問いかけると、ドアノブを掴んだまま振り向いた端正な顔が悪戯を思い浮かべた子どもの顔になっていることに気付き、この野郎と一声吠えてその背中に向けて突進し背後から抱きしめる。 「止めろ、リアムっ」  危ないだろうと心底そうは思っていない顔で笑いながらリアムの鍛えられている腕を叩く慶一朗だったが、一緒に入ると教えられて仕方のない王子様だと嘆息混じりに呟くと、少しだけ緊張することがあるがそれもきっとお前がいてお前の家族の手料理があればすぐに解消出来るとも伝えて転がり込むように二人でバスルームに入り、少しだけ残っていた睡魔と気怠さをシャワーで洗い流すのだった。  二人が本日の営業は終了しましたと書かれたプレートがぶら下がるドアではなく、建物の裏手にある家族が使うドアへと回って中に入ると、二人の帰宅を心待ちにしていたらしいクララに出迎えられ、彼女を自分達の間に挟んで家族が待っている店では無く自宅のこじんまりとしたキッチンに入る。 「ダッド、マム、ただいま!」  慶一朗が笑顔で告げた言葉の意味をリアムは理解しているが、三人にとっては聞き覚えがない言葉だったため、何と言ったと、テーブルセッティングをしていたマリウスが手を止め、今何を言ったのとフリーダが夫の顔を見る。 「……家に帰ってきたときに言う言葉だ」 「そうなの? もしかして日本語かしら?」 「そう」  日本を連想させるものは今でも苦手だしあまり目にしたいとも思わないが、家族がいる家に帰ってきたときには自然と口に出してしまうと慶一朗が照れ隠しのように口早に告げ、そんな慶一朗の髪に祖母の頭上越しにリアムがキスをする。 「日本には帰ってきたときや出迎えるときの言葉があるみたいだ」  ケイさんがそれを教えてくれたと、照れから目尻を赤く染める慶一朗の言葉を受け取ったリアムが笑みを浮かべ、セッティングが終わったらしいテーブルに着くと慶一朗もその横に腰を下ろす。 「まずはランチだな」  その後慶一朗ご希望のクララのプファンクーヘンを使った手作りケーキを皆で食べようと父が息子そっくりな顔で笑うと室内に明るい空気が広がり、久し振りにグラーシュを作ったから楽しみだとフリーダがテーブルに着くと、今日はマリウスが全ての準備をするらしく、テキパキと家族分の料理を皿に盛り付けてテーブルへと並べていく。 「さ、食べようか」  今回のグラーシュは牛肉を使った、クヌーデルはお代わりがあるから足りなければ食べろとマリウスが食べ始めの合図をするとリアムと慶一朗がほぼ同時にいただきますと唱和し、その挨拶らしき言葉に三人が目を丸くするが、今ではすっかり見慣れた光景が目の前に広がったことに自然と笑みを浮かべてしまう。 「どうだ、ケイさん」 「……トマト味でもこんなに美味いんだな」  煮込んだから美味いのかどうなのか分からないが、どうしてトマトだけを食えば美味く感じないんだと、隣から口の前に出される一口目を食べながら己の皿から一口分をフォークに載せてリアムの口元にお返しを差し出した慶一朗は、トマトそのものの味に対しての不満を口にするが、この味は好きだと二口目を食べて呆気に取られているようなマリウスに素直な感想を伝える。 「ダッド、美味い」 「そ、そうか、それは良かった」  慣れてきたとはいえ互いに一口目を食べさせ合う息子達の様子に何とも言えなくなった父だったが、それをすることで自ら食べてくれるようになった、最近では素材名では無く料理名で何を食べたいのかのリクエストもする様になったとリアムに教えられた事を思い出しつつ久し振りに作った料理を口にし、家族揃って美味いと言いながら食べる光景に言葉には言い表せない幸福を感じ、それを悟られないように気を付けつつ和気藹々という言葉が相応しい空気がキッチンに充満する光景を肌で感じ取っているのだった。    マリウスの手料理を家族揃って綺麗に食べ終えた後、慶一朗が少しだけ張り切りながらコーヒーを飲みたい人と問いかけ、四人が一斉に手を挙げる光景に腰に両手を当てて鼻息で了解と返事をするが、自宅とは勝手が違うからかカップなどが何処にあるのかが分からず、ヘイ、王子様、カップの用意をしてくれと初めてここに来たときにも伝えた事を振り返りながら伝えると、喜んでと言いたげな顔でリアムが立ち上がって食器類が並ぶ棚のドアを開け、ドリップバッグがあるからそれを使おうと、自宅とは違う環境でも最大限の美味さを引き出してくれるであろう慶一朗に全幅の信頼を置いた顔でリアムが準備を整えて何気なく他の棚へと目を向ける。  その棚には祖父の写真や家族が揃った写真が並んでいたが、それを見たリアムが小さく声を上げ、少し待っていてくれと慶一朗の頬に後ろからキスをし、どうしたと言いたげに首を傾げる祖母と両親に大切な話があると切り出す。 「な、何だい……?」  最近大切な話があると切り出されると心臓がぎゅっとしてしまうようなことが続いている、なるべく穏便な話をしてくれとクララが情けない顔で孫を見上げ、祖母のそんな顔に安心して良いと笑みを浮かべたリアムが頬にキスをし、バッグの中から小さな袋を出してテーブルに置く。 「……ユーリから預かった」 「あの子と会ったの?」  リアムの言葉に心底驚いた顔でクララが再度孫を見上げ、マリウスとフリーダが互いの顔に同じ驚きを見いだすと、久し振りに会ったのかとフリーダが問いかける。 「うん、会った」  ただし、ユーリがいたのはホスピスだったと続けるリアムを三人が同時に見つめ、ホスピスという言葉が連想させることを正しく思い浮かべたらしく、クララが肩を落としフリーダが悲しそうに眉を寄せるが、マリウスだけは聞きかじった息子の苦労話を思い出したように眉を寄せてぎゅっと手を握ってしまう。  だが、そんな空気を包み込み冷静さを思い出させてくれるような香りがふわりと室内に広がり、その中央では慶一朗が小さく笑みを浮かべていた。 「みんな、コーヒーが出来た」  詳しい話はそれを少し飲んでからにしようと慶一朗がトレイに人数分のカップを載せてやって来ると、リアムがひとつひとつを家族の前に置き、自分達もさっきまで座っていた場所に並んで腰を下ろす。 「ユーリが今月の初めに亡くなった」  祖父の弟の孫というリアムにとってはほぼ他人に近い親族だったが、それ以上に幼い己が異国の地で生きて行くには頼らざるを得なかった男の最期について少しだけ重苦しい声で伝えたリアムは、カップを手にコーヒーを飲みつつも空いている手を己の腿に添えてくれている慶一朗をチラリと見つめ、色々思う事はあったけれど、それに拘り続ける事も馬鹿らしくなったと肩を竦めると、父が数多の思いを込めたであろう一言を息子に投げかける。 「お前はそれで良いのか?」  父のその言葉と視線に即答することは出来なかったが、腿の上の手をそっと掴んでテーブルの上に載せると、不思議そうに見つめてくる眼鏡の下の目に笑いかけてその手に手を重ねる。 「ユーリにお前はお前の人生を生きているのかと問われた時、ケイさんがユーリが心配しなければならない程ガキじゃないと返してくれた」  ユーリに再会する直前までの周章狼狽ぶりを見ながらも俺を信じてくれる人がそう言ってくれたお陰でひとつのケリが付いた気がしたと肩を竦め、本当の己を理解してくれている人が傍にいるからもう大丈夫だと、父と母そして祖母の顔を見た後、最も望んでくれている笑みを浮かべて慶一朗を見つめる。 「ケイさんがそう言ってくれた」  だから俺は今まで通り、例え誰かから馬鹿にされたとしてもこの生き方を変えるつもりは無いしそれこそがきっとユーリに対する答えだと、気負うでもなくごく自然と胸の奥にあった思いを口にすると、慶一朗がリアムの手の下で手をひっくり返し、そっと指を組み合わせて握りしめる。  その温もりが言葉以上の思いを伝えてくれていて、安心したように息を吐く両親と祖母にもう一度笑いかけたリアムは、ユーリから預かったそれをどうすればいいか相談に乗って欲しいと続けると、クララが袋を開けて中から少し錆が付いているシルバーのネックレスとペンダントトップらしきものを取り出してテーブルに置く。 「これは?」 「……ああ、これはあれだね、ユーリがシドニーに行くことを決めた時にあの子が渡していたものだよ」  遠い遙かな昔のことを思い出しているような顔でクララが呟きペンダントトップを手に取ると、裏に走り書きがされていることに気付いて懐かしさに目を細める。 「ユーリの母、じいちゃんの姪になるヤスミンがユーリに渡したものだね」  家族が不仲でユーリの自由さに理解を示すことが出来なかった父や祖父母や兄弟とは違って最後まで彼を庇っていた彼女だったが、己の夫と息子との間の確執が決定的なものになった時に手渡したものだとクララが思い出し、袋の中にそれを戻してリアムへと顔を向ける。 「……これはばあちゃんがじいちゃんの代わりに預かっておくよ」 「頼む、ばあちゃん」  クララのその言葉に心底安堵した顔でリアムが頷き慶一朗も良かったなと呟いた後、咳払いをして皆の視線を集めると次の話をいい話だと言ってくれると嬉しいと片目を閉じる。 「どうしたんだい?」 「……ばあちゃん、ダッド、マム、少し時間が掛かるかも知れないけど、リアムと同じ名前になることにした」  慶一朗が頬を紅潮させながらも自慢げに呟いた言葉の意味を最初は誰も理解出来なかったが、職場でも何処でもこれからはフーバーという姓を入れた自分達だけの姓を名乗る事にしたことを報告すると、三人が顔を見合わせて二人の顔を交互に見つめる。 「フーバーという姓になっても良かったけど、双子の兄の総一朗との絆も分かる形で残したかった」  だから自分達の二人の名前を合わせて複合姓にすることにしたと慶一朗がゆっくりと真意を伝えると、クララの目に涙が浮かび、フリーダはマリウスの肩に顔を押しつけてしまう。 「結婚したときに立会人に説明をされたけれど、あの時は実感がなかった」  だから半年以上経ってからになったけれどと言葉を切った慶一朗は、俺を温かく出迎えてくれた家族の名前を含んだ、リアムと己から始まる家族を作っていきたいと真っ直ぐにリアムによく似たマリウスの顔を見つめると、グッと唇を噛んだマリウスがフリーダの背中を撫でながら何度も頷く。 「どんな姓にするんだ?」 「まだ考え中だな」  でも職場ではこれからはドクター・ユズではなくドクター・フーバーと呼ばれるようになるとも伝えると、昨日も感じた面映ゆさを思い出したようにリアムが頭に手を当てる。 「父さんも結婚して名前が変わったときはこんな感じだったのか?」 「……そうだな……何だか照れくさいやら新しい名前に馴染むのに時間が掛かるやらで、結構大変だったな」  結婚当初、妻の姓であるフーバーと名乗る事に抵抗と言うよりは馴染みがなく、役所や病院でフーバーと呼ばれても己のことだと実感できなかったことを思い出すと、フリーダが顔を拭いてこちらも間違いなくリアムの母である事が分かる顔で頷く。 「本当にそうね。……ケイ、大きな決断をしてくれてありがとう」  そしてこれからは私達から続く家族をリアムと二人、もしかすると血縁関係が無いかも知れないがそれでもあなた達の子どもに受け継いでくれると嬉しいと笑うと、慶一朗が手を伸ばしてフリーダの手を撫でてそっと頷き、片手で顔を覆っているクララの腕を撫でる。 「ばあちゃん、もう泣かないでくれ」  ここの家族の一員となれたことは本当に自慢だが唯一の欠点は祝いのテーブルで涙を見せることだと、半年前の自分達の結婚式の時にも伝えた事を片目を閉じて茶目っ気たっぷりに伝えると四人から悪かったなと睨まれてしまうが、その後自然と沸き起こった笑い声がキッチンに充満し、疑ってはいなかったがそれでも少しだけ不安だった名前を作ることへの報告が無事に済み、ああ、安心したと二人が安堵の息を吐く。 「そうだわ、母さんが作ったケーキを食べましょう」  さっきはマールの料理を食べたから今度は母さんが作ったバースデーケーキだと手を重ねたフリーダが、冷蔵庫で出番を待っているケーキを取り出すために立ち上がり、冷蔵庫からそれを取りだしてテーブルに置く。 「どうかしら?」  あなたが思っているバースデーケーキになっているかしらと片目を閉じられてフリーダを見つめた慶一朗だったが、口の両端をしっかりと持ち上げつつフリーダに向けて両手を広げ、その意味に気付いた彼女の柔らかくて暖かな身体を抱きしめる。 「ダンケ、マム!」 「喜んで貰えて嬉しいわ」  己の息子とはまた違うもう一人の息子の背中を撫でた母は、バースデー祝いに二人が同じ姓になる祝いも追加しなきゃねと片目を閉じて夫に頼んでケーキの仕上げに取りかかるが、マリウスが手にしたものを見た慶一朗が浮かれ気分で準備をする二人にストップと声を掛ける。 「どうしたの?」 「……バースデーのキャンドルは……まだ恥ずかしい」  だからそれをケーキに立てないでくれと首筋まで真っ赤に染めながら聞こえにくい声で懇願する慶一朗にクララが遠慮することは無いと笑い、マリウスとフリーダもそうよと不思議そうに見つめてくるが、唯一理解しているリアムがひとつ肩を竦めつつ慶一朗の肩に腕を回して抱き寄せ、ケーキがあるだけで十分だからキャンドルは飾っておいてくれと告げ、お前がそう言うのならと聞き入れてくれる両親にありがとうと頷き、残念そうにしている祖母にはバースデーケーキを食べるようになっただけでもすごい進歩なんだと笑うと、己の腕の下からうるさいバカというお決まりの言葉が流れ出し、四人が一斉に慶一朗の名を呼ぶ。 「またその言葉を言う!」 「ダメと言っているだろう!?」 「本当に聞き分けのない子だね」 「ケーイさーん?」  家族から一斉に指摘されて亀のように首を竦めてしまった慶一朗だったが、恐る恐る顔を上げると、腰に手を当てて睨むように見つめつつも、その顔は限りなく優しいものである事に気付き、リアムの二の腕に顔を押しつけつつごめんと素直に謝ってみる。 「良し。……どのフルーツが入っている所が良い?」  慶一朗が滅多に見せない素直さにマリウスが太い腕を組んで大きく頷くが、リアムも顔負けの笑みを浮かべてケーキに使われているフルーツで食べたいものは何だと問いかけ、慶一朗が桃が食いたいとリクエストをすると、マリウスがその希望を叶えるように切り分ける。  他の家族は特にリクエストも無かったために切り分けて皿に盛り付けて席に着くと、さっきは声を揃えて慶一朗を叱った家族が誕生日おめでとうと祝いの言葉を満面の笑みで慶一朗に贈り、二度三度と色素の薄い双眸を眼鏡の下で左右に泳がせた慶一朗だったが、ひとりひとりの顔を見つめた後、気恥ずかしさから少し震える唇で綺麗な弧を描くと、ダンケと口早に礼を言ってケーキを頬張る。 「慌てて食べなくても誰も取らないわ」  慶一朗の照れ隠しに気付いていないフリーダがやれやれと溜息を吐いてケーキを食べるが、口の端にクリームを着けた、幼い頃のリアムを彷彿とさせる顔で慶一朗が美味いと告げ、それに気付いたリアムが隣から手を伸ばして慶一朗の口の端のクリームを掬い取っていく。 「……明日には帰るんだねぇ」  家族揃って慶一朗の誕生日祝いの食事をしているがその時クララが寂しげにぽつりと零し二人の孫が小さく頷くが、明後日の早朝の便で帰るから明日一日はホテルでゆっくりとしていることを伝え、シドニーに戻ったらまたビデオ通話で話をしようと胸に芽生えた疼痛を押し殺しつつ笑みを浮かべる。 「そうだねぇ」 「うん。……ばあちゃん、また来年も来る」  だからまたこのケーキを食わせてくれとクララに懇願すると、仕方のない子だねぇとクララの口から溜息が零れ落ちるが、このひと月ほど見なかった元気さを取り戻したように大きく頷く。 「じゃあばあちゃんがまた作ってあげるから帰っておいで」 「ダンケ、ばあちゃん」  もちろんケーキはこれだけど料理はダッドのものが食いたいし次はマムと一日デートをしたいとリアムに目を細めて懇願すると、母さんとデートはなぁと何やら不満そうに呟くが、ダッドと一緒に料理を作っておいてくれと畳みかけられると逆らえるはずも無く、分かりましたと肩を竦めて来年の今日の食事について約束をし、一年先の事なんて気が早いことだと皆で笑い合いながらケーキを食べコーヒーを飲んで賑やかな午後の時間を過ごすのだった。  明後日のフライトは早朝だから前のように空港まで来なくて良いと、ホテルに戻る二人を見送ってくれる家族にしっかりと伝えるが、不満未満の顔で見つめられてまずはクララを抱きしめ、次いで父と母も抱きしめた二人は、クリスマスカードとプレゼントを贈ると告げ、それを楽しみにすることで別れの寂しさを押し殺すような三人をもう一度抱きしめる。 「……ユーリの遺品、頼む」 「ああ、お前はもう何も気にするな」  彼のことはクララに任せておけば良いと父に頷かれて安堵に胸を撫で下ろしたリアムは、今回の帰省の目的の大半が達成できたことに気付き、明後日の帰国が寂しいが皆元気でやってくれと告げ、コートの襟を立てて寒さをしのいでいる慶一朗に気付き、そろそろ駅に向かうと手を挙げる。 「ばあちゃん、ダッド、マム、またな!」 「ええ。気をつけて帰るのよ、二人とも」  そして落ち着いたら新しい姓を教えてちょうだいと手を振ってくれるフリーダに慶一朗が手を振り返してなるべく早く決めることを告げ、前回とは違う事を教えるようにしっかりと手を繋ぎながら駅に向けて歩き出す。  その背中が見えなくなるまで見送った三人だったが、そろそろ中に入ろうとマリウスが促しいつまでもその場に立ち尽くしそうな二人の背中をそっと押すと、肩越しに二人が歩いて行った道を振り返り、気を付けて帰れと息子達の道中の安全を胸中でのみ願うのだった。  そんな皆の願いを叶えるようにか、雲の切れ間から冬の星座が顔を出してキラリと光るのだった。   
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  キャンドルは、まだ、恥ずかしい。
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