It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第10話 Life is Beautiful.
11
 今年の初めに辛い事件に巻き込まれ、そのリハビリをする為に力を貸して欲しいと初めて孫息子から頼られ、季節も言葉も違う国に駆けつけてくれた祖母と、その後の結婚式とパーティーに参列するために駆けつけてくれた両親に今度は自分達が出迎えられた二人だったが、祖母のクララを連れて日帰りの旅行に行くことを伝え、父の車を借りてまずはクララを後部シートに座らせ、当たり前の顔でリアムが運転席に座ると、いつもならば助手席に座る慶一朗がリアムに片目を閉じた後、クララの横に座ってシートベルトを締める。 「リアム、頼む」 「うん、分かった」 「前に座ればどうだい?」  クララが年寄りのことなど気にするなと申し訳なさそうな顔になると、二人の間では話がついているからか俺はばあちゃんの横が良いと慶一朗が言い放ち、そういうことだから諦めてくればあちゃんとリアムがルームミラー越しに笑いかける。 「まったく、あんた達は」 「ばあちゃん、昔の店に行きたいって言ってただろ? そっちに行かなくて良いのか?」 「ああ、もう良いんだよ」  カーナビの目的地の設定を行いながらリアムが問いかけ、慶一朗がクララの顔を覗き込みつつ良いのかと問えば、クララの顔に満足そうな笑みが浮かび、あんた達と一緒にドライブする方が楽しそうだと朗らかに笑う。 「だったら良いけど……」 「今から行くのは去年に来た時にも行った湖なんだろ?」  ばあちゃんも長年この町に暮らしているけれど行ったことが無いから連れて行ってくれと笑い、隣の慶一朗にも同じ顔を向けたクララは、一瞬だけ慶一朗の表情が薄くなったことに気付き、腿の上の手に手を重ねる。 「何があってもきっと大丈夫だよ」  昔のことは良く知らないが今のあんたにはリアムもばあちゃんもいるんだからと、まるで慶一朗の過去をすべて知った上での言葉のように聞こえる驚きに見開かれる目を覗き込みながら笑うクララの言葉に力を分け与えて貰った慶一朗がそっと頷き、リアム頼むと運転席の後頭部に呼びかける。 「……じゃあ行こうか」  道中の休憩では前回美味しかったアイスクリーム屋がまだ営業していれば立ち寄ろうとミラー越しに視線を合わせ、二人の孫の声に祖母もさあ行こうと陽気な声を上げ、両親に見送られながらリアムが運転する父マリウスの車はゆっくりと保養地としても有名な湖に向け出発するのだった。  道中のアイスクリーム屋はリアムの不安をよそに繁盛しているようでフレーバーの種類も増えていて、店の前にもパラソルを立てたテーブルが並ぶようになっていて、そのテーブルに三人腰を下ろして自分が買ったフレーバーが一番美味い、次はばあちゃんが買ったものだと楽しい口論を交わしつつアイスを食べ終え、リアムの運転で車はゆっくりと湖に向けて進んでいく。  リゾート地に向けて進むと徐々に交通量が増え始め、冬でも湖のリゾート地は人気があるんだなと長閑な声を上げたリアムだったが、車窓から差し込む日差しが暖かくて、クララが慶一朗の肩に寄りかかるように居眠りをはじめ、ミラー越しにそれを見たリアムの顔に笑みが浮かぶが、その横の端正な顔に目を細めてそっと名を呼ぶ。 「ケイさん」 「……っ……大丈夫、だ。俺から言い出したからな」 「うん」  今回、クララと一緒に日帰り旅行ーと呼ぶにもささやかすぎるーの目的地を決めるとき、慶一朗が控え目に去年訪れた湖のリゾート地に行きたいと告げ、二人が一も二もなく賛成したのだが、慶一朗の声はやはり緊張に掠れているようで、その緊張が何に由来しているのかを今のリアムは知っている為、もう一度大丈夫かとそっと問いかけると、うたた寝をしていた筈のクララの手が慶一朗の握りしめられている手に重ねられ、大丈夫だと伝えるようにそっと撫でてくれる。 「……大丈夫だよ、ケイ」  何を心配しているのか分からないが、今のあんたはひとりじゃ無いと慶一朗に顔を向けて安心させるように呟くクララの言葉に慶一朗がきゅっと唇を噛みしめるが、ミラーに映るリアムの顔と隣で安心させてくれるように手を握りしめてくれるクララの存在から力を分け与えて貰ったことを教えるように噛みしめていた唇から力を抜き、うんと小さく頷く。 「……ばあちゃん、湖の東側の町に行くと気持ち悪くなるから、そっちには行かなくても良いか?」 「ああ、あんたが行きたくない所には行かなくて良いよ」  せっかく来たのに行けなくて悪いと目を伏せる慶一朗の言葉にクララが朗らかに笑い、そんな祖母の声に合わせるようにステアリングを握っている孫もそうだと頷くが、慶一朗の手を何度も撫でながらクララがそっと口を開く。 「気持ち悪くなるってことは、そこに嫌なことがあるんだね?」 「……双子の兄の、父の生家があるはずだ」 「?」  クララの問いに慶一朗がぼそりと聞き取りにくい声で伝えるが、意味が分からないと言いたげにクララの眉が寄せられ、それに気付いたリアムがどちらもフォローするように後で説明するからと苦笑する。 「まあ、何か詳しいことは分からないけど、あんたが嫌なら無理に行かなくても良いよ」  ばあちゃんはあんた達二人とこうしていられるだけで満足なんだと笑う祖母に、隣の孫がナイトクラブを経営している友人がばあちゃんやマムの事を可愛いと言っていたと伝えると、嫌だよこの子は、年寄りを揶揄うものじゃないよと満更でもない顔でクララが笑う。  その笑い声が彼女がシドニーの二人の家に滞在していた時と変わらない明るさだった為、慶一朗があの時からこんなにも元気になったと教えるようにクララをハグし、本当に元気になって良かったとクララも慶一朗の細い背中を何度も撫でるのだった。    湖の東側の町はリゾート気分を満喫する人たちでそこそこ賑わっているが、西側は日常の暮らしに湖が溶け込んでいるような不思議と居心地の良さを感じさせてくれる場所が多く、湖畔には手漕ぎボートのレンタル等があるが、少し離れた場所には漁を行っているような小舟も係留されていた。  すっかり観光客の顔になった慶一朗が三人でそれに乗りたいと興奮するが、水の上は寒いことを思い出し、クララに万が一風邪でも引かせてしまえば大変だとも思い至ったらしく、山小屋をイメージしたようなカフェがあるからそこに行こうと慶一朗の背中を撫でて元気を出せと言外にリアムが伝える。 「そういえば、菩提樹の下でいつもコーヒーを飲んでいるのか?」  カフェは昼前にもかかわらずに客の出足は少なく、湖が良く見えるテーブルに腰を下ろすとリアムが思い出したように問いかけ、クララがあんた達が帰った後の習慣になったと目を細める。 「私たちの料理がフリーダやマールに受け継がれることも嬉しいけど、孫のあんた達に教えられた事を受け継ぐってのも良いものだね」  ここのカフェのコーヒーはケイが淹れてくれるものと比べればどれほどの味だろうかと笑うクララに、慶一朗が俺のコーヒーは趣味の範囲を越えないものだと苦笑するが、祖母と孫にそれでも美味いと唱和されて目尻をほんのり赤く染めてしまう。  席に着いてコーヒーを頼んだ後にクララがお手洗いと言って席を立ち、大丈夫だとは思うがと念のためにリアムが彼女に付き添って行くのを頬杖をついた慶一朗が少し照れた笑みを浮かべつつ見送る。  その時だった。 「……総一朗?」  ドイツ南部のリゾート地の湖畔のカフェで祖母と伴侶と一緒に遊びに来ている慶一朗の耳に今聞くには場違いにすら感じる双子の兄の名前が流れ込み、思わずその声に釣られるように顔を上げると一瞬で慶一朗の顔から表情と血の気が引いてしまう。 「確か今はハワイに移住したんだろう? ここにいるという事は慶一朗の為にまた模型を買いに来たのか?」  そうはっきりと日本語で語りかけながら慶一朗が座るテーブルに近寄ってくるのは、元々は明るい茶色だったが経年の為に色が薄くなってきている髪を整え、髪よりも明るい色の双眸ーそれは慶一朗の瞳の色と瓜二つだったーに意外な場所で再会できた歓喜を滲ませる男と、同じく経年変化により白っぽくなっているブロンドを肩の下で切り揃えた女で、お久しぶりねと女は日本語ではなく流暢なドイツ語で語り掛けてくる。  その二人の姿に息をする事すら出来なくなってしまった慶一朗を不審に思ったのか、男がどうした総一朗と再度双子の兄の名を呼んだ直後、色素の薄い双眸が限界まで見開かれ、そんなまさかと驚きに震える声が流れ出す。 「……慶一朗、なのか……?」  そう男が問いかけた瞬間、何らかの感情を自戒していた事を教えるように男の目にジワリと涙が滲み、そんなまさかと繰り返しながら震える手を慶一朗に向けて伸ばそうとする。 「――!」  男のその手が己に向けて伸ばされたのを見た慶一朗が眼鏡の下で目を見張り、咄嗟に覚えた息苦しさから口を開けて呼吸をしようとするが、出てくるのは掠れた言葉にならないただの音の羅列だった。  全身が硬直し息をする事もままならない慶一朗が苦しそうに胸を喘がせたその時、すべての呪縛を解き放つような声が男と心配そうに眉を寄せる女の背中にぶつけられる。 「あんた達、あたしの孫に何をしてるんだい!?」  その声は店中に響くほどの大きさと強さを持っていて、数少ない客や店員が驚きの顔で声の主を見やるが、名指しされた男女も驚愕に顔を見合わせた後、声の主を確かめるように振り返る。  少し離れたテーブルに手を着き、あたしの孫に何をしているんだと繰り返したのはトイレに行ったはずのクララで、その後ろには当然ながらリアムもいたが、その顔は慶一朗が今まで目にしたことが無いほどの険しいものだった。 「……あなたの、孫?」 「そうだよ! おお、可哀想に、この人たちに何を言われたんだい、ケイ?」  そんなに真っ青になって可哀想にと、ただ驚愕に目を見張る二人の男女を押しのけるように慶一朗の横にやって来たクララは、視線だけで己を見つめることしか出来ない様子に気付くと、シドニーで一緒にいた頃に戻っているように感じて思わず慶一朗を抱きしめる。 「ば、あちゃ……っ」 「無理に話さなくて良いよ」  一人にして悪かったね、もう大丈夫だ、リアムも一緒に戻って来たからねとクララが慶一朗を抱きしめ、祖母の声に合わせたように険しい顔のまま二人の視線から慶一朗を隠すように立ちはだかったリアムが俺のパートナーに何か用かと低い声を出す。 「きみの……パートナー……!?」 「そうだが?」  体格も良いリアムが険しい表情で男にそれがどうしたと言いたげに返すと、そういえばそんなことを教えられたと男がぶつぶつと口の中で言葉を転がすが、それが日本語だった為にクララにもリアムも理解できず、またあまりの衝撃に思考回路を停止させてしまった慶一朗も何を言っているのかを聞き取ることが出来なかった。 「彼の調子が悪いようなので失礼する。――ケイさん、行こう」  ばあちゃん、悪いが飲み物代を支払っておいてくれとクララに伝えたリアムは、何が何だか分かっていない様子の男女を尻目に慶一朗の肩を抱いて立ち上がらせようとするが、全身が強張って何もできないのだと気付くと、着ていたジャケットを脱いで慶一朗の顔を隠すように頭から被せ、軽々と椅子から抱き上げて子供のように肩に寄りかからせる。  客の左右の視線と店員の好奇心丸出しの視線を分厚い胸板と背中の筋肉で弾き返したリアムがそれでも日頃の優しさを忘れずに、店員にせっかくコーヒーを作ってもらったのに申し訳ないと詫びると、何かに気付いた店員が大急ぎでマグカップから持ち帰り用のカップにそれを移し、少し温くなったけれど飲んでくれと紙袋に三人がオーダーしたコーヒーを入れてクララに手渡してくれる。 「ダンケ」  次に来る時はゆっくりさせてもらうと礼を言い、呆然とこちらを見つめてくる男女を振り返った後、行こう、ケイさんと己のジャケットの下で身体を震わせる慶一朗に語り掛け、リアム以上に険しい目で二人を睨みつけたクララが出てくるのをドアの傍で待っているのだった。    今日はリアムと慶一朗が一年ぶりに帰省しているが店の営業はいつも通り行う為、その準備に追われていたフリーダとマリウスは、二人が到着した後にすぐにクララを乗せた車でドライブに出かけるのを見送り、帰りは遅くなるのかしらと話し合っていた。  最近では体調が思わしくないクララが店に立つことは無く、近所の知人に頼んで店の手伝いをしてもらっていて、今日もよろしくと出勤してきた二人の女性と一緒に和気藹々と仕事に取りかかっていた。  今日は平日で天気も昼を過ぎてから徐々に下り坂になり予報では雨になるようだった為、客の入りはもしかすると少ないかもしれないと予測を立てるが、それでも毎日来てくれる常連の為にも一見さんの為にも店を開ける準備を四人で行っていた。  そろそろ店を開けようかという頃、マリウスの愛車が制限速度ギリギリの速さで帰って来たことにフリーダが気付き、何かあったのかしらと夫を顔を見合わせてしまう。  あんなに急いで帰宅するなどクララに何かあったのかとマリウスが顎に手を当てて想像できる事態を思い浮かべ、それを聞いたフリーダがどうしたのかしらと不安げに眉を寄せる。  だが二人の予想は外れていて、店の入口とは反対にある住居のドアが勢いよく開いたかと思うと血相を変えたクララが飛び込んできて、その光景に二人と手伝いの二人の女性が飛び上がってしまう。 「フリーダ、マール、リアムの部屋で大きな音がするかもしれないけれどあの子にすべて任せるんだよ」 「え? 一体どういう事?」  何があったの母さんというフリーダの不安そうな声に思わず耳を押さえたくなるような絶叫が重なり、その声に驚いた二人の女性が互いに体を寄せ、フリーダとマリウスの顔が一瞬で蒼白になる。  その絶叫を二人は耳にしたことがあり、そんなまさかと顔を見合わせ同じ思いを互いの顔に見出す。 「上には来ないでくれ!」  蒼白になった二人にジャケットを頭から被せた慶一朗を抱きかかえたリアムが叫び、少し騒がしくなるかもしれないけれど大丈夫だから上には来ないでくれと再度伝えると、後のことはばあちゃんから聞いてくれとも告げて階段を駆け上がっていく。  平和な夕暮れを一瞬で壊すような足音に椅子に座り込んだクララがマリウスが持って来てくれた水を飲んで深く溜息を吐き、そんな彼女を遠巻きに見守る事しか出来なかったフリーダだったが、ただ絶叫していた慶一朗に良くない事が起きた事だけは理解できた為、息子が駆け込んだであろう部屋のある天井をただ黙って見上げるのだった。    午後から下り坂だった空からついに雨粒が落ちはじめ、糸の様な雨になるのに早々時間は掛からないのだった。    
← Prev | 第10話 Life is beautiful. | Next → 
  あたしの孫になにをしたんだい!?
Waveboxで感想を送る
コメントは↑からどうぞ。一言でも匿名でも嬉しいです。励みになります