そのホスピスは施設にふさわしい静けさに敷地内全体が包まれているような気がし、無意識に腿の横で拳を握り締めたリアムだったが、その手にそっと手が重ねられた事に気付き、覚えていた緊張を解すように深呼吸を繰り返す。
「ここか?」
「そうみたいだな」
先日、くしゃくしゃになった手紙と連絡先を受け取った時よりは遥かに落ち着いた心持でメッセージを送り、ホスピスの詳しい住所を確かめたから合っていると、目の前の静寂の底で静かに時を送っているような建物に目を細めたリアムに隣で同じように無言で建物を見つめている慶一朗が促すように手を握る。
「……取って食われる訳でもないし、万が一何かしてきたとしても今のお前には並大抵の人間では太刀打ちできないから安心しろ」
お前に太刀打ちできる人間などはっきり言ってレスラーやラガーマンなどの職業で体を鍛えている人たちだけだろうと楽しそうに肩を揺らす慶一朗を細めた視界で一瞥したリアムは、軽口で己の気持ちを和らげようとしてくれている事に気付いている為、その軽口に付き合うように髭に覆われている口元を軽く持ち上げる。
「ケイさんには負けるなぁ」
「嘘をつけ」
「本当だって」
そんな軽口を交わしながらそっとドアを開けて受付らしき窓口の前のベルを鳴らすと、室内から顔を出した女性が何かと問いかけてくる。
「ユーリ・シュライバーの身内だが、彼に面会は出来るだろうか」
「シュ……?」
リアムの告げた名前に聞き覚えがないと言いたげに眉を寄せる女性だったが、廊下の向こうからやってきた人物が二人に気づいたのか、こんにちはと柔らかな声で呼びかけながら近寄ってきた為、あなたに任せると匙を投げるように肩を竦めて背中を向けてしまう。
「……ミスター・チュウ、良かった」
あなたに会えて良かったと顔を安堵に染めるリアムに廊下の奥からやってきた青年、レスリー・チュウが微苦笑し、彼はノーツというファミリーネームで入っているために彼女は分からなかったんだと事情を説明すると、案内するからこちらにと気分を切り替えたように笑みを浮かべて二人に頷き、受付から最も近い階段をゆっくりと登り始めたため、二人も少しだけ慌てながらレスリーの背中を追いかける。
「……連絡をくれてありがとう、ミスター・フーバー」
「リアムで良い」
職場のクリニックで初めて会ったときの穏やかな口調は変わらないレスリーの言葉に肩を竦めたリアムがミスターは要らないと笑顔で告げると、では僕のこともレスリーと呼んでくれと返されて大きく頷き、己の半歩後ろを歩いている慶一朗へとレスリーが視線を向けたことに気付いて口元に笑みを浮かべる。
「彼はケイ。俺の夫だ」
その声はいつもと変わらない明るく快活なもので、説明を受けたレスリーの目元が柔らかなものになるのを見た慶一朗がよろしくと笑み浮かべると、レスリーもよろしくと返して二階の日当たりのよいと思われる部屋のドアをノックし、微かな返事をもらうとドアを開ける。
「ユーリ、リアムが来たよ」
その呼びかけにレスリーの前後で緊張が生まれ、この場で純粋に第三者である慶一朗がそれに気付いて隣の様子を窺うと、リアムの喉が覚えている緊張を飲み込むように上下する。
大丈夫だと声の代わりに再度手を握ることで伝えると、己の気持ちが正確に伝わったことを教えるような笑みを目元に浮かべたリアムが慶一朗へとちらりと視線だけを向ける。
「……随分、立派になったな」
レスリーの体の横を通り抜けて届いた掠れた声にリアムの体がびくりと揺れ、それに気付いた慶一朗が咄嗟に握っていた手に力を籠める。
お前はもうあの時を生きていたお前じゃない、独りではない。
声に出さない思いが繋いだ手から伝われと強く願い、その願いすら届いた事に慶一朗が気付いたのは、緊張に込められた力が手から抜けた後、己の腰にその手が回されたことに気付いたからだった。
「立派かどうかは分からないけど、まあ、好きな人を支えるための力はついたと思うよ」
そう返しながら一歩を踏み出すリアムを半ば呆然と見上げた慶一朗だったが、その横顔がまるで初めて見る男の顔のように思えて眼鏡の下で目を瞬かせてしまう。
同じ思いを宿したリングを同じ右手薬指に填めているリアムだが、いつもは愛嬌があると思っていた顔がこんなにも精悍なものだっただろうかと見惚れてしまう。
「……その彼が、お前が好きな人、か?」
「ああ」
今年結婚したことを右手を見せながら報告したリアムの顔に迷いも何もなく、慶一朗が実は一目惚れしていた笑みを浮かべて部屋に入り、二人の様子を見守っていたレスリーがベッドサイドに椅子を並べてまだ勤務中だからと残して部屋を出て行こうとする。
「レスリー」
「どうしたの?」
ベッドの背もたれを起こして心地よい角度に操作したユーリが出ていく背中を呼び止め、その声にドアの取っ手を掴んだままレスリーが顔だけを振り向けると、やってくれたなという咄嗟に意味が理解できない苦笑と表情でユーリが告げ、レスリーが無言で肩を竦めて部屋を出ていく。
その背中を三人が沈黙したまま見送るが、座ってくれとユーリが促してリアムがまず慶一朗を座らせ、その後に隣に腰を下ろす。
「久しぶりだな」
「そうだな……あんたがメモを残して家を出たとき以来だな」
どこかで元気にしているだろうとは思っていたがまさかこんなことになっているとはなと、どんな感慨を覚えているのかは本人以外には理解できない顔で呟き、その一端が唯一理解できるユーリも似たような顔で一つ頷く。
「やってきたことが自分に返ってきた、ただそれだけだ」
己が蒔いた種を刈り取る時が来ただけだと、強がりでも皮肉でもなく、今己に訪れている現実を淡々と認めるような声にリアムが無意識に手を伸ばし、それに気付いた慶一朗がその手を取ってしっかりと指を組んで握りしめる。
「出て行ってからはどうしていたんだ?」
「ん? ああ、色々なことをしてきたな」
シドニーにいるのが急に嫌気がさしたからメルボルンやパースに行ったりしたが、気が付けばこの街に戻って来ていたと笑うユーリの過去の言動を認めているのか、リアムが楽しかったかと問いかけ、陳腐な言葉だがと窓の外へと顔を向けるユーリの言葉を慶一朗の手を握りしめながら待つ。
「人生、色々、だな」
「……そうだな」
確かに人生色々だと述懐するリアムの顔は穏やかなもので、幼い頃己を虐待していた男に向かい合っているという緊張感は己と繋いでいる手の中にだけ閉じ込められているようで、安心すると同時に微かな危機感も覚えていた慶一朗は、二人の会話を注意深く観察しているが、不意にユーリの顔が己へと向けられた事に気づいて眼鏡の下で目を細める。
「……リアムと、結婚したんだって?」
「ああ」
「……生真面目な男だから、退屈するだろうな」
「……」
ユーリの皮肉に染まった声にいつもの慶一朗ならその倍以上の感情を込めた罵詈雑言を吐き捨てるだろうが、繋いでいる手が心身を落ち着かせる温もりを持っていることに気付いて無言で彼を見つめると、その視線にだけ込められた感情にユーリが気付いて肩を竦める。
「……リアム」
「何だ?」
「……良い相手を、見つけたな」
そんな顔をしてくれる人なんだ、きっとお前の良さを見抜いて認めてくれているんだろうと笑う声に思わず二人で顔を見合わせてしまう。
まさかユーリの口からリアムを褒めるような言葉が出てくるとは思わず、そのことからも彼の時間が少なくなっていることを実感したリアムは一瞬言葉に詰まってしまうが、腹に力を込めてにやりと笑みを浮かべる。
「ああ。ケイさんと出会えただけで……俺の人生は素晴らしい」
そう言い切れる程の人に出会えたと、今も握ってくれている手を口元に引き寄せたリアムは、おい、と言いたげに開閉する口に目を細めつつその手にキスをし、押し頂くように額を触れ合わせる。
ユーリからの手紙を読んで精神的に不安定になり、そんな己に呆れる事も同じように不安定になることもなく、どんな時でもお前はお前だと教えてくれるようにいつもと変わらずに軽口を叩いたり態度で教えてくれた大切な人だと眼鏡の下の目を見つめると視線に込められている感情に気付いたのか、色素の薄い双眸が左右に揺れ、目尻が仄かに赤く染まる。
リアムも数えるほどしか見たことがないようなその色香が滲んだ顔に今度はリアムが目を見張ってしまうが、そんな二人の様子をベッドの上で見ていたユーリが咳払いをし、その音に二人そろって我に返る。
「……仲が良くて安心した」
俺が安心するというのも妙な話だが、人が仲良くする光景は嫌なものじゃないと穏やかな顔で笑うユーリの言葉にリアムがぐっと唇を嚙み、慶一朗もその表情から読み取ったものに気付いて目を伏せる。
その表情を二人は職業柄何度も目にしたことがあり、それを目の当たりにした後に訪れる未来も簡単に想像できてしまう為に思わず口を閉ざしてしまった二人だったが、ユーリが咳き込みながらもリアムに告げたのは、こんな状況下でも憎まれ口を叩くのかと呆れてしまいそうな言葉だった。
「俺がお前に見せていた事の仕返しか?」
「……そう、思うか?」
「……ふん」
その皮肉のこもった声と顔が己の記憶の中にある顔とは同一のものとは思えない程窶れて弱々しくなっているが、それでもユーリだとしか思えない目の力と口調に納得してしまう。
落ち込んだ時に慰める術を持たないー持っていないと思い込んでいるー慶一朗が不器用ながらも慰めてくれ、その親友であるルカやラシードもそれぞれのやり方で慰めてくれた事を思い出し、どうして己の周囲には感情を素直に出せない人たちばかりなんだとついつい肩を揺らしてしまう。
「リアム?」
今不思議そうな声で名を呼ぶユーリの為人をあの手紙が良く表しているように、己の感情を素直に出すことが苦手な人だったと思い出し、本当に皆不器用だなと前髪を掻き上げつつ目を細めるが、その目尻から一粒、慶一朗が永遠に保管しておきたいと考えたほど綺麗な涙が目元の筋肉の動きに押し出されて流れ落ちる。
「……確かに不器用だな」
「本当にな」
「ああ。でも……」
リアムの涙に掛け布団の上に出ていた手が握りしめられて何かを言いたげに震える唇が開閉するが、一度窓の外へと顔を向けたあとにゆっくりと戻したユーリの顔に浮かんでいるのは、家を出るまでの間にリアムが何度か目にしたことのある穏やかな笑みだった。
「不器用は不器用なりに満足して生きてきたから後悔はない」
俺は俺の人生を生き切ったと笑う顔は文字通り達観した人だけが浮かべられる笑みに彩られていて、その言葉にリアムが慶一朗と繋いでいる逆の手を握りしめる。
「お前を放っておいて好き勝手に生きたんだ、これで後悔するような人生ならそれこそ俺はクソみたいな男になってしまうだろう?」
「……そうだな」
この国に移住し、言葉もろくに分からない中それでも何とか同級生たちに遅れないようにと勉強をし今では医者としても自立できるようになったが、そのきっかけを与えてくれたのは良くも悪くもあんただったとユーリの手をそっと撫でると、一瞬それにびくりと痩せさらばえた手が揺れるが逆の手がリアムの手に重ねられる。
「謝るのは俺らしくない」
「そうだな。俺も今更謝ってほしいとは思わない。あの当時の日々を謝られたところで時間が戻る訳でもなければ、俺の気持ちがすっきりする訳でもない」
「ああ……リアム」
リアムの苦く笑いながらも己を受け止め認めてくれている、そんな事を感じさせる顔に目を細めたユーリは、リアムの名を呼んで顔を近付けさせると、震える手を持ち上げて昔は己と似通っていたハニーブロンドを抱きしめる。
「俺は、周りから見れば最低な男だったかも知れないけれど、他でもない俺の人生を生き切った。……リアム、お前はお前の人生を、生きているか?」
「……!」
「何も、自由に生きろと言っている訳じゃない……自由に生きるのが、俺らしい生き方だっただけだ」
お前は、誰に何を言われたとしても俺らしく生きている、そう胸を張って言える生き方をしているかとリアムの耳元で最後の力を振り絞ったような声で囁いたユーリだったが、リアムは咄嗟に返事が出来ずにその眼光だけが強い瘦せた顔を見下ろすことしか出来なかった。
「……安心しろ。あんたが心配しなければならないほどリアムは何も出来ない、何も分からないガキじゃない」
もっとも、働き出す直前に家を出たために働き出してからのリアムを見ていないから不安を覚えても仕方がないと、リアムとユーリの会話を今まで口を挟むことなく黙って見守っていた慶一朗が椅子の上で足を組み替えたかと思うとしっかりとリアムの手を握りしめながらユーリに向き直り、突然の言葉に驚いて振り返るリアムに合図を送るようにそっと頷く。
「ケイさん……?」
慶一朗が突然口にした言葉の真意がさすがにリアムでも読み取れなかったのか、どういう意味だと眉を思わず寄せてしまう姿に愛おしそうに目を細めた後に握りしめた手にキスを返した慶一朗は、己の言葉が正確に伝わった事をユーリの目尻から一筋の涙が流れ落ちたことから察し、リアムの珍しく苛立っているような顔に宥めるようなキスを繰り返す。
「あんたは途中で目も手も離したが……俺は離すつもりはない」
付き合いだした当初ならいざ知らず、今はもうこの手が、この温もりが横にあることが当たり前なのだ、そんな奇跡を手に入れたのだから誰に何を言われようがどれ程の金を詰まれようが手離すつもりはないと穏やかな顔で断言すると、ユーリが手の甲で目元を覆い隠し、その様子と慶一朗の告白の真意から先ほどの言葉の意味も読み取ったリアムの目が限界まで見開かれる。
「自由に生きてきた。その為に手離したり諦めたものもあっただろうが……ドアの外で俺たちが出てくるのを待っている彼が最期に傍にいてくれることは、きっとあんたにとって悪いことじゃないだろうな」
慶一朗が日頃を思えば信じられないほどの饒舌さで語った言葉にリアムとユーリが呆然と聞き入ってしまうが、ああ、恥ずかしい、お前がそんな顔を見せるからだぞと我に返ったように赤らめた顔をリアムに向けて憎たらしい顔で舌を出した慶一朗の耳にユーリが心底楽しいと言いたげに笑う声が流れ込む。
「確かに悪いことじゃないな」
でもそれはきっと俺らしくないだろうから止めておくと、慶一朗の真意を読み取った上でにやりと笑うユーリにそれ以上何も伝える言葉を持たない慶一朗がひょいと肩を竦め、少し外の空気を吸ってくるから満足したら出てきてくれとリアムの頭にキスをし、ああ、くそ、恥ずかしいことを言ったから喉が渇いたと不満の顔をした羞恥の言葉を呟きながら慶一朗が部屋を出ていく。
その背中を呆然と見送ったリアムとユーリだったが、どちらからともなく顔を見合わせた後、互いに肩を揺らして笑いだしてしまう。
「本当に、良い人と巡り合ったな、リアム」
「ああ……そうだな、本当に奇跡みたいな人だ」
飄々としていて掴みどころがない、そんな評判を職場では有難く頂戴している慶一朗だったが、友人たちの間でも本当の懐の深さまでは理解されていない事を今のリアムは良く知っていて、本当に不器用な恥ずかしがり屋だと愛情しか感じられない顔で肩を竦めると、その肩にユーリが手を載せてそっと撫でる。
「俺が言うのも何だけど……彼と、幸せになれよ」
「……そう、だな」
「ああ……ドイツの俺の両親や兄弟には別に何も言わなくていい」
ドイツを飛び出した時に俺のことは死んだと思っているはずだからと、己の家族への思いを冷淡な顔で伝えたユーリだったが、一瞬だけ何かを躊躇するように視線を左右に揺らした後、レスリーの事が心配だとぽつりと漏らす。
「……ああ」
愛する人を残して先に逝かなければならない苦悩のすべてを理解できる訳ではないが、その一端だけでも理解できると頷いたリアムにユーリがもう一度躊躇うように視線を揺らすが、その躊躇いを振り切った顔で彼を頼むと頭を下げる。
「ユーリ……」
「あいつの人生を背負ってくれなんて言わない。ただ、お前の人生の隅でもいい、お前と彼が良いと言ってくれるのなら……ほんの少しでいいから、あいつの事を気に掛けてやってくれ」
母国に家族や親族がいるはずだが彼も親族との関係が薄い男だとユーリが告げると、リアムが背後を振り返って目を細める。
「俺はもうケイさんと一緒に生きることを選んだけど、俺たちは世界に二人きりがいいと思っているわけじゃない」
だから彼が俺たちと友人になるのなら俺たちは歓迎すると笑うとユーリの顔に安堵の笑みが浮かび、もう思い残すことはないと口にする代わりのため息が一つ掛け布団の上に落ちる。
「後のことはレスリーにすべて託してある」
俺が死んだ後のことで少しだけ世話を焼かせるかも知れないがと咳き込みながらも思いを口にするユーリを止めずにじっとその手を握っていたリアムだったが、最後の最後まであんたらしいと全てを認め受け入れたような笑顔を浮かべると、再び目尻から太陽の光を反射してきらりと光る涙が零れ落ちる。
「最初から最後まで迷惑を掛けっぱなしだったけど……マールとフリーダにも上手く言っててくれ」
「分かった」
その言葉にユーリが安堵の息を吐いてベッドに深く凭れ掛かったのを見たリアムは、スマホを取り出して慶一朗に彼と一緒に戻ってきてほしいとメッセージを送り、目を閉じて浅い呼吸を繰り返すユーリに残された時間は本当に僅かで、その貴重な時間を自分のためではなく彼と彼が愛する人のために使ってほしい一心で早く戻ってきてくれと心の中で強く願うのだった。
昏睡するように眠りに落ちたユーリを部屋に残し、満足したからそろそろ帰ると告げるリアムと慶一朗を見送るためにレスリーも階段を下りてくるが、ホスピスの名前が控え目に掲げられているドアの前で足を止めたかと思うと、今日は本当にありがとうと手を差し出す。
「……俺こそ、連絡をくれてありがとう」
長年思う事は沢山ある人だったが、その全てではなくても一部が昇華されたとリアムがその言葉に嘘はないと教えるような穏やかさでその手を握り返す。
「……最期まで、一緒にいるつもりだから」
だから何かあればまた連絡をすると先程交換した連絡先を脳裏に浮かべているような顔でレスリーが苦笑し、リアムがしっかりと頷いた後、何かがあっても無くても連絡をくれて良いと笑うと、信じられない言葉を聞いたと言いたげにレスリーの目が見開かれる。
「……ユーリが繋いだ縁だ」
「縁……?」
「ああ。いつだったか何かの宗教の話で聞いたことがある」
人というのは一人では無く誰かと何かで繋がって生きているそうだ、それを縁と言ったはずと、今日は口を開かないと決めているような様子だった慶一朗が口を開き、レスリーが愛する男がいる部屋を見上げるがその目尻から一筋涙が流れ落ちる。
「少し落ち着いたら一度食事にでも行こう」
「サンクス、リアム、ケイ」
「ああ」
この状況が落ち着くことが意味するものを三人とも理解しており、それだからこそ何も言わずに互いの腕を叩いて慰め合うとホスピスの横の駐車場に停めてあるリアムの愛車に乗るために二人が敷地を出るが、その背中が見えなくなるまでレスリーはその場を動かずに見送るのだった。
この日の再会がリアムがこの街で生きていくために力を借りなければならなかったのに、自由に生きたいと己を放置して好き勝手に生きたユーリとの最期の別れになるのだった。
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