ルカとラシードの家に二人が泊めて貰ったその週末、あの夜に比べれば少しはマシになった顔色のリアムが人待ち顔でアポフィスの最寄り駅の壁に背中を預けていた。
金曜の夜を満喫しようと各々のお気に入りの店や最近発見したそこに遊びに行く人達が目の前を過ぎていくのを何となく見ていたリアムは、これだけの人が目の前を行き交うのに見知った顔がひとつも無いことに驚きと感心を覚えていたが、ようと気軽に呼びかけ手を挙げて近寄ってきた人に気付いて表情を和らげる。
「相変わらず待ち合わせ時間の10分前には来てるよなぁ」
「そういうお前も5分前には来てるじゃないか」
リアムににやりと笑いかけて確かにそうだと頷いたのは、あの夜、週末に久し振りに飲みに行こうと誘いのメッセージをリアムに送ってきたフレデリックだった。
学校を卒業してからは大型トラックの長距離ドライバーになったフレデリックはシドニーを仕事で離れることが多く、またその期間も長いもので、戻ってきた時にはこうしてリアムらに帰ってきたから飲みに行こうとメッセージを送っては旧友達との親交を深めていたのだ。
そのメッセージをルカから借りたベッドの中で受け取ったリアムは、同じように横で眠る準備に入っていた慶一朗にそのメッセージのことを伝えると、欠伸を堪えながらも友人の誘いは大歓迎だから行ってこいと背中を押された後に、その飲み会の後にいつものようにアポフィスで会おうと押された背中を抱きしめられたのだ。
それを思い出しながらフレデリックに誘ってくれてありがとうと素直に礼を言うと友人の意志の強そうな眉が寄せられるが、言葉に出しての疑問はなく、あいつらはまだかという言葉だけが返ってくる。
「ああ、まだだな」
「そういえばラルフがそろそろ結婚を考えているらしいぞ」
「ベルとの結婚か?」
フレデリックがリアムの隣に並んで同じように壁に背中を預けて目の前を行き交う人を見るとはなしに見ているが、先日トラックのメンテナンスの為にラルフの実家の工場に寄った時に親父さんから教えられたと笑い、それを聞いたリアムの脳裏にそばかすが少し残る幼く見えるが明るさならば誰にも負けないと思える赤毛の女性の顔が思い浮かぶ。
「お前が先に結婚しただろ?」
それに刺激を受けたみたいだと笑うフレデリックに何だそれと学生からの付き合いの気軽さで肩を揺らしたリアムは、たった今話題にしたラルフがもう一人の友人のネイサンと一緒にやって来たことに気付き、壁から背中を剥がして手を挙げる。
「こっちだ!」
「待たせたか?」
「いや、大丈夫だ」
「久し振りだな、二人とも」
リアムが11学年時に同じクラスになって以降親密さを深めてきた友人四人が久し振りの再会に互いの腕を叩いて笑みを浮かべるが、遅れてやって来た二人もリアムの様子がおかしいことを一目で見抜き、事情を知っているかと問いかける代わりにフレデリックを見るが同じような顔で肩を竦められてしまい、これはアルコールで口を軽くさせなければと三人が同時に考えた事にも気付かないでリアムがアポフィスに行く前に何処かのパブで腹拵えをしようと提案し、三人も賛成と学生の頃と全く変わらない顔で頷くのだった。
リアムが友人達に心配を与えながらも本人はいつも通りに振る舞えていると思いながらパブで酒を飲んでいた頃、仕事を終えて自宅に戻った慶一朗は、仕事とプライベートとの気分を切り替えるのに必須の着替えを済ませ、お帰り、リアムは一度帰ってきて僕にご飯を食べさせた後出て行ったと教えてくれるように足下に纏わり付く子犬を抱き上げ、メシを食ったのなら出掛けるぞと笑いかけると、不思議そうに小首を傾げる子犬をキャリーに放り込み、不満の鳴き声を無視して愛車に飛び乗る。
「ルカ、今から店に行く」
その一言をメッセージで送り、助手席から不満の鳴き声を上げ続ける公爵を宥めるようにキャリーの隙間に指を差し入れ、生暖かい舌が許しを与えてくれるように指先を舐めたことに気付いて苦笑する。
「あいつがずっと悩んでいることは今日解決できると思うから後で慰めてやってくれ、デューク」
「ワン!」
まるで己の言葉だけではなく気持ちまで通じたように返事をする子犬に苦笑を深めた慶一朗だったが、親友が待っているもう一つの家とすら言えるナイトクラブへの道を、ナイトライフを楽しもうとするのかそれとも帰路に就こうとしているのか、比較的交通量の多い道を制限速度ギリギリで走り、その駐車場に車を止めると、キャリーを手にしたままではいつも入っている正面のドアから入る訳にもいかず、裏口のドアベルを鳴らすと無表情のラシードがヌッと顔を突き出したことに肩を竦める。
「デュークを預かってくれ」
そして今夜は後でリアムと合流するから泊めてくれと、相変わらず親密な人に対する傍若無人さを顕わにしながらキャリーを突き出す慶一朗に何も言わずにそれを受け取ったラシードだったが、リアムはあいつらと一緒に来ると慶一朗に教えられてあいつらと首を傾げてしまう。
「結婚パーティーにも招待した友人だ」
「……分かった」
お前とリアムが泊まることについては了承したが友人をここに招くのは無理だぞと、慶一朗の言葉の先を読んだらしいラシードが目を細めると、キャリーを持つ手を慶一朗がそっと撫でる。
「隅のテーブルを少し借りて話をするだけだ」
「そうか」
慶一朗が今日ここに来ることは半ば規定のことだったが、リアムが学生時代の友人と一緒に来ることは変則的なことだった。
だから覚えた一抹の不安をラシードが目に宿したことに気付いた慶一朗が苦笑し、安心しろ、カウンターの奥の扉へは案内するつもりはないと頷き、その言葉にラシードが安堵したようにひとつ頷く。
あの夜、リアムと慶一朗に自宅のゲストルームを貸したルカとラシードだったが、翌朝、日頃を思えばあり得ない物音が早朝のキッチンから聞こえてきた為にベッドルームを抜け出して様子を窺うようにキッチンへと姿を見せるがそこで見たものは、前夜は料理に関しては何も出来ないと不遜な顔で言い放っていた慶一朗がリアムの指示を受けながら己に出来る精一杯の手伝いを行っている姿で、もしもラシードが声を掛けると気恥ずかしさから怒鳴る姿も簡単に想像出来た為、キッチンの様子を少し離れた場所で見守っていたのだ。
口ではどれ程悪態を吐こうが不遜と受け取られる態度を取ろうが、己の愛する男のためにならば苦手なことでも全力を出すのが慶一朗という男だとも思い出したラシードが、じゃあアンディに挨拶をしてから店に入ると言い残して裏口のドアから出て行く友人の細い背中を見送り、キャリーを目の高さに持ち上げたかと思うと、不思議そうに首を傾げる子犬に向けてお前の飼い主のひとりは本当に不器用な男だなと笑いかけ、仕方がないと返事をするように一声吠えられて肩を揺らしながら兄弟犬が大人しく待っている二人の私室に連れて行き、兄弟犬が再会の歓喜に飛び跳ねる様子を見守っているのだった。
リアムが友人達と一緒に、それでもいつも通りの穏やかさを保ちながらアポフィスの扉を潜った時、店内は程良く混み合っていて、リアムと一緒に現れたネイサンを目敏く発見した女性達が目をぎらつかせる様がフロアの彼方此方で見受けられる程だった。
その視線に真っ先に気付いた本人がやれやれと息を吐いた後、カウンターの内側でいつもと変わらないメイクー今日はやけに気合いが入っているのかどうなのか、目元がキラキラと光っていたーをしたルカが手を挙げたかと思うと、ハーイ、ナイスガイズ、ご機嫌いかがと戯けたような挨拶をしてくる。
「機嫌は上々ですよ」
ルカのその声に同じく戯けたように返したのはフレデリックだったが、カウンターに四人並んだのを見計らい、ただひとりを除いてと己の隣の大男へと視線を投げかける。
「……」
その視線が意味する事を理解したリアムが口を開こうとするが、やっと来たかと背後から声を掛けられて四人が一斉に振り返ると、一汗流してきた満足感を滲ませた慶一朗がにやりと笑みを浮かべて立っていて。
「ケイさん?」
「何処で食ってきたんだ?」
「そこのパブです」
初めて入ったが結構美味かったと満足そうに笑うラルフにネイサンも頷くが、料理は美味かったけれど一人いつもと変わらないフリをしている奴がいたとフレデリックがもう一度リアムを見つめると、さすがにその言葉にリアムが口を閉ざしてしまう。
「……そのことで話がある」
金曜日の夜を楽しみたいのは分かるが少しだけ話に付き合ってくれないかとリアムを真っ直ぐに見つめながら慶一朗がその左右の三人に問いかけるように口を開くと、カウンターの奥でじっと様子を見守っていたルカがそのテーブルを使ってとこの店で比較的静かに話が出来る場所に置かれているテーブルを指し示し、皆が一斉にそちらへと顔を向ける。
「さっきまで飲んでいただろうけど、何か飲むか?」
ルカの言葉にフレデリックが軽く会釈をしてテーブルに移動しその後にラルフやネイサンが続くと、リアムが一度口を開いて閉ざした後に慶一朗に甘えるように腕を回して同じように腰を抱かれて安堵の息を零す。
皆が席に着いたのを見計らい慶一朗がビールをルカに頼むと足を組んでテーブルで頬杖を突くが、片手は隣に座っているリアムの腿にそっと重ねていて、それを黙って三人の友人達が見守っているとビールのボトルが運ばれてくる。
「……リアムの様子がおかしいんです、ケイさん」
毎日一緒にいるあなたなら理由を知っているだろうとビールで緊張から来る口の渇きを潤したフレデリックが切り出し、慶一朗も黙って頷きながらリアムの手が己の手に重ねられた事に眼鏡の下で目を細める。
「……ユーリ・シュライバーという名前に聞き覚えはあるか?」
慶一朗がそう切り出すと己の掌の下の身体に緊張が走るが、丸いテーブルを囲む三名の友人達の顔にも一瞬の後に緊張が走る。
その様子をじっと見つめていた慶一朗の前、フレデリックの顔にはみるみるうちに怒気が、モデルとして活躍しているネイサンの端正な顔にも嫌悪の色が浮かび、四人の中では中立でありたいと願っているラルフの顔もフレデリックには及ばないが怒りが滲み出したことに気付く。
その表情から己が告げた名前が何を意味するのかを知っている事に気付いた慶一朗が、次にくしゃくしゃになっているーそれはリアムが何度も読み返し何度も握りつぶそうとした結果だったー手紙をテーブルに置くと、代表してネイサンがその手紙を読み進め、何を言っているのか意味が分からないがこの手紙を書いた人は誰かに対して悪いことばかりしてきたのかと手紙を同じ場所に戻しながら慶一朗に問いかける。
「悪いこと、そうだな……その手紙の中の『お前』に対して彼なりに悪いことをしてきたと思っているみたいだな」
慶一朗がそっと手紙をポケットに戻して隣の様子を窺うと、リアムの目が伏せられて俯き加減になっていることに気付き、己の手に重ねられていた手を取ってぎゅっと握りしめる。
「先日、ユーリの恋人らしき男がリアムの勤務先にやってきた」
そしてその手紙をリアムが読むことを承知しながら忘れて帰ったフリをしてクリニックに残していったと、リアムにとっては悪意としか思えない感情が込められているその行動を非難するように吐き捨てると、リアムが俯いていた顔を上げて天井を見上げて溜息を吐く。
「ユーリって……お前が医者になるって決まった夜に出て行って音信不通になった男だろう?」
その男がどうして今更お前に悪かったと思っているような手紙を残すんだとネイサンが疑問を口にすると、リアムが顔を戻す前に慶一朗がその疑問に答えを返す。
「……余命宣告を受けて今はホスピスにいるそうだ」
「……」
そう呟いた時テーブルを囲む男達の顔には何とも言えない感情が浮かんでいたが、握った拳をテーブルに叩き付けたのはこのメンバーの中では自然とリーダーになっているフレデリックで、ふざけるなとの言葉とともにもう一度小さく叩き付けられる。
「リアムの気持ちも身体も好きなだけ痛めつけてきたくせに、自分が死ぬと分かったら悪かった、だと?」
それで己の罪が消えて許されると思っているのかと、11学年時に知り合い、信じられない程の心身の大きさに驚き、それ以来仲良くなったリアムの家庭環境を知るにつれて名前だけしか知らないユーリという男に対する腹立たしさを常に感じていたフレデリックの激昂ぶりが隣のラルフとネイサンに伝播したのか、二人も同じような顔でまるでそこに彼がいるかのようにテーブルの中央を睨み付ける。
「……リアム」
「……何だ」
「まーたお前はひとりで何とかしようと思ったのか!?」
いつだったか慶一朗が事件に巻き込まれたときのようにひとりで解決しようとしたのかと、あの時頼って貰えずに友人の窮地に何も出来なかった歯痒さを思い出したフレデリックが拳をテーブルに押しつけながらリアムを呼ぶと、リアムがそっと顔を友人に向けてその言葉を受け止めるが、隣の慶一朗へと一度顔を向けた後、ゆっくりと首を左右に振る。
「……前までは、そう思ったと思う」
「……」
「でも、ケイさんやルカやラシードにも聞いて貰って……お前達にも話を聞いて欲しいと思った」
だから本当は悩んでいたが今日お前達と一緒に飲みに来たと告白するリアムの顔を三人の友人がまじまじと見つめるが、そこに嘘を見いだすことは出来なかったらしく、ネイサンが前髪を掻き上げながらお前の話なら何でも聞くから言ってくれと誰もが思わず見蕩れるような笑みを浮かべてリアムに掌を向ける。
「……彼の恋人が彼の連絡先を教えてくれた」
連絡をしてもしなくても恨まないそうだと、話を聞いて欲しいと慣れないことをしている為にかいつものような快活さが失われているリアムをフォローするように慶一朗が切り出して三人の反応を待つと、先日のルカとラシードと同じようにそれぞれユーリを罵るような言葉を吐き捨てたことに気付きリアムの方へと身を寄せる。
「皆ルカやラシードと同じ反応だな」
「……ケイさん」
お前の過去を知った人にこの話をするとおそらく10人中9人が同じ反応をすると思うと笑う慶一朗にリアムが眉尻を下げた顔で隣を見つめるが、眼鏡の下で片目を閉じた慶一朗の言葉にそのまま動きを止めてしまう。
「奇特な残りひとりは……お前自身だ、リアム」
「……!」
慶一朗の言葉がさすがに理解出来ずに皆が目を丸くして友人とその伴侶を見つめるが、慶一朗がリアムへと身体ごと向き直り、頬杖を突いた尊大にも見える態度でリアムを見つめる。
「過去に暴力を振るってお前の心身をないがしろにしただけじゃなく音信不通になった最低な男だが、それでもお前にとっては居場所を与えてくれた人だし医者としてその命が失われる前に会いたいと思っている。そうだろう?」
ああ、本当に本当に、一体何処までお前はお人好しなんだと、呆れているのかそれとも愛情から来る言葉なのかを咄嗟に理解出来ない声で告げた慶一朗だったが、リアムの友人達が限界まで目を見張っているのを感じつつそっと両手を伸ばしてリアムの強張った頬を包むと、自宅以外では珍しく微かに震えている唇にそっとキスをする。
「信じられない程心が広く大きく、自分のことよりも他人の為に動くことの出来るお人好しで人畜無害のマッチョマン……そんなお前だからこそ、愛している」
友人達の前での告白はただただ驚きを齎すもので、フレデリックが今までの怒気を忘れたような呆けた顔になり、ネイサンやラルフも慶一朗の横顔に思わず赤面してしまうが、この中で最もその顔を見慣れているリアムが震える手を持ち上げたかと思うと慶一朗の腹に顔を押しつけるようにしがみつく。
大きな背中を感情に震わせるリアムを呆然と見つめていた友人達だったが、慶一朗がこちらの様子を見守っていたルカの視線に気付いてタオルを貸してくれと苦笑すると、ルカが使っていたらしいストールを持ったシャルルが飲み物のお代わりと一緒にやって来る。
「サンクス、シャルル」
「いえ」
彼の手から友人のストールを借りてリアムの頭を覆い隠すようにそれを広げた慶一朗は、三人の視線に気付いてそれぞれの顔を見た後、肩を竦めてビールを飲んでくれと促し、自らも満足そうな息をひとつ吐いてビールを飲むのだった。
一時の激情が落ち着いたのか、顔を洗ってくると言い残してそそくさとトイレに駆け込むリアムを見送った慶一朗だったが、フレデリックのありがとうございますとの言葉に顔をそちらに向けて小首を傾げる。
「フレッド?」
「……リアムのことを本当に理解してくれてありがとうございます」
俺たちの友人があなたのような人に支えられていることを知れて本当に良かったですと、パーティーの夜以来の再会である事を思い出した慶一朗の前、フレデリックの言葉にラルフとネイサンも小さく頭を下げる。
「止めてくれ」
本当に支えられているのは俺だと苦笑しつつ羞恥からビールを飲み干した慶一朗だったが、さっぱりしただけではなく何かを吹っ切ったような顔で戻ってきたリアムに気付き、お前の友人達が訳もなく頭を下げてくる、止めさせろとリアムに思わず命じてしまう。
「ははは。こいつらは訳もなく頭を下げたりしないから素直に受け取ってくれ、ケイさん」
「くそっ」
慶一朗の横に自然と腰を下ろして己のまだ手を付けていなかったビールを一口飲んだリアムは、さっきと同じように慶一朗の手をそっと己の腿の上で握りしめると、友人達の顔をゆっくりと見つめ、本当にありがとうと礼を言う。
「……答えは出たのか?」
「ああ、もう迷わない」
リアムの顔からまるで憑いていた何かが落ちたような爽やかさを感じ取ったフレデリックがそっと問いかけると、少し照れながらもリアムがいつもの笑みを浮かべ、お前達にも心配させたとさっきの三人のように頭を下げる。
「ユーリからの手紙に動揺してしまったなぁ」
「余命宣告を受けているのか?」
「そうらしい」
観光客にも名前が通っているボンダイビーチ近くのホスピスに収容されているらしいと答えるリアムの顔は己の言葉通りに迷いはもう消え去っていて、週明けに連絡を取ってみることを皆に伝えると慶一朗の手にそっと力がこもる。
「お前がそう思うのならそれでいい」
お前の意思を尊重すると慶一朗が笑みを浮かべて伝えた後、満足そうにひとつ伸びをしてリアムの髭に覆われている顎にキスをする。
「ケイさん?」
「踊ってくる……今日はルカやラシードと遊ぶぞ」
その言葉の真意を理解出来るのは当然ながらリアムしかおらず、一度視線を左右に彷徨わせた後に分かったと頷き、友人達にお前達はどうすると問いかける。
「俺とケイさんは閉店までここにいる。皆はどうする?」
「久し振りだし俺も閉店までいることにする」
リアムの様子が本当にいつも通りに戻ったことに安堵の笑みを浮かべたフレデリックが残りの二人の友人を見ると、ネイサンがさっきからこちらをチラチラと見ている女の視線に気付いていて、少し踊ってから帰ると肩を竦める。
「俺も帰るかな」
今日はお前達と飲みに行くことを彼女にも伝えてあるが、明日予定があるから適当に切り上げるとラルフが肩を落とし、何だそれじゃあ俺もお前達と一緒に帰るとフレデリックが前言を翻す。
「……今日は本当にサンクス、みんな」
「おう。……あんま恥ずかしいから言いたくねぇけど、お前、ケイさんと結婚して本当に良かったな」
結婚パーティーの時はワガママ大王だのとあまりいい話を聞かなかったが、本当は頼りになる人なんだろうとフレデリックが耳打ちをし軽く驚いたようにリアムが友人の顔を見つめるが、そんなリアムの顔にじわじわと浮かぶ笑みを見たフレデリックが舌打ちをしてネイサンも独身男ににやけきった顔を見せつけるなと瞼を平らにしてしまう。
「……帰ったらベルに電話をしようかな」
お前が幸せそうな顔をするからだとリアムの額を指で突いたラルフだったが、その幸せそうな顔にあてられたと笑みを浮かべ、残っていたビールを飲み干す。
「帰るまで皆で踊ろうぜ」
「そうだな」
「ああ、そうしよう」
ラルフが真っ先に立ち上がりその言葉にネイサンとフレデリックも釣られて立ち上がると、一瞬どうしようか思案したリアムだったが、フレデリックとネイサンの肩に腕を回して皆で踊ろうと満面の笑みを浮かべる。
「今日ぐらい踊ってもケイさんも怒らないだろうし」
「何だ、ケイさんに怒られるのか?」
「ああ、そうなんだ」
何故怒られるのかは言わないがいい顔をされないと笑ったリアムは、一足先にフロアで楽しげに踊っている慶一朗を愛おしげに見つめ、その視線に気付いた慶一朗がこちらを見て何か意味有り気に人差し指を唇に押し当てた後、リアムに向けて軽く弾く様子に気付くと何かを受け止めたように顔の前で手を振る。
その様子を不思議そうに見ていた三人だったが、リアムの顔が更に幸せそうな笑みに彩られているのを見た瞬間、慶一朗からの愛情表現を受け取ったのだと気付き、てめぇ、独身男の前でイチャイチャするなと左右の友人から脇腹を殴られてしまい、痛い痛いと痛くもないのに悲鳴を上げるフリをして踊っている人達の中に紛れ込み、そんなリアムを追いかけるように友人三人も音の海の中に飛び込むのだった。
その様子をカウンターの中から見守っていたルカが安堵のため息を零し、カウンターの奥のドアから姿を見せたラシードに手短に説明をすると、二人同時に皆が踊っているフロアへと目を向け、詳しい話は踊り疲れた彼らに説明させるのも気の毒だから明日の絶品モーニングを食べながら聞かせて貰おうと笑い合うのだった。
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