It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第5話 Without You.
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 ナイトクラブの前でゴードンらと別れた後、小指だけを繋いでホテルに帰ってきた二人だったが、部屋に入ると同時に前を歩く慶一朗をリアムが背中から抱きしめる。 「どうした?」  一人で踊っていた事に腹を立てているのかと己の行動を振り返って反省しているような声で慶一朗が問いかけつつハニーブロンドを後ろ手で撫でると、リアムがそうじゃないと小さく返す。 「本当はケイさんは一人で何でも出来る人だ」 「リアム……?」  そんなあなたを甘えさせて一人で何も出来無くさせているのは俺自身だと苦い声が後ろから届き、突然の疑問に眼鏡の下で驚きに目を丸くした慶一朗が腕を叩いて合図を送ってくるりと振り返り、唇を噛んでいるリアムに気付いてどうした何があったとそっと問いかける。 「……GGやケヴィンにお前が甘やかしすぎてるんじゃ無いかと言われたから」  その時は踊っている慶一朗の楽しそうな顔を見られるから良いと答えたものの、よくよく考えてみると己の行動は慶一朗の為になっていないのではないかと思ったとぽつりと呟くリアムにただ呆気に取られた慶一朗だったが、今頃気付いたかと皮肉も何も籠もっていない真っ直ぐな声で思わず笑ってしまう。 「ケイさん……?」 「お前が俺に甘いのは今更だろう?」  それを何故今唐突に思い出したんだと笑う慶一朗に眉尻を下げたリアムがだってと上目遣いになると、本当にこの王子様は時々こうして小難しいことを考え込むとリアムの鼻をぎゅっと摘まんでヘイゼルの双眸を白黒させる。 「お前が良いと思ってやりたいと思っているんだろう?」 「うん」 「じゃあそれでいい。俺は、お前が甘やかすことを受け入れている」  最初は気恥ずかしかったが今ではそれがないとダメな事ぐらい分かっている、だからお前がやりたいことをすれば良いと、表面上の意味では無く深いところに秘めている感情ごと読み取ってくれと願いながら唇の両端を持ち上げると、リアムが慶一朗の肩に額をぶつけて小さく鼻を啜る。 「本当にすぐに泣くんだからな……鼻水を付けるなよ?」 「付けるか!」 「ははは。じゃあ好きなだけ泣けと言いたいけど、お前は笑顔の方が似合う」  それに立ったままお前の体重を支えるのも疲れるからソファかベッドに行こうと笑うと、リアムが慶一朗の背中と足に腕を回して横抱きにし、おいと制止の声を上げるものの、これが良いと湿り気を帯びた声に告白されてしまえば無碍にも出来ず、我儘は俺の専売特許だぞと笑うとようやくリアムが顔を上げて俺も我儘を言いたいと小さな笑みを浮かべる。  その笑みが慶一朗が持つ言葉では言い表せないがリアム・フーバーという男を表しているように思え、ハニーブロンドを抱え込むように腕を回して手触りの良い髪を撫でて引き寄せた顔に何度もキスをする。  誰が何を言おうと己をこうして甘やかす、世界に二人といないこの男の顔から笑顔が消える所など見たくはなかった。  誰かの為にその身を擲つことの出来るスーパーヒーローのようなリアムだが、こうして笑顔で抱き上げてくれる己だけのヒーローに変身するその顔が好きだった。  だから少し前の落ち込んだような顔をさせる不良オヤジ達にはお礼をしなければと思案し、キスがくすぐったいけれどケイさんからのキスだから嬉しいと笑うひげ面のヒーローの頬に手を宛がい、俺のハニーを落ち込ませた不良オヤジ達には仕返しをしなければならないなと笑うと、どう返事をすれば良いか悩んでいるような顔になる。 「そうだろう、ハニー?」 「……ハニーは止めて欲しいなぁ」 「じゃあ王子様」 「うん、それが良い」  ハニーと呼ばれれば照れくさいし尻がもぞもぞするから止めてくれと笑われていつものように王子様と呼ぶと満面の笑みが浮かび、両手で頬を挟んで小さな音を立ててキスをする。 「機嫌は直ったか、王子様」 「……うん」 「よし……下ろしてくれ、リアム」  リアムと鼻の頭を触れ合わせた後に下ろしてくれと伝えると素直に下ろされ、何をするのかと待ち構えているようなリアムに背中を向けて何歩か歩いた慶一朗だったが、ふ、と力を抜いて背中から倒れ込む。 「!」  目の前で突然背中から倒れてくる慶一朗に気付いたリアムが慌てて一歩を踏み出して距離を詰め、腕だけでは無く全身を使ってしっかりとその背中を受け止めると、腕の中から慶一朗が頭を反らせて見上げてくる。 「ケイさん?」 「……お前が、こうして支えてくれる」 「……」 「お前が支えてくれるから俺は好きなことが出来る」  俺に何かあったときに必ず支えてくれることを俺は知っているし信じていると笑う慶一朗に呆然と目を見張ったリアムだったが、そっと眼鏡を外させると逆さまの顔にキスをする。 「不良オヤジが言ったことなど気にするな」 「……うん」  慶一朗の慰めの言葉にリアムが一度目を閉じてゆっくりと目を開けると、今度は額に掛かる髪を掻き上げてそこに口付ける。 「……ここだと狭いから踊れないな」  ナイトクラブではお前が踊る姿を人に見せたくないから我慢させたが、本当は一緒に踊りたかったとリアムの腕の中で体を反転させて分厚い胸板に顔を寄せるとようやくリアムの口から満足そうな吐息が零れ、ここが家ならば足腰が立たなくなるまで踊りまくるのにと笑う慶一朗に同じ顔でリアムが笑うが、再度慶一朗を抱き上げて端正な顔を見上げて子どものような笑みを浮かべる。 「早く家に帰りたい」 「そうだな」  でもまだ残念ながらフライトは明日だ、だからそれまでここでも出来ることをしようと、夜の闇に白く光る月を連想させるような笑みを浮かべた慶一朗が、今朝テラスで鼻を触れ合わせた後にベッドに飛び込んだことを思い出せるようなキスを同じ場所にすると意味を察したリアムが目を細めてシャワーを使うかと囁きかける。 「ああ」  踊ることが出来ないのならもう一つのスキンシップを楽しもうと笑って再度床に降り立った慶一朗は、準備があるからバスルームに来るなと笑顔で命じ、不満そうに口を尖らせる己の王子に向けて人差し指でキスを届けてその不満を解消させるのだった。  慶一朗がシャワーを浴びている間退屈だからと、今朝のようにベランダに出て夜風に当たっていたリアムは、ヨンソンやゴードンに言われた甘やかしすぎとの言葉を脳内で響かせてしまっていたが、己が必ず支えてくれると信じて疑わないことを教えるように慶一朗が無防備な姿で背中から倒れ、しっかりとその信頼に応えられたことが思い浮かび、二人の揶揄うような顔と声が薄らいでいく。  この世の中一体何組のカップルがいるのだろうか。そしてそのカップルには彼らなりの愛情表現や絆があるはずで、百万組のカップルがいれば百万通りのそれがあるはずだった。  だから己が彼を甘やかすことに対し第三者が何を言おうとも関係が無い筈だった。  そう、ようやく思い至って情けないと自嘲に肩を揺らしながらふと顔を背後に振り向けると、ソファの向こうのベッドとベッドヘッドと表裏になっている窓ガラスの向こう、バスタブに浸かりながら右足をピンと伸ばしてその足にもこもこの泡を載せている慶一朗の姿が見えて呆気に取られてしまう。  まるで古い映画のワンシーンのようにもこもこの泡を掌に掬い伸ばした足に載せていく光景はコミカルなもので、ついついベランダの柵に背中を預けて肩を揺らしてしまう。  それを見られていると思っていたのかいなかったのか、慶一朗と視線が重なり、僅かに恥ずかしいと言いたげな顔になったかと思うと、泡を載せた掌をリアムに向けて突き出し、こちらに来いと窓の向こうから誘ってくる。  その手に誘われてベランダからソファ前を通ってベッドの横の細い廊下を通ってバスルームのドアを開けると、泡にまみれているバスタブで伸ばした右足を左右に軽く振りながら入ってきたリアムを振り仰ぎ、泡まみれの両手を広げる。 「……ケイさんの尻から足の先まで何センチあるんだ?」 「お前を慰めるために測った事が無いから分からないな」  いつものようにその腕の中に飛び込みたかったが何しろ泡まみれになっているためにその両手を掴んでバスタブから引き上げると、何をするんだという軽い不満が籠もった視線に見上げられる。 「泡まみれのケイさんも美味そう」 「……食うか?」  リアムの密やかな声に慶一朗も同じ色を浮かべて返すとガラス張りのシャワーブースに先に入り服を脱いだリアムも入るが、二人が入るとさすがに狭いと笑い合い、慶一朗の全身に纏わり付いていた泡を洗い流す。 「ベランダで海を見ていたのか?」 「うん。夜の海も良いな」 「そうか?」 「うん。でも吸い込まれそうになるから怖い気もする」  ベランダから飛び込みの選手のように飛んでみたくなったと笑うと、慶一朗がリアムの首に片手を回して顔を寄せ、どうせ飛ぶのなら今から二人で飛ばないかと囁き、リアムが返事の代わりにシャワーを止めて慶一朗の腰を抱き寄せて艶やかに光る唇に吸い寄せられるようにキスをするのだった。    枕を握りしめていた手に大きな手が重ねられ、許しを得るように背中や首筋にキスをされて気怠げに寝返りを打とうとするが、その力も残っていない事に気付いて頬にキスをするリアムを呼ぶ。 「……起きられない」 「……ごめん」  珍しく慶一朗が主導権を握り、リアムにただ気持ち良さだけを与えながらその腹に跨がって気持ちよさそうに腰を振っていたのだが、旅先の開放感と珍しい経験にリアムの理性が吹っ飛び、気が付けば抱え込んだ枕に顔を押しつけて悲鳴じみた嬌声を上げ続け、その時間が終わった今自ら動くことも出来ない程ぐったりとしてしまったのだ。  じろりと睨むと殊勝な態度で謝罪をし慶一朗の体を起こして支えてくれるが、全身が悲鳴を上げるように痛みを訴え、全力で抱きやがってと恨みがましい目でリアムを見ると、うん、ごめんと鼻の頭を指先で掻きながら小さく謝罪をする。 「ケイさんが上に乗ってくれるなんて思わなかったからちょっと頑張ってしまった」 「……」  見上げるあなたの顔は最高だったと笑う伴侶をじろりともう一度睨んだ慶一朗だったが、確かに見下ろすお前は最高だったと素直になると、嬉しそうな気配がキスと一緒に頬に届けられる。  抱き合う前に唐突に告白された自嘲、それをすっかりと忘れたような顔と気配に胸を撫で下ろした慶一朗は、リアムの大きな手を取って顔の前に持ってくると薬指に光るリングに口付ける。 「気持ち良かった」 「そっか」  それは頑張った甲斐があったと笑ってベッドに横臥すると、釣られたように慶一朗もリアムの体に乗り上げるように腹這いになる。 「ケアンズの旅行も終わりだな」 「そうだなぁ……次はもっとゆっくり来ても良いかもなぁ」  どうせならばヨンソンのあのクルーザーでトローリングをもっと楽しんでみたいと笑いながら汗ばんでいる慶一朗の髪を撫でたリアムは、己の胸に頬を宛ててそれも良いと頷かれて髪を撫でていた手を頬へと移動させる。 「でも、シドニーに比べればカフェが少ないから少し寂しいな」  ナイトクラブも数えるほどしか無い為に選択肢が少ないと苦笑する慶一朗の頬を宥めるようにゆっくりと撫でると、寝返りを打った慶一朗がリアムの隣に落下し、気怠げに腕を持ち上げてさっきまで己が乗り上げていた胸に今度は腕を乗せる。 「……朝、起こしてくれ」 「うん。……お休み、ケイさん」  週末の夜、いつもならば音と光に合わせて踊っているがそれが出来ない今はゆっくり休んでくれと頭の下に腕を差し入れて髪にキスをすると、やはりこの腕が無ければ眠れないと欠伸混じりに呟かれ、それは嬉しいなぁと思わず照れたように小さく呟いてしまう。 「ルカ達の土産を買う時間はあるか?」 「うん、大丈夫だと思うよ」  何を買うか決めておいてくれと慶一朗の顔を覗き込んだリアムの目に飛び込んできたのは、穏やかな寝息を立て始めた慶一朗の顔で、気持ちよさそうに眠る邪魔をしてはいけないがと申し訳なさそうな顔になった後、額にお休みのキスをしてリアムも目を閉じるのだった。    吸い込まれそうで怖いとリアムが笑った夜の海、細い月を映しながらゆらゆらと有るか無しかの波に揺れ、カーテンも引かずに眠りに落ちてしまった二人を細い月が呆れたように見ているのだった。    
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