It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第3話 The Team A.
3
  長年同僚として一緒に働いていたが仕事上での必要最低限の会話ですら交わさなかった関係を改善しさらに親交を深めるような飲み会の翌週、いつものようにリアムの手に己の髪を委ねていた慶一朗は、ただ楽しかった飲み会の中で一つだけ心の中に未だに引っかかっている言葉を思い出してつい溜息を吐いてしまう。  鏡の中でそれにリアムが気づいてどうしたと問いかけてくるが、何でもないという言葉では誤魔化せない事を長くなってきた付き合いから理解していて、この間の飲み会での話だと切り出すと、少し考えこんだ後にリアムが女性研修医のことかと問いかけてきたためにそっと頷く。 「一緒に働くことは多分大丈夫だ」  ただ彼女のことを良く知らない上にもしもと考えると気が重いと再度溜息を吐くと、鏡越しにリアムと目が合い、途端にヘイゼルの双眸が安堵させるように細められる。 「ケイさんなら大丈夫だ」 「……そうか?」 「うん。だってもうケイさんはあいつらがいないって知ってるだろう?」  髪を一つに束ねて仕上げのようにキスをするリアムの言葉に思わず息をのんだ慶一朗を後ろからそっとリアムが抱きしめ、あんな事件を起こす人などそうそういない、だからもうあんな目には遭わないと軽く顎を持ち上げてくる。  その大きな手に逆らうことなく顔を上げるとそっと口づけられて目を見張り、もしも万が一彼女があいつらのような事件を起こす人間だったとしてもどう対処すればいいのか分かるだろうとも囁かれて納得したように頷いてしまう。 「ああ、そうか」 「うん、そう」  だから前の事件のようなことにはならない、そうなる前に俺やテイラー部長、そして仲良くなったヒルに助けを求められると額にリアムがキスを落とすと慶一朗がくるりと振り返り、その言葉から力を分け与えてもらった事を伝えるような笑みを浮かべる。 「飲み会に行きたいと言われれば、嫉妬深い俺が職場の同僚や部下であっても異性とは二人きりで飲みに行かせないと言っていると言えばいい」  さすがに今ではそこまで嫉妬深くないと思っているが断る理由を考えられないときは嫉妬深い俺を理由にしろと、嫉妬という言葉から最も遠くに感じるさわやかな笑みを浮かべたリアムの言葉に一瞬唖然としてしまう慶一朗だったが、次第にこみあげてくるおかしさに肩を揺らしてしまう。 「嫉妬深い王子様は嫌われるぞ?」 「だって仕方がない」  俺を嫉妬させるあなたが悪いんだと、リアムだからこそ言葉に裏がないと判断できるが、今まで遊んできた男女が同じ言葉を言えばモラハラ気質があるのかと疑いたくなるような言葉に堪えきれずに小さく噴き出し、目の前で肩を竦める愛嬌のある顔を見つめ、その顔のラインを覆っている手入れがされている髭を手の甲で撫でてその感触に目を細める。 「嫉妬深い王子様、今日もセットしてくれてありがとう」  さっき鏡の中で確かめたが今日の俺もお前の好きな俺になったかと朝から珍しい類の言葉を投げかけると面白いほどリアムの顔が赤く染まり、あぁだのと意味のない言葉が小さく流れ出す。  その顔が面白くて、朝からいいものを拝めたと笑顔でリアムの髪を撫でつけると、揶揄われたと気付いた愛嬌のある顔が真っ赤に染まる。 「イジワル大王!」 「お褒めにあずかり光栄です」  狭い洗面所で出勤までの短い時間、顔を赤らめたリアムと楽しそうに笑う慶一朗が子どものようにドタバタと物音を立てて攻防戦を繰り広げるが、どちらもその可笑しさと時間がないという現実的な理由に気づき、休戦だと笑って互いの頬を手の甲で撫でる。 「ああ、そうだ、今日は材料が余ったから余分にランチボックスを作ったけど、持っていくか?」  リアムの言葉に慶一朗が小首を傾げて今日は何を作ったんだと問いかけると、少し待っていろと言い残したリアムがキッチンに駆け込み、戻って来た時にはオモチャのような小さなクーラーボックスを手にしていた。 「新しい米を買いたかったから今日は米を炊いた」  ケイさんが日本食は食わないと分かっていたけれど、どうだろうと伺うように問われて一瞬目を丸くした慶一朗だったが、リアムが己を気遣ってくれている事を熟知している為、その気持ちだけ受け取ると言いつつ広い肩に額を軽く当てるように身を寄せる。 「食えるかどうか分からないから今日は良い」 「……そうか」 「ああ。ただ、もしかすると作ってくれという事があるかも知れない」  その時はお前特製のランチボックスを作ってくれと少しだけ寂しそうな顔で笑う伴侶の口の端にキスをし、冷凍できるのならばしておけばどうだと提案すると、これぐらいならランチで食えると朗らかに笑われ、お前の食事量を甘く見ていたと小さく笑う。 「……行ってくる」 「うん。今日も頑張って来い」  いつもは玄関傍で見送るが今日はここで見送ると二人同時に笑って互いの頬にキスをし、額を重ねて今日も一日無事に過ごせますようにと、付き合いだしてからの多事多難を思い出して心の底から短く祈り、場所は変わってもいつものように慶一朗が人差し指でリアムにキスを送るとそれを合図にリアムも気持ちを切り替えて細い背中を見送るのだった。    朝から休む暇もなく入っているオペの予定と入院患者の診察、外来の診察と忙しく病院内を駆けずり回っていた慶一朗が漸くランチタイムを取ることが出来たのは、世間では夕方と呼ばれる時刻だった。  その時間のカフェテリアは客など疎らで、慶一朗と同じように遅いランチかそれとも早いディナーかそれとも小腹を満たすための間食かのどれかを摂るためにぽつりぽつりとテーブルに座っていて、そんな彼らを尻目に売れ残りと思しきホットサンドと可能な限りは飲みたくないがそれしかないから仕方がないと言いたげにフラットホワイトを注文し、リアムと一緒に働いていた時に良く利用していたテラス席へと向かう。  ホットサンドは何かのハムと何かのチーズ-慶一朗にはそれがハムとチーズであることしか分からなかった-で、焼き立てだから食べられると思いつつ食べてみるものの、記憶の中にあるハムとチーズの味と合致せず、本当にこれはハムとチーズなのかと、リアムが付き合いだしてから実は密かに行ってきた食育の成果を驚いた顔で無意識に表現してしまうが、空腹には勝てない事から無理矢理それを流し込み、フラットホワイトという名のカフェラテも飲むと、心身ともに何一つ満足することのない食事を終えて立ち上がる。  ああ、こんなことなら今朝リアムが用意してくれたランチボックスを持ってくればよかったと溜息を吐くが、日本食だと教えられてしまえば食べたい気持ちにブレーキが掛けられてしまい、挙句の果てにはあんなにも寂しそうな顔をさせてしまったのだと思い出すとつい舌打ちをしてしまう。  付き合いだした頃に慶一朗が日本出身だと知ったリアムが好きな日本食は何だと当たり前と言えば当たり前の疑問を投げかけたことがあったが、その時もロクに返事も出来なかった事を不意に思い出し、そしてその時にリアムが浮かべた表情もありありと思い出してしまう。  世界中の罪を背負ったような顔、そう表現したそれが何に由来しているのかを今の慶一朗は知っていて、幼い頃の自分たちの後先を考えなかった行動の結果、己と幼馴染の家族がいがみ合うどころか己の命を脅かすような付き合いへと変化してしまった過去だと思い出すが、ドイツへの帰省と自分たちの結婚式でその蟠りも解けたはずだった。  だから今はそんな顔をするなと脳裏で寂し気に笑うリアムに語り掛けた慶一朗がカフェを出て廊下を歩いていると、向こうからファルケとアントショヴァーが何やら議論を交わしながら歩いてくる。  先週末の飲み会でヒルにはまだファーストネームで呼んでいないのかと驚いてみせた慶一朗だったが、己は彼女をどう呼ぶかの結論をまだだしておらず、彼女の横で真剣な顔で身振り手振りも大きく話すファルケだけをファーストネームで呼ぶのも彼女にとっては不愉快ではないのかと思案し、近づいてくる二人の前から今更ながらに背中を向けたくなってしまう。 「あ、ドクター・ユズ!」  そんな慶一朗にファルケが気付いて手を挙げて聞いてくださいと駆け寄ってきた為、何だと眼鏡の下の目を少し緊張に細めながらそれでもいつものと称される一見すればつかみどころのない表情で二人の研修医を見ると、今日のオペについて意見を欲しいと二人同時に詰め寄られる。 「どちらが正しいんですか!?」 「教えてください!」  その二人の熱意には感心してしまうが、ファルケとアントショヴァーが交わしていた議論は、極論すれば一つの山を西から登るか東から登るかの違いだけのように感じ、どちらも正しいとしか言えずに苦笑すると、納得がいかない顔で二人が上目遣いに見つめてくる。  その視線が懐かしさを誘発すると同時に過去の痛みも引きずり出してきたがそれを何とか堪え、通行の邪魔にならないように廊下の端に寄って壁に背中を預けて腕を組むと、その前に二人がまるで教師の授業を受ける生徒の様な顔で背筋を伸ばす。 「授業を始めるみたいだな」 「ドクターの授業を一度受けてみたいです!」  ファルケの言葉に俺は人に教える様な才能は無いと苦く笑った慶一朗だったが、少し離れた先を歩く背中を発見し、病院内では滅多に出さない大声を出してその背中を呼び止める。 「オーガスト!」  突然離れた場所から己の名を呼ばれて飛び上がったのは今日一日の仕事を終えたらしいヒルで、何事だと振り返りそこに同僚と研修医がいる事を発見して眼鏡を押し上げつつ小走りにやってくる。 「何だ?」 「ああ、今二人からどちらが正しいか教えてくれと言われたんだ」  今日のオペの中での疑問らしいと肩を竦めて手短に説明をした慶一朗にヒルが考え込むように顎に手を宛がうが、俺のやり方はと前置きをした後、アントショヴァーが正しいと思う方法を採用すると伝え、お前はどうだと声に出さずに慶一朗を見る。 「俺はどちらかと言えばファルケ寄りの考えだな」  二人のドクターの意見も割れた為にどちらが正しいのか分からなくなったと肩を落とす研修医のコンビを前に二人が顔を見合わせた後、どちらも正しいとヒルが告げてそれを受けた慶一朗も無言で頷く。 「正しい、間違っているじゃない」  答えに辿り着くのにどのルートを選択するかの違いだと苦笑しつつ思ったことを伝えるヒルだったが、その横顔を慶一朗が意外そうに見つめている事に気付かなかった。  どちらも仲違いではないが反目していると思われていた頃のヒルは研修医など足手纏いだと公言するときもある程のプライドの高さを持っていて、部下に教えるという考えもそもそも持っていなかった。  そんな男が懇切丁寧とはいかないまでも、己の思いを説明するようになった事は本人にとっても周囲にとっても良い事だと気付き、慶一朗の視線に気付いた青い目にじろりと睨まれて無言で肩を竦める。 「何だ?」 「いや? ドクター・ヒルの説明は過不足なくて聞いていても勉強になる」 「嫌味か?」  慶一朗の言葉を素直に受け取る事がまだまだ難しいのか、ヒルが目を細めてぼそりと呟いた言葉に慶一朗が心外だなと目を見開くが、お前の下で働くダナはきっと一流の脳神経外科医になると頷き、逆に目を見張るヒルの肩をポンと叩くと、一瞬何を言われたのかが理解できていないようにぽかんとしてしまう彼女に片目を閉じる。 「俺の下でもそれなりのドクターにはなれるだろうけど、オーガストの下なら間違いなく一流のドクターになれる」  だから今のように疑問に思ったことも素直にぶつけて教えを請えば良いと、目元を赤らめるアントショヴァーに頷いた慶一朗は、ヒルに向けてはこれが金曜日の答えだと小さく呟きその背中をそっと押す。 「ああ、もし分からない事があれば遠慮なく聞いてくれ、ミ……ダナ」 「は、はい……!」  唐突にファーストネームを呼ばれて驚いていた様子のアントショヴァーだったが、二人の顔に若干の照れを見て取ってしまい、気を使ってくれている事に気付いてありがとうございますと礼を言ってしまう。 「ダナ?」 「い、いえ……これからも、よろしくお願いします!」  何を礼を言っているんだと照れたように笑う彼女の言葉に男三人がそれぞれ驚きの表情を顔に浮かべるが、同時に小さく吹き出してこちらこそよろしくと目を細め、二人のドクター達から改めて握手を求められ緊張しながらその手を取り、それを見ていたファルケが己も少し前に経験した事だからか、にやにやしながら見守ってしまう。 「何よ」 「何でもない」  研修医同士の微笑ましい会話にドクター二人は特に口を挟まなかったが、ヒルの胸ポケットから院内でのみ使用する携帯電話の着信音が流れ出した為、その和やかな空気がピリリとしたものに一瞬で変化をする。  その変化も好ましいものだと慶一朗が頷き、ヒルが携帯電話に返す言葉尻から重大な何かが起きた訳ではない事に気付くと、部長の所に顔を出してくるからさっきの件についてはどちらが正解だ間違っているだではないと告げてアントショヴァーに片目を閉じ、ファルケにはその肩をポンと叩いて手を挙げて廊下をエレベーターへと向かう。 「俺も戻るか」 「あ、ありがとうございました」 「ああ、気にするな。明日のオペもまた頼む」  その言葉を慶一朗が聞けばきっと彼女の今後の医者としての精神的な支えになるものだと気付くだろうが、それに気付ける者は今はおらず、額面通りの言葉として受け取ったアントショヴァーにファルケもお互い頑張ろうと返し、もうすぐ今日の仕事が終わる、終われば何処かに飲みにいかないかと誘い、彼女も満更でもない顔で頷くのだった。    ヒルやファルケらと別れた慶一朗がテイラーのオフィスのドアをノックした時、テイラーはデスクで何やら書き物をしているようで、入るぞと断りつつ入って来た慶一朗にソファを勧め、自らも肩の凝りを解すように伸びをし、慶一朗の向かいに腰を下ろす。 「どうした?」 「ああ……ホアキンとダナの事だ」  眼鏡を外してリアムが毎朝持たせているハンカチでレンズを拭きながら慶一朗がぽつりと呟き、先週まではアントショヴァーと呼んでいた研修医をファーストネームで呼んだことに驚いたと素直にテイラーが告げると、実はと苦笑しつつ先週末の出来事を搔い摘んで説明をする。 「お前とオーガストが飲み会!?」  それはそれは俄には信じられない事だと目を丸くするだけではなく天井を振り仰ぎながら、神よ、明日で人類は滅ぶのかと悲嘆の声を上げた為、思わずこちらも素直にくそったれと呟いてしまう。 「お前の厳しいダーリンにバラすぞ」 「誰がダーリンだ」  あいつはハニーだとテイラーに返すもののその驚きに固まる表情がおかしくて、言い出した本人があいつがハニーかと肩を揺らして笑いだしてしまう。 「お前が言ったんだろう?」  そのお前が笑ってどうすると同じように笑いながら慶一朗を見たテイラーだったが、ダナとホアキンがどうしたと咳払いで気分を切り替えて上司の顔になる。 「ああ……さっき分からない事があるから教えろと言われてオーガストと一緒に話していた」 「……そう、かぁ」  慶一朗が驚いたヒルの変化をテイラーも驚きをもって受け止めるが、それを笑うような事も必要以上に驚くことも無く受け入れ、そうかともう一度呟いた時にはヒルとの間にあったほんの少しの蟠りが完全に溶けたような顔を何度も上下に振る。 「彼は良い教師になるだろうね」 「ああ。俺は人に教えるのは無理だけど、オーガストは指導者としての才能もある」  だから彼女には一流のドクターになれると思うと伝えたと、以前まで自分たちの間にいた研修医の後姿を思い出し、腿の上で拳を無意識に握りしめる。 「……ケイ」 「……っ!」  その様子にテイラーがそっと名を呼んでゆっくりと頭を横に振ったため、慶一朗も気分を切り替えるように大きく息を吐く。 「ホアキンはどうだ?」 「ああ。彼は優秀というよりは、人が嫌がるような事も率先してするし、何か愛嬌があってついつい構ってしまいたくなるな」  何だろうか、リアムの愛嬌が大型犬のようなものならばファルケは小型犬のようなものかと咄嗟に思い浮かんだ言葉を口にすると、犬を飼っていないから理解できないが何となくわかるとテイラーが返答に窮した顔で肩を竦める。 「……あいつに、あんな顔をさせないようにしないとな」 「何か言ったか?」 「いや? ホアキンとダナ、育て甲斐がある二人だな」  あの二人が自分たちの下から巣立った時どれほど優秀な、そして医者としての大切な資質に磨きをかけているかが楽しみだと珍しく手放しで褒め称え、慶一朗のそれを珍しいと思いつつもテイラーがそうだなとだけ返し、室内には心地良い沈黙が流れるのだった。 「……ただいま」  いつものように先に停まっている鋼鉄の白馬の横に愛車をそっと停めた慶一朗がガレージから自宅へ入る事の出来るドアを開けると、玄関とリビングスペースの間に広がるトレーニングエリアでせっせと汗を流す大型犬を発見する。 「……あ、お帰り、ケイさん」  少し集中して音楽を聴きながらトレーニングをしていたと、耳から小さなイヤフォンを外して笑うリアムに頷いた慶一朗だったが、汗を拭きながらやってくる鍛えられている伴侶の体をしげしげと見つめ、どうしたと言わんばかりに首を傾げられて昔どこかで見たような犬のロゴマークを思い出してしまう。 「蓄音機のスピーカーが欲しいな」 「は?」 「何でもない」  訝るリアムに笑って手を振った後、帰宅後のルーティーンを行う為に洗面所に向かい、出てきたときには着ていた衣服はすべてランドリーボックスに投げ入れてお気に入りのバスローブ姿になっていた。 「ただいま」  自宅で寛ぐ態勢になる事を教える一言と身形でリアムの腰に腕を回した慶一朗だったが、今日のディナーは何だと問いかけ、クリニックの近くの肉屋でソーセージを買って来たからそれを焼いて食べようと頬へのキスと共に教えられて頷く。 「……今日のランチボックス、もう食ったか?」 「ん? ああ、実は今日はあまり時間が無くて食えなかった」  だから持って帰ってきて冷凍しようと思うと苦笑され、力を分け与えてもらうようにギュッと広い背中を抱きしめる。 「ケイさん?」  今朝、出掛ける前に見たあのような寂寥感に満ちた笑みをリアムに二度と浮かべさせたくはなかった。  出会った頃に世界中の罪を背負ったような顔で笑われたこともあったが、それと同じであんな顔をもうさせたくはなかった。  だから、ランチボックスは何だったと問いかけてライスボウルと返され、ああ、おにぎりかと苦笑すると、初めて聞いた日本語にリアムがたどたどしくおにぎりと呟き返す。 「お、に……?」 「ああ、ライスボウルは日本ではおにぎりというんだ」 「そうか」 「ああ……今日のディナーで……それ、食っても良いか?」  日本食は殆ど食べない慶一朗が自らライスボウルを食べたいと言い出したことにリアムが驚いて言葉を失ってしまうが、二つあるからひとつずつ食べないかとそっと提案すると、了承の返事が言葉でも表情でもなく背中を握る手の強さで返される。 「ソーセージとライスボウル、合うかな」 「食ってみなきゃ分からないな」  トレーニングもひと段落ついたしケイさんも帰って来た、ディナーの用意をしようとリアムが笑って慶一朗の腰に腕を回し、汗臭いぞと笑いながらも同じように腰を抱かれてついつい顔を笑み崩れさせてしまう。  この顔が見たかったのだと内心呟いた慶一朗は、リアムの汗が流れた頬にキスをすると、今日金曜日に悩んでいた事に答えを出してきたとだけ告げるが、それ以上深く追及されることも無くただそうかとだけ頷かれ、それから己がどれほど信頼されているのかに気付く。 「ああ」  きっと上手くやっていける、そう頷いてソーセージにはやはりビールだろうと笑って冷蔵庫を開け、リアムがディナーの用意に取り掛かるのをその横でいつものように見守っているのだった。    翌日のカンファレンスの終了後、テイラーが脳神経科のドクターと研修医、そして彼らを支える看護師達の責任者を呼び止め、何事だと皆が様子を窺いながら部屋を出て行くのを待つが自分達だけになった事を確かめると、ひとつ咳払いをしてこれからも宜しくとひとりひとりの顔を見ていく。 「朝からどうした?」  そんな今更な事を今言わなければならない理由は何だと今日は慶一朗が不思議そうに口火を切りヒルとパリスが無言で頷くが、そんな胡乱な人物を見る目付きの部下達にもにこにことテイラーが頷く。 「僕は皆をチームと思っていると前に話したと思う」  ホアキンとダナが加入してそろそろひと月が経過するが慣れてきただろうし、先任のロブソンと三人良好な人間関係を築けているようで安心したと頷き、ドクター三人が顔を見合わせる。 「僕は皆をこの病院でも最高のチームだと思っている」  仕事の腕は最高だし仕事を離れても健全なコミュニケーションを取れている事は本当に喜ばしいことだと、脳裏に皆同じ顔を思い浮かべるような言葉を伝えた後、もう一度皆の顔をゆっくりと見渡していく。 「これからもよろしく」 「……部長がそこまで言うのなら仕方がない、仲良くしようか」 「そうだな、部長がそこまで言うのならな」 「あなたがそこまで考えてくれていたとは思わなかったな」  テイラーの言葉に真っ先に手を打って賛成と意思表示をしたのは慶一朗だったが、にやりと笑った口が告げたのは素直ではない思いで、それに気付いたヒルが仰々しく頷きながら慶一朗と同じように手を打ち、その音にパリスが感心しきりと言いたげに何度も頷く。 「お前達は本当に素直じゃないな」 「部長に素直になっても良いことはないからな」  テイラーの言葉ににやりと慶一朗がやり返し上司の瞼が平らになったのを見た瞬間、ファルケの肩に腕を回してそろそろ行くぞとテイラーの前からそそくさと立ち去り、それを見たヒルもアントショヴァーに行くぞと言葉で伝えて二人並んで出て行く。 「リベリオ、俺たちもそろそろ行かなければ……」 「ああ、そうだな」  では部長、これからオペがあるので失礼と、先の二人に比べれば丁寧に挨拶を残してカンファレンスルームを出て行くパリスの巨体を呆然と見送ったテイラーだったが、残っていた看護師長のオーエンと副師長のクリフォードがフォローするようにドクター達は皆分かっていると思いますと苦笑し、ああ、二人とも本当に優しいとテイラーががっくりと肩を落としながらも己の部下でありチームメイトであるドクター達が今日も持てる力を発揮して患者を救うために働いてくれることを信じて疑わないのだった。  今日も今日とて己の領分で精一杯の力を発揮するために働くドクターと彼らを支えるスタッフ達、そんな彼らを統括する部長という責任のある席にいるテイラー達を悠然と流れる雲が興味もなさそうに見下ろしているのだった。
← Prev | 第3話 The Team A. | Next 第4話 → 
  俺たちはAチームだ。
Waveboxで感想を送る
コメントは↑からどうぞ。一言でも匿名でも嬉しいです。励みになります