It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第3話 The Team A.
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 ようやくやって来た金曜日の夜、少し肌寒いねなどと言いながらそれでも楽しそうに行き交う人の声を大きな背中で聞いているのは、いつもと少しだけ違う気持ちで待ち合わせをしている相手を待っているリアムだった。  今夜一緒に飲みに行く相手は、1年前の己が見れば顎が外れるほど驚愕の表情を浮かべてしまうのではないかと言うほど急激に親密になった相手で、何が一体どうなってこうなったという疑問と、人間関係はやはりギスギスしたものよりもこうした親密さを持つ方が好きだと己の好みにも気付き、目の前の桟橋に横付けするフェリーの姿をぼんやりと見る。  リアムが今いるのは観光客やナイトライフを楽しむ人達がひっきりなしに訪れるサーキュラーキー駅からフェリーターミナルへと向かう広場のような場所で、目の前には停泊中のフェリーがありその向こうにはホテルの建物が見えるが、そのホテルから左へと顔を向けずとも目に入る白いオペラハウスがライトアップされていた。  ベンチに腰を下ろしてぼんやりと目の前の光景を見ていると海を渡る冬の風が吹き付けて心地良さを覚えるが、通り過ぎる人達はコートの襟を立てたり寒いとスカーフを首に巻いたりと、リアムにとっては心地よい風を避けるように足早に歩いていた。  等間隔に置かれているベンチにはそれぞれ人の姿があったが、待ち合わせ相手である慶一朗が早く来ないかと少しの寂しさから歌うように呟くと、背後から柔らかな女性の声に呼びかけられてしまう。 「……ミスター・フーバー?」  その呼びかけにさすがに驚いたリアムがベンチで振り返ると、風に髪を乱されるのを抑えるように手を挙げた女性が自信なさげに苦笑していて、その様子からその女性が誰であるかに気付いて人懐こいー慶一朗には大型犬が笑ったようだと称されるー笑みを浮かべて腰を浮かせる。 「ミス・モリスン……ああ今はミセス・ヒルだったな。久し振り」 「どちらでも良いわ。……ええ、久し振り」   ベンチで人待ち顔のリアムに呼びかけたのは、今夜一緒に飲みに行く相手のひとりであるエイプリル・モリスンで、そういえばこうして話をするのは初めてだったと思い出したリアムが今更初めましてというのも変だなと笑い、その顔に釣られたようにモリスンもそうねと口元に手を当てて小さく笑う。 「オーガストは?」 「もうすぐ来るんじゃないかしら。私今日は休みだったからちょっとショッピングをしていたの」  だから一緒に来るのではなく待ち合わせにしたと、リアムが同じ病院で働いているときにはまだ愛人という公には出来ない関係だったが今は夫であるヒルと待ち合わせしていると笑い、二人並んでベンチに腰を下ろす。 「……今駅に着いたそうよ」 「そうか、じゃあもうすぐ来るな」  モリスンがスマホを確かめてメッセージが届いていることに自然と笑みを浮かべつつリアムを見ると、ケイさんも一緒に来るのかなと待ち合わせをしていることすら楽しいと言いたげにリアムの口の端が持ち上がる。 「ケイさん?」  その聞きなじみのない音に首を傾げる彼女に苦笑し、ドクター・ユズの事だと笑うと何かに気付いたようにモリスンの顔に笑みが浮かぶが、不思議な呼び方と好意的に頷かれる。 「……1年前の俺が見れば気絶しそうな光景だな」  モリスンの肩越しに目を細めたリアムに釣られて振り返った彼女は、そこに二人肩を並べて親しげに言葉を交わしながらやって来る二人の男の姿を発見し、思わず呆気に取られてしまう。  こちらに向けて歩いてくるそれぞれの待ち合わせ相手は、同じ職場で同じ科の同僚として働きながらも1年前まではロクに口を利くこともないどころか、一方的に敵意を向けられては辟易している、そんな関係だったのだ。  だが、今その二人が肩を並べているだけではなくどちらの顔にも小さいながらも笑みが浮かぶ話題で盛り上がっていると気付き、モリスンが安堵とそれを通り越した歓喜に目元を赤らめる。 「……まさかこんな光景が見られるなんて」  それもこれもあの人がいなくなったからだと二人同時に同じ男の顔を思い浮かべながら顔を見合わせて小さく苦笑すると、ベンチで待っている二人に気付いたらしいヒルが手を挙げて妻の名を呼び、その隣では慶一朗が無言で頷きながら二人の前にやって来る。 「待たせたな」 「大丈夫よ」  ベンチに腰を下ろしているモリスンの髪を自然と撫でてその手で頬を撫でそこにキスをしたのは、病院で見る時と比べれば遙かに穏やかな表情のオーガスト・ヒルで、二人が一緒に来たから驚いたと笑うリアムに慶一朗が素っ気なく頷くが、眼鏡の下の目が何かを思案するように左右に揺れたため、リアムがどうしたと声に出さずに問いかける。 「……いや」  何でも無いと言いながらも本心を押し隠したことに気付き、ああと察しが良すぎるリアムが慶一朗の本心を読み取りつつ立ち上がり己の身体で二人の視線を遮ると素早く慶一朗の右手を取って薬指に口付ける。 「……リアム」  己の望みを己以上に理解している伴侶のそれに目尻を少し赤らめつつも拒否しなかった慶一朗が気分を切り替えるように一つ頷いた後、今日はどの店に行くんだとリアムの手を握りながら二人に笑いかけ、それにリアムが内心の歓喜を鉄の意志でもって押し殺す。  ここでもし盛大に驚きでもすればこの手はすぐに離れてしまうのだ。  こんな貴重な瞬間を己の軽率な感情表現で失うなど許せるはずがなかった。  羞恥を押し殺しているような顔と一方の歓喜を噛みしめているような顔を向けられたヒルとモリスンが顔を見合わせた後に不思議そうに首を傾げるが、今日はアビーが選んでくれたと彼女の手を自然と握るヒルに楽しみだなと二人で頷き、行きましょうと歩き出す二人の少し後を歩いて行くのだった。  モリスンが選んだ店はハーバーブリッジもオペラハウスも見える場所にあるスペイン料理を食べさせてくれる店で、この辺りにはよく遊びに来ることのある二人でも知らない店だった。  予約を入れてくれていたからか通りからは見えない奥まった席に通され、壁のメニューボードやテーブルのメニューを見た時、ここはバスク出身のオーナーが腕を振るっていて、ピンチョスも一品料理もオススメだとモリスンが笑い、その言葉通りに料理は絶品だった。  その中でも慶一朗が気に入ったのが生ハムを使ったピンチョスで、自宅で作れないかとこっそりリアムに耳打ちするほどだった。 「今度作ってみようか」  慶一朗の希望ならば何が何でも叶える気持ちでいるリアムが少し思案しつつ慶一朗お気に入りの生ハムのピンチョを取ってくると味を記憶させるように食べ始めるが、それをサングリアを飲みながら見守っていたモリスンが料理を作るのはあなたなのねとリアムを見て笑みを浮かべ、その視線に二人が同時に頷く。 「そうなんだ。実家がレストランをやっているから料理を作るのは慣れているんだ」 「そうなのね」 「ああ。オーガストは作らないのか?」  モリスンの感心しきりの言葉にリアムがヒルを見ると少しだけ気まずそうな顔でヒルが料理は苦手なんだと返し、お前にも苦手なものがあるのかと慶一朗が心底驚いた顔になる。 「……当たり前だ」 「へえ……家のことも仕事も何でもこなせると思っていたけど、苦手なものもあるんだな」  日頃の仕事ぶりを見ていると全てのことにおいて優秀だと思っていたと今日はスパークリングワインを飲んでいる慶一朗が苦笑すると嫌味かとヒルが皮肉を口に出そうとするが、モリスンがそっとそんな夫の腕に手を重ね、それに気付いたヒルが咳払いをして気分を切り替える。 「安心しろ、オーガスト。俺も料理は苦手だ」  ヒルの様子に苦笑を深めた慶一朗がフルートグラスを少しだけ掲げると一息でワインを飲んで満足そうに息を吐く。 「うん、そうだな、ケイさんは料理も苦手だな」  ヒルをフォローするように慶一朗が笑みを浮かべたためにその隣からリアムが盛大に頷くと二人が顔を見合わせ、料理もと呟く。 「うん、そうなんだ」  家事全般苦手だと笑うリアムに慶一朗が僅かに顔を赤らめてしまうが、何をどう繕おうが事実だと開き直るようにボトルからワインを注ぐ。 「最近は少しずつやれるようになってきたけど、付き合いだした頃は本当に酷かったなぁ」  リアムが何かを思い出したような顔で笑いながらテーブルの上の皿からピンに刺さっているさっきとは別のピンチョスを食べ、青唐辛子の爽やかな辛さにワインが進んでしまうと笑い、己のグラスにも慶一朗がワインを注いでくれたことに感謝の言葉を伝える。 「サンクス、ケイさん」 「そうなのか?」 「そうそう。……ゆで卵が食べたかったらしくて、油にそのまま卵を放り込んだこともあったし」 「それは……やってはいけない事だろう、ケイ?」 「ボイルするよりも早く出来ると思ったんだ」  リアムの暴露話にヒルが盛大に驚き少しの呆れを滲ませながら慶一朗を見ると開き直ったような顔で早くゆで卵を食べたかっただけだと胸を張り、後片付けが大変だったと当時のキッチンの惨状を目の当たりにした気持ちを思いだしたリアムが盛大に溜息を吐き、思い出すだけでゾッとするが通り過ぎた今は笑い話だと笑いながら告げるそれにモリスンとヒルが顔を見合わせて意外そうな表情を互いの顔に見いだす。  病院では飄々と患者や同僚やスタッフ達と仕事を熟す慶一朗の意外な一面を知ったと驚くヒルに、病院では極力そんな姿を見せないようにしているからなと慶一朗が己の努力の一端を知ったかと笑うと、そんな無駄な努力を払っているのかとヒルが皮肉なのか素直なのか理解に苦しむ一言を呟く。 「何だか……一人にしておくのが心配になるわね」  仕事中のあなたしか知らないときには想像も出来なかったけれど、そんな話を聞かされてしまうと心配になると思わず心配性を発揮したようなことをモリスンが伝えると、リアムの顔に同意が慶一朗の顔には驚きが浮かび、ごめんなさいと思わず謝ってしまう。 「いや、その通りだから気にしないでくれ」  己の失敗を笑い飛ばしてくれた方が良いと慶一朗が笑い、彼女のグラスが空になっている事に気付いてボトルの先を向ける。 「ありがとう、ドクター・ユズ」  職場以外で立場が分かる様な呼び方はしない方が良いと思いつつも、少しアルコールが回ったモリスンが思わずいつものように呼びかけると、慶一朗が人差し指を口元に立てて目を細める。 「!」 「ケイで良い」  あなたの夫もそう呼んでいると笑ってヒルを見ると頷かれモリスンの顔に遠慮がちな笑みが浮かぶが、俺もあなたをエイプリルと呼ばせて貰うと慶一朗が笑みを浮かべる。 「もちろん」 「じゃあ俺もそう呼ばせて貰おうかな。もちろん俺もリアムで良い」 「そうね、何だか今更だけれど、よろしく」  アルコールだけではない理由で頬を赤らめるモリスンに二人が同じ笑みを浮かべて頷き、ヒルも心なしか安堵した顔で頷くと前からは考えられないなと感慨深く呟くが、彼女もこうして許してくれるだろうかと呟いたため、彼女と三人が問い返す。 「……ミス・アントショヴァーだ」 「ああ、まだ彼女をファーストネームで呼んでいないのか」  少し前に唐突に相談された事を慶一朗が思い出して小さく笑うと意外と勇気が要るとヒルが肩を竦めるが、テイラーの真似をしたと言えば良いと慶一朗が助け船を出す。 「そうか」 「ああ」  上司のテイラーがそう呼んでいるからと言えばそれ以上何も言われることはないと笑うと、お前はどうするとヒルが慶一朗に問いかける。 「……考えようかな」  ヒルの問いかけは当たり前と言えば当たり前だったが慶一朗にとっては返答に窮するもので少し考え込んだ後に肩を竦めて考えておくとだけ返し、その様子にヒルは特に何も思わずに頷くが、彼の横で二人を見ていたモリスンがリアムの手が慶一朗の腿にそっと重ねられた事に気付き慶一朗の様子を少しだけ注意して見守ってしまう。 「……ちょっと失礼」  自然に呼ばれたと慶一朗が笑いながら立ち上がり、行ってこいとリアムがその背中を見送るが、二人へと顔を戻したときには少しだけ沈痛な面持ちになっていて、もしかするとさっきの質問はタブーだったかとモリスンがそっと問いかける。 「ん? いや、大丈夫だと思う」 「どうした?」 「……ハスケルの件があるから、あまり女性研修医と親しくしたくないんだろうな」 「……!」  リアムの誰に対してもののかは分からないが申し訳なさそうな声にヒルが目を見張り、モリスンも聞きかじっていた事を思い出して酔いが一瞬で醒めたような顔になってしまう。 「……俺は……」 「気にするなと言っても気になってしまうよな」  ヒルの顔色が一気に変わった事にリアムが小さく溜息を吐き慶一朗が戻ってきた事に気付き二人に目配せをしようとするが間に合わず、どうしたと不思議そうに問われて肩を竦める。 「うん。ケイさんが考えようと言った件についてだ」 「……うん」 「テイラー部長は自分の部下をファーストネームで呼んで信頼していることを示している、オーガストもそれをしようとしている」  一瞬で楽しかったテーブルの上に重苦しい空気が降ってきたことにどうすればいいか分からずに困惑しているヒルとモリスンにリアムが気付いてもう一度肩を竦め、隣に腰を下ろしてじっと見つめてくる慶一朗の腿に再度手を載せて目を細める。 「でもそれはテイラー部長やオーガストの方法だ。ケイさんがその研修医を信頼できると思えばケイさんなりの方法でそれを示せば良い」 「……」 「ケイさんはどれだけ恥ずかしかろうと自分が信じていることをちゃんと相手に伝えることが出来る」  言葉でも態度でもそれがちゃんと出来る人だと、心の底からの信頼を示すような笑みを浮かべてそうだろうと問いかけると慶一朗が何かを考え込んだように一度俯くが、次いで顔を上げたときにはその言葉が彼の中に入り込んで血肉となったことを教えるような表情を浮かべていて、その様子に二人が息を呑む。 「……ああ」 「じゃあ大丈夫だ」  彼女のことをファーストネームで呼ぼうが敬称で呼ぼうが信頼していることに変わりは無いと伝えれば良いと頷くリアムに慶一朗も頷き二人に向けて暗い空気を作って悪かったと肩を竦めるが、その言葉に二人が同時に首を左右に振り、自分達こそと謝罪をしようとするのを慶一朗が口の前に再度人差し指を立てて目を細める。 「もういい、オーガスト、エイプリル」  今夜は初めてお前達と飲みに来たんだ、楽しいことだけを覚えていたいし話したいと片目を閉じる慶一朗に二人の顔に安堵の色が浮かび、それぞれのワイングラスやビールグラスを手に乾杯と誰からともなく口にし、グラスを軽く触れ合わせるのだった。  ほろ酔いになって夫であるヒルの腕にしっかり腕を絡めて寄り掛かるモリスンをヒルもしっかりと支え、今日は楽しかったと二人に向けて手を差し出す。 「……これからも、よろしく」  その言葉を口にするヒルの顔は真っ赤で、本来はプライドが高いのにこうして自ら歩み寄る態度を見せてくれた事に慶一朗が感慨を覚え、リアムがこちらこそと笑顔で頷く。  ヒルの手をしっかり握り返した慶一朗が帰りは電車だろうが気を付けてくれと、こちらもまた以前とは違う事を教えるように気遣う言葉を伝えると、モリスンが酔っ払い特有の陽気な声で気を付けますと返事をし、思わずそれに宜しいと慶一朗が教授のような顔で頷いてしまう。 「ケイ、リアム、また飲みに行きましょうね」  今日は本当に楽しかったと笑いながら夫に寄り掛かる彼女にやれやれと呆れたような息を吐いたヒルだったが、ここまで酔ったモリスンを見るのも初めてだったために何だか新鮮だなと笑うと、自宅まで遠いのならホテルを取ればどうだと慶一朗がにやりと笑いヒルが考えてもいなかったと目を見張るが、幸いここは観光客の多い地区だ、ホテルの数はそれこそ星の数ほどあると妻の顔を見下ろしながら頷くとリアムが星空を仰ぎながら嗾けるなよと呆れたように呟く。 「夫婦仲が良いのは良いことだろう?」 「まあなぁ」 「お前達はどうするんだ?」 「ん? 俺たちは友人がいるナイトクラブに行くかな」  きっとこの様子だと夜通し踊り明かすつもりだろうから始発で帰ると、隣で何やら己の手をポケットから引っ張り出した後に指を曲げさせたり伸ばしたりと手遊びを始めた慶一朗にチラリと視線を投げかけたリアムがこちらにも酔っ払いがひとりいると息を吐くが、そっちも仲が良いなとヒルに笑われて少しだけ目元赤らめる。 「ケイ、また月曜日」 「ああ……週末を楽しんでくれ」  慶一朗の提案を受け入れたようにヒルがスマホでホテルの情報を調べだし、突然そんな事を始めた夫を不思議そうに見守りながらも振り返っては手を振る彼女を見送った二人だったが、その背中が見えなくなったと同時に慶一朗がリアムの腕に額を押し当てるように寄り掛かる。 「酔ったか?」 「飲み過ぎたかもな」 「そうか……アポフィスに行く?」  さっきはヒルとモリスンにアポフィスに行くと伝えたがと慶一朗の前髪を指先で掻き上げてやりながらそっと問いかけるとタクシーという単語が聞こえ、歩いて行く元気はないよなぁとリアムも同意するように笑いタクシーを拾うことが出来る通りまで歩いて行こうと慶一朗の手をそっと撫でる。 「今夜は楽しかったな」  初めてのメンバーでの飲み会は少しの不安があったが、そんなものは一切感じる事が無いほど楽しく時間が過ぎ去るのが早く感じたと笑うリアムに慶一朗も頷き、通りがかったタクシーに気付いて合図を送ると、少し先で停まってくれる。 「リアム、今日は帰るぞ」 「ん? 家に帰るのか?」  週末には必ずといって良いほどアポフィスに顔を出すのに出さないのかとタクシーのドアに手を掛けた慶一朗が放った言葉にリアムが目を丸くするが、明日遊びに行けば良い、今日は家に帰るぞとにやりと笑われてその真意に気付いて陛下の仰せのままにと大仰な言葉を告げて後部シートに二人で乗り込むと、早く行き先を教えろと呆れたようにルームミラー越しに見てくるドライバーに家の住所を伝えるのだった。  スマホで検索をしたホテルの部屋に入ろうと酔いが回った妻を支えながら歩いていたヒルだったが、夫の奮闘ぶりに気付いているのかいないのか、リアムがずっとケイを気遣う優しさを見せていた、今思えばリアムも一緒に働いていた時もずっと一緒だったのは付き合っていたからだった、それを思えば本当に仲が良い二人と手放しで褒め称え、ヒルも当初は相槌を打っていたが、部屋に入る頃にはすっかりと酔いも醒めたーどころかムクムクと二人に対する嫉妬心も沸き起こってきていたーため、ドアを開けて不思議そうに見上げてくるモリスンに今日はここに泊まると返すと、夫の腕の中から妻が小さく駆け出しダブルベッドに子どものように飛び乗って腹這いになるとクスクスと笑い出す。 「どうした?」 「今日は本当に楽しかったわ」  あの二人とあんなにも楽しく話が出来るなんてと頭を片手で抱えながらきゃーと高い声を上げる妻を呆れたように見下ろした夫だったが、ベッドを軋ませながら彼女の顔の傍に手を付くと、あんまり二人を褒めるなと思わず嫉妬の顔を見せてしまう。  夫のその顔に気付いたモリスンが驚きに目を丸くするが、寝返りを打って両手をヒルの肩にそっと載せると妬かないでと艶然と笑みを浮かべる。 「リアムは確かに気遣える優しい人。でも……」  私はあなたの少し強引な所に出会った時から惹かれているからあの優しさは私には不要だと夫の手が背中に回ったことに気付いて腕に力を込めて背中をベッドに沈めると、見下ろしてくる怜悧な双眸を覆っている眼鏡をそっと外してサイドテーブルに投げ出す。 「職場でも今まで以上に仲良く出来そう?」 「……どうだろうな」 「ふふ……素直じゃないガスも好きよ」  夫の耳に告白しながらいつまでも笑っているモリスンだったが、いい加減笑うのを止めろとキスで封じられてしまい、詫びる代わりに全てを夫に委ねるように全身から力を抜くのだった。  慶一朗が唐突に帰ると宣った為にタクシーで自宅に帰ってきた二人だったが、珍しく二人揃って玄関から家に入ると、慶一朗が帰宅後のルーティーンを忘れたようにリアムのハニーブロンドを抱き寄せる。 「リアム」 「ん?」 「あのふたりと一緒に飲むのも悪くないな」 「うん、そうだな。オーガストが意外とお喋りだったのには驚いたな」  女性特有の口数の多さがモリスンにも見受けられたが、それと同じぐらいヒルもふたりの趣味について話をし、また一つ前よりもヒルとの関係が改善されたように感じてリアムの胸板にコツンと額をぶつける。 「また、飲みに行きたいな」 「うん、それも良いな」  あのふたりもキャンプが好きなら一緒にデイキャンプに行っても良いなと笑うと慶一朗がリアムの首筋に顔を押しつけて痛みを覚えてしまうほど強く吸い付く。  珍しく積極的な慶一朗に内心鼓動を早めつつも極力平静さを保っていたリアムだったが、名を呼ばれてそっと眼鏡を外す慶一朗の顔を見下ろして思わず天井を見上げてしまう。 「……今日なら罰ゲームじゃなくてもルカの箱を使っても良い」  だから早く気持ち良くなろうと艶然と笑みを浮かべて唇を舐める伴侶の言葉にリアムが逆らえずはずもなく、お言葉に甘えましてと慇懃な態度で一礼すると、気が変わらないうちに慶一朗を抱き上げる。  いつもならば横抱きにすると恥ずかしいだのと腕の中で暴れる慶一朗だったが、今日はどうやら二人の友人の様子に当てられたのか、くすくす笑いながらリアムの首に腕を回して早くベッドに行けと命じ、慶一朗の願いならば何でも叶える気構えでいるリアムが細身とはいえ成人男性を抱き上げているとは思えない素早さで階段を駆け上がり、ベッドルームに飛び込むのだった。  職場以外で初めて親密さを深める飲み会がそれぞれが想像する以上に楽しいものだった事に浮かれながらホテルと自宅のベッドで互いの伴侶との仲をより一層深める大切な時間を持った二組のカップルを、距離は離れていても一瞥できる上空から月が呆れたように、それでも平和な夜を過ごせと言わんばかりに見下ろしているのだった。
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  楽しかったな。また行こう。
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