Die Sonnenblumen-5-

Über das glückliche Leben(UGL)-Lion & Uwe -

今日の午後、久し振りにやって来たハーロルトが、ひまわりとリオンに良く似た、ノア・クルーガーとの邂逅の情報を運んで来た事で、仕事で感じる疲れとは全く違う疲労感を覚えていたウーヴェは、リアとともに情報蒐集した事柄をメモに書き出していたが、それも疲労感を増幅させていることに気付き、万年筆を訂正だらけのメモ帳の上に投げ出す。
 デスクの椅子を回転させて二重窓へと身体を向けて伸びをし、新鮮な空気を身体全体に取り込んで深呼吸をしてランチ帰りに見かけた後ろ姿と、先程、己が映るかもしれないから録画しておいてくれと電話をかけて来た無邪気な–と評されるが実際は邪気だらけ–の笑顔を思い出し、確かに驚くほど似ていると頬杖を着く。
 ウーヴェ自身は、実父であり戸籍上の兄であるギュンター・ノルベルトの若い頃とよく似ていると、バルツァー三兄弟にとっての祖父母のようなヘクターとハンナに涙交じりに称されたことがあったが、それは、ギュンター・ノルベルトがウーヴェの実父だという事実があるからで、アリーセ・エリザベスとは、イングリッドというフィルターを周囲が勝手にかけた結果、三人とも母親似だという評価がついて回っているだけだった。
 さっきネットで探した彼の情報とそれに付随していた写真を思い出し、初めて出会った頃のリオンも思い出したウーヴェは、やはり良く似ている事が引っかかるが、それを他人の空似という言葉で済ます事が出来ないと何故か強く感じてしまっていた。
 精読した訳ではないが、ノア・クルーガーの両親が女優とカメラマンとして売れ出す前にこの街に暮らしていた事、小さな教会で世話になっていたというたった一文が、強力な磁石のようにリオンの出自とくっついてしまうのだ。
もし、もしも、若かりし頃の二人が世話になった小さな教会が、リオンが捨てられていた-何と嫌な言葉だろう-あの教会だとすればと、考えても仕方のないことを考え、検索結果に表示された彼の両親の写真や記事から読み取った横顔、彼とリオンの良く似た容貌-というよりは全体の雰囲気が、考えても仕方の無いもしもの先を考えさせてしまうのだ。
雰囲気も容貌も良く似ているノア・クルーガーが、リオンと血の繋がりのある兄弟ならば、と。
想像を飛躍させすぎている自覚を溜息で吐き出し、リオンに頼まれていた録画をしないといけない事を今更ながらに思い出して再度溜息を零しながら立ち上がったウーヴェは、ステッキを頼りに帰り支度を始めるが、何気なくテレビのスイッチをつけ、すでに前夜祭の会場らしき場所が映し出されていることから、自宅での録画に間に合わないことに気付くと、お祭りムードで盛り上がっている雰囲気をテレビ越しに伝えてくれる放送の録画を開始し、患者が座るソファの肘置きに腰を下ろして見入ってしまう。
 ヨーロッパを中心に活動している俳優や女優、監督などの映画に携わる人々らが、この街で開催される年に一度のお祭り騒ぎに参加する為、いつも以上に着飾っていたり、いつもと変わらないスタンスである事を伝えるかのように普段着に少しだけ飾りをつけた衣装でテレビの中に溢れかえっていた。
 そんな中、見慣れた背中をカメラが一瞬映したかと思うと、画面がクローズアップされ、そこに和やかな顔で友人だと思われる著名人と談笑している両親と、その隣で同じように笑っている兄の顔を見出したウーヴェは、母の少し後ろにいるリオンも発見して録画が間に合って良かったと胸を撫で下ろすが、リオンの蒼い目がカメラを捉えたのか、一瞬だけテレビ越しに目が合う。
 「・・・・・・」
 その顔付きは結婚してからはめっきり見ることのなくなった刑事の顔で、やはり彼には刑事という職業が相応しく、己を支えるために転職させたことは間違いでは無かったのかという後ろ向きの疑問が芽生えてくる。
 だが、そんな内なる声を聞き入れてしまうと連鎖反応的に全ての過去を思い出しそうで、独りでそれを乗り越える自信がまだ無かったウーヴェは、彼が望んだ事であり、己も納得した事なのだからもうそのことについては考えないでおこう、考えるのならばリオンが側にいるときだけにしようと強く呟き、画面越しの逢瀬に物足りなさを感じて何度目かの吐息を零す。
 家族がいた場所とは違う場所が今度は映し出され、芸能関係に疎いウーヴェでさえも知っている俳優や女優らが談笑している姿、楽しそうに仲間と一緒に騒いでいる姿などがテレビを右から左へと横切って行く。
 前夜祭の空気が十分に伝わるテレビに微苦笑したウーヴェだったが、レッドカーペットの上でインタビューを終えたばかりの女優が、初夏にふさわしい色合いのドレスの裾を踏まないように手で軽く持ち、隣を歩くタキシード姿の男の腕に腕を回した時、テレビのカメラが切り替わって彼女の経歴や今回ノミネートされた映画についての簡単な紹介が聞こえてくる。
 『ハイディ・クルーガーのインタビューは後程じっくりとお聞きいただくとして、やはりパートナーとの仲の良さは有名で、今日も一緒でしたね』
 『それはそうでしょうねぇ。先程彼女の息子のノア・クルーガーが映ってましたね』
 『側にいたのはバルツァーの社長だと思いましたが、交友関係があったのですかねぇ』
 やはり母親のノミネートが嬉しいのか、同じ会場にいたとコメンテーターが微笑ましいが、仲が良すぎではないかと少しだけ皮肉を込めた言葉で同意を求めるが、その言葉への同意は半分程度で、仲が良いことは悪い事ではないと苦笑する人もいた。
 そんな、テレビの中の人間関係を垣間見ながらぼんやりと右隅に小さく映し出されている特設会場の様子を見ていたウーヴェは、ハイディ・クルーガーと並べられた男性の写真パネルを何気なく見るが、それが昨日新聞の紙面で見たヴィルヘルム・クルーガーだと知り、昨日紙面を見た時と同じ感想を抱いてしまう。
 初めて見た人だが、何故かホッとするような気持ちになり、何故そんな事を感じるのかと首を傾げるが、家族写真が映し出された時、さっきは先走り過ぎだと自制した仮説が脳裏でより大きな声を上げてしまう。
 その家族写真は、ここ数年のうちに撮影されたものらしく、ハイディ・クルーガーの嬉しそうなキスを頬に受けつつ若干照れた顔で笑っているのは、彼女の息子のノアで、二人の背後にある鏡には撮影をしているヴィルヘルム・クルーガーがカメラを構える姿も一緒に映っていて、間接的に家族写真になっているそれを、彼女らと一緒に仕事をした事のあるタレントか誰かが解説をしていた。
 家族仲が良い証拠の写真を眺め、画面中央に再び映し出された特設会場の様子に再度リオンが映り込まないかと身を乗り出したとき、一瞬では何の音か判断できない乾いた音と、聞き取りにくいが名前のようなものを叫ぶ男の声が、人々の楽しそうな喧噪を突き抜けて響き渡った。
 「?」
 テレビ越しでは何の音かも分からない二つのそれだったが、画面の奥で夏色のドレスが似合っているハイディ・クルーガーが、糸が切れたマリオネットのようにレッドカーペットの上に倒れ、その横で彼女をエスコートしていた夫のヴィルヘルム・クルーガーが事態を理解出来ない顔で鮮血を撒き散らしながら足下に横たわった妻を見下ろしていた。
 「!?」
 テレビで中継されている最中のその光景に誰しもが一瞬言葉を失うが、画面の中から女性の甲高い悲鳴を切っ掛けに彼方此方から悲鳴が上がり、警備をしていた警察の声、犯人を取り押さえろの声が重なり合い、一種のパニック状態に陥ってしまう。
 『こ、これは…!一体何があったのでしょうか!?』
 スタジオで中継の画面を見てコメントをしていたキャスターやゲストらが不安そうに顔を見合わせ、それでも沈黙してはいけない事から何か言葉を発しようとするが、中継されている現場が祭りどころの騒ぎでは無い事に、出演者の顔が蒼白になる。
 番組のスタッフも混乱しているのか、画面を切り替えることも出来ずにインタビューを終えた直後の惨劇を一部始終放送してしまい、現場から伝えられるそれに絶句してしまっていた。
 それは、テレビ越しに事件の目撃者となってしまった視聴者も同じで、ウーヴェも身を乗り出したままの姿勢で身動きできなくなってしまっていた。
 テレビの中から流される惨劇の現場となってしまった特設会場の混乱ぶりを眼鏡の下で目を瞠って見ていたが、人々が我先にと会場を後にしようとして警察の指示を無視して動き出そうとした直後、再度乾いた音が響き渡る。
 その音に反応するようにカメラが左右に激しく動き、両手を挙げて立ち上がる一人の男の姿を画面中央で捉えた瞬間、ウーヴェが足を引きずってテレビにしがみつくように画面に顔を寄せる。
 「リオン!?」
 皆が頭を抱えてその場に身を伏せる中、二度目の発砲をする意思はない事を伝えるかのように指に拳銃をぶら下げるような形で銃口を己に向けつつ両手を高く上げ、ジャケットを脱いだ姿で抵抗しません、これで静かになったでしょうと不敵な笑みを浮かべたのは、つい先ほど画面越しの逢瀬を済ませたリオンだった。
 「何をしているんだ!」
 狙撃体制に入っている警官が何かのきっかけに引き金を引けば撃たれてしまうんだぞと、ウーヴェが蒼白な顔で怒鳴った言葉が画面の奥からも聞こえ、そちらを見ると父が同じように蒼白な顔でリオンを怒鳴りつけていて、その横では母と兄が互いを支えるように腕を回している事を確認したウーヴェは、デスクに置きっ放しのスマホを取るために足を引きずりながらテレビから離れ、最近連絡を取ることの多くなった兄の秘書に電話を掛ける。
 「…ヘクター?大変なことになった」
 『ウーヴェ様も見てらっしゃいましたか?…ギュンターに連絡を取ってみます』
 「ああ、お願いする。俺もリオンに連絡をするが…」
 テレビの中で立ち尽くしているリオンの傍に見知った顔を発見し、ヒンケルとコニーもいる事から、拳銃を持っていることによって犯人と間違われて射殺される事態は避けられた事に胸を撫で下ろすが、ホルスターに銃を戻して何事も無かった顔で両親や兄の前に戻って行く背中を見守っていたウーヴェは、母が蒼白な顔のままリオンの頭を胸に抱え込むように抱きしめるのを見、己が幼い頃、ベルトランと一緒に危険な遊びをしたときに同じような顔で抱きしめられたことを思い出すが、その後にいつも優しい母とは思えない程厳しく叱られたことも思い出し、画面の中で同じ事が起きていないかと冷や汗を浮かべるが、画面はリポーターが現場の様子をスタジオに報告している様子に切り替わっていて、リオンの様子は映し出されていなかった。
 リオンに電話を掛けても当然ながら虚しくコールが鳴るだけで、溜息混じりにスマホをデスクに置くと同時に、通話を終えたばかりのヘクターからの着信があり、耳に宛がいつつデスクの上に散乱している書類を重ねていく。
 『これから向かいます。ウーヴェ様はどうされますか?』
 「…乗せて貰えるか?」
 『もちろんです。三十分ほどでそちらに向かいます』
 到着前に連絡を入れると教えられて頷いたウーヴェは、混乱している会場に着いたとしても部外者の自分達が入れるのだろうかの危惧を覚えるが、その時はきっと優秀な秘書のヘクターが何とかしてくれるだろうと、その不安を押しやり、万が一医師として何か手伝うことがあるかも知れないとも思いつつ、混乱を来している現場から必死にリポートをする声をBGMにクリニックを閉めて現場に向かう準備に取りかかるのだった。

 

 ヘクターの運転で混乱の渦中にある特設会場に到着したウーヴェは、当然ながら警察関係者から関係者以外は近寄るなと威圧的な態度で制止されてしまうが、ヘクターがバルツァーの社員証を提示しつつ、会長夫妻に社長が中にいる、彼らと連絡を取りたいのでヒンケル警部に連絡を取ってほしい事などのやり取りをしている横で、顔見知りの警官がいないかと周囲を見回してみる。
 発砲事件が起き、負傷者が出てしまった事で前夜祭は取りやめになってしまうだろうが、テレビで事件を知った関係者が続々と会場に詰めかけているのか、周囲は中と遜色ないほどの混乱ぶりだった。
 ステッキの握りを自然と力を込めて握り、ヘクターが警察との交渉を終わらせるのを苛立たしげに待っていたウーヴェは、お待たせしました、こちらへどうぞと先導する制服警官の声に従うヘクターに遅れないようにと歩き出す。
 被害者が救急車で運ばれた後、血に汚れたレッドカーペットの周辺には警察が現場を踏み荒らされないようにと規制するテープを張り巡らせているが、成り行きを見守っている人々の後ろを制服警官の後について通り抜けた二人は、特設会場の舞台に上がる階段近くで仲間らと話している見慣れた背中を発見する。
 「警部!」
 「!!」
 ヘクターが周囲を見回し、ここで待っていろと警官の威圧的な言葉に素直に頷く横で、ヒンケルとコニーの姿を発見したウーヴェが声を掛け、振り返った複数の顔に軽く会釈をする。
 「ドク!来てたのか!?」
 「テレビを見て…犯人は連行されたようですが、リオンは…?」
 ハイディ・クルーガーを狙撃した犯人はすでに警察が身柄を確保したようだが、二度目の発砲をしたリオンはどうしていると、雑多な感情を目の中にだけ浮かべて問いかけたウーヴェは、微苦笑しつつ肩を竦めるヒンケルが親指でぞんざいに背後を指さしたことに首を傾げ、そちらに顔を向けて一瞬何事が起きているのか理解出来ない顔で目を瞬かせる。
 ヒンケルの親指の先から、痛い、止めてといっているのだろう不明瞭なものと、あなたという子は本当にどうしてそんな危険なことをするのですかという、どちらも聞き覚えのある声が流れてきて、あれはどうしたものかというコニーの呟きに咄嗟に返事が出来なかったウーヴェは、眼鏡の下できつく目を閉じ、同じ感想を抱いているらしきヘクターに肩を叩かれて頭を左右に振る。
 彼らの前で繰り広げられていたのは、いい年をした大の大人がまるで幼稚園か小学生の子どものように、ナイフとフォーク以外の重いものなど持ったことが無いのではと思われるたおやかな美しい手によって頬を思いっきり引っ張られている光景だった。
 「・・・これは・・・」
 「ごめーん!もうしませんっ!!」
 お願いだから許してムッティと、この年になって公衆の面前で頬を引っ張られる痛みと羞恥とに顔を赤くしながら不明瞭な悲鳴を上げるリオンと、あのような危険なことをするなんて許しませんと、怒り心頭の顔でリオンのよく伸びる頬をつねる母の姿にただ呆然としてしまったウーヴェだったが、このままではリオンの頬と名誉が傷付くだけではなく、母が公衆の面前で大の大人を子供のように叱っていたなどと噂-と言ってもこれは厳然たる事実-を流されてはたまったものでは無いため、咳払いをして二人と、母の剣幕に口も手も出せずにただ見守っている父と兄に呼びかける。
 「母さん、そろそろ許してやって欲しい。リオンも反省しているだろうし・・・・・・」
 それに何よりも、公衆の面前でそんなことをするのは母さんらしくないと、幼い頃の己の姿とリオンをダブらせながら救いの手を差し伸べたウーヴェに一斉に視線が集中し、父と兄の顔があからさまに安堵に染まり、母が我に返って咳払いをしたのを見届けたウーヴェは、赤くなって痛みを訴えている頬を押さえて目尻に涙を浮かべるリオンの前に立つと、くすんだ金髪をそっと撫でて目尻にキスをする。
 「オーヴェぇ・・・っ」
 「そんな情けない顔をするな」
 それに、母さんに叱られる原因となった事をテレビで見ていたが、母さんが怒るのも無理は無いぞと、肩に顔を寄せてしがみついてくるリオンの後頭部を撫で背中を撫でたウーヴェは、きっと父さんも同じ気持ちだろうと顔を見、己の予想が間違っていないことに気付く。
 「だから、止めなかったんですよね、父さん、ノル」
 「あ、ああ・・・。いきなり立ちあがって発砲した時は心臓が止まるかと思った」
 いくら人々の動揺を抑える為の発砲であったとしても、銃を構えている警官たちがいる中での発砲は自殺行為だと、ウーヴェにしがみつくリオンを睨みながら呟いたレオポルドだったが、盛大なため息を吐いた後、ヒンケル警部は分かっているだろうがと、ヘクターの背後で何とも言えない顔を左右に振ったヒンケルに苦笑し、とにかく二人が来てくれて助かったと、近くにあった椅子を引き寄せて興奮冷めやらないイングリッドを座らせる。
 「レオ、大きな声を出したら喉が渇いたわ」
 「そうだろうな。飲み物を探して来よう」
 「会長、俺が行ってきます」
 イングリッドが溜息とともに疲れたと愚痴を零し、微苦笑したレオポルドが周囲を見回すが、ヘクターが手を挙げて二人の返事を聞く前に飲み物を入手できそうな場所を探して移動する。
 「まったく・・・。あまり心配をかけさせるな」
 「・・・反省、してる」
 ウーヴェの肩に懐いたままのリオンのくすんだ金髪に手を乗せたのはギュンター・ノルベルトで、軽く撫でたかと思うと、手に力を込める。
 「いでででで!兄貴、いてぇ!!」
 「うるさい。心配させた罰だ」
 先程はイングリッドだったが、今度はギュンター・ノルベルトに叱られることになったリオンを気の毒には思いつつも、両親や兄の怒りも理解できる為、どうするべきか思案していたウーヴェは、耳元で放たれる悲鳴がうるさかったと己に言い訳をしつつ兄の顔を見つめて眉尻を下げる。
 「ノル、もう許してやって、くれ」
 「・・・仕方がない」
 ウーヴェの懇願には流石に勝てず、最後に今まで力を込めて握っていた頭を撫でたギュンター・ノルベルトは、制服警官と一緒にやってくる責任者らしきスーツ姿の男性に呼ばれて顔を向け、今回の事件についての徹底的な調査、搬送されたハイディ・クルーガーへのケアと今後のことについてと話しかけられるが、ビジネスの話については今はやめておこう、明日連絡をくれと伝えて母の横に同じく椅子を引っ張ってきて腰を下ろす。
 「こんな時にビジネスの話などしていられるか」
 警察による事情聴取に付き合わなければならないだろうし、いつ始まっていつ終わるのかも判然としないのにと、ギュンター・ノルベルトが舌打ちしつつ珍しく強い口調で愚痴を零すと、それが聞こえていたのか、ヒンケルが微苦笑を浮かべつつやってくる。
 「もう少し待っていただけますか、社長」
 「ああ、警部を批判した訳じゃないから気にしないでくれ」
 「・・・リオン、お前はここでの聴取というわけにはいかないからな」
 会長や社長らは間も無く帰ってもらえるはずだが、発砲をしたリオンについてはここではなく署で話を聞かせてもらうことになると、腕を組んで盛大な溜息を零した後にニヤリと笑みを浮かべたヒンケルは、懐かしい取調室に入るぞとリオンの肩を叩く。
 「げー」
 「あんなことをするからだ、馬鹿者」
 一同に会した愛すべき人達から寄って集って馬鹿と叱られてしまったリオンは、唯一叱ることがないウーヴェにもっとしがみつこうとするが、何かを思い出したように目を見張った後、ウーヴェを突き飛ばすように距離を取る。
 理由が分からずに突き飛ばされて少し蹌踉たウーヴェは、どうしたとリオンの顔を覗き込むが、血が着いていると、己のスラックスを摘んで眉尻を下げる。
 「彼女を介抱してたから血がついてる・・・。オーヴェのスーツにも血がついちまう」
 「あ、ああ、そうなのか?」
 「撃たれたって分かったら・・・」
 身体が自然と動いていたと、身体に染み込んだ癖というのは抜けないものだなと肩を竦めるリオンにウーヴェが理由のわからない溜息を零すが、そっと手を伸ばして額に張り付いていた前髪を掻き上げてやると、この場にいる誰よりも優しい手つきで髪を撫でる。
 「よくやったな、リーオ」
 例えやり方が多少強引であったり他者には理解できないことであったとしても、負傷した人をすぐに介抱できたことは素晴らしいことだとリオンを手放しで褒め、頬を抓られ叱られたショックから落ち込んでいたリオンを救うように笑みを浮かべる。
 「オーヴェ・・・」
 「ただ、やってしまったことへの説明はしなければならないだろう?警部の聴取を受けろ」
 「・・・ん」
 両親や兄が叱るのは何事もなかった安心感の裏返しだと気付いているウーヴェだったが、まずは負傷者を介抱したことを褒めたいと笑顔で伝え、ついでヒンケルらと一緒に懐かしい警察署に戻って聴取を受けろと苦笑すると、リオンが額を肩に押し当ててくる。
 その髪を撫でつつ旧態然のリオンの様子に何とも言えない顔で腕を組んでいるヒンケルに合図を送ったウーヴェは、耳を寄せてくれる彼に、部外者なのは重々承知だがリオンの聴取に付き合っても良いかと囁き、いてくれたほうが捗ると返されて今度はウーヴェがなんとも言えない顔になる。
 「そういう事なら・・・中には入らないが、待たせてもらおうかな」
 「え、オーヴェも一緒に行くのか?なら聴取を受ける」
 「まったくお前は・・・!」
 ウーヴェが同行すると分かった瞬間のリオンの顔の変化に誰もが呆れて何も言えない中、小さな笑い声を零したイングリッドに皆の視線が集中する。
 「・・・リオン、こちらにいらっしゃい」
 先程己の頬を抓りあげたたおやかな手に招かれて恐る恐る近づいたリオンは、イングリッドが両手を伸ばしてリオンの頭を抱え込むように抱き寄せたため、椅子の背もたれに手をついて寄り掛からない様に気をつける。
 「もう二度と、あの様なことをしてはいけませんよ」
 「・・・約束する」
 「ええ。そして・・・わたくし達を守ってくれてありがとう、リオン」
 彼女が撃たれた時、わたくし達を庇ってくれたこと、ちゃんと気付いていますよと、その後の行動のことで叱ってばかりだったが、それまでの行動もちゃんと見ていたと教えられ、リオンの手がイングリッドの背中に回される。
 「・・・ダンケ、ムッティ」
 「ええ。────家に帰ったらお尻ペンペンですからね」
 「げ!」
 働きを認めて褒めるが、やはりあれだけは許せないと、ウーヴェにも通じる笑みでリオンを絶句させたイングリッドは、聴取を受けていらっしゃい、終わればウーヴェと一緒に何時になっても良いから家に来なさいとも囁くと、肩を落として三度ウーヴェに抱きつくリオンの背中に楽しそうな笑い声を届け、皆の顔にも程度の差はあっても明るい笑みを浮かべさせるのだった。

 

 

 事件の取材や簡単な聴取などでごった返す特設会場を後にし、懐かしい前職場である警察署にウーヴェと一緒にやって来たリオンは、階段をゆっくり登りつつ、ここを毎日走り回っていた頃を自然と思い出す。
 あの頃はまさか己が天職と思っていた刑事を辞める事など想像すらできない事だった。
 毎日忙しく、上司のヒンケルはクランプスと罵倒してしまうほど畏怖の対象ではあったが、それでも皆が己の仕事に誇りを持ち、事件に巻き込まれてしまった人への気遣いと、犯人ではなく罪に対する怒りを持っていたが、ああ、自分もそうだったと感慨深い溜息をつい零してしまうと、側にいるウーヴェの肩がぴくりと揺れる。
 それを敏感に察したリオンが気分を切り替える様にウーヴェの腰に腕を回し、あんなことがあったから有名人からサインをもらえなかったと鼻を啜ると、メガネの下のターコイズが呆れた色に染まり出す。
 ウーヴェの心の動きをそれで読み取って胸を撫で下ろしたリオンは、懐かしの刑事部屋のドアを開け、みんな元気か仕事をしているかと大声を出す。
 「うるさいぞ、リオン!」
 「少しは静かにしろ!」
 リオンの声にすかさず別の大声が返ってくるが、その声を誘発した方もされた方も一瞬にして時を遡った気持ちになってしまい、懐かしさに目元を和らげる。
 「マックス、久し振りだな」
 アーベルと定期的に会っているのかと問いかけながら手を出したリオンに、マクシミリアンが懐かしいと目を細めながら手を出し、元気そうだと久闊を叙していくが、リオンの声に気づいた他の部署の面々がわらわらと刑事部屋に顔を出し、あっという間に人が溢れかえってしまう。
 己の伴侶が元の職場でどれだけ友好的な人間関係を築いていたのかを今更ながらに思い知らされたウーヴェは、嬉しそうな顔で元同僚たちと話し込むリオンを同じ様な顔で見守っていたが、廊下から荒々しく歩く複数の足音と、逃げないから手荒にしないでくれ、杖がないと歩けないと懇願する声が聞こえ、入口付近で廊下を振り返ると、屈強な男達に囲まれ、まるで引きずられる様にこちらに向かって来たのは、白髪が増えてきた髪を乱し、揉みくちゃにされたかの様に衣類を乱れさせていた初老の男が見えかくれする。
確かに彼の言葉通りに足を引きずっている様で、ステッキがないと歩行出来ないウーヴェがつい気の毒そうに見つめると、それに気付いたリオンがウーヴェを背後から抱きしめて血の気がなくなりそうな頬にキスをする。
 「・・・あれが、ハイディ・クルーガーを撃った犯人」
 「何だって!?」
 リオンの囁きに驚きの声をあげ、周囲にいた刑事達がその声に驚いて廊下を見るが、そこにいるのが映画祭をぶち壊した犯人だと知り、これから聴取が始まるのだろうと声を潜める。
 新聞社に脅迫状が届いていたことを公表せずに内々で事件を処理しようとしていたこと、警察がそれに失敗してしまい、ターゲットを負傷させてしまった事実は、時が経つにつれより詳細な情報が同じマスコミを通じて流されるだろうが、何故彼女を狙撃したのか、単独犯なのかなどと言った事件の背景についてはこれからの聴取で解明されるだろうとリオンが囁き、ウーヴェが思わず顎の下でゆるく重なるリオンの腕に手を重ねる。
 「・・・何故、彼女を撃ったんだろうな」
 「そーだな・・・。その辺、ちゃんと聞きてぇな」
 その場に居合わせた者としては何故というのが気になると囁き、コニーが取調室に来いと以前と同じ調子で呼びかけたため、ウーヴェの頬に再度キスをして行ってくると伝える。
 その前をハイディ・クルーガーを撃った男が男達に囲まれたまま通り過ぎるが、リオンを見た瞬間、男の顔が驚愕に染まり、今までの弱々しい雰囲気からは考えられないほどの強い意志でもってちょっと待ってくれと叫ぶ。
 「きみ、きみは・・・、ヴィルヘルムに許してくれと、伝えてほしい・・・!」
 「は?」
 初老の男の懺悔の声にただ驚いて目を見張ったリオンは、彼がいうヴィルヘルムが誰のことかが一瞬理解できずに素っ頓狂な声を上げるが、ヴィルヘルムとハイデマリーに謝ってほしい、きみにも申し訳ないことをしたと再度の懇願と謝罪をされてウーヴェと顔を見合わせる。
 「何で俺が謝られるんだ?」
 今回の事で謝られることがあるとすれば、止血の為と傷を負った顔を見せない様にするために被せたジャケットの弁償だけだとリオンが呟くと、逆に男が驚いた様に目を見張って立ち尽くす。
 周囲にいた男達も早く行けと促したいが、根が生えた様に動かなくなってしまった男に舌打ちをし、リオンに向けて早く話を終わらせろと命じるが、俺が始めた話じゃないとしかリオンも言い返せなかった。
 「きみは・・・ヴィルヘルムとハイデマリーの子ども、だろう・・・?違うのか・・・!?」
 「!?」
 男の茫然自失の呟きに周囲にいた誰もが言葉を無くし、二人の子供だろうと問われたリオンの顔を見つめる事しか出来ず、リオンの隣にいたウーヴェもクリニックで考えては打ち消していた仮説が恐るべき早さで脳内で組み立てられていくのを感じつつも、呆然とリオンの横顔を見つめる事しか出来ないのだった。

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2019.05.14
お尻百叩きの刑は、ウーヴェとベルトランも受けたことがあるんだろうなぁwww


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