Die Sonnenblumen-4-

Über das glückliche Leben(ÜGL)-Lion & Uwe -

 『ウィル!お待たせ!!』
 この街に初めて降り立った時、立派な葱坊主の双塔に感心していたが、ひと月も通勤の行き帰りに見ていればすっかり見慣れて当たり前になったとぼんやりしつつ地下鉄に降りる階段の壁に寄りかかっていた彼は、少し離れた場所から元気な声に呼びかけられて顔を上げ、束ねた金髪を左右に揺らしながら走ってくる彼女に自然と顔を綻ばせる。
 『そんなに走らなくても大丈夫だ』
 『だって、楽しみにしていた映画を観に行けるのよ?走るに決まってるじゃない!』
 その為に昨日はナイトクラブでショーに出て客の視線だけではなく金も集め、今日は居酒屋で客に酒を飲ませてプレッツェルを売りさばいてきたのだからと、己の前で肩を上下させる彼女に笑顔で頷き、息が整ったのを見計らってキスをすると、彼女の頬が僅かに赤くなり、手櫛で乱れきった髪を整えてお返しのキスをする。
 『何か食べる時間はある?』
 『あまり無さそうだね。インビスで何か買っていこう』
 『うん。・・・ヘルガおばさんのカリーヴルスト、懐かしいね』
 亡命する前、小腹が空いたからと言っては大学の近くにあったインビスでヘルガという名前のおばさんが作っていた特製のカリーヴルストを食べていたのを思い出して懐かしいと彼の腕に腕を回して彼女が述懐すると、彼も同意する様に頷くが、ひとつ頭を振って前を見ようと囁き頬にキスをする。
 『マリー、映画が終わったら話があるんだ、良いかな』
 『何?』
 わざわざ断りを入れなければならない大切な話なのかとの疑問を浮かべる青い瞳が見上げてくるのに頷き、うん、大切な話だと、穏やかで滅多に激昂したり興奮したりしない彼が初めて見せたような強気な光を彼女のものより深い蒼の双眸に浮かべて再度頷くと、彼の思考が読めない不安を感じつつも嫌な予感も何も感じなかった為、素直に彼女の頭が上下し、さらに彼に身を寄せる。
 『良いよ。映画も話も楽しみ』
 『そうだな』
 こうして二人で会う時間は、この街に着の身着のままやって来て、たった一晩だけ世話になった教会の伝手で仕事を得てからは回数も時間も減っていたため、一分一秒が貴重なものだった。
それを実感しつつ二人仲良く身を寄せて映画館に向かうが、彼の片手がジャケットのポケットを確認する様に何度も添えられていた事に彼女は気付かないのだった。

 

 

 『────映画、良かったね』
 『そうだね』
 二人が見た映画は恋愛もので、主人公たちの何でもない穏やかな日常がある日突然事件によって大きく変化をするものだったが、いつか私もそちら側に行くとの思いを秘めた彼女が恐ろしいほどの真剣さで映画を観、その横では彼がスクリーンと彼女の横顔を半分の割合で観ていた為、彼女ほど映画に没頭できていなかった。
 映画の後、デートでいつも行く店より少しだけ値段の高いレストランに向かった彼は、料理を食べ終えて満足している彼女を真正面から見つめ、その視線に気づいた彼女が小首を傾げた為、ジャケットのポケットで出番を待っているものをそっと取り出す。
 『ウィル?』
 『・・・安物で恥ずかしいけど・・・受け取って欲しい』
 映画と食事の余韻に浸っていた彼女だったが、気恥ずかしそうに差し出された小さな箱に目をやり、それが何を意味するのかを彼の表情から読み取った瞬間、レストランの少し控えめにした照明の下でも分かるほど赤面してしまう。
 『ウィル・・・』
 『うん・・・本当はもっと良いものを買いたかったんだけど・・・今はこれが精一杯だ』
 昨年のクリスマスイブに亡命し、難民施設を出てこの街にやって来てカメラマンのアシスタントと言う名の雑用係になり、それでも何とか日々暮らしていけるようになり、君と一緒に暮らしたいとの思いが更に強くなったと照れ隠しのように口早に告げた彼は、震える指先で小箱に触れる彼女の手に手を重ね、自らの手で開けてくれと促すが、その手が小箱を開けた後、長い金髪を左右に振って顔を覆うために両手を引かれて目を見張る。
 『マリー?』
 『・・・ありがとう、ウィル』
 大切にすると、彼が思っていた指とは違う指に安物のそれを嵌めた彼女だったが、その手を取って正しい指–右手薬指–に嵌め直した彼は、呆然と見つめる彼女の手を撫でながら結婚しようと告げ、潤んでいた双眸から涙を零させる。
 『結婚しよう』
 カメラマンと女優という夢と、世界をもっと広げるために自由を手にする為に亡命し、その夢に今一歩を踏み出したばかりの自分達だが、これからもずっと一緒にいて夢を叶えよう、だから結婚しようと、亡命の話を彼女に持ちかけた時以上の緊張感を覚えながらプロポーズをした彼は、指輪を嵌めていない手が上がってその甲で目元を拭った事に気付き、その手も掴んでテーブルの上で重ねさせる。
 落とした照明の向こうで涙を流す彼女が本当に綺麗で愛おしくて、結婚を断られたとしてもその顔を見られただけで充分だと思える美しさだったが、くすんだ金髪が一度上下し、確認する様に左右に揺れた後、何度も上下したことから己のプロポーズが受け入れられたことを知る。
 『うん・・・。結婚しよう、ウィル』
 『ありがとう』
 突然のプロポーズに驚きつつも喜んで受け入れたことを伝え、今まで見せたことのない思わず彼が写真に撮りたいと思ってしまう様な笑みを浮かべて彼を見つめた彼女は、右手薬指で光る安物の指輪が最高級のダイヤだと思っている顔で店の照明に手を翳して煌めくそれに目を細める。
 『いつか、写真家として独り立ちできる様になればもっと立派な指輪を買うよ』
 『じゃあ、私は映画祭で受賞した時の一番の写真をあなたに撮ってもらうわ!』
 安物ではない本物のダイヤの指輪を買う為、仕事と夢の両立をし、いずれは夢の先で独り立ちできる様に頑張ると、穏やかな顔に揺るがない決意を秘めて彼女の両手を再度テーブルの上で握った彼は、それならばそんな写真家のあなたに私が一番輝いている瞬間を撮ってもらうと宣言し、その為にはお金を稼いでオーディションを受けて業界の人達との知己を得るとも宣言する彼女に応援しているから己の事も応援してくれと告げて大きく頷かれる。
 『任せて!』
 二人で頑張りましょうと笑い合い、夢が叶ってお互いの名前がテレビや雑誌などで見聞き出来る様になれば結婚式を挙げようと肯き合い、実現するかなど、それこそ神のみぞ知ることだったが、それを叶えるための努力は惜しまない二人でいる為に一緒にいようと、まるでここが神前かのように誓い合うのだった。

 

 

 『そう言えば、ヨハンがこの前店に来たわ』
 『彼が?何か言っていたか?』
 『映画祭のスタッフになれないか頑張ってるみたいだったけど・・・』
 プロポーズの余韻を引きずりながら彼女が数日前の出来事を脳裏に思い浮かべながら呟くと、彼の目に警戒の色が浮かぶ。
 『彼、確かに顔は良いしスタイルも良いからモデルでも出来そうだけど、正直な話ヨハンぐらいの男はいくらでもいるわよね』
 『まあ、確かにそうだね』
 亡命前に通っていた大学の演劇科にはもっと美形でスクリーン映えする男女がそれこそ一山いくらの扱いでいたが、その中でも飛び抜けて目立つ存在を脳裏に浮かべて数日前の彼のやつれきった顔を比べると、申し訳ないが全くオーラがないと肩を竦める。
 『まあ、彼も俳優を目指しているみたいだし・・・』
 頑張れば、もしかするとなんとかなるかも知れないと、ここまで一緒にやってきた同年代の青年を庇うつもりはなかったが結果的にそう取られる言葉を告げると、彼女の口が可愛く尖る。
 『マリー?』
 『優しいんだから』
 『ははは』
 優柔不断ではないが人に対して優しい所のある彼に不満を覚えた彼女が頬づえをつくが、でもそんな所が好きだと、出会った頃から変わらない彼の欠点にもなるそれを褒めた彼女は、ただ、ヨハンの様子が少しおかしかったこと、何やら随分と思いつめていた気がするから、もし見かけたら気をつけてとも告げると、彼の眉が不安に寄せられる。
 自由と希望を夢見て亡命をしたが、己が思い描いていた夢や希望はほんの一握りの恵まれた人達か、並大抵以上の努力をした人達にしか与えられない事に気付いたらしいヨハンが、いつか自分は大きな事をやる、その為にここで腐っている訳にはいかないと酒を煽りながら文句を言っていた横顔を思い出した彼女は、大きな事をするのならば逆にここで酒を飲んで腐っているのではなく、どんな事でも引き受けて夢の階段を上っていくべきなのにと、常に夢に向けて前向きに生きる彼女らしい言葉に彼が微苦笑し、出会った当初から仲良くはしていても心の中では身構えてしまう胡散臭さを感じさせていたヨハンが何か大きな事をすると言ってもタカが知れているのではないかとの思いもあり、何をするつもりだろうなと肩を竦めれば、何を考えているんだかと呟く彼女に再度苦笑する。
 『今はもう一緒にいないから酒を飲んで話をする事も出来ないからなぁ』
 『そうね』
 でもあの人ならば意外とすんなりと己の希望を叶えているのではないかと笑い、あまり楽しくない彼の話よりもプロポーズをしてくれたあなたと話をしたいと彼女が目を細め、この後あなたのアパートに行ってもいいかと上目遣いに彼を見るが、断る理由など無いと頷かれて少しだけ質の違う笑みを浮かべる。
 『明日は休みだから・・・』
 だからゆっくりしようと笑う彼に彼女も同じ笑みで頷き、プロポーズを終えたばかりの恋人達を夜の空気も静かに応援してくれている様に感じるのだった。

 

 

 それは、乾いた音とともに彼女の耳に届いた、この街を離れるときに捨てた二度と呼ばれることはないと思っていた名前だった。
 人が行き交う階段の上、声の方へと顔を向けた彼女は、まるでスローモーションの様に己目掛けて飛んでくる何かを認識し、それが高速で発射された弾丸だと気付いたが、ああ、このままでは危ないとだけ感じるもののどうすることも出来なかった。
 顔のすぐ傍を強い風を受けたときのような衝撃が走って身体が揺れ、隣にいる夫の腕を掴もうと手を伸ばした彼女だったが、赤く染まった視界が急に傾いだかと思うと、驚愕に染まる人々の顔や今まさに悲鳴を発しようと開け放たれた口が見え、最後に初夏の夕暮れの空が飛び込んでくる。
 その夕暮れの空は、彼女が忘れ去ったと思っていても、ふとした拍子に顔を出す過去へと一瞬にして連れ去ってしまい、その恐怖に口を開いて悲鳴を発するが、実際に己の口から流れ出た言葉を彼女は耳にすることは出来なかった。
 彼女の視界が赤い血で染められたあの日との違いは、それが彼女のものかあの男のものかというだけだった。
 一気に時が遡った視界であの日と同じように驚愕と興奮に目を瞠りながら己を見つめる夫に向けて彼女はもう一度手を伸ばすが、その手は彼に届くことはなく、己の身体が赤い絨毯にそれよりも濃い赤い血を撒き散らしながら倒れてしまうのを止めることは出来なかった。
 「・・・ウィル・・・」
 時を超え、きっと今己はあの時と同じ顔をして愛する人へと手を伸ばしているのだろう、そうして、その手を取った彼が己の名を叫ぶことも過去の経験から理解出来ていた彼女は、きっと今回も大丈夫、だから安心してと告げたつもりだったが、出来たのは口の端を小さく持ち上げることだけだった。
 赤が闇色に染まりだし、あぁ、もっと彼の顔を見ていたいと強く願った彼女は、不意に大切な人がもう一人いたことを思い出し、二人がどうか悲しまないようにと願いつつ、伸ばした手を赤い絨毯の上に力なく落としてしまうのだった。

 

 小さく動いた口をどこか遠い世界の事のように見ていた彼は、愛している妻がレッドカーペットに倒れるまでの動きも遠くの世界のように感じていた。
 脅迫状が届き、警察が警備をするので大丈夫だ、せっかくの映画祭を楽しもうと笑っていたばかりだったのに、その言葉を発した彼女が、脅迫状の通りに狙撃され、血を流して倒れてしまったのだ。
 その現実すらも受け入れられず、彼女の横に震える膝をつき、大丈夫かと彼女の名を呼びながら血に染まるブロンドを撫でようとする。
 その時、最も近くにいた女性が甲高い悲鳴を発し、それを切っ掛けに周囲に悲鳴が文字通り波のように伝わっていき、犯人を取り押さえたぞ、死なせるな、皆その場に伏せて動くなと言った怒声が頭上を飛び交う。
 その声に背中がびくりと揺れ、危うく彼女の上に倒れ込みそうになるのを堪えた彼は、止まらない血に顔面を蒼白にしてしまうものの、普段ならば出来るだろう止血の為の行動を取ることも出来ないでいた。
 まるでついさっき歩き出した子どものように何も出来ずに蒼白な顔で、自分と同じように青ざめた周囲の有象無象を見上げた彼だったが、視界に勢いよく飛び込んできたタキシード姿に気付いて一瞬で我に返る。
 「ノア!ノア、マリーが、マリーが!!」
 あぁ、どうしよう、マリーが撃たれた、マリーが死んでしまうと、覚えたての言葉のように繰り返す彼の隣にしゃがみ込んだ息子が、己のジャケットを脱ぎ捨てると同時に血に染まったブロンドをそれで覆った事に気付き、自らも同じ事をしようとするが、救急車を呼べと叫んだことで今度は救急車の影を求めて周囲を見回してしまう。
 己でも驚くほどの狼狽ぶりだったが息子は特に何も言わず、母の傷を負った頭部を他者の目から遮るようにジャケットで包んで少し力を込めて頭部を押え、血に汚れることも気にしないで腿の上で彼女の身体を支えていた。
 あぁ、本当に頼りになる息子だと安堵した彼だったが、誰かが名を叫ぶ声を聞いて顔を上げ、壇上から蒼白な顔で名を叫びこちらに向けて手を伸ばす息子の姿を発見する。
 「ノア・・・?」
 「マリー!!母さん!!」
 自分と同じような狼狽ぶりで今にも転けてしまいそうな前のめりの姿勢で人を掻き分けて駆け寄ってくるが、それならばジャケットで彼女の頭を包んでくれたのは誰だと漸く気付き、隣で膝をつく男の顔を覗き込む。
 彼のぼやける視界に飛び込んできたのは、年の頃ならばノアよりは上だろうが年齢を感じさせない不思議な雰囲気を持った顔で、心配そうに見つめてくる蒼い双眸と同じ色のピアスが両耳に控え目に夕日に照らされていて、妻そっくりな金髪を首筋の上で一つに束ねていたが、ノアが彼とは反対側に回り込んで母の顔を覆うジャケットを奪い取ろうとするのをマリッジリングが光る手が制止する様を壊れたロボットの様にぎこちない動きで追いかけてしまう。
  「・・・止めろ」
  「うるさい!母さん、母さん!!」
 制止する男の手を振り払うようにノアが叫んで尚もジャケットを取ろうとするが、その時、遠くの空に救急車とパトカーのサイレンが響き始める。
 救急車が来たと誰かが叫び、その声を皮切りに地面に伏せていた人々が身体を起こそうとするのを制止する警察の呼びかけがむなしく響き、招待客や観客がちりぢりに逃げだそうとする。
 「・・・逃げると手間になるだけなのにな」
 茫然自失の彼とその息子の前でぼそりと呟いた男は、ジャケットを脱いだことで丸見えになっているホルスターから銃を抜き取ると、慣れた手つきで安全装置を外し銃口を空に向ける。
 会場中に響いた再度の銃声に立ち上がろうとしていた人達は慌てて地面に伏せ、その様子に肩を竦めた男は、彼女の身体を鄭重にカーペットに下ろして立ち上がり、狙撃体勢に入っている警察に向けて再度の発砲の意志はないと両手を挙げる。
 「これで少しは落ち着くでしょう、警部」
 立ち上がった男の顔を呆然と見上げた彼は、男が不敵な笑みで警察関係者と親しげに話す様を聞いているが、目の前で今にも泣きそうな顔で救急車を早くと呟く息子の顔を見て再度男の顔を見上げ、その横顔が自宅リビングや寝室に飾ってある、ノアが生まれた記念に二人で撮した写真の己とそっくりである事に気付く。
 「・・・きみは・・・誰、だ」
 彼の低い呟きに男が見下ろしてくるが、彼の問いに対する返事は男の口からではなく、その場にいる者総てを竦み上がらせる力を持つ声によって背後からもたらされる。
 「この馬鹿者!お前は何をしているんだ、リオン!」
 「・・・親父、救急車が来る」
 リオンと呼ばれた男は、名を呼んだ威厳のある男の声にも全く恐れる素振りもなく、それどころかこの事態を楽しんでいるかのように聞こえる陽気な声で救急車が来るまでその場を動かないでくれ、ムッティを守っていてくれと返すと、再度しゃがみ込んで今度は彼と視線を合わせる。
 「救急車が来る。頭を撃たれてるから出血が多い。救急隊員と一緒に病院に行け」
 「あ、ああ、それはもちろんだが・・・」
 妻は、マリーは大丈夫なのかと男の白いシャツを血に汚れた手で掴んで揺さぶると、何も言わずにその手に手を重ねた時、何も言えずに蒼白な顔で見つめてくる若い男の存在に漸く気付いたように振り向くと、男とノアの二人が顔を見合わせる。
 「!!」
 「・・・マジかよ」
 一方は少し緊張気味で、もう一方は事態の重大さに蒼白な顔になっているが、年齢の差こそあれ良く似た面立ち、瓜二つと言っても良いロイヤルブルーの双眸、くすんだ金髪といった、己を形作るパーツがそっくりなことに気付いて呆然としてしまう。
 「・・・ノア・クルーガー?」
 「!!・・・あんたは・・・」
 男が低く呟いた名に驚いたノアがあんたは誰だと返そうとするが、今までの飄々とした表情からは想像も出来ない顔で己が被せたジャケットを睨み付ける。
 「・・・じゃあこれは・・・ハイディ・クルーガー?」
 男のその呟きから彼とノアは誰が撃たれたのかを知らずに男が駆け寄り手助けをしてくれた事に気付き、ああと掠れる声で返事をする。
 「俺の母でウィルの妻、マリー・クルーガーだ」
 芸能活動はハイディ・クルーガーで通しているが、自宅ではマリーと呼んでいると、場違いになりそうなことを呟いたノアは、男の名前を聞き出そうと呼びかけるが、人垣を掻き分けて救急隊員が担架を押しながらやって来たことに気付き、今は己に良く似た男の素性を確かめている余裕はないと、救急隊員の傍に膝をついて動きを見守る。
 「・・・リオン?お前がジャケットを?」
 「お?ハリーか。久しぶりだな。女優なんだ、怪我してる所なんて写されたくねぇだろ?」
 だから必要最低限の手当をここで済ませたらすぐに病院に運んでやって欲しい、その時、車にこの二人も乗せていってくれと、背後でまだ呆然としている彼とノアを指さした男、リオンは、二人のその向こうを肩越しに振り返るが、クランプスも裸足で逃げ出しそうな顔で睨まれている事に気付いて首を竦める。
 「とにかく、早く手当を頼む」
 「ああ」
 顔見知りの救急隊員に事情を手短に説明したリオンは、二人の顔を交互に見た後、とにかく病院に一緒に行ってくれと伝えて手を上げると、血に汚れた衣類のまま己が本来いるべき場所に戻っていく。
 その背中をぼんやりと見送った二人は、救急隊員の呼びかけに我に返り、彼女が狙撃されたときの様子を覚えている限り話し、着飾った紳士淑女が恐る恐る起き上がるのをただ見ているのだった。

 

 

 
 警察の屈強な男に地面に押さえつけられる痛みの中、男が何とか頭を上げて己の凶行の結末を見届ける。
 血を撒き散らしながら赤い絨毯の上に倒れこんだ彼女の姿をしっかりと脳裏に焼き付け、脳裏で降っていた粉雪が止んだことに気付いた男は、己がしでかした出来事の重大さに恐怖を覚えるよりも、粉雪が舞う長い夜がようやく明ける安堵につい笑みを浮かべてしまう。
 何がおかしいと、銃把で頬を押さえつけられて苦痛に顔を歪めるが、長い長い夜から漸く解放される、彼らが己の欲望だけを優先させた結果、己の人生が滅茶苦茶になったが、その溜飲を漸く下げることができると、押さえつけられる痛みを感じていない顔で笑い声をあげた男は、後ろ手に手錠を掛けられると同時に引き立てられて蹌踉てしまうが、前後左右を防弾チョッキの人の壁に囲まれ、目的を達した為に抵抗するつもりなど一切無かった為にただ大人しく引き立てられて行くが、防弾チョッキの壁の隙間から背後を振り返ったとき、拳銃の発砲音が再度響き、男も驚きながら音の中心にいる長身の男を見つめる。
 「!?」
 そこにいたのは、足元で不安に顔を青ざめさせて狼狽えている彼とは別人の様な、遥か時の彼方から姿を見せたかの様な親友で、懐かしさと何故という疑問が男の脳裏を駆け巡る。
 その発砲音に警官達が色めき立つものの、中心にいるのが顔見知りの男だった様で、何事もなかったかの様に男と話し始める。
 過去から突如現れた様な男の顔をもっと良く見たいと思い、足を引きずりながら何度も振り返るが、それをさせない強い力に引きずられてしまい、警察のバンにいつかの出来事を彷彿とさせる扱いで乗せられた男は、サイレンを鳴らしながら走り出したパトカーの中で俯いているが、己の目的を果たせた安堵についつい肩を揺らしてしまうのだった。

 

 

 女優の狙撃という凶行に及んだ犯人が連行されるのを見送った人々だったが、己がたった今経験した出来事が夢ではないのかと思い、またそうであって欲しいと願うが、あちらこちらでスマホやら携帯やらを取り出す人の行動から、不安に駆られた人達が次々と何か情報がないかと探し始める。
 現場に居るのに外からの情報の方が分かりやすいというのは変だと思いつつも、己が抱えた不安を解消するためにはとにかく情報が欲しい一心で機械を操作するのだった。
 そんな周章狼狽の人々や慌ただしく指示を飛ばす警察の一連の動きを、前夜祭の様子を中継していたカメラが一部始終を録画し放送しているのだった。

 

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2019.04.25
リオンとノア、初対面。最悪っぽいですね(・_・;


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