Glück des Lebens-Heavenly Blue 17-

 「ハロ、オーヴェ。今日の朝飯はどうだった?」
 個室のドアを開けつつ笑顔で問われたウーヴェは、食べるようにしているが、それでもあまり美味しくないと微妙な表情で笑顔のリオンを出迎える。
 そう言うな、病院食なんて不味いに決まってると笑ってウーヴェの頬にキスをしたリオンは、窓際の椅子を数日前から指定席にしている異様な存在感を放つテディベアにもおはようと挨拶をすると、逆のベッドに腰を下ろし、食べられずに残っているミルヒライスを一口食べるが、うん、確かに美味しくないと悪戯っ子の顔で笑う。
 「またリンゴ買ってくるか」
 「・・・ベルトランのタルトが食べたい」
 「むー。あんま動いてないのにタルトばかり食ったら太っちゃうぞ、オーヴェ」
 リンゴのタルトを食べたいと、食事をちゃんと食べられるようになった頃から言い出した為、当初はウーヴェの好きなものを食べさせていたリオンだったが、病院の食事を食べずにそればかりを食べかねないことに気付き、タルトを買う頻度を控え目にしたのだ。
 その不満を訴えられて逆に不満で返すと、二人の間に不満に満ちた空気が溢れるが、今日は特別だとリオンが折れるように肩を竦めて再度ウーヴェの頬にキスをする。
 「リオン?」
 「うん。今日で出勤するの最後だからさ、ベルトランに頼んでタルトとガレットを作ってもらうか」
 リオンが突き抜けたような笑顔で告げたそれにウーヴェの顔が対照的に曇ってしまうが、頭を胸元に抱き寄せられて小さな溜息を吐く。
 「オーヴェ、約束」
 「・・・うん」
 約束という言葉はここに入院し、怪我の治療に当たるようになった二人の間で折に触れかわされるものになっていたが、それを聞くとウーヴェの心の中に存在する、過去に繋がる扉に鍵を掛けられるため、今もその作業を二人ですると、ウーヴェが顔を上げてリオンの頭を逆に抱き寄せる。
 「・・・今まで、刑事としてよく頑張って働いて来た。お前は皆から好かれる良き仲間であり刑事だった」
 「ダンケ、オーヴェ」
 ウーヴェの言葉を一生涯胸に秘めておこうと、大切なものを収める箱にしまい込んだリオンは、言葉と一緒に頭にされるキスに一度目を閉じた後、もう一度ウーヴェの頭に手を回し、退職と再就職祝いをしてと悪戯を仕掛ける子どもの声で告げる。
 「退職の餞別はベルトランのガレットじゃないのか?」
 「えー、もっと他のものが良いなぁ」
 「考えておこうか、うん」
 「うん、考えててくれよ」
 くすくす笑い合って額を重ね、そんな言葉でリオンの最後の出勤日を労うウーヴェだったが、リオンがその唇にキスをし、今日で最後だからお願いと笑って何かを差し出した為、小首を傾げてそれを見て笑みを深める。
 リオンの掌に載っていたのはくしゃくしゃに丸められたニットのネクタイで、ウーヴェが密かに気に入っている目が覚めるような青いシャツに濃紺のタイの組み合わせも好きで、ネクタイを手に取ると、リオンが自然と顎を上げる。
 この作業はある日リオンが思い立ったように強請ってきたものだったが、今日でこれが終わってしまうのかと思うと、先日は納得したしこれから二人で一緒に生きていこうと決めたはずなのに、その決心が揺らいでしまいそうになる。
 それを見抜いたのか、ネクタイのノットを仕上げるウーヴェの手を掴んだリオンがそっとキスをし、大丈夫、約束と繰り返したため、ウーヴェの目が見開かれ、深呼吸をしてネクタイを自分好みの結び方に仕上げていく。
 「─────よし」
 「今日も男前?」
 「ああ─────お前はいつ見ても本当に男前だ、リーオ」
 だから今日で終わりだが後悔の無いようにしっかり働いてこいと胸に手を宛がうと、どうか心身共に傷を負いませんように、万が一負ったとしても、一緒にいることで癒やせますようにとリオンの為だけに祈ったウーヴェは、頭を抱き寄せられて胸板に顔を押し当てる。
 「な、オーヴェ」
 「何だ」
 「警備員ってさ、ネクタイ必要?」
 お前専属の警備員になるにはネクタイは必要だろうかと、やけに真剣な顔で問いかけられて目を瞬かせたウーヴェは、どうだろうな、TPOに応じた服装が出来ない人には警備員は向いていないと笑うと、喉の奥でくぐもった不満が聞こえてくる。
 「行ってくる」
 「ああ」
 ウーヴェの頬にキスをし、以前と変わらない太い笑みを浮かべたリオンに頷くと、離れる前にもう一度とリオンがウーヴェの背中を優しく抱きしめる。
 「背中の傷、痛くねぇか?」
 「ああ。付き合っていくしかない傷だ、もう・・・平気だ」
 でも、やはりまだまだ痛むときがある、その時はお前の手で撫でてくれないかと小さな声で懇願すると、同じく小さな声がうんと答えてくれる。
 それだけで痛みも和らいだ気になり、行ってこいと逆にリオンの背中を撫でたウーヴェは、刑事としての最後の日が恙なく終わりを迎えますようにと願い、テディベアを見て一つ肩を竦めると、退職の餞別はともかく再就職祝いを何にするか思案し、様子を見にやって来たカスパルに相談に乗ってもらうのだった。

 

 今日で刑事を辞める、その思いを胸に抱きつつも普段とまったく変わらない態度で出勤したリオンを待っていたのは、愉快な仲間達の愉快ならざる仕打ちだった。
 ロッカールームに入ると、己のロッカーが何故か太いチェーンを巻かれて開けられなくなっていて、荷物を取り出すために備品のチェーンカッターを引っ張り出ささなければならなかった。
 そのチェーンカッターを借りに行くが、担当者が対応しているにも関わらずに、担当者が不在だ、責任者であるヒンケルに許可をもらってこいとお役所仕事さながらに書類を突きつけられ、思わず中指を立てそうになるのをグッと堪えてその書類を手に刑事部屋に入ると、ヒンケルの部屋に突撃するものの部屋の主は不在だった。
 「ボスどこに行った?」
 部屋から出たリオンが同僚に尋ねると、警部のお守りはお前の役目だから知らないとにべもなく言い放たれて絶句し、クランプス、どこに行きやがったとドアノブを掴んだまま叫んでしまう。
 今までこんなことは無かったのにと部屋を見回してぶつぶつと不満を口にするリオンは、刑事部屋のドアが開いていてその隙間から誰かが見えた気がし、逆に部屋を飛び出して行くリオンが見たのはヒンケルの背中で、クランプス発見、逃げるなと一声吼えて追いかけ出す。
 「ボス、この書類にサイン下さい!」
 「今日は仕事は休みだ!」
 「は!?何寝惚けたこと言ってんだ!?」
 逃げるヒンケルを追いかけるリオンという図ははっきり言って珍しい物で、周りが何事だと廊下に顔を出すが、寝言は寝てから言え、それとも寝惚けているのを通り越して若年性の健忘症になったかと叫ぶリオンにヒンケルが言いたい放題言うなと怒鳴り返す様子から、何だいつもの事かと笑い合う。
 「ボース!!」
 やっと捕まえた、クランプスのくせに逃げ足が速いのはどういうことだと、肩で息をしつつヒンケルを追い詰めたリオンは、咳払いをされてすぐそばにあるドアを示されたことに気付いて首を傾げる。
 「そこに今回の事件に関する証拠品を揃えてある。ドクのものがほとんどだ」
 「ダンケ、ボス」
 ヒンケルが何故逃げ回ったのかは分からないが、ドアを開けて会議室の中に入れと促したために素直に従うと、後ろ手でドアを閉めたヒンケルもやってくるが、室内のテーブルに見慣れた品々が透明の袋に入れられて並べられていた。
 「あれ、ブライデマン?」
 そのテーブルの向こうで気難しい顔で腕を組んで座っている男に気付き、それが今回の一件で評価をがらりと変えたBKAの刑事だと気付くと、目元を和ませて手を差し出しながら近寄る。
 「ああ、久しぶりだな」
 「もう向こうに戻ったと思ってましたけど、今日はどうしたんですか?」
 今回の事件ではフィレンツェやローマも捜査の対象になっているために忙しく、事件後間もなくこの街を離れたと聞かされていたが今日はどうしたと問いかけると、差しだした手を握り返しながら刑事を辞めると聞いたと答えられて微苦笑する。
 「その、ドクのお見舞いにも行けなくてすまない」
 「ああ、気にしないで下さい。オーヴェももう落ち着きましたけど、入院直後はちょっと精神的に不安定だったので、家族にも面会を遠慮してくれと言ってたんですよ」
 だから本当に気にしないでくれ、その気持ちだけありがたく受け取っておくと頷くと、ドアが開いてコニーが入って来る。
 「おー、リオン、ロッカーは開けられたのか?」
 「あ、そうだ!ボス、この書類にサイン下さいっ!!」
 「・・・その書類にサインをすれば良いのか?本当に良いのか?」
 ヒンケルが念を押すようにリオンを見つめ、ブライデマンの口の端が笑いを堪える時のように持ち上がり、コニーが咳払いをしてそっぽを向いたため、リオンが己の手の中でぐしゃぐしゃになった書類の内容をこの時初めて確認するが、そこに書かれてあったのは、後日行われる送別会の飲食代は、主役のリオンから八割、残りを参加者で出すと言う文面で、なんだこれとリオンが吼える。
 「何で送別会の主役の俺が金を出さなきゃならないんだよー!」
 「お前が刑事を辞めるからだ」
 「んがっ!!」
 リオンの怒声にヒンケルが冷静に怒鳴り返し、コニーが宥めるように肩を叩くと、ブライデマンが咳払いをしてその送別会に私は参加出来ないが、きみの最後の大仕事を一緒に取り組めて良かったと頷き、再度リオンの手を握る。
 「・・・ドクによろしく伝えておいて欲しい」
 「あー、ああ、うん。ダンケ」
 ブライデマンには素直に礼を言うが、コニーとヒンケルをじろりと睨んだリオンは、ロッカーが開かなくて困っている、荷物を取り出せないと一転して情けない顔で二人を見ると、コニーがあれは飾りで本当はチェーンなど掛かっていないと答え、目をむいたリオンが会議室を飛び出して行く。
 「大丈夫か?」
 「大丈夫ですよ、警部」
 その間にこれを用意しておきましょうと片目を閉じるコニーは、会議室を飛び出して程なくして戻って来るが、その手には先日リオンがヒンケルに突きつけた小箱があり、コニーの後からダニエラやヴェルナー、マクシミリアンが大きな花束やラッピングされた袋を抱えて入って来る。
 リオンの最後の出勤日だからとコニーが同僚達に提案をし、制服警官や親交のあった者達からも自分も参加するとの同意を得た結果、ロッカーがチェーンで封鎖され、ヒンケルから書類にサインをもらってこいとの先程の騒動が勃発したのだが、それら総てはリオンというある種得がたい刑事の退職に対する仲間内の惜別の声だったのだ。
 子どものように騒々しく、上司を上司とも思っていない言動が当たり前のリオンだったが、事件を追いかけている時はそんな顔を微塵も感じさせない精悍なもので、直感も鋭かった為に幾度もそれによって事件を解決へと導いたこともあった。
 そんなリオンが刑事を辞めるという報告は衝撃を持って署内を駆け巡ったが、己の大切な人の傍にいたい、支えたいという理由だとも知らされると、リオンを快く思っていなかった人達でさえも少しは意見を変えたようで、マクシミリアンが退職の餞別にと寄付を集めに回った時、硬貨や紙幣、リオンとの思い出の品々を差し出すものもいた。
 紙幣や硬貨以外の品々は纏めて箱に入れてロッカーに入れておいたのだが、軽やかな足音が聞こえてドアが開いた時、リオンが段ボール箱を抱えて入って来る。
 「やっと開いた-」
 「良かったな」
 「この箱、何か分からねぇんだけど、何だ?」
 テーブルに箱を置いて小首を傾げるリオンにコニーが開けろと促し、その言葉を訝りつつも箱を開けたリオンの目が見開かれたのに部屋にいた者達の目が逆に細められる。
 「何だこれ、餞別・・・・・・?」
 「・・・そうよ、リオン。今までお疲れ様」
 リオンの声にダニエラが感情に震える声でお疲れ様と呼びかけ、背中に隠していた花束を差し出すと、リオンの蒼い目が限界まで見開かれる。
 「・・・ダニエラ?」
 「これは、有志女性からよ」
 「・・・そっか。ダンケ、みんな」
 花束を受け取って子どものような笑みを浮かべたリオンに、ヒンケルが咳払いをしたあと、胃薬と書かれた箱をリオンの腹に突きつけるように押し出す。
 「ボス?」
 「・・・ドクにはナイショだぞ」
 花束をテーブルに置き、受け取った箱の蓋を開けると、そこには色とりどりのチョコレートが無造作に入っていて、これはオーヴェには見せられないなぁとリオンが笑う。
 「これは見せても良いんじゃ無いかな」
 後からやって来たヴェルナーとマクシミリアンが二人揃って出したのも、先程ヒンケルが突きつけた箱と大差ない大きさだったが、中に入っていたのはリオンだけではなくウーヴェも喜びそうな、しわくちゃだったりまっさらだったりと新旧様々なユーロ紙幣で、100ユーロ紙幣もあるとリオンの顔が最大級の感激に染まる。
 「これも餞別?」
 「ああ。・・・ドクの足が無事ならと思うが、でもお前が決めた道だ、これからもドクと仲良く一緒に歩いて行け」
 結婚式には招待しろ、その時は皆にお前がいかに仕事をさぼる天才だったか暴露してやるとヒンケルがにやりと笑い、何だよそれとリオンの頬が膨らむが、ダニエラが涙を堪えながら一緒に仕事が出来て良かった、ジルもあなたもいなくなるからきっと刑事部屋は静かになると笑うと、どーせ俺は騒々しいですよーだと、リオンが憎たらしげに舌を出しつつダニエラをハグする。
 「リオン、仕事を辞めても未確認生物への愛情は喪うなよ!」
 「えー、そもそも最初から未確認生物への愛情なんて持ってねぇよ、ヴェルナー」
 UFOだ宇宙人だのと言った未確認の現象に目をきらきらさせて話すヴェルナーに、リアリストのオーヴェがそんなことへの愛情を許してくれるはずがないと笑うと、ヴェルナーがそれもそうだと頷いてリオンの背中を叩く。
 「日曜礼拝には行くんだぞ」
 「・・・マックス、今度アーベルを紹介してやるからさ、ホームに来いよ」
 生真面目で歩く聖書と、他の警官達とマクシミリアンのあだ名を付けたこともあったが、刑事を辞めても人間関係を終わらせたくはない、だから教会に来いと手を差し出すと、マクシミリアンも感情を堪えるように頷いてその手をしっかりと握る。
 「さ、みんな仕事に戻るか」
 少しだけ目元を赤くしたヒンケルがブライデマンと三人の部下に告げて一緒に会議室を出て行ったため、部屋に残ったのはリオンとコニーだけだった。
 二人になった瞬間どちらも口を開かないために妙な沈黙が生まれるが、証拠品の中でドクに返したいものは持って帰ってくれ、持ち帰って気分が悪くなりそうなら処分するとコニーが苦笑し、我に返ったリオンが頷いてテーブルに近寄る。
 テーブルにはウーヴェが誘拐された時に身につけていたコートにマフラーが並べられ、その横には小物類がナンバリングされたタグを付けられて並べられていた。
 「あ、そうだ。なあ、コニー」
 「どうした?
 「あの時さ、オーヴェのために怒ってくれてありがとうな」
 ウーヴェを救出するために地下室に向かったが、その時俺以上に怒ってくれてありがとう、中々礼が言えなかったと苦笑し、何年か前のクリスマスプレゼントで己が買い求めた赤とグレーのチェックのマフラーが納められた透明の袋を手に取ると、コニーが鼻の頭を指先で撫でつつ視線を逸らし、それぐらいは当然のことだと口早に言い放ったため、あぁ、この同僚でも気恥ずかしいと思うことがあるのかとリオンが意外な発見をしたような気持ちになる。
 「それで、ドクの様子はどうなんだ?」
 「ああ、やっと落ち着いてさ、自分は犬じゃないって思えるようになったけどさ、俺が刑事を辞めて無職になるって言ったら、俺一人を養うぐらいの稼ぎはある、舐めるなって」
 俺が愛するダーリンはオトコマエだと笑うリオンに呆気に取られたコニーだったが、あの時、リオンに抱き上げられて顔を見せられなかったウーヴェが、以前のような穏やかな強さを思い出したと教えられて安堵する。
 「ドクは強いな」
 「そーだな。フツーあんな目に遭ったら、な」 
 どれだけ心が強くても、さすがに今回ばかりは再起不能になっても不思議はなかったと伏し目がちに呟くと、コニーが顎に手を宛がって言い出しにくそうに切り出す。
 「リオン、その、気分を悪くしたら申し訳ないが・・・」
 ドクがあんな目に遭っているのを見ていた時、本当は何を考えていたと問われ、驚きに目を瞠ったリオンだったが、すぐさま返事をするのではなく、ベルトランを経由して届けられた写真を写したウーヴェの携帯が入っている袋を手に取る。
 「・・・このままジルをぶっ殺してもオーヴェは笑わないだろうなって。あと、あぁ、酷い目に遭ってるけど、生きていてくれたなーって」
 どれだけ酷い目に遭っていたとしても生きていてくれた、俺の声に返事をしてくれた事が嬉しかったと返し、コニーの顔を見て目を細める。
 「あんな無精ひげを生やしてるオーヴェなんて初めて見たけどさ、それでもオーヴェがそこにいるって事が嬉しかった。ゾフィーは間に合わなかったけどな」
 例えケツに異物を突っ込まれ見るに堪えない行為を強制され足を砕かれていようが、精神を半殺しにされていようが生きてさえいれば後は何とかなると思っていたとも返すリオンに一つ溜息をついたコニーは、気分を切り替えるようにリオンの肩を撫でた後、お前は本当に立派な刑事だったと手放しで 褒めるように頭に手を載せる。
 「・・・何だよ、コニー、照れるじゃねぇか」
 「ドクのクリニックはあの場所にあるんだろう?」
 「ん?うん、引っ越すとは聞いてねぇからそのままだと思う」
 ヒンケルにも同じ事を聞かれたと笑うリオンにコニーが目を瞠るが、同じ事を心配しているんだと笑ってリオンの口をへの字に曲げさせるが、今日か明日にでもドクの見舞いに行きたいと思うが良いかと問われ、一瞬戸惑うような仕草をリオンが見せるが、次いで笑みを浮かべて何度も頷く。
 「ダンケ、コニー。顔出してやってくれよ」
 まだ時々激しく精神的に不安定になることがあるが、約束を交わしているから大丈夫だろうとリオンが苦笑するが、テーブルに並ぶ証拠品をリオンと一緒に一瞥した時、どうしても合わなかった鍵が出てきたことを思い出し、この家の鍵に見覚えは無いかとリオンに問いかける。
 「家の鍵?」
 「ああ。地下室のゴミ箱に捨てられていた。ああ、このリングもそうだ」
 別々の小袋に入ったそれを指し示したコニーの指先を覗き込むように見たリオンの目が一瞬で大きくなり、その二つの袋を掴んだかと思うと、額に押 し当ててきつく目を閉じる。
 昨日の夜に気付いた、ウーヴェにとっての大切な品々の紛失。
 先日、久しぶりに自宅で一人で眠る直前に思い出したそれだったが、その後も今までの間何故かバタバタしていた為に証拠品と向き合う時間がなかったのだ。
 そんな思いを酌み取ってか、向こうからリオンの前に戻って来てくれた事が、己のことよりもウーヴェを思うとつい嬉しくなってしまう。
 「リオン?」
 「ダンケ、コニー。これ、オーヴェのものだ」
 「やっぱりそうか」
 「そう。この鍵は俺の前の家の鍵で、ずっとオーヴェが持ってられるようにって俺のネックレスに通して渡したんだよ」
 多分、地下室に監禁されてすぐに捨てられ、指輪も一緒に抜き取られたのだろうと感慨深く呟くリオンに、トゥリングは何故抜かれずに壊されたのだろうと当たり前の疑問をコニーが口にする。
 「そーだな。オーヴェの意識が無いときに外したんだろうけど、トゥリングにまで気付かなかった、気付いて外させようとしたら抵抗されたって所じゃねぇか?」
 あの砕き具合はかなりの恨みが籠もっているとカスパルも言っていたことを思い出し、嫉妬深いからなと肩を竦めたリオンにコニーが何とも言えない顔になるが、とにかくここにあるものでドクのものは総て持って帰っていいと告げ、後で警部の部屋に行けと念押しをすると、今夜は警部と一緒に病院に寄らせてもらうと淋しそうな顔で笑ったため、コニーを呼び止めたリオンがその手をしっかりと握って俯いた後、ボスとあんたがいたから俺は刑事としてやってこれた、本当に感謝していると告げ、頭をぽんと叩かれる。
 さっきも言ったが、近くに来たら顔を出せ、そしてドクの様子を報告してくれとも告げられて大きく頷いたリオンは、皆の餞別も纏めてくれたのだろう、ありがとうと笑みを浮かべる。
 「証拠品を持って帰るのならその餞別が入っている段ボールに入れていけー」
 「おー、そうするー。ダンケ、コニー」
 一足先に会議室を出て行く背中に礼を言い、本当にありがとうともう一度呟いたリオンは、餞別の品々や金銭を箱に入れ、その上から証拠品の数々を無造作に突っ込み、最後に花束をそっと乗せると、それを抱えて会議室を後にするのだった。

 

 皆からの餞別を纏めた箱を抱えたままヒンケルの部屋に入ったリオンは、感慨深げに見つめて来る上司に気持ち悪いと憎まれ口を叩くが、返事が無い事に訝り、箱を床に下ろして丸いすに腰掛ける。
 「どーしたんですか、ボス」
 「・・・お前が本当にいなくなると思うとなぁ」
 「何だそれ」
 静かになって良いでしょうがと笑うリオンに、今まで本当は怒っていたが実は密かに楽しんでいたと告げたヒンケルにリオンの目が見開かれ、なんだそれと繰り返す。
 「・・・ドクの専属の警備員になると聞いたが、本当にそれで生きていくのか?」
 リオンが刑事を辞めるという現実を最も受け入れたくないと思っているが実はヒンケルだったが、その片鱗を覗かせるとリオンが無言で肩を竦める。
 「当分は。まあずっと無職ってのも、あの生真面目なオーヴェが許してくれるとは思いません」
 だからいつかもしかすると別の職業に就いているかも知れないが、今はウーヴェの傍にいたいのだと真剣な顔で伝えると、ヒンケルの口から溜息が零れ落ちる。
 「仕方が無いな」
 「すいません。でも、ボスの気持ち本当に嬉しいです」
 ありがとうございますと殊勝に頭を下げると、ヒンケルが一度デスクの上で拳を握るが、その手を開いてリオンに向けて差し出したため、小さな笑みを口元に浮かべたリオンがその手をしっかりと握り返す。
 「・・・そのチョコ、食べ過ぎるなよ」
 「俺よりも食べ過ぎ注意はボスでしょ。奥さんが注意してくれないんだから、気をつけないと糖尿病になりますよ」
 そんなことになってしまえば、きっとコニーを筆頭とした部下達も、新しくやってくる俺とジルの代わりの部下も悲しむでしょうと、誰よりも自分自身が悲しんでいる顔で告げて深呼吸をしたリオンは、餞別の箱を足の上に載せた後、また、近くに来た時には顔を出しますと俯き加減に呟き、頭を一つ振って立ち上がる。
 「今までありがとうございました、警部」
 荷物を椅子に下ろし、見習い刑事になってヒンケルの部課に配属された時以来の真面目な敬礼をするリオンにヒンケルも立ち上がって敬礼をするが、その時、デスクの電話が鳴り響く。
 「電話ですよ、ボス」
 「あ、ああ・・・今日コニーと一緒にドクの見舞いに行く」
 「ダンケ。オーヴェに伝えておきます」
 早く電話に出ろと苦笑し、受話器を取ったヒンケルに一礼し、荷物を持って部屋を出たリオンは、他の同僚達が見つめて来る視線に気付いて太い笑みを浮かべる。
 「みんな、仕事頑張れよー」
 俺はこれからあこがれの、気楽な気楽な自宅警備員だー、人生楽しむぞヒャッホーと、謎の自作ソングを歌った後、脱力して何も言えなくなった同僚達に手を上げ、じゃあと刑事部屋を出ていく。
 荷物を持って階段を下り、正面玄関から建物を見上げたリオンは、ここでの日々、様々な出来事があったと感慨深い思いに包まれるが、明日からは愛するウーヴェの警備員だと気分を切り替えるように呟くと、運んでいる荷物の重さを感じさせない顔でウーヴェが入院する病院へ向かう為に駅に向かうのだった。

 

 大きめの段ボール箱にこれまた大きな花束を乗せたリオンが病院を訪れた時、ウーヴェはテディベアと一緒に持って来てもらっていたクロスワードに取り組んでいるところだった。
 「ハロ、オーヴェ!」
 「・・・お疲れ様、お帰り、リーオ」
 自宅の廊下やリビングでの言葉を交わし、労いのキスを互いの頬にした二人だったが、リオンがベッドに腰を下ろしてウーヴェの足の負担にならない位置に箱を置くと、がさがさと箱を開いて中身を取り出す。
 「あ・・・俺のコート」
 「そう。証拠品はもう調べたし、ここにあるのは全部オーヴェのだからって」
 誘拐された時に着ていたコートにマフラー、財布や眼鏡もあるが、何よりも携帯電話もちゃんとあると笑って袋から取りだしたリオンに、ウーヴェの顔色が一瞬で悪くなる。
 「・・・中身、見たくねぇだろ?一緒に消そうぜ」
 この携帯で監禁されている時の写真をベルトランに送りつけられたことから、きっとそれらの写真やメールが保存されているはずだが、友人や仕事関係の連絡先を消してしまうと不都合があるだろうから、それ以外のものは消してしまおうとウーヴェの肩を抱きながら告げると、連絡先はまたどうにでもなる、見たくないから携帯ごと壊して欲しいとリオンの胸に顔を押しつけて震える声で告げるウーヴェにリオンが頷く。
 「それもそうだな」
 「・・・うん・・・悪い・・・」
 「お前は悪くねぇよ、オーヴェ」
 箱を床に下ろして携帯をウーヴェの目の前に置いたリオンは、何か無いかなーと歌うように呟きながら周囲を見回すが、ウーヴェが見守る前で笑みを浮かべると、少し強めの力で病室の床に叩きつける。
 「────!!」
 その物音に一瞬ウーヴェが驚くが、壊れ方が不十分だと判断したリオンが再度携帯を床に叩きつけてひびを入れ始めていく。
 画面が見るも無惨に壊された頃、ようやくウーヴェが震える溜息を吐いてリオンの背中にしがみついた為、リオンがその髪に口を寄せつつもう大丈夫かと囁きかける。
 「・・・大丈夫、だ」
 「うん」
 ああ、あと、これも見つけたとリオンが携帯を箱の中に無造作に投げ込んだ後、代わりに二つの小袋を取りだし、ウーヴェの目を見開かせる。
 「ほら、お前専用の天国の鍵と・・・指輪」
 チェーンは捨てられてしまったようだったが、鍵だけは見つけてくれた、リングも一緒に発見したそうだとコニーの言葉を伝えると、ウーヴェの目に安堵の色が浮かぶが、それを見ることで事件を思い出してしまうのではないかという危惧も浮かんでしまう。
 「オーヴェ、お前が決めろよ」
 「え?」
 「天国の鍵やリングを見て事件を思い出すのなら捨ててしまえば良い。そうじゃないのなら持っていれば良い」
 その判断は持ち主であるお前がするべきだと頷くリオンに唇を噛んだウーヴェは、指輪も鍵も捨ててしまうには思い入れが強すぎるが、身につけているには辛すぎると素直な思いを伝え、再度髪にキスをされる。
 「・・・暖炉の上の宝箱に入れておくか?」
 リオンの申し出にウーヴェの頭が上下し、そうして欲しいと言葉でも伝えると、その袋を再度箱に戻してあとはコートやマフラー、シャツは切られているからもう捨ててしまったこと、靴も捨てたが、眼鏡は大丈夫だったと箱を覗き込みながら呟いたリオンは、眼鏡を取り出してウーヴェの顔にそっと掛けてやる。
 「うん、やっぱりオーヴェはこうでないとな」
 無精ひげを生やしている時や事件の直後のあの様子もお前だが、やはりお前にはこの眼鏡が相応しいと笑って鼻先にキスをしたリオンにウーヴェの目が見開かれる。
「リーオ・・・っ」
 「────あぁ、オーヴェだ」
 どんなお前もお前だけど、この眼鏡を掛けている時は本当にお前らしいと頬を撫でてそっとキスをしたリオンは、ウーヴェの手が首の後ろで交差した事に気付いてシーツに押しつけるように顔を更に寄せる。
 「・・・ダンケ、リオン。ありが、とう・・・」
 「うん」
 「・・・それと、長年刑事として良く頑張ったな」
 お疲れ様との労いの言葉に今度はリオンが唇を噛み締めるが、うん、ありがとうとだけ返してウーヴェの肩に腕を回すが、そそくさとウーヴェの横に潜り込んで身を寄せる。
 「だから前にも言ったが、またカールに怒られるぞ」
 「今日ぐらい良いって」
 狭い病院のベッドで身を寄せ合って小さな笑みを零し合う二人だったが、後はウーヴェの足の何回かある手術を終えてリハビリを終えるだけだなと笑うと、ヒンケルとコニーが仕事終わりに見舞いに来てくれるまで、看護師やカスパルが来てもリオンが笑顔で小言を躱し、シーツの中で二度と離すことはないと伝えるようにずっと手を繋いでいるのだった。

 

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2017.07.15
お疲れ様、リオン。お疲れ様、ウーヴェ。次は結婚式だね(おい)


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