Glück des Lebens-Heavenly Blue 16-

 刑事を辞めてこれから先一生涯ウーヴェを支える為の杖になる。
 その決意はウーヴェが事件後初めて笑みを浮かべて名を呼んでくれた時にリオンの腹の中に音もなく静かにやって来たものだったが、それを家族同然のマザー・カタリーナやヒンケルを筆頭にした愉快な仲間達に伝えると己の想像通りとそれ以上の騒ぎになってしまった事を反省しつつ、ベルトラン特製のリンゴのタルトを片手に病院に戻ってくる。
 病室のドアを開けると、アイヒェンドルフとウーヴェが本当に穏やかな顔で話していて、それを見られただけでも本当に幸せだと改めて気付き、リオンの顔に嬉しそうな笑みが浮かぶ。
 「・・・リーオ、お帰り」
 ベッドで左足をリハビリの器具で動かしながら顔を向け、入ってきたのがリオンだと気付くと同時に笑顔で今まで通り呼んでくれたのも嬉しくて、うんと頷いたリオンがアイヒェンドルフの為の生クリームも用意して貰ったと、タルトの箱を突き出しながら満面の笑みで告げて己も椅子を引いて腰を下ろす。
 「先生、オーヴェどうでした?」
 「うん、少し元気になったようだね」
 「そっかー。それは良かった。オーヴェ、リハビリ終わったらタルト食うか?」
 足首から先が動かなくなったからと言ってリハビリを行わないと左足全体が動かなくなってしまい、結果車いすの生活になるのだが、あの夜カスパルが宣言したとおり車いすでの生活にさせるつもりもなかった為、リハビリを少しずつ始めていたのだ。
 それが終わればご褒美だと笑うリオンに一瞬ウーヴェの顔が引きつるが、それに気付いたリオンがベッドに腰を下ろすよりも先に、ウーヴェの口が小さく動いて約束という言葉が流れ出す。
 今日アイヒェンドルフが来るまでは、事件を連想させる言葉などを見聞きするとだけで今のように顔が引きつり、リオンにしがみつくことで不安を解消していたウーヴェだったが、アイヒェンドルフと話をした成果なのか、今一人でその不安を解消しようとしているようだった。
 その為の約束という言葉なのだとリオンが気付き、本当にお前は偉いとウーヴェを手放しで褒めつつその髪にキスをすると、微かに震える手がリオンの背中に回される。
 「・・・リハビリ、終われば食べる」
 「良いぜー。あ、俺も一切れ食って良い?」
 ウーヴェの頭に頬を押し当てつつ笑ったリオンだが、ダメだという言葉を聞いて驚きウーヴェを見下ろせば、微かに震えつつも唇の片端が意地悪な角度で持ち上がっている事に気付いて条件反射のように頬を膨らませる。
 「むー。オーヴェの意地悪。トイフェル」
 「・・・俺、は、トイフェルじゃない」
 トイフェルはお前だとも笑うウーヴェに一気にいろいろな感情が押し寄せてきて言葉に詰まってしまうリオンだったが、そんな意地悪を言うのならタルトは俺と先生で全部食べる、お前にはあげませんとタルトの箱をウーヴェの手の届かない場所にやると、ウーヴェがじっとリオンを見上げ、どうしても食べたい今すぐ食べたいと言う代わりにリオンのシャツを軽く引っ張って名を呼ぶ。
 「リーオ」
 「あーもー、その顔反則だってー!」
 そんな可愛い顔で見つめられたらイヤと言えないと、本能の叫びを発するリオンにウーヴェが尚もリオン曰くの可愛い顔で見つめると、唇に小さな音を立ててキスをされてしまう。
 「分かったから、好きなだけ食っていいからー!」
 だからその顔反則ともう一度叫んだリオンにウーヴェが嬉しそうに顔を笑み崩れさせるが、そんな二人を見ていたアイヒェンドルフが感心したように笑い声を立てる。
 「先生?」
 「あぁ、本当にウーヴェはきみといる方が良い。うん」
 「ですよねー」
 やっぱり俺達は一緒にいる方が良い、常々リオンが伝えていたそれだが、アイヒェンドルフも同じ思いを抱いていた事から、俺の考えは間違っていない、だから刑事を辞めることも間違っていないと告げると、師弟同時に何だってと問い返される。
 「ん?うん。今週末で刑事を辞める事にした」
 「─────!!」
 「それは、どういうことなのかな、リオン?」
 ウーヴェが衝撃の大きさを伝えるように手を震わせながらリオンのシャツを握りしめ、蒼白な顔で見上げてくる事に気付いて額にキスをしたリオンは、アイヒェンドルフの言葉に頷き、ヒンケルや同僚達に説明をしたときよりも穏やかな丁寧な声で何故刑事を辞める事にしたのかを語り出す。
 「最大の理由は、オーヴェを支えたいから」
 「でも、リオン、それは・・・それじゃあ・・・」
 「今までさ、よく考えたらずーっとオーヴェに支えられてきてたなぁって。ゾフィーの事件の時もそうだったし、他のことでもそう。お前がいてくれたから、俺はこうして元気に刑事として働くことが出来た」
 後悔の欠片すら感じさせない顔でウーヴェの蒼白な顔を見つめ頬を両手で挟んだリオンは、アイヒェンドルフの痛いほどの視線に気付きつつも、今向き合うべき対象は誰かをしっかりと理解している顔で頷くと、驚きに見開かれるターコイズの双眸に痛ましそうにキスをする。
 「俺は、オーヴェがいる事で夢をずっと見続けることが出来た」
 刑事になるという長年の夢、それを叶えたのは実力でだったが、その夢を継続する力は、毎日楽しかったり不機嫌であったり、時には心が悲鳴を上げる事があっても、穏やかな笑顔でお帰りと出迎え、顔を上げろ、胸を張れと優しく諭してくれるお前が分けてくれたと告げ、感情に震える唇にそっとキスをしたリオンは、ウーヴェが望む笑みを浮かべて次は俺の番だと囁く。
 「でも、・・・で、も、リオン・・・それは・・・」
 己の恋人の天職とも言える刑事の仕事。それを辞める理由が己の足が不自由になってしまった事だと知らされ、衝撃に同じ言葉しか繰り返せなくなったウーヴェは、ぼやける視界で笑みを浮かべているリオンの頬に手を伸ばし、でもと繰り返す。
 「な、オーヴェ、俺がお前の杖の代わりになる。ダメか?」
 左足を痛めてしまったお前に必要不可欠な杖、その杖になりたいとリオンが窺うようにウーヴェの顔を見つめると、そんなことはと震える声が否定するが、でも刑事を辞める必要などないとようやくリオンに伝えると、アイヒェンドルフもその通りで、例え障害が残ってもウーヴェはちゃんと前のような生活に戻れると、リオンの真意がどこにあるのかを見抜こうとするように問いかける。
 「先生には悪ぃけど、それは俺が一番分かってる」
 ウーヴェが事件の傷から心身共に回復をする時のしなやかな強さは俺も身近で見つめてきていたのだと自嘲すると、それならば何故と更に問われて一つ肩を竦める。
 「んー、簡単なことなんだけどなぁ」
 アイヒェンドルフの言葉にリオンが天井を見上げ、次いでウーヴェへと向けた顔には、何があっても己の信念を揺るがせない強い意志が蒼い双眸に浮かんでいて、口元には思わず見惚れてしまうような太い笑みが浮かんでいた為、ウーヴェの目が違った意味で見開かれる。
 「刑事を続けることよりも、オーヴェを傍で支えたいって夢がでっかくなっちまったんだよなぁ」
 なー、オーヴェ、仕方ねぇよなぁと笑うリオンにアイヒェンドルフが驚きに目を見張り、そんなリオンの言動を良く知るウーヴェも驚愕に絶句してしまうが、至近で見た笑顔が事件前まで当たり前のように見ていたものと何も変わらないものだった為、つい頷いてしまう。
 「あ、あ・・・」
 「・・・そうなんだね」
 「そう。だから今日退職願を出してきた」
 ウーヴェの頬に小さな音を立ててキスをし、退職願を出したらボスに泣かれて仲間達にも叫ばれたと悪戯っ子の顔で笑うリオンに釣られたようにアイヒェンドルフも笑い、きみは本当に愉快な人だと肩を揺らし出したため、リオンがそんなに笑わなくてもいいでしょうと頬を膨らませる。
 「ウーヴェと二人でもう一度よく話し合いなさい」
 「そーだな。オーヴェはまだ納得できてねぇみてぇだし」
 後でゆっくりと話し合いますかーと笑うリオンに何度も頷いたアイヒェンドルフは、タルトを食べたら帰ることを告げ、言葉通りに大急ぎで生クリームの載ったタルトを食べ終えると、呆然としているウーヴェに近いうちにまた顔を出すと告げて返事も聞かずに病室を飛び出してしまう。
 「・・・先生、結構忙しいんだな」
 「・・・・・・」
 リオンの呟きにウーヴェは反応せず、ただ背中に回した手でずっとしがみついているが、リハビリが終了した合図のビープ音にようやく我に返ったようで、ナースコールのボタンを押してリハビリが終了したことを伝える。
 リハビリの器具を引き取りに来た看護師に半ば上の空で今日の体調等も報告したウーヴェだったが、看護師が来ると同時にアイヒェンドルフの代わりに足を組んで座っていたリオンを見つめ、気持ちを落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
 昨日まで-はっきり言えばアイヒェンドルフが来るまでは、何か不安を感じたりすると小さな子どもみたいにリオンにしがみついていたウーヴェが、今はシーツを握って深呼吸を繰り返して自らの力で落ち着こうとしている様子にリオンが嬉しそうに目を細め、やはり先生を呼んで正解だったと胸を撫で下ろす。
 「なあ、リーオ」
 「ん?どうした?」
 「・・・お前が、その、刑事を辞める事について、だけど・・・」
 言葉を選びどうすれば己の思いを伝えられるのかと必死に思案する顔も、事件前のウーヴェならばごく当たり前のもので、そのことからも少しずつ傷が治り始めている事を察したリオンが頷き、どうしたと手を組んで先を促す。
 「・・・リハビリをしてもこの足はもうダメだ、だからお前が支えてくれる、という事か・・・?」
 その声に潜む昏い感情をしっかりと読み取ったリオンが黙って頭を左右に振った後、椅子ごとベッドサイドに近寄ると、ウーヴェの俯き加減の顔を覗き込むように上体を屈める。
 「そうじゃねぇよ。足が悪くなったからってお前が何もかも投げやりになるとか思ってねぇし、俺にべったり甘えるなんてこともしねぇだろ?」
 「だったら・・・どうして、俺の杖になる、なんて・・・」
 きっと他の誰よりも刑事という仕事を誇りに思い、また適しているお前が何故その刑事を辞めてしまうんだとの疑問を口にしながらリオンを見たウーヴェは、そこに当たり前だと言いたげな顔を見つけて目を瞠る。
 「さっきも言っただろ?お前を支えたいって夢が出来たって」
 「それは、そうだけど・・・」
 でもと言い募るウーヴェの頬に手を当ててこちらを向けと少しだけ強めの言葉でウーヴェの名を呼んだリオンは、刑事として一生涯働く事とその夢を天秤に掛けたら、当たり前だけどお前の分だけ重くなった夢へと天秤が傾いたと笑い、そう言う意味でお前は確かに重荷かも知れないなぁとも笑うと、ウーヴェがどういう意味だと言いたげにターコイズの双眸で見つめて来る。
 「刑事として働いていた時はすげー楽しかったし充実してた。でも・・・お前がいなかった時、全部がさ、砂嵐の向こうの世界に思えた」
 現実にしっかりと足を着けているはずなのに、総てが砂嵐の向こうで時折鮮明に見える光景として映っていたと、事件当時の己の感覚をどう表せば良いのかが分からない顔でリオンが肩を竦めると、ウーヴェの手がシーツでは無くリオンの手に重ねられる。
 「やっとお前を見つけて病院で手術をしたのに死にたいって言うし。お前がいない嵐のような世界がまだ続くのなら、一緒に死んでも良いって思った」
 だからあの時一緒に死ぬと言ったのだとウーヴェと心中する真意をようやく伝えたリオンは、ウーヴェの唇が噛み締められている事に気付き、傷になるから力を抜けと苦笑してキスをし、重ねられている手を取って逆に握り返す。
 「お前が生きてくれてた。また、戻って来てくれた」
 その事実の重さに比べれば、刑事を辞める事など吹けば飛んでいく紙切れのようなものだと笑うと、ウーヴェの頭が下がってリオンと己の手に額が重ねられる。
 「刑事の立場がお前と一緒に生きるのに足枷になるなら、そんな夢はもう要らない」
 それならば、本能が何があっても喪うなと叫ぶお前の傍で生きていく道を選ぶと笑うと、伏せられたままのウーヴェの髪をそっと撫でてキスをする。
 「な、オーヴェ、まだ俺がお前の杖になることを許してくれねぇ?ダメ?」
 刑事を辞めるという事は無職になってしまうことだが、やはり真面目なお前は健康ないい年をした大人が働きもせずに家でぶらぶらしている事を許してくれないだろうかと、茶目っ気を込めて耳に囁きかけると、白とも銀ともつかない髪が左右に揺れて暫くすると顔が上げられる。
 「・・・俺のヒモになるのか?」
 「うん。オーヴェのヒモになりたいなーって」
 ヒモ、いわゆる情夫になりたいがダメかと、言葉の意味を思えば後ろ暗さを感じてしまいそうなのに、リオンが言えば文字通りウーヴェの腰に巻き付けた紐のように思えるのか、逆の手を口元に当てたウーヴェが小さく笑みを零す。
 そのささやかな行為も事件前と後とではがらりと変化をしたものだったため、片目を閉じたリオンがだめ押しとばかりに、頑丈で決して切れることはありません、他の男女に目もくれません、ウーヴェ一筋ですと盛大に告白すると、ウーヴェの口元だけを彩っていた笑みが顔中に広がっていく。
 「俺だけ?」
 「そう!だからさ・・・」
 こんな他人から見れば情けない俺とだが結婚してくれと、さすがに今度はしっかりと両目を開けてウーヴェを真っ直ぐに見つめて告白すると、ウーヴェのターコイズ色の双眸が今更何をと言いたげに見張られるが、再び悪戯を思いついた子どもの顔でリオンが片目を閉じる。
 「なー、お前専用の警備員になるからさ、俺と結婚してよ、オーヴェ」
 「専用の警備員?」
 「そうそう。自宅でもクリニックでもどこにでも同行するし、何かあればすぐに駆けつけるからさー。おまけに今なら給料は現物支給で良いから」
 だから結婚するべきだ、いや、しよう、いやいや、して下さいどうかお願いします陛下と、徐々に謙るプロポーズについにウーヴェが堪えきれずに吹き出し、頼むから止めてくれと手を上げて制止するが、ダメ押しのように小首を傾げたリオンに鼓動を小さく跳ねさせる。
 今こうして戯けた風にプロポーズをしているリオンだが、今回の事件ではウーヴェだけではなくリオン自身も深く傷付き、傷を癒やすための時を必要としているのだ。
 だが、己よりもウーヴェを優先している事は、入院後常にウーヴェに付き添っていた事からも感じ取れることで、ようやくウーヴェがそれに気付くと同時に、目の前に掛かっていた深い霧が靄のようになり晴れていく光景が脳裏に浮かぶ。
 そしてその靄が晴れ上がった先にいたのは、愛してやまない笑顔で己に向けて手を伸ばすリオンだった。
 その笑顔の為ならば何でもするし、またリオンが何度も教えてくれたように、己にとってもその笑顔はなくてはならないものになっていたのだ。
 今まで敢えて口にすることは無かったそれを脳裏から胸の奥へと納めたウーヴェは、胸に芽生える幸せな痛みに眉を一つ寄せる。
 「オーヴェ?」
 「・・・舐めるなよ」
 「へ?」
 やや俯いていたウーヴェが顔を上げて真っ直ぐにリオンを見つめたかと思うと、見開かれる蒼い双眸が宝石のようで綺麗だと思いつつそっと頬を両手で挟み、自ら驚きに染まる唇にキスをする。
 「お前一人を養うぐらい、どうと言うことは無い」
 俺の専属警備員になると言うのなら、その警備員の日々の暮らしを充実したものにさせるのもそうだし、金銭的な意味での寂しい思いなど絶対にさせないとターコイズの双眸に強い光を宿して告白すると、リオンの顔が一気に赤くなり、次いで蒼い目が左右に暫く泳いでしまうが、同じようにウーヴェの目を見つめる場所で動きを止めると、破顔一笑。
 その笑顔をいつでもいつまでも見ていたい一心で、だから安心して専属の警備員になれと命じると、リオンが笑みを深めてウーヴェの首に両腕を回してしがみつく。
 「きゃー、ダーリン、オトコマエ!」
 今すぐ結婚しようそうしようと笑うリオンの背中を撫でてくすりと笑みを零したウーヴェだったが、どうしても気になってしまう一言をそっと問いかける。
 「だから・・・俺を、支えてくれるか、リーオ」
 「安心しろ」
 足を悪くしてこの先お前に迷惑を掛けることが多々あると思うが、それでも傍にいてくれるだろうかと心配性丸出しの問いにリオンが一瞬で表情を切り替えたかと思うと、今度はウーヴェの額に額を重ねてにやりと笑みを浮かべる。
 「お前を支えるぐらいの力はある」
 「・・・うん」
 「何なら、結婚式の間中ずっとお前をお姫様だっこしてても良い」
 それぐらいの力はあるから大船に乗ったつもりで安心しなさいと笑うリオンにウーヴェも腹を括ったのか、同じ顔で頷いてリオンの頭に腕を回す。
 「リーオ、俺の太陽。退院したら結婚しよう」
 「うん」
 五月初旬にも役所で式を挙げると言っていたが、ウーヴェの入院やリハビリの期間を思えば延期しなければならない。もし許してくれるのならばホームの教会で式を挙げたいとリオンが許しを得るように告げると、ウーヴェが反対などしない、お前が育った教会で幸せの形を作り上げる様をみんなに見てもらおうと笑い、リオンの口から無意識に安堵の溜息が零れ落ちる。
 「うん」
 ありがとうと素直に礼を言ったあと、少し照れた顔でウーヴェを見つめたリオンだったが、顎を軽く持ち上げられて何を望んでいるのかに気付いて目を閉じる。
 閉ざされた世界で唇に触れる感触に言葉に出来ない思いが籠もっている気がし、ついついもっとと求めるようにウーヴェの頬に手を当てて顔を固定してしまう。
 「・・・ん・・・」
 久しぶりのキスにどちらも離れる事が出来ず、それでもここが病室だと思い出した為に何とか離れるものの、リオンがウーヴェの横に潜り込んでぴたりと寄り添う。
 「カールに見られたら怒られるぞ」
 「平気」
 怒るアニキの了見が狭いのだと笑ってウーヴェの肩に頭を預けたリオンだったが、ドアが開いて誰の了見が狭いんだと怒鳴られて飛び上がってしまう。
 「うわ、地獄耳!」
 「何か言ったか?」
 腰に手を当てて憤慨を隠さないでやって来たのはカスパルで、リハビリが順調に進んでいる事、自宅でのリハビリの計画もそろそろ立てておかないととの思いから病室にやって来たのだが、ドアを開けた途端に了見が狭いと聞かされては面白くなかった。
 だからじろりとカスパルに睨まれたリオンは、そもそも毎朝言っているがウーヴェのベッドに潜り込むなと、今朝も言われた小言に首を竦め、ウーヴェの頬に名残惜しそうにキスを残してベッドを飛び降りるが、代わりに先程まで座っていた椅子に足を組んで腰掛ける。
 「ウーヴェ?」
 「何だ?」
 リオンに呆れかえったカスパルがウーヴェを呼ぶが、その声の返事が昨日までとは違う気がしたカスパルが小首を傾げ、何かあったのかと問いかける。
 「ん?ああ、警備員を雇うことにしたんだ」
 「は!?」
 真意が理解出来ずに何事だと素っ頓狂な声を上げるカスパルに小さく笑ったウーヴェは、退院後に正式な案内状を出すが夏頃に結婚式を挙げるから式に出てくれと教えられて目を瞬かせる。
 「結婚式?」
 「ああ。前は役所でだけするつもりだったが、リオンの教会で式を挙げることにした」
 その言葉に驚きはあるが、それは突然すぎることに対するものであり、二人が挙式することに対する驚きではなかったため、カスパルの顔にじわじわと歓喜の笑みが浮かび上がる。
 「楽しみにしておけ、ウーヴェ」
 「は?」
 今度はウーヴェが目を瞠る番だったが、友人の顔に学生時代よく見ていた表情を見つけてしまい、盛大な溜息を吐くが、頼むからほどほどにしてくれとだけしか返せなかった。
 「オーヴェ?どうした?」
 「・・・何でもない」
 「?」
 ウーヴェの顔色が悪くなると同時にカスパルのそれが上機嫌になったことから更にリオンが首を傾げるが、何でもないと言ったウーヴェの顔がさほど困っているようではなかったため、それならば良いと笑い、ウーヴェ専属の警備員になったとカスパルを見上げてにやりと笑う。
 「そのようだな。・・・・・・結婚式の招待状はちゃんと出せよ」
 「ああ」
 「欲しいもののリストも用意しておけ。ルッツと一緒に用意してやる」
 結婚祝いの贈り物は、リオンとウーヴェが欲しいものを友人や家族に伝えるのが習慣だったため、その用意もしてやると笑うカスパルにウーヴェもリオンも頷くものの、カスパルのことだからとんでもないものも用意しそうだとひっそりとウーヴェが溜息を吐く。
 「・・・それはまあともかくとして、本当に元気になったようで安心したぞ、ウーヴェ」
 カスパルが咳払いをして心配していた事を伝え、友人のその気持ちにも昨日までは気付くことも出来なかったウーヴェが感謝と謝罪の思いを伝える。
 「心配を掛けた」
 「ああ。────皆にも面会に来てやってくれと言っておく」
 今までお前の様子が不安定だったから面会謝絶と伝えてある事も教えられ、本当に良い友を持ったとウーヴェが言葉と笑顔で伝える。
 「本当に、良かった」
 カスパルの声にウーヴェもリオンも頷き、院内用の携帯が着信を伝えている事に気付き、カスパルが手を上げて部屋を出て行く。
 友人の背中を見送ったウーヴェは、父と兄にも連絡をしないといけないとリオンを見れば、ウーヴェの背中を軽く押すように頷かれるが、何事か大切なものを思い出したと言わんばかりに椅子の上で飛び上がる。
 「リーオ?」
 「オーヴェ、タルト!ベルトランのタルト食おうぜ!」
 「あ・・・!」
 アイヒェンドルフに出したが、その時にお前が衝撃発言をするからすっかり忘れていたとリオンを恨みがましい目で睨んだウーヴェだったが、人のせいにするなーと小さく吼える恋人兼専属警備員に、ああ、うるさいと耳を塞ぐと、いつもならばなんだそれだの何だのと更に大声が返ってくるが、それがないことに気付いてリオンを見ると、穏やかな笑みを浮かべてウーヴェの額にキスをしてきた為に驚いてしまう。
 「アニキにも食わせてやれば良かったな」
 「そうだな」
 気付くのがもう少し早ければと笑った二人だったが、リオンが箱からタルトを取りだすとウーヴェの目がタルトをじっと追いかける。
 ああ、本当にもう大丈夫だとリオンが確信すると、ウーヴェ自身もそれを感じたのか、もうドッグフードもペット用の皿も俺には必要の無いものだと告げて小さく笑みを浮かべる。
 「ああ。もちろん、首輪もケージもな」
 「うん、そうだな」
 お前がその腕で作るケージなら閉じ込められても構わないが、それでも窮屈だから嫌だと笑うウーヴェにリオンも釣られて笑い、二人でベルトラン特製のリンゴのタルトをいつも以上の美味しさに感じながら食べるのだった。

 

 タルトを食べて夕食もリオンが見守る前でしっかりと食べたウーヴェは、警備員になると宣言したばかりのリオンに少しだけ緊張した面持ちで今夜は一人で寝るから、一度家に帰ってゆっくりすればどうだと提案をする。
 それは思いかけないものだったが、心配する気持ちよりも今のウーヴェならば大丈夫、子ども返りのようなことにはならないだろうとの思いからそれを受け入れることにするが、翌朝、出勤する前に顔を出すとウーヴェにキスをしたリオンは、その時にクロスワードを持ってきて欲しいと言われて満面の笑みで頷く。
 もう凄惨なあの事件を過去をしまい込んでいる箱に収めようとしているのだと気付き、前を向いて歩き出したウーヴェの強さが本当に眩しいと思いつつも頷いたリオンは、じゃあ今日は帰ると告げて二週間近く留守にしていた家に帰ったのだった。 
 久しぶりに自宅のドアを開け、しんと静まり返った廊下の先を見つめつつ苦笑したリオンは、自宅の掃除の為にとバルツァーの家から人を連れてきたイングリッドが掃除をさせてくれていた為、長期間人が不在の家とは思えない程綺麗に片付けられ、空気も入れ換えられているようだった。
 ただ、ウーヴェが用意したリオンの部屋だけは手を付けないでくれと頼んでいたため、今部屋のドアを開けた瞬間の冷えた空気に身体を震わせてしまう。
 誰もいない部屋は節約のために空調が切られていて、外気とさほど変わらない寒さが充満していたが、病院を出る前にウーヴェと交わした約束とキスが身体を温めている為、それほど寒さも感じずにいた。
 ブルゾンを脱ぎ捨て服を脱ぎ、パジャマを探すもののこの部屋にパジャマなどあるはずがないと気付き、長い廊下の先、二人でいつも使っていたベッドルームのドアを開けると、ベッドの上に丁寧に折りたたまれたウーヴェ愛用のガウンがあり、ソファでは巨大なテディベアが寂しそうにぼんやりと座っていた。
 「・・・ああ、お前も寂しいよなぁ」
 明日オーヴェの所に連れて行ってやると、己の頭髪と似通った毛を持つテディベアの頭を撫でたリオンは、その手でウーヴェのガウンを取ると、裸の上半身を覆うように羽織る。
 ふわりと鼻先に漂ってくる残り香を事件の最中にも感じたはずだが、あの時はただ絶望の中でそれを嗅いだ記憶があり、今はそうでは無いと穏やかな顔でガウンに鼻先を近付けるように頭を傾げると、もう少し強く匂いを感じられて安心してしまう。
 ウーヴェの匂いに上半身を包まれて安堵し、己のパジャマをクローゼットから引っ張り出してきたリオンは、鏡張りのクローゼットのドアを何気なく見てある事に気付く。
 ウーヴェを救出し病院に搬送したとき、ウーヴェは忌々しい尻のプラグ以外何も身につけていなかった。天国への鍵と称した、リオンの前のアパートの鍵と二人の約束を形にしたお揃いのリングが右手薬指から無くなっていたのだ。
 「あ・・・!」
 どうして今まで忘れていたと己の失態に舌打ちしたリオンだが、左足薬指のリザードを足ごと粉砕するぐらいなのだ、目立つ家の鍵や指輪などはとっくに捨てられてしまっているだろう。
 ジルベルトの性格からすれば見つければ真っ先に捨てるだろうが、家宅捜索した時に証拠として警察署に持ち帰っていないだろうかと閃き、明日出勤したときに確認しようと溜息を吐く。
 左足でずっとウーヴェに力を分け与えていたリザードは壊されてしまったが、指輪と家の鍵はウーヴェの心の平安を得るものであるため、取り戻せるのならば取り戻したかった。
 そして、事件を思い出すかも知れないそれを見ても穏やかでいられるのなら、今までのようにウーヴェの胸と指に居場所を定めれば良かったが、思い出して辛くなるのならば新しい思い出を作る為に買い換えても良かった。
 「・・・リッシーに相談するか」
 ウーヴェが意外と気に入っていたリザードのリングと婚約指輪だが、それを作ってくれた女性達に相談しようとも決めると、小さな欠伸が出てくる。
 ウーヴェが入院するのに合わせてリオンもずっと病室に寝泊まりしていたため、ゆっくりと眠っておらず、離れることで疲労感が襲ってくる。
 実は密かに疲労していた事を今気付いたリオンだったが、目の前にある広いベッドではなく、狭い古いパイプベッドで寝ようとベッドルームを出て行き、自室のドアを開けてベッドに飛び乗ると、大きく伸びをしてコンフォーターをかぶり、その上からウーヴェのガウンを被せる。
 「・・・お休み、オーヴェ」
 明日、職場に行ってお前の大切な鍵と指輪を探してくるとも呟くと、あっという間に眠りに落ちるのだった。

 

 消灯された病室でじっと天井を見上げていたウーヴェは、背中の痛みも足の痛みもすでに生まれた頃から感じているもののように思えていて、痛みがあるのが当たり前になっていた。
 痛いだの何だのと文句を言ったところで痛みが消えるわけでもないのなら、何とか折り合いを付けて付き合っていくだけだった。
 それに、その痛みと付き合うのは己一人ではなく、警備員兼伴侶に後日なるリオンがいつでも寄り添ってくれているのだ。
 自分一人で耐えられない痛みも、存在が己の中で意識しなければ形が分からないほどの大きさになっているリオンがいれば耐えることが出来るだろう。
 今回の事件はウーヴェとリオンのどちらにも深く癒えるのに時間が掛かる傷を作ったが、二人であればそれを癒やすことも出来るだろうし、傷の深さを理解し合うことも出来るだろう。
 一人では難しい作業も二人ならば難なくこなせるはずだった。
 だからもう大丈夫と呟いたとき、天井に決して忘れることの出来ない二人の男の顔が浮かぶが、一度きつく目を閉じたウーヴェは、左足の痛みから現実を受け止め、壊されたリザードの代わりのものはないが、リオンの名を呼ぶことで落ち着きを取り戻そうとする。
 名を呼ぶだけで落ち着けるなど本当にあいつは俺の太陽だと呟き目を開けると、あいつを太陽だと思うのはお前だけじゃないとどこかで声が響くが、深呼吸をしたウーヴェがリオンですら見たことがないほどの強い光を目に湛えて空中を睨む。
 「・・・あいつは、俺の太陽だ」
 他の誰でもない俺のための太陽だと、言葉の内容に比べれば柔らかな口調で呟くと、今度は舌打ちの音が響いた気がし、そっと目を閉じる。
 閉じた瞼の裏、いつまでも変わらない笑顔でウーヴェを呼び、大きな手を伸ばすリオンの顔が浮かんでいて、それに応えるように自然と口元に笑みが浮かび上がる。
 今夜初めて一人で寝ると伝えたが、自宅でゆっくりとリオンには寝て休息を取って欲しかった。
 だから少し頑張ってそれを伝えたのだが、返ってきたのが信頼されていることを教えてくれるキスだったため、ウーヴェもその信頼に応えようと腹を決めたのだ。
 それは間違いではないと改めて気付き、お休みと、自宅でベッドに潜り込んでいるリオンに挨拶をすると、自然とそのまま眠りに落ちるのだった。

 

 ウーヴェが誘拐され救出されてから二週間が経過していたが、その夜事件後初めて二人とも穏やかに眠り、翌朝の目覚めを迎える事が出来るのだった。

 

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2017.07.13
あいつは、俺の、太陽だ


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