Glück des Lebens-Heavenly Blue  14-

 個室の病室はウーヴェの手に付けられた心拍計が計測する機械音を時折響かせるだけで静まりかえっているが、カスパルからレントゲンについての説明を受け、幸いなことに手術をした左足は傷口の縫合が緩んでいるだけで済んだため、手早くその場で縫い合わされる。
 包帯を解かれて姿を見せた、腫れ上がって変色してしまった左足を見たリオンが拳を握り、ウーヴェが受けた痛みを追体験してしまいそうになるが、何とかそれを堪えてウーヴェの横に腰を下ろして頭を抱き寄せると、身体は傾いで寄りかかってくるが、先ほど感じたようにウーヴェの目はどこを見ているのがはっきりとしなかった。
 嫌な汗が背筋を伝うのを覚えたリオンだが、消毒をして縫合をする間も痛いだのなんだのを一切口にしないウーヴェの髪にキスをし、我慢強いんだなと感心するが、本能的にそうではないことを察していた。
 カスパルの手当が終わり、今日はこのままここで寝ること、しばらくの間付き添いをしたいので許可がいるのなら申請書でも何でも提出すると告げ、書類等はまた後日持ってくるが、とにかくウーヴェをベッドから抜け出させるなと、ヘリポートで見た光景が忘れられずに身体を震わせるカスパルに頷き、このままウーヴェに付き添いすることをヒンケルにもメールで念のため報告しておく。
 それら全てを終わらせたリオンは、ブラインドをじっと見つめるウーヴェに気付いてどうしたと声を掛けるが、ウーヴェはただベッドでブラインドの降りた窓を見ているだけだった。
 「オーヴェ」
 呼びかけてベッドに腰を下ろし、頬を撫でるとぴくりと肩が揺れ、何か考え事かと問いかけると、首輪とケージがないと小さく答えられて衝撃にリオンの目が見開かれる。
 「オーヴェ・・・?」
 「俺はどうしようもない駄犬だから、飼い主の顔を見て尻尾を振れるようになったらケージから出してくれるらしいけど、尻尾がない」
 だから尻に入っていたあれがないと尻尾を振れない、どうすれば良いと問われ、あんなものはもう必要が無い、尻尾など振る必要は無いと答えるが、それよりも大切なことがあるとリオンが嫌な汗を背中に流しつつウーヴェの顔を覗き込むと、相変わらず目は茫洋としていて、何度も根気強く呼び続けてようやく視線が合ったと分かると、安堵に溜息を吐く。
 「お前は駄犬じゃねぇ。ペットなんかじゃねぇよ、オーヴェ」
 「でも・・・言うことを聞かない、から、リザードを壊された・・・っ・・・」
 大人しく言うことを聞いていればリザードは壊されなかったのにと、シーツを握る手が震えだし、肩も震えて俯くウーヴェを抱きしめたリオンは、お前はペットなんかじゃねぇと繰り返すことしか出来なかった。
 そんなリオンにウーヴェが俯きながら、首輪とケージがないが逃げ出したりしない、だから鞭で叩かないでくれ、命令されればいつでもどこででも尻を出して咥えるからと感情の籠もらない声で呟き、なぁとリオンを見上げるが、己を抱きしめる腕の力が強くなった事に気付いて首を傾げる。
 「リオン・・・?」
 言うことを聞くようになったらお前が喜ぶと言われた、嬉しくないのかと問いかけるが返事はなく、どうしたと逆にリオンを気遣うように名を呼ぶが、ただただきつく抱きしめられて苦しいと小さな声で呟いてしまう。
 「オーヴェ・・・オーヴェ・・・っ!」
 「ケージで寝なくて良いのか?」
 リオンの悲痛な声に恐る恐る問いかけたウーヴェは、怒りと悲哀と涙を浮かべた蒼い瞳にまっすぐに見据えられて息が止まるほど驚いてしまうが、両頬を優しい強さと温もりに挟まれたことに気付き、目の前にある綺麗な綺麗な、あの悪夢の時間常に思い浮かべていた双眸に触れたい一心で震える手を伸ばし、そっと目元に触れると目尻から涙が一粒だけ転がり落ちる。
 「ケージでなんか寝なくても良い。お前は犬じゃねぇ」
 「・・・・・・で、も・・・」
 「オーヴェ、約束してくれ」
 「な、んだ・・・?」
 リオンの言葉にウーヴェが躊躇うように視線を泳がせるが、そんなウーヴェに約束と告げたリオンは、みっともないほど震える手でウーヴェの頬を包んだまま笑みを浮かべたかと思うと、薄く開く唇に何かを誓うようにそっと口づける。
 「・・・っ・・・!!」
 「約束。お前はもう二度とケージで寝なくてもいい。首輪もリードもいらない」
 「・・・」
 「お前が寝るのはこれからもずっと俺の横。繋ぐのはリードじゃなくて俺の手」
 あいつらがお前のことをペット扱いしていたのだろうが、お前は俺が尊敬してやまない立派な男で、そんな男が寝るのはケージなどではなく俺と一緒に使うベッドであり、繋ぐものはリードなどではなく愛する俺の手だと泣き笑いの顔で告げてウーヴェと額を重ねると、間近でぼやけるターコイズの双眸が限界まで見開かれる。
 「オーヴェ、手ぇ貸して」
 「・・・?」
 リオンの言葉に恐る恐る手を出したウーヴェは、掌に大きく温かな手が重ねられたあと、ゆっくりゆっくり小指から一本ずつ指を曲げられて手を組まされていき、最後に親指が曲げられた形で重なると、もう一度唇にキスをされる。
 「約束」
 もうあいつらの言葉に耳を貸したり聞き入れる必要は無い。もしも誰かの言葉を聞き入れなければ不安ならば、俺の声を、言葉を聞いていれば良い。
 「オーヴェ、俺のオーヴェ」
 「・・・っ・・・ゥ・・・・・・ッン」
 「うん。辛かったな。でも・・・マジでよく頑張ってくれた」
 あの悪夢のような時間、よく頑張って生き延びてくれた。迎えが間に合って良かったとリオンが頬にキスをすると、ウーヴェの喉から堪えきれない嗚咽が流れ出す。
 「うん。ずっとこうしてる。だから・・・」
 この先必ず前を向けるようになるが、その為の準備として泣けと囁き、薄くなっても絶対に消え去ることのない傷を負った背中をそっと抱きしめると、言葉にならない声が流れ出す。
 「痛かったな。でも良く頑張ってくれた。お前は本当に強い男だ」
 前から分かっていたが、本当に心の底から憧れる強い男だと背中を撫で、長い長い嗚咽を零すウーヴェを抱きしめたリオンは、ウーヴェの声が続く限りそのまま抱きしめ続けるが、病室のドアを少しだけ開けたカスパルが涙を堪えつつ様子を見守っていることに気付かないのだった。
 やがて、子どものように泣き続けることで一時の興奮が収まったのか、ウーヴェの身体から力が抜け、腕に重みが掛かったことに気付いたリオンがそっと頬にキスをし、ベッドの角度を調整してウーヴェが寝やすいようにすると、ウーヴェの手がリオンのシャツをぎゅっと握りしめる。
 「大丈夫。お前が寝るまでずっと傍にいる」
 「夢・・・見る、の、イヤ・・・だ」
 「そっか。でもさ、手術もしたし疲れるだろ?ずっとこうしてるから、ちょっとだけ寝てみろよ」
 万が一お前の言う夢を見て飛び起きたとしても目を覚ませば俺がここにいるからと、鼻の先が触れあう距離で笑いながら告げたリオンを、心から信頼していると伝える代わりにウーヴェが目を閉じる。
 そのまま眠りが訪れれば良いと願うが、誘拐されている間の出来事がウーヴェの心身を壊すものだった為、目を閉じても何をしても眠りは訪れそうになかった。
 ウーヴェの様子に眠れないかとリオンが問いかけると、腕を回した肩がびくりと揺れて震える小さな謝罪が聞こえ、ゆっくり首を振ってウーヴェの閉ざされている瞼にキスをしたリオンは、謝るようなことじゃないしもちろん鞭で打ったりナイフで傷つけたり、ましてや無理矢理するようなことはしないと根気よく伝えてウーヴェの背中を抱きしめ、寝返りを打って痩せてしまった身体の下潜り込み、驚くウーヴェに悪戯が成功した子どもの顔で笑う。
 「鼓動を聞いていたら眠くなるって聞いたことがある。試してみないか、オーヴェ?」
 「・・・うん」
 リオンの誘いに躊躇った後に頷いたウーヴェは、リオンの胸に耳を当てるように顔を寄せ、強く規則正しく打つ鼓動に己の呼吸を合わせるようにゆっくりゆっくり呼吸を繰り返すが、不意に全体重を預けられたような重さに気付いたリオンがウーヴェの顔を覗き込むと、無精ひげが薄く生え窶れているウーヴェの顔にほんの少しの穏やかさを見いだす。
 己の鼓動に合わせて呼吸をしている内に眠くなったのか、そのまま静かに眠りに落ちたウーヴェの髪を優しく撫でたリオンは、一時のこの安穏が少しずつでも長くなり続きますようにと、ほとんど祈ることのなかった神にこの時ばかりは真摯に祈るのだった。

 

 夢を見たくないと言ったウーヴェが、リオンを信じることで何とか眠りに落ちたのを確かめた後同じようにリオンも眠ってしまっていたが、ふと何かに気付いて目を覚まし、ウーヴェを抱きしめたまま眠りに落ちてまだ2時間しか経過していないことを腕時計を見て気付く。
 何故こんな時間に目が覚めたと自問したリオンだが、腹の辺りに柔らかな何かが触れるくすぐったさと、腹よりも下、はっきり言えば股間が生温かな何かに包まれている事に気付き、眠気を一気に吹き飛ばす。
 「オーヴェ!?」
 何をしているのかを聞かなくても分かるそれに潜めた声でウーヴェを呼ぶと、リオンの股間に顔を埋めていたウーヴェが不思議そうに見つめてくる。
 「・・・こうしろと言われた」
 「─────!!」
 誘拐されていたのは一週間足らずだったが、その間常に誰かに尻や口を犯され、寝る間も与えられずにいた。
 その日々はもう昨日で終わりを迎えたのだと思っていたが、ウーヴェの中ではまだ悪夢は覚めていなかったようで、悪夢の中で良い子だと褒めた男達とは違ってその言葉が聞こえてこなかったことから、もしかして口ではダメなのかと上目遣いになると、リオンの手がそっとウーヴェの頬に宛がわれ、もうそんなことはしなくて良いと感情を堪える顔で告げられ、やらなくて良いのかと問えば小さな小さな声がうんと答える。
 「・・・でも・・・」
 「オーヴェ、約束しただろ。あいつらが教えたことは何一つ覚えている必要は無い」
 「・・・・・・」
 困惑した顔で俯くウーヴェの肩を抱き、髪に口付けつつあいつらよりも俺との約束を覚えていて欲しいと囁くと、約束とウーヴェがおうむ返しに呟く。
 「オーヴェがもしやりたくなったらすれば良い。でも、あいつらの命令でなら、する必要は無い」
 お前にやれと命じた男達はもう誰もいないし、しかもこれは命じられてするようなことじゃないとウーヴェの顔を上げさせてにやりと笑ったリオンは、良いのかと問われてうんと答え、小さな欠伸をする。
 「別にFKKで働いてる訳じゃねぇんだし。イヤな時にする必要も無いし俺は命令なんてしない」
 「・・・うん」
 「な、オーヴェ、今やりたいと思うか?」
 もう一度欠伸をしたリオンは、目を合わせて今もしガマンできずにセックスをしたいと思うのならご希望に応えるがどうだと問いかけると、激しく躊躇うように視線が左右に泳ぐが、身体のあちらこちらが痛いからイヤだと消え入りそうな小さな声が否定したため、うんと頷いてウーヴェの背中を抱き寄せて肩に頭を押し当てさせる。
 「リ・・・オン・・・?」
 「約束。────オーヴェがやりたいと思う時以外は絶対にしない。誰かにやれと言われることもない」
 「・・・う、ん・・・」
 「だからさ、オーヴェ。今はする必要はねぇ。もうちょっと寝ようぜ」
 まだまだ真夜中なんだからと欠伸を堪える顔で笑いかけたリオンは、さっきと同じように己の鼓動を聞きながら寝ろと囁くと、ウーヴェの身体から力が抜ける。
 そして、また先ほどと同じように一気に体重が掛かったことに気付くと、何とか片手でズリ下ろされているジーンズと下着を引き上げるが、穏やかな寝息を立てるウーヴェのこめかみにキスをし、叫びたい衝動を必死に堪える。
 もうそんなことをしなくて良いのだ。誘拐事件は終わりを迎え、もう誰にも強制されたり眠りを妨げてまでも抱かれる必要など無いのだ。
 その悪夢は昨日で終わりを迎えたのに、ジルベルトやルクレツィオが調教と称したそれがウーヴェの中に根付いてしまっているようだった。
 ウーヴェに対する嫉妬からウーヴェの自尊心を文字通り根刮ぎ奪い、命じられれば嬉々として何でもするペットのようにしたのだと気付くと、今頃地獄で悪魔達と踊っているだろうジルベルトやルクレツィオに対して滅多に感じない極低温の怒りを抱いてしまう。
 ただその怒りは憎しみに変貌せず、怒りは怒りで己の腹の納まるべき場所に納めようと深呼吸をする。
 ウーヴェの自尊心を奪い取ったというのなら、どれだけ時間が掛かろうとも二人でそれを取り戻せば良いのだ。
 ウーヴェのように職業でそれを行えるほどの知識も技術も無いリオンだが、ウーヴェを思う気持ちだけは誰よりもあった。
 その気持ちだけでどこまで突き進めるかは分からないが、ウーヴェに伝えたように傍にいて一緒に夜を越え朝を迎えたいのであれば出来る事だったしやらなければならない事だった。
 「・・・良いぜ、ジル。お前がオーヴェの自尊心を奪ったのなら、俺が取り返してやる」
 そして、俺が愛してやまない強く優しいウーヴェに戻るよう全力で守ると、今もウーヴェをそっと抱きしめながら宣戦布告をしたリオンは、ああ、そう言えば去年の秋もウーヴェの過去から忍び寄る陰にも同じ事を言ったと気付き、あの時には出来たのだから次も出来ると己を鼓舞すると、腕の中で微かに身動ぐウーヴェの髪にキスをし、看護師が起こしに来る時間までまんじりともしないでぐっすりと眠るウーヴェを抱きしめ続けるのだった。

 

 翌朝、ブラインドを開けても暗い冬の朝、朝食を病院スタッフが運んでくるが、目を覚ましたウーヴェは食欲がないのかいらないとやんわりと拒否をする。
 「腹減ってないのか?」
 「・・・いらない」
 「そっか」
 元々食に対して関心が薄いウーヴェだったため、疲れているし食欲がないのだろうとリオンが判断をして朝食を下げて貰うが、その時、床にリンゴが転がってしまい、スタッフが慌ててそれを拾い上げる。
 何気ないそのシーンだったが、リオンの腕の中で少し放心気味にそれを見ていたウーヴェの目が一瞬だけ光るが、次いで何かを必死に堪えるようにシーツが握りしめられ、リオンがどうしたと囁くと、何でもないと言う小さな声が返ってくる。
 朝食は食べないが水分だけは取っておいた方が良いと、置いていった水を飲んで口をしめらせたウーヴェにリオンが胸をなで下ろす。
 その後、カスパルの回診があり、手術をした左足や背中の傷の消毒、包帯の交換をされる間もウーヴェはリオンから離れようとはせず、その様子にカスパルが呆れそうになるが、それがただの甘えから来ているものではないと何となく感じてはいた。
 だから無理に離れろとは言わずにいたのだが、昼食の時にも顔を出したカスパルは、朝食と同じでいらないと言われた事を知り、食欲がないのかとリオンを見る。
 見られた方もここまで食欲がないのは珍しいと思いつつ、とにかく水とハーブティは飲んでいると返すが、固形物を口にしていない事は少し心配だとカスパルが腕を組んで溜息を吐く。
 「ミルヒライスも無理か?」
 「・・・一度試さなきゃ分からないなぁ」
 「そうか。好物はリンゴのタルトだな?」
 「あ、ああ、うん」
 熱を出したり寝込んだりしたときにも食べることの多いミルクで米を煮たデザートにもなる甘いそれなら食べられないかとカスパルが提案するが、どうだろうとリオンが返し、ベルトランのリンゴのタルトなら食べるかも知れないと気付いてカスパルに伝えると、後で誰かに買いに行かせると頷く。
 「とにかく、何か固形物を口にしないと危ないな」
 今日の夜も食べないとなれば点滴で対応するしかないと髪を掻きながらカスパルが溜息を零し、リオンも若干不安そうに頷くが、その腕の中でウーヴェは眠気に襲われているのかうとうととしていて、リオンが身動いだ刺激に飛び上がり咄嗟に頭を抱え込んで小さく悲鳴を上げたため、二人が顔を見合わせる。
 「・・・痛、い・・・っ!」
 「大丈夫だ、オーヴェ、もう殴られない。大丈夫だ」
 そのウーヴェの様子から、うたた寝をしているだけで鞭で殴られていた事に気付いたリオンは、蒼白な顔で見つめてくるカスパルの前で可能な限り穏やかな声で大丈夫と繰り返す。
 「オーヴェ、大丈夫。もう大丈夫だ」
 「・・・リオンっ・・・!」
 「うん。ここにいる」
 事件の最中もきっとこうしてリオンを呼んで大丈夫だと言って欲しかったのだろうと気付き、その願いを叶えるようにウーヴェのこめかみにキスをし、大丈夫と愚直なまでに同じ言葉を繰り返すと、ウーヴェの身体から緊張が抜けて寄りかかる重みがリオンに伝わる。
 「大丈夫だからな」
 リオンのその言葉に小さく頷いたウーヴェは、カスパルがいる今なら大丈夫だろうと囁いたリオンがベッドから抜け出した事に気付いて目を見張り、どこに行くんだと不安そうに問いかける。
 「約束してるから電話を掛けてくる」
 「リオンっ・・・!」
 「大丈夫、電話を掛けてくるだけ。すぐに戻る。アニキ、ちょっと頼む」
 だが、どれ程大丈夫と伝えてもウーヴェの中に芽生えた不安は大きなものだったようで、しがみつくように手を回してはなさなかった為、目を瞑ってくれとカスパルに片目を閉じたリオンは、その場で携帯を取りだしてまずヒンケルに報告をし、次いでギュンター・ノルベルトに電話をすると、すぐさまフェリクスの様子はどうだと聞こえたため、まだ食事をしないことを伝えると電話の向こうで息を飲む気配がする。
 訝りつつどうしたと問えば、あの事件の後も同じように食べることに対して興味を失っていたと教えられてそうかと納得するが、これがウーヴェが食事を拒否する本当の理由にリオンが気付くのを遅れさせることになるのだが、ベルトランのリンゴのタルトならば食べないだろうかと提案し、後で買いに行くとギュンター・ノルベルトが返すが、ベルトランにはもう少しだけ面会謝絶だと伝えて欲しいと頼み、訝りつつも了承してくれたことに感謝の思いを告げる。
 「ダンケ、兄貴」
 『ああ。・・・フェリクスを頼む』
 ウーヴェの背中を片手で抱きながらギュンター・ノルベルトと会話をし、通話を終えた携帯をサイドテーブルに置くと、ウーヴェがうたた寝をし始めた事に気付いて目を細める。
 これだけうたた寝をすると言うことは身体が余程疲れているのだろうが、先ほどカスパルも言ったように食事をしない事が心配だった。
 「リンゴのタルトでも無理なら点滴をしよう」
 「頼む」
 リオンの不安を己のものにしたようにカスパルも蒼白な顔で頷くが、ギュンター・ノルベルトがタルトを持ってくるのなら買いに行かなくても良いなと笑い、リオンも小さく笑って頷く。
 そして、ウーヴェが手術の麻酔から覚めて丸一日が経過した夜、ギュンター・ノルベルトに頼まれてリンゴのタルトを持ってきたヘクターと名乗る秘書に礼を言ったリオンは、彼の前でタルトを食べるかと問いかけるが、葛藤している顔でやはり要らないと返されて小さく溜息を吐く。
 「ベルトランのタルトだぜ?」
 「・・・いら、な・・・い」
 「そっか」
 お前が食べないなら俺が食うとリオンが苦笑してタルトを一切れ口にするが、間近でそれを見つめるウーヴェの腹から小さな音が響くだけではなく、喉仏が上下したことから、空腹を感じ食欲もある事に安堵しつつも何故と言う疑問が大きくなる。
 食べるかと差し向けても決して頷かないウーヴェに理由が分からず、仕方が無いと何度目かの溜息を吐き、ヘクターにせっかく持ってきて貰ったが持って帰ってくれと告げる。
 「ウーヴェ様、ギュンター様が心配しています」
 「・・・うん」
 その言葉に頷いたウーヴェは、疲れたから寝るといい、昨日からの新しい習慣のようになったリオンの胸に耳を宛がって目を閉じる。
 程なくして聞こえてきた寝息にリオンとヘクターが顔を見合わせるが、昨日からずっとこんな感じだと兄貴に伝えてくれと伝言をすると、ヘクターが無言で頷く。
 せっかく来てくれたのに悪い、いや、気にしないでくれとの短い会話を交わした後、出て行くヘクターを見送ったリオンは、好きなタルトでもダメだったかと溜息を吐くが、ウーヴェがひとまずは穏やかな眠りを得ている事に安堵するのだった。

 

 翌日の朝食もウーヴェは食べることをせず、さすがにこれはマズいと判断をしたカスパルが点滴で最低限の栄養を摂取できるようにするが、その点滴をウーヴェは嫌がることもなく素直に受け入れていた。
 入院してから何も食べていないことからウーヴェのやつれは進行していき、無精ひげも薄く伸びている為に、事件前のウーヴェを知るものからすれば信じられないほど弱っているように思えてしまう。
 カスパルが朝食とは別に食べられないかと思ってリンゴを持ってきてくれたりしたが、それも食べることをしなかった。
 傍にずっと付いていたリオンにはウーヴェの胃腸が上げる悲鳴のような音が聞こえていたため、身体は食べ物を欲しているのに何故食べないのかがずっと引っかかっていた。
 昼食ももちろん食べないために点滴を受けていたウーヴェは、ぼんやりと天井を見上げては溜息を吐き、覗き込んでくるリオンに何でも無いと小さく答えるだけだった。
 「な、オーヴェ、腹減ってるんだろ?何で食わないんだ?」
 入院三日目の午後、さすがに理由が思い当たらない事からリオンがベッドではなく椅子に腰掛けてウーヴェの腿に顎を乗せるように上体を曲げながら上目遣いに見つめると、ウーヴェの手がリオンの髪を撫でるが問いに答えることはなかった。
 「食欲の問題じゃないよな。何かあったのか?」
 食欲の有無ではないとさすがに察しているリオンが顔を上げてウーヴェに問いかけるが、ふと気になった事があると告げてウーヴェの目を覗き込めば、どうしたと優しく問い返されてうんと頷くが、脳裏に浮かぶ光景が想像すらしたくないようなおぞましいものだった為、頭を一つ振ってそれを追い払う。
 「いや、何でもねぇ」
 「そうか?」
 「うん、そう」
 それよりも点滴が終われば昼寝をするのかと聞き、素直に頷かれてリオンが伸びをする。
 「・・・俺もオーヴェと一緒に昼寝しようかなー」
 「うん」
 点滴という食事を終えれば一緒に昼寝をしようと笑い、ウーヴェの顔に小さな笑みを浮かべさせたリオンだったが、その目は笑っておらず、何事かを確かめたいという思いが宿っていた。
 普段のウーヴェならばリオンの言動の相違を見抜いているが、事件の傷も全く癒えていない上に空腹の今、そこまで読み取ることが出来ないでいた。
 だからリオンの胸に耳を当てて眠りに落ちたウーヴェが自然と目を覚ましたとき、いつ離れたのか、椅子でうたた寝をしているリオンに気付いて手を伸ばすが、その身体から何かが転がり落ちたことに気付く。
 「?」
 何か転がるようなものがあったかと、それが落ちた先を見るようにベッドで背中を浮かせたウーヴェは、艶やかな小ぶりのリンゴがベッドの足下に転がったことに気付き、ああ、リンゴかと苦笑するが、その傍、ベッドの影になる場所にここにはあり得ないものがある事に気付いて顔を強ばらせる。
 それは、犬や猫などが食事をする際に使用する皿と同じく水飲み用のボウルで、何故それがここにあると思うと同時に、エサを入れる皿にドッグフードが入っていることにも気付くと、更にウーヴェの顔色が悪くなる。
 ケージの中に閉じ込められていたとき、時間が来れば食事を与えられていたが、それは今そこにあるものとよく似た形の器に無造作に盛られていたドッグフードで、常にボウルに満たされたスポーツドリンクを飲まされていた。
 その光景が自然と蘇り、もうそんなものを食べなくても良いのだ、今は病院にいて好きなものを食べて良いはずだと己に言い聞かせるが、つい最近の真新しい過去と二十数年以上昔の光景が重なり合い、お前のような生まれてくるべきではなかった駄犬はドッグフードを食べさせて貰えるだけでも喜べと複数人の男女の声に嘲笑されてしまう。
 シーツを握りしめて何かを必死に堪えているウーヴェだったが、ドッグフードと水が満たされたそれを見下ろしている内に空腹の限界を通り越えた身体が動いてしまい、リオンを起こさないように抜け出して左足を引きずりながらベッドを回り込んで皿の前に這いつくばり喉を上下させたかと思うと、ドッグフードが盛られた皿に顔を突っ込み小さな音をさせてそれを食べ始める。
 犬や猫のようにカリカリと音をさせてドッグフードを無心に食べ続けていたため、己の想像が的中したことに絶望すら抱いている顔でじっと見下ろしてくるリオンに気付かず、喉の渇きから水を飲んでいる時に名を呼ばれて文字通り飛び上がってしまい、器をひっくり返して床に水をぶちまけてしまう。
 「・・・・・・やっぱり腹減ってたんだよなぁ」
 「!!」
 降ってきた悲しい声にウーヴェが恐る恐る顔を上げると、そこには悲しげに眉を寄せてじっと見つめてくるリオンがいて、己が何をしていたのかをリオンの表情から気付いたウーヴェの顔から一気に血の気が失せる。
 「あ・・・ぁ・・・」
 「ごめんな、オーヴェ。気付けなかった」
 まさかと思って用意したが予想通りだったかと、己の想像力に無性に腹を立てたようなリオンが悲しそうに笑ってウーヴェに謝罪をするが、何かを伝えようとウーヴェの口が開くものの、出てくるのはあぁだのうぅだのという、発声障害が出ているのかと言いたくなるような音だけだった。
 そんなウーヴェに頷いたリオンだったが、ウーヴェの前に胡座をかいて座り込んだかと思うと、転がっていたリンゴ-これはリオンがわざと転がしたもの-を手に取り、ジーンズで表面を軽く拭き取ると、手の中で二度三度と弾ませる。
 「ケージの中にドッグフードを入れるような皿があったなーって。もしかしてドッグフード食わせてたんじゃねぇのかなって思ってさ」
 お前が寝ている間に用意しておいたと苦笑するリオンにただ蒼白な顔で小刻みに震えだしたウーヴェだったが、リオンが怒らねぇよと自嘲気味に呟いたため、その顔を覗き込むように見つめると、ジーンズで磨いたリンゴをウーヴェの前で囓って白い歯を見せる。
 「腹減ってるならさ、ドッグフードじゃなくてお前の好きなリンゴを食わないか?」
 「あ、ぅ・・・」
 「うん。ほら、ちょっと食ってみろよ」
 リンゴのタルトに使えば絶品とまではいかないがそれでも美味いリンゴだぜと、己が囓った方とは別の面をウーヴェの前にそっと突きだしたリオンは、ウーヴェの手が震えながらも上がり、己の手に添えられたことに気付いて満面の笑みを浮かべる。
 「美味いぜ」
 「う・・・、ぅ、あ・・・」
 「うん。俺ももうちょっと食いたいけど、お前が食ってくれるなら諦める」
 だからほら一口食べてみ、と、笑顔で促されてウーヴェが手に爪を立てるように握りしめ、その痛みを顔に出さないで堪えるリオンの前でリンゴに齧り付く。
 「お前の好きなリンゴの味がする?」
 お口に合えば良いんですがーと笑うリオンの前、ウーヴェが一口二口と床に座わりこんだままリンゴを食べるが、それが誘い水になったのか、口の周りを果汁で汚しながら必死にリンゴを食べて喉を上下させたことにリオンが安堵の溜息を零す。
 「もっと早く気付いてたら点滴なんかしなくてもよかったのにな」
 リンゴの半分近くを食べたウーヴェが掠れる声でリオンを呼び、呼ばれた方もうんと頷いてウーヴェの頬を流れ落ちる涙と口の周りの果汁を伸ばしたシャツで拭って両手で頬を挟んで額を重ね合わせ、あーあー、せっかくの美人さんが台無しだと笑う。
 「床の上でしか食えないんだったらそれでも良い。でもオーヴェは犬じゃねぇから、リンゴを食べるならちゃんと手を使って食べよう」
 だから、事件の時に与えられていたドッグフードだけが食事だなんて考えは消し去って、お前の好物やその時々に食べたいものを一緒に食べよう。
 ウーヴェがリンゴを食べたこと、それだけが嬉しいというように笑うリオンに、涙や鼻水、リンゴの果汁で顔中を汚しながら頷いたウーヴェだったが、約束と囁かれてリオンに抱き寄せられたことに気付き、先日と同じように長い長い嗚咽を零す。
 「また一つ約束が増えたな、オーヴェ」
 これからまだまだいくつも約束をすることになるだろうが、一つ一つ二人で決めたそれを守っていこう。そして気がつけば約束を忘れてしまえるようになろう。
 リオンの言葉にただ頷いたウーヴェは、リオンのシャツを涙で湿らせてしまうが、己のこんな姿を見ても笑うでも怒るでも呆れるでもなく受け入れ、その上でもうこんな悲しいことをしなくて良いと優しく教えてくれる、まるで幼い頃に父を見て感じていたような度量の大きさに気付き、その胸で子どものようにまた涙を流すが、それすらも受け入れてくれているのだと気付くと、次から次へと涙が溢れてしまう。
 「ア────っ・・・!!」
 「うん。もう分かったから泣くなよ」
 しがみつくように腕を回すウーヴェの背中を撫でて苦笑したリオンだったが、ウーヴェの腕を取ってその顔を覗き込み、顔から出るもの総てを流しているその様子にいけないと思いつつもつい笑ってしまう。
 「っ!!」
 「ああ、悪ぃ。だってさ、オーヴェ、クララみてぇに泣くからさー」
 それは、リオンの出身の孤児院に預けられている三歳の幼女のことで、滅多に泣かないが泣くと全身全霊でもって悲しみを表現し、涙に鼻水涎まで垂らして泣くため、気の毒だと思いつつも豪快に泣くその姿をついついいつまでも見ていたくなるのだと笑い、ターコイズ色の双眸を左右に忙しなく泳がせるウーヴェの鼻先にキスをし、もう一度決して逆らえない強さで抱き寄せたリオンは、悔しそうに背中を一つ殴られた痛みに小さな悲鳴を上げるが、救出してから初めて見たウーヴェらしい行動だったことに自然と笑みを浮かべてしまう。
 「ごめんごめん、お願い許してオーヴェ」
 「・・・う、る・・・さ・・・っ・・・!」
 二人でいる時もそうでない時も幾度となく繰り返したその言葉、それがウーヴェの口から途切れ途切れに聞こえてきた事が嬉しくて、オーヴェ大好き愛してると告白すると、ウーヴェの顔がリオンを真っ直ぐに見つめたため、背筋を伸ばして同じように見つめ返す。
 「こん、な、俺、でも・・・生きてて、も・・・?」
 「うん。俺と一緒に生きよう」
 「今みたいに・・・あ、あんな・・・こと、も・・・」
 約束をしても何かの拍子に這いつくばって食べてしまうかも知れないと、蒼白になりながら問いかけるウーヴェの額にキスをしたリオンは、うん、分かってると頷き、ウーヴェが愛する笑みを浮かべる。
 「それでも生きようとしてくれるオーヴェが好き。やっぱりお前は本当に強い男だ。さすがにあの親父や兄貴の血を受け継いでるだけはある」
 ヘクターという男がタルトを持ってきて以来、どれほど心配しようともリオンからの連絡を自宅で待つことが出来る我慢強さと信じ切ろうとする心は、柔軟さを取り入れてお前の中に根付いているのだと憧憬の眼差しで語るリオンにウーヴェが目を瞠る。
 「これからもさ、ずっと手を繋いで同じベッドで寝て、美味いメシを作って一緒に食おうぜ、オーヴェ」
 「・・・スクランブル、エッグ・・・?」
 「そう!レバーケーゼのスープも。そのお礼に、お前の好きなコーヒーとミルクが半分ずつのカフェラテを毎朝作る」
 交換条件でどうだと笑うリオンに釣られたのか、ウーヴェが小さな小さな笑みを浮かべるが、笑った拍子に目尻に溜まった涙がこぼれ落ち、それがウーヴェの心の中で芽吹いた変化に水を与えたようで、震える指先でリオンの頬を撫でたかと思うと、誘拐されて以降初めて心からの笑みを浮かべる。
 「うん」
 「────オーヴェ・・・っ」
 ウーヴェのその笑顔がリオンにも伝播するが、リオンの肩が震えて顔が伏せられたため、ウーヴェが覗き込もうと前屈みになると、胡座をかいたジーンズの上に濃い染みが一つ二つと出来ていく。
 「リオン、リーオ・・・っ・・・一人にして・・・悪かった」
 その涙を見たウーヴェは、あんな情けない姿を見せてまでも生きて良いのかと悩んでいたが、その間、ずっとリオンは前と変わらないどころか前よりも度量の広い態度で己を守り、事件が今以上に酷い過去となって蘇らないようにと手を打ってくれていたのだと気付くと同時に、ウーヴェが誘拐されてから今までの間、何よりも苦手な一人きりの時間を過ごさせていたのだとようやく気付くと、微かな安堵の嗚咽を漏らすリオンの頭を震える手で抱き寄せる。
 「オーヴェ・・・・・・っ!!」
 ウーヴェが抱き寄せて悪かったと何度も繰り返している事に気付いたリオンは、ずっとずっと堪えてきた思いを抑えることが出来ず、ウーヴェの背中の傷を忘れて腕を回してきつく抱きしめてしまう。
 腕の中で聞こえるウーヴェの微かな痛みの声に気付きつつも力を緩められず、涙も抑えられなかったリオンだったが、そんなリオンをウーヴェの手が宥めるように広い背中を撫でる。
 リオンの感情の高ぶりが一段落ついた頃、ウーヴェが患者が着る服の袖でリオンの顔を撫でて涙を拭いてやると、照れ笑いを浮かべた子どものような、だがそれ以上に、晴れ上がりの青空のような笑みが浮かび上がる。
 「オーヴェ、俺のオーヴェ。Du bist mein Ein und Alles.」
 監禁されている時のビデオ通話でモニター越しに聞かされた告白を吐息が届く距離で告げられたウーヴェは、一度目を閉じて深呼吸をした後、ゆっくりと目を開けてリオンを見つめると、もう一度、リオンと同じような笑顔でうんと頷く。
 「────リオン、リーオ・・・俺の、太陽・・・・!」
 「うん」
 随分と久しぶりに聞いた気がするとリオンが笑いウーヴェも照れたように笑うが、どちらからともなく顔を寄せると、今だけはなにも考えずにそっと震える唇を重ね合わせる。
 「・・・あぁ、オーヴェだ」
 一度離れた唇の間に吐息とともに零れたその言葉にウーヴェがうんと頷くと、リオンの頬を両手で挟んであの時の言葉は間違いではないと伝えるようにキスをする。
 欲よりも情を重ねたようなキスを交わし、満足してそっと離れると、リオンがウーヴェの手を取って立ち上がらせる。
 床にひっくり返ったボウルと水を片付けないといけないとリオンが苦笑し、タオルで軽く拭くと伝えたあと、ウーヴェをベッドに寝かせるために再度横抱きにする。
 「リオン、大丈夫だ」
 「俺がやりたいのー」
 俺のやりたいことの邪魔をするなと笑うリオンに眉尻を下げたウーヴェだったが、ベッドに寝かせると言ってもベッドはすぐ傍にあると告げると、それ以上無粋なことを言うなと睨まれてしまう。
 上目遣いでリオンを見上げ、そっとそっと、貴重品を扱う手つきでベッドに下ろされたウーヴェは、明日の朝食は食べてみると伝え、感情の露出で疲れた身体が眠りを求めている事を欠伸で伝えると、リオンが椅子を引いてここで見守っているからと伝えるが、ウーヴェの目尻が少しだけ赤くなり、お前の胸の音を聞きたいと告げられて目を瞠る。
 「ああ、そうだったな」
 「・・・うん」
 「はいはい」
 俯くウーヴェに仕方が無いんだからーと陽気な声で告げてベッドにもぞもぞと入り込んだリオンは、すぐさま寄りかかってくる訳ではないウーヴェに苦笑し、肩を掴んでそっと引き寄せると、頬が胸に宛がわれる。
 「おやすみ、オーヴェ」
 「・・・うん」
 「夢を見ても俺がいるから。大丈夫だよな」
 「うん」
 短いやり取りをし、寝るにはまだ早い時間だったが、身体が疲れているのだからとウーヴェを甘やかすようなことを囁き、己の鼓動に合わせて穏やかな寝息を立て始めたウーヴェのこめかみにキスをすると、何事かを決意したような顔で天井を見上げ、そっとドアを開けて足音を立てずに入って来る主治医に大きな山は越えた気がする、後は検査結果だけが心配だと伝えて大きな欠伸をするのだった。

 

 Back | Glück des Lebens -Heavenly Blue- | Next


2017.07.09
そんなお前と一緒に、生きていこう。


Page Top