Glück des Lebens-Heavenly Blue 12-

U¨ber das glu¨ckliche Leben(UGL) -Lion & Uwe -

 誘拐事件発生から6日後の早朝、行方不明になっていたドクターが発見され、誘拐並びに殺人未遂とフランクフルトでの元刑事の殺害犯は全員死亡した事を警察が発表し、マスコミ各社が朝一番のニュースで伝えた結果、事件現場の家がある小さな町はひっくり返ったような騒動に包まれていた。
 ニュースで事件解決が報じられたが、犯人が人身売買の組織の一員であることからマスコミに対しては警察発表を待てと強硬な姿勢で臨み、それに反発するマスコミが密かに事件現場の家の取材を行おうとしていたが、被害者のドクター-不可思議なことに一度たりともマスコミなどに性別や氏名は公表されなかった-の取材を試みようとしただけで新聞社の上の方から取材の中止を命じられたりしていたのだ。
 不可解な停止命令に従いつつも、人身売買組織についての取材は許可が下りている為、そちらからのアプローチを図る者もいたが、いずれも今回の誘拐並びに殺人未遂事件についての取材は被害者に辿り着くことすら出来なかった。
 二年前の事件に関係する事からマスコミもメディアも当初は盛り上がりを見せていたが、被害者が公表されないこと、警察も特に事件の進展を報告することもなかったため、いつしか事件は人々の記憶から忘れ去られ、犯人が死亡、誘拐されていた被害者は無事発見という一報に、一体何の話だと眉を顰めて数日前の記憶を掘り起こさなければならない程だった。
 情報が出てこない事件を追いかけても市井の人々の注目を得られないことから、大手と言われる新聞社は事件の報道について小さくしか発表せず、ゴシップ誌なども二年前の事件を中心に記事を書くしか出来ないでいた。
 その中での事件解決の報はマスコミを一応は動かしたが、取材に対する警察の厳しさ、口の硬さに閉口し、警察発表をそのまま掲載するだけだった。
 今日も家人が用意した新聞を逐一チェックをしていたレオポルドは、ここ数日心配のあまり食欲が落ちて塞ぎがちになっている妻の溜息を聞き、同じように溜息をついてしまう。
 だがそんな二人に、今リオンが必死に頑張っているのだから信じて待ちましょうと、努めて気丈に振る舞う娘の言葉に父も母も頷いて同意はするが、それでも心配は心配だと母が呟いたため、娘も同じ気持ちだと伝える代わりに二人の前のソファに腰を下ろし、信じて待ちましょう、マスコミも父さんが手を回している為に警察発表以外は掲載していないのだから、そこからあの子の身に危険が及ぶことは無いと、母の手を取って撫でる。
 その時、父の携帯が着信を知らせた為、こんな早朝に誰だと三人が顔を見合わせるが、ほぼ同時に同じ考えを思い浮かべたのか、レオポルドが慌てて携帯を耳に宛がう。
 「リオンか!?ウーヴェが見つかったのか!?」
 おはようの挨拶よりも先に出た言葉がウーヴェを気遣うものだったのは当然で、電話の相手がリオンで、ウーヴェを救出し今病院に搬送した所だと教えられて無意識に安堵の溜息を零す。
 「見つかったか・・・・・・!」
 レオポルドの言葉にイングリッドとアリーセ・エリザベスが顔を見合わせると同時に互いに手を伸ばし合って聞かされた言葉に祈るようにレオポルドの顔を見つめる。
 「・・・何だと?」
 「レオ・・・・・・?」
 ウーヴェが無事に発見された言葉をリオンから聞かされたレオポルドだったが、次いで聞かされた言葉に言葉を失い、ソファに力なく座ってしまうが、可能ならば誰か病院に来て欲しいとリオンに頼まれてもすぐさま返事は出来ない程だった。
 「父さん?」
 アリーセ・エリザベスの声に我に返ったレオポルドは、電話の向こうのリオンも訝るような声で呼びかけている事に気付き、短く詫びた後に病院の名前を聞こうとするが、気が動転している今聞いても覚えていられない可能性があるからと、家人を呼んでメモを取らせる。
 リオンが告げたのは、ウーヴェのクリニックで事務をしている女性が入院している病院で、そこではウーヴェの大学時代の友人が医師として勤務している事、その友人、カスパルが今執刀している事だったが、家人にメモを取らせたレオポルドは、手術をしているのかとイングリッドに問われて何度も頷き、とにかく準備ができ次第病院に向かうが、お前はどこにいると問いかけ、誰かが来るまでは病院にいるが、少しやり残していることがあるのでそれを終わらせたいと言われて頷く。
 「分かった。なるべく早く向かおう」
 『頼む、親父』
 リオンの珍しく憔悴しきっている声にレオポルドが心配そうに名を呼ぶが、気丈な笑い声が小さく響いた後、あんたの息子を守れなかったと言う、歯軋りの奥から響く悔恨の言葉にレオポルドが拳を握る。
 「馬鹿なことを言うな、リオン。詳しい話は後でする。とにかく、病院に行くから待っていろ」
 『Ja.』
 通話を終えた携帯をテーブルに投げ出し、家人が書いたメモを読んだレオポルドは、イングリッドとアリーセ・エリザベスが不安の極地にいるような顔で見つめてきた為、盛大な溜息を吐いて口ひげを指で撫で付ける。
 それは、酷く興奮している時や狼狽している時に父が見せる癖だとアリーセ・エリザベスは気付いていて、どうしたのと重ねて問いかけて父の横に座り直すと、無意識に肩を抱かれてこめかみに口を寄せられる。
 「父さん?」
 「・・・さっき病院にウーヴェが搬送されたそうだ」
 「良かった・・・・・!」
 「ただ、背中と腰に酷い傷があって、その傷の経過次第では皮膚の移植をした方が良いかも知れないとのことだ」
 レオポルドの言葉にイングリッドの顔にようやく明るい表情が浮かぶが、次いで聞かされた言葉に一瞬で青ざめてしまう。
 だが、それも次にレオポルドが震える声で告げた言葉に比べれば衝撃は小さなもので、杖が必要になると聞かされて意味が分からないと首を振ったイングリッドが、アリーセ・エリザベスとは逆の場所に腰を下ろし、レオポルドの腿に手を置いて苦悩する夫の横顔を見つめる。
 「レオ、教えてちょうだい」
 どんなことでも聞くから教えて欲しいと、長年夫婦として連れ添ってきている事からかなり良くないことがウーヴェに起きたと想像したイングリッドは、左足の踝から先が最も酷い傷を負っていて、機能の回復は見込めないこと、ウーヴェ次第では杖になるか車いすの生活になるとリオンが教えてくれたと、イングリッドの肩を抱いて悲嘆の声で告げたレオポルドの左右から息を飲む音が聞こえ、次いでイングリッドが両手で顔を覆い隠してしまう。
 「ウーヴェ・・・!!」
 誘拐されてから6日の間、起きている時はもちろん、夢の中でも声を涸らして探し続けていたウーヴェが救出された事は嬉しかったが、誘拐されている間に何をされたのかの一端を知らされたレオポルド達は、事件は解決に向かっているが、被害者であるウーヴェが事件に向かい合い立ち直るための長い長い時間がこれから始まるのだと、二十数年前のあの事件の後にも感じた絶望感を再び味わってしまい、三人とも言葉を失ってしまう。
 そんな重苦しい沈黙が広いリビングに充満した時、ドアが開いてギュンター・ノルベルトが出勤の支度をしつつ姿を見せる。
 ウーヴェが誘拐されてから、誰よりも心配していたのはギュンター・ノルベルトで、自宅ではなくこちらの方が情報が入りやすいとの判断で父の家で寝泊まりしていたのだ。
 「おはよう。どうしたんだ、父さん?」
 三人の様子がおかしいことに首を傾げ、何があったと傍に控えていた家人に問うと、躊躇った後に、ウーヴェ様が救出されて今その病院で手術を受けていると教えられ、三人の傍に駆け寄る。
 「手術?どういうことだ?」
 「・・・ノル、これから病院に行くから、一緒に行きましょう」
 その時に私から話をするとアリーセ・エリザベスが涙を拭いながら兄に告げると、それは俺の役目だと父が溜息をつくが、とにかく今すぐ病院に向かう、お前も用意しろと息子に告げた父は、意味が分からないと顔を顰めるギュンター・ノルベルトの肩を一つ叩き、詳しい話は車の中でする、とにかく行くぞとだけ告げ、誰の反論も許さない態度で廊下に出ると、最も信頼しているブルーノの名を呼びつつ病院に行くこと、来客があっても留守だと言って追い返せと他の家人にも命じ、悲嘆しているヒマはないと己に言い聞かせるように大股に書斎に向かう。
 本棚やデスクに飾った昔から今までの中で、つい先日ウーヴェが穏やかな顔でリオンと一緒に並んで笑っている写真が撮れたと、ベルトランから教えられて写真としてプリントアウトしてくれたものを手に取ると、グッと胸に宛がって大丈夫だと繰り返す。
 レオポルドのそんな姿はイングリッド以外に見た者はおらず、今もまたそっとイングリッドがドアを開けて入って来たため、写真の代わりに妻をきつく抱きしめる。
 「レオ、大丈夫よ。あの子は、ウーヴェは大丈夫よ」
 だから今ここで心配して苛々しているのではなく、病院に行って詳しい話を聞きましょうと夫の広い背中を撫でた妻は、その通りだなと前向きな返事をくれる夫に胸を撫で下ろし、家人が車の用意が出来たこと、ギュンター・ノルベルトもアリーセ・エリザベスも待っていることを教えられてもう一度妻の背中を抱いたレオポルドは、行くかと顔を上げた時には、危機に立ち向かう逞しい男の顔になっていて、イングリッドもそれに安心して頷き、そっと夫の腕に手を回すのだった。

 

 ブルーノが運転する車で病院に駆けつけたレオポルドら一家は、国内でも有数の大企業の会長と社長が血相を変えてやってきた事に何事かと訝る通院患者や関係者らを一切無視し、救急外来専門の待合室へと向かうと、そこで長い足を投げ出し、ぼうっと天井を見上げているリオンを発見する。
 「リオン!」
 レオポルドの声にリオンの身体が浮くほど驚いた様で、音がしそうなほどゆっくりと首を巡らせて待合室のドアの前で仁王立ちになるレオポルドに気付くと、一瞬泣きそうな顔になるが、己の頬を両手で叩いて気分を切り替えたのか、レオポルドの後ろで不安そうに見つめて来るイングリッド、アリーセ・エリザベス、そしてギュンター・ノルベルトの顔を順番に見つめ、ウーヴェをついさっき救出したが、今足の手術を受けていますと告げると、待合室のベンチに皆を案内し、自分はその前に立って腰の上で手を組む。
 「左足が動かなくなると聞いたが、どういうことだ?」
 「・・・オーヴェの大学の友人で今執刀しているカールが診た感じでは、何か金属製の工具で複数回殴られた結果、左足薬指を中心にした粉砕骨折と、踝上をナイフで深く切られた事によるアキレス腱断裂で、リハビリをしても機能の回復は見込めないそうです」
 「複数回殴られた・・・・・・!?」
 「Ja.・・・アリーセは知ってると思うけど、オーヴェの左足薬指には、俺が買ったリザードのトゥリングがあった」
 それを、事情は分からないが犯人が壊すか取り上げようとしたため、ウーヴェが抵抗をしたのだろう、それによって取り上げるのではなく足ごと壊されたのだと、腰の上で爪が掌に食い込むほど手を握りしめたリオンは、淡々と事件の報告だけをするが、何故それが分かるとギュンター・ノルベルトに問われて伏し目がちになる。
 「あのリングは、俺と一緒に買いに行ってから、ずっと外さずにいた」
 シルバーだから本当は外した方が良いのに、シャワーの時ですら絶対に外さないと告げたウーヴェが笑った顔が脳裏に浮かび、限界まで手を握りしめる。
 「・・・あと、お前が言っていた検査とは何だ?」
 「・・・アリーセとムッティがいるから詳しくは言いたくねぇけど・・・病気の検査だ」
 「それは分かる。何のためだと・・・・・・」
 「ギュンター、それ以上言うな」
 ギュンター・ノルベルトが総てを話せとリオンに詰め寄るのを溜息一つと低い声で押しとどめたレオポルドは、それが何を意味するかが分からないわけじゃないだろうと息子を見つめ、見られた方も理解したのか蒼白になってベンチの背もたれにもたれ掛かる。
 「・・・可能な限り検査をしてくれるとカールも約束してくれたけど、後は背中と腰の傷だ」
 「ああ、それはさっきお前が言っていたな」
 「Ja.背中はナイフによる裂傷と鞭による殴打痕が酷くて、右腰の広範囲にナイフの傷跡がある」
 「それは?」
 「・・・さっきの検査に関わってくる事、だ」
 それ以上は出来れば言いたくないと断り、察してくれとギュンター・ノルベルトを見つめたリオンは、やるせない溜息を吐いて頷く彼に胸を撫で下ろし、大きな外傷はそれだけだが、外傷よりももっと心配なことがあると重苦しく伝えると、二十数年前の事件を思い出しているような顔でイングリッドやアリーセ・エリザベスが顔を見合わせる。
 「・・・実は、一昨日、オーヴェとビデオ通話をすることが出来た」
 「なんだと・・・!?」
 その事実を何故被害者の家族に報告しないとギュンター・ノルベルトが声を荒げた時、限界に達していたリオンが握りしめた拳を額に宛がい、オーヴェがレイプされている動画など見せられる筈がないだろうと小さく叫び、家族だからこそ見せられないものもあるとも叫ぶと、ギュンター・ノルベルトが、リオンが隠し通そうとしていた事実を己の手で暴露させてしまった事に気付き、口元を手で覆ってベンチに力なく座り込む。
 「ボスや同僚達に見せたのは居場所を特定する必要があったからなんだよ!そうでもなかったらあんな姿・・・あんな動画、誰にも見せる訳がねぇ!」
 待合室中に響く声にギュンター・ノルベルトは最早何も言わず、更に重苦しい沈黙が室内に降り注いだ時、レオポルドが溜息交じりにリオンを呼ぶ。
 「リオン、・・・良くそれを見届けてくれたな。お前も、いや、お前が一番辛かっただろう。良く堪えてくれた」
 数日前のリオンの焦り、苛立ち、不安の総てを見抜いているようなレオポルドの言葉にリオンがグッと唇を噛み締めるが、言い過ぎましたと反省の言葉を伝え、イングリッドが小さく首を振って否定する。
 「あなたはあなたの出来る事をやっているだけ。だから反省などしなくて良いわ。でも、ギュンターが心配していることも分かってあげて」
 「うん・・・分かってる、ムッティ。・・・・・・兄貴、言い過ぎた」
 「いや・・・俺も、言い過ぎた」
 互いに思うのはウーヴェの無事だったはずだが、ここで口論をしても仕方が無いと気付いたのか、ギュンター・ノルベルトが顔を上げて悪かったと言葉ではなく差しだした手でリオンに伝えると、同じくその手を握り返すことで謝罪を受けてくれる。
 「そのビデオ通話で分かった事だけど、腰の傷は・・・回数を数えるために切りつけられたものだった」
 「────!!」
 「オーヴェが監禁されていたのは地下室のケージの中。大型動物を飼育する時に使うようなケージだった」
 救出のために突入した家の様子をぽつりぽつりと伝えると、ギュンター・ノルベルトがリオンの肩を抱いてベンチに座らせ、無言でくすんだ金髪に手を載せる。
 その仕草、温もりがさすがは兄弟だというようにウーヴェとそっくりで、込み上げるものを堪えながら、首輪と手首の拘束を常にされていたからあの事件の時のように痣になるかも知れない、そうなってしまえばまた壁をつくって閉じこもってしまうのが怖いから、そのビデオ通話を全部見ていた事を伝えたと、口を閉ざすだけではなく心まで閉ざされる事への恐怖の方が、レイプされているのを見る腹立たしさよりも大きかったと素直に告白し、自分も知っているのだから誰にも秘密にはならない、だから以前のように自分の中に閉じ込めたりはしないだろうと、この時になってようやく小さな笑みをリオンが浮かべると、ギュンター・ノルベルトの大きな手がくしゃくしゃと髪をかき乱す。
 その手の温もりに首を傾げて逃げるように頭を振るが、それでも優しく撫でてくれたため、リオンの中で張り詰めていた何かがぷつりと切れてしまう。
 「オーヴェ、オーヴェ・・・・・・っ!!」
 はぁ、と湿った息を吐き、ウーヴェの名を繰り返し繰り返し呼ぶリオンに誰も何も言わずにいたが、ただギュンター・ノルベルトだけがリオンの頭を撫で続ける。
 お前のせいだと何故責めたりしないのかとの思いが再び芽生え、どうしてそんなに優しいんだと呟くと、ギュンター・ノルベルトがやや躊躇った後に苦笑し、あの子が愛して信頼している男をどうして責められるんだと、アリーセ・エリザベスが告げたこととまったく同じ言葉を告げられ、拳を握ってきつく目を閉じるが、堪えていたものを吐き出した事で少しだけすっきりしたのか、リオンが腕でぐいと顔を拭った後、トイレに行ってくると言い残して待合室を飛び出してしまう。
 その様子に呆気に取られていた四人だったが、言い過ぎだとアリーセ・エリザベスが兄に詰め寄り、分かっているからもう言わないでくれと兄がげっそりした顔で妹を宥めに掛かる。
 少しして戻って来たリオンの顔は羞恥に赤く染まっていたが、ウーヴェの手術が終わるまでまだ少し時間があること、その間に犯人の検死に立ち会うことを告げ、返事を聞くよりも先に待合室を再度飛び出して行ってしまう。
 「・・・ここで待っていろと言う事か」
 「そう、だな」
 リオンが出て行ってしまった今、ここで待っているしかないと苦笑するレオポルドにギュンター・ノルベルトも似たような顔で頷くが、静かにドアが開いたかと思うと、現場からこちらに駆けつけたコニーが目礼しつつ入って来る。
 「コニーと言ったな。リオンなら今飛び出して行ったぞ」
 「Ja.司法解剖が行われる病院で警部が呼んでいるので、俺が代わりに来ました」
 リオンの同僚でコニーと言いますと自己紹介をした彼は、皆の視線が集中することに気付いて先程のリオンのようにベンチの前に立ち、今回の事件について現時点で分かっている事を報告しますと告げると、夕刊で詳細が報道されるでしょうが、今回のドクの誘拐事件とフラウ・オルガの殺人未遂事件は、元刑事で私たちの同僚でもあったジルベルトとその幼馴染みで人身売買組織のトップに立つルクレツィオの二名が中心になって起こした事件で、誘拐事件発生前にフランクフルトで元刑事であり組織の一員でもあったロスラーの殺害事件もこの二名が起こしたものだと告げると、皆の顔にやるせない表情が浮かぶ。
 「リオンが言っていたが、ウーヴェは、その・・・」
 「Ja.ドクの監禁についてはフィレンツェから連れてきた部下二名と旧知の仲だった男も共犯です」
 「その男は?」
 「デザイナーズドラッグを大量に投与された為、意思の疎通が出来ません」
 「つまりはドラッグによる口封じか」
 「Ja.・・・リオンがジルベルトに、その男に事件について証言させる必要がある、だから殺すなと言ったので殺さなかったようです」
 ただ話をされると困るので、意思疎通できないように薬を過剰投与して脳の破壊をしたようですとコニーが溜息をついて答えると、レオポルド達の口からも溜息が零れる。
 「マスコミには人命が掛かっている事を伝えておいたが、またぞろ過去の事件も掘り起こされかねないな」
 「そうですね」
 「新聞社の友人に声を掛けておこう。もう事件は終わった、今回の事で誰も得をする者などいないと伝えておく」
 レオポルドの言葉にコニーが不本意そうに頷くと、ギュンター・ノルベルトが己の携帯を取りだし、マスコミの報道が過熱しないよう-どころか、被害者の名前を新聞やニュースで流すことすらさせなかった事を伝え、取りだした携帯で最も信頼する秘書に電話を掛ける。
 「ああ、ヘクターか?新聞社のゲープに連絡を取ってくれ。ああ、この間と同じ事だが、俺から直接話をしておこうと思ってな」
 『了解しました。すぐに連絡を取ります』
 「ああ、頼む。今病院にいる、当分の間、俺と会長の予定は総てキャンセルをしてくれ。重要な会議は副社長に出席してもらう」
 『分かりました』
 ウーヴェが救出されて手術している時に仕事の話などしていられないと、本音を隠さないでヘクターに告げたギュンター・ノルベルトは、コニーが驚いた様に見つめている事に気付き、肩を竦めて大切な弟なのだと告げると、理解しているように頷かれる。
 「まだドクの手術は終わらないようなので、私は少し事務連絡をしてきます」
 「ああ。俺たちはここにいるから何かあればここに来てくれ」
 「了解しました」
 コニーがでていくのを見送り家族だけになった瞬間、アリーセ・エリザベスがギュンター・ノルベルトの肩に寄りかかるように身を寄せるが、程なくして顔を伏せてシャツを握りしめる。
 「フェル・・・!!」
 どうしてフェルがそんな目に遭わなければならないの、リオンと一緒に幸せになろうとしているだけじゃないと、感情に震える声で誰にともなく問いかけると、幸せになる為の試練かなと、ギュンター・ノルベルトがいつもの敏腕社長の顔など見る影もない、落ち込んで不安そうな目で呟く。
 「・・・ウーヴェもだが、リオンも可哀想にな」
 最も辛い動画から目を逸らさなかった事は称賛に値するが、本心はかなり荒れていたのではないかとリオンの心裡を思ってレオポルドが重い溜息を吐くと、イングリッドがそっと身を寄せる。
 「あの二人なら・・・きっと乗り越えるわ」
 「そう、だな。ああ、きっとそうだ」
 妻の言葉に頷いた夫は、その細い肩を抱きしめて髪にキスをし、早く手術が終わり、ウーヴェと対面できるようにと祈るが、壁の時計はいつも以上に遅く進んでいるような気がしてしまう。
 「・・・無事に手術が終わってくれ」
 レオポルドの呟きに妻や娘や息子がほぼ同時に頷き、ウーヴェの手術が終わったと言う報告を今か今かと待つことしか出来ないのだった。

 レオポルド達を病院に残して司法解剖が行われている病院へとコニーが乗ってきた覆面パトカーで駆けつけたリオンは、一足先に来ていたヒンケルの姿に気付いて手を上げる。
 「ボス!」
 「ああ、ご苦労、リオン」
 今から検死ですかと問いながら駆け寄ると、ヒンケルの向こうに白衣の医者がいる事に気付くが、その医者の口元から煙が立ち上っていることから、病院内は禁煙だろうと笑みを浮かべたリオンに、その医者がリオンと似たり寄ったりの笑みを浮かべて手を差し出してくる。
 「よう、問題児。遅かったじゃねぇか」
 「仕方ねぇだろ?オーヴェの手術が始まってから家族に説明する時間が必要だったんだからな」
 「・・・ああ、被害者はウーヴェ・バルツァーだったってな。今手術を受けているのか?」
 「ああ」
 「気の毒なことだ────家族ということは、ギュンターは来ていたか?」
 誘拐という事件に巻き込まれたウーヴェが心底気の毒だと目を伏せた医者、カールにリオンが素直にありがとうと礼を言うと、ギュンター・ノルベルトがいたかと問われて目を瞬かせる。
 「へ?ああ、兄貴ならいたぞ」
 「そうか・・・あいつも可哀想にな。昔も弟を誘拐されて死ぬような目に遭わされているのになぁ」
 「カール、なんで知ってるんだ?」
 ウーヴェの誘拐事件については、一時期担当していたヒンケルでさえも忘れるほどだったのに何故知っていると問うと、ギュンター・ノルベルトは俺の同級生だと教えられてヒンケルと二人目を瞠って咥えていたタバコを落としそうになる。
 「何だ、二人揃ってその驚き方は」
 「や、いや、確かに兄貴の年齢を考えたら・・・おかしくはないけど、な、うん」
 どう考えてもカールの方が年上だろうとぽかんとした顔で呟くリオンにヒンケルも無言で頷くが、そんなことはどうでも良いが、今からジルの司法解剖を始める、立ち会うのなら廊下から見ていろと、少しだけ顔を赤くしたカールが言い放ち、さすがに表情を切り替えたリオンとヒンケルが頷いて指定された部屋の横の廊下へと向かう。
 ゾフィーが検死を受けた際も同じ部屋だったことを思い出し、あの時はウーヴェが傍にいてずっと支えてくれた事も自然と思い出されたリオンは、今日はあの時のような無様な姿は見せないと決め、ベンチに腰を下ろして手を組んで作業を少し高い場所からじっと見守る。
 あの時はゾフィーだったが、今はジルベルトを見下ろしたリオンは、一つ一つ丁寧に取り出される臓器を見ながら、やはりジルの心臓にも毛が生えていないと苦笑する。
 ジルベルトが寝かされている台の横のストレッチャーに脱がした衣類やポケットの中に入っていたものなどが取り出されるが、くしゃくしゃに丸められた紙も数枚置かれていて、何でしょうねと呟くと、ヒンケルも何だろうなと返すが、財布の中からロザリオが出てきたことに二人同時に目を瞠る。
 「ボス、もしかして、ロスラーの傷に埋めた聖母マリアへの祈祷文ですが、あれ、ジルが書いたかも知れませんね」
 「何故そう思う?」
 「あいつも俺も宗教には無頓着だと言いましたが、ロザリオは俺も財布に入れて持っている。それって、離れたいと思ってそうしているけど、本当は・・・絶対に忘れられないほど自分に刻み込まれてるんですよね」
 「リオン・・・・・・」
 「ジルも教会の孤児院出身のようだから、毎日絶対に祈祷文は聞いているはずです。門前の小僧じゃねぇけど、その辺の神学校に通う新米牧師達よりも聖書は読めるでしょう」
 だからあの一文はジルベルトが書き記したものかも知れないが、それを傷口に突っ込んだのはやはりルクレツィオだと思うと頷くと、ヒンケルも部下の洞察力に目を細めてそうかと返す。
 「あの紙、何か書かれてるのかな」
 「先に渡してもらうか?」
 「Ja.」
 窓を叩いてカールに合図を送ったリオンは、今からそちらに行くことをジェスチャーで伝えて驚かれるが、ストレッチャーに置かれた紙を指さすと、了解した合図に手袋の親指が立てられれ、行ってきますと残して下の作業部屋へと入ったリオンは、手袋を填めて紙を受け取ると、そのままヒンケルの横に戻って来る。
 「何だ?」
 「・・・手紙、ですかね」
 慌てているのか感情が乱れているのか、比較的丁寧な文字を書くジルベルトだったが、読みにくい箇所がいくつもあり、何とか読み進めていったリオンは、途中で読むのを止めて天井を見上げ、やるせない溜息を空に向けて吹きかける。
 「リオン?」
 「ボス、今回の事件、色んな意味で俺のせいかもしれません」
 「お前、まだそんなことを・・・」
 一体いつまでその言葉を繰り返すんだとヒンケルが目を吊り上げるが、リオンがそっと差し出した紙を受け取って読み進めるが、途中でリオンと同じような顔になってしまう。
 それは、ジルベルトが誰に当てたのかが一目瞭然の告白文で、今回の事件に至った経緯などが震える文字で書かれていたが、イタリアを発つ時にルクレツィオの思いに応えていればドイツで知り合ったお前に本当の思いを伝えることが出来たのだろうかと自問されていた。
 初めてジルベルトと出会った時、リオンはまだ見習いだったのだが、ジルベルトは優秀な成績で試験をパスして一足先に刑事になっていた。
 その時の出会いを思い出しながら手紙を読み進めると、初めて出会った時から密かにリオンに惹かれていたが、ルクレツィオへの性的虐待を阻止できなかった事などから同性愛者に対する嫌悪感を抱くようになっていて、そんな自分がリオンに惹かれているなど認められず、また積極的に肉体関係を持ちたいとも思えず、だからといって距離を置いてしまえば苦しくなるため、女好きを演じ続けながら友として傍にいられることだけで満足している部分もあった。
 だが、リオンがウーヴェと出会ってからは様子が変わりだし、密かに不安を抱いていたら付き合いだしたと教えられ、目の前が真っ暗になる様な衝撃を受けたとも書かれていて、手紙を手に再度天井を見上げ、あの頃からずっとジルは悩んでいたのかとリオンが呟く。
 「・・・言えば良かったのになぁ。ジルのバカヤロウ」
 それからはウーヴェの話を聞く度に胸が締め付けられる思いがし、その苦痛から逃れるように人身売買の仕事に力を入れるようになっていったが、ゾフィーの事件でそれも総てが終わりになってしまい、ルクレツィオの元に帰ることになったが、その切っ掛けを作った事でウーヴェに対する嫉妬が限界まで膨れあがり、その結果誘拐という暴挙に出た事を告白され歯軋りをしたリオンは、その嫉妬がウーヴェに対する暴行やレイプという形になったのだと気付き、がりがりと頭を掻きむしる。
 ジルベルトにウーヴェの顔を殴った男を殺すなと伝えた結果、男はクスリで廃人になったが、それはむしろジルベルトがリオンの願いに応えたためで、本来ならば躊躇せずに殺していたこと、ウーヴェが射殺されなかったのも結局はリオンが悲しむことは避けたかったのだと気付くが、ならば何故ゾフィーを暴行して殺害し、今回はウーヴェを誘拐したのかとの疑問が生まれるが、最後の一線を越えないように踏みとどまってくれたが、ウーヴェに対する嫉妬だけは堪えきれなかったのだろうという結論に到達する。
 「・・・あいつ、俺の事、友達としても男としてもそんなに思ってくれてたんだ」
 「どうやらそのようだな」
 事件についての報告書には動機を書かなければならず、ロスラーは間違いなく報復だが、ドクの誘拐についてはどうするとヒンケルが台の上で蝋人形のように目を閉じている元部下の顔を見つめつつぽつりと呟くと、リオンも同じようにジルベルトを見つめつつあいつは最後まで綺麗なお姉ちゃんが好きだった事にしてやってくれませんかと告げ、手紙をリオンなりに丁寧に折りたたむと、ジーンズの尻ポケットに突っ込む。
 「・・・ドクの誘拐はあの時手帳を持ってきた事への逆恨み、フラウ・オルガはそんなドクへのみせしめのために襲った、それで良いな」
 「────ありがとうございます、ボス。あいつに代わって礼を言います」
 この手紙の処分についてはお前に一任する、証拠として提出させることは無いとヒンケルが告げるが、証拠品の隠滅にならないかとリオンが不安そうに呟くと、世に出ない方が良いこともあると力なく呟かれ、リオンの身体から力が抜ける。
 「・・・終わったようだな」
 ジルベルトが最後の時に一人で己の本心を訥々と綴った手紙を読み、どうして一人で苦しんでいたのかと、その話も出来ないほど自分たちは信用できなかったのかという疑問が芽生えるが、己を最も信じていなかったジルベルトにそれが出来るはずもなかったと思い至ると、重い腰を上げて立ち上がる。
 司法解剖が終わったジルベルトの遺体はストレッチャーに乗せられてボディバッグに収められるのを待つだけになっていたが、カールが神妙な面持ちで立つ廊下に駆け寄った二人は、最後の別れをさせてくれと告げると、タバコに火を付けたカールが無言で手を上げて立ち去っていく。
 見て見ぬふりをする、そう教えてくれる背中に軽く頭を下げた後、穏やかに見えるジルベルトの顔を見下ろしたリオンは、あの時のように頬を撫でて小さく笑みを浮かべる。
 「なぁ、ジル、お前と一緒にいる時はマジで楽しかった。お前が俺の事を思ってくれてたなんて気付かなかったからさ・・・・・・」
 鈍くて悪いと眉を寄せたリオンは、ジルベルトの顔に覆い被さるように手をつくと、眠っているような男前の額にそっとキスをする。
 「おでこにキスってガキみてぇだけど、それも良いよな」
 悪戯小僧の顔で笑ったリオンだったが、笑った拍子に目尻から涙が零れ、一つ二つとジルベルトの頬に落ちていく。
 「・・・いつか俺もそっちに行くけど、その時は迎えに来てくれよ」
 あの時、行くなと叫んだお前の気持ちを少しだけ理解出来たが、俺も天国になど行ける身分ではない、だからお前の最期の言葉のように地獄に行くからそこで待っていてくれ、いや、お前のことだ、綺麗な悪魔を従えてルクレツィオと二人で満喫しているだろうけどと泣き笑いの顔で告げると、その通りだからお前も一緒に地獄で綺麗なオネエチャンと楽しもうと自他共に認める男前の声が脳裏に響き、つい笑ってしまう。
 「良いな、それ。でも俺はオーヴェに蜘蛛の糸で天国につれていってもらうつもりだからな。それまでの間だけ一緒に地獄で遊んでやる」
 だから俺がそちらに行くまでの間、退屈だろうが待っていてくれとも告げて再度額に口付けたリオンは、決して忘れられない聖母マリアの祈祷文でジルベルトのためだけに祈り、身体を起こすと涙を肩でぐいと拭い、ジルベルトが愛してやまなかった子どものような笑みを浮かべて敬礼をする。
 「またな、ジル。────チャオ」
 その一言でジルベルトとの決別を果たしたリオンは、一歩下がってヒンケルに場を譲ると、ヒンケルの涙に湿った声を聞かなかったふりをし、最後の別れを終えるのを待っているのだった。

 

 病院の入口近くの喫煙所で三人無言でタバコを吸っているが、リオンが思い出した様に尻ポケットからジルベルトの手紙を取り出すと、黙って見守る二人の前で紙の端にまるでキスをするようにタバコで火を付ける。
 ゆっくりと炎が広がっていく紙をただ黙って見つめていた三人は、燃えた紙が灰となって風に散って行く先を見届け、総てが空へと舞い上がったことに目を細める。
 「バイバイ、ジル」
 その言葉に二人もそれぞれ心の裡で別れを告げ、タバコを吸い終えたカールが、後は頭を撃たれて死んだ男と心臓に一発食らってあっという間に死んだだろう男の解剖をすると告げて伸びをする。
 「ああ、頼む」
 「ボス、オーヴェのとこに戻って良いですか」
 「そうだな。コニーが可哀想だから早く戻ってやれ」
 残りの司法解剖を続けるために戻っていったカールにまた後で連絡をすると伝えたヒンケルは、リオンの言葉に苦笑しつつ覆面パトカーへと向かうが、その時、リオンの携帯が着信を伝えてきたため、助手席のドアを開けたまま待機する。
 「ハロ。・・・アリーセ?どうした?」
 『リオン、あなた今どこにいるのよ!早く戻って来てちょうだい!!』
 氷の女王と称されることもあるアリーセ・エリザベスの周章狼狽ぶりにただ呆然とするリオンだったが、フェルが、フェリクスがと繰り返すだけになってしまったアリーセ・エリザベスに今すぐ病院に戻ると叫んで通話を終え、ヒンケルに何があったか分からないが、早く病院に戻ることをこちらでも叫ぶと、ヒンケルが無言で頷いて助手席に乗り込んでしっかりとシートベルトを着ける。
 運転席に座って緊急車両を示す回転灯を付けるリオンの様子に口を差し挟むことも出来なかったが、リオンがただウーヴェの名を呼び続けている事から、手術を終えたウーヴェに良くないことが起きたのだろうかと思案し、急いでいるのは分かるが安全運転をしろと無駄な忠告をし、己の命を守るためのシートベルトをしっかりと握りしめるのだった。

 

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2017.07.05
肉体関係の無いホモセクシュアル。も、好きです(おい)


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