裸で両手を拘束され首にはリードのついた首輪を填められていても眠る事が出来る様になっていたウーヴェが目を覚ましたとき、ようやく昇った太陽が地下室を斜めに照らしていたが、粉雪が降った昨日とは打って変わった晴天のようで、鉄格子の分だけ切り取られた青空が見えていた。
目を瞬かせて眠気を飛ばしたウーヴェは、拘束されたままの手を不自由に感じつつも起き上がり、ケージのポールにもたれかかろうとするが、背中の痛みを思い出して思いとどまる。
時間を知る術はこの部屋にはなく、日差しが入る角度でしか分からないが、常日頃太陽の傾きなどを意識したことのないウーヴェが、今差し込む光で時間を知ることなど出来るはずもなく、室内をぐるりと見回したとき、簡易ベッドで男がいびきを掻いて眠っている事に気付き、室内に設置されている二台のカメラが昨日のビデオ通話の際に移動した為、ケージではなく地下室の壁や窓に向けられていることにも気付く。
今ベッドで眠っている男や別の男が地下室から姿を消しているとき、ルクレツィオが降りてきては日課の作業をこなすようにウーヴェを犯していたが、二人の男とは違ってそこからどんな感情も読み取れず、逆らえばナイフで傷口を抉られるだけだと分かっていたために大人しくしていたが、一台のカメラでスイスの客に見せるために録画していて、もう一台はリビングのテレビに繋がっていて誰かがいつでもお前の調教を見て笑っていると囁いていたことを思い出したウーヴェは、それを聞かされてからはカメラの前では極力顔を隠すようにしていたが、今はそれをする必要が無かった為、拘束されている両手で顔を覆い隠し、ケージの床に伏せるように蹲る。
昨日聞かされた言葉が不屈という名のランプに火を付けた事も分かっているが、鞭やナイフの傷が、数えられないほど犯され、中に射精されたときのおぞましさが、そんな前向きな気持ちを嘲笑い振り向かせる足枷になりそうだった。
リオンの、太陽の下に早く帰りたい気持ちと同じだけの強さで、レイプされても腰を振ってしまう己の姿を見られた絶望感が、いっそのことこのままスイスの客とやらに売られてしまえば良いと囁くのだ。
「─────!!」
内なる声に抱えた頭を振って打ち消そうとするが、リオンならば事情も分かっていることから理解し許してくれると小さな声が囁き、衆人環視の中でも気持ちよさそうに出来るお前に呆れるんじゃないかとルクレツィオの嘲笑が反論する。
握った拳を床に叩き付け、込み上げてくる嗚咽を必死に堪えるウーヴェだったが、こちらに向かう足音を聞きつけ、胸を上下させることで感情を押し殺し、ケージの中で起き上がって背中の傷に響かない様にポールに軽く背中を預ける。
ドアが開き入ってきたのはジルベルトで、簡易ベッドでいびきを掻いて眠る男を冷めた目で一瞥した後、ウーヴェと正対するようにケージの前にやって来たかと思うと、ここに監禁されてからは一度も無かったが、ジルベルトがケージの中に入ってくる。
「・・・・・・」
「昨日はあいつと久しぶりに話が出来て嬉しかっただろう?」
あの男にされたことは余興だから気にするなと笑うジルベルトの言動が何を意味するのかが分からずにただ見上げたウーヴェは、さっきお前を引き取りに来る客から連絡が入った、どんな感じに仕上がっているか楽しみだそうだと笑われて唇を噛み締めると、リードではなく首輪をぐいと掴まれ尻が浮くぐらい持ち上げられて苦痛の声が自然とこぼれる。
「何が気持ちいいんだろうな」
「・・・?」
ジルベルトの狂気が宿ったような双眸に睨まれ、直視できずに顔を背けたウーヴェだったが、顔のすぐ傍でスラックスの前が開けられた事に気付き、嫌だというように後退る。
昨日のビデオ通話ではジルベルトはホモが嫌いだと断言していたはずだった。
なのに何故今己のものを無造作に下着の中から出し、ウーヴェに向かって極低温の声で咥えろと命じてくるのか。
同性愛者が嫌いならば見るのも触るのも嫌だと思うと、いつだったか聞かされたことがあったが、嫌いだと言いながら行為をしろと命じるジルベルトの心が読めず、ただ拒否するように頭を左右に振ると、手入れされている革靴が素早く動き、ウーヴェの股間に爪先が宛がわれる。
「・・・ッゥ・・・グ・・・!」
「早くしろ」
お前に拒否権はない事をもう忘れたのか、だからお前はダメ犬なんだと嘲笑され、股間に宛がわれた爪先に徐々に力が込められて痛みが芽生え、逆らえばもっと強烈な痛みが来ることを察した身体が震えつつジルベルトの全く反応していないそれを咥えてしまう。
「・・・本当に、ルークもあいつも、どうしてこれが気持ちいいと思うんだろうな」
同じ咥えてしゃぶってくれるのなら、豊満な胸と尻で包み込んでくれる様な女が良いのに、こんな男のどこが良いんだと全く理解出来ないと吐き捨てながらもウーヴェの口を犯していたジルベルトは、それでもしゃぶられている内に己のものが堅さを増した事に気付き、気持ちいいと思っている己に舌打ちをしてしまう。
「イライラする」
何日か前にも発した言葉を吐き捨て、その苛立ちをぶつけるように腰を強く突き出し、ウーヴェの喉がくぐもった悲鳴を上げても何度も腰をぶつけ、それも苛立つと言いながら一際強く腰を押しつけたジルベルトは、喉の奥のウーヴェの悲鳴を聞きつつ口内に射精する。
ずるりと抜け出すと同時にその場に伏せて噎せ返るウーヴェの背中に巻かれた包帯を無表情に見下ろし、気持ちが良いが楽しくないと吐き捨てると、ケージに落ちていたバスローブでウーヴェの唾液に濡れて光る己のものを拭き取って元に戻す。
初めて男の口に射精したジルベルトは、苛立っているのは相手がウーヴェだからだと己に言い聞かせ、ルークを抱けば気持ちが良くて楽しいかなと苦笑し、ケージから出ていく。
スイスの客には喜んでしゃぶるようになった事、衆人環視の中でも腰を振れるようになった事を報告しようと決め、ああ、しっぽがあれば面白いと手を打つと、ルクレツィオに相談しようと笑って地下室を出て行く。
残されたウーヴェは口の中に出されたものをはき出すとその場で横になり、昨日のリオンの言葉など幻聴だったというように再び生気を失った目でぼんやりと斜めになる床を見ているのだった。
ぼんやりとしていた世界に不意に音が戻ってきたことを男の悲鳴から気付いたウーヴェは、のろのろと身体を起こして悲鳴がする方へと顔を向ける。
窓から入り込んでいた日差しはいつの間にか消えていて、遠くの街灯の明かりや通り過ぎる車のヘッドライトが時折微かに差し込むだけになっていた。
相変わらず時間の感覚が無かったが、悲鳴を上げる男を見ると、ウーヴェをレイプしていた男に顔を固定され、昨日シャワーを浴びさせた別の男が何錠ものクスリを男の口に突っ込み、ウーヴェの時と同じように無理矢理スポーツドリンクを飲ませているところだった。
何が起きたのかが分からなかった為に様子を見守っていたウーヴェだったが、尻の辺りに違和感を覚えて可能な限り身体を捻ってそれを確かめると、動物の尻尾のようなものが見え、拘束された手を使って何とかそれを触ると、犬の尻尾を触っている様な手触りと尻に不快な感覚を覚える。
一体いつの間に犬の尻尾を模したプラグを尻に差し込まれたのかと、まだ驚く事が出来る己に感心しつつ記憶を探ってみるが、ジルベルトに口を犯されてからの記憶がほとんど無く、どういうことだとの疑問が脳内を駆け巡るが、文字通りのペットに仕立て上げられたのだと気付いて肩を揺らす。
ウーヴェの自尊心を根こそぎ奪い取り、客に渡すときには従順なペットに仕立て上げるのが目的なのだろうが、リオンの約束も待つという不屈のランプもジルベルトによって粉々に砕かれてしまった今、犬の尻尾を尻に差し込まれている現実が別の世界の出来事のような乖離感を覚えてしまう。
ケージの外では男が悲鳴を上げているが、錠剤を大量に飲まされて咳き込んだ後、簡易ベッドに倒れ込んでしまうのをルカとマリオが見届け、ドアを開けてジルベルトを呼ぶが、調教している様子をずっと録画していたカメラ二台とラップトップが纏められて壁際の段ボールに無造作に放り込まれていて、室内も軽く掃除をしたのか、ケージや床に飛び散っていたウーヴェの血や男達の出したものも拭き取られていた。
まるでここを撤収するような雰囲気にぐるりを見回した時、ジルベルトがルクレツィオと一緒に地下室にやってくるが、ウーヴェが起き上がっているのを見ると、犬に尻尾がないのは可哀想だから付けてやった、それで思う存分新しいご主人様に尻尾を振れと笑われ、顔を背けてきつく目を閉じるが、ルクレツィオが顎に手を当てて何かを考え込んだ後、ネームプレートが無いから足かどこかに名前を彫るかと笑うが、それは新たな飼い主がすれば良いとジルベルトが素っ気なく笑う。
「そうだな。お前が気持ちよさそうに眠っている写真を送っておいた。随分と気に入ってくれていたから、せいぜい向こうでも喜ばれるように頑張れよ」
もっとも、その客は俺たちと違ってゲスでサディスティックな傾向が強い男だから、どれぐらい正気を保っていられるだろうなと笑うルクレツィオに言い返す気力もなく、ジルベルトによってケージから引きずり出されてもされるがままだった。
床に手をつき座り込む様子に、己の当初の目的通り自尊心を粉々にすることが出来た実感を得たジルベルトは、新しい飼い主の所でも大人しくしていると気持ち良くて楽しいことばかり待っていると笑い、痣が少しだけ薄くなった頬をぐいと掴んで笑いかける。
「あぁ、本当に良い顔だな、ドク」
お前の顔を見るのも忌々しいが、この顔ならば何時間見ても飽きないし、いくらでも美味いビールを飲めると笑うと、ルクレツィオも同意するようにジルベルトの肩に腕を乗せる。
焦点の合わないウーヴェに下卑た笑いを見せてその顔に唾を掛けたジルベルトは、犬に服を着せるのは好きではないが、短毛種のこいつには特別に服を着せてやろうとどれほど心優しいかを示す様に伝え、着替え一式を無造作に投げ捨てると、ルクレツィオがウーヴェの手首の拘束を解く。
手首に残る痣がどれほどの苦痛をウーヴェが受けていたのかを教えてくれるが、拘束具がなくなっても動かないウーヴェの腿をつま先で蹴ったジルベルトは、早く服を着ろと命令し、のろのろと動くその手を見守る。
その時、ウーヴェの左足薬指にきらりと光るものを発見し、なんだこれはとしゃがみ込んでそれを見下ろすが、脳裏で子どものような笑みを浮かべたリオンが、ウーヴェのリザードとお揃いのものを同じ場所にタトゥーにしてもらったと教えてくれた日の事が蘇り、これがあの時のリザードかと唇の端を持ち上げる。
「ルーチェ、どうした?」
「こんな所に前の飼い主のネームプレートがある。外しておかないとな」
新しい飼い主も前の主人を示すものがあれば面白くないだろうと笑い、ウーヴェの左足に手を伸ばすが、服を着ることすら鈍重なはずなのに、ジルベルトの手が触れかけた瞬間、反射反応よりは明確に左足が隠されるように動かされる。
それは、ウーヴェにとっては無意識の抵抗だった。
リオンに初めて己の過去の一端を伝えたあの時、ずっとこれからも一緒にいる、その証としてリザードをお前の足に宿らせると、口付けとともに誓ったその証のリザードで、今まで二人の中を試すような出来事や、心の裡を曝け出さなければならないような悲しい出来事を乗り越える為の力にもなっていた。
それを外させようとする手から逃げるのは当然と言えば当然だったが、ウーヴェのそれをまだ残っている反抗心の表れだとし、外すつもりがないのなら壊してしまうだけだとジルベルトが低く告げた後、背後に回り込んだルクレツィオが脇の下に腕を入れてウーヴェの上半身を固定する。
「────!!」
嫌だ、止めてくれ、俺のリザードを壊さないでくれと、誘拐されてから最も激しく抵抗し、背中や尻の傷も違和感も一切合切無視して何とか逃れようとウーヴェが暴れるが、背後から身動きが取れないように固められてしまった今、どれだけ暴れたとしても無駄な足掻きだった。
ルクレツィオがウーヴェを押さえつけている間にジルベルトが部屋の隅の工具箱からレンチを取り出すと、蒼白な顔で小刻みに頭を左右に振って嫌だ止めてくれと懇願するウーヴェに驚くほど優しい声で、未練がましい男は嫌われるぞと笑いかけ、二度手の中でくるりと回転させたそれを、レンガかブロックに打ち付けるよりも強く振り下ろす。
「アァアアアァアア!!!」
レンチを振り下ろしたジルベルトの手に骨が砕ける感触と音とウーヴェの絶叫が伝わり、あぁ、本当にイイ声だとルクレツィオがうっとりとした顔で、骨が砕かれた激痛に一瞬で脂汗を浮かべて身体を痙攣させるウーヴェに囁きかけるが、まだ完全にリザードが砕けていない事に気付いたジルベルトが、先程よりも少し力を加えてレンチの広い面で二度、三度と足の甲全体を殴り、その度にウーヴェの身体が跳ね、ルクレツィオが背後からウーヴェの口を手で覆ったため、その手の中に悲鳴が吐き出されてしまう。
「ン・・・ンゥン!!」
二度、三度と襲いかかる激痛にさすがにウーヴェがルクレツィオの拘束を振り解き、左足を抱えてその場に倒れ込む。
レンチの広い面と細い面で何度も殴られた左足は見る見るうちに腫れ上がり、激痛に足を押さえながらウーヴェが苦痛の声すら上げられなくなるが、もっとイイ声を出せと命じたルクレツィオが腫れた左足を軽く蹴りつけると、ウーヴェの身体全体が跳ね上がって痙攣するのをさも楽しげに見下ろす。
「これであいつのネームプレートも消えたな」
「ああ。・・・足は一本ぐらい無くなっても問題ないな」
「最近はわざと手足を切断させたペットを飼うのが好きな奴もいるからな」
この傷のまま客人に送り届けて後は好きにしてくれと伝えれば、それこそ文字通り好きにするだろうと笑う二人の声を遠くに聞いていたウーヴェは、骨が砕ける音が脳天を突き抜けた瞬間、壊されたリザードの悲鳴を聞いた気がしたが、あまりの痛みに意識を保つことが出来ず、そのまま意識を手放してしまう。
目覚めることが無いかも知れない闇に意識が飲まれる寸前、お前のリザードだと誇らしげにウーヴェの足にキスをし、そっとリザードを填めてくれたリオンの笑顔が脳裏に浮かぶが、閉じた瞼から溢れ出した涙に滲んでぼやけてしまうのだった。
涙を流しつつ失神したウーヴェを残し、地下室からリビングに戻った二人だったが、ウーヴェを好きなだけ嬲り左足も砕いたことにかなりの満足感を得ていた。
「・・・満足したか、ルーチェ?」
「ああ。あの顔、最高だったな」
二度のレンチでの殴打の後、お前が足を蹴ったときのあいつの顔は最高だったと肩を揺らしながらタバコに火を付けたジルベルトは、お前はどうだと問いかけて同じ類いの笑みを見せつけられる。
「あぁ。最高だった。キャンキャン鳴いてる犬みたいだったな」
だが、その犬に比べれば遙かにイイ声で鳴いていたため、思わず尻尾を掴んで突っ込みたくなったと肩を揺らすと、悪趣味だなとジルベルトが己の事を棚に上げて呆れた様に肩を竦める。
「ロスラーも随分と気持ち良い悲鳴を聞かせてくれたが、あいつは本当に最高だな」
いくらでも痛め付けて悲鳴を上げさせたくなると笑うルクレツィオにジルベルトも頷くが、あいつの口に突っ込んだが楽しくなかったと告げると、ルクレツィオの表情が一変する。
「ルーチェ、あいつに突っ込んだのか?」
「口を試してみただけだ」
「どうして黙っていたんだ。言ってくれれば俺も一緒に突っ込んだのに」
いや、それよりも、あいつにさせるぐらいなら俺が相手をしたのにと、本当に悔しいのか、親指の爪を噛みながら悔しそうに吐き捨てるルクレツィオの横に座ったジルベルトは、気持ちよかったが楽しくなかったと答え、恨みがましい目で睨まれて肩を竦める。
「お前と・・・あいつとなら、気持ちよくて楽しかったのかな」
「ルーチェ?」
ホモは嫌いだ、絶滅してしまえと常々広言していたジルベルトの変心のようなそれにルクレツィオが驚きに目を瞠ってしまうが、一体どうしたんだと恐る恐る問いかける。
「────お前を抱いていれば何かが変わっていたのかな」
「ルーチェ・・・・・・?」
ジルベルトの淡い後悔が籠もった述懐にルクレツィオの目が更に見開かれるが、本当にどうしたと頬に手を宛がいながらそっと問いかけると、ジルベルトの目が真っ直ぐに見つめて来る。
「ルーチェ、ジル、何があった、教えてくれ」
お前には後悔は似つかわしくない、いつでも太陽のように光り輝いているのが相応しいと、微かに震える手でジルベルトの両頬を挟んだルクレツィオだが、もしもお前と寝ていれば、と繰り返した後、背中に手を回されて抱きしめられる。
「・・・明日、客が来ればここを引き払う。準備をしないとな」
「あ、ああ」
客にウーヴェを引き渡した後、地下室にクスリで廃人にした男を捨て、マリオとルカと一緒にここを離れよう、フィレンツェやローマに戻るのは少し危険かも知れないから、東欧にでも行こうとルクレツィオの耳に囁いたジルベルトは、背中を同じ強さで抱かれて無意識に安堵の溜息を零すが、こうして今己の背中を抱いているのがリオンであればと考え、ドイツに来る前にルクレツィオの思いに応えていれば、ずっとずっと胸の奥で秘めていたこの思いを素直にリオンに伝えることが出来たのだろうかと自問し、それが出来ないことなどお前が一番分かっているだろうと自答されて微苦笑を浮かべる。
だからこそ、己には出来ないことを容易く行い、成功させて幸せの最中にいたウーヴェが許せなかった。
子どものような笑顔を持つが、心の奥底には決して満たされることのない思いを抱くリオンと当たり前の顔で、己とではなく一緒にいるウーヴェが許せなかった。
そのウーヴェがドイツでジルベルトが心血を注いで作り上げた組織を壊滅させる切っ掛けを作ったとなれば当然ながら復讐を考えるが、命を奪うような生易しい復讐など絶対にしないと誓ったジルベルトは、ウーヴェの自尊心を砕くこと、リオンとの思い出を抱えたままゲスでサディスティックな男に陵辱される苦痛の中でじわじわと、真綿で首を絞めるように苦痛を与えようと決めていたのだ。
それを実践し満足したジルベルトだが、昨日ビデオ通話で見たリオンの予想外の泣きそうな顔と、俺の総てとウーヴェに囁きかけた顔を思い出し、どうすることも出来ない溜息をつく。
「ルーチェ、疲れたのなら寝ればどうだ?」
「・・・まだ早いだろう」
子どもでもこんな時間に寝ないぞと苦笑すると、宥めるように背中を撫でられて苦笑を深めたジルベルトだったが、己にとっては限りなく居心地の良い幼馴染みを受け入れることが出来ない己に呆れつつ、お前を抱けなくて悪いと告げると、ルクレツィオが息を飲んで動きを止めるが、お前の傍にいるときはお前の熱と光に抱かれているようなものだった、だから全然気にしていないと泣き笑いのような声で囁き、ジルベルトの肩に額を当てて顔を見られないように俯いてしまう。
「ルーチェ、どうして急にそんなことを言うんだ?」
「・・・何となく思っただけだ」
他に何の思いもないから気にするなと告げるが、ルクレツィオが納得出来るか出来ないか分からないと呟き、ジルベルトの身体に寄りかかるように前のめりになる。
「俺のルーチェは時々訳が分からない」
「はは。それは悪かったな」
「ふん。ジェラートで許してやる」
今回、こちらに来ることを決めた時には店で買ったジェラートしか食べられなかったが、あいつを引き渡してほとぼりが冷めたらフィレンツェに帰ってマンマのジェラートを食べようと笑うと、ジルベルトも同意するように頷く。
「そうだな」
あの厳しくも優しいマンマに会いに行き、ジェラートを食べて色々話をしよう、お前がジジイから受けていた苦痛から目を逸らしたくて同性愛者を嫌悪するようになった事を反省しようと告げると、ルクレツィオの目が三度見開かれる。
「なんだ・・・もっと早く素直になれよ、ジル」
「・・・仕方が無いだろう?」
今これでも必死になっているんだと、目元をうっすらと赤くしたジルベルトの頬にキスをしたルクレツィオは、マンマに報告をしてから抱いてやると笑うと、俺が抱くとジルベルトがすかさず返す。
俺だ、いや、俺が抱くと、どちらもそれだけは譲れないと言い合う二人は、程なくしてそのやり取りのおかしさに気付いて肩を揺らして笑い合う。
だが、そんな楽しくも滑稽な空気を打ち破るようにキッチンにいたルカが蒼白な顔で携帯片手にリビングに駆け込んでくる。
「どうした?」
「・・・・・・ローマとフィレンツェに強制捜査が入ったそうです」
「何だと!?」
ルカの報告に二人が顔を見合わせた後、内偵が入っていたのかと唇を噛むが、あちらの様子はどうだとルカに問いかけ、黙って首を横に振られたことから本拠地やローマの拠点が完全に取り押さえられたことを知る。
「・・・どうする、ルーク」
「ここを見つけられるのも時間の問題だ。・・・明日の朝一番にここを出る」
フィレンツェの留守を預かる部下にドイツのこの家の住所や写真を見せていた事から、事情聴取の際に取引でここのことを告白するかも知れなかった。
そうなればジルベルトの元の仲間達がここを嗅ぎ付けるのも時間の問題だった。
その危惧からルクレツィオが僅かに焦りつつジルベルトを見ると、元同僚達が優秀な猟犬であることを熟知していて、その実力を過大気味に評価しているため、ルクレツィオの判断に従うと頷く。
その様子を見守っていたルカに、マリオとともに逃走の準備をしておけと命じ、ルカが慌ただしくマリオに逃げる事だけを伝えに行くが、その背中を見送ったルクレツィオが爪を苛立たしげに噛みながら舌打ちをする。
「ルーク?」
「ここで二人を始末しよう」
逃げるとなれば少人数の方が良い、ルカとマリオは残念だがここで始末してしまおうと小さく繰り返すルクレツィオにジルベルトは何も言えなかったが、二人ともよく働いてくれたのにここでお別れは本当に辛いと嘆きつつナイフか拳銃かと問いかける。
「苦しめたくないからな、拳銃だな」
「分かった」
今までよく働いてくれたが逃げる際には足手纏いになるルカとマリオをどのタイミングで始末するかを話し合った二人は、逃げる準備に家中を駆け回る二人に今までとまったく変わらない態度で接し、周囲が寝静まった頃を見計らってこの家から出て行くが、その前に少し休んでおけとも伝え、本当に今までよく働いてくれたと心の中で礼を言い、自分達二人だけで逃げ出す計算を脳内で繰り返すのだった。
フィレンツェとローマの拠点に現地の警察が強制捜査に入ったとの一報をヒンケルの部屋で受けたブライデマンは、部下にくれぐれも注意を怠るなと命じ、ヒンケルやコニーらに報告をするが、それと時を同じくしてマクシミリアンとヴェルナーが興奮した顔で駆け寄ってくる。
「どうした?」
「ドクを発見しました!」
その言葉に室内にいた皆が一斉に立ち上がり、どこにいたと二人に詰め寄る勢いで問いただすが、何軒かマークしていた家の一軒で、ベルトランに送られた写真から判明した車種とナンバープレートが同じ車が停まっていた事、周囲の聞き込みから、若い夫婦が暮らしている家だが、先週末から旅行に行く、代わりにイタリアから来る従兄弟達が泊まっていくので、騒がしくしたら悪いと挨拶を残して出ていった事を知り、遠くから家の様子を窺っていた二人は、地下室の鉄格子が填まった窓の中を双眼鏡で見たが、ビデオ通話やベルトランの写真に写っているケージと似通ったものがあり、しかも壁際の簡易ベッドらしきものに、ビデオ通話に出ていた男が寝ているのを発見したのだ。
その男が間違いなくウーヴェを陵辱していた男であると確認した二人は、もう少し確証が欲しいと思いつつ張り込みを続けていたが、周囲がどっぷりと暗くなった頃、包帯を乱雑に巻かれた白い背中と白とも銀とも付かない髪が見え、その前に決して忘れる事のない元同僚の顔を見つけたと報告すると、ヒンケルとブライデマンが顔を見合わせる。
「・・・俺たちはジルに面が割れているので、あの家に近付いて勘付かれれば逃げられるかもしれないな」
ヒンケルが可能ならば今からでも張り込んで、時を見計らって突入したいと腕を組むが、ブライデマンですらもジルベルトが顔を覚えているだろうと皆が溜息をつくが、ブライデマンがBKAに応援を要請する事を提案し、皆の顔に複雑な色が浮かぶ。
「・・・確かに、それが一番なんだろうが・・・」
「リオンが忘れてくれと言ったのが引っかかるのか?」
コニーの躊躇いにブライデマンが嘲るでも呆れるでもなく問いかけると、素直に頷いて肩を竦めるが、その気持ちも分かると頷きつつ腕を組んで生真面目な顔でコニーを見つめる。
「だが、俺のオーヴェを頼むとも言っていたぞ」
「・・・・・・」
「言い方はあれだが、誘拐事件の被害者を救出するだけだ。そうではないか?」
ブライデマンの一言に皆が驚きを隠さないで目を瞠るが、今まで幾度となく行ってきた救出をまた今回も行うだけだ、それが例えウーヴェであろうと一般市民であろうとも全力を出すだけだと思い出させて貰い、それぞれが腹を括る。
「・・・リオンには連絡をしますか」
「ああ」
それは約束したことだから後で連絡を入れようとヒンケルが頷き、明日の朝一番で突入する事、それに間に合うようにBKAから人間を派遣してもらうが、あくまでも派遣されてくる刑事は救出の手助けをするだけだと一人一人の顔を見つめ、その表情から頼もしいものを感じ取ると、ブライデマンの腕を感謝の思いを込めて一つ叩く。
「明日、頼む」
「ああ」
明日の段取りを決めるのでコニーと一緒に部屋に来てくれとブライデマンに告げたヒンケルは、その場で携帯を取り出すとリオンに電話を掛け、お前の休職もたった一日だけのものになったなと笑うと、驚きながらもいつもの陽気な声が返ってくると思っていたが、感情に震える声がただ一言、ありがとうございますと答えた為、ヒンケルも込み上げるものを堪えるように拳を握る。
「朝一番だ。間に合うように出勤しろ」
『Ja.』
リオンの休職が本人に告げた様にたった一日で済んだことは幸運だったと胸を撫で下ろしたヒンケルは、他の部下達にも明日の段取りをコニーに伝えておく、明日は何が何でもドクを救出しジルを逮捕するぞと部下に檄を飛ばすのだった。
ヒンケルからの電話を受けたリオンは携帯を握りしめて少しだけ呆然としてしまうが、聞かされた言葉が脳内でリフレインし、明日ウーヴェを救出するのだと改めて気付くと同時に全身に血が一気に巡ったように熱くなる。
「どうした?」
リオンはその連絡をゲートルートのウーヴェ専用席で受けていたが、少し前に夜の稼ぎ時を過ぎて落ち着いた店にふらりと現れ、黙っていても要してくれるチーズとビールを飲んでいたのだ。
電話を受けてからのリオンの様子が変化した事に目ざとく気付いたチーフが声を掛けると、リオンが弾かれたように肩を揺らすが、オーヴェが見つかった、明日朝一番に救出すると教えられて今度はチーフが飛び上がってしまう。
「オーナー!ウーヴェが、ウーヴェが・・・・・・!」
店がどれほど忙しくなろうとも滅多に慌てることのないチーフが厨房を走り、戻って来たベルトランの肩を掴んで揺さぶりながら感極まった声で告げると、チーフの驚愕がベルトランに伝播したようで、肩が揺れて大股にリオンのテーブルに近付いてくる。
「本当か!?」
「ああ。・・・ボス達が見つけてくれた」
やっと、やっと明日オーヴェに会えると、目尻を赤く染めつつリオンが呟き、己のそれから実感を得ているように掌を見つめるが、不意に握ったかと思うと、テーブルに拳を押しつけて顔を伏せる。
「オーヴェ・・・・・・!!」
その声に籠もる思いはベルトランやチーフらでも感じ取れるほどのもので、良かったという言葉しか伝えられずに唇を噛んだベルトランは、とにかく、救出されたら電話をくれ、すぐに駆けつけるとも伝えてリオンの肩を撫でる。
「・・・ベルトラン、明日頑張れるようにさ、チーズのガレット食わせて欲しい」
「お!?おぉ、良いぞ。チーズだけで良いのか?他にも食いたいものがあれば言え」
顔を上げたリオンの表情が数日前のものとはまったく違う、今まで見ていたものに近かったことから、食いたいものはなんだと問いかけると、チーズとチーズとチーズという、お決まりの言葉が流れ出す。
「・・・チーフ、今あるチーズを出してやってくれ」
その間にお前が望んでいるチーズと卵とベーコンのガレットを作ってやるとベルトランが袖まくりをし、チーフが弾かれたようにベルトランの言葉を実行するために厨房内を再度走り、何事かと顔を見合わせた他のスタッフ達に理由を問われて明日ウーヴェが救出されることを教えられると、客が上げる歓声よりも大きな声が厨房内で沸き起こる。
そして、三十分もしないうちにリオンが座るテーブルは、スタッフがそれぞれ差し出したチーズやビール、料理などで一杯になり、食べきれないものは持って帰ると宣言したリオンは、明日に備えて力を付けようと、ベルトランを筆頭にウーヴェだけではなく己の身をも案じてくれるスタッフに感謝の思いを胸の中で伝えるのだった。
明日の救出の成功を予感させるようにか、夜空には冬の星座がいつも以上に瞬いているのだった。
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2017.07.01
Gute Nacht、リザード。


