Glück des Lebens-Heavenly Blue 6-

 昨日の午後に発生したクリニックのドクターの誘拐と事務員の負傷事件は、警察が開いた記者会見で二年前のある意味不祥事ともいえる事件が発端であるとことが報じられ、新聞の一面を飾ることになった。
 ゴシップ誌などは二年前の記事を引っ張り出してきては、何故そのドクターが狙われることになったのか、あの事件当時業務提携でもしていたのかなどと様々な憶測に基づいた記事を書いていたが、大手と呼ばれる新聞には過去の事件を掘り返してもそれは犯人が元刑事という事実だけで、あの事件で亡くなったシスターやそのシスターが所属していた孤児院、またそこ出身の刑事についてまでは詳しく書かれていなかった。
 それでも過去の事件が発端となれば掘り返さないわけにはいかない為、当時のあらましを新聞が書くと、ようやく忘れられ掛けていたゾフィーが起こした事件を人々が思い出し、毎日笑顔で挨拶をしていたシスターらがいつものように挨拶をするだけで目を逸らされるようになってしまっていた。
 駅の売店で買った新聞を握りつぶしながら不機嫌そうにタバコを咥えて古びた教会に足を向けたのは、誰も声を掛けることが出来ない雰囲気を隠さないリオンだった。
 前夜、レオポルドにマスコミ対策をお願いするとコニーが頼んでいたが、過去の事件が引きずり出されることから必ず教会にもマスコミが来ること、子ども達のケアを頼むとブラザー・アーベルに一報を入れておいたが、それでもカバーしきれない悪意の目が今もリオンを見つめていた。
 二年前のあの時も同じように見られていたなと、ぼんやりと思案しつつ教会の敷地に入ったリオンは、孤児院のドアを開けてそこで大声でマザー・カタリーナを呼ぶ。
 「マザー!」
 その声は廊下を通って室内にまで届き、程なくして青ざめた表情のマザー・カタリーナと同じ表情のブラザー・アーベルやそのほかのシスターらが顔を出す。
 「リオン!」
 「ハロ。朝早くから悪ぃ」
 日が昇らないまだ早朝の時間に悪いと詫びつつマザー・カタリーナの前に立ったリオンは、ウーヴェが誘拐されたというのは本当なのかと問われ、己の爪を見下ろしつつ小さく頭を振る。
 「・・・ああ。ゾフィーを殺したやつが連れて行った」
 「おぉ・・・!なんと言うことでしょう・・・!」
 リオンの感情のこもらない言葉にマザー・カタリーナが顔を両手で覆い、どうかウーヴェが無事に見つかるようにと祈ると、リオンが何かを堪えるように見下ろしていた手で拳を作る。
 「そのことで少し話しがある。今良いか?」
 「え、ええ、大丈夫ですよ」
 涙を拭い不安そうに見上げてくる母の肩に腕を回したリオンは、己の身体が怒りと不安とに震えていることに気付かないでくれと願いながらマザー・カタリーナと共に、ゾフィーがかつて使い今はマザー・カタリーナが使っている部屋に移動する。
 窓際のベッドに彼女を座らせ、木の椅子に後ろ向きに跨がって正対したリオンは、ニュースでやっていたが、昨日ウーヴェが誘拐された、誘拐したのは元刑事仲間のジルベルトだと告げ、タバコをもみ消すと同時に新たな一本に火を付ける。
 「新聞で読みました」
 「目的は復讐だ。少し前に同じ組織でFKKの責任者をしていた元刑事が死体で発見された」
 「!!」
 「その刑事、かなりひどい拷問を受けていて、傷の中にこんなメモが埋められていた」
 リオンがブルゾンのポケットから取り出したのはブライデマンが持ってきた一枚の写真で、それはロスラーの傷の中から発見された聖母マリアの祈祷文の一節が書かれたメモだった。
 「これは、聖母マリアの祈祷文、ですか?」
 「俺もそう思ったからマザーに見て貰おうと思った。イタリア語だけど、間違いねぇよな?」
 教会が運営している孤児院出身のリオンは、たとえ本人は宗教に無頓着だと言い張っても聖書の有名な一節は諳んじることが出来るし、こうしてマザー・カタリーナやシスターらが祈る言葉は幾度となく聞いたことがあった。
 だから昨日ブライデマンがメモを見せた時もそれが一目で祈祷文だと分かったのだが、あの時抱いた感想についてリオンは確信に近いものを持っていて、それを確実なものにするためにマザー・カタリーナに会いに来たのだった。
 「そうですね、間違いありません。聖母マリアの祈りです」
 「これが傷口に突っ込まれていたって事はさ、これを書いた人間は信心深いって事か?」
 リオンが己の疑問を解消するために問いかけると母は小首を傾げて何かを思案するが、一つ頷いた後、聖母マリアに対して強い愛憎を持っているかだと答え、リオンが蒼い目を瞬かせる。
 「愛憎?」
 「ええ。祈祷文を覚えるほど敬愛している、けれども傷口に埋め込むなどという非道なことから同時に憎んでもいる。そう、思えます」
 おお、神よ、憎むなどという言葉を使った事をお許し下さい。
 敬愛の対象以外にならない神や聖母マリアを憎むなど、マザー・カタリーナには考えられないことだが、もちろん世の中にはそうではない人が沢山いることも知っているため、愛憎どちらの感情もあるともう一度伝えると、リオンが前髪を掻き上げてタバコの煙を細く吐き出す。
 「これを書いたやつも俺みたいに教会が身近にあったのかな」
 「それはなんとも言えませんが、可能性としてあるかも知れませんね」
 「なあ、マザー、さすがにイタリアに知り合いの教会とか孤児院とかはねぇよな」
 リオン自身が教会関係の仕事をしているわけではない為に教会同士の横の繋がりが他国にまで及んでいるのかは分からないが、ジルベルトが育ったであろう孤児院の関係者に知人がいないかと自嘲気味に笑うと、マザー・カタリーナが知人ならば何人かいますと答えたため、咥えていたタバコを落としそうになる。
 「マジか、それ!」
 「ええ。時々イタリアの教会とこちらで交流を持つことがあるのですが、その時にお世話になった教会なら知っていますよ」
 ロスラーの検死報告書からの情報を元に、ジルベルト以外の存在を何か一つでも特定できればとの思いからここに顔を出したのだが、予想以上の回答を得たリオンの顔に希望の光が差し込み、暗かった顔色がわずかに明るくなる。
 「どこの教会と交流があるんだ?」
 「定期的に交流をしているのはローマですが、何度かフィレンツェやミラノ、アマルフィの教会の方ともお目にかかっていますよ」
 「フィレンツェ・・・!マザー、フィレンツェの教会の連絡先を教えて欲しい。あいつ、フィレンツェにじいちゃんがいるって言ってた」
 「分かりました。フィレンツェの教会ですね。その人の写真を持っていませんか?」
 リオンの顔がこれで一歩ウーヴェに近付いたと分かった為、紅潮して口調にも明るさが混じったのを安堵の思いで見つめたマザー・カタリーナは、ジルベルトの写真があればその関係者に写真を見せると告げると、用意をするから頼むとリオンが頷く。
 「これでロスラーを殺したやつの顔写真でも手に入れば最高なんだけどな」
 ジルベルトと一緒に行動している人間が特定できれば良いのにと、拳を掌に打ち付けたリオンだったが、早く見つけないとウーヴェが昨夜見せられた写真以上にひどい目に遭わされる、それは畢竟ウーヴェの死を意味する事に気付き、身体を無意識に震わせる。
 「リオン」
 「ん?」
 「ウーヴェが無事に、一日でも早く戻ってくることを祈っています」
 「・・・・・・」
 昨日ベルトランに送りつけられたウーヴェの拷問写真だが、それを見てしまった今無事とはどういう意味だと問い詰めたくなるが、マザー・カタリーナが他意のない心配をしてくれているのだと気付いている為、その心遣いに感謝しつつ椅子の背もたれに顎を乗せる。
 「マザー、オーヴェがひでぇ目に遭ってるってのに・・・」
 何で俺はこうしてここで何もしないでいるんだろうと、昨夜ベルトランに告げたものとは真逆の思いを零してしまったリオンは、マザー・カタリーナの目が見開かれ、痛ましげに閉ざされたことに己の失言を察すると、今のは聞かなかったことにしてくれと小さく叫ぶ。
 「いいえ、いいえ、リオン。あなたは何もしていない訳ではありません」
 現にこうして今ここで事件の関係者に繋がりそうな細く脆い鎖を手繰り寄せようとしているではありませんかと、リオンの顔を正面から見つめてその言葉を否定するマザー・カタリーナに一瞬唇を噛み締めたリオンは、顔を伏せてうんと呟く。
 「・・・出来る事から一つずつ、だよな」
 「ええ、そうです。あなたが今頑張っているようにきっとウーヴェもあなたの元に帰ろうと頑張っているはずです」
 なので、ウーヴェの頑張りを無駄にしないためにも己の行動を否定しないで下さいと、優しい言葉と共に温かな手が頭に乗せられたことに気付き、顔を上げることなくその手首を握りしめると、何度も手の甲を撫でられる。
 リオンが今まで生きてきた中で、マザー・カタリーナ以上に優しい温もりを持つ存在を知らなかったが、ウーヴェと出逢い、様々な経験を二人で乗り越えてきた中で母以上の優しさでもって己を包み、自由にさせてくれていたことを、母の優しい温もりに包まれることで気付く。
 「・・・オーヴェ・・・っ・・・!!」
 ウーヴェが誘拐された夜を一人、ウーヴェと一緒に寝ている広いベッドで何度も寝返りを打ちながら越えたが、心が上げる今すぐに会いたいという悲鳴と、下手に動いてゾフィーの時のように殺されでもしたらどうするという声が胸を軋ませる苦しい中、限界が来てウーヴェが愛用している冬用の暖かなガウンを小さな子どものように抱きしめていたが、ウーヴェの匂いを感じれば感じるほど、早く見つけなければという焦燥だけが溢れていたのだ。
 そんな苦しい夜を越え、刑事として事件を捜査する為に気分を切り替えたリオンだったが、二人で暮らしている家のそこかしこにウーヴェの気配だけが残っていて、結局驚くような早い時間に孤児院に来てしまったのだ。
 それも全て知った上で暖かく出迎えてくれている事に気付き、マザー・カタリーナの腰に腕を回してしがみついたリオンは、幼い頃の記憶の中と全く変わらない優しい手が何度も頭を撫でてくれた安堵から大きな溜息を一つ零し、オーヴェを早く迎えに行かないとと呟くと、背中を労るように撫でられる。
 「ええ。きっとウーヴェも早く迎えに来て欲しいと思っていますよ」
 それに、五月になれば結婚式を挙げるのでしょうとリオンに囁くマザー・カタリーナだったが、うん、そうだったと息子がくぐもった声で返したため、同じく安堵に胸をなで下ろす。
 「・・・ダンケ、マザー」
 「リオン、ゾフィーの事でまた迷惑を掛けてしまいますね」
 今回の事件もゾフィーが絡んだ事件が発端だと新聞に書かれていましたが、あなたの立場が危うくならなければ良いのですがと謝られ、俺の立場なんて問題ないと強く返し、マザー・カタリーナの腹から顔を上げると、気合いを入れ直すように両頬を叩く。
 「アーベルには言ったけど、また昔のことをぶり返す奴らが出てくるかも知れない。だから子ども達のことを頼むな、マザー」
 「ええ。アーベルから聞きました。困難なことがあっても、皆で協力して乗り越えていきます。リオン、子ども達への気遣い、ありがとうございます」
 祈りながらリオンに感謝の思いを伝える母に素っ気なく頷いた息子は、とにかく先ほどの教会関係者になるべく早く連絡を取ってくれと念を押し、これから出勤すると伝えると、マザー・カタリーナが少し待って下さいとリオンの腕を撫でた後、慌てて部屋を飛び出していくが、戻ってきた時には紙袋を手にしていて、なんだそれと差し出される袋を受け取る。
 「オバツタのサンドを作りました。朝食がまだなら職場で食べなさい」
 自分の好きなもので朝食を用意してくれる母に今度はしっかりと頷いたリオンは、ダンケと短く礼を述べると、紙袋を手にマザー・カタリーナと部屋を出るが、廊下で少年と青年の狭間にいる、少しきかん気の強い顔をした少年に出くわし、笑顔で呼びかける。
 「よぅ、久しぶりだな」
 「リオン?久しぶり」
 眠そうに目を瞬かせつつも呼びかけた相手がリオンだと気付き、顔に照れと歓喜を混ぜてリオンの腹に拳を一つ当てた少年は、同じく腰を拳で叩かれて痛いと声を上げるが、今から仕事かと問いながら、憧れているリオンを見上げて笑みを浮かべる。
 「おー。今日も仕事だ。そーいやお前は今は何をしてるんだ?」
 「・・・今は市民大学で勉強してる」
 「そっか。何か目標が出来たか?」
 「うん。お前みたいになりたい」
 少年が照れながらも己の夢を口にした為、リオンが俺みたいになりたいのかと目を丸くすると、ダメなのかとそっぽをむきかける。
 その時、リオンの携帯にメールが届き、メールチェックのために画面を開いたリオンは、送り主が鑑識のフリッツで、昨夜の写真から色々情報を得られた、後で警部に報告するがこの男に見覚えはないかと訊かれている事に気付き、写真を凝視する。
 両手首と首を鎖で拘束したウーヴェを犯す男の横顔がクローズアップされていて、見たことがないかと問われてもとリオンが苛立たしそうに舌打ちするが、少年がちらりと見えた写真にあれ、と声を上げる。
 「どーした?」
 「こいつ、さぁ、間違ってたら恥ずかしいけど、・・・もしかして、あの時の男じゃね?」
 「は?」
 少年がリオンに断りつつ携帯を覗き込み、クローズアップされている写真を見てやっぱりそうだと声を大きくするが、どの時の男だとリオンが眉を寄せると、俺がお前と初めて会った時だと返されてリオンの蒼い目が限界まで見開かれる。
 「クリスマスマーケットで会ったあの時か!」
 「そう。多分あの時の男じゃないかな。あいつさ、ウーヴェの事をナンパしてただろ?」
 たった一夜の遭遇だったが、あの時のお前が怖すぎてウーヴェをナンパしていた男の顔も忘れる事が出来ないと少年に苦笑され歯軋りをしつつ頷いたリオンは、また一つ情報を得られた、これでオーヴェの救出に向け一歩踏み出せたと、あの時と同じ目つきになるが、少年がリオンの本気に触れたことからか顔を強張らせて身震いする。
 「ダンケ、ライナー。思い出させてくれてありがとうよ」
 「あ、ああ」
 「お前がなりたいと思ったものはそう思った時からそれに向けて一歩を踏み出している、だから何があっても続けていれば必ずなれる」
 だから頑張れとライナーの髪をぐしゃぐしゃにしたリオンは、呆気に取られていてもリオンに褒められたことだけは理解出来て顔を紅潮させる少年の頭をもう一度ぽんと叩いた後、マザーや他の皆をしっかりと護ってくれと言い残し、その彼女が作ってくれた朝食を片手に、来た時とは打って変わった表情で飛び出すのだった。

 

 捜査本部が設置され、事件を追いかける体勢になった刑事部屋に大急ぎで駆け込んだリオンは、デスクに朝食の袋を投げ捨てるように置き、ヒンケルの部屋のドアをノックもせずに開け放つ。
 「どうした」
 「ボス、昨日の写真からフリッツが色々情報を得たって言ってましたが、報告を受けましたか?」
 珍しく息せき切ってデスクに手をつくリオンに首を一つ振ったヒンケルは、携帯を取りだしてこれをもう一度見てくれと部下に頼まれて携帯の画面へと目を落とす。
 「・・・このクローズアップされている男は?」
 「何年か前のクリスマスマーケットでオーヴェをナンパしていた男がいたんですが、多分その時の男です」
 「何だと?」
 ベルトランに送りつけられた写真から得られた情報は他にもあるが、犯人の一人-主犯であれ従犯であれ-の身元が判明することは、その足取りを追うものにとっては大きな一歩となる。
 正体不明の雲を掴むような話ではなく、今生きて地に足をつけた男を捜す事になるのだ。
 そうなれば刑事達の機動力で探し出せると目を光らせたリオンにヒンケルも頷き、残りの写真からフリッツが有益な情報を見つけているかも知れない、まずはそれを検討したいが、皆に見せても良いのかとヒンケルが声を潜めた時、ブライデマンが静かに入室し、壁に背中を預けて腕を組みリオンの横顔をじっと見つめる。
 「・・・ボス、ジルを早く見つけて逮捕しましょう」
 二年前は逃げられてしまったが、今回はもう逃がさないと迫るリオンの言葉に頷いたヒンケルだったが、デスクについたリオンの拳が微かに震えている事から、己の恋人が陵辱されている写真など例え仲間とはいえ見せたいはずはなく、ただそれを事件の早期解決という一点でのみ堪えているのだと気付き、部下のその気持ちを無駄にしないためにも頷くとリオンの顔に苦渋と安堵の色を浮かべさせる。
 「・・・警部、フリッツが昨日の写真について話があると言ってます。リオン、客だ」
 「分かった」
 「俺に客?」
 ブライデマンに黙礼をした後、報告書を手に上がってきたフリッツをヒンケルの部屋に案内したコニーは、リオンを見ると同時に顔を背後に向けて来客だと告げるが、その顔にはいささか緊張感が漂っていて、客とは誰だと呟きつつフリッツにさっき送ってくれた写真が役に立つ、ありがとうと礼を言ってブライデマンの存在に気付かない様子で部屋を出て行く。
 「警部、この写真ですが、住宅街の地下室だと思われます」
 「どうしてそう思う?」
 リオンがいつも座る丸いすにフリッツが腰を下ろし、その横にブライデマンがやってくるのを確かめたヒンケルは、何故そう言えるのかを問いかけ、鉄格子の嵌まった窓から車のタイヤが見えるが、その向こうにアスファルトが見え、更にその向こうにも芝生が見えていることから、住宅が集まっている場所だと判断したと答え、停まっている車のナンバープレートも少し見えていて、ナンバーの特定が出来ないかやってみるとも告げると、ヒンケルが身を乗り出し、ブライデマンも興味深げに身を乗り出してくる。
 「あと、部屋にあるケージですが、これほどの大きさのものを取り扱う業者も限られてくるでしょう」
 「組み立てをここでしたとしても、業者が配達したのかそれとも誰かが持って帰ったのか。最低でもどちらかをしていると言う事だな」
 「Ja.住宅街ですからね。ネットで購入したとしても業者が来ているはずです」
 部屋の隅の段ボールにも企業の名前が入っていることから辿ることは可能ではないかと頷くと、出て行ったリオンを気遣うように振り返ったフリッツが早くあいつの為にもドクを発見したいですねと呟き、ヒンケルとブライデマンが無言で頷く。
 「そういえば、リオンの客とは誰だ?」
 「どこかで見た顔だったと思うんですけどね、誰だろうな、あれ」
 コニーが客人を案内してくる後ろをついてきたフリッツは、やり手のビジネスマン風の男で、リオンとヒンケルの中間ぐらいの年の男に見えたと顎に手を宛がって己の記憶の中で照合しようとするが、指紋の照合の時のように上手くいくはずもなく、一つ肩を竦めた後、他の写真から得られた情報を纏めた報告書をヒンケルに見せ、フラウ・オルガの足に刺さっていたバタフライナイフは新品だったこと、つい最近購入した可能性が高いからナイフを取り扱っている店を重点的に調べれば何かしら情報が出てくるかも知れないと告げ、車とナンバーの特定、持ち主の特定まで可能ならばしてしまいたいと立ち上がり、労ってくれるヒンケルとブライデマンに頷いて部屋を出るのだった。

 

 リオンが来客だと通されたのは昨日ベルトランを通した会議室で、ドアを開けて中で不機嫌そうに待っている人物を見た瞬間、腹の中に冷たい何かが染み渡ったことに気付く。
 「・・・兄貴」
 「フェリクスが誘拐されたというのは本当なのか!?」
 客というのは、いつも敏腕社長の風格を漂わせているが、今朝はそんな姿など構っていられないといった風情のギュンター・ノルベルトで、会議室に通されて待っている間も苛立っていることを示すようにデスクを爪で叩いていた。
 そのギュンター・ノルベルトの声に無言で頷いたリオンは、ニュース速報などで見ただろうが、その通りだとも告げてギュンター・ノルベルトと向かい合うように腰を下ろす。
 「何故だ?」
 一介の医者が何故誘拐されるのだという、昨日イングリッドも聞いてきた疑問に頷くと、腿の上で拳を握って顎を引く。
 その時、コニーが失礼します、自分も同席しますと声を掛けて入ってきたため、ギュンター・ノルベルトが視線だけで人を殺せそうな強さでコニーを睨むが、表面上はそれを受け流して事件について少し説明させて貰いますと断りを入れ、リオンが口を開く前に説明を始める。
 「二年前の事件をご存じですか」
 「ああ。元刑事の不祥事だろう?」
 「はい。その時、組織の責任者の連絡先や誘拐同然に連れてきた少女達の人数や名前を記した手帳がありました。それを持ってきてくれたのがあなたの弟の・・・ドクでした」
 その際、手帳を調べている時に元刑事、ジルベルトも同席していた事、責任者だった男が数日前拷問を受けて亡くなり、その遺体が発見されていたこと、クリニックでフラウ・オルガが襲われて負傷した際、二年前の恩を返しに来たと男が言っていたことから、あの事件でドクがジルベルトに逆恨みをされたと判断し、今ジルベルトの行方を追っていると伝えると、リオンが歯を噛み締めて震える拳でジーンズを握りしめ、ギュンター・ノルベルトが普段と比べれば乱れている前髪を掻き上げて握りしめる。
 「・・・フェリクス・・・!!」
 誘拐された弟を思う兄にコニーがなんと声を掛けるべきか思案するが、お前と付き合っていなければこんなことにはならなかったのにとの呟きに目を見張り、感情を暴発させるのを何とか堪えているリオンを気遣って見つめると、その通りだと歯を軋ませながら不明瞭な言葉でリオンが返す。
 「あんたの言うとおりだ。俺と付き合わなければ、オーヴェはこんな事件に巻き込まれることもなかった・・・!」
 だから、俺は俺なりに責任を取るつもりだし、出来る事からやっていくつもりだと、デスクを殴りつけつつ己の決意を告げたリオンを呆然と見つめたコニーは、ギュンター・ノルベルトが目を強く光らせた後口を閉ざしてしまうが、開いた時には諦めの溜息を零したことに目を瞬かせる。
 「・・・そう、お前だけを責めることが出来ればどれほど楽になれるだろうな」
 「兄貴・・・」
 ギュンター・ノルベルトとて馬鹿ではないのだ。リオンがどんな思いでそれを告げ、またコニーがどのようなことを心配してリオンの代弁者になっているのかも見抜いていたし、そもそもウーヴェがその手帳をどのような思いから警察に持ってきたのかなども分かっていた。
 ただ、分かっていてもどうしても口にしなければ己の気が済まないことと気持ちの切り替えが出来ないことを、社長としてのギュンター・ノルベルトしか知らない者からすれば呆然としてしまうほど弱々しい声で告げると、もう一度溜息を吐いて席を立つ。
 「朝から捜査の邪魔をするような行動を取ってしまったな。それについては謝罪させて貰おう。・・・被害者の家族として、一日も早いあの子の救出と犯人の逮捕を願っている」
 警察に何をしているのだ、不祥事を起こした時に何故もっと力を入れて捜査をしなかったのだと詰ることも出来るはずのギュンター・ノルベルトだったが、それをするのではなく逆に己の取り乱した態度を詫び、後は頼むと言えるだけの度量にリオンとコニーが、さすがはレオポルドの息子だと感心し脱帽すると同時に、何が何でもジルベルトを逮捕しようと新たな決意を腹に据える。
 立ち上がったギュンター・ノルベルトだったが、部屋を出て行く様子がないことに首を傾げたリオンは、コニーが先に出ると言い残して会議室を出た後、己の顔をまっすぐに見据えてきたことに気付いて背筋を伸ばす。
 「リオン」
 「何だ」
 ギュンター・ノルベルトと正対する機会などあまりなかったが、昨秋のウーヴェの家族の溝を埋める作業の時は比較的向かい合うことがあったと思い出しながら問い返すと、強く何かを躊躇いつつもそれを振り切ったギュンター・ノルベルトがリオンの頭に手を載せ、そのまま肩を撫でた片腕で抱き寄せた事に驚いてしまうが、耳に寄せられた口から流れる声が震えていて、リオンが腿の横で握った拳を開き、昨日のようにその手をそっとギュンター・ノルベルトの肩に回す。
 「・・・フェリクスを頼む。お前が迎えに来るのをあの子は絶対に待っているはずだ」
 だからどうか捜査に集中してくれ、うるさいマスコミに邪魔をされないように父さんが手を打っていると教えられて黙って頷いたリオンは、口ではどれほど文句を言おうとも、結局ウーヴェが誰よりも信頼し愛している男を否定できるはずがないとギュンター・ノルベルトが苦笑交じりに呟いたため、昨夜のレオポルドやイングリッドといい、どうしてここまで皆優しいのだと泣きそうな顔で問いかけてしまうが、それら全ては偏にウーヴェを愛しているが故だと気付き、その期待を裏切らないようにしようと固く決意をする。
 「兄貴・・・必ずオーヴェを迎えに行く。だからもう少しだけ時間をくれ」
 「ああ」
 後は頼むと告げてリオンの頭にもう一度手を置いたギュンター・ノルベルトは、俺の、俺たちの大事な一人息子を頼むと告げて目を細め、事件が進展すればこの携帯に連絡をくれ、これは私物の携帯で知っている者は限られている事を伝えて手を上げる。
 「分かった」
 必ず連絡すると約束し、手を上げて立ち去るギュンター・ノルベルトの背中を見送ろうとしたリオンだが、一つ思い出したと声を上げる。
 「何だ」
 「アリーセから連絡があってこっちに来るとかなったらさ、止めて欲しいなぁって・・・」
 親父とムッティ、兄貴の相手は辛うじて出来るが、アリーセには逆立ちしても勝てないと、なんとも言えない顔で頭に手をやったリオンに口の端を小さく持ち上げたギュンター・ノルベルトは、そうならないようにさっさとあの子を見つけ出せと告げ、兄貴に頼んだ俺が馬鹿だったという怒声を背中で軽く受け流すのだった。

 

 男の代わりにウーヴェを鞭打ち、ナイフで傷を刻んでいく部下、ルカの様子をリビングの壁に掛けた大型テレビで見ていたジルベルトは、昨日からここで監禁されてからロクに寝る間も与えられず男に犯されるだけではなく、かみ癖や吼え癖のある犬を調教する時のようにリードで首を締められることは死ぬよりも辛い事だろうが、何故こいつは耐えられるんだと不満そうに舌打ちをする。
 今もテレビでよく見える位置に移動させられたウーヴェの、涙と唾液と汗に汚れる顔の中心では、決して諦めないと言いたげな強い光を宿したターコイズの双眸が色を失わずに光っているのだ。
 もし己がウーヴェの立場だとすれば、今すぐ殺してくれと叫んでいるだろう。
 だが、ウーヴェの口に噛ませた玩具を取り除いたときに出てくる言葉は、ジルベルトが思い描くように卑屈になって助けを求めるものや、今すぐ殺して楽にしてくれなどというものではなく、何があっても屈しないことを表すような低い声ばかりだった。
 自分は必ず助かる、助けに来てくれるとの思いをそこに読み取ってしまって瞬間的に苛立ちを感じたジルベルトは、脳裏に浮かぶ、彼が信じて待つ子どものような笑みを浮かべた己と同類の男の顔を掻き消すように頭を振る。
 「どうした、ルーチェ?」
 「・・・イライラする」
 あいつを好きなだけ嬲って痛め付けたかったはずなのに、またそうしているはずなのに、どうしてあいつはあんな目をしているんだと、テレビを顎で示しながらビールをボトルごと飲んであの目を潰したいとアルコールに染まった息を吐くが、顔を傷付けることはダメだ、どうしても傷を付けたいのなら他にしろとルクレツィオに諭され、面白くなさそうな顔でタバコに火を付ける。
 「ルーチェ、ジル。そうイライラするな」
 「・・・ルーク」
 ジルベルトの苛立ちの根源を何となく察したルクレツィオがその横に移動すると、宥めるように何度も髪を撫で付け、その手が少し煩わしのかジルベルトが顔を背け、ルクレツィオが目を細める。
 「俺のルーチェ。あの目が気に食わないんだな?」
 「ああ」
 「分かった」
 ルクレツィオの顔に何とも艶っぽい笑みが浮かび、お前のためにあの目を潰してやろうと笑いながらジルベルトの頬を撫でると、テレビ越しに撮影しておけと片目を閉じる。
 「ルーク?」
 「ああ、そうだ。もしテレビを見ていてやりたくなったらマリオを抱いても良いぞ」
 「誰が抱くか」
 マリオと言う名の部下がキッチンにいて己の名を呼ばれたことに気付いて顔を出すが、誰が男を抱くかとジルベルトが吐き捨てたため、慌ててマリオがキッチンに戻っていき、入れ替わりに新しいビールを持ってキッチンから戻ってきた男は、ルクレツィオがソファにではなくテレビの中に現れた事に気付き、ジルベルトの顔を少しだけ見るが、新しい薬を飲めと吐き捨てられて逆らえずにビールで流し込む。
 ウーヴェを暴行しろと言われてから一体何錠このクスリを飲んでいるのか、最早数えられなくなった男は、ジルベルトから離れた位置に腰を下ろし、テレビの中で何が起こるのかを見守るが、地下にいたルカが少し疲れた顔でリビングに戻ってきたことに気付き、ジルベルトが上の部屋で寝てこいと苦笑する。
 何が起こるのかを見ていた一同だったが、テレビに映し出されたルクレツィオが人懐こい笑みを浮かべ、ウーヴェの首輪以外の拘束具を総て取り外すと、その顔がよりはっきりと映し出される位置に連れて行ったため、上の部屋に行こうとしていたルカも何が始まるのかが気になりジルベルトの横に座ってテレビを注視する。
 キッチンからはマリオが顔だけを出して見ていた為、四対の目が見守る中、ルクレツィオがウーヴェの背後に回り込んでその肩をケージに押しつけると、スラックスの前をはだけ、二人の男に交互に犯されて感覚が麻痺しているウーヴェの尻に己のペニスを突き立て、片手でウーヴェのものを握って上下させ始める。
 それと同時にウーヴェの耳に口を寄せて何かを囁くと、ウーヴェの目が限界まで見開かれ、見る見るうちに顔から血色が失われていく。
 「あいつ、何を言ったんだ?」
 テレビを撮影しているためにスマホの画面に細く見える走査線の奥でルクレツィオが何を言ったのかが知りたくなったジルベルトだったが、ポールを握りしめて何かを堪えるウーヴェの顎を片手で掴んで上げさせ、二人の男が何度も中で射精したために水音がする尻を犯しながらルクレツィオがウーヴェの耳に顔を寄せ、綺麗な綺麗な笑みを浮かべて何かをまた囁きかける。
 その直後、ルクレツィオの手が扱いていたウーヴェのペニスがびくりと揺れ、ここに来て初めてウーヴェが射精してしまう。
 自らの意志とは別で半強制的なものだったが、それをどうやら笑い飛ばしているらしいルクレツィオの顔を部下や男は直視できずに視線を逸らしてしまうが、ジルベルトだけは画面と携帯の走査線越しに凝視する。
 ルクレツィオの腰が一際大きく動いて小刻みに身体を震わせたかと思うと、ゆっくりと抜け出した尻を左右に開いてウーヴェの耳朶を舐める。
 ポールをきつく握りながら頭を振るウーヴェのものから滴が落ちていく様をテレビ越しに見たジルベルトは、内股を伝い落ちる赤と白の流れにも気付き、何回分の精液をため込んでいたんだ、ビッチかと呆れたように呟くが、ルクレツィオがウーヴェの膝を折らせて前髪を無造作に掴むと、今度はその口に射精したばかりの己のものを突っ込む。
 ルクレツィオのものを口に突っ込まれてウーヴェが噎せ返る様をテレビで見ていたジルベルトは、先程までの苛立ちが薄れたことを示す様にじわじわと笑みを浮かべていく。
 さっきは潰したいと思った生意気な目が、ルクレツィオに何かを囁かれて突っ込まれただけで生気を失っているのだ。
 「本当にあいつは何を言ったんだ」
 鞭を使うでもなくナイフで切るでもない、何か一言二言囁いただけで、今まで出来なかったウーヴェの反抗心を奪い去ることに成功したのはどんな魔法の言葉を囁いたからだと笑い、たった今撮影した動画を再生させて確かめる。
 テレビの画面だけが映し出されるそれだが、視覚だけの情報と聴覚だけの情報だとどちらがより一層興奮するだろうかと思案し、昨日送りつけた写真よりはどちらも興奮すると結論づけると、暫くして涼しい顔でリビングに戻ってきたルクレツィオをソファの背もたれに頭を反らせて逆さまの世界で出迎える。
 「何を言ったんだ?」
 「お前が犯されている写真をお前の友人に送ってやったぞって言っただけだ」
 そうしたら急に大人しくなったから、もちろん今も撮影している、お前の恋人にはとっておきのものを見せてやろうって言っただけだとも笑うルクレツィオに呆気に取られたジルベルトだったが、確かにあいつはどう思うだろうなと悪魔と同類の笑みを浮かべる。
 その二人を恐れるような視線で部下の二人と男が見つめるが、テレビの中ではウーヴェが感情を喪ったような顔で身体を丸めてケージの中で横たわっていて、男が唾を飲み込んでビールのボトルを片手に立ち上がる。
 先ほどテレビで見せられたものに刺激を受けたらしい事はその様子からも理解出来たため、もう何をしても大人しく言うことを聞くから鞭やナイフは使わなくても良いぞと笑い、疲れたように溜息を吐くルカにも寝てこいと命じるが、あんなものを見せられて大人しく寝られるはずがないと小さな声で恨み言を吐かれてルクレツィオが小さく笑って謝罪をする。
 「マリオを連れて部屋に行け」
 「分かりました」
 その為にもう一人部下を連れてきているんだと笑うルクレツィオにルカが立ち上がってキッチンに向かうと、少しだけ照れたように足早にリビングを通り抜けて二階の寝室に向かうが、その後を意味の分からない顔でマリオが大人しくついて行く。
 「・・・ルーク、本当のことを言え」
 「・・・バレてたか」
 二人きりになったリビングでジルベルトがルクレツィオの横に移動して囁くと、端正な顔に悪魔が取り憑いたかのような笑みが浮かび上がる。
 「お前は売るほどの価値がない駄犬だが、そんなお前でも欲しいという客がいる。もうすぐ引き取り手がやってくると言ったんだ」
 ルクレツィオが楽しげに語る言葉に呆然とその横顔を見つめたジルベルトだが、確かに後数日でスイスから客人が来ると頷き、二度目は何を言ったと促すと、ジルベルトが飲んでいたビールを一口飲んだルクレツィオの肩が心底楽しいのか、軽く揺れてソファにもたれ掛かる。
 「客が来れば最後になるから、前の飼い主にお前が調教されて賢くなっている姿を見せて褒めてもらおうとも言ったかな」
 前の飼い主、つまりはリオンの事だが、二度と会うことが出来ないのだからその前に別れをさせてやろう、何と優しい男だと笑うルクレツィオに再び呆然としたジルベルトだが、確かにお前は優しい男だと額を抑えて肩を揺らす。
 恋人がレイプされる様を見せつけられた時、リオンはどんな顔をするのかを見てみたい、そしてそれを見せられて絶望するあいつの顔を見るのも楽しみだと笑うルクレツィオに最高だと頷きつつも、あいつはお前が思うような表情にはならないとそっと胸中で呟いたジルベルトは、俺たちは顔を出さないで声だけの出演にしよう、主役には頑張って貰おうかと笑みを深めてテレビを見ると、画面の中で身体を丸めて蹲っていたはずのウーヴェが四つん這いにならされ、男のもので再び口を、尻をバイブで犯されている姿が映し出され、どんどんエスカレートしていくなと笑ってしまう。
 「どれぐらい薬を飲ませた?」
 「ここに上がってくる度に飲ませているから、そろそろ中毒になっていそうだな」
 スイスから客が迎えに来る頃にはあの男の頭も薬でイカれているんじゃないかとジルベルトが笑うとルクレツィオも笑みを深め、ビールで飲ませているからかなり進んでいるだろうとも笑う。
 「リオンとの通話の時にぐったりしていると面白くないからな。少し休憩させるか」
 「そうだな・・・スポーツ飲料でも飲ませておくか」
 「ああ、そこにエサを入れるための皿があるからそれを使おう」
 ジルベルトの言葉にルクレツィオが賛成し、ウーヴェに与える食事や水分をどうするか相談するが、言うことを聞くようになってきたグッドボーイにはご褒美の水とエサをやらなければなと笑い、犬のものだと一目で分かるトレイにドッグフードとスポーツドリンクをマリオが降りてきたら用意させると決め、テレビの中で男がウーヴェの腰に新たな縦の傷を刻んだのを確かめると、ルクレツィオが休憩だと伝えに地下室に降りていくのだった。

 

 やがて男が疲労を覚えて簡易ベッドに横になった頃、ドッグフードとスポーツドリンクを満たしたペット用の器をマリオが運んできて、微動だにしないウーヴェの顔のそばに置いていく。
 それを飲めと命じられても指一本動かす気力がなかったウーヴェだったが、脱水症状で弱らせるわけにはいかないと、マリオが無理矢理スポーツドリンクを飲ませたため、噎せ返りながらもそれを飲んでしまう。
 クリニックで誘拐されてからどれぐらいの時間が経過したのかはウーヴェには分からなかったが、この苦痛がまだ続くことだけは、噎せ返る苦しさの中でも理解出来るのだった。

 

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2017.06.23
昨日は親父とベルトランでしたが、今日は兄貴です。


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