Garden of Southern Cross.

第13話 Honest.
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 今、自信なさげな顔でソファで膝を抱えてぽつりぽつりと語るノアの言葉を、辛抱強く口を挟むことなく-また何かを言いたげなノアの向こうで床に直接腰を下ろしているテッドにも挟ませず-聞いていたリオンだったが、ああ、今ここに俺のダーリンがいればきっともっと上手くノアの思いを引き出させ、それを昇華できるように手助けできるのにと呟きたい気持ちになっていた。  テッドからの連絡を受けたその夜、ウーヴェが己の父と兄に相談を持ち掛けていた事をリオンは知っていたが、せいぜい突然の有給休暇の取得について大目に見てくれという程度のものだと思っていたのだ。  だが、その翌日に出社したリオンを待っていたのは、明日朝一番の飛行機でシドニーに向かい、3日後に開かれるオセアニア地区の会議に会長の代理人として出席してこいとの命令で、意味も分からずにシドニーに行けと言われて呆然としていたリオンの胸に必要な書類一式を纏めたバインダーをヴィルマがとんとぶつけ、ニュージーランドのワインが飲みたいと片目を閉じた時にすべてを理解したのだ。  ワインかぁ、何本買ってくれば良いんだろうなぁ、俺のダーリンもワインが好きだしなぁと、ヴィルマからのラブレターを受け取りながらにやりと笑みを浮かべたリオンは、その日、今までの怠惰な態度ーに見せかけていたーそれを封印し、レオポルドを筆頭にやれば出来ると思っていたが本当にやればできる子だったんだなと言わしめる働きをし、その結果今ここに、初めて見る顔で俯く弟の前に駆け付けたのだ。  ノアという名の弟がいることをリオンが知ったのもここ数年の事で、ウーヴェとの付き合いと比べればまだまだ短いが、フォトグラファーとして世界を飛び回っている快活な青年という印象があり、今己がいる場所は地獄だと言いたげな顔で落ち込む姿など想像も出来なかった。  だからノアの言葉の大半を驚きとともに聞き入れていたが、発砲事件に巻き込まれ、その際に犯人から怨嗟の言葉を聞かされ続けて疲弊していた時に助けに来てくれた恋人が拳銃を犯人に突き付けている顔を見てしまった、それが己の中でどのように扱えばいいのかが分からなくなってしまったということかと広げた足の間でくるくると親指を回転させる。  己の永遠の恋人であり魂の片割れであるウーヴェは、過去の出来事から暴力というものに対しての拒絶反応があり、付き合いが浅い頃には知らなかったリオンの出自や性格をより深く知るようになってからはリオンの刑事という当時の職業柄を除いたそれらに対してウーヴェがなるべく理解を示そうとするようになっていたのだ。  理由もなく己が暴力を振るうような男ではない事を誰よりも愛する男が理解してくれている、その安堵はリオンが今まで生きてきた中でなかなか得られるものではなかった為、職務上で必要な時以外は若い頃のように手を挙げることも無ければ誰からも手を挙げられる事もなくなっていた。  ウーヴェとの付き合いを振り返った後に目の前で困惑している二人を見ると似たような悩みなのかも知れないと気付き、ノアが口を閉じて膝頭に額を押し当てた事に気付いて冷めてしまった紅茶に口を付ける。 「……オーヴェがいればきっと今お前が必要とする言葉を言ってくれると思うんだけどなぁ」  それが出来なくて悪いと思うがと前置きをし、悪いだなんてことは無いと言いたげに顔を上げる弟に目を細めた兄は、今まで黙らせてしまって悪かったと目でノアの向こうでじっとこちらを見つめている深い海の色に似た目を見つめて軽く目を伏せる。 「なあ、ノア」 「……何?」 「お前、テッドを愛してるよな?」 「!」 「当たり前だ!」  リオンの唐突に思えるその言葉にテッドが目を見張って何を言い出すのかを身構え、その手前ではノアが当たり前だと声を大きくするが、そんなに叫ばなくても聞こえてると苦笑したリオンがマグカップをテーブルに置いて天井を見上げ、次いで床を見下ろした後二人の顔が見えるように顔を上げる。 「愛してる男が昔何をしていたのかを知らなかった、それがショックだったのか?」 「……それも、ある」 「他は?」 「……」 「あ、もう一つ確認だ。……お前、テッドに今回の事件で怖い思いをしたって事をちゃんと伝えたか?」 「え……?」  リオンの問いかけが意外だったのかノアが思わず振り返ってテッドを見つめ、テッドが躊躇することも無くああと頷いた事にリオンが安堵の息を零し、感情を堪えているのなら吐き出してしまえば良いと思ったと肩を竦め、その動きにノアがうんと頷く。 「……テディがリオンに電話を掛けた日だったかな、怖かったって話をした」 「そっか。……じゃあ何も問題ないと思うけどなぁ」  成人男性だから感情を堪えなければならない、いい歳をした大人が涙を見せるな、そんなひと昔ふた昔前の古びた言葉を信奉するような人たちでなくて良かったとリオンがあからさまに胸を撫で下ろし、愛する人の前で感情の吐露が出来るのならば問題はないだろうと頷くが、ノアの己そっくりな双眸が左右に揺らいだ後、刑事だったころの話を聞かせて貰っても良いかと問われて目を瞬かせる。 「ん? どうした?」 「……リオンは刑事だった頃、その……人を……」 「死なせたことは無いな。でも銃口を向けたことは何度もあるし発砲したことも何度もある」  それは職務上仕方がないことだったと過去の己の行動に悔いの色など滲ませない顔で返すと、ノアの口が何かを言いたげに開閉するが、言葉としてはどんなものも流れ出してこなかった。  その様子からリオンが読み取ったのは、テッドの過去に纏わる何かだったが、具体的にはまだ何も分からないままだった。 「確かテッドはネイビーの出身だったな」 「……ああ」  リオンのその言葉に返事をしたのは今まで黙っていたテッドで、ノアの横に並ぶようにテーブルを押しやって前に出てくると、ノアの髪を撫でるように手を伸ばす。  その手の動きをじっと見守るリオンの前ではノアがテッドの手に自ら近づくように体を寄せ、先程の言葉に嘘は含まれていない事を改めて気付くが、ならば何故こんなに悩んでいるのかという当初の疑問に返りついてしまう。  何だ、己は何を見過ごしている、いや、己ではなくノア自身気付いていないのかという刑事の頃は当然だった洞察するという行為を無意識に行い、何かが足りないと呟いた時、俺が軍人だった事が気に食わないのかとテッドが問いかけ、その言葉に先程以上の大きな声をノアが挙げる。 「違う!」  そうじゃないと続けるノアの顔からは嘘を読み取る事が出来ず、だったら何が引っかかっていると再度思案しているリオンの前ではテッドも同じことを思っていたらしく、ならどうしてそんなに悩んでいるとノアの目を真っ直ぐに見つめる。 「……あんな険しい顔を見たのが初めてだったから……」  それと、初めて拳銃で足を撃たれた事も衝撃だったし、同じ拳銃で二人の男女の命が奪われていたという事実がただただ怖かったと目を伏せ、己の髪を撫でている大きな手を掴んで頬を押し当てる。 「ごめん。いつまでも情けないって思ってる」 「それは構わないと言っている。……ノア、教えてくれ」  ノアの言葉に一つ首を振ったテッドが己の手を頬に押し当てて俯くノアを真っ直ぐに見据えつつ問いかけたのは、ついに聞かれてしまったと思える疑問だった。 「……俺がお前に銃口を向けるかも知れない、そう思ったんじゃ無いのか?」  ネイビーという職業柄、銃火器を常に扱い事があれば出動時にいつでも発砲できる準備を整えていたし、実際過去に出動した事件の際に己のミスで友人の娘の命を結果的に奪ってしまった事すらあると、苦い過去を自嘲に混ぜて呟くテッドの声にノアの顔色が悪くなり、さすがにテッドの過去についてノア以上に何も知らないリオンが青い目を限界まで見開いてしまう。 「確かに、そう考えた」  テッドの疑問にノアが答えたのは長い長い沈黙の後で、握りしめていた手を一度離した後、今度は掌に掌を重ね、いつもテッドがしてくれているように指を曲げて大きな手をしっかりと握りしめる。 「……」 「でもそれは……良く考えなくてもバカな想像だって分かった」  もしもあの犯人のように、俺が他の誰かと不倫をし、その不倫相手と俺がお前を嘲笑っている時でさえもきっとお前は銃口を向けるのではなく無言で立ち去ってしまうはずだと、決して短いとは言えなくなってきた付き合いの中で知っていったテッド・ハリスという男の言動を思い返せば、そんなある意味極限状態においても俺に銃口を向けるはずが無いと穏やかな声で断言したノアは、驚きに見開かれる深い海の色にも似た双眸を見つめ、あんな顔を初めて見たからただ驚いていただけだけどもう大丈夫と頷くと、テッドがノアの手をそっと振りほどき、驚くノアを抱きしめる。 「……ごめん、テディ」  余計な心配を掛けてしまったけれどこの間も言ったようにきっともう大丈夫と広い背中を抱きしめながら安堵の息を零したノアは、微かな声が怖い思いをさせてしまったと反省の言葉を告げたことに気付いて無言で背中を撫でる。  そんな二人の様子を半ば呆然とリオンが見守っているのだった。  何だよ、ドイツから駆けつけたのに俺は何の役にも立ってねぇじゃねぇか。  そんな恨みが籠もった言葉に、テーブルの反対側に腰を下ろしてビールのボトルを傾けていたテッドとノアが液体を喉に詰めた苦しさに咳き込み、そんな時にまで仲良しかよと頬杖を突いてやさぐれた顔でビールを飲むリオンが二人をじろりと睨む。 「……ごめん……」 「……悪かった」 「あーもー、なぁんかむかつくから、俺のダーリンの土産のワインを一緒に選べ!」  今日俺がここに来ること出来たのは何もかもオーヴェのお陰だから、あいつへの土産のワインと兄貴や親父達への土産も選べと叫び、テッドが用意をしてくれたロブスターに齧りついたリオンだったが、テーブルに置いたスマホからただ一人を示すピアノ曲が流れ出したことに気付いて通話に出る。 「ハロ、オーヴェ」 『今大丈夫か?』 「うん、大丈夫。オーヴェは今起きたのか?」  ニュージーランドとドイツ南部とは時差が12時間の為、今起きたのかと問いかけるとスマホの向こうで少しだけ眠そうな声がああと返してくる。 「そっか。おはよ、オーヴェ」 『ああ……』 「あ、そうだ。聞いてくれよ、オーヴェ」  スピーカーモードのためにウーヴェがどうしたと苦笑交じりに問いかけてくる言葉を三人で聞いているが、遙々駆けつけたのに俺の手助けなんか無くても二人仲良く問題の解決にこぎ着けたみたいだと、先程の恨みを思い出した顔で二人を睨めつけると、一人が天井を見上げて溜息を吐き、一人が両手を慌てふためいていることを教えるように大きく振りながらわーわーと声を上げる。 『リオン?』 「……お前がお膳立てしてくれて駆けつけたけど、余計なお世話だったみたいだぜ」  その言葉に二人が激しく首を横に振り、お前の存在に本当に助けられたとテッドが拳を握り、ノアもくすんだ金髪を激しく上下に振る。  その顔が楽しかったのかリオンが冗談だと笑ってにやりと口の端を持ち上げ、ついでにスマホも持ち上げてビデオ通話に切り替えろとウーヴェに告げると、真夏に向かうドイツの早朝の空気も伝わる室内に夏用のガウンを着込んだウーヴェの顔が映し出される。 「ウーヴェ!」 『久し振りだな、ノア。……足の傷はもう大丈夫か?』  そして、リオンが余計なお世話だと言っていたが、もう問題は解決したのかと柔らかな笑顔で問われ、何度も何度も頭を振ったノアだったが、くらりと目眩を覚えたように隣のテッドの肩に頭を預けてもう大丈夫と肩を揺らす。 「……心配掛けちゃったな」 『そうだな、これだけ離れていると出来る事は心配することぐらいになる』  だからそれは気にしなくて良いが、リオンが今言ったように本当にもう大丈夫かとそっと問いかけるウーヴェを安心させるようにノアがうんと言葉で返し、テッドももう大丈夫だ、ありがとうと画面とスマホの向こうの二人に感謝の言葉を伝える。 「今日と明日こっちで泊まって明後日の飛行機で帰るな」  飛行機のチケットはヴィルマが手配してくれているから問題は無い、経由地でそちらに帰る時間がはっきりするだろうからまた連絡をすると伝えると、二人に向けていた画面を己へと向けたリオンがスマホにキスをし、ああ、時間が分かれば教えてくれと返されて同じような音が響いてくる。  兄とその伴侶の仲の良さに以前のノアならば少しだけ胸を痛めていただろうが、今はそんな感情は一切なく、ただいつまでも仲良しで良かったと自分達のことを棚に上げて目を細めるが、次いで聞こえてきた言葉に目を限界まで見開いてしまう。 「あ、そうだ。ニュージーランドで一番美味いワインを1ダース、ノアが買ってくれるって」 「は!?」 『……そうか、それは楽しみだな』  リオンのにやりと笑った顔に口をパクパクとさせることしか出来なかったノアの耳にウーヴェの期待に満ちた声が流れ込み、ガッデムとテッドがその横で小さく呟く。 「あと、マザー達にも土産を買ってくれるって言ってたから、スーツケース大きいのを持って来て良かったぜ」 『……程々にしてやれ、リーオ』 「助けてくれ、ウーヴェ!」  お願いだからこの男を止めてくれと悲鳴じみた声をノアが上げ、その横でテッドは最早何も言えないと頭痛を堪えるような顔になっていて、そんな二人の様子に漸く溜飲が下がったのか、冗談だと笑ってもう一度画面にキスをしたリオンは、兎に角問題は解決するだろうから明後日に帰ると再度この後の予定を伝えると、ウーヴェが分かったと短く返し、お前が帰ってくるまでの間で父さんとノルとそれぞれ食事をすることになっているから夜は不在だと伝えて通話が終わる。 「……1ダースは冗談だけど、もし良かったらお前達オススメのワインを教えてくれ」  ここに駆けつけたことが無駄足だの余計なお世話だのとは思っていない、久し振りにお前達にこうして会えることだけでも嬉しい事だとビールのボトルを二人に向けて片目を閉じたリオンの言葉にテッドとノアが顔を見合わせた後、同じようにボトルをリオンに向け、三本のボトルが軽く触れ合う音が響く。 「美味いディナーを食わせてくれてありがとう、テッド、ノア」 「いや、これぐらいしか出来ない」  ただ魚ならまだまだあるから食ってくれと小さく笑みを浮かべるテッドに頷き、ドイツで知り合ってからいつも見ていた穏やかな笑みを浮かべるノアに内心安堵の息を吐いたリオンは、明日もし予定が無いのなら連れて行って欲しいところがあると二人に伝えて返事を待つ。 「何処に行きたいんだ?」 「……明日まで内緒だ」  その言葉に二人が顔を見合わせて小首を傾げるが、明日の漁は休みだとテッドが同業者に連絡を入れたために明日は休みだから行きたいところに行こうと頷き、目の前に並ぶ料理を久し振りに談笑しながら三人で賑やかに食べるのだった。  開け放った窓から流れ出す笑い声は、二人が顔を上げられなくなっているときも今も変わらずに満天の星々が光る空へとふわりと立ち上り、和やかな空気だけを残して消えていくのだった。      
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  無駄なお節介を焼いてしまったから、ダーリンのためにワインを用意しろ!
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