Garden of Southern Cross.

第13話 Honest.
4
 テッドがミアからの連絡を受けてピックアップで駆けつけたとき、ノアの車は警官達が取り囲み、その周囲に野次馬が何事だと見守っているような様子だった。  人垣をクラクションと一睨みで掻き分けてピックアップを可能な限り近づけると、警官が制止の為に両手を広げるが、窓から上半身を乗り出してそこの彼女は俺の家族だと告げて警官の同情の視線に頷いた後、ピックアップから飛び降りて警官の向こうにいるミアの元に駆け寄る。 「ミア!」 「テッド……!」  テッドの声にミアが顔を上げてそこに誰よりも頼もしい叔父の姿を発見し、ずっと己を支えてくれていた神父服姿のアンドルーから離れてテッドに駆け寄って飛びつく。 「テッド、ノアが、ノアが……!」 「ああ。落ち着け、ミア。ミアはケガはしていないのか?」 「ノアが、守ってくれた……!」  だから私は大丈夫と泣きながらテッドの首に腕を回してしがみつくミアの背中をぎゅっと抱きしめ、ああ、ノアが守ってくれたんだなと感慨深い声を出してしまう。 「テッド」 「……ドリュー、お前がいてくれて良かった」  お前が電話に出てくれたことは驚いたが、ここにお前がいてくれた事は神の思し召しだなと苦笑すると、アンドルーが目を細めてミアの髪を撫でる。 「今日は偶然用事があってセント・ポールズ大聖堂に来ていた」  英国国教会の教会にカトリックの神父であるアンドルーが来ている事への違和感をテッドは覚えることはなく、そうかとだけ頷いて震えるミアの背中を安心させるようになで続けると、泣き声がしゃくり上げるものへと変化をし、最後には泣き止んで自ら顔を上げる。 「ノアがミアを車で庇ってくれた後、変な目をした男に連れて行かれたの」 「変な目をした男?」 「うん……大きなボストンバッグを持ってた。テッドの誕生日プレゼントを選んでいた店にいたとき、怖い気持ちがして店の外を見たらその男がいたの」  店を出る前にノアがそれに気付いてくれて車に戻って家に帰ろうと言ってくれたが、車に着いた時にノアが撃たれたと、グッとセーターの裾を握りしめながら涙を堪える顔で何があったかを教えてくれるミアの額にキスをし、ああ、ノアがお前を守ってくれたんだなと再度感慨深い声で呟くとミアの頬に静かに涙が流れる。 「テッド……ノア、死なないよね……!?」 「それは何か見えたと言うことか、ミア?」  ミアの蒼白な顔を見下ろしつつテッドが努めて冷静に問いかけると、そうではないと教えるように顔が左右に振られる。 「そうじゃないのなら死ぬなどと考えるな、ミア」  お前には何かが見えるかも知れないが見えた未来は必ず訪れるものではないと教えてくれたのはお前だろうと、幼い頃からそうしてきたように額を重ねて涙に揺れる双眸を覗き込むと、ミアが小さな声でテッドの名を呼ぶ。 「だから、あいつが帰ってくると信じよう」  ノアが帰ってくればあいつの好きな魚とワインを使ってブイヤベースを作ろう、そしてそれをお前やドリューやボブ達と一緒に食べて賑やかに過ごそうと、ミアの頬に流れる涙を指の腹で拭うと、テッドの気持ちを受け取ったミアがうんと頷き、セーターの袖で涙を拭う。 「ノア、頑張ってるから早く迎えに行ってあげて、テッド」 「ああ、そうしよう」  ミアの様子に一安心と胸を撫で下ろしたテッドが今の今まで様子を見守ってくれていた旧友の視線に目を細め、ロバートには連絡を入れたこと、勝手だと思ったがミアを頼みたかったからアンシェラにも連絡を入れたと教えられてさすがに驚きを隠せずに目を丸くしてしまう。 「アンシェラにも?」 「ああ」  最近は関係が改善されてきているとは言えまだまだ顔を直接合わせる事に不安があると眉を寄せたテッドだったが、家を出る前に彼女から電話が掛かってきていたことを思い出し、慌ててスマホを取り出して電話を掛ける。 『テッド? 急に電話を切って一体何があったの?』  電話の向こうの声は相変わらずこちらを非難している色を滲ませていたが、詳しい話は後でするが今ノアが発砲事件に巻き込まれて負傷したまま犯人に連れ去られたこと、これからドリューと可能な限り自分達だけで救出に向かいたい、ミアが一緒にいるから警察への説明をして欲しいことを口早に伝えると電話の向こうに沈黙が流れ、誰かに鋭い声で行き先を命じるようなアンシェラの声が響く。 「アンシェラ?」 『ミアはケガはしていないの?』 「ああ。ノアが守ってくれた」  だからミアは無傷だと安堵の顔で伝え、己の話だと気付いたミアがテッドの体に身を寄せると、オクタゴンにいるのかと問われて返事をしつつミアの肩を抱き寄せる。 「ドリューと出る。アンシェラ、ミアを頼む」 『後20分ぐらいで着くわ。ミアに話しておいてちょうだい』 「ああ」  ぶつりと切れる通話に安堵の息を再度零し不安そうに見上げてくるミアの髪を撫でたテッドは、今からアンシェラがこちらに来てくれる、彼女と一緒にいればもう怖いことはないだろうと諭すように伝えると、己の叔父と彼女の確執を知っている彼女の顔に不安が芽生えるが、テッドの顔に不安の色がないために安心させようと頷き、四つ葉のクローバーとチューリップの人だよねと確認をするとテッドとアンドルーが同時に頷く。 「……おいおい、テッドちゃん、随分と大変なことになってるじゃないか」  そんな三人に場違いな陽気な声が掛かり三人三様の表情で声の主を振り返ると、そこにはパイロットサングラスを掛けたブロンドで長身なのに何故か女性からモテないロバートがニヤニヤとした顔で立っていて、思わず盛大な溜息を吐いたテッドが今からアンシェラが駆けつけてくれるそうだが警察の説得を頼むと伝えると、ロバートがサングラスを額に押し上げて不安と安堵を綯い交ぜにした顔で見上げてくるミアを抱きしめ、怖い目に遭ったなぁと彼女を真っ先に気遣う。 「お前のハニーが連れて行かれたのか?」 「ああ」  アンドルーから聞いていたらしい情報を確かめるように問いかけるロバートの顔は先程の軽薄さなど一切無く、いつもこの顔をしていれば職場の女性達にもパブで知り合った女性達にもモテるのにとアンドルーが内心苦笑するが、本人は軽薄な己を演じるのが好きなようでミアから離れると表情も元に戻ってしまう。 「ミア、ノアを連れていった男はどちらに向かった?」  ロバートの腕の中からテッドの腕の中に移動して安心したミアだったが、不意に問われて一度視線をぐるりへと向けた後、大聖堂に背中を向けて通りの向こうを指さす。 「あっち」  少女が指さす方へと三人が顔を向けたとき、その指さす方から赤いワーゲンのカブリオレがタイヤを軋ませながら突っ込んできて、整理をしていた警官が慌てて横に飛び退くが、ドアを開けて車と同じ赤いヒールを音高く鳴らしながらサングラスを掛けたゴージャスな雰囲気を纏った女性が四人に気付いて駆け寄ってくる。 「テッド!」 「……相変わらずだな」 「ああ」  最後に会ったのはいつだったか忘れたが初めて出会った頃から何も変わらないと感心している顔でアンドルーとロバートが互いの顔を見合わせるが、テッドがミアの髪にキスをした後、一つ頷いてミアを頼むとそっと背中を押す。 「ミア! 大丈夫? ケガはしていないの?」 「うん、大丈夫」 「良かった……! 神よ、感謝いたします」  幼い少女が無事であった事に感謝しますと、ミアをそっと抱きしめながら目を閉じたアンシェラの口から祈りの言葉が流れ出し、テッドが目を丸くしながら美人だが少し苦手意識もあったアンシェラの横顔を見つめる。 「どうした?」 「ノアのロザリオが突然ちぎれたのを思い出した」 「……ジーザス」  アンシェラからの電話を受ける前に壁に吊していたノアのロザリオがちぎれたことを呟くと、アンドルーが胸の前で十字を切りロバートが空を見上げて嘆息するが、ミアがきっと身代わりになってくれたのだとアンシェラの腕の中でテッドに伝え、だからノアは大丈夫とも伝えるとテッドの大きな手がミアの頭に乗せられる。 「アンシェラ、ミアを頼む。ボブ、警察を説得してくれ」  テッドの言葉に二人が頷くが同じ色を顔に浮かべていることに気付き、テッドがそっと腰に手を当ててそこにジーンズ越しの固い感触があることを確かめる。 「銃がある」  状況によっては発砲することがあるから警察に前もって説明をしておいて欲しいこと、犯人を極力生きて引き渡すつもりだから説得しろとロバートに伝えると、俺は今回は説得役かと面白くないと言いたげにロバートが口を曲げるが、お前が一緒に来れば大騒ぎになること、下手をすれば海軍絡みと思われてしまうことをテッドが伝えるが、現役一人と予備役三人が揃っているのに今更何を言うとロバートに笑われてその通りだと苦笑する。 「警察には極力手を出して貰いたくない」  ノアをこれ以上の危険にさらしたくないと告げるテッドの目付きは三人にとっては見慣れた懐かしさすら感じるもので、ミアにとっては初めてのものだったため、思わずアンシェラに身を寄せてしまうと、彼女は何も言わずにそれを察してミアを安心させるようにそっと抱き寄せる。 「ミアのことは任せておきなさい」  久し振りのHチーム出動よとアンシェラがサングラスを押し上げながら目を光らせ、その眼光に男三人が三者三様の表情で頷くが、事情を聞きたそうにこちらの様子を窺っている警官の視線をものともせずに二人が踵を返し、ロバートがサングラスを掛けながらミアの背中を撫で、アンシェラが近寄ってくる警官に己の身分を示すためのいつもの名刺をバッグから取り出す。 「私、犯罪被害者とその家族を支援している団体の代表をしているアンシェラ・ハリスよ。こちらは今回の事件で発砲した男に連れて行かれたノアと一緒にいた彼の家族のミア。こちらは……」 「ああ、ネイビー所属のマグワイアだ」  警官が声を掛ける前に自ら説明をしたアンシェラをじっと見つめていたミアだったが、どうやら彼女は信頼できる人間だということがミアの基準で理解出来たのか、頼もしい姉といるような気持ちを覚えてそっと身を寄せると、ミアの予想通りしっかりと肩を抱いて引き寄せてくれる。  その腕の強さが姉と言うよりは母と一緒にいるときの安心感を思い出させ、テッドを許してくれてありがとうと思わず呟くと、軽く驚くような気配が伝わってくるが髪にキスをされた後にその話はまた今度しましょうと約束と片目を閉じられる。 「うん」 「先の二人は……」 「ネイビーの予備役よ」  何ならここにいるロバート・マグワイア中佐に照会させればすぐに二人の名前も立場も分かるはずとアンシェラが警官に笑み混じりに伝えると、言動と地位の一致を見いだせなかったのか警官が盛大に驚いた顔になってしまうが、元部下達が己の大切な人を救出するための動きを邪魔させないと言外に警官に伝え、そんな彼女を援護するようにロバートもネイビーに所属しているという立場を最大限利用し、旧友が恋人の救出の邪魔をさせないように気を配るのだった。      先程まで晴れていた冬の空、俄に雲が湧き始め誰からともなく雨が降りそうだと呟いてしまう空模様になるのだった。  
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