漁師をしている同棲中の恋人、テッド・ハリスがいつものように自宅で食べる小魚以外に一抱えもある箱を玄関前の廊下に下ろしたのは、すぐ傍の作業部屋からテッドを出迎えるために作業の手を止めたノア・クルーガーが青い目を驚きに丸くしながら出てきた時だった。
「お疲れ、テディ」
「ああ、お前も作業中だったんじゃないのか?」
お互いにお互いの仕事を労い両手を伸ばしてハグした後にお帰りとただいまのキスを互いの頬に交わすと、自然とテッドが持ち帰った箱に視線が向けられてしまう。
「これ、何だ?」
今日はテッドの悪友であるロバートが遊びに来ることから、いつもならば売って金に換える事の出来る魚を持ち帰ってきてくれと頼んでいたノアが不思議そうに足下を見下ろして小首を傾げる。
「ああ、アンドルーからボブが来るのなら持って帰れと言われた」
恋人の疑問に苦笑しつつ答えたテッドだったが、足下に下ろした荷物を両手に持ち、廊下の先のキッチンに向かうと、そんな広い背中を追いかけるようにノアもキッチンに向かう。
そして、キッチンのテーブルで箱を開けたノアが目の当たりにしたのは数え切れない程のキウイフルーツだった。
「こんなに大量のキウイを持って帰れって!?」
「ああ。あいつも信者から貰ったようだ」
岬の先端に建つ小さな教会を一人で世話をしている友人のアンドルー神父ー今は神の敬虔な僕だが昔は神を嘲笑っていたーが少し困ったような声でテッドを呼び出し、教会で待っていた彼から箱ごと手渡されたらしく、アンドルーは一人だが自分達も二人暮らしでこんなにも大量のキウイを食べることなど出来ないとノアが眉尻を下げてしまう。
「冷凍保存しても良いし無理ならボブに処分させれば良い」
「あ、せっかく貰ったものをそんな扱いするなんて無理!」
人からの好意を無碍にするような気がして嫌だと、テッドの言葉に片頬を膨らませたノアが腕組みをしてこのキウイフルーツの食べ方を思案し始めるが、その横ではそんなノアの気遣いに感心するような顔でテッドが目を細めていた。
「……ソースにするか……冷凍しても良いよなぁ」
「ああ。その袋に入っているのはレッドキウイだそうだ」
「レッド? 赤いキウイフルーツなんてあるのか!?」
母国が今生活しているこの国ではないために初めて見ると目を丸くし、テッドが指し示す袋を開けて中から二つ取りだしたノアだったが、見た目はゴールドキウイと変わらないと苦笑し、恋人の無骨な手がそれを取り上げたことに更に目を丸くする。
「食うか?」
「うん、食う」
ノアが生まれ育ったウィーンでキウイフルーツを食べた記憶が殆どなく、地球の北と南での超遠距離恋愛を実らせて南半球のこの国で恋人と暮らし始めてから目にする食材なども多く、赤いキウイフルーツはどんな味だろうとワクワクしていると、テッドが何の躊躇も無くキウイフルーツをスライスし始め、慌ててストップと声を掛ける。
「皮を剥かないのか!?」
「そんな面倒なことはしないぞ?」
そもそもニュージーランドでは幼い頃からキウイフルーツは皮ごとスライスして食べるのが当たり前だと、ノアにとっての非日常的な言葉を不思議そうに告げられて絶句してしまう。
所変われば品変わるとは言うし郷に入っては郷に従えとも言われるが、キウイフルーツを皮ごと食べた事など無いノアが不安そうにスライスしたそれを手に取ると、テッドが微苦笑しつつもう一つを半分にだけ切り、お前はそちらを食えと差し出してくれる。
「……サンクス」
「どういたしまして」
キッチンで立ったままキウイフルーツを食べるのも何だかなぁとノアが苦笑し、ふと庭へと目を向けると、爽快としか言い表しようのない青空が板塀の上に広がっていることに気付き、スライスしたキウイフルーツを当たり前に食べているテッドに庭に出る事を告げてカッティングボードとナイフともう一つのキウイフルーツを手に掃き出し窓から庭に出る。
庭のベンチテーブルにそれらを下ろし、太陽の恵みを受けて結実したこの国を代表するようなフルーツを手に蒼天を見上げると、よく冷えたスパークリングワインのボトルとグラスを手にテッドがのそりとやって来る。
「ランチはこれを飲んだら準備をする」
「うん、良いね」
頂き物のキウイフルーツとお気に入りのスパークリングワインを片手に、ランチ前の楽しみだと笑うノアにテッドも小さく笑みを浮かべ、今日は何を食べたいと口調はぶっきらぼうながらもノアの希望を優先したい思いが籠もっていることを知っている為に何も気にならない顔でノアがパスタが良いと返す。
「パスタ?」
「うん」
お前が作ってくれるパスタが美味いからと笑ってグラスを傾けるノアに頬杖をついたテッドがそうなのかと返すが、そうなのと何故か断言されて微苦笑し、美味いのならそれでいいと頷くと、スライスしたキウイフルーツを一切れノアの手が摘まんでいく。
恐る恐るという言葉が相応しい表情で食べた後、口の動きと目の動きを連動させたような顔になるが、飲み込んだ後にじわじわと口角が持ち上がる。
その顔を初めて見たときに一目惚れしたことを思い出したテッドがノアのグラスにワインを注ぐと、口の中に少しだけ産毛が残っている気がするが美味しいと満面の笑みでグラスを手に取り、頬杖をついて目の高さに持ち上げる。
「テディといると今まで知らなかった事も知れるなぁ」
「……それは俺の言葉だ」
「へ? 何か言ったか?」
「いや? パスタソースは何が良い?」
ぼそりと呟くテッドの言葉は風に乗って板塀の向こうの海へと流されていき、ノアが小首を傾げて見つめてくるが、腹が減ったから早くそれを食って飲んでしまえと苦笑し、慌てながら初めて見たらしい赤いキウイフルーツを食べ始めるノアを頬杖をついて見守るのだった。
そんな二人の上には秋の太陽が地上と海を照らすように輝いているのだった。