Garden of Southern Cross.

第10話 The Same Southern Sky.
 朝と夜が交差する空を見上げ、作業の手を止めて息を吐いたのは、今日は海が穏やかで身体を突き上げるような波が発生していない事から気持ちも楽に仕事に取りかかれていたテッドだった。  濃紺がオレンジに圧せられるまでまだ少し時間が必要だったが、作業をしている内に気が付けば濃紺からオレンジへと世界の色が変わり、そしてそれら全てを掻き消すような太陽が水平線から顔を出すのだ。  漁師になって何年かなど数えていないテッドだったが、漁に出ているときに雲が出ていない限りはほぼ確実に見ることの出来る日の出の瞬間は何度見ても心惹かれるものでもあった為、密かに心待ちにしていた。  そんなテッドの耳にスマホが着信を教える音が流れ込み、操舵室の窓に置いたスマホを手に取る。  画面に表示されているのは、この三日程声を聞くことしか出来ていない恋人、ノアの名前と彼が改心の一枚だと笑顔で設定してくれた、スターバーストの写真だった。 「どうした?」  名前を確かめ耳に当てると少しだけ離れた場所から掛けているノアの声が聞こえてくる。 『機材が不調で少し休憩してる。今夜の撮影はもう無理かも』  スマホを通して聞こえてくる声には落胆の色が滲んでいて、傍にいれば柔らかな髪を撫でてまた次の機会があると慰めのキスも出来るが。内陸部で星空が有名な湖の近くにいるノアと漁で海に出ているテッドとの間には物理的な距離があるためにいつものように慰めのキスは出来なかった。  ただ、だからといって落ち込んでいる恋人を冷淡に突き放すことなど出来るはずもないテッドが、口数も言葉数も少ないながらもそれでもノアとの約束を守るようにそれは残念だったなと返すと、安堵の混ざった頷きが声で返ってくる。 『うん』 「予定は後二日だろう?」 『うん。……今日みたいな晴天は絶好のチャンスなんだけどなぁ』  そんな時にどうして機材の調子が悪くなるんだと子どもが拗ねているような声が耳に届き、その声から恋人の表情を簡単に想像できたテッドが思わず小さく笑みを零してしまう。 『笑うなよ』 「ああ、そうじゃない。――傍にいればキスをして慰めてやれるのにと思っただけだ」  お前が絶好のチャンスを逃したことを笑っているんじゃないと、さすがに少しだけ焦りながら思いを伝えたテッドに再度ノアの安堵の声が届けられ、予報ではあと二日は天気が良さそうだとも続けると、そう願っている、海と空の神様に祈っててくれと、幼い頃からカトリックに代表されるキリスト教の精神を意識することなく享受してきたノアとは思えない、テッドが同じく無意識に頼っているマオリの神々に祈ってくれと笑われて軽く目を見張る。  ノアがこの国に、己と同じ空の下で暮らすようになって四年が経過したが、その間、価値観の違いが生む蟠りからの口論を繰り返し、互いに理解するようになってきた結果を素直な言葉で教えられてそっと目を伏せたテッドは、恋人の素直さに何度も何度も助けられている事を思い出し、不意に芽生えた情からスマホの向こうに届くようにと小さく音を立ててキスをする。 『テディ?』 「お前ならやれる、だから諦めずに頑張れ」  今、同じ空の下で職種は違えども己の領分で精一杯の力を発揮している恋人が最も欲している言葉がその言葉なのかを理解出来ないテッドだったが、少しの沈黙の後に同じ濡れた音が返ってきたことから己の言葉は間違っていなかった事に気付く。 『サンクス、テディ』 「どういたしまして」  互いに小さく笑みを浮かべながらの言葉にテッドが顔を海面へと向けると、水平線が細く赤く染まり始めた事に気付く。 「ノア、そろそろ日が昇るぞ」 『……仕方ないかぁ。今日は諦める!』 「ああ。明日はきっと良い写真が撮れる」  だから頑張れそろそろ作業に戻ると告げると、名残惜しそうな声がうんと頷いた為、あと二日頑張れば家に帰ってこられる、その時今回の撮影で一番気に入った写真を見せてくれ、それを見ながら美味い魚とワインでメシにしようと笑うと、自宅デートだと恋人独特の言葉が返ってくる。 「ああ、そうだな」  自宅でのデートなどテッドの思考回路の何処を探っても出てこない言葉だったが、恋人はそうではないようで、その差違すらも楽しめるようになってきたテッドが笑みを浮かべると、今夜は撤収して宿に戻る、お前は気を付けて仕事をしてくれとキスとともに案じる言葉を告げられ、お前もと同じくキスとともに返す。  通話を終えたスマホを定位置に戻し、休憩は終わりだと告げてひとつ伸びをしたテッドは、作業を再開するために船の後尾へと向かうのだった。  そんなテッドが乗る船と船を上下に緩く揺らす波を、さっきよりは太くなったオレンジが照らし出すのだった。    
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  お前ならやれる、諦めるな。
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