It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第26話 Dog Pile.
 今日は久し振りにジオラマを作るから、部屋にいる。  その一言とお供をさせられるマイロの不満の声を残し、慶一朗が階段を上って行くのを手を振って見送ったリアムは、唐突に出来てしまったひとりの時間を有効活用しようとするが、ふと手を止めて考え込んでしまう。  慶一朗が今向かった通称ジオラマ部屋は、慶一朗が感情を爆発させる時にもっとも使用される部屋になっていて、暫く天井を見上げてしまうが、リアムが危惧したような破壊音は特に響いてこなかった。  慶一朗と付き合いだして分かったのだが、自身の心の中で収めきれない感情を慶一朗は暴れることで発散する傾向にあった。  二人が付き合い始めてから、今まで大小様々な感情の発露――などという生やさしい言葉では表せない暴発があったが、いつ頃からだろうか、部屋に籠もって暴れることもなくなっていたのだ。  だから、本来の部屋の主旨を思い出したのだろうと見送ったのだが、ソファのカウチー一人の時しか使うことを許されていない為、両手両足を伸ばして寝そべってみるが、決定的に何かが物足りないという飢餓感にも似たものを覚えてしまう。  この飢餓感が何処から来ているのかを探ろうとしたとき、遊び相手が二階に拉致されてしまった為、一人で遊んでいたジャーマン・シェパードのデュークが、お気に入りのぬいぐるみを咥えながらリアムの横にやってくる。 「どうした?」  そう問いかけると、己の顔の傍にぬいぐるみをポトリと落としたデュークがリアムの手を慰めるように舐め、己はデュークに心配させてしまうような不安な顔をしていたのかと気付くと、微苦笑しつつデュークの頭を撫でる。 「お前は本当に良い子だな、デューク」  カウチで横になりながらデュークの顔を両手で揉みくちゃにしていると、デュークが前足をソファに掛けて上がりたいという意思を示す。 「分かった分かった」  カウチの反対側へと落ちないように気を付けつつ身体をずらし、今ではすっかり抱え上げるのも一苦労に感じる大きさに成長したデュークを腹の前で落ちないようにしっかりと抱きしめる。  しばらくはもぞもぞとしていたデュークだったが、幼い頃から何かあればこうされていた記憶が呼び覚まされたらしく、程なくして間の抜けたすぴーすぴーという寝息がリアムの腕の中から聞こえてくる。  デュークを迎え入れたのは、元部下達によって拉致されるという事件に巻き込まれた慶一朗が、日常生活を送れるまで回復したものの、自宅でひとりになることがまだまだ不安を覚える頃だった。  少しでも不安を解消出来ればとの思いから、ガードドッグとして優秀なジャーマン・シェパードの仔犬を迎え入れたのだ。  リアムのその思惑は見事に当たっていて、今ではリアムが友人に誘われて飲みに行くときも、優秀なガードドッグがいるから大丈夫と笑顔で送り出してくれるようになったのだ。  元々人が命令をすれば忠実に従うジャーマン・シェパードだが、お前は本当にクレバーで最高の弟だと笑い、デュークの耳に後ろからキスをすると、ピクピクと耳が左右に動くが、相変わらず間の抜けた寝息は流れていた。  それを聞いていると、リアムの瞼も自然と下がり始め、今日の予定はここでデュークと昼寝だと決めると、あっという間に眠りに落ちるのだった。  久し振りにジオラマの作成をしたくなり、二階の自室に向かった慶一朗だったが、ひとりでの作業に僅かな不安を覚えてしまい、もう一匹の愛犬であるマイロを小脇に抱えたのは、小一時間ほど前だった。  デュークと遊んでいたミニチュア・シュナウザーのマイロだったが、慶一朗に抱き上げられて嬉しい反面、デュークともっと遊びたい気持ちもあり、上と下の顔を何度も何度も見比べるが、慶一朗にその気持ちが通じることはなかった。  小型犬の悲しい性で軽々と抱き上げられてしまい、お兄ちゃん、さようなら、僕はこれから旅に出ると、人間なら嗚咽しながら叫んでいるような鳴き声を残し、慶一朗によって二階に拉致されてしまったのだ。  そして辿り着いたのが慶一朗のジオラマ部屋だった為、さっきの永遠の別れを連想させる鳴き声から打って変わった好奇心満載の声を上げ、フロアに積まれている半透明の衣装ケースの匂いを嗅いだり、開け放たれているクローゼットに入り込んでは出てくるという遊びを始めてしまう。  そんなマイロにまったくと息を吐いた慶一朗だったが、作業デスクに向かう為に椅子に座ると、足下にやって来たマイロが抱き上げろと足を引っ掻き、その痛みに小さく悲鳴を上げるが、マイロを再度抱き上げて足の上に座らせる。 「間違って口にしてしまうと危ないからな」  ここに座っていたいのなら気を付けろと、自然と小さな子どもを諭すように告げた慶一朗は、足の上で大人しく丸くなるマイロの頭を撫で、デスクにジオラマ作りに必要なものを広げて作業に掛かる。  だが、その作業も己が思っている以上に集中できず、どうしたと小首を傾げたとき、足の上の温もりと少し早い鼓動を感じ、ああと感嘆の声を出してしまう。  この小さな命を迎え入れたのは、半年前の悲しい別れに端を発した、リアムと己の関係が少しだけ変化をした頃だった。  その変化はどちらにとっても良い結果を齎すものだったが、仕上げのようにミニチュア・シュナウザーの仔犬を迎え入れたのだ。  その日のことを昨日の事のように思い出し、あの頃はもっと小さかったのにと苦笑した慶一朗は、足の上で丸くなりながらぷうぷうと寝息を立てる小さなマイロの頭をそっと撫で、お前がいてくれて前よりも明るくなれたと小さく笑う。  人が少し力を加えるだけで奪ってしまうことが出来る小さな命。  それを足の上で愛おしみながら目を細めた慶一朗だったが、この小さな命だけではなく、もう一匹ともう一人の事を思い出すと、ここで作業をしていることが馬鹿らしくなってしまう。  以前からずっと続く趣味だが、リアムがソロキャンプに行かなくなったのと同じ理由で、一人で趣味に没頭する理由が思い浮かばなかった。  それほど、今の慶一朗にとってリアムとデュークやマイロと一緒にいることが、当たり前になっていた。 「……俺の趣味はリアムじゃないんだけどな」  己のその思考に思わず呆れたように呟いた慶一朗だったが、気持ち良さそうに眠っているマイロを起こすのは気の毒だったが、足の上に座らせたまま片付けをする訳にもいかず、小さな身体をそっと工具ボックス入れの上に移動させると、不満の鳴き声をBGMに部屋の片付けに掛かるのだった。    せっかく寝ていたのにと不満をワフワフと零すマイロの声に分かったと呆れたように返していた慶一朗が、階段を下りてリビングに向かうと、カウチソファでリアムが寝ている姿が目に入り、トレーニングをしなかったことに気付くが、その逞しい腕をデュークが枕にしている事に気付き、思わず眼鏡の下で目を平らにしてしまう。  リアムを枕やクッションにしていいのは俺だけだ。  その子供じみた思いが不意に沸き起こり、一人掛けのソファにマイロを下ろした慶一朗は、二人が穏やかな寝息を立てている横に仁王立ちすると、掛け声ひとつでデュークを抱き上げる。 「!?」 「キャウン!!」  心地良い眠りを一瞬で破る慶一朗の暴挙にデュークがその腕の中で藻掻きながら悲鳴を上げ、その声に驚いたリアムが身体を起こそうとする。  抱き上げたデュークを、マイロが落ち着こうとしている一人掛けのソファにポイ捨てした慶一朗は、呆然と見つめてくるリアムの腕を掴んだかと思うと、次は自分だと言うようにリアムの腕の中に身体を押し込み、太い腕を掴んで満足げに息を吐く。 「ケイ、さん……?」 「……うるさい」  名前を呼んだだけでうるさいと言われるのか、そう言いたげなリアムだったが、茶色の双眸を悲しげに見開くデュークに気付き、悲しいかな人間には腕は二本しかないと溜息を落とす。  リアムの腕の中で落ち着いたらしい慶一朗が、前後の悲しげな気配に気付いたのか、咳払いをひとつした後、デュークに向けて両手を広げる。  それは慶一朗なりの謝罪の方法で、リアムはそれを熟知しているが、デュークもリアム同様理解しているようだった。  慶一朗の広げられている腕目掛けてソファから飛びかかり、40キロオーバーの黒と茶色の弾丸を全身で受け止め、そんな慶一朗を支えているリアムにもその衝撃が伝わり、背後からくぐもった悲鳴が上がる。 「……ぐっ……!」  リアム、大丈夫か、そう問いかけようとした慶一朗だったが、デュークがガウガウと不満を零している事に気付き、悪かったと言葉と詫びのキスをし、何とか宥めようとする。  リアムが昼寝をするのなら、一緒に寝たかった。  その思いをデュークに伝えた慶一朗だったが、友人達が耳にすればきっと口を揃えて言うだろうと思う言葉をリアムが胸の内で呟いた事に気付かなかった。  慶一朗自身がジオラマを作ると言って部屋に上がったのだろう。  その言葉を全力で飲み込んだリアムだったが、こうして見せられる子供じみた独占欲も慶一朗が見せるものならば嫌ではなく、そっと抱きしめる。  リアムの手に力が籠もったことに気付いたのか、慶一朗が片手を後ろに伸ばしてリアムの頭を撫で、片手でデュークの頭を撫でる。  気持ち良い昼寝を邪魔して悪かったと言葉で謝罪をされ、気にするなと返して慶一朗の肩にキスをしたリアムだったが、肩越しにデュークの機嫌が直った顔が見えたことに安堵する。  そして、その向こうから嬉しそうに舌を出した黒い毛玉がこちらに向かって飛んでくる姿も見てしまう。 「マーロ、止めろっ!!」  リアムの制止の声は間に合わず、一人ソファに取り残されていたマイロが、僕を仲間はずれにするなと言いたげにソファを蹴り、見事な跳躍を見せてデュークの背中に着地し、デュークが苦痛の声を上げる。  そして、デュークをハグしていた慶一朗がくぐもった悲鳴を上げるだけではなく、受け止めた衝撃から背後に仰け反ってしまい、そんな慶一朗を支えていたリアムがカウチの反対側に転がり落ちてしまう。 「うぉっ!」 「リアムっ!」 「バウッ!」 「アオーン」  家庭内玉突きとしか言えない状況下、四種類の声がリビングの天井に届く。  ソファから転がり落ちたリアムの名を呼んだ慶一朗が、同じ顔でソファ下を覗き込むデュークと顔を見合わせるが、最終的に加害者になったマイロが、どうしたのと言いたげにソファで小首を傾げる。  リビングの床に大の字になったリアムは、必死になってこの事態を理解しようと頭を動かしていた。  リアム自身はただデュークと一緒に昼寝をしていただけなのだ。なのに突然心地良い眠りから叩き起こされたかと思うと、今度はデュークをハグした慶一朗を抱きしめていた。  それ自体は嬉しい事だったし日常の事だったから、何も問題は無かった。  問題はその次に起きたことだった。  一人掛けのソファで座っていたらしいマイロが、自分達目掛けて歓喜の表情で跳躍してきたのだ。  小型犬とはいえ、毎日デュークと一緒に散歩をしているマイロは、同じ月齢のミニチュア・シュナウザーの中でも筋肉質で身体もがっしりとし始めていた。  そのマイロが弾丸のように向かってきたのだ。  マイロにもっとも近い場所にいたデュークがまずはその身体を受け止め、デュークをハグしていた慶一朗にも衝撃が伝わった結果、リアムがビリヤードの球のように押し出されてしまい、ソファから転がり落ちたのだ。  その事実にやっと辿り着いた瞬間、リアムの肩が不気味に揺れ始め、慶一朗が思わずデュークをさっきとは違う気持ちから抱きしめる。 「ケーイーさーん?」 「俺は悪くないっ!」  悪いのは飛んできたマーロだ。  小首を傾げるマイロに指を突きつける慶一朗に対し、仁王立ちになったリアムが肩の揺れと同調したような笑みを零しながら慶一朗を見下ろすと、デュークを己の顔の前に突き出してリアムの攻撃を受け止める盾にする。 「キャウン!!」  どうして僕を突き出すの、僕は何もしていない!!  デュークが決死の抗議の声を上げる頭上、リアムがにやりと笑みを浮かべたかと思うと、慶一朗よりは優しくデュークを抱き上げ、一人掛けのソファに再度ポイ捨てをすると、冷や汗を浮かべている慶一朗を振り返り、立ち上がろうとする身体に覆い被さる。 「ギャー! ギブギブギブ! 止めろ、リアムっ!」  今度は慶一朗が決死の声を上げるが、次いでリビングに響いたのは、悲鳴混じりの笑い声だった。 「あはは、や、止めろ……っ、リアム……っ!」  くすぐったいから止めろ。  慶一朗の、笑っている為に真剣には聞こえない制止の声を無視し、カウチの上で慶一朗に軽く馬乗りになったリアムが、その痩躯の脇腹を擽り始める。  止めてくれ、悪かったから止めろと、掛けていた眼鏡を吹き飛ばす勢いで顔を振り、目尻に涙すら浮かべた慶一朗がリアムの手首を弱々しく握りながら謝罪を繰り返すが、謝るのは俺にじゃないだろうとリアムにそっと促され、何かに気付いた顔を一人掛けのソファへと向ける。  そこには、二度にわたってソファにポイ捨てられた事にショックを受けているデュークがいて、そんなデュークを慰めるようにマイロが必至に毛繕いをしている姿があった。 「……デューク」  気持ち良く寝ているだけのお前を引き剥がすようなことをして悪かった。許してくれ。  そう告げながら再度デュークに向けて両手を広げた慶一朗は、デュークがすぐに飛び込んでくるのではなく、一度リアムを見た後に恐る恐るといった様子でソファを降りて傍にやって来た事に気付き、さっきとは全く違う思いから大きくなっても子どもの頃の面影を残す顔を抱き寄せる。 「……俺たちの大切な大切なデューク。お前を悲しませた俺を許してくれ」  デュークの頭に顔を寄せ、何度も謝罪を繰り返す慶一朗にリアムも安堵に目を細め、もう許してやれとデュークに目で合図を送ると、慶一朗の謝罪とリアムの思いを受け止めたデュークが、慶一朗の頬を舐めて鼻先を擦り寄せる。 「ダンケ、デューク」  お前は本当にクレバーで最高のハンサムボーイだ。  どうやら機嫌を直してくれたようだと気付いた慶一朗が、今度はリアムに合図を送ってカウチに起き上がると、コーヒーテーブルの下の籠を引っ張り出してスリッカーとブラシを取り出す。 「仲直りの儀式だ――ヘイ、ハンサムボーイ、もっとハンサムになるか?」  その言葉はデュークにとっては魔法の言葉で、どれだけ落ち込んでいようが歓喜に跳びはねていようが、一瞬でその気持ちをフラットなものにしてしまうものだった。  落ち着いた気持ちでワンと吠えて慶一朗の言葉に応えると、そそくさとその前で腹を見せる。 「最高だ」  慶一朗もそんなデュークにキスをし、スリッカーとブラシを使ってブラッシングをする。  その様子にリアムもホッとした顔を見せるが、マイロだけが意味が分からないと言った顔でリアムを見上げ、僕もブラッシングして欲しいと訴えるように吠え始める。 「ああ、分かった分かった」  ケイさん、デュークが終わればマイロのブラッシングもしてやってくれと、マイロを抱き上げたリアムが微苦笑しつつ告げるが、振り仰いでくる慶一朗の顔の傍に顔を寄せ、その耳に何事かを囁きかけると、慶一朗の目尻が赤く染まる。 「……さ、皆揃ってるし、何か甘いものでも食うか」  ケイさんは何か飲むかと、満足げに笑みを浮かべたリアムが慶一朗の横にマイロを下ろしながら問いかけると、動かしていた手を止めて少し考え込んでしまうが、フラットホワイトを淹れるから待っててくれと笑みを浮かべる。 「うん、楽しみにしてる」  悲しませたお詫びだとは口にしなかったが、その思いを込めた言葉にリアムが気付かない訳も無く、にこにこと頷いた後、さっき囁いた言葉を思い出し、ニヤけそうになる顔に力を込める。 『後で俺もブラッシングしてくれ』  その言葉に慶一朗の目元が赤く染まったことから言いたいことが伝わったと気付き、絶品のフラットホワイトと一緒に食べる甘いものを探すためにキッチンに向かうが、その顔にはさっきまでの悲しみなど一切浮かんでいないのだった。  
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  2026.03.15 家庭内玉突きwww いつも被害を受けるのは大体リアムだという事が判明しました(笑)
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