It's a Wonderful Life.-Family Plan.-

第21話 A Pawprint in the Light.
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 今年の冬は何だか特別寒いな。  そんな会話が職場でも街中でも耳にするような7月の終わり頃、仕事を終え、一日中張りつめていた気を解き放っていることが分かる表情の慶一朗が、お友達のテディベアにケンカを吹っ掛けながら遊んでいる愛犬のデュークの腹を枕にフロアに寝そべっていた。  そんなところで寝転がっていると踏んづけてしまうぞと、苦言を呈しながらもついつい笑みでそれを受け入れてしまうリアムが、乾燥機から取り出した洗濯物を慶一朗の体を覆い隠すように落とし、衣類の山から顔を出して大げさに息継ぎをする慶一朗に笑いかける。 「殺す気か」 「大丈夫だ」  ほら、デュークの腹を枕にするのも良いけれど、良かったらタオルを畳んでくれ。  家事全般不能男と呼ばれていた慶一朗だったが、リアムが根気強くひとつひとつの家事を教えていった結果、今では洗濯物の山からタオルとバスタオルを引っ張り出しては、棚に収めるときにちょうど良いサイズに畳めるようになっていた。  慶一朗がタオルを畳み始めた横、リアムがアイロン台を取り出してアイロンをセットする。  そんな日常生活のありふれた光景の中、それを見守っていたデュークがテディベアとのケンカに飽きたように急に吠え始め、その声にリアムがどうしたと足元のデュークを見下ろす。 「どうした?」 「ワン!」  吠える声は次第に大きくなり、次いで長くなっていくことに気付いたリアムが、少しだけ眉根を寄せた後に膝をついてデュークの目をまっすぐに見つめる。 「デューク、待て」  その言葉はデュークにとっては絶対の命令で、遠吠えのように吠え続けていたデュークがぴたりと鳴き止み、次の命令を待つようにリアムを見つめる。 「良し」  夜の家に響く遠吠えが隣近所に迷惑になるほどの大きさではないと思うが、それでも何かを言われることを危惧したリアムが安堵に息を吐き、デュークの顔を両手で少し強めに撫でると嬉しそうに目が細められる。  そのスキンシップを間近で見守っていた慶一朗が、タオルを畳む手を止めてリアムを呼び、その声にリアムとデュークが顔を振り向ける。 「リアム」 「ん?」 「最近、デュークが今のように鳴くことが増えた気がする」  何かあるのか。  その疑問は慶一朗がここ最近気づいたもので、何の気なしに問いかけたそれだったが、リアムの反応が想定外のものだったことにメガネの下で目を瞬かせる。 「う、ん、そうだな……」 「?」  リアムの反応の意味が理解できず、首を傾げたままどうしたと更に問いかけると、恋の季節だなと鼻の頭を掻きながら答えられる。 「恋の季節?」 「ああ……近所にメスの柴犬がいるんだけどな」  朝晩の散歩で時々一緒になることがあるが、彼女に恋しているんだろうと苦笑し、デュークの頭を撫でる。 「デュークが家に来てそろそろ2年になる」 「もうそんなになるのか?」 「ああ……人間で言えばそろそろ20歳ぐらいだな」  犬にしても人間にしても20歳頃に初恋というのは少し遅い気がするが、デュークにとっては今がその季節なんだろうと笑うリアムに、慶一朗が思わず目を丸くして同じようにデュークを見つめてしまう。 「デュークが恋、か」 「うん」  メスほどではないがオスも恋する存在がいれば、今までしなかった行動をするようになると苦笑するリアムに、何となく理解できると慶一朗が返すが、その後続けられた言葉に再度目を見開いてしまう。 「子供を産ませるか去勢するか……真剣に考えないといけないな」  リアムの呟きの意味が咄嗟に理解できずに何だってと問い返すと、ドッグランやキャンプ先に発情しているメス犬がいて万が一の事故で妊娠させてしまえば大変だと返され、恋の季節という柔らかな語彙から突如現実を突きつけられたような気分になり、思い出したくない記憶が腹の底から蘇りそうで、頭を激しく振ってそれを抑えようとする。 「ケイさん?」  慶一朗の突然のそれに驚いたリアムが顔を覗き込み、どうしたと問いかけるが、慶一朗の口からこぼれ出たのは、大丈夫だとの言葉だけだった。 「……リアム」 「ん?」 「デュークだけど、特に病気だとかそういうのじゃ、無いんだな?」 「う、うん、それは大丈夫だ」 「そうか」  それは良かったと、無理矢理安心しているような顔で頷く慶一朗にリアムが心配そうに顔を曇らせるが、急に頭が痛くなったからソファで横になっていても良いかと問いかけ、自分にできる数少ない家事を放棄することを許してくれとリアムの頬にキスをする。 「気にするな」  ついさっきまで本当に心身ともにリラックスしている様子だったのに、突然の緊張下に置かれた時のような顔が気になるが、今までとは違って何かあれば教えてくれるだろう。  その信頼から頷いたリアムの前、慶一朗がソファに横臥したことに気付いたデュークがそっと近寄り、慶一朗の垂らされている腕の下に頭を突っ込んで己の首にその手を回させる。 「……デューク、ケイさんを頼む」  慶一朗の様子が気にかかるものの、アイロンを放置することも出来ずにいたリアムがデュークに頼むと告げ、慶一朗と自らのシャツに手早くアイロンを掛けていく。  その傍では蒼白な顔をデュークの顔に寄せた慶一朗がソファで横臥し、リアムと自身の気持ちに従ったデュークが慶一朗にずっと寄り添っているのだった。   『センセイ、あたしセンセイの子どもを産みたいの。だから協力して』  まるで地の底から湧き出るような声が響き渡り、その後に続く憎悪や嘲笑の声と重なり合った後、己があらん限りの力で出した声と重なり、脳味噌の中で反響する。  嫌だ、止めろ、来るな。  体の自由を奪われ視界も奪われた後、拒絶の声を上げることすら奪われてしまい、絶望の中感じたのは、体が裂けるような痛みと、聴覚が捉えた下卑た笑い声らが生み出す恐怖だけだった。 「――!!」  この痛みから、恐怖から助けてくれる存在の名を叫ぼうとするが、口を塞がれて声を出すことも出来ず、痛みに滲んだ生理的な涙も目隠しの布に吸い取られてしまう。  ただ、いつ終わるのかも分からない苦痛と恐怖に身体が震え、脳味噌の芯がぼんやりと死の恐怖を覚え始める。  目隠しの布の下で滲む世界に浮かんでいたのは、世界でただ一人の男の顔だった。  その顔に、この恐怖から救い出してくれとの思いから名を呼ぶが、流れ出るのは掠れて聞き取れない悲鳴じみた声だけだった。  助けてくれ。  その一言すら、声に出せなかった。 「――あぁああああ!!」  夢の中に突如響いた悲鳴に飛び起きたリアムは、悲鳴の発生源を探そうとするが、本能がそれをする必要がないと教えるように隣に手を伸ばし、真冬の寒空の下に裸で放り出された人のように震える身体に気付いて名を呼ぶ。 「ケイさん!」  子供が高熱を出したり感情を爆発させたときのように体を強張らせた慶一朗がそこにいて、一瞬で嫌な汗を背筋に流したリアムだったが、この状態になった慶一朗と向き合うのは久しぶりだと頭のどこかが冷静に呟く。  洗濯を畳んでいる時に話題にしたのは、愛犬デュークの発情期についての事だった。  一般的な犬の成長を思えばデュークはどちらかと言えばゆっくり目なのか、ここ最近発情期が原因だろうと思われる行動をするようになったのだと慶一朗に伝えたが、その話題が今の状態を引き起こしたのだろうかと考えつつ、ガチガチと鳴り響く歯の間から微かに流れ出す悲鳴と、誰かの名前らしきそれに意識を向ける。  そして、そんなことをしなくとも誰の名前であるかを聞き取ると、蒼白な頬を両手で挟んで名を呼ぶ。 「ケイさん……ケイさん」  どうか気付いてくれ、この声に反応してくれ。  そう強く願いつつ根気よく名を呼び続けたリアムだったが、額に浮かんでいた汗が幾筋か流れ落ちた頃、過去の光景しか映し出していないような双眸に光が戻り、覗き込むリアムの目を見つめ返す。 「慶一朗」  今では呼ぶ人も限られているその名をそっと呼び、もう大丈夫だとリアムが伝えた直後、心臓を鷲掴みにされた方がましだと思うような悲鳴が再度室内に響き渡る。 「ケイさん!」  悲鳴に混じる己の名と助けてくれの言葉。それを聞いたリアムが、思わず奥歯を砕いてしまいそうな強さで歯を噛みしめる。 「ごめん、ケイさん……っ」  あなたが一番傍にいて欲しかった時にいなくてごめん。  一番怖い思いをしている時、痛い思いをしている時に助けられなくてごめん。  当時のことを思い出すと出てくるのは、助けてくれとすら言えなかった慶一朗を自ら助け出せなかったという自責の念だけだった。  だが、どれほど力不足の己を責めたとしても、今最も苦しんでいるのは目の前の慶一朗なのだ。  自分のことなど後回しで良い。  その一心で、助けてくれと叫び続ける慶一朗にうんと頷いたリアムは、力が入っているせいで震える慶一朗の両手をそっと掴んで組み合わせると、その手を己の両手で覆い、額をこつんと当てる。 「ケイさん」  もう大丈夫だから、ここはもうあなたが一番リラックスできる安全な場所だから、もう大丈夫。  だからあの事件を思い出して叫ばなくても良い。  恐怖に怯える目を覗き込み、ゆっくりと子供に言い聞かせる様にもう叫ばなくても良いと伝えると、永遠のような瞬間のような亡失した時間の後、慶一朗の顔から恐怖が薄れ始める。  リアムがそれに安堵の息を吐いた時、俄かには信じられないが、慶一朗の顔に微かに笑みが浮かび、思わずリアムが目を見開いてしまう。 「リアム……っ!」  ああ、やっと呼べた、やっとお前が迎えに来てくれた。  その声に滲むのは、どこよりも何よりも安心できる場所に戻ってきた安堵感のようなもので、あの時助けに行けなかったのにそんな顔を見せてくれるのかと思った瞬間、目の前の慶一朗の身体を力任せに抱きしめてしまう。 「リ……アム……?」 「……ケイ、さん……っ」  苦しいから少し力を抜いてくれと言われ、その声がいつものものに近づいている事に気付き、そっと力を抜いて顔を見つめると、幾種類もの感情を浮かべた目に見つめ返されてしまう。 「……夢、見てしまった……?」 「うん、そうみたいだな」  慶一朗の肩をさっきよりは優しく抱きしめ、震えが収まっていることに気付いたリアムが、水を飲むかと問いかけ、頷かれてベッドを抜け出そうとするが、慶一朗の手がリアムの腕を掴んで首を横に振る。 「分かった」  それが意味することを理解し、汗が浮く額にキスをしたリアムは、まだ微かに震えている両手を取って己の首に回させると、掛け声ひとつで抱き上げる。  抱き上げた慶一朗を絶対に落とさないように気を付け、ベッドルームからキッチンへとゆっくりと移動したリアムだったが、冷蔵庫から水のボトルを取り出し慶一朗に預ける。  その時、アイランドキッチンのカウンターの横から小さな鳴き声が聞こえたことに気付き、視線を下げると、目を覚ましてしまったらしいデュークが不安そうに鳴き声を上げていて、それに気づいた慶一朗がお前まで起こしてしまったかと唇をかみしめる。  そんな自責の念に囚われる必要はない。  己の時とは違って慶一朗にはそう囁き、力を抜けというようにそっとキスをする。 「デューク、来い」  目を覚ましてしまったのなら一緒に来いと、心配そうに見上げるデュークに呼びかけたリアムの声に慶一朗が小さくダンケと礼を言い、どういたしましてとリアムが同じ小さな声を返す。  ボトルを持った慶一朗を抱き、顔を見上げながら歩くデュークを従えてベッドルームに戻ったリアムは、ベッドにそっと慶一朗を下ろすと、デュークが身軽に飛び乗ってくる。  ベッドヘッドに背中を預け、何とか震えの収まった手で水を飲む慶一朗の足にデュークが頭を載せる。  口にした水の冷たさと、人よりも少し高いデュークの体温に自然と息を吐いた慶一朗は、肩を抱くリアムの体温に最も安心を覚えてそれに寄りかかる。 「落ち着いたか?」 「……うん」  リアムの問いかけに目を閉じながら返した慶一朗だったが、その手をデュークがそっと舐め、それに気づいた慶一朗がお返しにデュークの頭を撫でる。 「久しぶりに夢を見た」 「うん」 「……痛くて……苦しくて……」  そして怖かった。  その一言が慶一朗の口から出るようになったのは、本当に最近になってからだった。  自分が感じている思いを素直に伝えてくれるようになったことは嬉しくて、頷きつつ慶一朗の肩を抱き寄せたリアムは、もう平気かとそっと問いかけ、お前とデュークがいてくれるから大丈夫だと返されて安堵の息を吐く。 「……良かった」 「……起こしてしまって、悪かった」 「気にするな」  そんな事を気にする必要はないと笑ったリアムだったが、慶一朗の髪にキスをした後、ひとつ聞いてもいいかとそっと問いかける。 「何だ?」 「うん……夢を見たって、もしかしてデュークの発情期の話をしたからか?」  リアムの問いにそうだとも違うとも返せなかった慶一朗だったが、無言が答えになっている事をリアムは察し、俺の伝え方が拙かったと眉根を寄せる。 「リアム……?」 「うん……ケイさんにこの手の話をするときにはもっと配慮するべきだった」  アレは完全に俺の言葉のチョイスミスだと、慶一朗の顔を見つめながら己の失態を詫びたリアムは、そうなのかと考え込んだ慶一朗の頬を手の甲で撫で、人であれ犬であれ、去勢や妊娠についてはもっと慎重に話すべきだったと続ける。  リアムのその気遣いが何に端を発しているのかに気付いた慶一朗の手がそっと握りしめられるが、目敏くそれを見つけたリアムが手を開かせた後、己の手を重ねて手放すつもりはないと教えるように握りしめる。  掌と寄り掛かっている肩から伝わる温もりと、真っ直ぐに見つめてくるヘイゼルの双眸に浮かぶ感情に慶一朗が目を伏せた後、頭を擡げたデュークのそれを片手で撫でる。  夜中に夢に魘されたからと叩き起こしたが、嫌な顔ひとつ見せるどころか自分の配慮の無さだと謝罪をする、心の底から優しくお人好しとすら思えるリアムと、己の悲鳴を聞きつけて目を覚まし、心配だからとベッドルームまでついてきてくれるデュークに囲まれた慶一朗だったが、それでもまだ悪夢が手ぐすね引いて待っているような気がして身体を震わせる。  リアムが言ったように妊娠という言葉が、悪夢のトリガーになっている事は疑う余地もなかった。  その言葉が、慶一朗を地獄の底に叩き落とし、同じくリアムも叩き落とそうとした事件を否が応でも思い出せと囁くのだ。  身体の自由と視覚を奪われ、敏感にならざるを得ない状況下、無理矢理挿入させられた女の子宮を、そこに射精させられた瞬間を思い出せと笑うのだ。  今も脳裏に響くその声に慶一朗の身体が再び震え始め、それに気付いたリアムが繋いだ手に力を込め、同じくデュークも伸び上がって慶一朗の頬に顔を寄せてくる。  言葉に出さなくても理解してくれるリアムとデュークのそれに、慶一朗が自然と震える息を吐き、リアムの胸板に顔を寄せて身体を捩ると、繋いでいた手が離れた後、両腕でしっかりと背中を抱きしめられる。 「……っ……、ぅ……っ!」  リアムの胸に言葉にならない恐怖を途切れ途切れの声でぶつけるが、それすらも受け止めるように何度も髪やこめかみに口付けられ、恐怖が、おぞましさが薄らいでいく。  己の夫のことを半ば本気で空気清浄機と称していたが、そのキスで嫌な気持ちも吸い取ってくれているように感じ、恐怖の一欠片も残さず吸い取ってくれと呟くと、意味が分からないと言いたげな顔になりながらも、慶一朗の気が済むのならと小さく笑みを浮かべ、何度も繰り返しキスをしてくれる。  リアムがキスを繰り返すのを見ていたデュークが、僕もと言いたげに小さく吠えた後、慶一朗の手の中に頭を突っ込んでぐりぐりと押し込むと、その動きが与える擽ったさに慶一朗の顔に小さく笑みが浮かぶ。 「デューク、くすぐったい」  止めろと笑いながら命じるが、慶一朗の言葉はあまり命令としての力を持っておらず、遊んでくれているのだと判断したデュークが慶一朗の顔を舐め始める。 「デューク、それ以上は止めろ」  慶一朗が小さく笑い声を上げ始めた事に目を細めたリアムだったが、デュークに止めろと命令をすると、ピタリと動きを止めてリアムの顔を見つめる。 「Bloody good boy, デューク」 「……俺の命令は聞かないのに」  そんな言葉を呟けるほど慶一朗の心が落ち着きを取り戻したようで、リアムの顔に安堵の笑みが浮かび、それを見たデュークの顔にも嬉しそうな色が浮かぶ。 「……リアム、デューク」 「うん」 「わふ?」  そんな二人を慶一朗が呼び、それぞれの視線を受け止めた後、リアムの腕とデュークの首に腕を回して同時に抱きしめる。 「お前達がいてくれるから……きっと俺は、大丈夫だ」  たとえ今のように夢に魘されたとしても、もう大丈夫。  夢に魘されるだけではなく、前を向いて歩き出せる。  はにかみながらのその言葉だったが、リアムの顔に安堵と歓喜とそれを遙かに上回る尊敬の色が浮かび、やっぱりケイさんだと呟いた後、慶一朗の痩躯を抱きしめる。 「You're a legend.」  最高の人と褒めてくれるリアムの言葉に応えられる男になろう。  密かに慶一朗が腹の奥に秘めると、デュークが再度ぐりぐりと頭を押し込んでくる。  止めろと笑いながら命じても聞くはずも無く、頭に押しやられてリアムの胸板に再度凭れ掛かると、リアムの身体がベッドヘッドからベッドへと倒れ込み、その上に慶一朗とデュークが乗り上げてしまう。  止めろ、デュークと、命令とは思えない制止の声が笑い混じりに上がり、慶一朗も腹這いになってリアムの髭に覆われている頬にキスの雨を降らせ始める。 「ケイさんも止めてくれ!」  くすぐったいと、いつしか慶一朗ではなくリアムの腹に頭を押しつけるデュークと一緒になって擽ってくるなと小さく叫ばれ、それが楽しかったためににやりと笑みを浮かべてしまう。 「二人とも、止めろ」 「誰が止めるか」 「ワフッ!」  リアムの笑いながらの制止の声に慶一朗の同じく笑い混じりの声が重なり、デュークの楽しそうな声も重なると、深夜のベッドルームに騒々しい物音が響き渡る。  止めろ、止めない、ワフっという三種類の言葉と二人の笑い声が混ざり、いい加減ガマンのーどちらかと言えば笑いー限界に来たリアムが身体を起こして慶一朗に覆い被さると、形勢逆転だとにやりと笑みを浮かべる。 「……ケイさん」 「……ダンケ、リアム」  もう大丈夫、きっと夢を見ても、お前達がいてくれる。  その言葉を見下ろした端正な顔が呟くのを見守っていたリアムだったが、無理をしているのではないと理解したらしく、髭に覆われている愛嬌のある顔に満面の笑みが浮かぶ。 「うん」 「心配を掛けたな」 「うん」  慶一朗の顔から完全に悪夢の残滓が消え去ったことにリアムが気付き、額を重ねた後に良かったと呟いた為、慶一朗が安心させるようにその口に小さな音を立ててキスをする。 「……そろそろ寝ようか」 「そうだな」  真夜中にドタバタと暴れてしまったけれど、明日も平日で当たり前に仕事が待っているのだ。  二人の仕事を思えば、こんな時間にベッドの上で暴れている暇などないはずだった。  それを思い出し、ぐしゃぐしゃになっている掛布団を引っ張り上げると、二人同時にデュークを呼ぶ。 「Love ya, big guy. 寝るぞ」 「ワンっ!」  慶一朗が言葉で、リアムが笑顔でデュークに愛情たっぷりの言葉で呼びかけると、それに応えるように小さな声が上がり、二人が持ち上げている掛布団の中に黒と茶色の毛玉が潜り込んでくる。  いつもならば認めないが今夜は特別だと笑うリアムに慶一朗も頷き、二人の間で満足げに息を吐いたデュークの頭をそれぞれ撫でると、二度目のお休みのキスをそれぞれの頬に残し、待ち構えるように上目遣いになっているデュークの頭にもキスをするのだった。  真夜中に相応しい静寂がベッドルームを包み、その中でリアムとデュークに守られた慶一朗が穏やかな寝息を立てる。  先の悪夢の再訪はなかったようで、リアムが朝食の準備が出来たと起こしに来るまで眠り続けるのだった。    
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