SPLASH-6-

Über das glückliche Leben(UGL) -Lion & Uwe -

 朝の気配に自然と瞼が上がり、小さな欠伸をした後にベッドの中で身体を伸ばしたのは、昨夜の夢も見ない眠りから心地よく目覚めたウーヴェだった。
 目を覚ました直後は今己が何処にいるのかを思い出せなかったが、ベッドから見える景色が自宅とは違っている事から全てを思い出す。
 そして、もう一度小さな欠伸をしたあと、ベッドの上に座り込むと、ウーヴェが起き上がったことで出来たスペースに身体を傾げるリオンがいて、つい自然と笑みを浮かべてしまう。
 サイドテーブルの時計は朝の早い時間を示していたが、眠気が覚めたことと早朝の湖を渡る風を感じたいという理由から、痛めた足を引きずりながら窓の前に立ち、カーテンを開けて静かに窓も開け放つ。
 一階のウッドデッキの半分程度のバルコニーがついていて、そこにアウトドア用のチェアが置かれていたため、そこに腰を下ろして朝陽に煌めく湖面を見下ろして足を組む。
 女王の湖と称されるのが誇大ではないことを示すように穏やかに凪いだ湖面に陽光が煌めき、時折上がる波とその周囲に起きる水紋はひとつとして同じものは無く、近くで見てみたいと思わせる美しさを持っていたが、後数時間もすれば観光客を乗せた遊覧船やボートが行き交って湖面を賑わせることを思えば、この静かな時間が大変貴重なものに思えてくる。
 ここに来た初日に溺れて心肺停止という一大事を経験してしまい、その後はせっかくのバカンスなのに、ボートを転覆させた張本人とその祖父がやってきて大事だったが、リオンがいつかの様にその少女に対して歯止めがきかなくなるような暴力を振るうことだけに脅えていたが、事件を聞いた父と母が駆けつけてくれたため、自分たちのことだが父に一任することが出来た。
 自分は長い間一人で生きてきたつもりのウーヴェだったが、いざ何か事が起これば父や母に陰日向に助けられている事を改めて気付くと、両親がいつまで経っても子どもは子どもだと苦く笑う意味が理解出来てしまう。
 ただこの場合、ウーヴェにとっては父や母はいつまで経っても父であり母であるという、レオポルドやイングリッドとは逆の立場からの思いになるのだが、年を経て様々な経験をしても人生の先輩としての経験を持つ二人の言葉は重く静かに染み渡るものだった。
 一体いくつになれば自分たちは親に心配を掛けないようになるのだろうか。
 そんなことを思うとついつい苦笑しか湧き起こってこないが、湖を渡る風に髪を少しだけ乱されると心地よくて目を閉じる。
 父と母のように子どもを思っての行動はなかなか出来ないだろうが、伴侶となったリオンへの思いはいつまでも変わることがないと密かに頷くと、背後から盛大な欠伸の声と不満の声が聞こえてきて顔を振り向ける。
 「……おはよう、リーオ」
 「…………まだ早いじゃねぇかよ……」
 どうしてこんなにも早い時間に目を覚ますんだ、お前は年寄りかと盛大な不満を零しつつもウーヴェに背後から手を回して頬にキスをしたのはリオンで、その顔はまだまだ睡魔と仲良くしていたいと訴えていたため、まだ寝ていればいいと苦笑しつつ後ろ手でくすんだ金髪を抱き寄せると、お前がいないのに寝てられないと断言されてしまう。
 「……ああ、悪かった」
 「だったらベッドに戻ろうぜ」
 今はバカンスの最中で、まだまだ眠れるのだからベッドに戻ろうとウーヴェに再度キスをして促したリオンは、立ち上がったウーヴェの腰に腕を回して半ば担ぐように抱き寄せる。
 「こら、リーオ、歩いて行ける!」
 「うるせぇ」
 ウーヴェの抵抗を一言で封じたリオンは、何よりも誰よりも大切だと公言して憚らない割には乱雑な扱いでウーヴェをベッドに放り投げると、すぐさま身を起こすウーヴェに覆い被さってベッドに押し倒す。
 「こらっ!」
 「あー、はいはい。眠いんだから寝るぜ、オーヴェ」
 ダーリンお願い、もう少しお前の横で眠らせてくれと囁かれてどきりと鼓動を跳ね上げたウーヴェだったが、だったらレスリングの寝技みたいなそれを解けと声を荒げてくすんだ金髪に手を差し入れてぐいと引き上げる。
 「いてててて!」
 「うるさい!」
 リオンの悲鳴を無視したウーヴェが小さく怒鳴って蒼い目を睨み付けると、同じ強さで睨み返されるものの、最後の最後以外では決してウーヴェに逆らえないリオンが溜息をひとつ吐いてウーヴェの上からベッドに移動する。
 「……ったく、すーぐうるさいとか言うんだからな」
 本当にダーリンは口が悪いと、ウーヴェに対してではなく枕に対して不満を述べるリオンを横目で睨んだウーヴェは、口が悪いダーリンで悪かったなと呟くと同時にリオンの背中に顔を寄せると宥めるようなキスをする。
 そのキスがウーヴェの思惑通りにリオンの機嫌を直し始めたのか、何度目かのキスの後、枕とリオンの顔の間からくすぐったそうな笑い声が流れ出す。
 「くすぐってぇ、オーヴェ!」
 「そうか?」
 「あー、疑ってるな!?」
 だったら背中にされるキスがどれ程くすぐったいか思い知れと吼えたリオンが逆にウーヴェの身体を伏せさせると、昨夜もしたように傷のひとつひとつにキスをしていく。
 背中にされるキスがくすぐったさをもたらすことを誰よりも知るウーヴェだったため、もう良い分かったと笑いながらリオンを制止するが、止めないと意地悪く笑う声に身体を捻って再度くすんだ金髪に手を突っ込むと、リオンがそのまま伸び上がって今度はウーヴェの唇にキスをする。
 「な、オーヴェ、昨日言ってたビールが有名な修道院ってレストランも併設してるんだって」
 だからそこで朝昼兼用の食事にしようと誘うとウーヴェの目が考え込むように左右に泳ぐが、その提案を受け入れたように目を伏せる。
 「そうしようか」
 「ダンケオーヴェ愛してる」
 だからこのまま続きをさせてくれとも囁かれ、さすがにそれに対しては拒絶の声を挙げたウーヴェだったが、己の腿に触れるリオンの身体が熱を帯びていることに気付くと、己の体内にも小さな熾火のような熱が湧き起こる。
 「……ワインとビール」
 「デザートにリンゴのタルトがあればそれもつける!」
 「…………分かった」
 そういうことであれば誘いに応じましょうと囁くウーヴェに感謝の気持ちを込めてキスをしたリオンは、髪に差し入れられた手の形が変化をすると同時に抱き寄せられたことに気付くと、さっきとは違う情よりも欲を強く感じさせるキスでウーヴェの気持ちを同じ場所に引き上げていくのだった。

 

 ビールが有名な修道院は、観光案内所の話などから、併設されている小さな教会が実は大変有名なものだったらしく、ブランチ目当てに出掛けた二人の前にはガイドを伴っていたりそうではないバックパッカーらしき観光客らが修道院の敷地に向かっていたり出てきたりしていた。
 教会が有名らしいと助手席でウーヴェが呟き、しかもその教会には聖女が眠っていて、彼女の遺品や有名画家の貴重な絵画なども展示されているとも呟き、絵画や彫刻など美術品に対する興味がリオンよりも深くて高いウーヴェが少しだけ恨みがましい目で運転する横顔を見つめると、見られた方はサングラスの下で些かうんざりした色を瞳に浮かべる。
 「有名な絵画ってさ、どうせ教会関係の物なんだろ?」
 「ああ」
 「んなの腐るほど見てきたから珍しくも何ともねぇもん」
 物心つく前から己の周辺には聖女にまつわる文物やカトリックに関係する絵画が溢れていて、毎日のように嫌でも接してきたリオンにしてみれば確かにそれらに感動することすら無かった。
 だから取り立てて教会が有名だとは説明しなかったと肩を竦められてしまうと何も言えず、小さな溜息を零しただけで己の思いを霧散させたウーヴェは、ビールとパンが有名らしいから、美味しいと思ったら帰る時にも立ち寄ってベルトランへの土産にしようと笑うと、リオンも話題を変えてくれてありがとうと素直に礼を言いつつウーヴェの提案に賛成と声を挙げる。
 修道院へは短い距離ながらも木立に囲まれた道が作られていて、鉄の門の中に設置されている駐車スペースに車を停めると、いつものようにリオンの手を借りて車から降り立つ。
 修道院に入る人、出てくる人、横のレストランで食事をするためか同行者と相談している人達の間を縫って入口と書かれた扉の前に向かった二人は、簡単な案内が書かれたリーフレットを受け取ると、入場料は不要の筈だがどちらもごく自然に5ユーロ紙幣を取り出して受付の傍にある木箱に収めて受付のシスターに会釈をする。
 余程大多数の信者や収入源となるものを抱えていない限り、教会というのは何処も似たり寄ったりの経営状態だろう。
 ただ、ここの経営状況はビールが有名であること、教会そのものの文化的価値が高い理由から訪れる観光客が落としていくお金がある為、潤沢とは言えないがそれでもリオンの実家のように今日明日食べるものに苦しむような事はなさそうだった。
 だが、それでもやはり教会という組織は金儲けに走ることは出来ず、細々とした暮らしをしていることに気付いている二人が寄付をすると、シスターの顔が感謝の色に覆われていく。
 そんな彼女にもう一度二人で会釈をすると、受け取ったリーフレットが不意に重さを増した気がしてしまい、リオンはウーヴェのものを手に取るとそれなりに丁寧に折り畳んでジーンズの尻ポケットにそれを突っ込む。
 「どうする、教会見に行くか?」
 「……お前が良いと言ってくれるのなら、見に行きたいな」
 どうせここまで来たのだから見ていきたいがと口籠もるウーヴェにリオンが一度抜けるような青空を仰ぐが、次いで顔を戻した時にはいつもウーヴェが望む笑みを浮かべていた。
 「良いぜ。ホームにあったのと全く同じものがあるとは思えねぇし」
 「ダンケ、リーオ」
 「ん、良いよ」
 本心では辟易している教会関係の絵画や彫刻品を見に行くことに同意を示してくれるリオンにいつも感じている感謝の思いを改めた感じたウーヴェは、人目を探るように周囲を見回した後、素早くリオンの頬にキスをする。
 「……教会見終わったらメシにしような」
 「ああ、そうしよう」
 なるべく早く見るつもりだから付き合ってくれと笑うウーヴェに同じように笑ったリオンは、ウーヴェの手を取って己の腕に回させると、周囲の視線を一切気にすることなく教会の入口へと向かう流れに紛れるのだった。

 

 ホームと同じものは無いから大丈夫と断言したリオンだったが、ウーヴェがひとつひとつのものについてじっくりと見ていくのに付き合えたのは正味10分程で、それ以降はもうガマンできないとウーヴェに耳打ちした後、煙草を吸う為に教会とレストランの間にある喫煙スペースに足早に向かって煙草に火をつけると、満足そうに細く長く煙を吐き出す。
 「お前は……!」
 壁に寄り掛かって煙をぷかぷかと上空に漂わせるリオンに驚愕の声が投げ掛けられ、そちらに顔を向けると、バツの悪そうな表情を浮かべてしまった後悔とそれを押し隠そうと平静さを保とうとする顔で見つめて来るアイゼナハがいて、ああ、何だじいさんかと呟きながら煙草を灰皿に投げ入れる。
 「孫はどーした?」
 「……お前に殴られたのがかなり堪えたようで、家に籠もっている」
 「そうか、それは残念だな」
 「残念?」
 「ああ。せっかくの夏休みに家に籠もっているなんてもったいねぇだろ?」
 街中のシュタイナー学校に通っていると聞いたが、夏休みが終わればまた学校で勉強漬けの毎日になるのだ、遊ばないでどうすると笑うリオンをじろりと睨むアイゼナハだったが、確かにそうだとも頷くと聞きたい事があると呟いてリオンの首を傾げさせる。
 「エーリカが溺れさせた彼だが、バルツァー会長の末っ子だそうだな」
 「ん?ああ、そうだ」
 アイゼナハは州議会議員として様々な企業の代表や関係者と会談したり食事をしたことがあるため、財界にも顔が広く何度もレオポルドやギュンター・ノルベルトらと顔を合わせたことがあったが、ウーヴェという名前の息子がいることは聞いた事が無いとも呟くと、リオンが一瞬考え込むが、ひょいとひとつ肩を竦めて再度煙草に火をつける。
 「あいつはバルツァーとは関係のない仕事をしているからな」
 「そうなのかね?」
 「ああ。医者をしている。だから会社の関係で見たことは無いだろうな」
 会社とは全く関係のない仕事をしているため、今まで出会った事がなかったのだろうと苦笑するリオンにアイゼナハも納得した顔で頷くと片手を挙げる。
 「……彼には悪い事をしたともう一度伝えておいてくれ」
 「ああ」
 あんたもじゃじゃ馬の扱いが大変だろうが、学校を卒業すればもっと大変なことがあるのだから、今のうちにその性格を矯正しておけと孫に伝えて欲しいとにやりと笑みを浮かべたリオンは、アイゼナハの目が一瞬見開かれるものの、確かにその通りだと何度も頷いて再度手を挙げて踵を返す。
 その後ろ姿を見送ったリオンは、細く煙を吐き出すと満足そうに目を細め、早くウーヴェが戻ってこないかと歌うように呟くのだった。

 冬に比べれば驚くほど長いこと上空に留まっていた太陽が徐々に姿を消し始めた頃、バスタブに張った湯の中に身体を沈めつつ、壁の上半分の大きさを占める窓を開けて夜風を感じていたウーヴェは、不意にシャンパンかスパークリングワインを飲みたい気持ちになり、全面ガラス張りの壁の向こうのベッドルームで雑誌を広げているリオンを呼ぶためにガラスの壁をノックする。
 その音に気付いたリオンが雑誌から顔を上げてベッドを降り立って近づいてくるのを、バスタブの縁に腕をかけて待っていたウーヴェは、どうしたという疑問と共に顔を出すリオンに向け最上級の笑みを浮かべてその鼓動を早めさせる。
 「なあ、リーオ。シャンパンかスパークリングワインが飲みたいんだ」
 「へ!?スパークリングワイン?」
 「そう。風が気持ちいいし、飲みたいんだ、リーオ」
 だからお願い、スパークリングワインを取ってきてくれないかと、ある意味滅多にお目にかかれない表情でリオンを見上げたウーヴェは、視線を合わせるようにバスタブの横にしゃがみ込んだリオンにもう一度顔を傾げて名を呼ぶと、リオンが膝の間に頭を埋めるように抱え込んで深く溜息を吐く。
 「晩飯食った時に飲んだじゃん?」
 「うん、飲んだな」
 「じゃあ今飲まなくてもいいんじゃね?」
 「そうか?」
 リオンの恨みがましい目と呟きにウーヴェが軽く目を瞠るが、リオンの頬を撫でて顎を撫で、そのまま耳朶を軽く摘んでピアスにキスをするように顔を寄せると、リオンの頬が赤味を増す。
 「リーオ。飲みたいんだ」
 「…………チーズか何か一緒に食うか?」
 「うん、そうだな。お前も飲まないか?」
 ウーヴェのお願いの顔と声に撃沈したリオンが諦めの溜息混じりに念を押すように告げると、ウーヴェもさすがにそれが譲れないものだと気付いているのか、素直に頷いた後にリオンを誘うと、一緒に入って良いのかとも問われて大きく頷く。
 「もちろん」
 「じゃあ用意する」
 「頼む」
 短くある意味滑稽-というか家族が見れば勝手にいちゃいちゃしていろと吐き捨てたくなるようなやり取りを終えたリオンがそそくさとバスルームを出て行くが、その背中が言葉の割には浮かれていることに気付いたウーヴェは、戻って来たリオンがウーヴェの為のスパークリングワインと自分のためのサングリア、そして二人で食べるチーズを手に戻って来たのを見て再び綺麗な笑みを浮かべてリオンを招き入れる。
 バスルームに置いてある椅子をテーブル代わりにし、ウーヴェと向かい合ってバスタブに入ったリオンは、スパークリングワインのグラスを片手に気持ち良さそうに嬉しそうに笑うウーヴェに軽く目を瞠るが、その顔が本当に幸せを感じている時にだけ見せるものだと気付くと、じわりと暖かな何かが湧き起こってくる。
 「どうした?」
 じっと己を見つめるリオンに小首を傾げたウーヴェだったが、無言で髪が左右に揺れたためにグラスを椅子に置き、鼻の頭が重なるぐらいの距離まで身を寄せると、リオンの少し伸びてきた前髪が青い瞳を覆い隠してしまう。
 そんなリオンの頬に手を宛がい、どうしたともう一度問えば、小さな小さな声がウーヴェを呼んだため、同じように小さな声でうんと答え、リオンの手からサングリアのグラスを取り上げて床に置く。
 「リーオ」
 「…………オーヴェ……」
 「ああ。────ここにいる」
 昨日も言ったがもう何処にも行かない、お前を独りにはしないと告げると、何かに脅えるような手がウーヴェの腕に絡んで引き寄せようとしたため、逆にその手を取ってリオンの身体を抱き寄せる。
 「もう何処にも行かない」
 お前の目や手が届かない場所にいかないことを穏やかに、だけど強い声で宣言したウーヴェにリオンが小さく頷いてウーヴェを抱きしめる。
 こんな風に甘える顔や姿-リオン曰くの弱い俺-は、マザー・カタリーナでさえも見た事がないそうで、二人が付き合いだし、心の裡を悲哀や歓喜で掻き回す出来事を幾度も乗り越えてきた今だからこそウーヴェだけが見られるものであり、またリオンもウーヴェにだけは見せるものでもあった。
 それを見せられることから得ている信頼の大きさを改めて感じると、己のせいではないが心肺停止になった事が申し訳なく感じてしまい、それを詫びるようにリオンの髪に何度もキスをすればようやく腕の中で顔が上がり、隠れていた青い瞳が姿を見せる。
 「……オーヴェ、キス」
 「ああ」
 キスをしてくれれば全て許してやると鼻を啜ると、リオンの顎に手を掛けたウーヴェが軽く持ち上げたため、それにあわせてリオンが目を閉じる。
 最初は軽く触れるだけだったが、いつしか深いものになっていき、どちらも満足する頃には息が上がってしまっていて、いつもならば例えその場がバスルームであろうがリビングであろうが情を確かめ熱を感じ合うのだが、どうやら今夜はそれをしなくても満足できるようで、ウーヴェの前でリオンが窮屈そうに背中を見せたかと思うと、そのまま己と比べれば薄い胸板に背中を預け、意味を理解したウーヴェの手がリオンの顎の下で軽く交差すると満足そうな吐息が落ちる。
 「オーヴェ、チーズ食いたい」
 「どれにする?」
 床からサングリアを、椅子からスパークリングワインのグラスを取ったリオンが半ば後ろを振り返るように笑うと、ウーヴェがクラッカーにチーズを載せてリオンの顔の前にそっと差し出せば、嬉しそうにそれにかぶりつく。
 「これさ、ムッティが買ってきてくれたチーズだろ?やっぱり美味いなぁ」
 心底感心したように呟くリオンの手首を掴んでその手を引き寄せたウーヴェは、半分ほどに減ってしまったそれを一口で食べ、確かに美味しいと頷いてグラスを傾ける。
 「リオン、父さんに叩かれた所はもう痛くないのか?」
 「へ?ああ、平気。あんなの殴られたうちに入らないって」
 あの時レオポルドが手を挙げた理由もそれをされる理由もちゃんと分かっていて納得しているから全然痛くないと笑い、グラスとスパークリングワインの泡越しにウーヴェを見ると、頬にキスが降ってくる。
 「でもさ、あの後の親父、可哀想だったよなぁ」
 「どうして?」
 「だって、俺を殴ったってお前が怒ってただろ?」
 あの夜、リオンを人間クッションの刑に処したウーヴェだったが、そのリオンに手を挙げた父に対してはそんな物理的な刑罰ではなく、持って来たブッカーズを全て飲み干すという精神的な刑罰を与えたのだが、それについて笑われた事に咳払いをひとつしたウーヴェは、どんな事情があっても暴力はダメだと言い放つとリオンがいつものように上目遣いで見つめてきたかと思うと、ごめんなさいお願い許してオーヴェと捲し立てられる。
 「仕方がないな、もう一杯飲ませてくれたら許してやる」
 「むぅ、何かと理由をつけて飲みたがるんだからな、俺のダーリンは!」
 でも、そんなお前が大好きだと笑うリオンに同じ顔で笑ったウーヴェは、自らがお代わりを希望したにも関わらず、グラスを床に下ろしてリオンを後ろからそっと抱きしめる。
 「なあ、リーオ、今回のバカンスはどうだった?」
 「ん?……うん、まあ色々あったけどさ、この家は良い感じだし湖も綺麗だし、二人でのんびりも出来たから十分に楽しかったぜ」
 だけどまだ後二日残っていると笑うリオンの耳に何事かを囁くと、リオンの蒼い目が一瞬見開かれるが、次いで嬉しそうに細められ、後ろに伸ばした手でウーヴェの髪を撫でる。
 「イイぜ、じゃあ明日は一日中ベッドにいようか」
 食事の用意だけを済ませ、それ以降は携帯の電源も切って外界との接触を精神的にも物理的にも切ってしまおうと笑みを深めたリオンは、ウーヴェのキスを額と鼻の頭に受けてくすぐったそうに顔を顰めるが、明日の予定が日がな一日ベッドの中で二人きりで過ごすことだと教えられれば嬉しくないはずはなく、自然とご機嫌の証でもある歌を口ずさむ。
 その歌を聞きながらスパークリングワインを飲んでチーズを食べたウーヴェも、怠惰な一日を過ごそうとの誘いに乗ってくれたことが嬉しく、そして何よりもリオンに深く大きな不安を与えたことへの謝罪と命を取り戻してくれたことへの感謝にしようと密かに決め、いつまでもご機嫌に歌を口ずさむリオンをずっとハグし、二人で他愛もないことを語りながら開け放った窓から見える夜の湖と、その上を通り過ぎる風に心地よさを感じているのだった。

 

 こうして、短期間のバカンスでさえも事件に巻き込まれてしまった二人だったが、それでも振り返れば良い思い出になるとベッドの中で笑い合い、残り二日のバカンスを何もすることなく怠惰に過ごしながら心身のリフレッシュをすると、週明けからの仕事にも精を出そうと頷き合うのだった。
 その後、毎年のように夏になればこの別荘にやってきた二人だが、時にはベルトランを伴ったり、カインと千暁と一緒に来たりもするようになっていた。
 一緒に来る人達の顔触れはその時々によって変わるが、ここに来た二人が日がな一日ベッドの中から出て来なかったり、ガラス張りのバスルームで二人一緒にバスタブに入ることだけは、二人の仲のように変わることはないのだった。

 

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2014/09/21
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!
リクして下さったA様、長い間お待たせして申し訳ありません。楽しんでいただければ嬉しいです……!


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