SPLASH-1-

Über das glückliche Leben(ÜGL) -Lion & Uwe -

 夏真っ盛りの街は少しでも涼を求める人達が噴水の周りに集まったり、子ども達は噴水のしぶきに気持ち良さそうに笑ったりと、夏特有の光景が高く澄んだ青空の下で繰り広げられていた。
 冬と違って太陽が昇っている時間も長い為、北欧諸国ほどではないがそれでも短い夏を満喫しようとバカンスに出掛ける人や市内にある広大な公園を流れる小川に入って夏の暑さを忘れようとする人達も沢山いて、そんな中に暑い暑いと毎年のように文句を言うリオンがいた。
 リオンの横には暑いはずなのに涼しい顔をしているウーヴェがいるが、ゆっくりとした歩みに合わせるようにリオンがのんびりと空を見上げて泳ぎに行きたいと宣う。
 「もうすぐ泳ぎに行くだろう?」
 「えー、でもまだだろ?」
 例え後数日後に涼めるとしてもそれはそれであり、今この瞬間に泳ぎに行きたいんだと不満を訴えるリオンをちらりと見たウーヴェは、身体を鍛える為にジムに通って泳いでいるのだから構わないだろうと苦笑すると、身体を鍛えるのは仕事の一環だから全くリラックス出来ないと更に不満げな顔で返される。
 リオンの仕事は身体が資本と言える節があり、時間を見つけてはジムに通って身体を鍛えているのだが、それはあくまでも仕事に繋がることであり、今自分が言っているのはバカンスで何処かに泳ぎに行きたいと言う事だと宣言されて小さく溜息を吐く。
 今日はウーヴェのクリニックが午後から休診だった為、ウーヴェが休みの時は俺も休むと宣言したリオンも当然休みを取っていた。
 普段ならば何処かに行こうとどちらかが誘いを掛けるのだが、あいにく今夜は二週間に一度の大切な客を迎える日だった為、こうして二人でウーヴェのお気に入りのデリカテッセンに出向き、その客の好物である総菜やワインなどを買い求めていたのだ。
 店の前に運良く駐車できた為に大量の食材を購入しても平気だと笑うリオンにウーヴェも同意をしたその結果色々と食材を買ったのだが、車に荷物を載せたリオンが助手席のドアを開けてウーヴェが乗り込んだのを確かめると何故か店に逆戻りし、戻ってきたときには小さな包みを手にしていた。
 「何を買ったんだ?」
 「ナイショ」
 何故秘密なのか分からないが機嫌が良さそうな顔なのでそのままにしておこうと内心苦笑し、今日は何を食べさせてくれるか楽しみだと夜の予定を朝一番にメールで送ってきたとリオンに苦笑しつつ伝えると、口笛を吹かれてさすがは兄貴だと肩を竦められる。
 二週間に一度の大切な客というのはウーヴェの兄、ギュンター・ノルベルトで、ウーヴェの家族が以前のような仲の良さを取り戻すようになってから定期的に兄が弟の家に遊びに来るようになっていて、その際一人で来ることもあれば、年下の友人でもあるヘクターを連れてくることもあった。
 今日は二人で来ることも告げ、ヘクターが来るのなら自分の代わりに料理を手伝って貰おうとリオンが返すと、じゃあその間はノルの相手をしておいてくれとウーヴェが笑みを深める。
 「絶対ヤダ」
 俺一人で兄貴の相手なんて出来ない出来るはずがないと悲愴な顔でリオンが否定したため、別に取って食べる訳でもないし怒鳴り散らす訳でもないのだからそんなに嫌がることはないだろうと兄を思って少しだけ非難すると、あの兄貴が甘くて優しいのはお前に対してだけだと捲し立てられる。
 「そうか?」
 「そう!いつも言ってるけど、オーヴェの家族はみーんなオーヴェを甘やかすからなぁ」
 特に兄貴はそれが顕著だとリオンが呆れたような声を発すると、ウーヴェがそんなことはないと控え目に反論するものの、出張に行った際に試飲して美味しかったからというだけで一本1000ユーロもするようなヴィンテージものの貴腐ワインを送りつけてくるのは甘くないのかと横目で見られて黙り込んでしまう。
 「一本1000ユーロだぜ?」
 一体何処まで甘いんだと首を振るリオンに何も返せなかったウーヴェは、確かにあれは甘いと素直に認めて苦笑する。
 「ま、そうなる訳も分かるけどな」
 何しろ20年以上顔を合わせることを避けていたのだから仕方がないとリオンも矛先を納め、家族みんなに愛されていて良いじゃないかと嫌味ではない本音から笑ったためにウーヴェも素直に頷いて胸を撫で下ろす。
 「今日は何を作ろうか、リーオ?」
 「んー、ポテトサラダ食いたい」
 「分かった。今日も暑いし新鮮なロブスターを買ったから冷製パスタでも作ろうか」
 「あ、それ賛成」
 美味しい料理をいつもありがとう。
 そんな素直な言葉に心が軽くなった頃に自宅アパートの駐車場に着いたため、シートに立て掛けておいたステッキを手に取ると、すかさずリオンがドアを開けて手を差し出してくる。
 「大丈夫だ、リーオ。荷物があるだろう?」
 「平気」
 それに、お前の杖の代わりになると決めたのだと、今夜の食事に目を輝かせていた時とはまったく違う男の顔で気にするなと笑うリオンに一瞬鼓動を早めたウーヴェだが、片手で持てる荷物だけは持つと伝えつつリオンの腕に手をかけて車から降りる。
 遠慮せずに荷物も自身も預ければいいと言いたげなリオンだったが、足を悪くしたからと言って何もかも寄り掛かるのはウーヴェの中ではあり得ないことだったため、出来ることはするが無理な時には手を貸してくれといつもの言葉を今日もまた伝えるが、最後に必ず忘れない一言も付け加えて目を細める。
 「いつもありがとう、リーオ」
 「・・・ん、分かった」
 その言葉ですべてを納得させたリオンが車内に残っている荷物を持ち片腕にウーヴェの手を載せると、機嫌が良いのか鼻歌を歌い始める。
 その鼻歌にウーヴェもつられて気持ちが浮上し、ポテトサラダに入れるピクルスの量は少なめにしようと更にリオンを喜ばせることを告げるのだった。

 

 ドアベルが鳴り客が到着したことを知ったウーヴェは、今から茹でようとしているロブスターの爪が木べらをがっちりと掴んで離さない為、力任せに外そうとするリオンが捕食者と被捕食者の意地をかけた闘いを繰り広げていることに呆れつつステッキを突いてゆっくりとキッチンを出て行く。
 長い廊下を少しだけ疎ましく思いつつもドアを開けたウーヴェは、招待してくれてありがとうと、ここに来る度に礼を言っては何某かのプレゼントを渡そうとする兄を何とか制止し、その斜め後ろで微苦笑しているヘクターを招き入れると、兄がウーヴェの頬にキスをして二週間ぶりの再会に顔を綻ばせ、ウーヴェもややぎこちなくだがお返しのキスを頬にする。
 この兄弟がこのように親愛の情を互いに交わせるようになったのを我が事のように嬉しそうに見守っているヘクターは兄弟に促されて廊下を進むが、キッチンでシンクに手をついて項垂れているリオンを発見して振り返りつつアレはどうしたと問いかける。
 「・・・ロブスターと戦っていたんだ」
 「は?」
 兄の呆けた顔を見ることなど滅多にない為にそれに驚きつつも、ヘクターが怪訝な顔でリオンを呼んだ為、ウーヴェが苦笑しつつロブスターに勝利したのかと問えば死闘を繰り広げたと思われる右手が高々と掲げられる。
 「・・・勝った・・・!」
 「そうか、良かったな」
 お陰で無事に冷製パスタにロブスターを使えると笑うウーヴェにリオンが顔だけを振り向けると、お前の為に頑張ったのだからもっと誉めろと湿った声を出すものの、俺以上に食べるのだから自分の為でもあると返されて素直に頷いて立ち上がる。
 「ハロ、兄貴、ヘクター」
 「・・・まったく、本当に騒々しい男だな」
 「へへ」
 「誰も誉めてないぞ、リオン」
 客の二人に貶されてはなくても誉められていないことを知るが、慣れているのか意に介さずに笑みを浮かべ、少しの時間離れただけのウーヴェの頬にもキスをし、二人には勝利宣言の為に掲げた右手で握手をする。
 「今日はロブスターの冷製パスタだって」
 「・・・それで戦っていたのか」
 「そうそう」
 無事に勝利を収めたことだし、美味しい料理に変身させて欲しいと笑ったリオンは、その前に軽く食べるものを用意してあることをウーヴェに教えられて顔を輝かせてリビングに二人を案内するが、口では文句を言っていてもさすがにウーヴェだけに用意をさせることはせず、ソファに座って勝手に雑誌を読んだりテレビを見始める二人にビールとチーズなどのオードブルを出してキッチンに戻る。
 「一緒に食べていても良いんだぞ」
 「ん?お前が良いって言っても兄貴が怖いから止めておく」
 そんな風に誤魔化す伴侶の気持ちにウーヴェも気付いたのか、手招きで呼んだリオンの頬にキスをする。
 「すぐに食べられるようにするからもう少しだけ待っていてくれ、リーオ」
 「ん、平気」
 待ってると頷いて指示を待つ態度を示したリオンは、言葉通りにてきぱきと食事の用意を仕上げていくウーヴェに従って皿を出したり食材の仕上げに掛かったりするのだった。

 兄とその友人であるヘクターと一緒にダイニングテーブルを囲んでの食事は楽しく、あっという間に時が過ぎてしまうことをギュンター・ノルベルトがワインを飲みながら寂しそうに笑うと、ヘクターも同じような笑みを浮かべて頷く。
 寂しいと言ってもすぐに会える距離に住んでいるのだし、以前のように顔を合わせることもない関係ではないのだから平気だろうとウーヴェが微苦笑すると珍しくリオンがビール瓶片手にやれやれと頭を左右に振る。
 「リーオ?」
 「会いたい人と会ってる時ってすげー時間が早く過ぎるんだよなぁ。でも、この美人さんはそれが分からないんだからなぁ」
 唐変木とは言いたくないが、時々その辺りの感情が見事に欠落するんだからと、日頃感じているのだろうウーヴェの情緒的な欠陥を指摘したリオンは、口を尖らせて不満の顔を振り向けるウーヴェの頬にキスをし、機嫌を直せと笑いかける。
 「誰が・・・」
 唐変木なんだと憤慨の声を挙げてみるものの、どう考えても自分がもっとも相応しいと気付いて口を閉ざす。
 今四人がいるのはテラスに出したソファセットで、日差しが暖かい冬の日や昼間の暑さが落ち着き始めた夏の夜には二人でここで食事をしたり食後の時間を過ごしたりするのだが、今日は兄が外で飲みたいと言った為にこちらに移動してきたのだ。
 そこで自分の感情がまるで欠落しているようなことを言われては面白いはずもなく、立ち上がってステッキを手に取ると、見上げてくるリオンをじろりと見下ろす。
 「唐変木で悪かったな」
 「あー、拗ねるなって言ってるのに拗ねるだろ?」
 本当に素直じゃないんだからと笑うリオンの頭に掌を軽く叩き付けた後、訝るように見上げてくる兄とその友人に苦笑し、ビールを取ってくることを伝えて室内に戻るが、三歩進んだだけで隣にリオンが並んで腕を出してくる。
 「・・・はい、オーヴェ」
 「・・・・・・」
 例え背中を向け合って眠るようなケンカをしていても、許せないと互いに腹を立てていたとしても己の前言は必ず守ると言い聞かせるようにリオンが笑みを浮かべ、同じくその気持ちだけは忘れないようにしようと頷いたウーヴェがその腕に手を回す。
 「ワインは要らないのか?」
 「今日はビールが飲みたいんだ」
 ウーヴェの杖の代わりになると、神や皆の前で誓った言葉は当然のように今も実行されているが、キッチンにビールを取りに行ったウーヴェの背中を見送ったギュンター・ノルベルトとヘクターが仲が良いことだと密かに笑い合い、弟の人生がもっともっと幸せに満ちているようにと願っていると、そんな彼の願いを邪魔するように無粋な電子音がヘクターのジーンズポケットから鳴り響く。
 「プライベートなんだから仕事の携帯は置いてくればいいのに」
 「そういう訳にはいかないだろう?」
 不満げなギュンター・ノルベルトを宥めつつ携帯を耳に宛がったヘクターは、電話を掛けてきた相手が予想通りの相手であることに苦笑し、一言二言言葉を交わした後に携帯をギュンター・ノルベルトに差し出す。
 「?」
 「・・・会長からだ」
 「なんだ、父さんか」
 父ならば居場所が分かっているのに何故お前の携帯に掛けてくるんだと、尚も不満を訴えながらもそれを受け取ったギュンター・ノルベルトは、プライベートの携帯ぐらい持ち歩けと怒鳴られて携帯を耳から離し、二台も持ちたくないと憮然と言い放つと咳払いの後に先日の件だと切り出されて瞬きをする。
 「・・・ああ、あの別荘の?」
 『そうだ。担当者がこの件を契約できなければ一家で路頭に迷うと泣きついてきた』
 「たかが一件ぐらいで路頭に迷うなどありませんよ、父さん」
 それは営業マンの口癖だと笑う息子に父はそんな事はどうでも良いが、お前が買わないのならば俺が買うと告げるとギュンター・ノルベルトの顔が一瞬にして険しいものになる。
 「父さんが?別荘なんていくつも持ってるでしょうが」
 まだ欲しいのかと笑えば俺の為じゃないと返され、あることに気付いてソファを倒す勢いで立ち上がる。
 「フェリクスに譲るつもりか!?」
 それは許せない、絶対にそれだけは許せないと急に叫びだした友人にヘクターがかなり驚いてまじまじとその顔を見てしまうが、自分がそれをするつもりなのだからとも叫んだ為に飛び上がりそうになる。
 「あの別荘は俺が買うから父さんは別の物を買えば良いだろ!?」
 『お前はウーヴェに物を買いすぎる!』
 そんな甘い顔をお前が見せてどうするんだと笑われるが、そういう父さんこそどうなんだとギュンター・ノルベルトが返せば、見事な声で俺は良いんだと自慢気に言い放たれる。
 『俺は好き放題ウーヴェを甘やかしても良いし、その権利は俺とリッドにのみある!』
 「・・・父さん、そこにその営業マンはいますか?いたら今すぐ代わって下さい」
 早く代われ今すぐ代われと、仕事でもここまでの慌てぶりを発揮することがないギュンター・ノルベルトの様子にただ呆気に取られているヘクターだが、次いで聞こえてきた言葉にはただ無言で深い溜息を零してしまう。
 「ああ、返事に時間を掛けてしまったが、その別荘は私が買うよ」
 ただ、今出掛けているので契約書に目を通すことが出来ないが間違いなく買うのでどうすればいいと、電話口で営業マンが歓喜の舞を踊りそうなことを、こちら側には諦めの溜息を吐かせることをさらりと言い放つ。
 そんな降って湧いた喧騒の最中に戻って来たウーヴェは、ヘクターが自棄気味にワイングラスを傾けているのを発見してリオンと顔を見合わせるが、その前でギュンター・ノルベルトが通話を終えて携帯をヘクターに差し出す。
 「どう、したんだ、ヘクター?」
 「・・・リオン、お前は良くギュンターや会長達がウーヴェに甘いと言っていたな」
 「へ!?」
 ヘクターの唐突な言葉に驚きつつもリオンが素直に頷き、ウーヴェをソファに座らせてビールを手渡すと、ヘクターがその気持ちが今ならば良く分かると呟くが、そんな彼とは対照的に満面の笑みを浮かべたギュンター・ノルベルトがウーヴェの顔を見ながらにこにこと頬杖をつく。
 「ノル・・・?」
 「フェリクス、今から30分ほどで人が来るんだが、構わないか?」
 「人?」
 その漠然とした言い方にリオンとウーヴェが顔を見合わせて眉を寄せ、ギュンター・ノルベルトの友人か誰かかと問えば、野暮用だと肩を竦められてしまってそれ以上は何も問えなくなってしまう。
 兄がここに来ている時に誰かを呼ぶなど今まで経験したことが無く、誰が来るんだとヘクターに問いかけてもただ黙って溜息を吐くだけで回答は得られず、リオンと共に首を傾げてしまうが、目の前の兄の恐ろしいほどの満面の笑みが嫌な予感をウーヴェ達に与えているのだった。

 

 夏の暑い夜とはいえ日中に比べると気温が下がり、その結果ウーヴェの負傷した左足が痛みを覚え始め、それはウーヴェだけが気付けるもので、ちょっと失礼と断りを入れてテラスから室内に戻ろうとしたが、リオンがそれを片手で制し、録画しているサッカーのゲームを見たいからリビングに戻ろうと皆に告げる。
 「仕方がないな」
 「ダンケ、ヘクター、兄貴」
 そして何も言わないウーヴェにリオンも何も言わずに手を出して立たせるが、早くテレビを見たいからと子どもじみた顔で宣言するや否や、ウーヴェをひょいと抱き上げて目を白黒させる。
 「リオン!」
 「だって早く見たいし?」
 ギュンター・ノルベルトとヘクターには己がテレビを見たいからだと強調するが、顔を赤くして見下ろしてくるウーヴェにだけ分かるように目を細めると、ビールでもワインでも何でも飲んでも良いから許してとその頬にキスをする。
 リオンの気持ちが分かる為それ以上何も言えず、ただお許しが出たのだから今日はシングルモルトを開けようと笑うとヘクターの顔に満面の笑みが浮かぶ。
 「良いな」
 「・・・いたよ、居た居た。ここにも酒に目がないのが居たよ」
 ヘクターとウーヴェの会話にリオンが呆れたように呟き、ギュンター・ノルベルトは無言で溜息を吐くものの、飲むかと問われて断るはずがないと笑い返し、リビングのソファに座ると同時に先程サインをしたばかりの書類をまずヘクターに見せる。
 「また皆にギュンターはウーヴェ様に甘いと言われるぞ」
 「言いたいヤツには言わせておくさ」
 自分の使命はフェリクスの人生を豊かにすることなんだと断言するギュンター・ノルベルトに最早何も言えないと首を振ったヘクターだが、確かにウーヴェの人生が豊かになることは悪いことじゃないと同意をすると、冷たいと良く言われる友の顔に暖かな優しい笑みが浮かび上がる。
 「・・・お前に認めて貰えるのは本当に嬉しいことだな、ヘクター」
 「・・・」
 自分たち兄弟の不和の理由も良く知るヘクターが喜んでくれるのが本当に嬉しいようで、キッチンから新たな飲み物を運んでくるリオンやそれをソファで受け取ったウーヴェがさっきとはまた違った意味で驚くような笑みを浮かべ、ウーヴェが差し出すグラスを受け取るとヘクターに見せた書類を逆に差し出す。
 「これは?」
 「今年のバカンスはどうするつもりだい、フェリクス?」
 「え?」
 差し出された書類を読み進めていくうちにそれが不動産の売買に関するものだと理解したウーヴェは、不意に関係のない質問をされて顔を上げ、例年通りヴィーズンが始まる頃に合わせて取るつもりだと言えば、ギュンター・ノルベルトが眉を寄せるよりも先に隣から陽気な声が流れ出す。
 「あ、今年はもうすぐ5日ほどクリニックを閉めて旅行に行こうって言ってる。な、オーヴェ」
 「ああ」
 今年は例年とは違うバカンスだと、今から浮かれるリオンが何処に行くのかを問われて口にした地名にギュンター・ノルベルトの目がきらりと光る。
 「ふぅん、もう宿の予約はしたのか?」
 「それが、キャンセル待ちをしてるんだ」
 だからそこに泊まれなければ自然と日帰り旅行になってしまうことを肩を竦めつつ答えたウーヴェにギュンター・ノルベルトが咳払いをして皆の視線を集めると、ウーヴェの手元にある書類を見ろと笑顔で促す。
 「さっき人が来ただろ?」
 「あ、ああ、うん、そうだな・・・ノル、この書類は・・・」
 「何というタイミングだろうね。さっきの人は今度お前達が行くその保養地で別荘を売買している人で、ついさっき仮契約をしたばかりなんだ」
 だから今お前が見ている書類はその物件についての案内だと笑うと、ウーヴェとリオンが顔を見合わせ、次いでその書類を乱雑に捲って内容を確かめていく。
 「・・・リオンが泳ぎたいと言っていた湖の傍・・・」
 「え、じゃああっちの別荘みたいに裏庭から湖に泳ぎに行けるのか!?」
 そんなお誂え向きの別荘でしかも兄貴が買ったのなら格安で泊まれるだろうから行ってみたいと兄弟の顔を交互に見て了承を得ようとするリオンだったが、聞こえてきた言葉にさすがに絶句し青い目を限界まで見開いてしまう。
 「お前達のものなのに宿泊料など必要ないだろう?」
 「は!?」
 「ノル!?」
 「・・・・・・」
 ギュンター・ノルベルトの心底不思議そうな声に素っ頓狂な顔と声で返したリオンは、どういうことだと声を潜めるものの、隣で頭痛を堪える顔を伏せるヘクターの様子から事情を察し、まだ驚きのまま固まっているウーヴェの頬を軽く突く。
 「オーヴェ、オーヴェ・・・やっぱりオーヴェの家族はみんな甘い!」
 親父が言うようにいくら特別な子どもだからといってもこれはあまりにも酷すぎる。
 ヘクターの様子とギュンター・ノルベルトの言葉から真相をいち早く察したリオンが魂の叫び声を上げると、ようやく事情を呑み込んだウーヴェが書類をまるで今にも破裂しそうな爆弾か何かのようにギュンター・ノルベルトに投げつける。
 「旅行の日程はさっきリオンが言った日であっているな?」
 ならばその日に合わせてお前達が滞在できるように準備をしておかなければと、更にリオンを憤慨させヘクターを呆れさせることを笑顔で言った兄は、ついては一つお願いがあるとも告げて水割りを飲むと、ウーヴェが先程感じた嫌な予感を実感しつつ何だと上目遣いに兄を見る。
 「5日も邪魔するつもりはないが、その内の2日ほど俺たちも一緒に行っても良いか?」
 「いや、そんなことは問題じゃなくて、その別荘が俺たちのものってどういうことなんだ・・・?」
 真相は知りたくはないが知らなければならないとようやく意を決して息を飲み、ニコニコと嬉しそうに顔を笑み崩れさせる兄に問い掛けると、先程のリオンの言葉とヘクターの溜息を認めるような返事がなされて思わず肩を落としてしまう。
 「別荘をさっき買ったから、お前にプレゼントするよ、フェリクス」
 その口振りは、つい先ほどそこの店で本を買ったと言うよりも軽いもので、ウーヴェがきつく目を閉じて胸の中の感情を何とか押し殺す。
 もちろん、本音を言えばお前だけに贈りたかったがそれでは受け取ってくれないだろうから、リオンと共同名義に出来るように書類もお願いしてあるとさらに笑い、膝を組んで弟とその伴侶の顔を交互に見つめるが己が想像する顔を誰も浮かべておらず、プレゼントは嬉しくないのかと首を傾げるギュンター・ノルベルトの前では、落とした肩を震わせながらウーヴェが兄を呼ぶ。
 「ノル・・・プレゼントは要らないといつも言っているだろう?」
 俺の言葉を何一つとして聞き入れてくれないのかそうなのか、それなら俺にも考えがあると一気に捲し立てられて目を丸めた兄は弟の剣幕にただただ驚くものの、別荘などと言う高価なプレゼントをされても喜べないと返されて何故と問い返す。
 「何故って・・・!」
 「俺が贈りたいんだから何も気にせずに受け取ればいい」
 いや、そうじゃないとウーヴェが弱々しい声で反論するが、つい先程父との競争に勝利を果たしたギュンター・ノルベルトが購入した別荘が、誕生日でもクリスマスでもなんでもない普通の日にプレゼントとして贈られることになりそうで、贈り主以外の青年はただただ深く溜息を吐いてこの目の前の現実をどのように受け入れればいいのかと頭を悩ませる。
 「ああ、今年のバカンスはミカとエリー達と一緒にスイスに行くだけだったけど、お前と過ごせるなんて本当に最高だ」
 ちょうど良い別荘も手に入ったことだし本当に何て幸運なんだろうと、己のすぐ傍の人達にはある種の絶望を感じさせていることに微塵も気付いていないギュンター・ノルベルトは、近々契約書とお前に譲渡する為の書類を用意させるからそれにサインをしてくれと笑い、ただ一人満足そうに溜息を吐いてリオンが見る為につけていたテレビを見ては薄く入れた水割りのグラスを傾けるのだった。

 

 その夜、ほろ酔い気分でウーヴェの家を後にするギュンター・ノルベルトの熱烈なハグ-それはリオンを遙かに上回る情熱でもってなされた-を何とか受け流し、とにかく別荘の件は正気になった時に話をすると伝えるものの、今の兄にどれ程正確に伝わるかは全く自信がなく、呆れているヘクターに兄を送り届けて貰うことと別荘の売買契約書についてのことを明日連絡すると伝え、色々な意味で騒動を起こしてくれる兄とその友人を送り出す。
 「・・・・・・オーヴェ」
 「・・・分かっているから何も言わないでくれないか、リーオ」
 兄を筆頭に俺の家族が俺に甘いことは重々承知している、お前よりも俺がもっとも痛感しているから頼むから口に出さないでくれと口早に告げるとリオンが無言で肩を竦める。
 「ん、じゃあそれについては何も言わないけどさ、バカンスはどーする?」
 正直な話、別荘を兄貴が買ったのだから使わせて貰えると嬉しいと苦笑すると、じろりとウーヴェがリオンを睨み付けるものの、リオンが今回のバカンスを心から楽しみにしていることを知っている為に無碍にも出来ないと小さく笑う。
 「そう、だな・・・別荘の譲渡は断るがバカンスには行こう」
 それで良いかとようやくいつもの顔で穏やかに笑ったウーヴェは、リオンが再び抱き上げたことに目を丸くするが、見上げてくる顔が嬉しそうだった為に己の羞恥を押し殺して額にキスをする。
 「うん、それで良い。楽しみだな、ダーリン」
 「そうだな・・・ワインやチーズ、ベルトランに作らせた料理を持って行くのも良いな」
 「わ、すげー楽しみ!またローストチキン焼いてくれねぇかなー」
 今から楽しみだと笑ってウーヴェの鼻先にキスをしたリオンは、リビングを片付けたいから指示をしてくれと伝えて軽くウーヴェを驚かせるが、しっかりと後片付けをするからご褒美をくれと夜の太陽を彷彿とさせる顔で強請り、ウーヴェもその光を艶然と笑って跳ね返す。
 「じゃあ片付けをして貰おうかな」
 「Ja」
 いつもは後片付けなど絶対にしないと豪語するリオンだったが、ご褒美を自ら強請った手前頑張るしか無く、キッチンのスツールに腰を下ろして指示を出すウーヴェの指先に操られるようにてきぱきと片付けを行っていくのだった。


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2014/01/28
10万hit記念リクです。最後までお付き合い下さると嬉しいです(笑)
お待たせしてしかも続いてごめんなさいーっ(;゜ロ゜)


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