ベッドが軋む音と、身体が傾ぐ感覚に目を覚ましたウーヴェは、いつだったか直近で同じようなことがなかったかとぼんやりと思案し、つい先ほどあったと脳味噌が呟いた言葉に目を瞬かせる。
夏用のコンフォーターを肩まですっぽりと被り、泥のように眠ったと思っていたが、さっきの様にもしかしてまた失神してしまったのかとぼんやりと考えるものの、脳味噌も疲労困憊から抜け出していないのか、続けざまに欠伸をしてしまう。
「・・・目ぇ覚めたか?」
これもまた既視感のある言葉を囁かれ、目を瞬かせて視界をクリアにしたウーヴェは、声の主が背後にいる事に気付いて肩越しに振り返ろうとし、下半身だけではなく全身に芽生えた疼痛に短く悲鳴を上げる。
「・・・ア・・・ゥ・・・っ!」
「・・・・・・うん、痛ぇよなぁ」
ウーヴェが今のように悲鳴を上げるのは珍しく、身体を丸めて痛みを堪える様子にリオンがコンフォーターの上から覆い被さり、謝罪のつもりか頬にキスを繰り返す。
「・・・誰のせいだっ!」
「・・・俺」
さすがに昨日はやり過ぎた、素直に認めるごめんと、肩越しに涙目で睨むウーヴェに年に一度あるかないかの素直さで頭を下げたリオンは、起き上がれるかと問いかけつつウーヴェの顔を覗き込み、無言で睨まれて眉尻を下げる。
「・・・今、何時だ?」
「3時」
憤懣やるかたないウーヴェが時間を問いかけリオンが答えるが、その回答が俄には信じられなかったようで、コンフォーターを巻き付けたまま寝返りを打ったウーヴェが、肩を竦めるリオンに何時だってと再度問いかける。
「3時。ちなみに、外を見れば分かるだろうけど、昼の3時」
昨日多分寝たのは日付が変わる前後だったから、半日以上寝てしまったと目尻にキスをされたウーヴェは、深い溜息を一つ吐いて起き上がろうとするが、下半身に全く力が入らず、もう一度溜息を吐いた後、起こしてくれとリオンに告げる。
「・・・修道院のワインとビール、飲み損ねた」
「あー、明日行こうぜ」
超絶短いバカンスは明日で終わりだが、明日の朝に行けばどうだと、ウーヴェをコンフォーターごと抱き起こしてベッドヘッドにもたれかけさせたリオンだったが、起き上がってみたものの座っているのが辛いと微苦笑したウーヴェがリオンの腿を枕代わりに横臥する。
ごく自然に見せられる甘える仕草にリオンがそっと白とも銀ともつかない髪を撫でると、気持ち良さそうにウーヴェの目が細められ安堵の吐息が一つシーツの上に転がり落ちる。
「さっきスーパーで適当に食い物買ってきた」
「ああ、そうなのか?」
「うん。で、コーヒーを淹れたけど、飲めるか?」
お前が寝ている間にスーパーに一走りし、今日と明日食べるかもしれないものを適当に買い、冷蔵庫や冷凍庫に入れた、嬉しい事に自宅で飲んでいるコーヒー豆も売っていたのでそれも買って来てコーヒーを淹れたから飲まないかと、もう一度起き上がれるかと己の腿を枕にするウーヴェにキス混じりに問いかけたリオンは、起こしてくれと再度命じられて素直に抱き起こし、さっきのようにベッドヘッドではなく今度は己の足の上に座らせ、肩にウーヴェを寄りかからせる。
「何か美味そうなものはあったか?」
「んー、あまりなかったなぁ」
「そうか」
下半身がまるで自分のものではないような感覚を覚え、疼痛にも溜息を零してしまうものの、こうしてリオンに寄りかかり安心できる温もりに触れていると、目覚めに感じた怒りやら何やらも昇華していくようで、甘えるように頭を胸に宛がうと規則正しい鼓動を確かめ、自然と安堵の溜息を零す。
「どーした?」
「・・・おはようなんて時間じゃないけど、おはよう、リーオ」
俺が寝ている間に買い物に行ってくれてありがとうと、リオンの顔を間近で振り仰いで寝起き一番の笑顔でリオンの頬にキスで礼をしたウーヴェは、コーヒーを頑張って泡立てたお駄賃だなと小さく笑われ、そうだなと小さな笑みを返しながらマグカップに口を付ける。
自分好みの甘さとミルクの量、本人曰くの頑張った証のもこもこの泡は、ウーヴェの心から棘を抜き去り、体内に残っていた疲労感も溶かしてくれたようで、リオンの足の上で小さく欠伸をし、今日はさすがに何処にも出かけられないと残念そうに肩を落とす。
「今日は出かけなくて良いじゃん。ああ、後で風呂入ろうぜ」
「・・・何もしない、か?」
「さすがに今日は何もしねぇ」
昨日、ランチを食べながら風呂に入る話をしていたが、その時に好きにして良いと言った結果がこのざまだと思いだし己の身体を省みたとき、さすがに今夜はもう愛し合う事は出来ないと控え目に伝えれば、昨夜のような酷いことはしません神に誓いますと、厳かな宣誓を連想させる声でリオンが約束し、それならコーヒーを飲んでから入ろうとウーヴェも安堵に胸を撫で下ろす。
「ちょっと天気も悪くなって来たし、家の中でゆっくりするのもアリだろ」
「雨が降りそうか?」
「んー、通り雨かもだけど、降りそうだなぁ」
ここのバスルームはガラス張りで、新婚旅行のホテルのバスルームの様にバスタブから外の景色を楽しむことが出来るとリオンが笑い、暖かな湯に浸かりながら天気が悪くてもそれなりに眺めの良い外を見るのも悪くないとウーヴェも小さく笑うと、バスタブに湯を張ってくるとリオンが立ち上がろうとする。
「・・・・・・リーオ、何か食べたのか?」
「ん?あ、昨日のゼンメルが残ってたから一つ食った」
でもそれ以外は何も食べていないと何でもない事のように肩を竦めるリオンにウーヴェの目が見張られ、何か食べれば良かったのにと苦笑すると、もう一度何でもないことのように肩を竦めたリオンがウーヴェの頬にキスをする。
「二人でいるのに一人でメシ食っても上手くねぇし。それに約束したし」
「・・・・・・そうだったな」
少し前の、二人の心を試すような出来事を乗り越えた時、仕事などで離れている時は別だが、可能な限り一緒に食事をしよう、食事の時に交わす言葉、例えそれが仕事の報告であろうが不愉快な出来事であっても、一緒にいるためにどれほど小さな不愉快なことでも今まで以上に話し合って昇華し解決しよう、その決まりに二人で一緒に食事をしようと二人だけの約束を新たに一つ増やしたのだ。
それを忘れたのかと微苦笑とキス交じりに問われて小さく首を横に振ったウーヴェは、忘れた訳じゃないがお腹が空いていないのかと問いかけ、めちゃくちゃ減っていると素直に返されて小さく吹き出してしまう。
「風呂に入る前に何か食べるか?」
「マジ?めちゃ嬉しい」
じゃあキッチンで用意をするから一緒に降りようとウーヴェを誘い、何かを確かめるようにもぞもぞとした後、空になったマグカップをリオンに預け、巻きつけていたコンフォーターを剥がすと、背中の古傷やタトゥー周辺に鬱血の跡が多数現れ、リオンが申し訳なさそうに背中の一番大きな傷にそっと掌をあてがう。
「どうした?」
「・・・・・・すげーキスマーク付けてしまったなぁって」
今日明日で薄くなってくれれば良いが、明後日以降も残る可能性があるから人前で肌を見せることがあれば注意してくれと、背中を覆い隠すように抱き締めて頬にキスをしたリオンは、ジロリとターコイズの双眸が睨んで来たことに気付き、蒼い目を彷徨わせる。
「・・・・・・後で付けさせろ」
「え、それで許してくれるのならいくらでもつけろよ、オーヴェ」
キスマークの一つや二つ、付いていたとしても痛くも痒くも無いと、叱られるかも知れない不安から解放された者特有の朗らかさで笑うが、ウーヴェが意味深な笑みを浮かべた事に一瞬だけ冷や汗を浮かべてしまう。
「オーヴェ、腹減ったからなんか食おうぜ」
「ああ」
キッチンに行くことは問題ないが、何しろ素っ裸だから服を着させろと苦笑するウーヴェに、食後にどうせ風呂に入るのだから裸でも問題ないとリオンが笑い、バスローブを取りにバスルームに突撃すると、二人分のバスローブを手に戻ってくる。
「・・・・・・まあ、良いか」
日頃のウーヴェならば許さなかったであろう、バスローブで1日を過ごすという行為だが、二人きりのバカンスだし、リオンが言うようにこの後風呂に入るのだからわざわざ着替えるのも面倒だとの思いが強く、手渡されるバスローブに袖を通し、スリッパがわりのサボサンダルに足を突っ込むと、同じ姿で待っているリオンの横に並び、腰に腕を回して回し返される。
「何を買って来たんだ?」
「ピザとシュニッツェル。あ、トマトも買って来た」
「そうか。じゃあそれを温めて食べよう」
ベッドルームから廊下を通って階下のキッチンへと向かう二人だが、ウーヴェの体を気遣っているからか、リオンの歩き方が比較的ゆっくりで、それに気付いたウーヴェが己の伴侶はワガママだったりとんでもない事をしでかすが、本当に弱い人-それは心身だけではなく社会的弱者と呼ばれる人達も含まれる-への気遣いが無意識のうちに出来る人だと再認識する。
二人が並んでも平気な広さの階段をゆっくりとリオンの手を借りて降りながらつらつらと思案していたウーヴェは、その優しさがどこでどのようにして育まれたのかを考え、一人の女性の顔が思い浮かぶ。
やはり彼女の薫陶の賜物だろうかとも思案した時、何故献身的な優しさを持ち得るのかとの素朴な疑問が浮かび、キッチンへと向かいながらリオンを小さく呼ぶ。
「リオン」
「どーした?足痛いか?」
昨日のここに来るまでの間の足の痛みが再発したかと、心配そうに蒼い双眸に覗き込まれて緩く頭を左右に振ったウーヴェは、そうじゃない、どうしてそんなに優しいんだと問いかけて素っ頓狂な声を上げさせる。
「へ!?」
「・・・・・・何だその驚き方は」
「いや、いやいや、誰でも驚くって」
俺が優しいなどと言われれば、きっとゾフィーやカインが盛大に驚き腹を抱えて笑った後、こいつが優しいなどあり得ないと断言されると笑われ、そんなことはないだろうと、己の思いを否定されたことにウーヴェが面白くなさそうな顔になるが、そんなウーヴェの頬にリオンがキスをし、本当に優しいのはお前のような人だと目を細められる。
「お前が言ってくれた俺の優しさは、相手を限定してるから」
本当に優しいのは、例えどれ程相手にとって辛いことでも相手のことを慮りながら行動することが出来、落ち込む人を支えられるお前のような人だと繰り返されてさすがにウーヴェも羞恥を感じたのか、目尻を赤くしながらそんなことはないと苦笑する。
「俺が優しくしたいのは、お前やマザーに関係ある人達だけだ」
キッチンに入った二人は、昨日の様にウーヴェをスツールに座らせ、リオンが冷蔵庫を開けてスーパーで買ってきたものを作業台に並べていく。
「リーオ、ビール」
「水をくれって言うみてぇに自然にビールって言ったな、今」
「喉が渇いたんだ」
「はいはい」
ウーヴェにとっては水代わりの様なビールのボトルを作業台の上を滑らせてウーヴェに配達したリオンは、栓抜きがないと眉尻を下げる伴侶に盛大な溜息を吐いた後、これもまた昨日と同じように作業台の端を使って王冠を開ける。
「ほら」
「・・・ダンケ」
「どーいたしましてー」
「お前は飲まないのか?」
「んー、オーヴェが後でワインを飲むならスプリッツァ作ろうかな」
ウーヴェほど酒を必要としないリオンが、風呂上がりに飲むから今は良いと笑い、テーブルに頬杖をつくウーヴェの前に顔を寄せたかと思うと、驚くターコイズ色の双眸に笑いかけ、小さな音を立ててキスをする。
「・・・・・・トマトも買ってきたんだ、一緒に食おうぜ」
「ああ」
昨日は自宅から持ってきたゼンメルのサンドを食べ、アーティチョークやオリーブの実も食べたが、今日はまた違うが昨日と同じような楽しいランチタイム–と言うには遅いが–にしようと笑うリオンにウーヴェの驚いた双眸が好意的に細められ、目の前の浮かれた様子の唇にそっとお返しのキスをし、さぁ食べようと誘いかけるのだった。
体に優しい温かさの湯にゆったりと浸かり、ガラス張りのバスルームから雨が降り出した外の景色を眺めていたウーヴェは、肩に背後から顎が載せられたことに気付き、条件反射のように手を後ろに伸ばし、少し湿り気を帯びたくすんだ金髪に掌をあてがう。
「・・・・・・気持ち良いな、オーヴェ」
「ああ・・・お前の言う通り、雨も悪くないな」
女王の湖と称される風光明媚な湖に、真夏の通り雨かそれとも本格的なものかは分からないが、人々が慌てて建物や軒下に入り込むような強い雨が降り注ぎ、湖面を行き交っていたボートなども今は湖岸に係留されて雨脚にゆらゆらと揺れていた。
その景色をバスタブの中から二人でただ見つめていると、何もしないバカンスが実は最も素晴らしいものではないかと思い至り、ウーヴェがくすんだ金髪を撫でた手を首筋におろし、顎をくすぐるように指先を踊らせると、くすぐったいと不満未満の声が耳元に落とされる。
「雨上がったらさ、虹が見えるかな」
「どうだろうな・・・もしかすると見えるかもしれないな」
ウーヴェのイタズラな指を捕まえて満足そうに息を吐いたリオンは、その手にキスをしながら雨のバカンスも悪くないと笑い、ウーヴェも後頭部をリオンの肩に軽く押し当てる。
「・・・なあ、オーヴェ」
「ん?」
「さっきの話だけどな、俺が優しいってこと」
「ああ・・・俺はどれだけ否定されてもお前は優しいと思うぞ」
リオンが再度ウーヴェの肩に顎を乗せつつ躊躇いがちに語ったのは、本当に優しいのはさっきも言ったがお前やマザーで、俺の場合は無条件ではないと自嘲する。
「俺も無条件に優しい訳じゃない」
それを言うならば本当に優しいのはマザー・カタリーナだろうと、リオンの顔を良く見ようとバスタブの中で姿勢を入れ替えたウーヴェは、向かい合った顔に自嘲の笑みが浮かんでいる事に目を細め、そんな顔をするなと告げつつくすんだ金髪に手を差し入れる。
「・・・ガキの頃さ、マザーの優しさが理解できなくてすげー反抗してた」
「・・・ああ」
リオンが自らの過去を語ることは、ウーヴェがリオンに教えた回数に比べれば遥かに少ない事だったが、最近はぽつりぽつりと語るようになり、ウーヴェも当然の顔でそれを聞き、受け入れ頷いて傷を治すような時間を二人で作り上げていたが、何もしないバカンスを満喫している今、その時間が不意に訪れたことに気付き、尻を使ってリオンに身体ごと近寄ると、リオンがウーヴェの手を頬に当てがい、少しだけ首を傾げる。
「マザーがさ、いつも誰かを助けたり困った人に親身になってるのが馬鹿らしいって。なんの見返りもないし何も得にならないのに何で助けるんだって」
自分のためにならないことをどうして進んでできるのか、学校で問題を起こして不機嫌な顔で帰ってきたリオンがマザー・カタリーナを嘲笑するような声で問いかけたことがあった。
今思い返せば若気の至りで消し去ってしまいたい過去だった為に面と向き合う胆力がなく、ほろ苦い過去の思い出としてその場面をリオンは胸の奥にしまい込んでいた。
それを今引き出してウーヴェに預けるように呟くと、しっかりと受け止めることを教える顔でウーヴェが一つ頷き、頬にあてがわれている己の手を己の意思で動かしてリオンの頬を撫でる。
「マザー、頑張ってる人が好きって言ってた」
「え?」
「・・・マザーが助けていた人達はさ、今生きているだけで十分頑張っている、そんな頑張っている人の手助けをしたいって言われてさ」
「・・・そう、か」
「うん、そう。生きてるだけで頑張ってるって。あの頃はその意味が分からなかった」
学生の頃は–今も大して変わりはないかもしれないが、本当にガキで人の心や感情など意に介さない最悪な生き方をしていた。
ただ、今お前と一緒にいる事で、マザーの言葉を本当の意味で理解できたと笑い、ウーヴェの頬を両手で挟んで鼻先を摺り合せるように顔を寄せる。
朝起きて朝食を食べ仕事に出かける。健康な時なら何も考えずにこなせる日常のルーティンだが、そこに足を悪くするアクシデントが重なった途端、ベッドから起き上がる事、キッチンで朝食の用意をする事、そして出勤することがどれほどの労力を使うのかを、結婚してからずっと一緒に過ごしてその一端だけでも理解できたと笑うリオンにウーヴェが唇を噛み締めた後、お前がそばにいてくれる、だから俺はそんな苦しみも乗り越えられるんだと返すと、今度は額が重なり合う。
「だからさ、オーヴェは俺が支える事を何も考えずに受け取れば良い」
「リオン・・・・・・」
「昨日はそれがお前の権利だって言ったけどさ、そんな大袈裟じゃなくて俺が支えたいって気持ちを受け取ってくれよ」
ここに来るまでにウーヴェの足が痛みを覚え、こんな己は重荷でリオンの幸せの邪魔をしているのではないかとの闇に囚われたウーヴェを光の当たる場所に引きずり出した言葉を再度告げられ小さく唇を噛み締めたウーヴェは、でも、やはり気になってしまうとまだ後ろ向きな言葉を呟いてしまう。
「入院してる時にも言ったけどさ、お前が重荷だったとしても、それも引っくるめてお前だから」
だからそんな寂しい事を言うな、お前を支える俺を信じてくれと重ねて囁かれてウーヴェの気持ちが完全に前を向いたようで、穏やかな、リオンにしか見せない笑みを浮かべて小さく頷く。
「────リーオ、俺の太陽」
「・・・・・・うん」
「俺はお前がいない世界では生きていけない」
だからこれからも、お前の言葉に甘える事になるが、助けてくれないかと、微かに震える声で懇願したウーヴェは、リオンの手が逆に己の両手を包んだことに気付いて目を閉じる。
暗くなった世界で唇に触れる濡れた感触と、やんわりと優しく唇を押し潰される感覚にウーヴェが手を解いてリオンの頭と思しき場所に手を伸ばして抱きしめれば、唇が離れていった後、耳元に小さな子供が零す溜息がひとつ落ち、湯気とともに天井へと上っていく。
「・・・・・・オーヴェ大好き、愛してる」
「ああ」
子供の顔をした本気の告白にウーヴェが目を開けると、常に望んでいる笑顔が至近にあり、眩しそうに目を細めながら頬を両手で挟んで同じ笑みを浮かべる。
「人って幾つになっても成長できるんだな」
「そうだな。そういう人は嫌いじゃないな」
バスタブの中で抱き合いクスクスと楽しそうに笑い声を零しながら、自分達にとっての第二の母のような彼女の教えと存在が偉大であることを改めて感じた二人は、そんな母が自分達を少しでも誇りに思ってくれればと胸中で呟き、そうなれるようにしようとも頷きあうが、リオンが甘えるようにウーヴェの首筋に顔を寄せた為、くすぐったいと首を竦める。
「こら、くすぐったいぞ」
「へへ」
グリグリと頭を押し付けるリオンの尻尾を昨夜と同じように軽く引っ張ったウーヴェだったが、全くやめる気配を見せない為、仕返しだと一声告げて同じようにリオンの首筋に頭を押し付ける。
「オーヴェ、くすぐってぇ!」
お願いやめてダーリンと悲鳴が出るまでくすぐり続けたウーヴェを涙の滲んだ目で睨んだリオンは、この野郎と、つい今し方ダーリンと呼んだウーヴェをこの野郎呼ばわりしつつバスタブの湯を全て溢れさせるように抱きしめ、背中の傷、腰のタトゥーに手を滑らせた後、尻をつるりと撫でる。
「・・・あっ!」
ウーヴェの反応に更に手を動かしたリオンだったが、バスタブ内の季節が半年ほど進んだような冷えた声が耳元に響き、びくりと肩を竦めてしまう。
「・・・・・・調子に乗るな、リオン・フーベルト」
「・・・・・・あぅ」
今日は抱かないと言ったのは何処の誰だ言ってみろと、ターコイズ色の双眸を半ば隠したウーヴェに睨まれて情けない顔で眉尻を下げたリオンだったが、宥めるようなキスを鼻の頭、頬の高い場所、額に受けて自然と下がっていた眉尻をあげ、ついでに口角も上げる。
「ふやけてしまいそうだからそろそろ出るか?」
「そうだな・・・・・・ああ、雨が上がったな」
バスタブの縁に腰をおろしウーヴェの手を取って立ち上がらせたリオンにウーヴェが外を見ながら笑いかけ、宝物を発見した子供のような珍しい顔で更に笑いかける。
「リーオ、虹が出てる」
椅子に引っ掛けてあったバスローブに袖を通したウーヴェが足を引きずりながら窓に手をついて空を見上げる横、リオンも同じようにバスローブを引っ掛け、綺麗に浮かび上がった虹を二人並んで見上げる。
「キレイだな」
「うん。見れたな、虹」
「ああ」
二人きりの時は当たり前の仕草で背中を守るように抱きしめるリオンと、その腕に安心しきった顔で身を委ねるウーヴェだったが、今も自然と抱き締められて安堵したままどちらも口を開かずに虹を見上げ、虹が薄れゆくまで二人そのまま見つめ続けるのだった。
薄い色のサングラスを掛け、機嫌がいい事を無意識に教えるようにステアリングをノックしたウーヴェは、助手席でダッシュボードに載せた足をラジオから流れる曲に合わせて揺らすリオンのあまり行儀良くない態度も気にしていなかった。
リオン曰くの超絶短いバカンスは今日で終わりを迎え、明日からはまた日常生活に戻ることになるが、いつも以上に濃密な二人だけの時間を持てた事に心身の、特に心に蓄積していた疲労が解消されている事に気付く。
湖畔の別荘に出向いた時には約束事の様に修道院に出向き、自慢のワインとビールや料理を楽しむ事にしていたが、最終日の今日も何とか修道院でブランチを取り、昨夜の約束としてウーヴェが運転して帰る事になっていたため、ブランチでのビールもワインも諦めたのだが、ワインと天秤にかけても決して負けない昨夜のリオンの様子を思い浮かべたウーヴェの口元にじわじわと笑みが浮かんで来る。
一昨日の仕返しだとばかりに、誰かさんが持ってきたオモチャもある事だから使ってみて感想を聞かせてくれと、リオンが思わず惚れ直してしまう太い笑みを浮かべたウーヴェは、きゃーと戯けた悲鳴を上げるリオンを問答無用で押し倒して思う存分抱いたのだが、二人揃って息も絶え絶えになりながらも互いの背中をしっかりと抱き締め、今回のバカンス最後の夜を過ごしたのだ。
その光景を思い出せば自然と笑みが浮かんでくるが、助手席のリオンがそれに気付いたらしく、オーヴェって実はエッチだよなぁと笑われて奇妙な音を喉の奥で立ててしまう。
「・・・お前に言われたくないぞ」
「へへ」
ダッシュボードから足を降ろし、狭い車内で可能な限り伸びをしたリオンは、明日からまた仕事だ、頑張ろうと言っていることと口調を相反させながら呟き、ウーヴェの手に手を重ねる。
「マザーの土産、明日持って行こうか、リーオ」
「そーだな。今日はこのまま家に帰ってベッドでゆっくり寝よう」
食べ物や飲み物以外は明日片付けても問題ないと肩を竦めるリオンに頷いたウーヴェは、自宅に戻るアウトバーンを車の性能を引き出しつつ走り、今回のバカンスでまた今まで以上に絆を深め互いの心を抱きしめられた事に胸を撫で下ろし、嬉しそうな顔で見つめてくるリオンの視線を横顔に受けながら行きとはまた違う穏やかさで車を走らせるのだった。
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2019.09.10
最後はやはりね、いつもの様に仲良くキスしてくれました。うん、やっぱり私、こんな関係の二人が好きです(笑)


