Der Urlauber.-1-

Über das glückliche Leben(UGL)-Lion & Uwe -

 真夏の太陽が、短い夏を満喫しろとばかりに頭上で輝き、その光に街を行き交う人々が嬉しいけれどももう少し暑いのを控えめにしてくれと、汗を流しながら燦々と降り注ぐ陽光に諦めの溜息を零したりしてやり過ごしていた。
 街の中で汗水を流して働く人達から羨望の目で睨まれるだろうが、労働者が長い年月を掛けて勝ち取ってきた休暇を最大限有効活用するんだ、暑いぐらいどうということはないと自作の休暇満喫ソングを助手席で歌うのは、宣言通りに休暇を取得したリオンで、運転席で呆れながらも、それでも助手席のリオンと似たり寄ったりの顔に薄い色のサングラスをかけたウーヴェが微苦笑しつつ、リオンの自作ソングに合わせる様にステアリングを指先でノックしていた。
 天気は快晴。向かう先は女王の湖と呼ばれる湖畔の別荘。
 白のBMWのトランクに、別荘かもしくはその途中の良さそうな公園で食べる為のゼンメルやプレッツェル、ハムにサラミにソーセージ、ピクニックに出掛ける時には何故か食べることになっている、アーティチョークのオイル漬けとオリーブの実のピクルスをバスケットに詰め込み、楽しい時には食べることよりも飲むことを優先するウーヴェの為にワインを数本とビールをそれ以上積み込んだ。
 仕事の時にはウーヴェが起こさない限りベッドから出て来ないくせに、休日になれば目覚ましと競争しているかの様に早起きになり、お前はどこの幼稚園児だと、前職の頃には毎日の様に上司に言われていた言葉を図らずも眠い目を擦りつつウーヴェに言われてしまったリオンだったが、出かける休日にゆっくり寝ているなど信じられないと、それこそ子どものような事を言い放ち、早く朝飯を食おう、お前の為にとっておきのカフェオレを作るからとキスをされてしまえばウーヴェも起きざるを得なかった。
 そんな日常の逆転劇の主役を二人で演じた後–確かに今朝のカフェオレは絶品だった–、アパートの警備員に二泊三日の極めて短いバカンスに行ってくると満面の笑顔で告げて自宅を出たのだ。
 別荘への道は平日ということもあり、所々小さな渋滞が発生していたものの、湖に近づくにつれ仕事の車と思われるものが少なくなり、逆にバカンスを楽しもうとしていると思しき姿の人たちが乗った車が増えてくる。
 左右の景色を鼻歌や自作ソングに乗せて流していたリオンは、ゼンメルにチーズを挟みたい、オバツタも持って来れば良かったと残念そうな声を出すが、ウーヴェも窓枠に肘をついてその手で頬づえを付きながら、別荘に着いたら買い物に行くからその時に材料を買おうと笑い、賛成との声とキスを頬に受ける。
 「昼飯、別荘で食おうか、オーヴェ」
 「そうだな、この時間ならその方が良いだろうな」
 そろそろお昼の時間だが、カーナビの情報でも休憩するのに良さそうな場所が見当たらない事、小一時間もしないうちに別荘に到着するだろうから、そこまで我慢しようとリオンが車内で可能な限りの伸びをし、ウーヴェも少しだけ疲労が滲んだ溜息を零すが、一瞬だけ顔を顰めたかと思うと、ぎゅっとステアリングを握りしめる。
 ウーヴェのその些細な異変をリオンは視界の端で捉えていたらしく、ティアドロップ型のサングラスの下から運転席を見つめると、張りつめた緊張を解きほぐそうとするような吐息が再度零れ落ちる。
 「────オーヴェ」
 「・・・次のサービスエリアで休憩をしても良いか?」
 「もちろん。ちょっと休憩しようぜ。・・・オーヴェ、右手貸して」
 リオンのお願いの顔をした命令に気づいたウーヴェがステアリングを握る手を変え右手を助手席へと差し出すと、大好きなおもちゃを手に入れた子供のような顔でリオンがその手を取り、手の甲や指や爪にキスをし、最後に薬指に光るリングに音を立ててキスをする。
 「サービスエリアでコーヒー飲みてぇなぁ」
 「・・・前に飲んだ時、まずいと言ってなかったか?」
 「んー、確かに不味いけどさ、今コーヒーの味が少しでもするならオーケーって気分かも」
 ウーヴェの右手をこねくり廻しながら楽しげに笑うリオンにウーヴェも次第に顔が笑みくずれ始め、掌に何度もキスをされてくすぐったさについ肩を竦めてしまう。
 「リオン、リーオ。くすぐったいから止めろ」
 「えー、俺は楽しい」
 「こら」
 運転を誤ってしまえばどうすると、その心配が全くない顔で笑うウーヴェにリオンも安堵に目を細めるが、サービスエリアの案内板が見えたことに気付き、薬指のリングに再度キスをする。
 「休憩しようぜ」
 「・・・ああ」
 車をサービスエリアの入口に最も近い場所に停め、ふぅと溜息をついたウーヴェを横目にリオンが先に車外に出ると、助手席のドアを開けて車の屋根に腕をつき、降りてこないウーヴェの前に顔を突っ込む。
 「オーヴェ」
 「・・・・・・足が、痛い」
 「そっか」
 リオンの耳にだけ聞こえる小さな本音が足の痛みを訴え、己の予想が間違っていなかったことに目を細めたリオンだったが、どうすると同じ声で囁き、運転を代わってほしいこと、水が飲みたいことを教えられて了解の合図に冷や汗が滲んだ頬にキスをする。
 「水だけで良いか?」
 「・・・・・・う、ん」
 「分かった。ちょっとだけ待っててくれ」
 もしも可能なら助手席に移動しておいてくれと、今度は額にキスを残したリオンがコインケースを確かめてサービスエリアの店に駆け込んで行く。
 その背中を見送ったウーヴェだったが、ついさっきまで常に感じている程度の痛みだったはずの左足が息が詰まるような痛みを覚えたのはどうしてだと、額の汗を腕で拭いながら溜息を零し、リオンに頼まれた助手席への移動をする為に車外に足を降ろそうとするが、それだけでも酷く痛みを覚えて体力を使ってしまい、クラクションに気をつけつつステアリングに突っ伏してしまう。
 事件に巻き込まれた際に傷付けられた左足、ロクに動かない癖に痛みだけは未だに感じるそれに不意にどうしようもない苛立ちを覚え、いっそのことこのまま左足を切断してしまえば痛みなど無くなるのではないかと、日頃のウーヴェならば絶対に考えることの無い思考に脳味噌が染まった頃、リオンが水のボトルをくるくると回転させながら鼻歌交じりに戻ってくる。
 その様子を見ることも出来ずに突っ伏したまま肩で息をしていたウーヴェは、名を呼ばれて頬に水のボトルを宛てがわれた冷たさにゆっくりと顔を上げ、行為とは裏腹に心配だけを浮かべた蒼い双眸が真っ直ぐに見つめてくる事に気付くと、腕を伸ばしてくすんだ金髪を抱え込むように腕を回し、足が痛い、助けてくれと決して口にすることのない本心を零す様に抱きしめる。
 「・・・っ・・・!!」
 「ああ、痛いな、オーヴェ」
 別荘に着いたらマッサージでも何でもしてやる、だから後少しだけ我慢してくれと、耳に流れ込む落ち着いた穏やかな声と背中を撫でる手に心身を抱き締められたウーヴェの口から囁きに対する返事とも痛みを堪える悲鳴ともつかない声が流れ出すが、その瞬間、車外に強引に引き摺り出されてそのまま抱き上げられる。
 「────!!」
 「ああ、悪ぃ」
 足が痛いのに強引に引きずり出して悪いと詫びながら助手席に回り込んだリオンは、成人男性を抱えている重さを全く感じさせない様子でウーヴェを助手席に座らせると、シートを倒してウーヴェの身体が可能な限り楽になるようにし、目元を覆い隠す腕をとって姿を見せたサングラスの真横にキスをする。
 「もうちょっとのガマンな、オーヴェ」
 「あ、あ」
 分かったと溜息交じりに答えたウーヴェに運転席に乗り込んだリオンが出発と呟き車をアウトバーン本線に滑り込ませる。
 別荘までの小一時間、車内に流れるのは先程までのバカンスに期待する陽気な空気ではなく、痛みを堪えるウーヴェの荒い息遣いとそれを気遣うリオンのステアリングをノックする音だけだった。
 その静けさの中、ウーヴェの胸にこの後別荘でランチを食べ、滞在中の買い物をして湖で少し遊ぼうと決めていた予定も何もかもが不可能になった事に対する残念さとそれを遥かに上回るリオンに対する罪悪感が芽生えてしまう。
 遊びに出掛けた筈なのに、その途中で足の痛みを訴えるパートナーなど、邪魔なだけでは無いのか。
 そのマイナスどころか、全方向を向いても暗い闇しか見えない世界に囚われている証の言葉が脳内に響き、身体が最も落ち着く角度に倒しているシートで身動ぎしたウーヴェに気付いたのか、リオンがウーヴェの頬を手の甲で撫でる。
 その手に手を重ね、申し訳なさと痛みと本当はここにいるべき人は別にいるのでは無いかとの思いに囚われてしまったウーヴェが無意識に重ねた手に力を込めると、痛いという苦笑交じりの声が返ってくるが、力を緩める事が出来ずに逆に抱え込むように腕を引っ張ると、ハンドル操作を誤ってまだ死にたく無いからもう少しだけ我慢してくれと懇願され、慌てたように手を離す。
 「急に離すなよー」
 「・・・・・・」
 淋しくなるでしょうがと、ニヤリと笑みを浮かべつつサングラスの下からウーヴェを横目で睨んだリオンは、さっきと同じようにウーヴェの頬を撫でた後、イタズラな指を好きに動かさせていると言いたげに鼻の頭を軽く引っ掻き、頬の高い場所、唇を順に指先で撫でた後、サングラスをそっと摘んでダッシュボードに投げ捨てる。
 「・・・こ、ら」
 「へへ」
 制限速度のないアウトバーンを車の性能をフル活用させて走らせながら助手席のウーヴェの顔を指先で撫で、軽く引っ掻いたり押したりと、子供の手遊びのようなことを始めるリオンを咎める声を出したウーヴェだったが、リオンの指が辿る場所がいつもキスされている場所だと気付き、逆に手遊びをする薬指を捕まえようとすると、まるで手が意思を持っているかのように逃れ、逃亡先の耳朶を摘んで軽く引っ張った為、もう逃げられないと小さく笑いながらそこに留まる手を掴んで薬指のリングに念願のキスをする。
 「・・・オーヴェ、ちょっと手を返してくれ」
 そろそろアウトバーンを降り自分たちが暮らす街に比べれば遥かに田舎で交通量も少ないが、それでも気をつけて運転しなければならないからと、詫びられて今度も慌てて手を離すと、ダンケと短く礼が返ってくる。
 リオンの言葉通り、快適に走っていた車はスピードを落とし、時には信号で停車をするを繰り返すようになった為、シートを少し起こして車窓を流れる景色に目を向けたウーヴェは、湖のそばを走っていることに気付き、遠くに別荘も見えてきたことに気付くと、シートを完全に起こして前髪を搔き上げる。
 「・・・大丈夫か?」
 「・・・ああ、もう、大丈夫だ」
 「・・・そっか」
 助手席の様子に気を配りつつも運転に集中しているリオンに己の悪い癖が気付かれないと思いつつ大丈夫と返したウーヴェだったが、その思惑をリオンが物の見事に見抜いているとは気付かずに吐息を零し、ごまかせた安堵に胸を撫で下ろす。
 「・・・スーパーは後でいいか」
 「そうだな・・・とにかく家に行こう」
 トランクに積んだパンやワイン、ピクニック時に必ず食べると決まっているオリーブなども別荘でゆっくりと食べようと頷くウーヴェにリオンも賛成と口笛を吹き、車を湖畔の別荘に向けて走らせる。
 ほどなくして見えてきた別荘の門をリモコン操作で開けると、アーチ状の階段近くに車を停め、助手席で安堵の溜息をつくウーヴェの頬にキスをして少し待っていろ、荷物を先に下ろしてくると告げてウーヴェの返事を聞く間も無く車から降り立ち、トランクの荷物を次々に家に運んでいく。
 最後に運ばれるのは己だろうと簡単に予測が出来、ここに来るまでの間の運転で疲れているだろうし、リオンの手を煩わせてばかりいるのも己が許せないと頭を振ったウーヴェは、後部シートに置いてあるステッキを手に取り車から降りようとするが、左足の痛みがサービスエリアで停車した時よりも酷くなっている事に気づき、ステッキの握りに顔を伏せるように上体を折る。
 せっかくのバカンスを楽しむためにここにきたのにどうして足が痛くなる。これではリオンが楽しめない、足手纏いになってしまうと、足を悪くした事件の直後に思案し伝えた途端に否定された言葉が蘇り、ステッキを手放して両手で頭を抱えてしまう。
 このままでは本当に足手纏いに、重荷になってしまう。
 日常生活でも迷惑をかけているのに、遊びにきた先でもこんな事になるなんてと、己ではどうしようもない体調の悪さに自嘲し、全ての悪い出来事が、動かなくなった左足から沸き起こっているような愚かなことすら考えてしまい、サービスエリアでも思い浮かんだ、左足を切り落とせばもっと楽になるんじゃないかとの言葉が、ウーヴェの足を壊した男たちの顔を伴って響き渡る。
 「────!!」
 可能ならば消し去ってしまいたい男たちの顔、それを思い浮かべてしまい、心が耐えられないと悲鳴をあげるように胸郭を軋ませる。
 胸に覚えた痛みをこらえようと手を胸に押し当てるが、痛みや思い出してしまった顔が消え去るわけではなく、それどころかより一層痛みが増し、男たちの嘲笑が質量を持ったかのように脳裏に響き、胸がキシキシと痛み出す。
 足の痛みと呼吸が出来ない苦しさに肩を大きく喘がせたウーヴェだったが、ふわりと憶えのある匂いに頭から包まれたかと思った瞬間、再び車から強引に引き摺り出され、先程よりは丁重な手つきで抱き上げられる。
 「────ソファで良いか」
 ウーヴェに問いかけているようで実はそうではない声に返事をしようと口を開けるが、出て来るのは呼気の塊だけで、遠い遥かな昔に感じるが、さほど時間が経っていない過去、夢を見てうなされた時と同じだと気付いて自嘲に肩を揺らすと、頭から被せられているシャツ越しに温もりを感じるが、足と体の中心から生まれる痛みに意識を保っていられず、無意識でも理解できる安心できる何かに全身を預けて意識を手放してしまうのだった。

 

 

 優しい手つきでずっと足を撫でられていた気がしたウーヴェの意識が浮上し、小さな声になって覚醒したことを伝えたのか、顔のすぐ傍から目が覚めたかという安堵が滲んだ声が聞こえ、目を瞬かせて視界をクリアにしようとする。
 ぼんやりと見えてきた世界は自宅でもクリニックでもなく、ここは何処だとの疑問が芽生えた瞬間に別荘だという回答が生まれて無意識に溜息を吐く。
 「・・・目、覚めたか?」
 「・・・リオン・・・?」
 「ああ。足、どうだ?」
 お前が気を失っている間ずっと撫でていたが、痛みは治まったかと問われ、顔を横に向けると、ソファの座面に顎を乗せて心配そうに目を細めるリオンの顔が意外なほど間近にあり、驚きよりも安堵を強く感じて腕で目元を覆い隠す。
 「オーヴェ?」
 「・・・だい、じょうぶ・・・」
 「────そんな顔でさぁ、大丈夫って言われて信じるヤツいるか?」
 本当に大丈夫と言いたいのなら起き上がっていつものように笑顔で言ってみろと、冷酷に聞こえる声が命じ、腕の下で目を瞠ったウーヴェは、その言葉への反発心から起き上がろうとするが、己の身体を自らで動かすことの出来ないもどかしさに自嘲し肩を揺らす。
 「俺のオーヴェは物忘れが激しいからなぁ」
 精神的にも肉体的にも暗く閉ざされた視界で、耳元で囁かれた言葉が闇の中でも迷うことなく目的地に到達できる熟練の案内人の様にウーヴェの心の奥底へと辿り着くと、腕を掴んで身体を起こされた感覚がし、腕を下ろすと直視すると目がやられてしまうのではと思える様な力強い笑みを浮かべたリオンの顔が視界に飛び込んでくる。
 「何でもないのに何でもないって言えばキス一つだったよな」
 だったらこれから大丈夫じゃない癖に大丈夫と言えば何をしてもらおうか、キスだけじゃ罰ゲームにならないからなと、笑みを浮かべた顔、蒼い双眸にだけ怒りを浮かべたリオンに顎を掴まれて痛みに顔を顰めると、罰ゲームは何が良いと真正面から睨まれてしまう。
 「・・・嫌、だ」
 「だったらどうすりゃ良いか、分かってるよな?」
 罰ゲームの回避方法はお前が誰よりも知っているはずだと笑われ、躊躇うように視線を左右に泳がせたウーヴェは、何の諦めかは分からないが小さく吐息を零した後、足が痛くて仕方がないことを告白する。
 「うん────で?」
 今までならばその一言で全てを察してくれたはずだが、どうやら今はそんな鷹揚な気持ちにならないのか、その先はと促され思わず口を噤んでしまうと、顎をつかんでいた手が頬に移動し、あまり伸びないウーヴェの頬をむにっと引っ張り、釣られたようにウーヴェの目が見開かれる。
 「その先は?」
 頬を抓られる経験など人生の中で数えるほどしかない為に呆然と目を瞬かせるウーヴェに、さあ、その先の言葉は何だ言ってしまえ今すぐ言ってしまえと、口元に浮かぶ笑みと双眸に浮かぶ怒りという相反する感情を真正面からぶつけたリオンは、再度躊躇うように視線が泳いだ後、己の頬を抓る手にそっと手を重ねたウーヴェが、リオンにだけ見せるように顔を苦痛に歪め、重ねた手に自然と力を込めるのをじっと見守る。
 「・・・お前、の、楽しみを・・・奪ってしま・・・のが・・・」
 申し訳なく、俺などいない方がいいんじゃないかと思ったと素直に告白するが、リオンの反応を直視する勇気が持てずに俯いてしまうウーヴェの頬、さっきは左だけだったが今度は両頬に痛みを覚えてつい顔を上げると、あからさまに機嫌を損ねた顔のリオンがウーヴェの両頬をさっきよりは強く左右に引っ張っていた。
 痛いからやめてくれと不明瞭な言葉で伝えるウーヴェをじろりと睨んだリオンは、左足が痛くなるのはいつものことなのに何故そんな突拍子も無い言葉が出て来るんだバカヤロウと、ベルトラン以外から言われた事のないバカという言葉にウーヴェの目が転がり落ちそうなほど見開かれる。
 「なぁんでそんな素っ頓狂なことをいきなり言い出すかなー、もー。どれだけ信頼されてねぇんだよ、俺」
 「ち、が・・・っ!!」
 信頼してない訳じゃないと言いかけたウーヴェの両頬を更に強く抓ったリオンは、だったらどうしてそんなことを考えた、足が悪くなったのは別にお前が望んだことじゃないだろうとため息交じりに呟き手を離すと、少しだけ赤味を帯びた両頬を掌で多少強引に撫でる。
 「どんな時も傍にいるって結婚式で誓ったし、病院の屋上でも一緒に生きていくってお前が選んでくれたんだろ?」
 その選択を間違ったものにするのかと睨まれて素直に首を左右に振ったウーヴェは、そうではないがお前にばかり負担を強いているようで辛いと、足を悪くしてからずっと抱えていたが伝えることはあまりしなかった言葉をストレートに告げると、頬を強引に撫でていた掌が額に宛てがわれ、次いで軽く押されて頭を仰け反らせてしまう。
 「それは仕方ねぇことだろ?」
 何度も言ってきたが、お前が足を悪くしたのはお前のせいではない、事件に巻き込まれただけで何も悪くないのだから気にするなと呆れたようなリオンの言葉にウーヴェが、分かっているがそれでも気にしてしまうと告げると、本当に悪いのはあいつらであってお前じゃない、そもそも事件に巻き込まれるきっかけを作ったのはゾフィーだと告げられて勢い良く顔を上げれば、痛みも苦しみも何もかもをも包み込んだ達観したような笑みを浮かべるリオンに見つめられて息を飲む。
 「だからお前は何も気にしないで良いんだよ」
 「・・・でも、リオン・・・、気になって、しまう・・・」
 日常生活でも手助けをしてもらっているのに、バカンスでもこんなことになってしまうとつい考え込んでしまうとリオンを見つめ返すと、お前が俺に助けられるのはお前だけの権利だから堂々と行使すれば良いと笑い返されて小さく唇を噛む。
 「お前だけに与えられた特権だから」
 特権という言葉が持つ強い意味とは真逆の心を感じ取ったウーヴェの頭が俯いてしまうのをじっと見つめたリオンの前、一瞬か永遠かわからなくなるような時間が経過した後、俯いた顔がゆっくりと上がったかと思うと、小さな笑みがウーヴェの口の端に浮かぶ。
 「・・・権利には義務が付随すると思う、けど・・・」
 俺が果たさなければならない義務は何だと問われ、天井を見上げたリオンが何かを閃いた顔でウーヴェに向き直り、頭上で燦々と輝く太陽の様な笑顔でウーヴェの頬に片手を宛てがい、破顔一笑。
 「ありがとうってキスして、オーヴェ」
 それだけはお前にしか出来ない義務だから何があっても果たしてくれと笑うリオンに三度唇を噛んだウーヴェだったが、頭を左右に一つ振った後、目の前の太陽には負けてしまうが、精一杯その光を反射させる月のように穏やかな笑みを浮かべ、両手でリオンの頬を挟み、額と額を軽く触れ合わせる。
 「────約束、する」
 今まで二人で歩んできた道、この先も歩みを止めない限り続く道の先、辛く苦しいこと、手を離してしまいたくなる様な事が必ず起きるだろうが、それでもこうして手を繋げば大丈夫だと囁くと、リオンの手がウーヴェの頭を抱く様に回され、そのままソファに背中から倒れこむ。
 「こら・・・っ!」
 「へへ、オーヴェ、ありがたいって思ったらキスしてくれよ!」
 お前のキスが次にお前を助ける原動力になると、悪戯っ子の顔で笑う己の太陽を至近で見下ろしたウーヴェは、その額に小さな音を立ててキスをし、軽く驚く蒼い双眸にもキスをする。
 「・・・これで、良いか?」
 「キスする場所が違うんじゃねぇの?」
 日中に輝く太陽が一瞬で夜の色に染まったことに気付いたウーヴェだったが、いまはそんな気持ちになれないと苦笑まじりに呟きながらリオンの鼻をぎゅっと摘むと、情けない悲鳴が流れ出し、その声音のギャップにウーヴェの口からは楽しげな笑い声が零れ落ちる。
 ウーヴェが笑ったことが嬉しいのか、リオンの顔が更に笑み崩れ、ウーヴェの頭を胸に押し当てる様に抱き寄せれば、入院している時によくしていた様にリオンの胸にウーヴェが耳を押し当てる。
 「オーヴェ、寝る前に昼飯くわねぇ?」
 腹が減って仕方がないと、今度も情けない声で囁くリオンにウーヴェの口から離れたくない不満が溜息となって転がり出すが、珍しい事にウーヴェの腹の虫も不満の声を上げ、小さな音がリオンの腹に直接伝わってしまう。
 「────!!」
 「・・・準備するからさ、メシ食おうぜ」
 のそのそと起き上がりながら笑うリオンにウーヴェも同意の頷きを返すが、一緒に起き上がったときに覚悟をしていた左足の痛みが常日頃感じているものと大差無いほど治っている事に気付き、安堵からリオンの肩に寄りかかる。
 「どーした?」
 「・・・足の痛み、マシになってる」
 お前がきっとマッサージをしてくれていたからだろうと隣を見て小さく礼を言うと、本当に物忘れが激しいと嘆くフリをされて目を見張るが、リオンが言わんとすることを察し、一つの咳払いの後、何かを期待している唇にキスをする。
 「ダンケ、リーオ」
 「どういたしましてー」
 その正しい感謝の伝え方にリオンが満面の笑みになってソファから立ち上がり、ウーヴェもリオンに手を引かれて立ち上がると、足の痛みが引いていることを再確認するが、車内で感じた激痛が襲ってこない事に満足そうに頷くと、リオンの腰に腕を回す。
 「・・・遅くなったが、ランチにしようか」
 「賛成。────メシ食って動けそうなら買い物に行こうぜ」
 ここに滞在する日数分の食料を買いに行き、それを済ませれば湖で遊んでも良いし、ウッドデッキのソファで昼寝をしても良いとウーヴェの腰に腕を回しながらリオンが歌う様に囁くと、小さな同意の声が返ってくる。
 「うん、そうしよう」
 お前がいれば、また急に足が痛くなったとしても大丈夫だからと、全幅の信頼を置く顔でリオンを見たウーヴェは、それが何よりも嬉しいと言いたげな顔のリオンから頬にキスをされてくすぐったそうに首を竦める。
 「くすぐったいぞ、リーオ」
 「へへ」
 悪戯が成功した子どもの顔で笑う伴侶に呆れた様な笑みを向けるウーヴェだったが、久しぶりに足を踏み入れた別荘のキッチンで出来ることは限られていて、キャスター付きのスツールに腰を下ろしてリオンにテキパキと指示を出すことしかできなかった。
 いつもならば不満タラタラのリオンだが、今日は不満を訴える気にならないのか、それともよほど腹が減っているのか、ウーヴェの指示を的確に受け取り、あっという間にランチの支度を整えるのだった。

 

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2019.09.01
少し遅いバカンスのお話になりました・・・が、続いちゃいました(;´・_・`)ゞァセァセ
シリアス展開は、もううちではデフォですよね(゚ロ゚; 三 ;゚ロ゚)


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