Die Belohnung-2-

Über das glückliche Leben(UGL) -Lion & Uwe -

 ウーヴェに宥め賺されアリーセに絶品のトルテを食べられなくなると笑顔で脅された勢いで上のデンタルクリニックのドアを押し開いたリオンは、己が抱いている歯科医のイメージとは少し違う空間が広がっていることに驚きを隠せないでいた。
 「こんにちは」
 余り背の高くないカウンターに腰掛けてリオンを出迎えたのはどう見ても高校生にしか見えない少女で、アルバイトでもしているのだろうかと青い眼を瞬かせると、初診ですかと問われて一つ頷き、財布から保険証を出して軽く事情を説明する。
 その説明の最中少女の視線が己の顔に注がれている事に気付いていたが、内心の恐怖をいかに誤魔化そうか必死になっていた為、その理由を問いかけることもなかった。
 だが、少女の口から理由が意外な言葉となって流れ出した為、そばかすが散る赤毛の少女を素っ頓狂な顔でまじまじと見つめてしまう。
 「へ?」
 「だから、下のクリニックのウーヴェ先生のボーイフレンドなのかって聞いてるの」
 「………ボーイフレンド、だけど?」
 思わず素直に恋人だと認めたリオンの前、カウンターに肘をついて頭を抱えた少女がマイガッと一声叫ぶ。
 「…信じられないっ!どうして素直に認めるのよっ!!」
 「は!?」
 少女がカウンターから身を乗り出すようにリオンに顔を近づければ、素直に認めたお陰で明日のランチはあたしの奢りになっちゃったでしょうと指を突きつけられて目を丸くすると、カウンターの後ろの壁からひょっこりと少女と同じ顔が出てきて更に驚いてしまう。
 「マリー、どうしたの?」
 「あぁん、もう!明日はアンナの好きなものをお昼に食べて良いわよ!」
 「え?…あー!そうなんだ、そうなんだ!!ほらほらぁ!だからあたしが言った通りでしょ!」
 カウンターの中で急に騒ぎ始めたうり二つの少女達にリオンがただただ呆気にとられるが、もしかして俺をネタに何か賭けていたのかと問えば、明日のランチと明るく答えられる。
 「オーヴェと付き合ってるかどうかを賭けてたって事か?」
 「だって週に4日以上もウーヴェ先生の所に来てるじゃない。余程仲の良い友達かボーイフレンドかどちらだろうって…でもウーヴェ先生のことをオーヴェって呼んでるんだ」
 「俺だけはね」
 マリーと呼ばれた少女はどうやらウーヴェとリオンの関係は友人だと思っていたらしく、アンナが恋人だと言い張った為に賭が成立し、その結果が今分かったと教えられて無言で肩を竦めたリオンは、一役買ったのだからコーヒーでも奢ってくれと目を細める。
 「明日のランチ、良かったら一緒に食べないか?」
 「ウーヴェ先生に言いつけてやろうっと」
 「ホントホント。きっと怒ると怖いよ、先生」
 ウーヴェを怒らせたときの恐ろしさは誰よりも知っている為に大仰に頷いたリオンだったが、壁の向こうから姿を現した立派な体格の青年がどうぞと個室に案内してくれた為、二人の少女に手を振って青年の後についていく。
 見た限りでは4つほどの個室のドアが横一列に並んでいて、そのドアは外からは見えないように曇りガラスになっているが、その全てが明るいと言う事は個室の中には窓からの光がふんだんに入っているのだろう。
 歯科医と聞けば痛くて苦しいイメージしかないが、こんなにも明るいデンタルクリニックがあるのかと感心していると、一番奥の個室のドアを開けて中に招かれ、さすがにこれだけはどこの歯科医でも変わることがないだろう、背後に倒すことの出来る椅子に座れと促され、渋々腰掛けたリオンは、この見るからにドイツ貴族然とした青年がウーヴェが言うところのアロイスなのだろうかと思案を巡らせるが、外見の割には腕前は最高だという言葉を思い出し、印象が一致しない事に気付いて青い眼で個室を見渡す。
 さして広くない個室には治療の為の機械とリオンが腰掛けている椅子があるだけだったが、個室の壁には子供の患者が多いのかどうなのか、子供向けのテレビ番組のキャラクターやアニメのキャラクターのポスターが貼られていたり、窓の下の棚には世界でも有名なキャラクターのぬいぐるみが横一列に並んでリオンを励ましていた。
 「では、治療の前に、ヘル・ケーニヒはこちらは初めてですね」
 「あー…はい、出来れば来たくなかったけど…」
 オーヴェがうるさいから来たと往生際悪く呟くと、青年の顔に意外な色が浮かび、オーヴェとは下の階のクリニックの先生かと問われて無言で頷く。
 「…ああ、あなたが双子の賭の対象の人!」
 「らしい…。俺を賭にしたのはこの際良いけど、先生、俺、痛いのはイヤだから、なるべく早くさっさと済ませて欲しいっ!」
 「え?ああ、そうですね…ふぅん…ウーヴェ先生の恋人かぁ…」
 ここのデンタルクリニックは下の階のメンタルクリニックの先生の恋人が余程気になるのかと脳裏で皮肉を込めて呟くリオンの前、しきりに青年が頷いているが、ぱたぱたと賑やかな足音が個室の外から響いてきた為、頭を反らせてそちらへと視線を向ければ、今時珍しい程の分厚さを誇る眼鏡を掛けた、黒髪の猫背気味の小さな青年が慌てたように入ってくる。
 「お待たせしましたー。えーと、今回が初診ですね?」
 「え?ああ、はい…」
 出来れば来たくないともう一度呟くと、眼鏡の下の好奇心旺盛な、だが小さな茶色の目がくりくりと丸まったかと思うと、誰も好きでデンタルクリニックになんて来ないとぼさぼさの黒髪に手を宛がって笑われ、リオンが青い目を瞠ってその顔をまじまじと見つめる。
 「────クリス、なるべく早く済ませる」
 「はい」
 そのどちらかと言えば頼りのない外見をした青年が背の高い椅子に腰掛け、差し出されたマスクをして手袋を嵌めた姿を見た時に漸くウーヴェの言葉と印象が一致する。
 「はい。口を開けて」
 治療用の機具が回転し始めた音を聞きながら一瞬にして冷や汗を浮かべたリオンだったが、もう一度優しく口を開けてと言われて観念したように口を開けて条件反射のようにきつく目を閉じれば、くすくすと笑い声が聞こえてくる。
 「後ちょっと遅かったらもっと痛い目に遭ってただろうね」
 まだまだ初期だから思っているよりも早く治療を終えられるねと、治療器具を動かしながら告げられる言葉がやけに優しく耳に響き、本当だろうかと思案すると、はい、終了と朗らかに宣言される。
 「へ…?」
 「本当は歯の掃除もしたいところだけど、今日はこれで終わり。次は出来れば明日か明後日にでも予約を入れて来てくれれば良いかな」
 分厚い眼鏡の下の小さな目を細めて頷く青年をぽかんと見上げたリオンは、先程の貴族然とした青年が口の中を軽く洗えと告げた為にその言葉に従うと、軽く口内に何かが吹き付けられる。
 「本当は子供用だけど、まあ良いかな」
 歯医者が嫌いなようだけど今日は痛くなかっただろうと問われて素直に頷くリオンに何故か嬉しそうな顔で頷いた黒髪の青年は、ブロンドの青年にカルテを差し出した後、リオンに手袋を外した手を差し出してくる。
 「ウーヴェ先生には何かとお世話になってる、アロイス・A・ベンカーだよ」
 「……俺は、リオン」
 「そうかぁ…きみがリオンか。うん、ウーヴェ先生から聞いているとおりだね」
 どんな話をウーヴェから聞かされているのか激しく気になったリオンは、どんな話をしているのか教えてくれと椅子の上で片胡座を掻いてアロイスの手をぶんと振る。
 「医者には守秘義務があるからね。教えられないね」
 「えー!」
 受付で次回の予約を入れてから帰ってくれと笑顔で告げると、背の高い椅子から飛び降りるように降り立ち、ドアを開けて隣の個室へと向かう。
 その猫背気味の背中を見送ったリオンは、確かに恋人の言葉通りに外見から得るイメージとは一致しない腕の確かさだと感心するが、クリスと呼ばれたブロンドの青年が終わりましたと告げた為に椅子から飛び降り、歯の痛みが軽減しいている事ににんまりと笑みを浮かべる。
 「次回は…明後日に来て頂けますか」
 「あー…うん、大丈夫だと思うけど、仕事がどうだろうなぁ…」
 今日はたまたま休みだったと苦笑すると、ウーヴェ先生の所に顔を出す前にうちに来いと笑われてにやりと笑い返す。
 「それで良ければ」
 「大丈夫です。……ああ、今から30分はものを食べるのを控えて下さい」
 「ウソだろ!?」
 「ここに来る回数が増えますよ」
 せっかくのトルテが食べられないと絶望的な気分に陥ったリオンは、この腹癒せをどこでしようかと思案し始めるが、次回必ず来て下さいと念を押されて溜息混じりに頷くと、また来てねと陽気な声を挙げる双子の少女、マリーとアンナに笑顔で手を振り、軽く一礼するクリス青年にも手を振って、自分の後にも次々と訪れる患者を横目に明るい雰囲気のデンタルクリニックを後にするのだった。

 

 リオンが上の階の歯医者で治療を受けている間、さっきは集中できなかった本を今度は一気に集中力を発揮して読み進めたウーヴェは、最後のページを読み終えて本を閉じると同時に凝り固まっていた肩を解すように腕を回す。
 「フェル、もう終わったかしら?」
 「…ああ、今終わった」
 肩を解して首を軽く左右に振ってこりを解消させたウーヴェが眼鏡を外した時、アリーセがノックをした後問いかけてきた為、立ち上がってドアを開ける。
 「そろそろお茶にしましょう。リオンはまだ戻ってこないのね。混んでいるのかしら?」
 「どうだろうな…予約を入れていないからな」
 自分もそうだが、やはり予約優先になってしまう為に飛び込みの初診の患者は後回しになりかねないと肩を竦めてポケットに手を入れて診察室を出ようとしたウーヴェは、お茶とトルテの用意をしたオルガがこちらで食べましょうと告げた為、踵を返して二人の女性の為に窓際のソファセットのチェアを勧めて自らも同じように腰を下ろす。
 アリーセが言ったようにオルガのキルシュトルテは絶品だった。
 そのトルテをアリーセは6等分に切り分けたが、それが何を意図するものかを察したウーヴェが苦笑し、自分は一つで良いから一つをリオンにあげてくれと告げると、女性二人が長い睫毛が音を立てるのではないのかと思うほどの瞬きを繰り返すと、アリーセが深々と溜息を零してオルガが微苦笑を浮かべる。
 「エリー?」
 「こんな大きなトルテを私たちが二つも食べられると思っているの、フェリクス?」
 「……………」
 「私もアリーセも一つずつで良いわ。後はあなたとリオンで食べて」
 直径にして30センチはありそうなトルテなのだ。その一切れと言えばかなりの大きさになるが、いくら何でも一度に二つも食べられないと二人の女性の呆れと苦笑を一身に受けてさすがに羞恥を覚えたウーヴェは、話題を逸らすついでに視線も逸らして足を組んで窓の外を見やる。
 「………雪、だな」
 「リオンの分は家に持って帰るのでしょう?」
 姉の言葉に顔を戻して疑問を浮かべたウーヴェは、歯の治療の後すぐには食べられないはずだと告げられて納得し、家に持って帰れるだろうかとオルガを見ると、持ち帰り用の小さな箱を用意してくれていた。
 「本当に気の利くリアがいてくれて良かったわね」
 あなたも感謝しなさいと促され、言われるまでもないと僅かに不満を顔に浮かべたウーヴェは礼を言い、今もまた用意してくれている絶品の紅茶の礼も述べると、キルシュトルテをフォークで突き刺す。
 その時だった。
 診察室のドアがノックもされずに勢いよく開いたかと思うと、リオンがずかずかとソファセットの傍までやって来たのだ。
 「終わったのか、リオン?」
 さすがに今だけはノックをしなかった事への非難を押さえたウーヴェだが、身体を捻って見上げた端正な顔をリオンの大きな手が左右から挟んで固定したかと思うと、事もあろうに姉と友人が見守る前で唇を押しつけてきたのだ。
 「!?」
 三者三様の驚きの気配が室内に充満し、キス-と言うよりはタコやヒルか何かのように唇に吸い付かれてしまったウーヴェが碧の目を白黒させるが、満足げな顔でリオンがぷはぁと息を吐いて顔を離すと同時にずるずると滑り落ちそうになっていた。
 「ふー。あー、やっとすっきりした!」
 「……訴えるわよ、セクハラ刑事っ!」
 「フェル、フェリクス!しっかりしなさい!」
 歯の治療や自分とウーヴェの関係を賭の対象にされていた事や、絶品のトルテを今すぐに食べられない事へのもやもやとしたものを漸く晴らすことが出来たのを朗らかな笑顔で素直に喜んだリオンは、ウーヴェの腰に手を掛けて掛け声一つで座り直させて小さな音を立てて呆気に取られている唇にキスをし、二種類の悲鳴を上げる女性達を振り返って破顔一笑。
 「美味そう!」
 「美味そう、じゃないでしょう!?」
 「そんな事をしておいて食べられると思っているのかしら!?」
 「へ?ああ、だって口の中が薬品臭くてたまんねぇんだもん」
 だからオーヴェにキスをして口直しと嬉しそうにウーヴェを振り返ったリオンだったが、人形のようにチェアに腰掛けるウーヴェが心配になって顔を覗き込み、そして激しく後悔する。
 俯き加減のウーヴェの口から低い低い、外気を上回る低さの笑い声が流れ出したのだ。
 さすがにその声には女性陣も驚いたのか、不安そうにウーヴェの名を口々に呼びつつソファから身を乗り出してくる。
 「ご、ごめ、ごめん、ごめんオーヴェっ!ちょっと調子に乗った!!」
 「何か言ったかね、リオン・フーベルト?」
 「オーヴェぇ、ごめーん!」
 「だから、何か言ったかと言っているんだ」
 「痛い痛いっ!!」
 謝るリオンの耳を思いっきり引っ張りながら惚れてやまない笑みを浮かべたウーヴェは、オルガと姉の前での暴挙とも言えるキスに腹の中が冷え切っていた。
 それ故、一切手加減をせずに耳を引っ張り続けるが、お願い許してと手を組まれてしまえばつい手を緩めてしまい、溜息を零しながら腕を組んで目の前でしゃがみ込む金髪を見下ろす。
 「まったく…!」
 「…だってさぁ…口ん中が薬品臭かったんだよ…」
 いくら子供向けのレモン風味の薬品にしておいたと言われても臭いものは臭いんだと口を尖らせるリオンに軽く目を瞠り、とにかく治療は終わったのかと問いかけると、途端元気を取り戻したリオンが立ち上がってウーヴェに敬礼をする。
 「終わった!」
 「……虫歯の治療がたった一回で終わるはずがない」
 「ぁう」
 その言葉と敬礼が嘘であることを見抜いたウーヴェがすばりと言い放ってリオンの肩をがっくりと落とさせると、くすんだ金髪に手を差し入れて労るように目を細める。
 「アロイスの治療は痛くなかっただろう?」
 「うん。でもなぁ…やっぱり苦手だなぁ」
 ウーヴェが腰掛けていたチェアの横にどかっと座り、30分は食べてはいけないと言われたことを思い出してつばを飲み込んだリオンに二人の女性が苦笑し、あなたの分はちゃんと持って帰れるようにしてあると告げると、浮かない顔に光が差したように明るさが増す。
 「ダンケ、リア、アリーセ!」
 子供顔負けの笑顔にはさすがに免疫のないアリーセや、それなりにあるがウーヴェには劣るオルガが絶句し、その横ではウーヴェが仕方がないとただ苦笑を深める。
 「ところでさ、今日は何の用事で来たんだ、アリーセ?」
 リオンの素朴な疑問にウーヴェもオルガも同意を示すように頷いてその顔を見つめると、白皙の相貌にうっすらと赤みが差して顔が背けられる。
 「……ちょっとね」
 「?」
 姉のその不可思議な言動に首を傾げて何事だと胸の裡で問いかけるウーヴェだったが、他の二人がそれ以上何も聞かない為に自らも疑問を胸へと戻して雪が降っていた窓の外を見る。
 この調子だと雨になるだろうと思われる雪に目を細め、この後どうするとリオンに問いかけると、寒いからオーヴェの家でサッカー観戦すると返されて天井を見上げる。
 「それも良いな」
 「うん。リアは今日は何か予定があるのか?」
 「そうね…アリーセが平気ならお買い物に行こうかと思ってるんだけど、どうかしら」
 「私もちょっと欲しいものがあるのよ」
 そんな訳で女性陣が仕事が終わるとショッピングに出かける事を教えられて男性陣はただ苦笑して二人にとって良いものが売っていますようにと願うと、リオンとウーヴェの持ち帰りのトルテを小箱に詰め、後片付けをてきぱきと済ませてお疲れ様でしたと一礼し、女性二人が仲良くクリニックを出て行くのだった。

 

 ウーヴェの自宅アパートの居心地の良いリビングのカウチソファに陣取ったリオンは、ウーヴェの腿に腹這いになったまま録画しておいたサッカーの試合を楽しんでいた。
 テーブルには食べかけのトルテと湯気を上げていた紅茶が半分ほどに減ったマグカップがあり、その横には同じく紅茶が入っていたマグカップがあった。
 「リオン、重いからそろそろ降りてくれないか?」
 「ヤダね」
 「……リーオ」
 我が侭を言わないでくれと苦笑しつつくすんだ金髪を掻き上げてやれば、ちらりと振り仰がれて瞬きをして先を促したウーヴェにリオンが軽く口を尖らせる。
 「降りて欲しいか、オーヴェ?」
 「ああ。………トイレに行きたい」
 お前がこうしている限り動けないのだから、自然現象のトイレに行く事すらままならないと苦笑を深めれば、腿の上でリオンが器用に寝返りを打って顎に指先を宛がって擽りはじめる。
 「質問に答えてくれれば降りてやる」
 「何だ?」
 「────アロイスとどんな話をしてたんだ?」
 治療が終わった後の挨拶で聞かされた言葉だったが、直接関係が無い筈なのに守秘義務を盾に取られて教えてもらえなかった事が気になってしまっていたリオンは、これ幸いと問いかけてウーヴェの頬を微かに赤くさせてしまう。
 「照れるような事を言ってたんだ?」
 「………うるさいっ」
 その言葉がすでに照れ隠しであることを見抜いているリオンがにやりと笑みを浮かべて大きな掌でウーヴェの頬を包むが、逃れるように白皙の相貌がふいと背けられてしまう。
 「オーヴェ」
 何を言っていたんだよと畳み掛けると、顔だけではなく上半身がリオンから遠ざかるように捩られてしまう。
 「あ、そういう可愛くない態度を取るんだ?」
 「………」
 「医者には守秘義務があるって言ったな?じゃあ刑事には告白をさせる義務があるって事を……」
 教えてやるから、思い知れ!
 「っ…こらっ!!」
 一声吼えたリオンがいきなり体勢を変えたかと思うと、ウーヴェの肩を掴んでソファの座面に押し倒して胸元に額を押しつけると、そのくすぐったさからウーヴェの口から笑い声混じりの悲鳴が流れ出す。
 「リオン、止めろっ!くすぐったい…っ!!」
 涙が浮かぶほど笑いながら止めてくれとリオンの肩や頭を押しのけたり掴んだりするが、胸の上から上目遣いで見つめられて軽く息を飲む。
 「…じゃあさ、答えなくても良いから、頑張ったご褒美が欲しいな」
 「ご褒美?」
 「そう!」
 伸び上がってウーヴェの顔から眼鏡を奪い取ったリオンが笑みを浮かべて大きく頷いて言葉を続ける。
 「大嫌いなデンタルクリニックに頑張って行ってきたんだぜ?ご褒美の一つも欲しいだろう?」
 「……そもそも、虫歯にならなければ良かったんじゃないのか?」
 「そんな事今更言われても知るかよ。なっちまったものは仕方ねぇだろ?」
 そろそろ観念して早く褒美を寄越しなさいと鼻先へのキスで促したリオンだが、待ちきれないのかクリニックの診察室でのキスに比べれば遙かに愛情の籠もったキスを唇にすると、腕の下から差し入れられた手が背中に回ってそっと抱きしめられていた。
 言葉では恥ずかしいだの何だのと抵抗を示す恋人だが、こちらが思いを隠すことなく伝えれば同じ思いを同じだけ返してくれるのだ。
 それを理解している為に言葉でどれだけ拒まれたとしても、それはあくまでも言葉の上だけだと分かっているリオンは、そんなウーヴェを軽くあしらうように言葉を返してキスをして思いを伝えるようにしていたのだ。
 今回もその通りになったと内心でほくそ笑んだリオンだったが、思いを感じ取る力が発達している恋人だからかどうなのか、少しでも意識が己から逸れてしまうだけで一気に醒めてしまうらしく、また今もその気配を感じ取ったリオンがウーヴェの顔の傍に手をついて白い頭を囲うようにさらに身を寄せれば背中に回された腕に力が込められる。
 己が望むご褒美が与えられた事に気付いて嬉しさを隠しもしないで更に角度を変えて唇を貪るようにキスを繰り返せば、いつの間にか腰に足が押しつけられるが、この先のお楽しみは夜の帳が世界を包むまで取っておこうと耳に囁きかければ、同意を示すように背中を撫でられ、にやりと笑みを浮かべて起き上がる。
 「今ので半分。残り半分は後で」
 「お前だけが褒美を貰うのはおかしい」
 「そうは言うけどさ…」
 お前だって気持ちよくなるんだから褒美を貰っているのと同じだろうと囁かれ、悔し紛れに眼鏡を奪い取った後、くすんだ金髪に拳を押しつける。
 「ぃてていてて!ごめんごめん、オーヴェ、ごめーん!」
 「う・る・さ・い!」
 調子に乗るなときつく釘を刺したウーヴェが立ち上がってリビングを出て行くと、食べかけのトルテを摘んで味わうように食べ始める。
 苦手なデンタルクリニックに行って治療を受けた甲斐がある程絶品のトルテを食べ、あと一つずつ冷蔵庫に残っている事ににんまりとし、身体を前後に揺さぶった後、今日の晩飯は何だろうなぁと歌うように呟き、戻ってきたウーヴェを苦笑させるのだった。

 

 その後、予約を入れられていた為に仕方なくアロイスのデンタルクリニックに通ったリオンは、受付をしている双子と貴族然としたクリス青年、そして彼らのボスであるアロイスとあっという間に仲良くなり、その事が彼らの口からウーヴェに伝わると、己の恋人が人と仲良くなる早さにただ感心して良いのか呆れるべきかと悩んでしまうのだった。

 

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2011/02/27


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