Die Eifersucht-1-

Über das glückliche Leben(UGL) -Lion & Uwe -

 一足も二足も早い、秋を通り越して冬が来たような日差しの下で眩しそうに目を細めたウーヴェが見ているのは、肌寒さなどものともしないで顔中に笑みを張り付けて嬉しそうにスケートボードで宙を舞う恋人の姿だった。
 「ィヤッハーッ!」
 恋人より少し若い青年や子ども達が同じように見守る前、一際高く声を上げたかと思うと一体どういう身体の構造でそうなると言いたい姿勢で宙に舞い、ボードを片手で押さえてくるりと回転する。
 己の恋人の背中には羽根など生えていない筈だと、秋の一歩手前の日差しを受けてキラキラと光る金髪に目を細め、ウーヴェの目の前までやって来たかと思うと、にやりと笑みを浮かべてもう一度宙に舞う。
 幼い頃からサッカーとスケートボードで毎日遊んでいたとは聞かされていたが、その腕前は大きくなった今でも鈍っていないようで、周囲の子供から大人までが歓声を上げるような技を決めては、手作りのランプの中で楽しげに滑っていた。
 ランプの端に誰かが置いたソファに座って楽しげにプレイする姿を見ていると、ソファの傍に人がやってきたことに気付いて視線だけをそちらへと向け、やって来たのがいつかの日に二人の間で起こった口論の切っ掛けとなった女性であることに気付いて目を瞠る。
 「サッカーとこれをしている時は子どものままね」
 くすくすと笑み混じりに呟いたのは、口では文句を言いつつもやはりリオンが最も懐き、行動を共にすることが多かったらしいシスター・ゾフィーだった。
 あの夜、ゲートルートでまるで盗み見をした様な事になった彼女だったが、こうして直接顔を合わせて話をするのは初めてだった。
 名前だけは聞いていた彼女だが、直接本人に対峙するとウーヴェの胸の奥で何かが軋む音が響き、気付かれないように僅かに眉を寄せる。
 「あの子…ここで遊ぶのが本当に好きで、学校が終わればいつも遊んでいたわ」
 遠い昔の出来事だがまるでつい昨日の事のように話す彼女に無言で頷いたウーヴェは、ごく自然に立ち上がって彼女に席を譲るために一歩下がるが、返ってきたのは躊躇いつつもきっぱりとした断りの言葉だった。
 「気遣いは結構よ」
 長い髪を掻き上げて断ったゾフィーに苦笑するが、さすがに一度譲った席に座るほど神経が太くないウーヴェは腕を組んで彼女と少し離れた場所に立ち、ランプの中を縦横無尽に滑っては宙を舞う恋人へと視線を向ける。
 ウーヴェがリオンと付き合うようになってあっという間に一年が経過したが、二人が触れるだけのキス以上の関係になったのは二人の誕生日の少し前だった。
 付き合いだした翌日からでもキスだけの関係から進んでいるとリオンの職場の愉快な面々は思っていたらしいが、半年もの間二人はただ手を繋ぎ次のデートの約束をした後にキスをして別れるだけの日々を送っていたのだ。
 まるで初めて恋人と付き合うティーンエイジャーのような付き合い方を二人のペースで過ごしてきたが、その時にはまだ互いの家族や親しい人には伝えることはしなかった。
 リオンがホームと呼ぶ孤児院で己を育ててくれた人達にウーヴェの存在を伝えたのは、初めて二人で迎える誕生日の当日だった。
 それから少し経った頃、やっと時間が取れたリオンが少し硬い表情のウーヴェと一緒にホームに戻り、その時不在だったゾフィー以外のシスター達に自分の恋人だとウーヴェを紹介したのだが、まるで腫れ物にでも触るような様子のシスター達を前に、ただ一人マザー・カタリーナだけが見るものを安心させるような笑みを浮かべ、小さくても暖かな手でウーヴェの手を包んで二人いつまでも仲良くしなさいと認めてくれたのだ。
 その時の事を思い出したウーヴェは、片手で肘を支えつつ眼鏡のフレームを押し上げるが、その傍でゾフィーが少しだけ気まずい表情を浮かべてスケートボードに乗るリオンを見つめる。
 二人が顔を合わせるのは初めてだったが、どちらもより積極的に相手に対して声を掛けようとは思わなかったようで、二人の間の微妙な空間をリオンの楽しそうな声と子供達の歓声が風に乗って通り過ぎていく。
 「ああ、そうだわ」
 不意に思い出したのか苦笑混じりにゾフィーが声を上げ、ちらりとウーヴェが視線を流せば、いつもパンと温かな食事の寄付をありがとうございますと、さすがにこの時ばかりは感情を押し殺した顔でゾフィーが手を組んで礼を言う。
 「これからは寒くなります。私に出来る事があれば言って下さい」
 「神よ、恵みに感謝します。あの子も喜ぶわ…ありがとう」
 自分に出来ることは限られているがマザー・カタリーナにもよろしくお伝え下さいと目礼をすれば、この時初めて二人の視線が重なり合い、ゾフィーが嫌味気のない笑みを浮かべる。
 その笑顔はあの夜、ゲートルートで見たそれに似通っていて、ウーヴェの身体を電流が駆け抜けたような痺れが伝播すると同時にある確信を抱く。
 天啓か天罰か、どちらにも取れそうなその思いが心の奥底でひっそりと響いたような気がし、伏し目がちに心裡を顧みてみるが、その声は形を得ることはなく霧散してしまう。
 ウーヴェの胸には言い表せない思いだけが残り、それを押し隠そうと再度メガネを押し上げるが、彼の横では彼女も言葉に出来ない思いに気付いて顔を背けようとしていた。
 お互いの胸に去来するものが苦い何かを溢れさせ、図らずも二人同時に小さな溜息を零しあうが、ゾフィーが思いを振り切るように頭を一つ振った後、自分自身もそうだがリオンやここのホームの子ども達にとって掛け替えのない存在であるマザー・カタリーナの喜ぶ顔を思い出して何とか笑みを浮かべて再度礼を言う。
 「マザーも喜んでいるわ」
 「それは良かった」
 今はまだはっきりとした形は無いが間違い無く存在する思いがいつの日か形を得て溢れかえるような事になった時、自分たちは一体どうするのだろうか。
 もしも自分たちが対立するような事になった時、果たして彼はどうするのか。
 出来れば考えたくはない事ばかりが脳裏に浮かび、彼女の再度の礼に対して上の空で返事をしたことに気付いて白っぽい髪を左右に振って礼を失したことを詫びる。
 ウーヴェのその言葉が風に乗ってふわりと霧散すると、当然と言えば当然だが二人の間には会話が無くなってしまい、二人同時に居心地の悪さを感じてしまう。
 互いに感じている思いも胸の奥に秘めた思いも気付きながらウーヴェが腕を組んで前を見つめるその傍ではゾフィーも無言でリオンを見つめるが、二人の視線を集めていた張本人がスケートボードを勢いよく滑らせてランプを昇り、器用に二人の傍に着地してくる。
 「オーヴェ、見てたか?」
 「ああ」
 まるで子どものように顔を輝かせ、自分の姿を見ていたかと問いかけるリオンに微苦笑混じりに頷いたウーヴェだったが、傍に立つ彼女に気付いたリオンが自分に向ける顔とは微妙に違う表情で笑いかけたのを目の当たりにし、不自然にならないように最大限の注意を払って視線を逸らす。
 「ゾフィー!」
 「相変わらず好きねぇ」
 汗が流れる額をハンカチで自然に拭ってやりながら苦笑するゾフィーに満面の笑みを浮かべたリオンは、いつまで経っても子どもなんだからと呆れられて口を尖らせる。
 「久しぶりなんだし良いだろ?」
 「ダメだなんて言ってないわよ。マザーが部屋に寄ってって言ってたわよ」
 「ん、分かった」
 「遊ぶのも構わないけれど程々にしなさい。もう子供じゃないんだから」
 「いちいちうるせぇよ、ゾフィー」
 「煩く言わせているのはあんたでしょう」
 憎まれ口を互いに叩きながらも笑みを浮かべて互いの頬にキスを残しあう二人をその時のウーヴェは直視することが出来ず、胃の辺りに不快感を感じながらも強引に意識をパイプで遊び始めた子供達へと向ける。
 「………バルツァーさんも、またお越し下さい」
 「……ええ、また」
 リオンに向けていた表情とはがらりと雰囲気を変えた彼女が軽く礼をした為、同じように、だが失礼にならないように礼を返してメガネを押し上げる。
 手作りパイプから降りるためのハシゴを慣れた足取りで下り、あちらこちらが破れているフェンスを潜って孤児院へのドアを開けた彼女の背中をただじっと見つめていたウーヴェは、リオンに肩を叩かれるまで己の態度に気付かなかった。
 「オーヴェ」
 どうしたと視線で問われて何でもないと首を左右に緩く振ったウーヴェの胸中、さっきは抑え込めたはずの苦い思いが浮かび上がり、それを飲み下すように小さく喉を鳴らした後、不意にリオンにだけはこの感情を悟られたくないという思いが脳裏に浮かぶ。
 自分と知り合うよりも遙か前から、リオンと彼女が繰り返していたであろう日常の何気ない行為。それを見た直後から言い表しようのない思いが溢れてきていたのだが、唐突にそれが何であるかを理解する。
 それは、嫉妬だった。
 自分は恋人にとって家族同然の人間に嫉妬しているのかと思えば、湧き上がってくるのは自嘲の思いばかりだったが、目の前にいるリオンが随分と心配そうに顔を寄せてきた事に気付いて微苦笑を浮かべるだけに止める。
 本当に何でもないのかと顔を寄せる恋人に内心舌を巻きながらも、俺の言葉が信じられないのかと眼鏡の奥で双眸を眇めれば、うへぇと奇妙な声が挙がる。
 「な、オーヴェもやってみるか?」
 「それは無理だ」
 気分転換を図るようについ先程まで手足のように操っていたボードをくるりと回転させながら問いかけられて肩を竦めれば、ボードが出来れば大丈夫だと笑われる。
 「お前はもう良いのか?」
 「うん?ああ、ちょっと休憩」
 さっき久しぶりに滑ったからかなり汗を掻いたし、おじさんは疲れたーと、未だかつて言われたことなど無いだろう言葉で疲れを表したリオンは、ウーヴェが立ち上がった後誰も座ることの無かったソファに腰を下ろし、自身に代わって遊びだした子ども達を笑顔で見守る。
 ソファの肘置きに尻を乗せて同じくランプを見守っていたウーヴェだったが、突然腰を抱き寄せられてバランスを崩してしまい、腿に乗り上げた姿勢でその加害者を睨んでみるが、意外に強い光を湛えた双眸に見つめられて口を閉ざす。
 「何拗ねてんだ?」
 視線を逸らすことも言い逃れることも出来ない強さで問いかけられ、ターコイズを微かに揺らしながら指の腹で眼鏡を撫でた時、深々と溜息が落とされる。
 「……拗ねてないし、何もない」
 「うっそだぁ」
 「!!」
 やや躊躇った後、拗ねてなどいるものかと顎を上げれば恐ろしく明るい声で否定され、ムッとした顔で恋人を見下ろせば、声とは裏腹に真剣な表情で再び見つめられてしまう。
 「甘く見るなよ、ウーヴェ」
 ロイヤルブルーの双眸にぎらりと一際強い光が浮かび、滅多にない名前を呼ばれた瞬間、ウーヴェの背中に得体の知れない震えが生まれ、全身へと伝播していく。
 自身が得た震えの理由よりも何よりもリオンのことを無意識に甘く見ていた事に気付き、悪かったと小さく謝罪をすれば今までの口調とは打って変わった優しい声がうんと返してくれる。
 「許すよ」
 「…ありがとう」
 許しを得たことに安堵の溜息を零せば頬に軽くキスをされ、思わず眉を顰めてしまう。
 ここが家ならば問題はない行為だが、人前でのそれはやはりまだ抵抗がある上、しかも今二人がいるのはリオンの実家とも言える教会に隣接した広場なのだ。
 ここにいる人間は皆リオンの知己ばかりで、そんな人達の前でのキスはやはりまだ気恥ずかしく、止めろと言うように肩を押せば逆にぐりぐりと頬を押しつけられる。
 「リオンっ!」
 止めろともう一度小さく叫んで腰を抱く腕を力任せに押さえつければ、減るもんじゃないだろうとけろりと返され、恥ずかしいだろうとターコイズを吊り上げる。
 「別に良いだろ?」
 お前が俺の恋人だと言うことはこの辺に住む人達は皆知っていると、ウーヴェからすれば恐ろしい事を平然と告白され、思わず頭の中を真っ白にしてしまう。
 「キスぐらいで恥ずかしがる事ないって、オーヴェ」
 今ここでこうしてキスをしたとしても、誰一人として文句も言わなければ冷やかしもしてこないと笑みを浮かべたリオンに見上げられ、目元を赤くしてウーヴェがそっぽを向いたとき、信じられないような言葉が聞こえてくる。
 「昔はもっと酷い事をここでやってたけど何も言われなかったし」
 「!?」
 さすがにその言葉にはそっぽを向いていられなかったウーヴェは、驚きを隠しもしない顔でリオンを睨むように見れば、器用に肩を竦めた後茶目っ気たっぷりに目を細めて舌を出される。
 「俺がここでこうしてるなんて、日常茶飯事だったってこと」
 「それは…っ」
 お前にとっての日常であり常識かも知れないが世間一般で言えば非常識だと、顔を寄せてくるリオンの髪を鷲掴みにしながら囁けば、やけに静かな声がそうだと返してきた為に口を閉ざす。
 「…多分オーヴェが言うように俺の日常は非常識だったんだろうな」
 日頃は明るく笑顔の多い恋人だが、実は己の出自にかなり根深くて昏いものを持っている事に薄々と気付いてたウーヴェは、自分からはその手の話題には触れない事にしていた。
 どれ程陽気な人間であろうとも人に触れられたくないものを抱えている事も良く知っている為、リオンが自ら話しだした時は遮ることをしなかったが、次いで聞かされた言葉に目を閉じ、鷲掴みにしていた髪を手放してそっとその頭を抱き寄せる。
 恋人が目の前で日頃見せない表情で胸の裡を吐露しているのだ。家と同じように抱き寄せる気恥ずかしさを感じている暇は無かった。
 「────お前にだけは…あの頃の俺を知られたくない」
 「……リオン」
 学校を卒業する頃には手を染めたことがないのはドラッグと殺人だけ、そんな少年時代を過ごしてきたリオンだったが、ウーヴェにだけは知られたくないと繰り返され、抱き寄せた頭に頬を寄せるように身を屈めたとき、胸の奥底でチリチリとした不愉快な何かが首を擡げる。
 さっき覚えた苦さとも似通っている事からその正体に気付いたウーヴェは、不愉快なものが徐々に大きくなり出したことを堪えるように目を伏せてみるが、先程リオンと談笑し、気心の知れたもの特有の言葉を残して立ち去った女性の顔がそんな努力を嘲笑うように唐突に脳裏に浮かび上がる。
 「─────!!」
 自分にだけは見せたくない、知られたくないと言われた恋人の過去。その過去をつぶさに見つめてきたのは、優しさと強さを秘めた眼差しで見守り続けたであろうマザー・カタリーナとそんな彼女の右腕のようなゾフィーだった。
 リオンにとっては家族同然の彼女たちに嫉妬してしまう心の狭小さと醜さに思わず顔を歪め、自分も随分と焼きが回ったものだとこみ上げてくる苦い思いを飲み下す。
 「な、オーヴェ」
 「…なんだ?」
 口の中がカラカラに乾ききっていたが何とか返事をすれば、己の心裡など気付かない様子でリオンが笑いかけてくる。
 「オーヴェの家で昼飯食いたい」
 手伝いをしてくれるのならば食わせてやると、辛うじて浮かべることの出来たいつもの表情とウーヴェが思い込んでいる顔で告げれば、ロイヤルブルーの双眸が嬉しそうに細められる。
 「もちろん。手伝うから言ってくれ」
 「ああ」
 鼻先に小さく音を立ててキスをされて咎めるように目を細めれば、悪戯が成功した子どもの顔で笑われ、それがあまりにも似つかわしくて小さく吹き出しながら手を離してくれと伝え、やっとリオンの足の上から立ち上がる事が出来たウーヴェは、先程と同じようにランプを見下ろし、リオンと同じように肌寒さを気にしないで遊ぶ子ども達に目を細める。
 さっき彼女が過去を懐かしむのではなく、己が知っている事実を嬉しそうに語ったよう、今の子供と同じような表情できっとリオンもここで毎日遊んでいたのだろう。
 その姿を自分は当然見ることは出来ないが、話に聞く事でいとも容易く想像出来るのに、当の本人がここで暮らしていた頃の話はしたくないと言ったのだ。
 その一言がウーヴェの中に鈍い痛みにも似た何かを伴って居場所を得てしまい、三度感じた後ろ暗い感情を堪えるように組んだ腕の肘を掴むが、無意識に空いた手でメガネのフレームを撫でてしまう。
 そんなウーヴェのすぐ傍のソファでは、身を乗り出すように前屈みにリオンが座っていたが、組んだ両手を足の間に垂らしてくるくると親指を回しながら一瞬にして表情を切り替えてウーヴェの横顔を見つめていたことに本人は気付かず、リオンに代わった子ども達が楽しそうにランプを滑る姿をじっと見つめているのだった。

 

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2010/09/13


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