熱い掌が手に重ねられ、指の間に差し入れた同じく熱い指がしっかりと手を組み、その行為と与えられる熱と快感に背中を仰け反らせれば、もう一方の手が顎を掴んで振り向くように促してくる。
熱い息を吐いて閉ざしていた瞼を持ち上げ、手の動きに誘われて背後を振り仰いだ時、真っ直ぐに自分だけを見つめてくる蒼く澄んだ目と視線が重なる。
「────っ!!」
ロイヤルブルーの双眸に見つめられ、唇からこぼれ落ちる堪えきれない嬌声や、意識すれば羞恥のあまり逃げ出しそうな嬌態を晒している事も忘れてしまうほどの快感に荒い息を繰り返す。
顎を支える手を振り払うように頭を振り、シーツに額を押しつけて唇を噛み締め無ければ今にも叫びだしてしまいそうだった。
今までの人生で最愛の人物だと言っても過言ではない、くすんだ金髪と驚くほど澄んだ青い目を持つ年下の恋人だが、彼の青い目が何よりも好きだと、恥も外聞もなく叫んでしまいそうになる。
さすがにそれをしてしまうのは彼の矜持が邪魔をしてしまい、シーツを握っている手に力を込める。
ただ自分だけを真っ直ぐに見つめてくる、その瞳に恋している。
矜持と羞恥から伝えることは出来ないが、それでも僅かばかり伝わればいいと、重ねられている手を噛み締めた唇に押し当てるように引き寄せて浮き出た骨に口付けると、お礼だというようにうなじにキスが落とされ、最奥を突き上げられてシーツに沈んでしまいそうになる。
脳髄を焼き切るような熱と快感の最中、突き上げられて掻き回され、恋人の優しい声に抗う事が出来ず、朦朧とする意識で何かを口走ってしまうが、その言葉を彼自身ははっきりとは覚えていないのだった。
もうすっかり真夏の様相を呈してきたある日の昼下がり、二人は優秀極まりない秘書兼受付のオルガが新しく見つけてきたカフェに来ていた。
雑誌か何かで知ったらしいのだが、最近のブームを反映しているのか、出される料理は比較的ローカロリーなものが並んでいた。
通りに面したオープンテラスの席で二人食後のお茶を楽しんでいた時、不意にオルガが両肘を突いて手を組み、何かを問い掛けるように上目遣いで見つめてくる。
「どうした?」
視線に気付いて手にしていたカプチーノのカップを戻した彼、ウーヴェが首を傾げるように視線を向けて先を促せば、悪戯っぽく目を細めたオルガが肩を竦める仕草をした後、上体を僅かに乗り出してくる。
その様子から不穏なものを感じ取ったウーヴェが、逃げ腰になったことを証明するように椅子を引いて音を立ててしまい、くすくすと小さな笑みを貰ってしまう。
「リア?」
「あなた達って本当に仲が良いのね」
羨ましいし、見習いたいわと、手を組み替えて笑うオルガに首を傾げるが、彼女の言わんとすることを理解した瞬間、時計のベルトで隠れているはずの右手首を左手で覆い隠す。
「リオンが残したのでしょう?」
「………見えるところには残すなと言ったのにな」
「あの子の気性から言えば仕方のない事なのかも」
くすくすと楽しそうに笑いながら視線でウーヴェの右手首の内側を指し示したオルガだったが、キスマークを指摘されてしまった彼は対照的に不機嫌さを双眸に浮かべて口を閉ざしてしまう。
「本当は誰かれ構わずにオーヴェは俺のものって言いたいのを我慢しているのよ」
彼女に指摘された言葉に冗談ではないと鼻息荒く返したウーヴェの脳裏、手首にキスマークを残しながら恋人が囁いた言葉が甦る。
『出来るならさ、オーヴェの身体のどこかに俺のものって印を付けたいけどね』
でもそんなことをすればきっと口を利いてくれなくなるだろうから、今はこれが精一杯。
ウーヴェにとっては信じられないような事を囁きながらキスをし、結果午後になってもその印は消えていなかった。
その様に誰かの所有物である、そんな愛し方やまた愛され方をしたことがなく、やや戸惑う気持ちを感じている事を眉間に浮かべてしまい、あまりに所有意識が強すぎるのも考え物だけど、私はそれぐらいの愛され方も好きだと肩を竦められて苦笑する。
「こんな関係は初めてだからな。正直…戸惑うな」
「そうなの?」
「ああ」
今まで付き合った彼女達に言ったこともなければ言われたこともないと、カプチーノを飲んで今度は彼が肩を竦めると、じっとメガネの奥の双眸を覗き込む大きな瞳に片目を閉じる。
「嫌な気持ちはしないな」
「リオンにしてみればそれだけでも嬉しいって舞い上がりそうね」
「そうだな…だからこれは秘密だ」
「良いわ。今日はここのチーズケーキをお茶の時間に食べましょうか」
それを口止め料にしましょうと愛嬌たっぷりに笑われて内心苦笑し、それぐらいで黙っていて貰えるのならば安いことだと冷静さを装って告げると、商談成立と手を差し出されてテーブルの横で握手をし、どちらからともなくその遣り取りのおかしさに気付いて小さく吹き出してしまうのだった。
一つの事件が終わりを迎え、無事に犯人逮捕、送検に漕ぎ着けた事を関係者に報告に上がったリオンは、珍しくヒンケルが運転する車の助手席で気の抜けたような顔で煙草を吹かしていた。
「────ボース」
「何だ」
「無事逮捕出来たけど、何かすげー虚しい気分」
「…ああ」
今回の犯人は精神的にも肉体的にも追い詰められた果ての凶行に及んでしまった女性で、調べていく内に遣り切れなさが募るような事件だった。
ヒンケルも同じ事を考えていたのか、リオンに曖昧な返事を返した後、さっと掌を指しだして煙草を寄越せと指を曲げる。
「一本1ユーロになりまーす」
「業突張りか、お前は」
ヒンケルの拳を避けつつ煙草を差し出し、頃合いを見計らってジッポーの火も向ければありがとうと素っ気なく返される。
「遣り切れないが…仕方ねぇかぁ」
「ああ」
哀しい事件や遣り切れない事件はいつでもどこでもそこいら中に転がっているのだ。その一つ一つを嘆いていては身が持たないと肩を竦めて窓の外を見るが、だからと言ってそんなものだと割り切ることも中々出来そうになかった。
「…お前は精一杯のことをしたんだろうが」
「や、そりゃあ、胸張って言えますよー。俺は俺にしかできない事をしたって」
「だったらそれで良いだろうが」
窓の外へと視線を投げ掛けるリオンの心裡を読んだようなヒンケルが前を見ながらぼそぼそと聞き取りにくい声で告げた言葉にリオンの目が見開かれ、程なくして嬉しさと気恥ずかしさ、そして自信が入り混じった複雑な色が青い眼に浮かびあがる。
「煙草1本1ユーロを50セントにまけろと言われてもまけませんからねー」
「誰がそんなしみったれた事を言うか、バカ者っ」
「あて!」
落ちてしまった拳を押し退けて一頻り文句を垂れたリオンだが、車が旧市街付近を通り掛かった時、微かな悲鳴のような声を聞きつける。
「ボス!」
「今のは悲鳴か?」
鋭い声でヒンケルを呼んで車を停めさせようとしたリオンは、後続車がちょうど途切れたのを素早く認めると同時にドアを開け放つ。
「所轄への連絡はちょっと待ってて下さい」
「分かった。悲鳴に間違いがな…」
車が停まるか止まらないかの頃に飛び降りたリオンは、ヒンケルの命令にしっかりと頷き、悲鳴が聞こえた方へと顔を振り向けるが、その時先程聞こえた声とは比べものにならない程の切羽詰まった声が響き渡る。
「リオン、あの男だ!」
ヒンケルが運転席から降り立ち、車を回り込んでリオンの横にやって来た時、二人の視線の先で命の危機に陥った人が放つ悲鳴を上げながら逃げ惑う女性の姿と、そんな彼女を異常な顔で狙う男がいた。
「誰か、助けて…っ!!」
蹌踉けつつも何とか男から逃れようと息を切らせながら走る女性が男に捕まりそうになった時、傍にいた通りがかりの男性が彼女を助ける為に持っていたバッグで男の腕を叩き付ける。
横合いからの攻撃に男が怯んだ隙に女性は真っ直ぐこちらに向かってきた為、リオンとヒンケルが駆け寄って彼女を保護し、ヒンケルが所轄の警察に緊急出動を要請する。
その一連の行動の最中、今度は男性の悲鳴が響き渡り、リオンは彼女を車に案内し、後をヒンケルに頼むと声がした方へと駆け出す。
腕を切られた男性が傷口を押さえて蹲り、その男性の背中目掛けて男がナイフを振り翳そうとしたその瞬間、リオンがホルスターから抜いた拳銃を空に向けてトリガーを引く。
「!?」
石畳とその周囲に立ち並ぶ洒落た店構えの、観光客も地元の客も頻繁に訪れる旧市街付近に響き渡った拳銃の音に周囲で様子を見守っていた人々は驚きに飛び上がり、犯人もびくりと肩を揺らして振り上げていた腕を止めてしまう。
拳銃をホルスターに戻したリオンはその隙を逃さずに大股に駆け寄ったかと思うと、そろそろ踵が磨り減ってきているがそれでも履いているエンジニアブーツに包んだ長い足を振り上げ、男の腕目掛けて振り下ろす。
ブーツ自体の重さとリオンの振り上げた勢いが加算されて想像出来ない重さになったそれを腕に受けた男は、嫌な響きを上げた腕を押さえ込んで前屈みになるが、信じられない事に踵落としを食らわせたリオンを睨み付けた後、周囲を取り巻いていた野次馬目掛けて突進していく。
「追い掛けろ、リオン!」
「Ja!!」
明らかに骨が折れる感触と音が伝わってきたが、リオンの攻撃を受けた男は痛みなど素知らぬ顔で背中を向けて逃げてしまい、さすがに呆気に取られていたが、ヒンケルの鋭い命令にすかさず返事をし、周囲の驚愕の視線をものともせずに石畳を蹴り付けて男の背中を追い掛ける。
目の前を走る男の身体の脇に垂らされている腕は不自然な方へと曲がっていて、誰がどう見ても骨折している事は明らかだった。
それなのにリオンが追いつくのが精一杯の速さで逃げているのだ。
常識からすれば有り得ない現実を目の当たりにしたリオンは、全速力で追い掛けながらもくすんだ金髪に覆われている脳味噌をフル回転させる。
ドラッグなどの摂取で一時的に痛みを感じなくする事は出来るだろうが、骨折の痛みを感じられない程の強力なドラッグなどあるだろうか。
角を曲がる背中を追い掛けて同じように曲がり、狭い路地を通り抜けてここらの主要道路に出ると、ちょうどタイミング良くバイクを降りた男がいて、リオンは取り出した身分証明書を翳しながら警察だ、犯人を追い掛けているのでそのバイクを貸してくれと叫ぶ。
「ちょ、冗談じゃ…」
「こっちも冗談じゃねぇっての!公務執行妨害でお泊まり保育を受けたいのか!?」
リオンの陽気さの中に滲む凶暴さに気付いたのか、男がその言葉に首を竦めてどうぞと掌を向けてくれた為、まだエンジンルームの暖かなバイクに跨って男性を振り返る。
「後でヒンケルという刑事が来るはずだから、その人に事情を説明してくれよな」
「俺のバイクに傷を付けないでくれよ!」
男性の心底の願いが籠もった悲鳴じみた声に片手を挙げたリオンは、跨ったバイクのエンジンをキック一発で始動させると同時にスロットルを捻って走り出すのだった。
今日のお茶の時間に食べるチーズケーキとイチゴのタルトを買い求めたウーヴェは、支払いを済ませて店を出るが、遠くのざわめきに気付いて顔を向け、後から出てきたオルガがどうしたのと問い掛けてきた為、静にと小さく命令をする。
「ウーヴェ?」
「…リア、店の中に戻るんだ」
「え?」
遠くのざわめきが徐々に近くなり、喧騒へと発展しながらこちらに向かってきたことに気付き、驚愕に目を丸めるオルガを出てきたばかりのドアを開け放って押し戻す。
「ウーヴェ!?」
「警察に通報するんだ、リア」
どんな時も冷静な声で最善の方法を教えてくれ、全幅の信頼を寄せるウーヴェの言葉に素早く反応をしたオルガは、何事だと駆け寄ってくる店員に事情を説明し、警察に通報してくれと頼むと、店にいろと命じられたにも関わらずにドアを押し開けてウーヴェの背後に立って腕を引く。
「リア!」
さすがにこの時ばかりは鋭い声を放つウーヴェだったが、私一人では逃げられない、あなたも一緒でなきゃダメだと、幼い子供のような事を口早に言い放ちながら腕を引かれてしまい、仕方がないと溜息を吐こうとした時、近付いてきた喧騒が狂躁にまでなっている事に気付き、問答無用で彼女の身体を内側へと押し込んでドアを背中に立ち尽くす。
「ウーヴェ!!」
背後から聞こえる声に早鐘のように鼓動を打つ心臓が煽られ、限界近くの心拍数に達するのではないかと思えた時、老若男女の悲鳴や怒声が響き渡り、遅れてバイクのエキゾースト音も聞こえ出す。
その頃には店にいた他の客も何事だとオープンテラスから通りに顔を出そうとして慌てて引っ込め、店の奥へとわらわらと避難していく程だった。
店の間際までやって来た狂躁に巻き込まれないように息を殺していたが、逃げ惑う男女を誰彼構わず追い掛ける男の姿に気付き、冷や汗を流してしまう。
男の腕が歪な方向へと曲がっているのだが、明らかに骨折している腕で大型のサバイバルナイフを振り回している異常な姿を認め、ドラッグか何かで痛覚が麻痺している事を見て取り、ドアを開けて逃げ込もうと思案するが、痛みを感じないほどの狂気に囚われている男が間近にいる今、背中を見せる事の恐怖は拭い去れず、極力気配を殺すようにしていると、男が異様な目つきで目の前を通り過ぎていく。
通り過ぎた狂躁を追い掛けるようにやって来たバイクのエキゾースト音に気付いて素早くドアを開け、真っ青な顔で立ちつくすオルガの前に駆け寄ったその時だった。
たった今閉めたばかりのドアの大半を占めているガラスが砕け散ったのだ。
「ウーヴェ!!」
ガラス片とそのガラスを填めていた木枠が砕け散り、オルガを庇うように腕を伸ばして彼女の身体を抱え込んだウーヴェの全身へと降り注ぎ、破片が当たった衝撃で前方へと軽く吹き飛ばされたウーヴェは、それでも腕の中の彼女を守るために身体を捻り、驚き悲鳴を上げる店員の足下に倒れ込む。
仕事中は冷静沈着-と言うよりは無表情のオルガだが、仕事から一歩踏み出せばくるくると表情を良く変える女性で、ウーヴェの腕の中から抜け出して目の前に広がる現実を認識した瞬間、両手でこめかみを押さえて悲鳴を上げる。
オルガの目の前、白とも銀ともつかない髪を血で染めたウーヴェが横たわっていたのだ。
「いやぁああ!!ウーヴェ、ウーヴェ!!」
彼女の悲鳴に店内にいた客が二人の周囲を取り囲み、警察はまだか、救急車を呼べと彼方此方で怒声が飛び交う。
真っ白な顔色でウーヴェの身体を揺さぶろうとするオルガを店員が制止し、ソファへと連れて行こうとするが、彼女は髪を振り乱して傍を離れたくないと訴える。
オルガの悲鳴と周囲の怒声をどこか遠い世界で聞いているような錯覚に陥っていたウーヴェは、ぼんやりと霞む視界に苛立ちを感じつつも大丈夫だと伝えようとするが、後頭部に芽生えた痛みからか出てきたものは呻き声に近いものだった。
「ウーヴェ、ウーヴェ!!」
幼い子供のように名前を呼ぶことしかできないオルガの今にも泣きそうな顔が視界に入り、そんな顔をしなくても大丈夫だと伝えようと今度は手を伸ばし、色を無くした頬に掌を宛うと、震える手でしっかりと手を握ってくる。
「……リア…怪我は…?」
「心配しないで、ウーヴェ。私は平気」
まだ救急車はやってこないのと、店員の顔を覗き込んで応急手当をするためにタオルを借りようとした時、壊れたドアから一人の青年が飛び込んでくる。
その青年を見た瞬間、オルガの目に一気に涙が浮かび上がり、頬に宛われているウーヴェの手に涙が流れ落ちていく。
「リオン…っ!!」
オルガの安心しきったような呟きがウーヴェの耳に入り、リオンがここにいるはずがないと思いながらも辛うじて開いていた目を己の顔の傍に跪いた人物へと向け、訝りながらも実は待ち望んでいた顔をターコイズに映し出す。
「オーヴェ!」
「……リ、オン…?」
惚れてやまない青い双眸に数多の感情を滲ませながら名を呼ぶリオンに自然と安堵の笑みを浮かべると同時、もう目を開けている事が限界だと言うことを教えるようにゆっくりと瞼を閉ざす。
「オーヴェ!!」
オルガの悲鳴混じりの声とリオンの声に大丈夫だと口の中でだけ呟いたウーヴェは、身体を抱え上げられた事で伝わってくる振動と温もりに言いようのない安堵感を感じた瞬間に意識を手放してしまうが、深い闇に落ちていく寸前まで脳裏に一対の至宝の様な双眸を笑みに細め、ウーヴェの名を呼ぶリオンの顔を思い浮かべているのだった。
Can't Take My Eyes Off You | Next
2010/08/06


