「────オーヴェ」
夜にしか聞く事のない低い自然と身体が震えるような声で名を呼ばれ、荒い息を吐きながら顔の横についた両肘を支えに上体を起こそうとした時、何をしたいのかに気付いた熱い腕が腰に回され、そのまま反動をつけて起こされる。
「────っく…っぁ」
抱き起こされた衝動で中に入っていたものが敏感にならざるを得ない場所を擦り、びくんと身体が竦んでしまう。
「オーヴェ」
「だから…な…だ…っ…?」
腹の前で軽く交差する腕に手をついて快感をやり過ごし、名を呼びながら耳朶を舐める恋人と視線を重ねようと顔を振り向ければ、肩越しに欲に光る青い眼が笑みを浮かべて見つめていた。
その眼に射貫かれれば脳味噌が働きを止めてしまい、呼吸すら止まりそうになる己に気付いたウーヴェが腕についていた手に力を込めてしまう。
「いて…引っ掻くなよ、オーヴェ」
「…るさ…っ…ァ!!」
腹の前で交差していた腕が離れて腰を掴んだかと思うとそのまま持ち上げられ、気付いた時には勢い良く引きずり下ろされて頭を仰け反らせる。
「は…っ…ァ…ッ……んっ…!」
堪えきれない嬌声にくすりと笑い声が聞こえ、得ている快感よりも羞恥から顔を赤くするが、顎を掴まれて無理矢理振り向かされてしまう。
「────カワイイ、オーヴェ」
うるさいと音にならない声で何とか言い放ち、さっきから呼んでいるのは何だと問えば、何かに気付いた様に目を丸くしたリオンが汗の浮く白いうなじを舐める。
「本当はさ、足なんだろうけど…」
「……?」
脚の上に座らされていたウーヴェだが、不意に中を圧迫していた熱が消え去り、無意識に安堵の溜息を零した直後、シーツの海に背中から沈められてしまう。
「────っ!!」
「足だとちょっと不便だから」
「何がだ?」
リオンの笑顔の独り言に思わず口を挟んだウーヴェの前、どこから持ち出したのか、ラッピングで使うような赤いリボンをひらひらとさせながらリオンが笑みを浮かべる。
「リボンだけど、これでどうだ?」
「……どうだじゃないっ」
ウーヴェが呆気に取られたように見守る前、リオンの手が信じられない程器用に動いたかと思うと、あっという間に自らの左手首とウーヴェの右手首を赤いリボンで括り付ける。
「何かケンカで相手を逃がさない為に結んだロープみてぇだな」
「リオンっ!」
そんな物騒な事を言うなと睨むウーヴェに目を細め、リボンで結ばれている為にあまり離れる事の出来ない手をそっと撫でた後、掌を軽く押し当てて開かせる。
「何処かのじいさんじゃなくて俺だし、お菓子の袋に付いてたリボンでロマンも何もあったもんじゃないけど、これでも良いよな?」
「────好きにすればいい」
赤い糸の伝説を信じたいと言っていたリオンだが、自分は信じていないと顔を背けながらも重ねた手をしっかりと握り返したウーヴェは、掌から伝わった本心に気付いたらしいリオンが自分だけが見る事の出来る笑みを視界の端に納めて軽く息を呑む。
日頃見せる子供っぽさや陽気さはすっかりと形を潜め、獰猛な獣にも似通った気配で見つめられ、快感に浸っていた脳味噌がめまいを起こしそうになる。
片足を胸に着くまで折り曲げさせられ、もう一度呼ばれて視線を向ければ息を吐けと促され、言葉通りにした瞬間、熱を持った質量に一息に入り込まれて重ねていた手を握りしめる。
「……ぅ…っん…んん・・っ!!」
「は…っ…」
入った事を示す呼気を繰り返し、肩で息をするウーヴェを愛おしそうに見つめたリオンは、キスをして抱えた足を腰に絡めさせる。
「───アァ…っ!」
与えられる快感に頭を振りながらもしっかりと片足でリオンにしがみつくウーヴェだったが、同じようにもう一方の足も上げろと足を撫でられ、何とか持ち上げれば良くできたと言わんばかりにキスをされる。
「ん…っ…は…っ…は、ァ…!」
荒く熱の籠もった呼吸を繰り返し、受け入れるウーヴェの手に力が入り、リオンの手の甲に指の痕が付いてしまいそうだった。
身も心も重ね合い、繋がることの出来る場所の全てで繋がろうと、白とも銀とも付かない不思議な色合いの髪に見え隠れする耳に囁けば中が収縮し、痛みを感じてしまうほど締め付けられる。
今まで付き合ってきた女には感じる事の無かった快感が背筋から一気に脳天へと駆け上がり、つい身体を震わせてしまえば更に締め付けがきつくなる。
「オーヴェ…っ…力抜けって…」
リオンの声が届いているのかいないのか、それとも己の身体を上手くコントロールできないのか、締め付ける力は弛むことはなく、小さく溜息を吐いた後、噛みしめられている唇を舐めて触れるだけのキスを繰り返す。
「オーヴェ」
何度も名を呼んでやっと意識を向けさせることに成功したリオンは、腰に絡まる足を撫でて力を抜いてくれと笑みを浮かべ、荒い息を繰り返す恋人と赤いリボンで結ばれている手を撫でる。
やっと力が抜けた事にどちらも安堵の吐息を零した後、ウーヴェの右手がのろのろと挙がろうとするが、短く結んだリボンがそれを阻んでしまう。
「どうした?」
「……これ…を…解いてくれ」
己の思うように手が動かせない事が気にくわないのか、ターコイズに怒りにも似た色を浮かべてリオンを見上げるウーヴェにどうしてと首を傾げれば、ふいと端正な顔が背けられる。
「オーヴェ、言えよ」
理由を言わなければそれは解かないと意地悪く笑みを浮かべると、横を向いた顔に赤味が差し、真正面に見えている目尻のホクロの周囲がほんのりと赤くなる。
「オーヴェ」
「……っ良いから、解け────ッアぁあ!」
今自分がどんな状況なのかを思い出せと笑い、腰を掴んで引き寄せれば白い顎が跳ねて高い声が上がる。
「ほら、オーヴェ。言えって」
言ってみなと、リボンを結んだ手首に唇を押し当てながらくぐもった声で囁き、それでも返事がない事に目を細めると、今度はゆっくりと己の腰を引いていき、びくんと身が竦む場所で動きを止める。
「っ…は…っ…リ、オ…っ」
その場所がウーヴェの身体が最も跳ねる場所であることを熟知しているリオンは、次第に早くなる呼気に笑みを浮かべ、その場でゆるゆると前後に動き、同じリズムでウーヴェの腰を揺らせる。
「ァア、あ…っ…ハッ…!」
日頃の冷静な顔からは全く想像も出来ない、目元を赤く染めてターコイズに快感を滲ませる恋人の姿を心ゆくまで見ていたいとの思いから、何度も同じ場所を擦っているうちに悲鳴じみた声が呼気に混ざって流れ出す。
その声が示すものも良く知っている為、耳に口を寄せて名を呼んで問い掛ける。
「なぁ、どうしてこれを解いて欲しいんだ?」
今日教えてくれた東洋の伝説では恋人同士には赤いロープが結ばれているのだろう。それを解きたいのかと問い掛けて返事を待てば、言葉ではなく態度で示そうと言うのか、もう一度結ばれている右手が持ち上がる。
何をしたいのかを教えて貰おうと、結んだ時と同じように手早く己の手首のリボンを解けば、のろのろと持ち上がった手が肩に触れた後、背中に回されて両手で抱きしめられる。
「……ア…っ……っ、────リー…ッオ…」
背中を抱かれて目を瞠り、しがみつく足の力も強くなった事に気付いたリオンは、これがしたかったのかと問い掛け、小さいながらも頷きを返される。
言葉にはされないその思いにじわりと胸が温まり、新たな熱が腹の底で生まれだして全身へと駆け巡る。
その熱が繋がった場所から伝わったらしく、手足をしっかりと己の身体に絡めるようにしていたウーヴェの身体がびくりと跳ね、いつまでも聞いていたいような声が途切れ途切れに流れ出す。
「…もう無理か?」
「ムリ…だ…っ!!」
だから早くいかせてくれとリオンの肩に額を押し当てながら切羽詰まった声で懇願するウーヴェが可愛くて、あと少しと囁きながらより自由に動くようになった手で腰を掴んで引き寄せれば、その衝撃に腕の中で白い身体が仰け反り、呼気に混ざって嬌声も流れ出す。
こうして抱き合っている時にしか聞くことの出来ないその声に煽られ引きずられるように身体が動いてしまい、ウーヴェとは違った意味で己の身体をコントロール出来なくなってくる。
互いに吐き出す呼気に籠もったものが同じ熱さになり、そのペースも同じになった頃、リオンの身体に巻き付けていたウーヴェの足が跳ねた後、何かを堪えるように爪先が丸められる。
「…イイぜ、先にイケよ、オーヴェ」
背中とウーヴェの中を掻き混ぜ突き上げていたもので限界を感じ取ったリオンは、その言葉を囁きながら放っていたウーヴェのものに手を添えてその瞬間を待つ。
そして訪れた瞬間を、己の掌に吐き出された熱と入り込んだ中が収斂するように蠢いた事で気付き、荒い息を繰り返しながら腕で顔を隠そうとするウーヴェの動きを片手で止める。
「気持ちよかったか?」
「────るさ…っ!」
うるさいと反論しようとするウーヴェにキスをし、あと少しだともう一度告げたリオンは、腰に絡まる両足を胸に着くほどに折り曲げさせる。
「リーオ…っ!!」
「うん、ごめんな」
一足先に熱を吐き出した身体には辛いかも知れないが、少しだけ我慢してくれと告げ、折り曲げさせた足を己の身体で押さえ込むと、さっきの動きとは比べられない程激しく腰を打ち付ける。
「…く…っ、ン…っンん…っァア、ア…っ!」
リオンの動きに合わせた様に声が上がり続け、二人の下からベッドの軋む音と腰がぶつかる音が混ざり合う。
苦痛にすら感じる様になった快感に突き上げられて顎が上がり、口を閉ざすことが難しくなる中、もう一度両手を持ち上げたウーヴェは、荒いながらも一定のリズムで呼吸を繰り返すリオンの身体に腕を回して汗ばむ背中を抱きしめると、程なくして耳元に寄せられていた口から息を呑むような音が流れ出す。
そして、全身の力が抜けたような呼気を繰り返し、ずるりと中から出て行った瞬間、ウーヴェが鼻に抜けるような息を吐く。
「ん…ふ…っ」
己の身体に覆い被さるように身を伏せる背中を抱き、二人揃って同じように荒い呼吸を繰り返して何とか息を整えれば、リオンがウーヴェの頭を囲うように腕を付いて額を重ねてくる。
本能に突き動かされるように抱き合い、それを解き放った後に残るのは純粋な情だけで、それを感じたウーヴェは口に出さずとも伝わればいいと願い、同じ思いに気付いたリオンはキスを繰り返しながら思いを告げる。
「オーヴェ…愛してる」
「────ああ」
しっかりとそれを受け止め、広い背中を何度も撫でれば、小さいながらも素っ頓狂な声が上がる。
「うひゃ!」
「リオン?」
「くすぐってぇ、オーヴェ!」
背中に手を回してくすぐったいと顔を顰めるリオンに首を傾げ、何だろうと手を持ち上げれば、まだ解いていなかったリボンが手首から長く垂れていた。
「……ああ、これか」
己の手首のリボンを口と手を使って解こうとした時、リオンが残念そうな表情を浮かべた事に気付き、くすりと笑みを浮かべてリボンを解く。
「リーオ」
「ん?」
何だと小首を傾げるリオンの背中を三度抱き、胸に抱え込んだ頭を抱き寄せて汗ばむ金髪に口づける。
「俺とお前の出逢いは必然なんだろう?」
ならば、お互い思うように動くこともままならない、強く引っ張れば切れてしまうような頼りのないリボンや、目に見えないロープで結ばれていると信じるよりも、こうして抱き合える自分達を信じよう。
囁きに混ざる思いに気付いてくれるかどうかは分からなかったが、もう一度同じ言葉を囁くとリオンが寝返りを打ち、それにあわせてウーヴェの身体が乗り上げてしまう。
「俺も、それが良い」
オーヴェの腕や言葉の方が信じられると太い笑みを浮かべながらターコイズを見上げたリオンは、己の思いが伝わった安堵に目元を和らげる恋人にキスをする。
赤いリボンが二人の手から解かれてシーツの上でくるりと丸まっていたが、この二人には必要がないと気付いたようにシーツの皺の波の上を漂った後、するりと絨毯の上に落ちていくのだった。
翌朝、いつもの時間に出勤したウーヴェは、一足先に出勤していた彼女から一枚のポストカードを差し出される。
「これは?」
診察時に着用するジャケットに着替えながら問い掛け、テーブルに紅茶のカップを置いたオルガが少しだけ恥ずかしいような表情を浮かべ、昨日弟から貰ったものだと告げる。
「ああ」
久しぶりに弟と食事をしてどうだったと問い返しながらお気に入りのチェアに腰掛け、彼女から差し出されたポストカードを見ながら笑みを浮かべれば、向かい合わせに置いてあるチェアに腰を下ろして楽しかったと満足そうな顔で笑われる。
「それは良かった」
「ええ。あなたとリオンの話をしたら、個展を開く時はぜひ来てくれって言ってたわ」
「そうだな…二人でお邪魔しようか」
手にしたポストカードに描かれているのは、幾何学的な模様にも見える幾筋もの線だったが、モノクロの中にいくつかの線だけが色づけされていて、もし本当に個展を開くのであれば、その場で気に入った絵を購入しても良いだろう、そんな気持ちになる様な絵だった。
相手にお世辞を言うのではなく心底そう思っている事を告げると、目の前で同じように紅茶を飲んでいた彼女の目元に赤みが増し、弟を思う姉の表情を見せてくれる。
「いつも美味しい紅茶をありがとう」
「どういたしまして」
毎朝の仕事へ向かう気力を呼び覚ましてくれる一杯の紅茶に礼を言い、今日は特別な紅茶が手に入ったと返されて口の中に広がる味に満足げに頷く。
「昨日の雑誌はリオンに見せたの?」
「………ああ」
オルガの純粋な疑問に咄嗟に応えることが出来なかったウーヴェは、小首を傾げる彼女に何でもないと答え、やはり赤い糸の伝承を信じたいそうだとも告げる。
「やっぱり」
「ああ。ただ…」
一度言葉を句切って窓の外へと視線を向ければ、昨日とは打って変わった青空が窓一面に広がっていて、ついつい恋人の満面の笑みを思い出してしまう。
「何処かの老人が結んだロープなど関係なく、出逢うべくして出逢った自分達には必要ないそうだ」
「────なあに、それ?」
彼と別れたばかりの自分を前に良くそんな惚気が言えるわねと、オルガの瞼が真っ平らになる。
「リオンがそう言っていた」
この場にいないリオンに全ての責任を押しつけるように小さく笑ったウーヴェに、悔しいと唇を噛んだオルガは、紅茶を一気に飲み干してごちそうさまと立ち上がる。
「仕事に掛かります、ドクトル・ウーヴェ!」
「…よろしく頼む、フラウ・オルガ」
仕事の始まりを告げるびしっとした声と表情の消えた顔に、同じように気を引き締めたウーヴェが頷いて今日も一日よろしく頼むと頷く。
診察室を出て行く彼女の背中を見送り、患者がやってくるまでのごく短い時間、目に見えない赤いロープや糸がお互いを引き合わせたのではなく、リオンの言うとおり出逢うべくして出逢ったとの言葉と互いの心を今まで以上に信じようと決め、デスクの前の椅子に腰掛ける。
「ヘル・ベルクマンがお見えです」
「ありがとう。通してくれ」
完璧に表情を消したオルガが案内してきた患者を立ち上がって出迎えたウーヴェは、今日も一日頑張るがお前も刑事として頑張ってこいと、送り出す時のキスの後に告げた言葉を胸中でもう一度呟き、今日は随分と顔色がよいですねと、不安な気持ちを抱えて訪れる患者が安心するような穏やかな口調で語りかけ、笑みを浮かべるのだった。
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2010/05/15


