拷問され痛めつけられた身元不明の死体がフランクフルト郊外の川で発見された前日、その川を少し上った村はずれにうち捨てられた小さな工場があり、誰も訪れる事がなくなったそこに一台のセダンがゆっくりと入ってくる。
そのセダンは人々の記憶に残らないほど特徴のない車だったが、助手席から降り立ったのは、一度見れば決して忘れることが出来ないほどの美形の青年で、夕日に照らされて光るブロンドを煩わしげに掻き上げて周囲を一度だけ見回した後、運転手を顧みることなく鉄の扉を軋み音を立てながら押し開いて中に入る。
この工場は、村の発展を考えた人々が海外からの資本を受け入れて作った食肉加工工場だったが、資本を提供した会社が投資した以上の利益を上げることが出来ないと判断し、数年で廃業を余儀なくされたのだ。
稼働しなくなった工場は誰も借りることもなくそのまま年月が経ち、機材等だけが残され錆び付いたまま今に至っていた。
そんな工場跡地に場違いな青年が工場内の彼方此方が割れているコンクリートの上をゆったりと歩き、加工する肉を保存していた大きな冷蔵庫の前に向かう。
冷蔵庫はとうの昔にその役目を終えているためにただの巨大な箱と化しているが、分厚い扉の為に遮音性に優れていた。
男の白い、肉体労働などしたことがない手が扉を開け、冷蔵庫内の様子を伺うように顔を巡らせるが、眠そうな声にどうしたと問われて一つ肩を竦める。
「・・・ジェラートはマンマが売っていたものが良いな」
「フィレンツェが恋しくなったか?」
ことさらそんな言い方をするところを見ると拠点としていたローマではなく生まれ育ったあの孤児院のあるフィレンツェに帰りたくなったかと、その孤児院で出会ってからいつでもどこに行くときでも傍にいる黒髪の幼馴染みが伸びをして眠気を追い払うように瞬きを繰り返すが、そんな彼に穏やかな顔で荷物について話がついたことを伝えると、一瞬で眠気が覚めたようにパイプ椅子に後ろ向きに座り直し、金髪碧眼の王子様と称されたこともある男を見上げる。
「買い手が見つかったのか?」
「俺の光をこちらの世界に閉じ込めた男から得た金など欲しくない」
お前が日の当たる世界から身を隠さなければならなくなった切っ掛けを作った男だから商品として扱うのは許せない、なので誰かに払い下げようと思うと、己の思いつきが最高だと言わんばかりの笑顔で両手を広げる男と同じ顔で頷くが、脳裏に決して忘れられない人懐こい笑顔を思い浮かべると、一つ身体を震わせる。
「ルーチェ?」
「・・・ルーク、それ、良いな」
「そうか?」
「ああ」
同じようにパイプ椅子を運んできて向かい合って腰を下ろす金髪の幼馴染み、ルクレツィオに嬉しそうな顔で笑いかけたジルベルトは、どうしてそんな楽しいことを思いつくんだと肩を揺らすが、脳裏にはこの街を逃げるように飛び出すまでの日々が蘇っていた。
気の良い仲間と毎日面白おかしく働いていた懐かしい日々は、あの事件で不意に終わりを迎えてしまい、組織のトップとして君臨していた幼馴染みの元に文字通り逃げ帰ることになったのだが、逃げ帰るという行為も腹が立つが、何よりも腹立たしいのは、幼馴染み以外に初めて出来た親友と呼べる男との別離を余儀なくさせられたことだった。
あの時、その親友の姉が事件発覚の切っ掛けを作らなければ、彼が人身売買に荷担している-どころかその組織の中枢人物-である事が発覚せずに今も夢のような時間の中にいられたのだ。
その夢から目覚めさせ、幼馴染みの言葉を借りれば闇の中に閉じこもらなければならなくなったことへの復讐は、結果的にその親友を悲哀の底に沈めることになったとしても成さなければならないことだった。
幼馴染みの元に向かうために飛び乗ったICEで感じていた屈辱は、この復讐を成し遂げることでしか昇華できなかった。
復讐のターゲットは三人だったが、事件の切っ掛けを作った、シスターという神に仕える身でありながら人身売買に荷担していたゾフィーという女はその時に嬲り殺しにしているため、残る二人が今回のターゲットで、そのうち一人はフランクフルトで刑事をしながらもFKKの運営を任せていたロスラーという男だった。
先の事件の時、ロスラーはジルベルトの立ち位置を理解していたため、まだ生かしておいても大丈夫だろうとの判断からロスラーの逃亡を密かに手助けしていたのだ。
だがそのロスラーが二年という短期間のうちにフランクフルトに戻ったことを先日知り、組織についての情報を手土産に警察と司法取引でもされてしまえばルクレツィオと二人で支え合いながら大きくしてきた組織に危機が訪れてしまう危惧から、彼もまだまだ事件から日が浅いうちにドイツに戻る決意をしたのだ。
ロスラーの身柄が警察の手に渡る前に何とか捕まえ、数日前にここの工場跡地に監禁し、警察に情報提供などしていないかを吐かせていたのだが、二人が危惧したようにあと少し遅ければロスラーはフランクフルトの元同僚に連絡を取り、保護を求めて駆け込むところだったのだ。
間一髪だったと安堵の笑みを浮かべながら、元々は肉を天井から吊すためのフックにロスラーを吊り下げ、その背中をバタフライナイフで斬りつける幼馴染みにここで殺すなとだけ伝えたのが昨日の話だった。
だが、ジルベルトにはあと一人だけどうしても許せない男がいた。
それは、あの事件で直接の関わりがないくせに首を突っ込んだ挙げ句、ロスラーが組織の一員である事を暴露するだけではなく、彼自身も逃走しなければならなくなった直接の切っ掛けを作ったウーヴェだった。
ジルベルトの目が昏く光ったのを見たルクレツィオは、そっと手を伸ばして黒髪を掻き上げ、どうした俺の光と歌うように囁くと、リオンの傍にいられなくなったことが本当に悔しい、その責任だけは取って貰うとくぐもった声で呟くが、ルクレツィオが目を細め、ああ、そうだ、お前の悔しさは俺のものだ、お前を苦しめるやつには同じ目に遭って貰おう、だからあの男にも苦しんで貰おうとジルベルトを安心させるように囁く。
「・・・リオンがまさか男と付き合うようになるなんてな」
今回の事件があったから復讐することにしたが、それ以前からウーヴェのことはあまり快く思っていなかったジルベルトは、何故そう思うようになったのかを今更のように口にすると、近くで向かい合って座るルクレツィオが微苦笑しつつ肩を竦める。
「ルーチェはゲイが嫌いだからな」
「ゲイやレズなんかどこかの無人島にでも閉じ込めてしまえば良い」
そこで生産性のない行為に励んで絶滅すれば良いんだと笑うジルベルトにルクレツィオは今度は無言で肩を竦めるが、それを見たジルベルトが微苦笑を浮かべつつ白皙の頬に手を宛がう。
「・・・お前は別だ、ルーク」
ルクレツィオの頬に手を宛がいながら眩しい笑顔で、ゲイであってもお前はお前だからと告白するジルベルトの頭に手を回して椅子越しに抱き寄せたルクレツィオは、俺の光、いつもその笑顔で俺を照らしてくれと、歯が浮きそうな言葉を真摯な口調で返し、小さく互いに笑い合って背中を一つ叩く。
孤児院で出逢ったとき、互いに目を合わせた瞬間に言葉では表せない思いを互いに感じ取って以来、何をするにも二人は一緒だった。
悪戯ばかりを繰り返しシスターらに叱られるときも、逆に珍しく掃除などの手伝いを積極的に行って褒められるときも二人は一緒だった。
ジルベルトが孤児院の隣にある教会に礼拝に通う少女と初めてキスをした時もルクレツィオは傍にいて、ルクレツィオが村の実力者に気に入られて養子に迎えたいとの話が出た時は、二人一緒でなければ絶対に嫌だと言い張り、二人揃って孤児院から引き取られることになったのだ。
その時以来ずっと一緒の二人だが、二人を引き取った実力者が小児愛好者だったため、ルクレツィオは毎晩のように相手をさせられていた。
何よりも大切な掛け替えのない友人が、己の父よりもずっと年上の男の相手を毎晩させられ、疲労困憊の体で部屋に戻ってくるのを幼い無力なジルベルトはただ見守ることしか出来ず、己の力のなさを呪い、いつか必ずルクレツィオを助け出すとの強い思いを胸に、勉強にも励みケンカの腕前も上げていったのだ。
その一方でルクレツィオはジルベルトとは違った意味で己の身体を武器にする術を身につけ、義務教育を終える頃には屋敷の中で二人に意見できる存在は片手ほどしかおらず、屋敷の主-二人が敬意を込めてジジイと呼ぶ男-から人身売買の組織の後継者と名指しされ期待されるようになったのだ。
組織の中でルクレツィオは外見の優雅さとは裏腹な冷酷さを見せ、取引に失敗をしたり組織に危機を招きかねない言動をするものを発見すれば容赦なく文字通り切り捨て、組織の人員を恐怖で縛り上げていたが、ルクレツィオの凶暴さはジルベルトに対し反感の意思を示しただけの者にも向けられ、またジルベルトもそれを制止することがなかったため、二人が学校を卒業した頃には逆らうものなど誰もいなくなっていた。
組織を二人で動かすようになって少したった頃、イタリアだけでなくドイツにも組織の支部を作る話が持ち上がり、引退していたが後見人として二人を見守っていた男が、ジルベルトにその組織の責任者になるように命じたのだ。
その命令に猛然と反対をしたルクレツィオを冷静に説得したジルベルトは、それでも離れたくないと抱きつく幼馴染みの背中を撫でつつ、定期的に帰ってくる、面白い奴を見つければ紹介する、お前が望むように明るい世界でお前の役に立つから行かせてくれと笑い、ようやくドイツに旅立たせてもらえたのだ。
物理的に距離が開いたからといって二人の心の距離が開いたわけではなく、組織に関する情報をいち早く入手できることから刑事になったジルベルトは、暇が出来れば時差や時間など関係なくルクレツィオに連絡を取り、一つの心を共有する幼馴染みと今後について飽きることなく話し合っていたのだった。
そんな表と裏の顔を持つようになったジルベルトが、刑事の仕事をしている中で出逢ったのがリオンだった。
子どものようなと称されることの多い笑みを浮かべ、子供じみた言動も多い男だが、滅多に見せることのない心の奥底に、ジルベルトが幼い頃に自覚しルクレツィオも抱えている、澱んだ沼で時折弾ける気泡のような暗い感情を内包していることに気付いたのだ。
孤児という共通項からそれを見抜いたジルベルトがリオンに声を掛け、時間が出来たからと飲みに出かけたときに、ルクレツィオと初めて出会ったときのように直感で分かり合えることに互いが気付き、それ以来意気投合していたのだ。
そのリオンが、彼が毛嫌いする-などという言葉では生易しいほど嫌っている-ゲイになったと知った時の衝撃は今でも時折夢に見るほどだった。
自ら引き受けたとはいえ、二重生活を送る上で感じるストレスを発散させてくれる貴重な友人、その友人を己が毛嫌いするゲイへと引きずり込んだウーヴェに対する恨みは日々募っていき、顔を合わせる機会があっても上手く理由を作ってそれを躱してきたジルベルトだが、ふつふつと憎しみを募らせる相手が、己を闇の中に追いやることになったのは、神がジルベルトに彼に対する復讐をする絶好の機会を与えてくれたようなものだと笑うと、ルクレツィオも同じ笑顔で大きく頷く。
「お前は神に愛されているからな」
「それはお前だろう、ルーク」
俺を光だ何だと呼ぶが、誰が見ても神の寵愛を受けて光に包まれているのはお前だと笑うと、ルクレツィオの目に不満の色が浮かび上がる。
「俺が光に見えるのは掃き溜めの底にいるからだ。その中にいても沈まないお前こそが光なんだ」
組織という掃き溜めのトップに立っているが、こんな身なりでなければ俺はきっとジジイに見出されることも無く、あの孤児院で古くさい聖書を相手に生きていかなければならなかったと笑う幼馴染みの頭を今度はジルベルトが抱き寄せてブロンドに口付ける。
「お前がいたから・・・俺はジジイに引き取られても頑張ることが出来た。・・・ジル、お前のおかげだ」
お前がいなければそもそもあの小児愛好者の元に行ったとしても一日で逃げ帰ってきただろう、お前がいたからあの時あの場所で踏ん張ることが出来たのだと、互いに支え合っていたことを告白し、同じ思いだと頷き合った二人は、さあ、この国に残してしまった汚点を拭き取りに行こうと、額を重ね合って笑い合う。
「光に汚点なんかあってはならないからな」
「そうだな」
楽しげに笑い合う二人だったが、少し離れた床に置いた大きめの箱から微かな呻き声が聞こえた瞬間、笑みを掻き消して冷酷な目で見つめ合う。
「・・・それよりも先に片付けなければならない荷物がある」
「そうだったな。まだ生きてるのか?」
「死なせてしまえば捨てるのに手間が掛かる」
だからまだ生きている間にどこかの川にでも捨てに行くつもりだが、お前が帰ってくるのを待っていたと、この後の一仕事を思えばただただ煩わしいと言いたげに前髪を掻き上げたジルベルトは、大きめの木箱へと視線を向け、バラして捨てる手間を思えば生かしておいた方が楽だろうと口の端を持ち上げる。
「確かに」
血が流れるとお前の手が汚れる、血で汚れるのは俺だけで良いと笑ったルクレツィオに頭を一つ振るが、それもそろそろ限界だから今夜にでも捨てに行くかと、不要になったものを捨てる気軽さで呟き、ルクレツィオも同意を示したため、長い足を伸ばして箱を軽く蹴る。
「・・・良かったな、今夜でその苦しみから解放されるぞ」
もう辛いから殺してくれと言っていたが、お前を殺すのはお前自身だと冷淡な声で告げて笑うと、箱の中から呻き声が小さく上がる。
「あいつみたいに嬲り殺しにされた方が良かったか?」
あの事件で下手を打ったあの女とお前だが、あの女はレイプさせた後にサンドバッグにしたが、お前の最後はどうだろうなぁと、その瞬間を思えば一瞬だけでも快感を覚えてしまうと笑うジルベルトの声に呻き声が少しだけ大きくなる。
「水が欲しいと言っていたな」
「そうだったな」
フランクフルトにやって来てすぐに発見してここに連れ込んだ時から水が欲しいと懇願していたことを思い出し、ならばどれほど飲んでも飲み足りない場所に連れて行ってやると頷くと、小刻みに震えだした箱をもう一度蹴り飛ばす。
「・・・地獄に落ちたらあの女とせいぜい仲良くやれよ」
お前が来るのを手ぐすね引いて待っているかも知れないぞとも告げて箱に冷酷な笑みを投げかけたジルベルトは、文字通り息も絶え絶えになっているロスラーに一切の興味を無くした顔で欠伸をし、ルクレツィオが買ってきたビールを飲んだら一眠りしようと笑うのだった。
満身創痍という言葉が生やさしく感じる程痛めつけられ、息も絶え絶えになっているロスラーを仕上げとばかりに工場から少し下った川縁に連れ出し、丸裸の彼に睦言のように別れの言葉を囁いたジルベルトは、ルクレツィオが常に持っているバタフライナイフを受け取って何度か音を立てた後、ロスラーの両目の上を横一直線にナイフを走らせる。
悲鳴を上げる気力はないが痛みにのたうちながら焼け爛れた両手で目を覆うロスラーを興味をなくした顔で見つめ、水が飲みたいのならあと少し後ろに下がればいくらでも飲めると笑い、その通りだとはやし立てるようにルクレツィオがジルベルトの肩に腕を回す。
圧倒的な暴力から逃げるようにそのまま転がるロスラーだったが、身体が川の流れに触れた瞬間、全身に電流が流れたときのような激痛に襲われ、断末魔の声を上げる。
殴る蹴るの暴行の後にナイフで皮膚を切られて火で焙られた身体は、水の流れに曝されただけで激痛を生み、ロスラーの体力、気力をも奪ってしまう。
川の流れに曝されながら痛みに身体を痙攣させるロスラーを面白くもない顔で見下ろしていた二人だったが、文字通り興味を失ったらしく、好きなだけ水を飲めと笑って川の土手を上り出す。
少し離れた場所に特徴のないセダンを待機させていたが、それに乗り込むまで周囲には誰もいないことを確認し、後部シートに二人並んだ時、捨てに行った不要物がジルベルトの顔に血という汚れを残していったことにルクレツィオが気付き、白い手でそれを拭き取る。
「どうした?」
「・・・うん、やっぱりお前に血は似つかわしくないな」
光には汚れや血など似合わないと笑うルクレツィオの髪を一つ撫でたジルベルトは、工場跡地の後始末をさせるために他の部下に連絡を入れると、運転手をしている部下には懐かしい街の名前を告げ、シートに深くもたれ掛かって満足そうに溜息をつく。
「あの街に行くのか?」
「ああ。・・・そう言えば払い下げる相手と話がついたと言っていたな」
ロスラーを捨てに行く前にそう言っていたことを思い出し、どの相手に渡すんだとルクレツィオの顔を見ると、お前も何度か会ったことのあるスイスのお得意様だと笑われて軽く目を瞠るが、誰を示しているのかに気付き楽しげに肩を揺らす。
その人物は、若い頃の交通事故の傷が元で下半身不随になり、ほぼ寝たきりの生活を送るようになったのだが、その事故以来五体満足の者に対する嫉妬が異常なほど強くなるだけではなく、金で買った男女に苦痛を与えたり目の前で性交させることで欲求を解消するようになっていた。
その客の性情に対しては嫌悪感を抱くものではあったが、金払いが良いことと定期的に商品を購入してくれていることから無碍にすることも出来ないでいたのだ。
そんな相手に払い下げる話がついたこと、主の意向を汲んだ男が翌週末ドイツに来ることが決まった為、それまでにある程度の躾をしておく必要があることを事務的な口調で告げたルクレツィオにジルベルトが心底楽しそうな笑い声を小さく上げる。
「人に見られながらでもケツを突き出せるようにしておいて欲しいそうだ」
ルクレツィオの口から下卑た言葉と笑い声が零れ、ジルベルトも楽しいが少しだけ手間が掛かると言いたげに躾と呟くが、五体満足な男は最近食傷気味だから傷物でもいいとも言っていたと教えられてその目が冷たく光る。
「街に着いたら適当な場所で浮浪者を一人連れてこようか」
「浮浪者?」
「ああ。────あの客を満足させようと思えば、まずはあいつのプライドを粉々にする必要がある。浮浪者に金とメシを与えて躾させよう、ルーク」
浮浪者という、可能な限り近寄りたくはないだろう男に無理矢理抱かれる嫌悪感はきっと高い自尊心を粉々に打ち砕くだろうし、浮浪者に躾けられたウーヴェを客が再度自分好みに躾ける楽しみを提供できるだろうと笑うジルベルトの横顔をまじまじと見つめたルクレツィオだったが、友の脳裏に浮かんでいる光景を共有出来たのか、手を一つ叩いて賛成と楽しげに声を上げる。
「良いな、それ」
「ああ。後、録画する機材も必要だな」
浮浪者に犯されている一部始終を録画して客に一足先に送りつけ、自分たちからのプレゼントを楽しみにして貰おうと提案するジルベルトにルクレツィオも頷き、ドイツに来れば利用する一軒家があるがそこに機材等をセッティングしようと頷き、何が必要かを車の天井を見上げながら羅列していく。
「ゲイの浮浪者を探すのが少し手間か・・・」
「ああ、それは大丈夫だ」
「ルーク?」
「浮浪者じゃないが、若い男のヒモになっているどうしようもない男を一人知ってる。そいつを使おう」
そんなどうしようもない男なら、後々処分するときも何の問題もないと笑うルクレツィオに、ならばその件は任せる、俺は録画機材や小道具を用意する、街に着くまで寝ているから家に着いたら起こしてくれと告げ、友の柔らかな金髪を手慰みにしながらジルベルトは眠りに落ちるのだった。
その寝顔を見たルクレツィオは、この後のことがよほど楽しみなのか、子どものような笑顔で眠る幼馴染みの額にそっとキスをし、運転手に手短に指示を与えると、ジルベルトの肩により掛かるようにして自らも目を閉じるのだった。
フランクフルトから南東に三〇〇キロほど離れた小さな町-この街はジルベルトにとっては懐かしい街から十キロ程度離れた場所にあった-の外れにある、まだ建てられて日が浅いと思われる一軒家があり、その家のベルを、中肉中背の一見すればセールスマン風の青年が心なしか緊張しつつ押していた。
ドアが開いて姿を見せたのが自分では到底太刀打ちできないほどの美形の青年だった為、顔見知りの人物に出会えた安堵から顔を僅かに綻ばせる。
「久しぶり」
「ああ、久しぶりだな。────相変わらず若い男のヒモをしているんだな」
招き入れられた玄関先で軽く握手をした男だったが、美貌からある意味相応しい皮肉な言葉を投げかけられて無言で肩を竦める。
己とそう年の変わらないこの綺麗な顔をした男が秘めている凶暴性を男は知っていて、下手に逆らえばありとあらゆる痛みを経験させられた後に、最も苦しむ方法で殺されることも聞き及んでいた。
だから皮肉を言われて肩を竦めて受け流したのだが、リビングに通された男は、地下に通じる階段からゆっくりと黒髪の男が上がってくることに気付き、ソファに腰を下ろしつつ二人の顔を交互に見つめる。
「ああ、そんなに心配しなくて良い。お前に仕事を頼みたいと思って来て貰った」
朝の早くから呼び出してしまったことを詫び、仕事の報酬はしっかりと用意しているからどうか仕事を引き受けてくれと、男の前に並んで腰を下ろす二人の顔を再度交互に見つめ、何の仕事だと当然の疑問を投げかける。
「・・・少しお前の近況を調べさせて貰った。随分と借金があるようだな」
黒髪の男の言葉に一瞬声を飲み込んだ男だったが、その借金を肩代わりする代わりに俺たちの仕事を手伝えと命じられ、今度は唾を飲み込んでしまう。
男と二人の間のテーブルに置かれたタブレット、そこに大きく映し出されているのは、白にも銀にも見える髪に手を宛がい、どこかを見つめているウーヴェの横顔だった。
「・・・こいつ、は・・・?」
「ああ。もうすぐここに連れてくる────お前にはこいつの躾を頼みたい」
「躾?」
驚いた様にオウム返しに呟く男に頷いた二人は、最終的にこいつはスイスの客に払い下げることになっているが、それまでの間、客に噛み付いたりしないように躾けをして欲しいと伝えると、さすがに男の顔色が悪くなる。
「安心しろ。お前が警察に捕まることは絶対にない」
「こいつをスイスに引き渡した後、お前にはドイツを離れても十分生活できるほどの金も身分も用意してある」
だからこの仕事を引き受け、借金を帳消しにして新たな土地で新たな人生を歩めと、黒髪の男に肩を叩かれて思わず頷いた男は、目の前の借金苦から逃れられるのならと決意を固め、どのような手順で事を運ぶのかを聞くために前のめりになる。
己の思惑通りに事が動き出した安堵に黒髪の男、ジルベルトが目元を柔らかくして男の隣に座り、近いうちにこの男をここに連れてくるが、主人が誰であるかを教え込むこと、その際抵抗するだろうから暴力は許すが、顔を殴ることと命に関わるほどの暴行は決して許さないことを伝え、じわじわと顔を紅潮させる男に艶然と笑みを浮かべる。
「やりたいことを考えておけ。どんなプレイをしても問題ない」
こいつを欲しがっている客は五体満足の人間には飽きているから斬りつけても痛めつけても大丈夫だ、気持ちよくなるためのクスリも用意すると、向かいでソファの背もたれに腕を回して足を組むルクレツィオがジルベルトを見ながら笑うと、こいつにはクスリの使用は禁止だとジルベルトが付け加える。
「クスリが癖になると色々と問題が起きる」
だからクスリはお前が興奮するために使用するだけだと頷いたルクレツィオは、男が妙な気を起こさないように釘を刺すため、表情を一変させる。
「もしも逆らえばどうなるか分かるな?」
ルクレツィオの言葉に合わせるようにジルベルトがテレビのスイッチを付けると、音量を小さくしていても聞くに堪えない男の悲鳴がスピーカーから流れだし、画面には焼け爛れた手を一纏めにされ、両手首を貫通するように頑丈なフックを通された痛みにのたうつ男の姿が映し出される。
「────っ!!」
この映像のように痛みにのたうつことになるぞと笑うルクレツィオに頭を小刻みに振って逆らわないことを伝えた男は、絶対に逆らわない、こいつをあんたらの望むように躾けることを誓うと、今度は首を何度も縦に振る。
「ああ、期待している」
「必要な物があれば言ってくれ。すぐに用意をさせる」
「場所はここで?」
「地下室だ」
大きな窓があり、通りからも見える可能性のあるここや階上のベッドルームではなく、人目につきにくい地下室を利用することを教えられ、その地下室を観に行こうと肩を抱かれて立ち上がらされる。
地下に続く階段をゆっくりと下り、一つだけあるドアを開けた男の目に飛び込んできたのは、乗用車が三台横に並べてもまだ余る広さの部屋で、人一人が横になれるほどの大きさがある頑丈な檻と簡易ソファベッド、小さな冷蔵庫や行為を録画する為に三脚にセットされたビデオカメラ、ラップトップが置かれた小さなデスクなどだった。
「テレビはないのか?」
「テレビ?あいつを躾けるのに忙しいからテレビを見る必要などないだろう?」
ルクレツィオが驚きながら告げた言葉に頷くことしか出来なかった男は、確かにそうだなと己を納得させるように頷くと、このソファベッドを使っても良いのかと話題を切り替える。
「ああ。冷蔵庫には飲み物も入っているから好きに飲めば良い。ただ、あいつの様子を撮影して客に渡す必要があるから機材には触るな」
「分かった」
ただお前はこの地下室で寝ているとき以外あの男の心身を痛めつけるだけで良いと言外に告げられた気がした男だが、不満を訴えることで先程のテレビで見せつけられた男のような目に遭うのを避けるために頷き、早くあいつを躾したいと自らの気持ちを鼓舞するように呟くが、そんな男を二人が意味ありげに顔を見合わせて小さく笑い合う。
「じゃあ今夜は前祝いをしようか」
「ささやかだがお前を歓迎する料理も酒も用意した。あいつが来るまでは退屈だろうが、少しだけ我慢してくれ」
リビングに戻って先程と同じソファに腰を下ろした男は、その言葉に顔を輝かせ、ビールが飲みたいと二人を見ると、もちろん好きなだけ飲めと笑われて胸を撫で下ろす。
もしかすると己は引き返せない道に足を踏み入れたのではないかという疑問が芽生えるが、今までそう思ったことは幾度かあり、その度に切り抜けられてきたのだという根拠の無い自信から、キッチンからビールとオードブルなどが運ばれてくるのを顔を輝かせて待っているのだった。
ソファで眠り込んだ男を冷めた目で見つめたジルベルトは、背後から聞こえた足音に顔だけを振り向け、何も知らないというのは幸福なことだと皮肉に片頬を歪める。
「どうした、ルーチェ?」
「いや、自分がただの使い捨てにされることに気付いていないと思えば哀れなものだ」
「そんなものだろう?」
この男の役目はあいつを客に手渡すまでの繋ぎで、自分たちの目的の達成のためにだけ呼び寄せただけなのだと、ジルベルトの肩に腕を乗せてほくそ笑むルクレツィオは、確かにそうだとジルベルトも笑った為、嬉しそうな顔で頷き、目的達成のために少し忙しくなると囁き、スラックスのポケットから真新しいバタフライナイフを取り出す。
「使い捨ての男にテレビなど見せるか」
「確かにな。それよりも、新しいのを買ったのか?」
「ああ。ジジイに貰ったナイフで女を刺したくない」
あのナイフはとっておきの相手に悲鳴を上げさせるためのものであり、どうでも良い存在の為に使うものではないと、は虫類にも似通った冷たい目で己の手の中のナイフを見下ろすと、柄をジルベルトに向けて差し出す。
「・・・中々使い勝手が良さそうだな」
「だろう?」
手の中で流れるようにナイフを開き、手首を捻ってセットをしたかと思うと、今度は閉じるための動作を難なく行う。
慣れた手つきに目を細めていたルクレツィオは、あいつを痛めつけるときはジジイのナイフを使うと笑い、手に馴染んだものの方が力加減が出来るとも笑うと、ジルベルトが真新しいナイフをルクレツィオのポケットに投げ込む。
「お前があいつに傷を刻んでいくのを早く見たいな」
「ふふ、待てよ、ルーチェ。俺も早く見たいのを我慢してるんだからな」
お互いの楽しみのためにここは堪え時だと互いの肩に腕を回して笑みを浮かべあった二人は、ああ、早くその日が来ないかと歌うように囁きあい、後のことをフランクフルトから連れてきた部下に任せると、ベッドルームにそれぞれ向かい、心待ちにしている時が早く訪れるように祈りつつ眠りに就くのだった。
町の外ではこの小さな家で起こる事件を予感させるような生暖かい風が吹き抜け、家々の窓を警告のように揺さぶっていくのだった。
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2017.06.13
えーと、なるべく早く続き、upしますっ(脱兎)


