公園の駐車場から自宅に向けて車を走らせるウーヴェと、そんな彼の右手を必要最低限の時以外はずっと手放さない事を教えるように握っていたリオンは、車が雑然とした建物が多い住宅街へと向かっている事に車窓を流れる光景から気付き、ちらりと恋人の端正な横顔を窺う。
少しだけ顔色が悪くなっているが、そこから何を考え込んでいるのかなど全く読み取ることが出来ずに首を傾げるが、信号が変わったと同時にシフト操作をした手が逆にリオンの手を握り、前を向いたままのウーヴェの口元に引き寄せられる。
「オーヴェ?」
「………」
リオンの疑問混じりの呼びかけに答える声はなく、信号が再度変わった為に手が離されてシフトレバーを軽く握ったのを確認したリオンは、もう一度手の甲に掌を軽く触れあわせると、開いた指と指の間に指を差し入れて上から握りしめる。
公園内で自らも予想していなかった告白をしたが、それを受け止めた後でも傍にいると誓い、いつまでも自分にとって特別な存在であってくれと言われた事は文字通り予想外の驚きをもたらしてくれていた。
だが車に乗ってからはウーヴェは一言も口を開くことはなく、先程の言葉を後悔しているのかと思わずリオンが勘繰りそうになる沈黙を与えていたが、車が住宅街の中にある古びたアパートの前に滑り込み、ここにやってくるときには定位置になっている場所に静かに停めてエンジンが止められる。
耳と身体に心地よかったスパイダーのエンジン音が不意に止まった寂しさに何とも言えずにリオンが眉を寄せると、小さな小さな吐息がステアリングの上にこぼれ落ち、どうしたと顔を覗き込んだリオンが目を瞠る。
「家に行こうぜ、オーヴェ」
顔を振り向けることなく俯きながら頷いたウーヴェの手の甲にキスをし、少しの間だけ離れることを許してくれと茶目っ気を込めて囁き、素早く助手席から降り立って回り込むと同時にドアを開け、動かないウーヴェの手を取って車の外に引きずり出す。
「────お待たせ」
時間にすれば10秒20秒だが、ウーヴェにとっては永遠に感じられたのか、リオンが差し出す手をきつく握って胸元に引き寄せて額を押しつける。
「ごめんな、オーヴェ」
ウーヴェの頭に着ていたブルゾンを何とか脱いだのを被せ、スパイダーのドアロックをすると、蹌踉けそうなウーヴェの腰を支えてアパートの階段を何とか登っていく。
久しぶりに二人で帰ってきたリオンのアパートは、いつ来ても経年の変化から汚れていて、その上片付けが苦手な部屋主の為に部屋の中は散らかり放題だった。
この部屋の惨状にウーヴェはいつも口を酸っぱくして注意をするのだが、一向に改善される気配を感じられない事に気付くと同時に妥協点を見いだしたのか、ある日アウトドアにも使うことが出来る大きなクッションを運び入れた為、ウーヴェがここに来ればそのクッションが彼専用の席になっていた。
だが今日はさすがにそこにウーヴェを座らせる気持ちにならずに、リオンが皺が寄ったままのベッドにウーヴェを導き、ブルゾンを被らせたままの姿でベッドに座らせようとしたその直後、逆にリオンの背中がベッドに沈み込み、驚きと己の予感が的中した事への納得に目を瞠ってウーヴェを見上げる。
「────イイぜ」
我慢が出来ないのならこのまま続けてしまえと嗾け、己の腰を跨いで膝立ちになるウーヴェの顔から眼鏡を奪い取ると、白い髪に手を差し入れて頭の形の良さを確認するように撫でて引き寄せる。
「なぁ、どうしたい、オーヴェ?」
大人しく引き寄せられて肩に額を押し当てるウーヴェの耳にそっと問いを流し込み、この後どうしたいんだと確信を込めて囁けば、リオンの頭を囲うようにウーヴェが手を着き、今度は額と額を触れあわせてくるが意思が言葉として流れ出す事は無く、ただ触れあう場所を額から鼻先、頬、そして唇に変えるだけだった。
車を降りる直前にリオンが目にしたものは、彼自身何度となく経験してきた感情だった。
独りになりたくない、自分の現状を認めたくない思いからついつい手近にいる彼女やバーで知り合った行きずりの女と関係を持って手っ取り早く一人ではない事を確かめるように身体を重ねてきたが、俯いたウーヴェの顔に浮かんでいる色がそれと似通っていて、思わず隠すようにブルゾンを被せて部屋に連れてきたが、どうやらリオンの考えは間違っていないようだった。
重なる唇を少しずらしたかと思うと、薄く開いたその隙間に舌を差し入れてこじ開けさせると、音を立てて舌を絡めてくる。
その滅多にない積極的な行動からウーヴェの心の中で渦巻いている思いを僅かでも感じ取ったリオンは、この後の熱に浮かされた狂躁の時の中で吐き出させようと決め、絡めてくる舌に応えるように顎を上げて逆にウーヴェの舌を捉えて絡め取ると、ウーヴェの手がリオンのシャツの裾に差し入れられて素肌を撫でられる。
いつものように受身になっているウーヴェも好きだが、こうして何かに急き立てられるように自らを求める恋人も捨てがたいと内心で笑ったリオンは、そっちがそのつもりならばと笑みを浮かべてウーヴェのジャケットやセーターを脱がしに掛かるが、ふと唇が離れたかと思うとリオンの手をウーヴェがしっかりと握り、自らの首に巻いていたスカーフを解いて手首を一纏めにくくりつける。
「オーヴェ?」
「……………」
いつかの様に自分には何もさせないつもりかと低く問いかけるリオンを無表情に見下ろしたウーヴェは、青い眼をぎらりと光らせるリオンの目の前で膝立ちになると、リオンのジーンズのボタンを外し、ジーンズと下着を同時に引きずり下ろす。
「おっと」
その行為にリオンが協力するように腰を持ち上げてもただ無表情にジーンズを膝下まで脱がしたウーヴェは、今度は自らのスラックスと下着を下ろし、いつもならば考えられない様な乱雑な脱ぎ方で互いの下半身だけを裸にする。
本当にこんなにも早急なウーヴェは珍しいとリオンが両手が一纏めにされていなければ、白い腰を掴んで熱を持ち始めたものを一気に突き入れるのにと舌なめずりするが、膝立ちになったままのウーヴェが後ろ手でリオンの色素の薄い繁みへと手を差し入れると、まだ固くなる前のものを手の中に握って上下に扱き始める。
「…っ!オーヴェ…いきなり、かよ…っ」
その愛撫にリオンが顔を顰めてウーヴェを見上げるが、相変わらず見下ろしてくる顔に表情は浮かんでおらず、さすがにリオンが一抹の不安を感じながらもう一度名を呼べば、茫洋としたターコイズが見下ろしてくる。
「なぁ、どうしたんだ?」
突然のそれは嬉しいし気持ち良いが、出来れば俺も同じ事をしたいからこのスカーフを解いてくれと手を突き出すが、返ってきたのはダメだというにべもない言葉だけだった。
「オーヴェ」
「……………ダメだ」
繰り返されるダメの言葉に溜息を一つ零したリオンは、それならば好きにしろと吐き捨て、満足すれば今度は自分が好きにさせて貰うと唇の片端を持ち上げるが、ウーヴェの次の行動には感じている快感を吹っ飛ばす程の驚愕に目を瞠って思わず腰を引いてしまう。
いつもならばリオンが、その言動とは裏腹に丁寧に時間を掛けてウーヴェの中に入る準備をするのだが、やっと固さを持ったそれに手を添えたウーヴェがあろう事かまだ招き入れる準備など何もしていない場所に自ら突き立て、ゆっくりと腰を下ろそうとしたのだ。
「オーヴェ!!」
「…ィ…ッ────ァア!」
いつも感じる痛みとは質の違う、文字通り身体を裂かれるような痛みを感じている事を示す様に苦痛の声が噛み締めた歯の隙間から流れ出し、身動きが取りにくい中でもリオンが身体に力を込め、顔を顰めるウーヴェの身体を押しのける。
「オーヴェ、もう良いから止めろ!」
「…ぅ…、さ、い…っ!」
「うるせぇじゃねぇよ!んなことすりゃあお前ん中がぐちゃぐちゃになるぞ!」
押し退けてもやはり両手を縛られている為にあっという間に主導権を奪い返され、再度腰を下ろそうとするウーヴェを睨み付けて小さく怒鳴るが、やはり返ってくる言葉はうるさいの一言だった。
「何の準備もせずにすれば痛い目に遭うのはお前なんだぜ、オーヴェ」
俯く白い髪を見上げながら強く優しく囁き、自ら進んで痛い目に遭う必要はないと告げ、戒められている不自由な両手を挙げてウーヴェの頬を撫でるように手を動かせば、白い髪が左右に激しく揺れ、それと同じように揺れる感情から震える声が流れ出す。
「リオン…っ」
「俺がさっき言った事が気になるのか?」
さっき公園で告げた言葉がこんな心理状況に追いやってしまったのかと、己の言動を悔いる顔で囁くリオンの手をウーヴェの震える手が握り、胸元に引き寄せて額を押しつける。
「な、何が気になるんだ?どうして欲しいんだ?」
今何を望んでいるのかを言えと促して指で額を何度も撫でれば、ようやくウーヴェの身体から力が抜けてぐったりと寄りかかってくる。
「オーヴェ、これ、解けって」
こうして縛られているとお前をハグする事も出来ないと、声の質を変えて陽気に懇願すると、のろのろとした動きではあるがようやく戒めが解かれ、安堵の吐息を零すと同時に寝返りを打ってウーヴェを己の身体とシーツの間に挟みこむ。
「オーヴェ」
「…っ…見る、な…っ」
狂乱のような時が過ぎ去って日頃の冷静さが戻ってきたのか、羞恥に声を染めて顔を背けるウーヴェの頬や真正面に見えるほくろにキスをし、セックスに逃げたかったのかと耳に流し入れるとセーターを着たままの肩がびくりと揺れる。
「────独りで逃げるなよ、オーヴェ」
ここにこうして一緒にいるのにそれはないだろうとわざと陽気な声で告げて白い髪に見え隠れする耳に口を寄せ、独りじゃないんだとも囁いて素肌の足に足を絡め、全身で己の存在を伝えるように痩躯を抱きしめれば、身体の脇に投げ出されていた手が持ち上がって背中へと回される。
「リオ…ッ!」
「一緒にいようってさっき誓ったばっかなのに、もう独りにするつもりかよ」
そりゃないぜ、ハニーと囁いた直後、また1ユーロをブタさんに食べられると情けない声を出せば、小さな小さな、本当に微かな笑い声が流れ出してリオンが安堵に胸を撫で下ろす。
「笑うなよ」
「…っ、う、ん」
「だから、笑うなって、オーヴェ」
小さな笑いを次第に大きくする為に戯けた声でウーヴェを呼び、白い髪を囲うように腕をついて少し血色の戻った顔を見下ろせば、無表情と羞恥に彩られていた横顔に微かな笑みが滲んでいて、ただそれだけで嬉しくなったリオンがウーヴェの頬に頬を寄せて嬉しそうに何度も名を呼ぶ。
「なぁんで笑うんだよぅ。ヒドイぜっ、ハニー!!」
「……ま、た、1ユーロだな…っ」
「あーくそっ。こうなりゃ先に5ユーロでも10ユーロでもブタさんに食わせてハニーって連呼してやる!」
当然今だけではなく、この先もずっとずっとハニーと呼び続ける為、解約不可能の終生定期預金をブタさんに預けるから覚悟をしておけと笑ったリオンだったが、不意に表情を切り替えたかと思うと、ウーヴェが直視出来ない程強い光を湛えて見下ろしてくる。
「良いな?お前はもう独りじゃねぇんだ」
「ッ…、う…ん…っ」
「逃げるんじゃなくてさ、俺を信じてくれよ」
さっきは俺の特別な人でいてくれって言ってくれただろうとも告げ、目を閉じて微かに睫毛を震わせたリオンは、だったら特別な俺を信じてくれと願いながら額に額を重ね、どうか信じてくれとひっそりと懇願すると、背中に回された腕に力が籠もり、素足の足に足が擦り寄せられてくる。
「リーオ…っ!」
「うん」
自分を置き去りにするなとの思いを込めて頷けば思いが伝わったのか、シャツの背中をきつく握りしめられる。
セックスに逃げたくなる気持ちは理解出来るが、独りで逃げるなともう一度念を押すように囁き、小さな声でごめんと謝られて許す言葉を伝えたリオンは、何もかも忘れたいのなら一緒に気持ちよくなって忘れようとも告げて無言の頷きを貰うと、今度は先程とは全く違う気持ちで唇を重ねるのだった。
互いに脱がしあったシャツとセーターなどがベッドの下に脱ぎ散らかされているが、その上に熱の籠もった抑えきれない声と少し大きくしたテレビの音が落ちては跳ね返る。
ウーヴェの家ならば思う存分嬌声を上げさせてもベッドを軋ませても苦情が来るのは翌朝に腰の怠さを訴える張本人からだけだが、リオンの部屋があるこのアパートの壁の薄さは驚異的で、隣の部屋のテレビの音が聞こえてくる程なのだ。
だからテレビの音で誤魔化して嬌声を隣の部屋の主に聞かせないようにしているが、可能ならばただウーヴェの熱の籠もった声だけを聞いていたかった。
テレビから流れてくるロンドン発かニューヨーク発かは分からないが、英語のノリの良い曲が流れているが、うるさいと思わずテレビを殴りつけたくなる気持ちを抑えつつ、一方では嬌声を堪えようと唇を噛み締めるウーヴェにもっと声を出せと言うように腰を押しつけて白い足を跳ね上げさせる。
独りではなく二人でセックスに逃げようと誘ったら乗ってきたが、確かに何もかもを忘れたいらしいウーヴェの積極的な動きにはリオンが戸惑いを感じてしまうほどだった。
だが、ことこういった経験はウーヴェに比べれば遙かにリオンの方が積んでいる為か、気付けばリオンが主導権を握っていて、ウーヴェはただ与えられる快感に汗を浮かべて熱の籠もる声を挙げ、白い肢体を震わせて快感をやり過ごすだけだった。
さっきとは違って買い置きのジェルが無くなるほど使ってウーヴェの中をしっかりと解し、受け入れる準備を時間を掛けて行ったリオンは、もう良いから早く来いと、舌足らずな言葉とターコイズの視線から命じられて目を細め、ジェルの力を借りてすっかりと解れてきた中に自身を押し進めたが、いつも以上に纏わり付くような襞の熱さにぞくりと腰を震わせてしまうほどだった。
その感じからもこのまま続けていると間違いなくシーツを汚す事に気付き、ウーヴェの身体の動きに合わせて揺れるものに手早くコンドームを被せると、後は好きなだけイケばいいと囁きながら腰を押しつけ、白い髪をシーツに擦り付けさせていた。
「…オーヴェ、タオル…っ」
ウーヴェの腰を掴んで身体を反転させ、シーツに沈んでいた背中に口付けたリオンは、タオルをウーヴェの口元に差し出して合図を送ると、その意味をしっかりと受け止めたウーヴェがタオルを口に含んでシーツを握る。
「……ダン、オーヴェ」
やっぱりお前は最高だ愛しているとうなじにキスをし、赤味を帯びている耳朶にも口付けたリオンは、ウーヴェの腰を両手で掴んで激しく腰を打ち付けてウーヴェの身体を踊らせる。
タオルの隙間から零れる堪えられない嬌声がリオンの動きを煽り、油送するだけではなく中をぐるりと掻き混ぜれば顎が上がって頭を仰け反らせる。
「────ン、ッぅ…ン、んんッ…っ!」
額をシーツに押しつけ、タオルを噛むことで必死に声を押し殺そうとするが、どうしてもこぼれ落ちる声にリオンが悪いと告げてウーヴェの口を覆うように手を宛がう。
タオルとリオンの手の中に溢れる嬌声が低く伝い落ちるが、テレビの曲に紛れている事を願ってウーヴェの腕を掴んで上体を起こさせると、座り込もうとする身体を突き上げるように腰を押しつける。
「ン、ンー…っ!!」
手の中に吐き出される嬌声にうっとりと目を細め、ウーヴェの耳朶を口に含んで中を掻き混ぜて油送を繰り返すと、白い髪が左右に揺れてリオンの肩に押しつけるように仰け反ってくる。
普段の穏やかで端正な顔からは想像も付かないその嬌態を独占出来る歓喜がじわりと沸き上がると、その熱がダイレクトにウーヴェに伝わったのか、びくんと腰が揺れる。
「オーヴェ…気持ちイイ?」
気持ちが良い事などは一目で分かるが言葉として知りたいと囁き、なぁと優しく促しながら押し当てていた手でタオルを引き出すと、快感に全身を犯されて熱に蕩けきっている声が名を呼んでくる。
「……リーオ…っ!」
「……気持ちイイんだ、オーヴェ?」
どこが一番気持ちがイイとも囁いてグッと腰を押しつければ、ウーヴェの肩がびくりと揺れて声がぼろりとこぼれ落ちる。
その反応が愉しくて何度も執拗にそこを刺激すれば、ウーヴェの薄い腹がひくひくと痙攣したように上下し、リオンに絡みつく襞がぞわりと蠢いて引き止めようとする。
「オーヴェ、後ちょっと…っ!」
もう少しだけ付き合ってくれと告げて顎を掴んで振り向かせると、キツイ姿勢でもそれを受け入れるように振り向くウーヴェの口を封じるようにキスをし、二人同時に頂点へ昇り詰めるのだった。
狂乱の白熱した時が過ぎ、全身から汗も引いて心地よい眠りに襲われかけていたウーヴェは、いつものようにリオンが身体を拭いてくれる動きに小さく礼を言いながらも、指一本動かすだけの力は残っていなかった。
抱き合う前に言葉ではなく態度で告げた通り、何も考えることのない時を過ごしたが、終わりを迎えた今は思い出すだけでも全身が羞恥に染まりそうになっていた。
どうして早急にリオンを求めたのかを探れば信じて待つと言ってくれるリオンに未だに伝えきれない過去の事件の姿が浮かび上がり、きつく目を閉じて枕に頬を押しつけているとそっと髪や頬を撫でられ、目を開ければ心配と信頼を滲ませた顔でリオンが見つめていた。
「今日みたいに積極的なオーヴェって大好きだなぁ」
羞恥に顔を染めるウーヴェの横に横臥し、もっと積極的になって欲しいなぁと男の願望を告げれば、ウーヴェの端正な横顔が更に赤味を増して悔しそうに唇を噛み締められる。
「でも…無理矢理ってのは好きじゃねぇ。もうするなよ?」
さっきも言ったが、セックスに逃げる事は構わないが独りだけで突っ走るなと唇を尖らせてウーヴェの額を突いたリオンは、上目遣いに見つめられてもこれは譲れませんと胸を張り、額にキスをした後にウーヴェの頭を抱き寄せる。
「な、何を考えたんだ?」
積極的になった理由は何だと問いかけ、背中に回された手が握りしめられたことに気付いて白い髪にキスをし、どうしたんだと促す。
「オーヴェ…オーヴェ。なぁ、何か言いたいんだろ?」
何度もウーヴェに呼びかけると、ぎゅっと背中を抱き寄せられて裸の胸に額が押しつけられて白い髪が上下に揺れる。
「………父、さんを…」
「…親父がどうした?」
「…父さんが…っ、無理に…」
途切れ途切れの、しかも胸に向けて語られる言葉はどうしてもくぐもってしまい、所々で聞き逃しそうになるのを最大限の集中力を発揮したリオンが聞いたのは、レオポルドが無理矢理子どもを連れて帰った為に自分が誘拐されたと言う言葉だった為、まさかその言葉をウーヴェが言い出すとは思いも寄らなかったリオンが驚愕に目を瞠るが、その驚きをなるべく出さないように唾を飲み込む。
「それ…誰が言ったんだ?犯人か?」
ウーヴェを誘拐した人間がそれを言ったのかと問いかけると同時に頭が上下に揺れ、だからお前が殴られるのは当然だとも言われたと教えられ、リオンが奥歯を噛み締めながら先日レオポルドが語った言葉を思い出す。
自分が家族を顧みることなく仕事にばかりかまけていた為、彼の家族は気付いた時には取り返しの付かない事態を招いていたと教えられたが、その結果が何の罪もないウーヴェに向かってしまった事だけが悔やまれると拳を握った姿も思い出す。
金の力で無理矢理子どもを奪い取ったのだから死んでも当然だと、冷たい顔で言い放った夜も思い出し、今回のレオポルドに絡んだ事象を思い出したリオンは、総てがその一言に集約されている事に気付いて青い眼を見開いて拳を握る。
「オーヴェが誘拐されたのは…金目当てじゃないのか…?」
金蔓だと言われた事も思い出し、結果的には金が絡んだ営利目的の誘拐だが、そもそもの目的はそうではないのかと問いかけるリオンにウーヴェが小さく頷き、自分たちの宝を奪い取った男への報復で誘拐されたとも教えられて背中を抱く手に自然と力を込めてしまう。
「それで…親父を憎んでるのか?」
20余年を過ぎてもまだ父を憎んでいるのかと問いかけたリオンの腕の中でウーヴェの身体が竦んで震える声が流れ出す。
「…ごめん、オーヴェ。無理に思い出さなくて良い」
先日も同じような問いを発して恐慌に陥れた事を思い出し、何とか己の疑問を封じてウーヴェに謝罪をすると、しがみつくように腕が回されて抱きしめられる。
互いの胸の裡で言葉に出来ない思いを抱え、狭いシングルベッドの上で背中を抱き合いながらお互いの呼吸音だけを聞いていると、リオンが何かを決意したような溜息を零してウーヴェの頬に手を宛がい、左右に揺れるターコイズの虹彩を覗き込む。
いつかのように恐怖から涙を流させる様な事だけは避けたかったが、これだけは忘れないで欲しい思いを伝える為に名を呼んで視線を向けさせると、ウーヴェが愛して止まない子どものような笑みを浮かべてウーヴェの手の甲に口付ける。
「前も言ったけどさ、お前が本当に思っている事を口にしても…俺は死ななかったぜ」
「リオン…?」
「うん。ほら、本当の事を言えば俺が死ぬって言ったよな?でも俺は死んでねぇ」
「────!」
まだまだ言い出しにくいこともあるだろうが、これだけは忘れないでくれと目を伏せ、いつか総てを話せるようになれば良いなぁと暢気に笑うが、突如目と口を丸くする。
「あ、そうだそうだ。大切なことを忘れてた!」
ウーヴェの口から疑問の声がこぼれ落ちると同時にリオンが起き上がって脱ぎ散らかしたままの服の中に手を突っ込んだ為、ウーヴェもつられるように上体を起こして見守ってしまうが、振り返ったリオンの手にスカーフが握られている事に気付いて目を瞠り、再び不器用な手付きで首に巻かれた驚きからリオンとスカーフを交互に見つめて意味を問いかける。
「これさ、お前の首にいつまでも巻き付いている革のベルトなんかじゃねぇから」
ついさっきお前と一緒に選んで俺が買ったものだからと笑い、ほら、自分にも色違いのそれをさっき巻いてくれた事を思い出せとも笑うと、ウーヴェの顔が堪えきれない感情に歪み出す。
「リーオ…っ!!」
「うん。オーヴェの首に巻いてるのは、早く春が来れば良いなーって思った俺が買ったスカーフ。すげー似合ってる」
過去のベルトを見てはいないが、そんなものよりも遙かにお前に相応しいスカーフだと笑い、自分のセンスの良さに感動しちまったと片目を閉じられてウーヴェがリオンに凭れるように身を寄せる。
「これさ、春になったら使ってくれるか?」
「…………うん」
「じゃあさ、俺ももしかしたらスカーフを使うかも知れないから、その時は巻き方を教えてくれよな」
でなければきっと自分は真夏に巻くストールやスカーフでさえも、まるで真冬の巻き方をしてしまうだろうと笑うリオンの背中を抱きしめて頷いたウーヴェは、そっとベッドに沈められた事に目を閉じ、覆い被さるように抱きしめてくるリオンの名前を呼んで顔を擦り寄せる。
これほどまで自分を信じ愛してくれるリオンに対しても、過去の事件の総てを話せない己が情けなくて自嘲してしまいそうになるが、その気配を察したらしいリオンの手が背中を撫で髪に口付けられて自嘲気分が薄れていく。
「まだタイミングが来ていないだけかもなー。いつか教えてくれるよな、オーヴェ」
「────うん」
「じゃあその言葉を信じて待ってますかー」
何しろ俺はオーヴェにとっての特別な人だからと、何故か胸を張る気配を察してウーヴェが顔を上げれば、己の予想に反した真摯な表情でじっと見つめられている事を知り、軽く唇を噛んで眉を寄せる。
「そんな顔すんなよ、オーヴェ」
優しい言葉とキスに目を閉じれば自然と疲労が眠りへと誘ってくれるようで、小さな欠伸をすれば身体にコンフォーターが被せられる。
自宅で使っているものに比べれば安物の寝具だったが、今のウーヴェにとっては何よりも高価なものに感じ、コンフォーターの手触りとともに、間近で響いた欠伸の声に自然と笑みを浮かべ、落ちないように気をつけてほしいと伝える代わりに広くて大きい背中を抱きしめる。
「おやすみ」
「……お休み、リオン」
聞きたい事や言いたいことを抱え、だがそれを互いに口に出すことが出来ずに身を寄せた二人は、互いの胸に根を張る疑問や思いを封じ込めるように訪れた睡魔の力を借りて眠りに落ちるのだった。
2011/07/12


