Der Vater-5-

Über das glückliche Leben(UGL) -Lion & Uwe -

 仕事が終わり、いつものようにオルガとお互いを労いあったウーヴェは、明日のパーティの準備は出来ているかと問い掛け、完璧に整えたわと満面の笑みで返される。
 平均的な体格のオルガならば好みの服を選ぶ際に比較的簡単に好きな服が手に入るのではないかと、ウーヴェがデスクの端に尻を乗せて笑うが、返ってきた反応はと言えば意外なもので、どうしたと小首を傾げると無言で肩を竦められる。
 「平均的と言うことは、サイズがあったとしても数があまり無いのよ」
 「そうなのか?」
 「そうなの」
 切ない溜息を零して頬に手を宛う彼女の様子から何を言いたいのかを察したウーヴェは、自分はどちらかと言えば細身だからスーツなどは当初からオーダーメイドだが、オルガのように一般的なサイズを着る人が多ければ大量生産でもされていない限りは必然的にその服を奪い合うことになる事に気付いて苦笑する。
 「色々と難しいな」
 「本当よ。でもお気に入りを買えたから、明日を楽しみにしてちょうだい」
 くすりと笑う彼女にもちろんと頷いた彼は、自分の恋人のスーツを後で取りに行って来ようと笑い、どんなスーツなのと問われて首を左右に振る。
 「まだ見ていない」
 「そうなの?見てみたいわね」
 「ああ」
 そんな会話を交わしつつもオルガが診察室を後にしようとしたとき、ドアがノックされて二人が顔を見合わせる。
 「どうぞ」
 「失礼しまーす……ああ、良かったわ。まだいたのね、ウーヴェ!」
 「ブルックナー?」
 入ってきた体格の良い男を呆気に取られた顔で見るオルガに気付いたらしいブルックナーが迷惑そうな顔で彼女を見た為、それに気付いたウーヴェがどちらに対しても牽制する意味を込めてお互いの紹介をする。
 「リア、彼が俺とリオンのスーツを作ってくれたブルックナーだ」
 「そう、なの…初めまして」
 「そうよ。私がウーヴェのスーツを作ってるの。…初めまして、ブルックナーよ」
 彼女より頭一つ分大柄のブルックナーだが、冗談としか思えないような濃い化粧を施し、ふわふわのファーをマフラーにした彼が名乗った為、彼女もリア・オルガだと名乗るが、その時にはもう彼女に興味を持っていない様子でブルックナーがウーヴェの前に歩み寄る。
 「あの子のスーツが出来たわ」
 「……さすがにブルックナーだな。ありがとう」
 ボディなどが無い、何から何まで初めての顧客であるリオンのスーツを二着、しかも一着はタキシード、それを短期間で仕上げる腕前はさすがだと、この時ばかりはウーヴェも顔に笑みを浮かべて彼を絶賛すれば、彼の濃い化粧に彩られた顔に光が差したように笑みが浮かび、両手に持っていた袋を床に置いて両腕を広げる。
 その様子から危機を察したウーヴェが素早く立ち上がって彼の顔の前に立てた掌を突き付ければ、その手に押し止められた様に前のめりになった大きな身体が動きを止める。
 「…失礼、興奮しちゃったわ」
 「……ウーヴェ、私はそろそろ帰るわね」
 ブルックナーの巨体の向こうでオルガが控え目に笑い、また明日と片手を挙げた為に頷いて彼女を送ったウーヴェは、手を組み合わせながらもじもじとするブルックナーに溜息を一つ零した後、出来上がったスーツを見せてくれと告げれば、表情を切り替えた彼がスーツを鄭重な手付きで取りだしてお披露目をする。
 「─────どう?」
 私の自信作よと胸を張る彼にもう一度掌を立てて合図を送り、一人がけのソファに二着のスーツを並べて置いたウーヴェは、片手で肘を支えつつ顎に手を宛って眼鏡の下で目を細めながらスーツの出来映えを見つめる。
 長いような短いような時間でスーツを見終わったウーヴェの口から溜息が一つこぼれ落ち、ブルックナーがさすがに緊張を隠せない顔でウーヴェの顔を覗き込めば、その視線に気付いたのか、唇の両端が綺麗な弧を描いて持ち上がる。
 「ダンケ、マルセル。お前に頼んで良かった」
 自分の好みや癖などを知り尽くしているが、己の恋人を飾るためのスーツも頼んで良かったと、心からの声を挙げてブルックナーの名を呼んだウーヴェに、ブルックナーが絶賛された感激に巨体を震わせて両手を胸の前で組み合わせ、涙すら浮かべ始める。
 「ウーヴェに誉められた…!誉められたわ…っ!!」
 「…っ、止せ、ブルックナー!!」
 我が身の危険に気付いたウーヴェが真っ青な顔を横に振って両手を挙げてガードをするが、体格差にものを言わせたようなブルックナーががばっと腕を広げてウーヴェに抱きつく。
 「!!」
 ブルックナーの腕の中で目を白黒させながら藻掻くウーヴェにお構いなしに歓喜の舞を踊り出しそうな勢いで彼が茶色い声を挙げるが、その声に悲鳴のような声が重なり、二人同時にその声の主を見つめて一方は目を丸め、もう一方は絶望的な色を浮かべて深く溜息を吐く。
 「あー!何オーヴェに抱きついてんだよっ!!」
 オーヴェをハグして良いのは俺だけだと、目を吊り上げながらずかずかと入ってきたのは、今日の仕事を終えたらしいリオンだった。
 よりによってどうしてこのタイミングなんだと、ウーヴェがただ呆れたように天を仰いで嘆息すれば、ブルックナーがあんたのスーツを持ってきた、最終チェックをしたいから服を脱ぎなさいと言い放って今度はリオンのブルゾンを一気に脱がせようとする。
 「きゃー!」
 「きゃー、じゃないでしょう!早くしてっ!」
 身包み剥がれる恐怖からリオンが青ざめた顔で甲高い声を挙げ、やっとブルックナーから解放されて大きく息をついたウーヴェを羽交い締めするようにしがみつくが、腕の中が急激に真冬に逆戻りしたことに気付いてバッと手を離す。
 「ごごごごめん、オーヴェっ…!」
 「…うるさいぞ、二人とも」
 「ごめんなさい」
 「ごめーん、オーヴェぇ!」
 尻尾を丸めるだけではなく、耳もぺたっと折り畳んで反省の意を示す大型犬の様に項垂れた二人は、ウーヴェの冷ややかな視線と声に晒されて情けない顔で身を小さくする。
 「ブルックナー、早くしてくれ」
 「分かったわ。…大人しくしてちょうだい」
 ウーヴェの顔と声が怖くて逆らえずにリオンが頷き、ブルゾンを脱いで用意されているタキシードを着込んでいく。
 ブルックナーがリオンの為にと仕立てたタキシードを着込み、着心地を確認するように腕を曲げ伸ばしし、スラックスも履き替えるが-この時だけはやけに緊張していた-、初めて袖を通すタキシードの上下が身体に馴染み、身体を捻っても前屈みになっても全く窮屈さを感じさせない仕上がりで、仕上がりの出来に自信を持ちつつも少しは不安があるのか、どうだと疑問を浮かべるブルックナーをまじまじと見つめたリオンは、オーダーメイドのスーツがこれ程着心地が良いとは思わなかったと素直な感想を零す。
 「それは良かったわ。……どうかしら、ウーヴェ」
 呆然とした顔のままブルックナーを見るリオンにくるりと回転しろと告げ、さすがにこの時ばかりはデザイナーの目つきでリオンの頭から爪先までを眺め、最後の微調整をする前にウーヴェに確認するが、その声に返事はなく、リオンの身体の向こうからブルックナーが顔を覗かせてウーヴェをもう一度呼ぶ。
 「…あ、ああ。…あまりタイトなものにはしなかったんだな」
 「そう。この子、パーティの時に山ほど食べるから、ウエストがキツイのは嫌だって言うのよ!」
 そんな理由でウエストに余裕を持たせるなんて初めてだわと憤慨する彼に苦笑し、本当によく似合っている、良いものを作ってくれてありがとうと礼を言い、大人しく着せ替え人形のようになっているリオンに眼鏡の下で目を細める。
 リオンがスーツを着る姿もほとんど見ることはないのに、タキシードなどのフォーマルな衣装に身を包む姿など一度も見たことはなくこの時が初めてだったウーヴェは、いつもとは全く雰囲気の違うその姿に呼吸を忘れるほど目を惹き付けられていた。
 若くて引き締まったリオンの身体は上背も肩幅もバランスが取れていて、スーツなどを着れば似合うだろうとは思っていたが、まさかここまで似合うとは思ってもみなかった。
 自分とは違う自然と鍛えられている身体がタキシードに包まれていると、ただそこに立つだけで精悍と威厳が絶妙に入り混じった色香を内包しているようにも感じてしまう。
 日頃の子どもの様な明るさは本質を残したまま大人へと変貌を果たし、人目を惹き付けるものへと昇華されたようだったが、その笑顔に全く別の顔が突然思い浮かび、思わず両肘をきつく掴んでしまう。
 何故リオンを見てその顔を思い出すのかが理解出来なかったが、今ウーヴェの脳裏に浮かんでいるのは、恋人のいつもの笑顔と遠い昔の光景の為に靄が掛かってしまったような、父の笑顔だった。
 リオンと父が似ているのだろうかと己に問いを発するが、その問いに答えるよりも先に心が拒絶反応を示してしまい、父の笑顔だけを振り払うように頭を一つ振ると、眼鏡のフレームをそっと撫でて自嘲する。
 「オーヴェ?」
 「……なんだ?」
 「な、似合ってる?」
 その無邪気さの中に秘められた色を感じ取り、一瞬だけ目を丸くしたウーヴェだが、素直に認めるのも悔しい為、ターコイズを眇めてじろじろと頭の先から爪先まで眺めると、馬子にも衣装だな、と冷たく言い放つ。
 「んなー!何だよ、それっ!!」
 「……似合ってると言ってるだろ?」
 「素直じゃないんだからなぁ」
 似合っていると思うのならば素直に誉めろと舌を出して憎たらしげな顔でウーヴェを睨んだリオンだったが、デスクに軽く尻を乗せたまま心ここにあらずという様子で見つめていた顔を思い出し、何かまた良からぬ事を考えていたんだろうと結論付け、後で二人きりになったときに教えてくれと胸の裡で呟いた時、ブルックナーの満足そうな吐息が絨毯の上に静かに落ちる。
 「さ、これで良いわ。当日どれだけ食べてもボタンが飛ぶような事はないから、安心しなさい!」
 ブルックナーが己の仕事に大満足の顔で頷いてウーヴェを見れば、見られた方も先程の意味の掴めない表情ではなく、いつもの穏やかな冷静な顔で頷いて彼の腕前を褒め称える。
 「そちらのスーツも微調整するから着替えてちょうだい」
 「はいはい」
 二人のうるさすぎるやり取りを苦笑混じりに見守っていたウーヴェは、目の前でもう一着のスーツに着替えるリオンを見守りながらも、やはり脳裏にぼんやりと浮かぶ父の笑顔を振り払えずに眼鏡のフレームを押し上げて腕を組む。
 父の笑顔を最後に見たのは一体いつだっただろうか。ぼんやりと思い出したのはセピア色の靄の向こうにいる幼い己と父だった。
 あの事件の後、病院にいるよりも自宅療養の方が彼のためだと、主治医と家族が相談をして決断した為に自宅に戻ったのだが、その夜から彼は父と兄の笑顔を見ていない事を唐突に思い出すが、その反面、この先の同じだけの時間にも笑顔を見ることなど無いと冷たく決断を下す己もいた。
 父の会社が軌道に乗り、ドイツ国内でも知られるような企業へと成長を果たして世界への足掛かりを手にした頃、父と兄の不仲が決定的なものになってしまい、兄は家を飛び出したそうだが、もしもその時に家族の誰かが兄の行動を制止できていれば後の悲劇は生まれなかったのだ。
 今と比べれば信じられないほどの家族の不和がバルツァー家にはあったと、悲しそうな顔で何度も姉に聞かされたが、崩壊寸前の家族だからこそ子どもが家を飛び出す事を阻止できず、その後家出をした息子を捜すこともしなかったのだろう。
 聞かされてきた言葉が脳裏を過ぎり、その後時を経た後に降りかかった悪夢のような出来事は、当時の自分たちの無関心さが形を変えて跳ね返ってきただけだと冷たく笑った時、彼の胸の奥深くで小さな小さな痛みが芽生える。
 その痛みの理由が思い当たらず首を傾げると、仕事で着用するスーツの仕上げをして貰っているリオンと目が合い、口を開こうとした矢先、このスーツとタキシードだとどちらが似合っていると問われてしまい、再び素直に答えるのも癪だった為に眼鏡のフレームを押し上げて普段のダメージジーンズの方が似合っているなと笑うが、何故か自信に満ちた笑みを浮かべたリオンが顔を突き出してくる。
 「ふふーん。本当に素直じゃねぇよな、オーヴェ」
 「………何の事だ?」
 「何でもねぇ」
 何のことをいているのか理解できないと肩を竦めるウーヴェにリオンが鼻先で笑い、ウーヴェがくっきりと眉間に皺を刻む。
 「タキシードも似合うけれど、このスーツも良いと思うわ」
 あなたの横に立つ人として相応しいと胸を張るように話すブルックナーにウーヴェが苦笑し、相応しいかどうかなどは関係がないが似合っているのならばそれで良いと答えると、彼の顔に不満がありありと浮かび、どぎつい色のルージュが光る唇が不満を垂れ流し始める。
 「私が惚れた人にはいつも光っていて欲しいのよ」
 だからその人が持つ物も周囲にいる人もみんな本物であって欲しいしが、どうしてその気持ちを理解してくれないのかしらと、やるせない溜息を零すブルックナーにリオンが重々しく頷き、その通りだ、どうしてそれが分からないんだ、このニブチンと目を細められればさすがに黙っていられず、今何と言ったんだと剣呑な光を目に浮かべてリオンの耳を引っ張れば、いつもの悲鳴が響き出す。
 痛いいたい止めてくれよ、オーヴェという泣き言に、うるさいと冷たく返す声が重なり、痴話げんかをするのなら後でしてちょうだいと茶色い悲鳴が混ざって、いつも静かな診察室がこの時ばかりは騒々しさに包まれる。
 オルガが一足先に帰っていて良かったと胸の裡で溜息を零したウーヴェは、涙目で睨んでくるリオンを一瞥した後、ブルックナーの言葉の真意に気付いて苦笑し、確かに惚れた相手には光っていて欲しいものだとも気付いて軽く目を伏せて両肘を掴む。
 「あなたはどちらが好みかしら、ウーヴェ?」
 「そう…だな……」
 今リオンが着ている濃いグレーのスーツも捨てがたいが先程のタキシード姿が脳裏から消え去らない為、どちらも好きだが選べと言われればタキシードだと告げると、ブルックナーの好奇心旺盛な目に楽しげな色が浮かび上がる。
 「さっきも言ったが、本当にありがとう、マルセル」
 心からの礼を笑顔と一緒にウーヴェが伝えたが、ブルックナーの大きな身体が小刻みに震えだした事に気付き、咳払いを一つして忠告を与えれば、同じく咳払いをした彼がリオンのスーツの仕上がりぶりを再確認し、これで良いわと満面の笑みで頷く。
 「これで何処に行っても恥ずかしくないわ」
 「……ダン、ブルックナー」
 スーツを脱ぎながら礼を言ってダメージジーンズとシャツに着替えたリオンは、気になっていたことを告げて軽い驚きの目で見られた後、豪快に笑い飛ばされてしまう。
 「スーツの代金は私じゃなくてハウプトマンに渡してちょうだい」
 私はあの店と契約しているデザイナーであって経営者じゃないわと笑い、リオンが脱いだままのスーツを鄭重に袋に戻して二人の前に置くと、今度はゆっくりとパーティのお話を聞かせてちょうだいと夢に見そうなウィンクを残して診察室を出て行く。
 その姿を黙って見送った二人は、どちらからともなく視線を合わせて小さく笑い出してしまうが、明日のパーティに間に合って良かったとリオンが頭の後ろで手を組んで伸びをする。
 「オーダーしたスーツって本当に着心地が良いんだな」
 初めて知ったやと笑うリオンに頷くことで返事をしたウーヴェだったが、脳裏にもう一度タキシード姿のリオンが思い浮かんだと同時に鼓動が一つ、跳ね上がる。
 若くて力に満ちあふれ、精悍さとまだ青いがそれでも感じられる威厳を滲ませる姿を明日はパーティの間中見ることが出来、その気配を感じていられるのだと気付くと、跳ね上がった鼓動が耳の傍までやって来たようで、こめかみ辺りでうるさく鳴り響く。
 身形や顔の美醜で恋人を選んだ訳ではなく、その心に惹かれたのだと常に感じていたが、惚れて止まない魂が自らの好みに着飾った姿を目の当たりにし、心穏やかではいられない己に気付いてしまう。
 明日のパーティでは同級生に紹介するつもりだが、冷静になって紹介できるか全く自信は無かった。
 だが、一度交わした約束なのだ、破るわけにはいかなかった。
 「そろそろ帰るか、リオン」
 「ああ、うん。腹減ったぁ」
 お前は二言目にはそれかと苦笑し、仕方がないと溜息を零したウーヴェだが、家に帰って早く食事にしようと急かされて苦笑を深めてスーツを持ってくれと告げると、リオンをなるべく待たせないように急いで帰る支度をし、クリニックの戸締まりをして二人で地下駐車場へと向かうのだった。

 リオンのスーツ二着と自分用の新しいアスコットタイを持ち帰ったウーヴェは、リオンがスーツの代金は幾らだったと廊下を歩きながら聞いてきた為、ちらりと肩越しに振り返って目を細める。
 「オーヴェ?」
 このスーツ代金が仕事上の必要経費で落とせるのかどうかをリオンに確認していなかったが、想像以上の出来映えが嬉しくて、経費などは関係なく自分が代金を支払ってリオンにプレゼントしたいと思うようにもなっていた。
 だが、と、ふと芽生えた疑問からその言葉を飲み込んだウーヴェは、どうしたと首を傾げるリオンに何でもないと告げてくるりと振り返る。
 「経費で落ちるのか?」
 「……警察の予算はそんなに無い!ってボスに一喝された」
 がっくりと肩を落とすリオンに目を瞠り、ならば全額自腹なのかと驚いた声を挙げれば、くすんと悲しそうに鼻を啜って子供のように頭を上下させる。
 「…そうか」
 「……支払い待ってくれるかな?」
 もしも無理なら次の給料日に払うから、待って貰ってくれとまるでその当人に向けているように手を組んで目を潤ませるリオンに苦笑し、荷物を置く為にベッドルームに入ったウーヴェは、とにかく着替えを済ませて食事の用意をするから手伝ってくれと言い残してキッチンに向かう。
 「なあ、リオン」
 手早くエプロンを着けながらリオンを振り返ったウーヴェは、ブロッコリーの房をブチブチと豪快にちぎりながら顔を上げる彼に苦笑し、一つの回答を脳裏に浮かべながら問いを発する。
 「あのスーツだが、もしも代金は要らないと言えばどうする?」
 「へ?」
 「あのスーツをお前にプレゼントしたい……受け取ってくれるか?」
 予想外に似合っていた事、初めてオーダーしたスーツだし、何よりも明日のパーティは自分の付き添いのようなものなのだ。それこそ予想外の出費だろうと苦笑したウーヴェにしばらく考え込むような声が投げかけられるが、ブロッコリーを無造作に投げ入れていたボウルを差し出しながらリオンがにやりと笑みを浮かべる。
 「二着も?」
 「ああ」
 短い問いに同じく短く返したウーヴェは、今思い浮かべている言葉が流れ出す確率を計算し、ほぼ間違いないだろうと確信したと同時に頬を両手で挟まれてコツンと額を重ね合わせられて軽く目を瞠る。
 「ダン、オーヴェ。でも……イイや」
 お前と初めて行けるパーティのスーツなのだ、無職で今日明日の食い物や着る物に困っているならば兎も角、それなりの貯えもあるし、また俺にもプライドがあるから自分で出すと声に毅然とした色を滲ませて告げられ、己の予想通りの言葉に内心溜息を零した後、くすんだ金髪を胸に抱え込む様に腕を回して柔らかな髪に口付ける。
 「俺にあんな高いスーツを買う金が用意出来ないって…思ってねぇよな、オーヴェ?」
 さっきとは全く違う口調にさすがにそれは考えてもいないと穏やかに否定をし、信じてくれと言葉を繋ぐと、その証として背中に腕が回されてそっと抱きしめられる。
 「────信じてる」
 「うん……本当によく似合っていた」
 あの時はあんな風な言葉で紛らわせたが、お前が持つ雰囲気を最大限に生かしていて、本当によく似合っていたと本音を告げたウーヴェの耳に嬉しそうな吐息がこぼれ落ちる。
 「ほーら、本当に素直じゃないんだからなぁ」
 あの時素直に認めていればもっと喜んだのにと、言葉とは裏腹に歓喜を滲ませた声でリオンが笑い、つられてウーヴェも笑ってしまう。
 「だから…どちらか一着をプレゼントさせてくれ、リーオ」
 お前の天職である仕事で着用するスーツでも良いし、その後の恩師の記念パーティでお披露目する事になるタキシードでも良いが、プレゼントしたいとひっそりと願い出れば、逡巡する気配が伝わってくるが、程なくしてありがとうと小さな声が耳に流れ込んでくる。
 「オーヴェに任せる…な、どっちが好きだった?」
 「そうだな……やはりタキシードだな」
 「ん。じゃあそっちを買って欲しいな」
 「ああ…食事の用意をしようか」
 「あ、忘れてた」
 ウーヴェに抱きついていればついつい心地よくて、空腹すら忘れてしまうと素直な気持ちを告白されて瞬きをしたウーヴェだったが、馬鹿なことを言っていないで手伝ってくれと、照れ隠しの言葉を突きつけて今度はジャガイモの皮を剥いてくれとボウルとイモを差し出す。
 「…あ、そうか」
 その時リオンが突然何かを思い出したのか、イモの皮を剥いていたピーラーを力説するように握りしめて双眸を不気味な形に変化させる。
 その、砂糖の塗されていないシュトレンの様な形に変化をした青い眼に恐怖を感じたウーヴェが身を引いて何だと恐る恐る問いかければ、お前のタキシード姿も初めて見られるんだと、不気味なことこの上ない笑い声と共に言葉が流れ出す。
 「……そうなるな」
 「ふっふっふ」
 どんな感じなんだろう、いつもは濃いめのスーツだが、タキシードの黒はきっとオーヴェに映えるんだろうなぁと天井を見上げて顔をにやけさせる恋人に寒気を感じてしまい、腕を掴んで身体を震わせるウーヴェの前、リオンがいつまでも不気味な笑い声を発していて、彼の脳内でタキシードを着た己が好き放題にされている事を連想させるそれに止めろと思わずナイフの切っ先を向けてしまう。
 「………脱がす楽しみもあるよなぁ」
 何が楽しみだ、そんな妄想など忘れてしまえと一喝したウーヴェが早くイモの皮を剥けと命じれば、不気味な顔のまま命じられた事をこなしていく。
 その気味の悪さに最早何も言い返せなくなった為、ただ黙ってスープの仕上げに掛かったウーヴェは、その後の食事の時にも顔をにやつかせる己の恋人にただ溜息を零すことしか出来ないのだった。

 

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2011/03/30


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