Hand in Hand.

Über das glückliche Leben ーリオンとウーヴェー

 冬と春の日差しが一日ずつ入れ替わるような季節の夜、月が上空で大きく光っていて、寝静まった街を見下ろしていた。
 そんな夜中、一日の疲れを愛する人の傍で癒すように眠りについていたウーヴェが、寝返りを打った時に無意識に違和感を覚えたのか、眠りの底から意識が浮上する。
 意識の浮上に伴って手が動き、それが眠りに落ちる前には横にあった別の体温に触れることがなく、過去の出来事から一瞬で目を覚ますと、ベッドの中で上体を起こす。
 「!?」
 手が触れた場所へ顔を向ければ、コンフォーターと毛布がそれなりに手直しされていて、今ではいつの事だったかと苦笑交じりに思い出せるようになった、夜中に出ていかれた事を思い出して全身から血の気が引くような音が聞こえてしまう。
 バスルームのドアや廊下に出るドアは閉まっていて、隣で寝ていた筈のリオンがドアを開閉させていない事を教えてくれていたが、ひやりとした空気を感じてそちらへと顔を向けると、バルコニーへ出る掃き出し窓が細く開いていて、意味もなくああと呟いてしまう。
 リオンが育った教会近くのビルの屋上のフェンスに腰を下ろしてよく町並みを見下ろしていたと教えられたことがあったが、またそれをしているのかと気付いてベッドから抜け出すと、サイトテーブルに立てかけておいたステッキを頼りに掃き出し窓から外に出る。
 外に出たウーヴェの視界に入ってきたのは大きな月を背に、バルコニーの手すりに腰を下ろしているリオンの姿で、思わず危ないと声をかけそうになるのをグッと堪え、壁に背中を預けて何か良いものが見えるかと問いかけると、顔だけが肩越しに振り返る。
 「んー?月がきれいだなーって」
 「そうか。・・・なあ、リーオ、寒くないか?」
 「少し寒いかな」
 そっと、不用意な刺激を与えないように気を付けつつリオンの隣に立って手すりに腕をついたウーヴェは、月が見たいのならそこではなく後ろにあるチェアに座ればどうだと問いかけるが、うんという意味の分からない返事があるだけだった。
 「どうした?」
 「・・・何があった、ってわけじゃねぇんだけどな・・・」
 何か、どうしようもないぐらい不安になった、何があったんだろうなと、己の心や脳味噌の動きが把握できずに苛立っている声が聞こえ、ちらりと見上げた横顔がその思いに嘘偽りがないと言いたげなものだったため、夢を見たのかと小さく問いかける。
 「んー、覚えてねぇ」
 「そうか・・・なあ、リーオ、少し寒くなってきた」
 中に入らないかと、転落してしまう危険から少しでも離れてくれればとの思いから告げるウーヴェにリオンが顔を振り向け、オーヴェに風邪をひかせたら親父と兄貴に殺されると笑い、ひやひやしつつ見守るウーヴェの前でくるりと身体を回転させてバルコニーの床に静かに降り立つと、確かに冷えてきたウーヴェの痩躯を抱きしめる。
 「あ、やべ、マジで冷たくなってきてる」
 中に入ろうぜと、ウーヴェの手にステッキをしっかりと握らせると、掛け声一つでその体を抱き上げ、こらと見下ろされて舌を出す。
 「な、オーヴェ、俺の部屋に行っても良いか?」
 今まで寝ていたのはベッドルームだったが、俺の部屋で寝ないかと問いかけてこめかみへのキスで返事をもらうと、開いている窓から中に入って戸締りをし、そのままベッドの横を通ってベッドルームを出る。
 「夢を見たんじゃないと思うんだよ」
 「そうなのか?」
 「うん、そう。何だろう、理由がわかんねぇ」
 何故夜中に目を覚ましたのか上手く説明できないと、まだ困惑している顔で呟くリオンのくすんだ金髪にキスをしたウーヴェは、お前の部屋に行く前にキッチンに寄ってくれと行先の変更を命じ、何をするんだと問われながらキッチンに連れて行ってもらうと、シンクに吊るしているタオルを濡らした後、レンジで加熱しろと、テーブルに座りながらリオンに更に命じると、レンジで加熱しても大丈夫かと不安そうに見つめられる。
 「大丈夫だ」
 誰かさんみたいに卵を温めるわけじゃないと笑うウーヴェの頭を悔しそうな顔でリオンが一つ突き、痛いなという不満を聞き流して言われたとおりにタオルを加熱する。
 「熱いぜ」
 「ああ、火傷しないように気をつけろ」
 それをもってお前の部屋に行こうと笑って立ち上がるウーヴェだったが、どうやら今夜は歩かせる気がないようで、再度抱き上げられてステッキをキッチンに残していく。
 「これさ、ホットタオル?」
 「ああ」
 何が原因で目を覚ましたのか分からないと言っていただろうと、リオンの疑問を解消出来るかどうかは分からないが、不安への対処は出来るはずだと笑えば、不安と心底不思議そうな声が返ってくる。
 リオンの部屋は程よく散らかっていて-今ではウーヴェも口うるさく片付けろとは言わなくなった-、前のアパートで使っていた、古いパイプベッドに似付かわしくない貴重品を下ろす手つきでベッドに下ろされたウーヴェは、ホットタオルを熱い熱いと手の中で弾ませているリオンに微苦笑し、ここに座れと己の前をポンと叩く。
 「?」
 ウーヴェの言葉に素直に従って胡坐をかくリオンの手からタオルを受け取り、手首辺りでタオルの温度を確かめたウーヴェは、いつ頃からか着るようになったシルクの色違いのパジャマのボタンを半分近く外すと、リオンのロイヤルブルーの双眸に驚きと期待と疑問が混ざり合って滲みだし、どうしたと言葉になって口から流れだす。
 「オーヴェ?」
 「熱くないか?」
 開けられた胸元にホットタオルが宛がわれ、熱くないかと問われて素直にうんと頷いたリオンは、ホットタオルが齎す温もりが胸からじわじわと広がる事に気付くが、それ以上に今まで口にできなかった感情が昇華していくような気持になり、その不思議に目を丸くする。
 「オーヴェ、これ・・・」
 「ここを温めれば少し楽にならないか?」
 「・・・うん、なる」
 何から楽になるのかは分からないが楽になると呟くと、原因が分からなくても良いとウーヴェが穏やかな声で告げ、蒼い目を見張るリオンの口に小さな音を立ててキスをする。
 「温まったか?」
 「うん。ダンケ、オーヴェ」
 何が不安なのか、不安の原因を探れば根本から解決できるだろうが、今のお前に必要なのは原因の究明ではなく、不安という事象への対処法だと何でもない顔で告げて、リオンの不安を吸い取った為に熱を失ったタオルをサイドテーブルに置くと、開けた胸元を守るようにボタンを留めて肩をポンと叩く。
 何でもない、ただのその動作にリオンの身体がぐらりと傾ぎ、ぐちゃぐちゃになっているコンフォーターの上に倒れこんだ為、その下からコンフォーターと毛布を救出したウーヴェがその隣に寝転がり、二人の上に大雑把にそれを引っ掛ける。
 「・・・知らなった。オーヴェって魔術師だったんだな」
 「ペテン師じゃないだけマシか」
 リオンが心底驚いた顔で呟く言葉に苦笑したウーヴェだったが、一つの小さな枕を半分ずつ使うように体を寄せるが、コンフォーターの下で広い背中に手を回すと、自然とリオンの顔が寄せられる。
 「・・・もう大丈夫だ、リーオ」
 お前の中にあった不安は吸い取った、だから後は朝まで眠るだけだと、リオンの鼓動の速さが落ち着きを取り戻している事に密かに安堵したウーヴェが背中をゆっくりと上下に撫でると、リオンの寄せられた口から子供のような小さな吐息が零れ落ちる。
 「・・・オーヴェの手、温かい」
 「そうか?」
 どう考えてもお前のほうが体温が高いからお前ほどじゃないと笑うウーヴェだったが、そんなこと知らない、お前の手が温いからそう思っただけだと、苛立ちが若干滲む声に言い返され、宥める様に背中をポンと叩くと、同じように背中に回された手が居場所を定める様に移動するが、ウーヴェがリオンの耳に合図を送り、寝返りを打たせると、背中に胸をぴたりと押し当て、垂らした手を先ほどホットタオルで温めた胸元に宛がう。
 「・・・お休み、リーオ。もう悪い夢は見ない」
 「夢、見てたんだ、俺」
 「そうかもしれないな」
 ただ、良い夢であろうと悪夢であろうと続きを見ることは己の意志では不可能なことだ、だからもう心配せずに眠れと、リオンの真夜中の行為が悪夢からくる不安の発露だと本人以上に見抜いていたウーヴェが、誰よりも安心できる声で囁いてその頬にキスをする。
 「・・・お休み、オーヴェ」
 「ああ」
 前までならばともかく、今はこうして背中と胸をくっつけているだけでも安心して眠れるだろうと小さく笑うと、お前がそんな俺にしたと楽し気な声が小さく返ってくる。
 「あいつらも、さ・・・」
 オーヴェみたいな人がいればいいのにと、無意識にリオンが呟いた言葉から、過去から呼び覚まされた悪夢を見ていた事に気付き、大丈夫と声をかけつつパジャマのボタンを一つ外して手を差し入れて直接肌に掌を当てる。
 「大丈夫だ、リーオ。・・・あそこにはお前の母も兄もいる」
 あの二人を筆頭に、お前の家族がお前の弟妹を守ってくれる、だからもう安心して眠れと、ただ己の愛する人の不安を取り除きたい一心で胸に手を当て、背中を守るように身を寄せると、パジャマの上から手を重ねられる。
 「・・・ダンケ、オーヴェ」
 「ああ」
 ほら、胸が温かいというのならそのまま目を閉じればいい。すぐに眠くなると、その声でリオンを睡眠へと誘う様に囁くウーヴェの耳に、程なくして穏やかな寝息が流れ込み、安堵の溜息を零すと、釣られるようにウーヴェも欠伸をする。
 キッチンにステッキを置いてきてしまった為、明日の朝の支度が少しだけ不便だと気付いたが、廊下に不自由をしないようにと設置している手すりを頼りにすれば何とかなると頷き、リオンと同じように眠りに落ちるのだった。
 翌朝、いつものように笑顔を見せてくれと密かに願いながら。

 

 翌朝、いつもの時間に目を覚ましたウーヴェは、まだ眠っているリオンを起こさないように気を付けつつ起き上がるが、ベッドルームではなくリオンの部屋のシングルベッドで寝ていた為、どうしてもリオンを起こしてしまう。
 「・・・おはよう、リーオ」
 「・・・・・・おはよ、オーヴェ」
 まだ早いから寝ていていいと苦笑しつつリオンの頬にキスをした後、ベッドから抜け出そうとするウーヴェだったが、背後から抱きしめられて身動きが封じられてしまう。
 「こら、リオン」
 「・・・ダンケ、オーヴェ」
 その礼が何に対するものかを読み取ったウーヴェが返事の代わりにあごの下で交差する腕を軽く叩くと、頬にキスが返ってくる。
 「新聞、取ってくる」
 「ああ、頼む」
 二人同時にベッドから抜け出すが、ステッキをキッチンに置いたままの為、リオンがウーヴェを支える様に腕を回し、ウーヴェもリオンの腰に腕を回してしっかりと支えられる。
 「今日の朝飯は何が良い?」
 「ベーコンエッグ!スクランブルエッグも捨てがたい」
 「じゃあ新聞を取りに行ってる間に準備をしようか」
 「うん」
 キッチンにウーヴェを送り届けてキャスター付きのスツールに座らせると、リオンはパジャマのままバタバタと出ていき、それに苦笑しつつウーヴェがリクエストのあった朝食を仕上げるために冷蔵庫の前にスツールで移動するのだった。

 

 壁際に置いたテーブルに二人分の朝食を並べ、食後のコーヒーはリオンの担当のために下準備だけ済ませると、二人壁に向かって並んで席に着く。
 「どうぞ召し上がれ」
 「ダンケ!」
 Guten Appetit!Danke!と、二人が食事をするときの儀式のような言葉を交わし、リオンがリクエスト通りのベーコンエッグを食べ始め、ウーヴェもトーストしたゼンメルを食べながら新聞を広げる。
 「・・・今日は早く終われそうか?」
 「んー、大丈夫じゃねぇかな。ムッティが会社に来るって言ってたから」
 多分お前の仲良し両親は午後からデートに出かけるはずだ、だから残業などないと笑うリオンにウーヴェがそうかと返し、なら今日は俺たちも久しぶりにデートをしようと、新聞を捲りながら呟くと、隣で浮かれたような声が小さく響く。
 「美術館に行きたいな」
 「じゃあ晩飯は今日はイタリアンが良い」
 お前の行きたい場所に行くのだから食事は俺が食べたいものが良いと、これもまた二人の中での当然の決まりの様にリオンが宣言すると、ウーヴェがようやく新聞から顔を上げて笑み交じりに頷く。
 「ああ、そうしようか」
 「ジェラート買って帰ろうぜ」
 「良いな」
 真冬であろうと真夏であろうとあの店のジェラートは最高だと笑うリオンの口元に付いているパン屑を指で摘まんでその指を舐めたウーヴェは、その行為もすっかり当たり前になっている事に気づいておらず、リオンが何か言いたげに口元をもごもごさせるが、今日のコーヒーは砂糖半分かと問いかける。
 「ああ、頼む」
 二人で並びながら夜の予定を話し合い、ウーヴェが作った朝食を食べてリオンが淹れるカフェラテを飲む。
 二人がこの家で一緒に暮らすようになってから変わることのない朝の光景を今日もいつものように繰り広げるのだった。

 

 バスルームの鏡の前、リオンのネクタイをしっかりと結んだウーヴェは、良しと満足そうな溜息を零し、また最近伸ばしている髪を首筋の後ろで一つに束ねる。
 「オーヴェ、香水貸して」
 「ん?いいぞ?」
 いつものを使わないのかと鏡越しに問いかけると、蒼い双眸が細められ、ウーヴェが愛用している香水のボトルを手に取る。
 「・・・これ使うといつでもオーヴェにハグされてるみてぇだろ?」
 「・・・準備が出来たぞ」
 まったくと、羞恥に赤く染まる顔を見られたくない為に口早に仕上がったと告げるが、鏡にどうやら映っていたようで、くるりと振り返ったリオンが不気味な笑みを浮かべる。
 「な、なんだ?」
 「ホントに恥ずかしがり屋さんなんだからー」
 「うるさいっ!」
 その顔にうるさいと言い放ち、早く出かけないと遅刻するぞとその背中を叩くと、やべぇという声が上がる。
 「オーヴェ、仕事終わったら迎えに行く」
 「ああ」
 さすがにいつまでもじゃれている訳にはいかない事に気付いたリオンがバスルームを飛び出してジャケットとコートを手に再度顔を出すと、ウーヴェもステッキを頼りにしつつリオンの前に向かう。
 「今日も頑張ってこい、リーオ」
 「うん。オーヴェも」
 互いに互いの健闘-と言えば大げさだが、今日一日が何もなく穏やかに過ごせますように、たとえ何か問題があったとしても心身の傷が最小でありますようにと願いつつキスをし、行って来いとウーヴェがチェックのチェスターコートを着込んだリオンの背中を軽く押す。
 「じゃあ、行ってくる!」
 「ああ」
 手を挙げてバタバタと慌ただしく出ていく背中がいつもと変わらない事に安堵したウーヴェは、昨夜の不安が少しでも解消されたことに気付き、もう一度安堵の溜息を零し、今度は己の出勤の支度をし始めるのだった。

 

 


2021.02.16
pixivに先行upしたのですが、唐突に、二人の話を書きたくなったので、公開しました(・・;)
この二人、きっと何年経っても、こんな感じでお互いを見てるんだろうなぁ。なかよし。うん。


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